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O plus E 2022年5・6月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
   『シング・ア・ソング! 笑顔を咲かす歌声』:題名からすぐ音楽映画と分かり,ポスター画像から中年女性たちの合唱団を描いていると想像できる。今更プロでの成功を志向する感じでもないので,ママさんサークルが猛特訓で合唱コンテストでの優勝を目指す物語かと思ったら,当たらずとも遠からずだった。英国映画で,原題は『Military Wives』。監督は『フル・モンティ』(97)のピーター・カッタネオだが,金欠の中年男性のストリップショーを描いた同作ほど奇想天外ではない。夫や息子が従軍した家庭の母や妻たちがグループ活動で合唱団を始める実話であるから,もう少し真面目で心温まる物語だ。大規模な戦没者追悼イベントへの参加を巡っての騒動があるが,数ある音楽映画と比べるとさほどの成功物語でなく,少し緊迫感に欠ける。その半面,死亡通知,遺体搬送,葬儀等,基地内の女性たちの会話や心情の描写はリアルで,胸を打つ。
 『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』:北京冬季五輪開会式の見事な映像投影を演出したチャン・イーモウ監督の最新作である。時代は1969年,テーマは中国西北部の砂漠の中の村での映画上映だが,娯楽が少なく,フィルムも貴重な時代だ。主人公の1人は強制収容所を脱走した逃亡者(チャン・イー)で,離別した娘が一瞬映るというニュース映画を探している。もう1人は,新人女優リウ・ハオツンが演じる孤児姉弟の姉で,弟の勉学のため,電気スタンドの傘に適したフィルムを求めている。当時の人々の暮らし,映画上映会の模様の描写がリアルだが,砂で汚れたフィルムの洗浄と巻取作業が圧巻だった。監督の実体験だという。文化大革命がいかに酷いものであったか,随所で監督の怨念が込められていると感じた。上映時間は短めの103分だが,本作は3年前に完成していたという。毛沢東を再評価する現在の党執行部の検閲でかなりの長さがカットされ,ようやく再編集版が陽の目を見たのかと想像する。
 『大河への道』:題名からはこちらも中国映画かと思ってしまうが,邦画で,創作落語「伊能忠敬物語 大河への道」の映画化作品である。時代劇愛をもつ俳優・中井貴一が落語家・立川志の輔の話芸に惚れ込み,企画・主演を務めた。物語の骨子は,地元観光産業の振興のため,郷土の英雄・伊能忠敬の地図作りを時代劇脚本にし,NHK大河ドラマに採用してもらう計画の進行だ。依頼された作家(橋爪功)が脚本にする物語を市役所関係者に語るという設定で,現代劇パートと劇中劇の時代劇パートがある。出演俳優は全員1人2役で,現代と江戸時代の2つの役を演じる。完成図の将軍の拝謁シーンは,しっかり格調高い時代劇になっていた。大広間に並べた伊能図の大図214枚は圧巻だ。勿論,原図ではなく,撮影に使ったのは複製図と一部はCGだろうが,上からの俯瞰も寄るカメラワークも見事だった。この伊能図を観るだけでも本作の価値がある。
 『帰らない日曜日』:ブッカー賞受賞作の映画化作品で,第1次大戦後の1924年3月のある1日の出来事を描いた英国映画だ。原題は小説と同じ『Mothering Sunday』。即ち「母の日」で,国中のメイド達が里帰りを許される日である。日本では米・独・伊・加・豪・中などの諸国と同じ5月第2日曜日だが,英国では復活祭前の日曜日のようだ。孤児で戻る家のないメイドのジェーンは,名門の御曹司のポールと禁断の恋仲にあり,この日に濃厚な愛の交歓を果たすが,その帰路,ポールは交通事故死してしまう…。文学作品の映画化だけあって,映画も見事に文学的だ。ジェーンが全裸で邸宅内を巡る姿も,自転車で走る田園風景も美しい。音楽もノスタルジックだ。彼女はその後,作家になって成功する。22歳のメイド,40代で恋人がいる作家,80代で若き日を回想する作家が登場するが,前2人をオデッサ・ヤングが演じている。原作者は男性だが,製作,脚本,監督は女性で,自立心のある主人公を女性視点で描いている。
 『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』:1本分紙幅が余ったので,埋め草でこのドキュメンタリー映画を観た。若い頃から毀誉褒貶が激しかった人物で,少しバカにしていた尼僧兼流行作家だが,副題が目を惹いた。不倫,離婚,略奪…,今ならさほど不思議でないが,当時はモラルゼロのアバズレ女だった。そんな女性が50代で出家し,僧侶としても高い位につき,文学賞や文化勲章まで得たというのが不思議に思えた。映画を見て分かった。究極の本音人間で,思い付いたことを,気取らず,分かりやすい言葉で語っているだけだ。法話は漫談みたいなもので,これなら寄席でも通用する。ただの作家,芸人だと人気は維持できないが,僧侶ブランドで得をしている。文化人,宗教家と思うから違和感があるが,文学賞や僧職の基準が下っただけのことだ。それでもファンに愛されて,好き勝手に生きて,倖せな人生だったことだろう。見事な極楽往生である。
 『エコー・イン・ザ・キャニオン』:音楽ドキュメンタリー映画で,ハリウッド近くにある「ローレル・キャニオン」が舞台だ。1960年代から70年代初めまで,多くのミュージシャンが暮らし,互いに刺激し合ったという「ウェストコースト・ロックの聖地」だそうだ。さしずめ,加州版梁山泊かトキワ荘だったのだろう。製作&進行役はジェイコブ・ディラン(ボブ・ディランの息子)で,ザ・バーズのリーダーのロジャー・マッギンと語り合う時間が長く,ビートルズとの交流,楽器やコンサートに関するエピソードが興味深い。他のインタビュー相手はリンゴ・スター,エリック・クラプトン,ブライアン・ウィルソン等の錚々たる顔ぶれだ。ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」,ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」の制作現場の映像も流れる。この聖地から生まれた名曲をJ・ディランがゲストたちとカバーしたアルバムは,別項で紹介する。
 『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』:こちらも音楽ドキュメンタリーかつ伝記映画だが,前の2本とは映画としての様相がかなり異なる。アイリッシュパンクなるジャンルを作ったバンド「ザ・ポーグズ」のフロントマンのシェイン・マガウアンが被写体だ。型破りな人物の破天荒な伝記とのことだが,幼児期の描き方して,大笑いだった。映画冒頭から,「何だ,こりゃ!?」と思わせてくれる。この映画自体がパンクそのものだ。ハチャメチャで,愛すべき人物で,5歳で喫煙,6歳で本格的に飲酒を経験したという。伝記中では,アニメを多用し,記録映像も配しているが,インチキくさい再現映像も登場する。製作はジョニー・デップ。監督はジュリアン・テンプルで,イングランドに対するアイルランドの屈折した感情が込められている。アイルランド独立戦争や国民性をよく知る観客には格別に面白いだろう。こんな映画を作ってもらって,彼もまた倖せな男だ。
 『オフィサー・アンド・スパイ』:上記と同じ配給会社から同じ日に公開されるが,一転して生真面目な社会派映画だ。19世紀末のフランスの歴史的冤罪事件の真相を,『戦場のピアニスト』(03年2月号)のロマン・ポランスキー監督が描いている。ユダヤ人ゆえにスパイの嫌疑をかけられ,軍籍を剥奪され投獄されたドレフュス陸軍大尉の冤罪を,彼の元上官で情報局長のピカール中佐が調査し,真実を暴くという筋立てだ。この中佐を演じたのは,『アーティスト』(12年4月号)でアカデミー賞主演男優賞に輝いたジャン・デュジャルダン。結末は歴史が証明しているが,映画としてはなかなかのサスペンスだった。米国資本の映画だが,セリフは仏語で制作されている。フランスの国家機密を扱う軍の情報局や法的劇を描くのに英語では興醒めだから,これは正解だ。ヴェネチアでの銀獅子賞(審査員グランプリ)受賞作に相応しい力作で,R・ポランスキー監督ならではの怒りを感じた。
 『冬薔薇(ふゆそうび)』:阪本順治監督のオリジナル脚本による最新作で,港町を舞台にしたヒューマンドラマだ。最近2作は今イチの出来映えだったが,ようやく阪本ワールド全開だ。不良仲間とつるみながら,自堕落な生活を送っている主人公・渡口淳を演じるのは伊藤健太郎。そんな息子に何も言えない父母役には,小林薫と余貴美子。舞台は横須賀で,後継者が見つからず経営困難に陥るガット船(砂利の運搬船)の描写が見事だ。高齢化した機関士や作業員役に石橋漣司,伊武雅刀,笠松伴助らの芸達者を起用し,和気靄々とした中にも一抹の淋しさを感じさせる。一方,淳の悪仲間に永山絢斗,毎熊克哉らを配していて,頼る人間がいない孤独な青年の屈折した心情を見事に描いている。新しい人生を歩もうとする青年に送る人生讃歌,それじゃ在り来たりで阪本監督らしくないと思ったところに,絶望でも楽観でもない,見事な阪本流人間描写で締め括る。
 『極主夫道 ザ・シネマ』:原作は,おおのこうすけ作の同名コミックで,TVドラマ化,アニメ化を得て,堂々の(?)劇場映画化である。主人公は,かつて「不死身の龍《たつ》」と呼ばれた凄腕のヤクザで,結婚を機に極道稼業から足を洗い,専業主夫に転じたという設定だ。もうそれだけで,抱腹絶倒のコメディだと分かる。主演はTVから引き続き玉木宏で,この役がよく似合う。彫り物にも肉体美にも惚れ惚れとするし,伝説の極道としての貫録と,コテコテの関西弁のバランスが絶妙だ。不死身度では『ザ・ファブル』シリーズで伝説の殺し屋を演じる岡田准一と好一対で,同作のお笑い感覚を最大限に増幅した感じである。着想は面白く,前半はかなり笑えたが,おふざけパターンが画一的で,中盤以降は飽きてしまった。TVドラマの尺なら毎回違うエピソードでも楽しめるが,映画としてスケールアップし難い素材なのか,これで2時間弱もたせるのは苦しい。
 『ニューオーダー』:メキシコ映画で,監督・脚本は同国出身の俊英ミシェル・フランコ。3大映画祭の常連で,その意味では国際感覚のある映画人だ。本作は,前述の『オフィサー・アンド…』と同じ銀獅子賞を翌年に受賞しているが,各国映画祭では物議を醸し出したという。そりゃそうだろう,実に恐ろしい近未来予測で,こんな危機的状況に自分が巻き込まれたらどうしようかと,身が竦む思いだった。主人公のマリアン(ネイアン・ゴンザレス・ノルビンド)は裕福な家庭の娘で,華やかな結婚披露パーティーの日に,貧富の差に起因する抗議活動が暴徒化し,その騒動に巻き込まれてしまう。彼女が体験する殺戮と略奪の街の姿は地獄絵図で,社会的格差がこうしたディストピアを生み出し得ることへ警告・警鐘なのだろう。演出は見事で,観客に不愉快な擬似体験をさせることには成功しているが,余りにも救いのない結末に,目を覆いたくなった。
 『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』:監督は「究極の映画オタク」のマーク・カズンズで,2011年に発表した同名のTVシリーズ,約900分で映画120年の歴史を語っている。本作はその続編で,2010~21年に公開された映画を俎上にし,新しい潮流を分析・解説するものだ。当欄担当の筆者など,足元にも及ばない分析力で,彼のお気に入りのシーンを解説してくれる。そんな解釈もあるのかと感心し,あっと言う間に167分が過ぎてしまった。副題には111本とあるが,これは誇大広告で,映画史に残る名作に簡単に触れただけの25本を除くと,解説対象は86本だった。日本未公開作品が11本あり,我々が視聴可能なのは75本で,その内,当欄で紹介した映画は27本に過ぎない。映画オタクの監督は,この映画を作り,自説を披露することに人生の歓びを感じていることだろう。当欄の読者なら,素直にそのご高説を拝聴する価値はある。
 『さよなら,ベルリン またはファビアンの選択について』:ドイツ映画で,青年ファビアンの恋と戸惑いを描いた青春ドラマだ。時代はナチス・ドイツの登場前夜の1931年で,欧州の没落の象徴としてベルリンが選ばれている。戦争,インフレ,失業……,社会は不安定になり,人々は不寛容になってバランスを失い始める。世界の変革期に「どこへ行くべきか」を迷う青年の姿を,ドミニク・グラフ監督は,マルチ画面を多用し,畳みかける物語進行で描いている。作家を志してこの町にやって来たファビアン役は,『ある画家の数奇な運命』(20年9・10月号)のトム・シリング。同作で憧れの叔母役であったザスキア・ローゼンダールが,本作では恋人コルネリアを演じる。女優をめざす彼女の成功に伴い,2人の関係にも亀裂が入る…。男女間の関係は『ラ・ラ・ランド』(17年3月号)を思い出すが,国も時代も違う本作では,全く意外な運命が待っていた。強烈な印象を残して,本作は幕を閉じる。
 『ウェイ・ダウン』:一転して軽快なタッチの本作はスペイン映画で,プロたちを集めたチームによる金庫破りという,典型的なケイパー映画だ。海洋考古学者が苦心の末,深海の沈没船から引き上げた財宝が,スペイン王室のものと裁定され,スペイン銀行の地下倉庫に入れられてしまう。リーダーのウォルター(リーアム・カニンガム)は19世紀に作られたこの「世界一安全な金庫」を調べ上げ,プロチームで財宝を奪い返す緻密な計画を立てる。言わば,スペイン版『オーシャンズ11』だ。主演は『チャーリーとチョコレート工場』(05年9月号)のフレディ・ハイモア。あの名子役も既に30歳だが,凛々しいイケメン男優で,本作では天才的頭脳をもった大学生役を演じている。エンタメとしてよくあるタイプの犯罪映画だが,スペインが戦う2010年サッカーW杯決勝戦の夜に金庫を狙うという設定が秀逸だ。それゆえ,エンディングにも思わずニヤリとしてしまう。
 『ALIVEHOON アライブフーン』:ここから邦画が4本続く。まずはカーレース映画で,硬派な描き方は日本版『ワイルド・スピード』の趣きも感じる。ただし,ストリートカーレースではなく,ドリフト走行専門のD1GPなる日本発祥のカーレースに焦点を当てている。eスポーツ日本一vs. 実車レースの覇者という物語設定がミソだ。主演は野村周平,ヒロインは吉川愛で, 陣内孝則,本田博太郎らが脇を固めている。演技は稚拙だが,クルマとレースが主役だから,それは気にならない。映画としてのウリは,チャンピオン級ドライバーが特殊リグを付けずに実車を運転し,本物のコースで通常撮影を敢行していることだ。迫力はあるが,CGはないので,派手なカーアクションが演出できない。決まった構図のバトルばかりなのが,少し残念だ。エンジンの爆音,タイヤが擦れる音も本物だが,『トップガン マーヴェリック』の迫力と比べると,見劣りしてしまう。
 『はい,泳げません』:この表題と可愛いイラストで,ほのぼのとしたヒューマンコメディだと想像できる。髙橋秀実の小説の映画化で,脚本・監督は渡辺謙作。主演は長谷川博己と綾瀬はるかで,NHK大河ドラマ『八重の桜』で夫婦を演じた2人だ。今回は夫婦でも恋人同士でもなく,全く泳げない大学教授とスイミングスクールのコーチ役である。綾瀬はるかの水着姿,ナイスバディを期待すると裏切られる。濃紺の指導員水着で体形が分からないからだ(笑)。主婦たちに混じって水泳教室に通う小鳥遊《たかなし》教授の姿が微笑ましい。対比的に登場する教室での彼の哲学の講義も興味深かった。コメディタッチは前半だけで,後半は愛息を亡くして人生を見失った主人公の葛藤を中心に,かなりシリアス&ハートフルなドラマが展開する。人生の処し方と水泳の上達の対比が,本作のテーマだ。綾瀬はるかが指導する初心者水泳教室の各ステップは,理に適っていた。
 『PLAN 75』:何という重いテーマだ。少子高齢化が進む中で,75歳以上の後期高齢者には,自ら生死を選択できる制度が施行された近未来を描いている。脚本・監督はこれが長編デビュー作となる早川千絵で,かつて同テーマを描いた短編『PLAN75』を長編化している。実に丁寧な描写で,セリフも小道具も吟味し,貧しい家庭や重苦しい社会もリアリティ高く描いている。主演は倍賞千恵子で,実年齢は80歳だが,夫と死別し,子供のいない78歳の老女を演じている。自由意志で申し込め,いつでもキャンセルできるというが,国が自殺幇助をする制度には異論,反論が百出するに違いない。勿論,こんな法律が成立するとは思えないが,問題提起であったとしても,貧乏で暗く淋しく,死のベッドが並んだシーンにはぞっとする。一体,どんな世代が入場料を払ってまで,この映画を観るのだろう? 若者は無関心で,高齢者は心穏やかでないに違いない。
 『恋は光』:上記が余りに重苦しかったので,同じ配給会社の能天気な映画で口直しをした。例によって,女性コミックが原作で,文科系哲学恋愛映画だそうだ。主人公の大学生・西条(神尾楓珠)は恋をしている女性が光って見える特異体質の持ち主だ。文字通りのキラキラムービーを想像したが,若者の恋愛観の屁理屈とやらを聞いてみたかった。幼馴染みで西条に想いを寄せる北代(西野七瀬),恋を探求することが目的の理屈っぽい東雲(平祐奈),他人の彼氏を欲しがる積極派の宿木(馬場ふみか)の3人の女性が登場し,西条との奇妙な四角関係が発生する。3人の描き分けは秀逸で,とりわけ東雲のセリフが興味深かった。徹底したお気楽映画だが,西条の下宿や東雲の自宅はしっかり描けている。She & Himが歌う“Sentimental Heart”を劇中歌に選んだのはいいセンスだ。やはり若者はこの種の映画を観に行き,『PLAN 75』には目もくれないだろう。
 『イントロダクション』(評点なし):本作と次項は,共に上映時間が短いためか,試写会でも劇場公開でもペアで扱われている。多作で知られる韓国人監督ホン・サンスの長編25作目と26作目だ。2本は独立した作品で,本作は66分間のモノクロ映画である。3部構成であるが,オムニバス映画ではなく,同じ主人公ヨンホ(シン・ソクホ)がずっと登場する。区切りが明確でなく,時間が移動したことも分かりにくい。オンライン試写で2度観て,ようやく舞台が韓国,ベルリン,韓国に移っていることが把握できた。孤独で未熟な青年の揺れ動く心がテーマだと何となく分かった気になる。多分,これが人生のIntroductionということなのだろう。『逃げた女』(20)もそうだったが,筆者には,この監督の演出意図を読み取る力がない。よって,過去数回しかつけたことがない「評点なし」でギブアップ宣言する。
 『あなたの顔の前に』:ペアの片割れのもう1本は,ずっと分かりやすかった。こちらは普通のカラー映画だ。米国在住の元・女優の姉サンオク(イ・ヘヨン)が突然母国に帰国し,今も韓国に残る妹ジョンオク(チョ・ユニ)と再会する。姉の帰国理由はすぐに想像がつき,余命5~6ヶ月の宣告を受けていた。それでいて,この物語はどう進行するのかが気になった。セリフもシチュエーションも音楽もよく練られている。憧れであった彼女を主演に映画を撮りたいと申し出る監督ソン・ジェウォン(クォン・ヘヒョ)との会話シーンは12分間の長回しで,かなりの演技力を要する。ホン・サンス監督はこのシーンを撮りたかったのだろう。長さ的には短めの長編映画だが,印象は短編小説だ。映画中にもこの言葉が出て来る。逆に言えば,この程度の内容で86分もたせるのも,監督の力量だと言えようか。
 『母へ捧げる僕たちのアリア』:フランス映画で,新鋭監督ヨアン・マンカの自らの脚本で撮った長編デビュー作である。南仏の海沿いの都市で,移民が多数住む古い公営住宅に,意識不明の重病の母親を介護する兄弟4人が暮している。『レ・ミゼラブル』(20年1・2月号)『 GAGARINE ガガーリン』(22年1・2月号)など,フランスの若手監督のデビュー作がいずれも公営住宅が舞台なのが興味深い。主人公は14歳の末っ子ヌール(マエル・ルーアン=ブランドゥ)で,夏休みの間,兄3人を手伝ってバイト三昧の日々を送っていた。ある日,オペラ歌手で音楽教師サラ(ジュディット・シュムラ)の目に適い,音楽の才能を発揮する。底辺の生活の中での一夏の出来事だが,兄3人が不愉快な存在で,気分が悪くなる。様々なクラシックの名曲が流れるが,サラのオペラの歌声が圧巻だった。それに感激したヌールが,その後どんな人生を歩むのか,続編が観たくなった。
 『ルッツ 海に生きる』:舞台は地中海のマルタ共和国で,人口約40万人,世界遺産の景観をもつ島国である。ルッツとは,昔流の漁をするための伝統的な小型木造船で,カラフルで個性的な装飾が施されている。主人公のジェスマークは本当にこの船で漁をしている現地人で,漁と魚を捌く手つきが見事だ。色々な魚が釣れるが,それだけで生計を立てることは困難で,船の修理と発育不全の子供の治療費で経済的に困窮している。演技未経験の主役を含め,多数現地人を起用して,まるでドキュメンタリー映画だ。島民の起用を含めて,山田洋次監督の『故郷』(72)と設定がそっくりで,主役級がプロの俳優(倍賞千恵子,井川比佐志,笠智衆,等)なのと,職業が砂利運搬と漁師が違っているだけだった。監督は同国出身のアレックス・カミレーリで,これが初長編監督作である。主演の演技が稚拙なのは止むを得ないが,もう少し物語自体にもコクが欲しかった。
 『リコリス・ピザ』:やっと観られた待ち遠しかった一作だ。今年のアカデミー賞予想時に,作品賞ノミネート作でこれだけが未見であった。鬼才P・T・アンダーソンの最新作で,出世作『ブギーナイツ』(97)と同じく,LA近郊のサンフェルナンド・バレーを舞台にした青春映画だ。今回はポルノとは無縁だが,本作でも映画産業のエピソードを盛り込んでいる。15歳の高校生ゲイリー(クーパー・ホフマン)が10歳年上のアラナに一目惚れする。一見不釣り合いな2人が,互いに掛け替えのない存在になって行くのが心地よい。アラナの姉2人がそっくりだと思ったら,実の3姉妹で,両親も含め丸ごと実名で出演している。一方,ゲイリーを演じるのはアンダーソン組常連だった故フィリップ・シーモア・ホフマンの遺児である。2人とも,これが映画初出演だが,この2人を抜擢する眼力はさすがだ。本作で誰もが思い出すのは,ジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』(73)。同作は1962年の夏を描いていたが,本作はその映画が作られた1973年を描いている。オイルショックがあり,『007/死ぬのは奴らだ』が公開されていた頃だ。同時代を生きた米国人なら,ましてや映画業界人なら,泣いて喜ぶエピソードの連続だろう。
 
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