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(注:本映画時評の評点は,上から,,,の順で,その中間にをつけています) | ||||||||||||||||||||
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一昨年,コロナ渦でアカデミー賞の日程が大幅に遅れたため,その予想記事の埋め草としてゴールデングローブ賞(以下,GG賞)ノミネート作品の特集記事を掲載した。思いのほか,これが愛読者に好評であったため,昨年も同じ特別企画を実行してしまった。GG賞は今回で80回を迎える。授賞式のTV放映も再開され,アカデミー賞の前哨戦としての報道も活発化している。そうなると,当欄の特集も「昨年で終り,今年は止め」とする理由が見つからない。今年3回目をやると,もはや「特別企画」ではなく,定例行事になってしまう。年末年始の多忙な時期に仕事量を増やしてしまったことを後悔しつつも,観念して3回目をお届けする。 | ■『イニシェリン島の精霊』(1月27日公開)[候補部門:作品賞(M/C),主演男優賞(M/C),助演男優賞×2,助演女優賞,監督賞,脚本賞,音楽賞]:まずは最も印象に残ったこの映画からだ。既に11月中旬に試写を観終えていて,評価は当欄の最高点だった。評論家好みの映画であり,これはGG賞でもアカデミー賞でも有力視されるだろうなと感じた。英国映画だが,舞台となっているのはアイルランド西海岸沖にある孤島だ。「イニシェリン島」は架空の島だが,よく似た名前の3つの島でロケしているので,ほぼこの地区の島の景観や文化を代表していると考えてよい。監督・脚本・製作は『スリー・ビルボード』(18年2月号)のマーティン・マクドナーで,「死を予言する精霊バンシーが舞い降りた島」という伝説をもとに書き下ろした人間ドラマである。 時代は1923年で,日本では関東大震災の年だが,アイルランド本土は激しい内戦に揺れていた。退屈で未来もない孤島は,そんな災害や戦火とは無縁で,人々は平和に暮していた。楽しみはパブで他愛もない話に興じるだけだが,ハードリック(コリン・ファレル)と少し年長の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)も長年それを続けてきた。ところがある日,ハードリックは突然コルムから絶交を言い渡される。全員が顔見知りの小さな島で,親友だった2人の仲違いは恰好の噂となり,島中が騒々しくなる。妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人ドミニク(バリー・コーガン)の執り成しにも応じないコルムは,当惑したハードリックが詰め寄るたびに,自らの指を切り落とすという行動に出てしまう……。 神話調であり,ホラータッチであるが,怪奇映画ではない。観ているのが辛いが,この先どうなるのか目を離せない。妹以外は,隣人,神父,警官,郵便局員,老婆等,一癖も二癖もある変人揃いだ。監督が個性的な俳優を起用して,物語の奥行きを深めている。結末は書けないが,魂を揺さぶる感動作である。涙する映画ではないが,心に沁みる映画だと誰もが感じるはずだ。 唯一疑問に思うのは,この典型的なヒューマンドラマがなぜ「ミュージカル・コメディ部門」のノミネート作なのかという点だ。悲劇的な結末でないものは「コメディ」扱いなのかと思うが,それならドラマ部門選出の『トップガン マーヴェリック』も「コメディ」のはずだ。『エルヴィス』は主人公の死で終わるが,あれだけの曲が流れるなら「ミュージカル」扱いしてもいいはずなのに…。 ■『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(1月13日公開)[候補部門:助演女優賞]:次は社会派ドラマで,#MeToo活動の原点となったニューヨーク・タイムズの女性記者2人が書いた告発記事を巡る実話である。監督は『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(22年Web専用#1)のマリア・シュラーダーで,製作総指揮にはブラッド・ピットが名を連ねている。2017年の掲載記事が話題となり,#MeToo運動が発火し,記事は2018年にピューリッツアー賞を受賞している。本作は,その記事成立までの苦労話を書いた回想録「その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い」(新潮文庫刊)の映画化作品となっている。 告発対象のセクハラの主は,大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン。その名前は知らなくても,製作・配給に関与した代表作に『イングリッシュ・ペイシェント』(96)『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97) 『恋におちたシェイクスピア』 (98)『ロード・オブ・ザ・リング 3部作』(01〜03) 『シカゴ』(03年4月号)『英国王のスピーチ』(11年3月号)『アーティスト』(12年4月号)なるオスカー受賞作が並ぶだけで,いかに有能かつ長年権力を維持した映画製作者であったかが分かる。その分,約40年間に渡り,女優たちに性的暴行を加え続けていたという訳だ。 2人の記者は,ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイー。それぞれを,『ザ・モンスター』(16)『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(17)のゾーイ・カザン,『17歳の肖像』(10年4月号)『プロミシング・ヤング・ウーマン』(21年7・8月号)のキャリー・マリガンが演じている。女優としての格がC・マリガンの方が上であるため,最初にクレジットされ,映画中でも存在感のある役柄であったが,取材・記事執筆はジョディが主,ミーガンが従であった。このため,印象としては主役でありながら,C・マリガンは助演女優賞部門にノミネートされている。 映画本編は,ワインスタイン側からの妨害を受けながらも,記者たちは真実を追い求めて奔走する。被害者女性たちは性的暴行を受けた事実を認めつつも,報復を怖れる余り,名前が公表されることを拒む。それを覆して,記事として掲載に至るまでの奮闘の物語である。この種の社会派映画の代表格は,ウォーターゲート事件を描いた『大統領の陰謀』(76)と,キリスト教神父による幼児虐待を告発した『スポットライト 世紀のスクープ』(16年4月号)だ。#MeTooものでは,被害者女優3人が主役の『スキャンダル』(20年1・2月号)が記憶に新しい。 これらの成功作に比べると,緊迫感や展開の面白さでは,本作はやや劣る。会話だらけで,物語が単調に成りがちだからだ。それでも,本作を精一杯支えていたのは,音楽だった。焦り,諦め,絶望,希望等々でサウンドを使い分け,観客が記者たちに感情移入して,諦めない気持ちと集中力を維持させる働きをしている。見事だ! では,なぜ本作が音楽賞の候補作でないのかと言えば,GG賞の音楽部門はオリジナルスコアの作曲賞であるからだ。アカデミー賞には音響賞部門(かつての録音賞と音響編集賞が合体したもの)があるので,そちらでのノミネートを期待したい。 ■『別れる決心』(2月17日公開)[候補部門:非英語映画賞]:韓国映画のヒット作で,カンヌ国際映画祭の監督賞受賞作だそうだ。監督・脚本は,日本のコミックを映画化した異色作『オールド・ボーイ』(04年11月号)で大ブレイクしたパク・チャヌク。ハリウッド進出作『イノセント・ガーデン』(13年6月号)もミステリーとしてはいい出来だった。それらを上回る大作との触れ込みだ。硬骨漢の有能な刑事が,殺人事件の容疑者の女性に溺れてしまう「愛の迷路」がテーマで,「今年(2022年)最高のサスペンスロマンス」だという。なるほど,カンヌ好みの映画だという気もする。印象としては,万人受けする映画ではなく,好き嫌いが分かれると思う。激しい映画で,描き方に癖があり過ぎだからだ。個人的には,上記の2作の方を好ましく感じた。 主役は,遭難死した夫殺しの嫌疑をかけられた女性ソン・ソレで,中国出身のタン・ウェイが演じている。日本人好みの美形だ。対する刑事ヘジュン役はパク・ヘイル。有能そうだが,礼儀正しく清廉な刑事には見えなかった。いくら魅力的な容疑者であっても,警察官である職務を忘れ,ここまで溺れてしまうというのにリアリティが感じられなかった。映像的にも,描き方に外連が過ぎる。妄想や願望を合成シーンで表現しているが,これは見づらい。主人公が中国人で韓国語が流暢でないという設定のため,スマホでのメッセージ授受に自動翻訳が入る。字幕つき映画では,これも混乱の要因になる。もっとシンプルな描き方の方がネタ的に面白かったと思う。それでも終盤の追い込みは,さすがこの監督の演出力のなせる技だと感じた。 ■『エンパイア・オブ・ライト』(2月23日公開)[候補部門:主演女優賞(D)]:監督・脚本は,デビュー作の『アメリカン・ビューティー』(99)でオスカー監督となった名匠サム・メンデス。『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(08)あたりまでは,ヒューマンドラマの監督と思っていたが,『007 スカイフォール』(12年12月号)『007 スペクター』(15年12月号)で,伝統のスパイ映画を風格ある大作に仕上げたのには感心した。前作『1917 命をかけた伝令』(20年Web専用#1)では,全編ワンテイクに見える奇抜な構成の戦争映画(実際には,複数のロングショットの繋ぎ合わせ)でも大成功を収めた。最新作はどんな趣向かと思ったら,意外にも(?)少し古風でオーソドックスなヒューマンドラマであった。 時代は1980年,英国の海辺の町にある古い映画館のエンパイア劇場が舞台だ。訳ありで孤独な白人の中年女性と20歳近く年下の黒人青年が心を通わせ合うラブストーリーである。物語のタッチは古風だが,この組み合わせは極めて現代的であり,40年前には有り得なかった映画かも知れない。主人公は映画館のマネージャーを務めるヒラリーで,『女王陛下のお気に入り』(19年1・2月号)でオスカー女優となり,大ブレイクしたオリヴィア・コールマン。その後の『ファーザー』(21年3・4月号)『ロスト・ドーター』(22年Web専用#1)『帰らない日曜日』(22年5・6月号)でも存在感のある演技を見せ,40代半ばにして,いま最も輝いている女優の1人である。この脚本は,彼女を想定して書かれたものであるとすぐ分かる。不愉快な中年女性にしか見えないヒラリーが,若い恋人を得て喜ぶ様子が可愛い。その恋人スティーヴン役に抜擢されたのは,現在25歳のマイケル・ウォード。今後,注目したい男優である。 2人の微笑ましいラブストーリーよりも強調されているのが,映画愛であり,映画と映画館に捧げられたオマージュである。変形の『ニュー・シネマ・パラダイス』だとも言える。暴動,社会不安での事故はあったが,他はさほど大きな出来事はない映画だった。それなのに,胸を締めつけられる思いがするのは,監督の腕であり,テーマの人生賛歌が貫かれているからだ。劇中上映の映画の選択,流れる当時のヒット曲の選曲の良さも光っている。ピアノの劇伴曲も秀逸だった。 ■『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』(配信中)[候補部門:非英語映画賞]:ここからは,いつでも観られるネット配信映画である。まずは,Amazon Prime Videoで観られるアルゼンチン映画で,1980年代にあった実話の法的劇だ。ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞受賞作だが,それだけのことはある感動作だった。ただし,無罪を勝ち取ってお涙頂戴の裁判映画ではなく,弁護士や被告が主役でもない。徹底した硬派の社会派映画で,主役は原告の検察側であり,軍部の行き過ぎた戦争犯罪を告発する裁判だからだ。副題から原告側の勝訴であると分かるが,それを如何にして勝ち取ったが,この映画の焦点である。 しぶしぶ主席検事を引き受けたフリオ・ストラセラ検事(リカルド・ダリン),彼をサポートするルイス・モレノ・オカンポ副検事(ピーター・ランサーニ)は,限られた時間の問題を解決すべく,若い司法修習生達をマンパワーとして巻き込み,法廷闘争に臨む。軍部からの執拗な嫌がらせ,脅迫を受けることは予想通りであったが,罪もない国民が拉致・監禁・拷問・殺人の対象となったという法廷での証言に,これが真実なのかと愕然とする。殆ど遊びも微笑ましいエピソードもない一直線の法廷劇を描いていて,被告人の大半を有罪,終身刑に追い込んだ勝訴に拍手喝采したくなった。まさに副題通り,この国の歴史に残る大きな事件だったのだろう。軍事独裁政権が長く続き,軍部の横暴,腐敗が常態化した状態でも,国民の中にこういう良識が残っていたことに敬意を表したい。この映画は12月20日に観た。(直接関係ないが)アルゼンチン国民に思わず「W杯優勝おめでとう!」と言いたくなった(笑)。 ■『グッド・ナース』(配信中)[候補部門:助演男優賞]:ここからはNetflix配信映画が5本続く。筆者が視聴した順であり,その順で受けた印象に基づいた感想と評価である。まずは,実話をもとにした医療ドラマで,1996年に米国ニュージャージー州で起きた出来事だという。原作はチャールズ・グレイバー著の同名のノンフィクションで,『ある戦争』(16)のトビアス・リンホルム監督がサスペンス・スリラーとして映画化している。 主演は,『ゼロ・ダーク・サーティ』(13年3月号)『タミー・フェイの瞳』(22年Web専用#2)のジェシカ・チャステインと,『博士と彼女のセオリー』(15年3月号)『リリーのすべて』(16年3月号)のエディ・レッドメインである。これが初共演というのを意外に感じたのは,この2人の印象が似ていたからだろうか。共にオスカー受賞者の演技派で,顔立ちも細面で,口元が似ている。年齢はジェシカが少し上だが,映画界で注目を集め始めた時期も近い。本作では,それぞれ心臓病の持病をもつ女性看護師エミリーと殺人容疑をかけられた男性看護師チャーリー役を演じている。 勤務中に心臓発作を起こしながらも,過酷な夜勤を続けざるを得ないエミリーに対して,同じ部署に配属されたチャーリーが,何かとエミリーをいたわり,サポートする。ともに2人の子持ちという似た境遇から,2人は固い絆で結ばれるようになり,エミリーは娘や自分の未来に希望を抱くようになる。そんな中で,インスリンの大量投与による患者の突然死が相次ぎ,容疑者としてチャーリーが浮上する。かつて勤務していた病院でも同様な事件があったことも判明し,エミリーは真実を求めて奔走する……。病院内部や看護現場の描写はリアルで,健康保険のない人々の大変さも伝わって来る。警察の捜査も真に迫っていて,逮捕されたチャーリーへの尋問も辛辣であり,その展開にワクワクしてしまう。さすが名優2人を起用しただけのことがある映画だ。 GG賞では,E・レッドメインが助演男優賞にノミネートされているだけで,J・チャステインの名前がない。他の映画賞では,彼女が主演女優賞にノミネートされている。GG賞には過去6度もノミネートされ,既に主演女優賞に輝いている彼女の演技力からすれば,これくらいは当然だと評価されたのだろうか。 ■『西部戦線異状なし』(配信中)[候補部門:非英語映画賞]:映画史に残る名作のリメイク作である。1930年春公開の米国映画は,アカデミー賞作品賞,監督賞を受賞している。原作はドイツの小説家エーリヒ・マリア・レマルクが著した長編戦争小説で,第一次世界大戦の西部戦線でドイツ軍の志願兵が体験した戦場でのエピソードや,彼が感じた不安や恐怖を描いている。1928年11月から新聞連載が始まり,翌年1月に出版されたというから,すぐにハリウッドが映画化に着手し,翌年公開したことになる。日本でも小説は1929年に出版され,映画も1930年秋に公開されたというから,余程の話題作だったのだろう。まだ第二次大戦前の平和な時期であり,第一次大戦の映画は上映禁止でなかったようだ。ただし,検閲でかなりのシーンがカットされたらしい。 リバイバル上映を,高校生か大学生の頃に見た覚えがある。何年だったのか定かでないが,1960年代であったことは確かだ。セリフは英語で,モノクロ映像だったが,戦争の悲惨さばかりが強調されていた。おそらく,第一次大戦の映画を見たのはそれが初めてで,今では見慣れたが,塹壕が印象的だった。題名も含め,ラストに衝撃を受けた覚えがあるが,その他は殆ど記憶がない。 今回はNetflix独占配信映画だが,制作はドイツで,ドイツ軍のセリフはすべてドイツ語だ。こうでないと感じが出ない。勿論,カラー映像で,泥と血の対比が生々しい。全編で時代考証がしっかりしていると感じた。主人公のパウル(フェリックス・カメラー)がフランス兵を殺して心を痛めるシーンは,やはり感動的だ。1930年の米国版とはラストの描き方が違うが,戦争のむなしさは変わらない。GG賞でもアカデミー賞でも,『アルゼンチン1985…』の強力なライバルとなることだろう。 ■『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』(配信中)[候補部門:作品賞(M/C),主演男優賞(M/C)]:6代目ジェームズ・ボンドを演じている合間にダニエル・クレイグが名探偵役を演じた『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(20年1・2月号)は,ワクワクするミステリー映画だった。それがヒットしたことからシリーズ化された第2弾である。死亡して,007役から降板した以上,もはや再登板は有り得ないから,今後はこのシリーズが彼の当たり役として継続できるかが見どころであった。この役なら,徐々に老いて行っても俳優として通用するから,是非長寿シリーズに育って欲しい。古今東西,捕物帳や名探偵ものは,長寿のことが多いから,その可能性は十分ある。今回は通常の映画館上映でなく,この続編は先行上映の後,Netflixで独占配信されている。そうなると,今後は映画扱いの作品ではなく,数話で完結のTVドラマの形態となることも有り得る。 そんなことを考えながら待ち望んだ配信映画は,期待通りの洒脱で楽しい娯楽映画であった。名探偵が事件を解決しない訳はないから,元々ハッピーエンドは確実だ。軽妙なやり取りも多いから,この映画が「ミュージカル・コメディ部門」に分類されていることには,何の異論もない。監督・脚本は前作に引き続きライアン・ジョンソンで,今回もオリジナル脚本だ。 物語は,IT企業で財をなした大富豪のマイルズ・ブロンが,彼が所有する地中海の孤島に親しい友人たちを招待してミステリーゲームを仕立てる。そこで本物の殺人事件が起こってしまい,何故か居合わせた名探偵ブノワ・ブランが事件解決に乗り出すという筋立てだ。孤島といっても「イニシェリン島」とは大違いの豪華さで,冒頭からの展開は『ザ・メニュー』(22年11・12月号)にかなり似ていると感じた。 大富豪役はエドワード・ノートンで,この不敵で傲慢な人物は彼が演じたことで物語に厚みが増している。自動車産業や宇宙産業でも成功した人物というから,誰がモデルであるかは明らかだ。客人たちを演じるのは,デイブ・バウティスタ,ジャネール・モネイ,キャスリン・ハーン,レスリー・オドム・Jr.,ジェシカ・ヘンウィック,マデリン・クライン,ケイト・ハドソンらの豪華キャストで,当然彼らも容疑者扱いだ。いわゆる孤島での密室もの,と思わせておいて,途中で急に意外な展開となる。ジャネール・モネイが双子の姉妹を演じているのが鍵とだけ言っておこう。本格的謎解きよりも,いかにも映画向きでビジュアル重視の内容で,パロディも満載だ。イーサン・ホークやヒュー・グラントが意外な役でカメオ出演しているので,それを見つけるのも楽しみの1つである。 ■『ブロンド』(配信中)[候補部門:主演女優賞(D) ]:Netflixオリジナル映画が続く。目下注目度No.1の美人女優アナ・デ・アルマス(AdA)が,あの伝説のマリリン・モンロー(MM)を演じた伝記映画である。彼女の主演作と知っていながら,食指が動かなかった。同じNetflix配信のドキュメンタリー『知られざるマリリン・モンロー:残されたテープ』(22)が余りにもつまらなかったからだ。これまでも何度もMMを描いた伝記映画はあったが,どれも駄作だった。加えて本作は,配信開始直後から,事実と異なる描写,証拠がないのにさも真実のように描いているシーンが多々あると酷評されていた。そんな映画に2時間47分を費やす気にはなれなかった。それでも,ようやく観る気になったのは,GG賞にノミネートされたからで,いつでも観られる映画を当欄で論じない訳には行かなかったからである。 結論を先に言うならば,不愉快で観なくてもいい映画だ。賛否両論だというが,そんなことはない。否定的な感想の方が圧倒的で,酷評は当然だと感じた。AdAは,美形だがMM には似ていない。金髪であの髪形,ほくろを付けて,既視感のあるポーズを取れば,誰でも少しじゃMMに見える,最初は似ていると思えても,これだけの長尺となると,だんだん違いが気になってくる。口元が違っていて,MMほどのセクシーさ出せていない。加えて,胸が小さ過ぎる。脱がせなければいいのに,何度も裸体シーンが登場するので,余計にその差が目立つ。 他の伝記映画なら,この程度の似てなさ,暴露的な乱れた生活や誇張したプライバシーも許せるが,すでに話題が出尽くしているMMゆえ,違いや嘘が気になる訳である。監督・脚本は,豪州出身のアンドリュー・ドミニク。散々実話らしく思わせて,最後に「ジョイス・キャロル・オーツの小説に基づく」と言い訳しているのには呆れた。フィクションならフィクションと最初からそう言えよと言いたくなる。 いくら女優で,契約済みであったといえ,AdAにこんな下らない役をやらせるのは可哀想だ。ノーマ・ジーンが虚像である女優MMを必死に演じて生きたように,AdAもこんな嫌なMMをよくぞ演じ切ったと同情する外国人記者たちが多かったのだと推測する。主演女優賞ドラマ部門へのノミネートは,まさに同情票であり,ご褒美だったのだろう。 ■『ホワイト・ノイズ』(配信中)[候補部門:主演男優賞(M/C)]:Netflixオリジナル映画の最後の1本だ。12月30日配信開始だったが,既にGG賞でアダム・ドライバーが主演男優賞(M/C)にノミネートされていることは報じられていたので,少し待ち遠しかった。監督・脚本は,『イカとクジラ』(07年1月号)『マリッジ・ストーリー』(19年Web専用#6)のノア・バームバック。原作は米国人作家ドン・デリーロの同名小説で,風刺的な人間ドラマ,不条理劇だという。『マリッジ・ストーリー』が辛辣かつ本質を突いた「離婚訴訟物語」であったので,本作にも期待を寄せた訳だ。結果は見事に外れで,全く不条理そのものだった。評価が別れる映画だという気もするが,大半の視聴者の感想は否定的だろう。上記『ブロンド』と好一対の評価である。いや,『ブロンド』は最初から渋々観始めたが,本作は期待していただけに,失望感はこちらの方が大きかった。 前作に引き続き,バームバック監督作品に主演するA・ドライバーは,ヒトラー学を専門とする大学教授役で,家庭では一男一女の父親である。ある日,化学物質の流出事故に見舞われ,家族の命を守るため,町を出る決意をするが,道路が数珠繋ぎの大渋滞であったため,錯乱してしまう。てっきりここまでは,サバイバルがテーマのパニック映画だと思ってしまった。ところが,いつの間にかその危険は去り,そこから先は筆者の理解不能の世界へと突入する。現代のアメリカ人家庭が,死と直面したことで,愛や幸福といった普遍的な問題に向き合っていく姿を描いているそうだ。この監督が,ウェス・アンダーソン監督の『ライフ・アクアティック』(05年5月号)『ファンタスティックMr.FOX 』(11年3月号)の脚本担当であったことは,今回初めて知った。それならこの監督が描く不条理劇を,筆者のような凡人が理解できないのは当然である。 監督のお気に入りのアダム・ドライバーは,一作毎に進境著しい男優だと感じるが,本作でもその演技力を正当に評価されてのノミネートなのだろうか? 上記のアナ・デ・アルマスと同様,こんな訳の分からない役を演じさせられたことに対する同情票のように思えてしまった。 ■『犬王』(公開済)[候補部門:アニメーション賞]:最後は和製アニメーションだ。GG賞の授賞式直前に何とか視聴し,この記事を書いている。公開前にマスコミ試写案内を貰っていない映画だったが,かなり話題になっていたユニークなアニメ映画だったので,機会があれば観たいと思っていた。GG賞へのノミネートにより,それを加速させた訳である。昨年5月28日の公開だったが,カルト的人気があるらしく,まだいくつかの映画館で上映されている。ただし,日時が合わず,簡単に行ける距離にもなかった。ビデオレンタルは始まっていたが,とても借りられる状態ではなかった。U-NEXTでの独占先行配信も始まるようだったが,結局はBlu-ray Discを購入して観ることにした。 公式サイトで上映劇場の備考欄を見て驚いた。「轟音上映」「発声OK“狂騒”応援上映」「無発声“狂騒”応援上映」などという記載がある。長編ミュージカルアニメと聞いていたが,きっと音楽嗜好,ダンス感覚の鋭い若者の感性にフィットする映画なのだろう。このGG賞にノミネートされたということは,国際的にもこのアニメを受け容れるファン層が形成されているのだと思われる。 本作の監督は,ユニークな作風で知られるアニメ監督の湯浅政明。南北朝~室町期に活躍した実在の能楽師・犬王と,壇ノ浦生まれの漁師の子で盲目の琵琶法師の少年・友魚の友情を描いたバディ・ストーリーである。猿楽能の名手で観阿弥・世阿弥と人気を二分した「犬王」(別名:道阿弥)なる人物は全く知らなかった。彼を主人公にした古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」(2017年刊)に基づいているというが,この題材でミュージカルアニメを作ろうという構想自体がユニークだ。漁師の子・友魚が源平合戦で壇ノ浦の海に沈んだ三種の神器の1つ「天叢雲剣」を引き揚げようとして,その魔力に触れて盲目となったという設定にも畏れ入る。構想の背景がしっかりしていて,時代描写も秀逸だった。若者の他愛もないラブストーリーを描いた標準的な和製アニメとは,全く異質の存在と言える。 主人公の2人をロックスターのように描き,舞台でのパフォーマンスで民衆の人気を得るという筋立てだ。筆者は,ロックというより,これは和製ヒップホップだと感じた。映像は,筆者の苦手な2Dセル調アニメで,それもかない粗っぽい(安っぽい?)絵柄であったが,室町時代という現代とかけ離れた時代の,東洋の小国のエスニック感を醸し出すのには,これで良かったと思う。映像は従であり,音楽が主役である。それでも強いて注文をつけるなら,パステル調の淡い色調より,もっと彩度とコントラストを上げたシュールな画調で,サイケデリックな色彩を使った方が,より音楽にフィットしていたと思う。 | |||||||||||||||||||
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■『私ときどきレッサーパンダ』(2022年3・4月号) アニメーション賞 ■『トップガン マーヴェリック』(2022年5・6月号) 作品賞(D),主題歌賞 ■『エルヴィス』(2022年Web専用#4) 作品賞(D),主演男優賞(D),監督賞 ■『RRR』(2022年Web専用#4) 非英語映画賞,主題歌賞 ■『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022年11・12月号) 助演女優賞,主題歌賞 ■『ザ・メニュー』(同上) 主演男優賞(M/C),主演女優賞(M/C) ■『ミセス・ハリス,パリへ行く』(同上) 主演女優賞(M/C) ■『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022年Web専用#7) 作品賞(D),監督賞 ■『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(同上) アニメーション賞,音楽賞,主題歌賞 | |||||||||||||||||||
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■『バビロン』(2023年2月号) 作品賞(M/C),主演男優賞(M/C),主演女優賞(M/C),助演男優賞,音楽賞 ■『逆転のトライアングル』(同上) 作品賞(M/C),助演女優賞 ■『長ぐつをはいたネコと9つの命』(2023年3月号) アニメーション賞 ■『フェイブルマンズ』(同上) 作品賞(D),主演女優賞(D),監督賞,脚本賞,音楽賞 ■『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(同上) 作品賞(M/C),主演女優賞(M/C),助演男優賞,助演女優賞,監督賞,脚本賞 ■『The Son/息子』(同上) 主演男優賞(D) ■『生きる LIVING』(同上) 主演男優賞(D) ■『ザ・ホエール』(2023年4月号) 主演男優賞(D) ■『TAR/ター』(2023年5月号) 作品賞(D),主演女優賞(D),脚本賞 ■『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(2023年6月号) 脚本賞,音楽賞 ■『インスペクション ここで生きる』(同上) 主演男優賞(D) ■『CLOSE/クロース』(2023年7月号) 非英語映画賞 [注]太字:受賞作 (D):ドラマ部門 (M/C):ミュージカル・コメディ部門 アカデミー賞のノミネート作品は1月24日(現地時間)に発表されるので,2月中旬には恒例の予想記事を掲載する予定である。楽しみにして下さい。 | |||||||||||||||||||
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