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O plus E誌 2016年3月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『クーパー家の晩餐会』:邦画・洋画を問わず,様々なカップルがクリスマス・イブに織りなす群像劇は定番のメニューの1つだ。本作は,シャーロット(ダイアン・キートン)と夫のサム(ジョン・グッドマン)を中心に,年に1度の晩餐会に集う4世代11人の大家族のエピソード集である。既に離婚中や離婚寸前に加えて,リストラでの失業,不倫,万引等々,話題は盛り沢山だ。それが慌ただしく,駆け足で通り過ぎるので,落ち着かない。エピソードは80%程度で良かったかと思う。クリスマス映画らしく,多数の挿入曲があり,クリスマス定番曲もオリジナル曲もなかなかの味わいだ。町のクリスマスの賑わいもしっかり描かれている。予想通り,予定調和の結末で少しハッピーな気分にさせてくれるが,後述の『幸せをつかむ歌』に比べるとややパンチに欠ける。願わくば,この映画は昨年末に観たかった。
 『X-ミッション』:あまり期待せずに試写を観たのだが,アクション度は遥かに予想以上で,凄まじかった。物凄い運動量,危険極まりないスタントの連続で,崖や滝のなどのシーンが圧巻であり,3D映像に目が眩む。とんでもない動機で8つの事件を引き起こす犯罪者集団に対して,心に傷をもつアスリートがFBI捜査官に任用され,潜入捜査を始めるという筋立てである。実際,物語はなきに等しく,全編ただただ極限アクションの連続だ。非現実的なストーリーと,想像を絶するアクションのいずれが勝っているかといえば,明らかに後者である。世界中でロケし,スノーボード,サーフィン,フリークライミングの本物のアスリート達も撮影に協力している。撮影スタッフだけで記録的な数で,エンドロールが延々と続く。ノーCGをウリにしているが,そんなはずはない。本物のスタントは8割程度で,残りはVFXによる加工と見て取れた。
 『黒崎くんの言いなりになんてならない』:表題だけで女子中生か女子高生が主人公だと分かる。人気少女コミックの実写映画化作品で,もちろん10代を対象にした青春ラブストーリーである。オヤジ世代が観る映画ではないと知りつつ,印象的なタイトルに惹かれ,現代の若者のマインドだけでも理解しようと考え,試写を観てしまった(今となっては後悔している)。さして可愛くもないヒロインが,「黒悪魔」なる超ドS男子と「白王子」なる優しいイケメン男子の両方に惚れられるという設定が,女子高生の願望の表れなのだろうか。あまりのハチャメチャ,節操のない展開に,「おいおい,いい加減にしてくれよ」と感じつつ観ていたが,むしろ最後までこの方が良かった。終盤,妙にかしこまったラブストーリー風なのがむしろ痛々しい。典型的な低予算,安直な脚本での映画化で,「デートムービーはこの程度で十分だ」と見切っている製作者たちに憤りすら覚える。
 『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』:原題は『The Second Best Exotic Marigold Hotel』。当欄で絶賛した『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(13)の続編だ。前作の題に「Second」を加えて2作目であることと,増設した第2ホテルの意味を掛けている。余生を過ごすため英国からインドに移住した老人たち(ジュディ・デンチ,ビル・ナイ等)やホテル経営者たちはそのままで,謎めいた宿泊客としてリチャード・ギアが新たに加わる。英・米合作のハリウッド映画だが,インドが舞台だけあって,あの騒々しいボリウッド・ダンスシーンが登場する。ホテル拡張の資金を得るため,米国資本に媚びを売る設定も,物語を生臭くし,洒脱で人生の機微を感じさせた前作の香りを薄めてしまっている。当世インド事情を知る情報源としては良いが,前作を超えず,やはり「Second Best」に過ぎなかった。
 『マネー・ショート 華麗なる大逆転』:アカデミー賞5部門ノミネートの話題作だ。実話であり,米国のサブプライムローンの破綻,その後のリーマンショックが来る前に,住宅ローンのバブル状態を見抜き,大手銀行やウォール街を相手に大儲けした4人の金融マンたちの物語である。原作はマイケル・ルイス作の「世紀の空売り世界経済の破綻に賭けた男たち」で,この題の方が内容をよく表わしている。主演陣は,クリスチャン・ベール,ライアン・ゴズリング,スティーブ・カレル,ブラッド・ピットだが,B・ピットは製作者も兼ねている。筆者には,S・カレルの強烈な演技が,最も印象的だった。セリフ量が膨大な映画で,経済用語が飛び交う。これは,字幕翻訳者泣かせだ。筆者は,サブプライムローンが何たるかを破綻寸前まで知らなかったが,我が国のバブルを経験した金融関係者なら,予兆を見抜いて,大儲けできなかったのだろうか(かなり儲けても,黙っているだけだろうが……)。
 『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』:インテリアデザイナーとして成功を収め,今もニューヨークのファッションアイコンとして名をとどろかす老女に密着取材したドキュメンタリー映画だ。かつて類したテーマで『ビル・カニンガム&ニューヨーク』(13年5月号)『アドバンスト・スタイル そのファッションが,人生』(15年6月号)の2作品を紹介したが,その両方でインタビューを受けていた。全80分間,彼女の膨大なコレクションやハイセンスなファッションをたっぷり堪能できる。ブティック経営者の母親とインテリア装飾家の父親の間に生まれた一人娘ゆえ,センスが自然に磨かれたとも言えるが,90歳を超えても尚,現役バリバリの仕事ぶりは只者ではない。「あんなお婆ちゃんになりたい」と,若い女性の憧れの存在らしいが,彼女が今の地位を得るまで,どれだけの努力を重ねてきたかも,この映画から学ぶことができる。
 『セーラー服と機関銃 −卒業−』:角川映画40周年記念作品で,誰もが薬師丸ひろ子主演で1981年公開の大ヒット作(東映配給)を思い出す。主人公の少女・星泉はヤクザ目高組の組長で,前作の1年後という設定だが,純粋な続編ではなく,実質的にはリメイクに近い。その証拠に,前作で組員3人は全員死んでしまったはずが,本作では組は解散しただけで,(前作とは別の)組員3名と目高組を再始動する。都市開発を装って町を食い物にする悪徳企業と対決する物語だ。新しい星泉役に抜擢されたのは,Rev.from DVLの橋本環奈。写真で見ると,可憐な美少女だが,薬師丸ひろ子のようなオーラやイノセンスはない。とても卒業間際の高校3年生には見えず,ヤンキーな女子中学生としか思えない。前作の渡瀬恒彦に相当するのは,目高組員ではなく,敵対する浜口組若頭補佐役の長谷川博己だ。こちらは好い味を出している。監督は若手の前田弘二。テンポのいい語り口で,監督の才はあると見た。
 『これが私の人生設計』:軽快なイタリア製コメディだ。監督&スタッフ,主演男女優全部イタリア人で,イタリア語映画なのが嬉しい。パオラ・コルテッレージ演じる主人公は,海外で修業し,イタリアに帰国した女性建築家だ。男性優位社会で苦戦し,レストランのウェイトレスとして働くが,超イケメン男性のオーナー(ラウル・ボヴァ)にたちまち恋をする。女性監督の作品なら,このままご都合主義の展開なのだが,男性監督のリッカルド・ミラーニはそうはしない。このオーナーは,女性に全く関心を示さないゲイだった……。かくして,超前向き建築女子とゲイのオーナーが奇妙な友情で結ばれ,明るく,楽しく物語は進行し,痛快で暖かみのある結末へと向かう。原題は『Scusate se esisto!』で,英題は『Do You See Me?』。女性観客向きのシャレた題であるべきなのに,邦題がダサ過ぎる。
 『幸せをつかむ歌』:冒頭から,66歳の大女優メリル・ストリープがライブハウスでシャウトする。歌唱力は『マンマ・ミーア!』(08)で披露済だが,本作ではロックバンドのリードヴォーカルで,エレキを弾きながら,グラミー賞シンガーのリック・スプリングフィールドを引き連れて何曲も歌う(サントラ盤紹介欄も参照されたい)。室内でのアコギの弾き語りも痺れる。まるで,ジョン・レノンだ。上述の『クーパー家の晩餐会』に似たテーマで,離婚,ゲイ,自殺未遂等々が登場するが,3児と家庭を捨ててロックスターの道を選んだ母親の存在感が際立っている。実の娘メイミー・ガマーとの母子共演も嬉しい。こちらのクライマックスは,クリスマス晩餐会でなく,息子の結婚式会場だ。そのステージ上での演奏が,邦題通りの展開となる。原題はバンド名の『Ricki And The Flash』。盛り上がりに比べて,この映画も邦題が地味過ぎる。惜しい!
 『家族はつらいよ』:山田洋次監督の最新作は,久々の喜劇だ。不安定な時代だからこそ,明るい笑いをという配慮らしい。職業,住居は違うが,『東京家族』(13)の4組8人の夫婦/カップルが,同じ家族関係のまま再集結する。舞台が葛飾柴又でなく,東急田園都市線・たまプラーザの住宅地である分,設定にリアリティがある。笑いネタの殆どは『男はつらいよ』シリーズの使い回しで,残念ながら大笑いはできなかった。笑いの柱となる人物がいないからだが,橋爪功,林屋正蔵に,寅さん(渥美清),タコ社長(太宰久雄)の役割を期待するのは酷だろう。ただし,涙を誘うヒューマンドラマの演出はさすがだ。脇役陣では,山田組常連の笹野高史と新起用の徳永ゆうき(演歌歌手)がいい。とりわけ,徳永ゆうきを抜擢したのは,山田監督の眼力だ。かつて山田作品でブレークした武田鉄矢を思い出す。シリーズ化し,笑いの質が向上して行くことを期待したい。
 『エヴェレスト 神々の山嶺』:原作は柴田錬三郎賞を受賞した夢枕獏の小説「神々の山嶺(いただき)」で,漫画版も存在する。実写映画化で期待されるのは,エヴェレストの壮大な景観で,昨秋公開の『エベレスト 3D』(15年11月号)とも比較したくなる。本作は3D化されていないが,ヒマラヤへの大規模ロケを敢行し,映像的にもドラマ的にも好い勝負を挑んでいる。CG/VFXは多用されていないし,スケールではやや劣るが,エヴェレスト登頂の過酷さは描けていて,邦画としては出色の登山映画だ。伝説の天才アルピニスト羽生丈二役に阿部寛,カメラマン兼クライマーの深町誠役に岡田准一という配役が魅力的で,ヒマラヤをバックにした2人の真剣勝負が神々しい。英国人登山家ジョージ・マロリーが初登頂に成功したかどうかの逸話が織り込んであるのも,興味深い。その反面,二流のクライマーの深町が,南西壁冬期無酸素単独登頂に挑むというのが少し嘘臭く思えた。
 『リリーのすべて』:本作もオスカー・シーズンの話題作だ。主人公は,いわゆる性同一性障害に悩み,世界初の女性への適合手術を受けたデンマーク人画家リリー・エルベとその妻ゲルダである。ある日,臨時モデルで女装したことから,自分の内なる「女性」に目覚めた彼(彼女?)は,次第に女装の頻度がエスカレートして行く。主演は,昨年『博士と彼女のセオリー』(14)のホーキング博士役でオスカー男優となったエディ・レッドメイン。前作と本作の強烈な印象で,今後他の役が似合うか心配するほどの熱演だ。ゲルダ夫人役のアリシア・ヴィキャンデルも好演で,それぞれ主演男優賞,助演女優賞にノミネートされている。監督は『英国王のスピーチ』(10)のトム・フーパー。力作ではあるが,賞狙いの演出が少し鼻に付く。『キャロル』(15)の女性同性愛者ほど感情移入して応援する気になれないのは,筆者が,我が侭な夫に献身的に接する夫人の心情が理解できないからだろうか。「早く別れるか,いっそ難手術で死んでしまえ」と呪いをかけたくなった。さて……。
 『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』:ホームズ譚を舞台劇,TVドラマ,映画化した作品は多数あるが,この映画の原作はコナン・ドイル作の正典ではなく,2005年発表のミッチ・カリン作の外典の1つだ。既に親友ワトソン博士は逝去し,93歳のシャーロック・ホームズは海辺の家で養蜂を楽しみながら,静かに余生を過ごしている。老元探偵を演じるのは,『ホビット』シリーズのイアン・マッケラン。ふとしたことから,記憶を辿り,引退の契機となった30年前の未解決事件の真相究明に乗り出す。助手役は,家政婦の息子の10歳の天才少年。このコンビが絶品だ。過去と現代を往き来しつつ,謎を解き明かす過程は,まさにホームズ譚である。何かと騒々しい,ロバート・ダウニー・Jr.主演の最近のシリーズよりも,遥かに正典のイメージに近い(ただし,鹿撃ち帽やパイプは登場しない)。人物設定も展開も原作とはかなり違うようだが,素晴らしい結末だ。
 『僕だけがいない街』:原作は人気コミック,TVアニメ化,そして実写映画化という,お決まりのパターンだ。ただし,これだけワクワクしたのは,同じWB配給,藤原竜也主演の『デスノート』(06)以来である。主人公の藤沼悟は,何か不都合があると,過去へタイムスリップして,原因を取り除く超能力(リバイバルという)の持ち主だ。トム・クルーズ主演の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14)と同工異曲だ。2006年と1988年を往来し,母親の殺害を未然に防ごうと奮闘する。少年時代の悟と同級生の雛月加代を演じる2人の子役(中川翼,鈴木梨央)が素晴らしい。うまい語り口で,この先一体どうなるのだろうと見入ってしまう。タイムパラドックスで少々不満があるが,許せるレベルだ。結末は,まあ,こんなものか。待てよ,リバイバル能力があれば,こんな結末は簡単に覆せるはずだ。そーか,続編を作るならば,本作の結末を全部リセットして,再スタートすればいいだけのことだ。
 
   
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