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O plus E誌 2004年3月号掲載
 
 
『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』
(ニューライン・シネマ/日本ヘラルド映画&松竹共同配給)
 
       
  オフィシャルサイト[日本語][英語]   2004年1月16日 大阪厚生年金芸術ホール(完成披露試写会)  
  [2月14日より全国松竹・東急系他にて公開中]      
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  予想通りの満足度100%の完結編  
   こういう映画時評を毎月書いていると,他雑誌からもVFX解説を頼まれることが増えてきた。昨年6月発行のAERA Mook No. 91「アメリカ映画がわかる。」では最新ハリウッドVFX事情を書いた。このMookの執筆者30余名は,編者から「天国に持っていきたいアメリカ映画」なるコラムを求められた。あの世でも観たい好きな映画ベスト3を選べということだ。少し気取ってあまり知られていない映画をあげる評論家が多い中で,筆者は,『ベン・ハー』『スティング』と『ロード・オブ・ザ・リング3部作』を選んだ。
 まだ完結していなかったこのシリーズをあげたのは私だけだったが,完結編が竜頭蛇尾で終わるという不安は全くなかった。期待外れだった『マトリックス』の続編2作とは成り立ちが違う。何しろ1年半かけて3本一挙に撮影し,それをポストプロダクションしながら年1作ずつ公開した結果が前2作なのだから,用意周到で満足感100%の結末が待っているに違いない。そうでない終わり方の方が不思議なくらいである。気に食わない部分は一部取り直しをしたというし,CGデータは再利用できるのだから,VFXのレベルも一段と向上していて当然だ。
 果たせるかな,結果は既にご存知の通り,映画専門誌も一般紙も絶賛の嵐,日頃意地悪な批評家たちも満点のオンパレードだ。1人でケチをつけるのは,相当な勇気がいるだろう。アカデミー賞の前哨戦,ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞(ドラマ部門),監督賞等に輝いた。先物買いした筆者も面目躍如である。
 本稿執筆までに,完成披露試写会(大阪)と先行上映(横浜)で字幕スーパー版を2度観たが,まだまだ観たりない。まず全容を愉しみ,2度目にVFXを分析したばかりだ。ストーリーの紹介はいいだろう。結末は誰もが分かっている。旅の仲間たちも全員,サウロンの目が光るモルドール国へ向い,フロド滅びの山の火の中に指輪を捨てるのを見守るだけなのだから。
 新たな主要登場人物も,ボロミア,ファラミア兄弟の父,ゴンドール国の執政デネソール公(ジョン・ノーブル)とフロドを襲う老蜘蛛のお婆(シェロブ)くらいのものだ。前2作で登場した連中や怪獣たちがいかに戦い,それぞれの個性を存分に発揮しながら結末へと進んで行くかを愉しむ映画なのである。
 昨年既に最大級の賛辞を送ってしまったので,もう褒めるべき言葉も出て来ない。いっそ,敢えて欠点を探してみようか。この映画の最大の汚点は,エルフ族のエルロンド(ヒューゴ・ウィービング)だ。あの顔を観ると,『マトリロレボ』でいやほど見せつけられたエージェント・スミスを思い出してしまう。あの世紀の駄作を想い出すだけでも,いい迷惑だ。いやいや,この3部作では彼の登場場面は先に取り終えているのだから,P・ジャクソン監督のせいでも,H・ウィービングのせいでもない。改めて,同じ3部作でも,監督の力量の違いでこうもシリーズ全体の価値が変わってくるか思い知らされる。映画は脚本であり,監督の腕だ。おやおや,また褒めることになってしまったか。
 壮大かつ繊細な各シーンの構図とカメラワークを見る度に,監督P・ジャクソンは,この映画を一体どこまで自らデザインしたのだろうと感じる。きっと,細部に至るまで全部したに違いない。1作だけなら前から順に撮って行けばいいから驚かないが,何しろ全約10時間に及ぶ3部作である。その各カットの隅々までイメージしておいて,先に演技だけを撮ったというのか。この人の頭の中は一体どういう構造になっているのだろう。 化け者だ。天才だ。
     
  ただただ脱帽,隅々まで計算し尽くしたVFX  
   では,本命のSFX/VFXの論評に移ろう。
 ■まず主役級のゴラム。前作に増して完成度が向上した。まるで生きているかのようだ。うっかりすると,彼がCGキャラであることを忘れていることに気づく(写真1)。スメアゴルが指輪を得て,ゴラムへの変化して行く過程のメイクとCGの併せ技も見事だ。
 ■巨大な象のようなオリファント(写真2),ナズグルが操る空飛ぶ獣(写真3)も見違えるような動きを見せてくれる。オリファントの肌の皴や重量感を与える音もいい。よたよた倒れるシーンは最高だ。第1作目に登場した洞窟のトロールが,脇役としてミナス・ティリスの戦いに参加している様は微笑ましかった。アラゴルンに率いられた亡霊の大軍,ガンダルフを乗せた鷲も相当いい出来だが,こうやってメモを観ながら書かないと,忘れてしまうくらいのVFXの量と質だ。
 ■このシリーズの映像の素晴らしさは,壮大なニュージーランドの自然にマッチしたカメラワークの大胆さ,構図の妙にある。『王の帰還』では,高い塔や崖から一気に下を見下ろすシーンが頻出して目がくらんだ。完結編では意図的にそうしたのだろうか。執政デネソールが火だるまになって遂げる最期,滅びの山の溶岩流,サウロンの死によって起こる天変地異の描写も「素晴らしい!」の一言につきる。
 ■戦闘シーンでの数の迫力は一段と向上している。AI手法による大人数の兵士の動きもいいが,個々人の戦いの演出も実に上手い。その中で実写,CG,模型の使い分けや合成がフルに活用されている(写真4)。なかんずく,レゴラスとオリファントの戦い,サムと蜘蛛のお婆(シェロブ)の格闘は秀逸だ。これは,一体どうやって撮影したのだろう?
 
     
 
写真1 ゴラムはまるで生きているかのよう
 
写真2 オリファントは皮膚の質感や重量感が向上
 
 
写真3 ナズグルが操る空飛ぶ獣も動きは縦横無尽
 
写真4 大型模型もブルーバックで撮影して合成
 
     
    ■WETA Digital社のVFXだけでなく,WETA Workshop社のメイク,甲冑・武器類のデザイン,模型の精巧さも褒め続けてきたが,完結編では大型模型の存在感が一段と目立った。圧巻は最大の決戦の場ミナス・ティリス(写真5)の7層の模型だが,サウロンの塔のバラド=ドゥア,モンドールの黒門,シェロブの棲むキリス・ウンゴル,ナズグルの本拠地ミナス・モルダル,滅びの山の亀裂なども,大型模型(ミニチュアならぬビガチュアと呼ばれた)が制作され,撮影時の照明環境に合うよう塗装・装飾された。見事な出来映えと合成術だ。
 改めて,これをまっとうできるプロダクションがニュージーランドに存在することに驚く。日本の映画人は,邦画の不振を低予算のせいにするが,本当にそうか。志の高さの違いが,技にも影響するのではないかと思う。
 ■全編1点の揺るぎもないことは,(写真6)の2枚の画像に象徴されている。昼間撮影された映像を加工したとは,まず分かるまい。このシーンが。カメラ固定でなく,人物もカメラも動いていることに感動すら覚える。ほんの数秒のシーンのために,ここまで手の込んだ撮影と後処理を行なっている。これが,天才ピーター・ジャクソンの描く「指輪物語」なのだ。
 ■固唾を呑んで指輪の行方を看取った後,もうこれで終りかと思ったら,そこから30分も後日談があった。長い。原作ではもっと長い。滅びの山での過酷な使命達成の後,のどかなホビット庄は美しかった。この完結編だけ考えるとエンディングとして長過ぎるが,全10時間の一大ファンタジーの完結にはこれくらいの余韻は必要だ。計算し尽くされている。やっぱり,完璧だ。
 
     
 
(a) 全体像は72分の1の模型。それでも高さは3m以上。
 
(b) 約半年かけて実物大セットも制作
 
 
(c) この種のシーンは勿論クロマキー合成
 
(d) こちらは実物大セットと背景マット画の合成
 
  写真5 7層の城郭都市ミナス・ティリス  
 
写真6 ゴルゴロス高原の行進。左:下地となる映像は昼間に撮影。右:サウロンが支配するモルドール国の恐ろしさを出すために暗く醜いタッチに仕上げる。
 
 

 

 
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