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O plus E誌 2020年1・2月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』:久々に監督名を冠した映画だが,まさにこの題名通りの内容だ。誰もが知っているドン・キホーテ的なものを,鬼才が独自の解釈で描いている。構想30年,企画挫折9回を経たいわく付きの一作で,「映画史に刻まれる呪われた企画」だそうだ。主演は若手映画監督トビー役のアダム・ドライバー。彼が10年前に撮った映画に出演以来,自分がドン・キホーテだと信じ込んでいる老人に主人公が翻弄されるのが前半だ。いかにもドン・キホーテの再来で,ジョナサン・プライスの怪演に度肝を抜かれる。後半は再会した美女アンジェリカを起用したCM撮影が大波乱となり,思いがけない展開が待ち受けている。美術セットは豪華,映像的にも贅沢で,音楽も素晴らしい。徹底した欧州流で,スペイン文化への畏敬の念が感じられる。権力への皮肉やパロディも込められているが,一度観ただけでは監督のメッセージは正確に掴み切れない。
 『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』:ベストセラー確実の人気作家の新作を,違法流出を防ぐため,9人の翻訳家を地下室に閉じ込めて,少しずつ翻訳を進めて行く。ところが,大金を払わなければ,中身をネット上に公開するぞという脅迫が舞い込み,出版社社長や翻訳家たちが相互不信に陥る…。翻訳担当者を外部と隔離する方式は,実際にダン・ブラウン作品の新作出版時に採用されたそうだ。本作は,それをヒントにしたオリジナル脚本だが,映画ならではの仕掛け満載の逸品である。本格派ミステリーではお馴染みの「密室もの」と意識させ,観客に種明かしを楽しみにさせる展開が秀逸だ。随所で古典的名作を引用する「文学愛」も嬉しい。監督・脚本は,『タイピスト!』(12)のレジス・ロワンサル。出版社社長を演じるランベール・ウィルソンの悪役ぶりが絶品だった。翻訳家9人の中では,ボンドガールのオルガ・キュリレンコが輝いていた。
 『イーディ,83歳 はじめての山登り』:主人公イーディはロンドン在住の主婦で,30年間介護した夫を看取った後,人生の集大成として,スコットランドにあるスイルベン山に登る決心をする。海抜731mと723mの2つの山頂をもつ双峰山である。さほど高い山ではないが,垂直に切り立った岩山で,登山経験のない老婆が1人で挑むには見るからに厳しいターゲットだ。道中で知り合った登山用品店の青年ジョニーをトレーナーに雇い,4日間の登山訓練を受けるが,イーディは同伴の申し出を断り,単独での登頂を目指す……。頑固な老女と好青年が,最初衝突し,やがて心を通わせて行く様子が心地よい。スコットランドの美しい自然や繊細な音楽が,それに見事にマッチしている。イーディを演じるのは,実年齢83歳の英国女優シーラ・ハンコック。当然スタッフの援助を得て登ったのだろうが,彼女自身が山頂に立つ姿に感動を覚える。見事な人生讃歌だ。
 『ロマンスドール』:ここから邦画が5本続く。高橋一生と蒼井優共演の大人のラブストーリーだというので食指が動いた。興味深かったのは,美大出身の主人公・北村哲雄の勤務先がラブドール(ダッチワイフ)の制作工場であったことだ。その形態や機能に,こんな商品が売られているのか,凄いなと感心する。先輩のバツイチ社員を演じる「きたろう」の語りが切ない。工場経営者役はピエール瀧。不祥事後の復帰作ではなく,まだ残っていた出演作である。まさにハマり役の名助演で,撮り直しをしなかったのも頷ける。そうした見どころの多い作品だが,在り来たりの物語展開とタナダユキ監督の演出に物足りなさを感じた。蒼井優の使い方もしかりだ。『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)『宮本から君へ』(19)以上に濡れ場は多いのに,相変わらず裸身を見せないのは,余りにも不自然だ。この映画で脱がないなら起用するな,出演するなと言いたくなる。
 『風の電話』:電話線は繋がっていないが,亡くなった大切な人に語りかけるための電話だという。岩手県大槌町に実在する電話ボックスで,既に東日本大震災の被災者3万人が訪れているそうだ。喪失感,孤独感に苦しむ人が,この電話で自問自答することにより,「生きる力」を得ているという。その存在をモチーフにした本作の主人公は,8年前に大津波で家族を失った17歳の少女ハル(モトーラ世理奈)である。叔母と暮していた広島から,ヒッチハイクをして故郷に戻り,「風の電話」に辿り着くまでの物語を描いている。西島秀俊,西田敏行,三浦友和らの助演陣が豪華だ。道中知り合った彼らの言葉で,ハルは次第に心を開いて行く。監督は諏訪敦彦。「即興芝居」を信条とする監督の手腕は,しっかり読み取れた。淡々としたロードムービーの中で,余計な台詞や音楽を極力排して,観客1人1人が何かを感じ取ることを意図しているのだろう。
 『嘘八百 京町ロワイヤル』:中井貴一と佐々木蔵之介がW主演で古物商と陶芸家を演じるコメディ・シリーズの第2弾である。前作は堺市が舞台で,千利休の幻の茶器を巡っての騙し合い合戦だった。本作は舞台を京都に移し,利休の茶の精神を引き継いだ武将茶人・古田織部が遺した茶器が騒動の元となる。監督の武正晴も,主要キャストも続投だが,新たなヒロインは広末涼子で,加藤雅也,竜雷太らも登場する。前作よりもおふざけ度は減り,少し真面目なコンゲーム風の演出だ。主演2人の息もピッタリ合い,佐々木蔵之介の陶芸の手つきも堂に入ってきた。大阪でのマスコミ試写では,当然出演者の関西弁の出来が厳しい評価を受けるが,これもまずまず合格点だった。京都に実在する屋敷や店舗内を上手く活用し,美術班もしっかり役割を果たしている。物語は二転三転するが,『スペシャルアクターズ』(19)と比べると興味深いとだけ言っておこう。
 『前田建設ファンタジー営業部』:マスコミ試写会の雰囲気がいつもと少し違っていた。スーツ姿の男性が数人いて,しかも役職の序列まではっきり分かる言動だった。実在するゼネコンの広報部門が企画した表題のWebコンテンツの映画化作品だが,その「前田建設」の役員・社員も試写を観賞しておられた訳だ。テーマは「アニメやゲームに登場する建造物を実際に作ったらどうなるか?」に対して,工期や経費を本気で積算するという冗談のようなプロジェクトである。これを本当に社内業務としてやってのけた試みは痛快で,拍手を送りたくなった。既に書籍化,舞台劇化もされているというので大いに期待したのだが,映画としては今イチだった。脚本がくどく,演出もわざとらしい。コメディタッチと積算作業でのプロらしさもマッチしていない。主要登場人物に魅力がなく,大会社の社員に見えない。面白い題材なのに,それを活かし切っていないのが残念だ。
 『AI崩壊』:邦画5本のトリは,近未来サスペンスの力作だ。当欄が☆☆☆評価した『22年目の告白―私が殺人犯です―』(17)の入江悠監督のオリジナル脚本で,『藁の楯』(13)の大沢たかおが主演となれば,期待は大だった。10年後の2030年に医療用AIが暴走し,命の選別を始める物語である。それを仕組んだ真犯人がいて,最後は人間の力で阻止するのだろうと誰でも予想できる。問題は,リアリティがあり,楽しめるエンタメになっているかどうかだ。監督は人工知能学会に入会して,AI技術の最前線を学んだらしい。その甲斐あって,実現可能性が高い技術を多数盛り込み,派手なビジュアルで近未来を描く。ハリウッドに負けじとの想いは感じられるが,詰め込み過ぎで,却って薄っぺらに見える。まるで出来の悪い「NHKスペシャル」だ。それでも後半は持ち直し,ドラマとしては盛り返す。大沢たかお,三浦友和の演技力の賜物だ。前半のリアリティのなさが惜しい。
 『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』:ワクワクする見事なミステリー映画だ。湖畔の古い館で当主の作家の遺体が発見されたところから物語は始まる。前夜の誕生日パーティに参加した親族一同や家政婦・看護師の全員が容疑者だ。完全な密室ものではないが,名探偵が登場する本格派ミステリー仕立てで,誰もがアガサ・クリスティ原作の映画化だと思うだろう。監督・脚本は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のライアン・ジョンソンで,クリスティに捧げたオリジナル脚本である。名探偵に007のダニエル・クレイグ,一族の異端児に「キャプテン・アメリカ」のクリス・エヴァンスという粋な配役だ。他も豪華キャストで,真犯人探しも名探偵の謎解きも堪能できる。勿論,結末を書く訳には行かないが,クリスティ・ファンなら納得できるとだけ言っておこう。どうせなら,007にポワロ風のつけ髭をさせるお遊びがあっても良かったと感じた。
 『男と女 人生最良の日々』:フランシス・レイの美しいテーマ曲で知られる1966年公開のラブ・ストーリーの後日談である。20年後に続編が作られ,さらにその33年後の3作目だ。主演の男女優は89歳と87歳,クロード・ルルーシュ監督は82歳だから,全員長寿ゆえに実現できた企画である。老人ホームで暮す元レーサーの主人公(ジャン=ルイ・トランティニャン)は既に認知症が進んでいるが,永遠の恋人アンヌ(アヌーク・エーメ)がそのもとを訪れ,2人は再会を果たす……。筆者は前々作を公開当時に観たが,18歳の大学生は何も感動しなかった。主人公がレーサーだったので,クルマばかり観ていた。音楽が有名になったのは後年のことである。ボケ老人の過去の回想に対応して,前々作の名物シーンが随所で登場する。名作・名曲と言われるがゆえに,2人の半世紀後の姿を確認したいというファンには,その目的は達成できるだろう。
 『母との約束,250通の手紙』:フランスの大作家ロマン・ガリの伝記映画で,母親から受けた教育,従軍中に毎週届いた激励の手紙にまつわるエピソードを描いている。この題名なら,純文学調の映画,ゆったりとしたハートフルドラマを想像するが,全く映画のタッチは違っていた。全編ハイテンポのコメディタッチで,前半は母親の主人公への猛特訓が描かれる。仏国版孟母で,肝っ玉かあさん,鬼の教育ママぶりが凄い。ロシア領出身のユダヤ人で,移民の母子家庭でありながら,息子を作家で大使に育てるという母親の上昇志向に驚くが,それを実際にやってのける息子にも呆れる。入隊後がすごい。飛行士となり,毎日空中戦や爆撃を経験しながら,夜に小説を書いている。息子役は年齢別に3人が演じているが,母親役は名優のシャルロット・ゲンズブールがずっと1人で演じている。監督・脚本は,エリック・バルビエ。この母子に対する深い愛情が感じられた。
 『グッドライアー 偽りのゲーム』:上記の『キャッツ』ではジュディ・デンチらと共に踊り,歌まで歌っていた英国の名優イアン・マッケランだが,本作のお相手は同じく英国のベテラン女優ヘレン・ミレンだ。彼が冷徹な詐欺師で,夫を亡くした資産家の未亡人を手玉にとるように騙す話だと言う。それはないだろう。題名からは,名優2人の騙し合いも想像できる。したたかで,機関銃で敵を蹴散らかす役もこなすH・ミレンが,易々と騙される老女役に起用される訳がない。実は一枚上手の大物詐欺師で,形勢逆転で攻守入れ替わるのか,それとも実はMI6の女性捜査官で囮捜査だったのか,はたまた二転三転して予測不能の展開なのか…。ネタバレになるので,どんなパターンなのか楽しみにして下さいとしか言えない。ヒントとして,2人はベルリンに向かい,第2次世界大戦直後のブランデンブルク門付近の荒廃したシーンもVFXで登場する,とだけ言っておこう。
 『ハスラーズ』:P・ニューマン主演の『ハスラー』(61)から,ビリヤード・プレイヤーを想像しがちだが,元々の「詐欺師」「遣り手」の意味のようだ。時は21世紀,リーマン・ショックを挟んだ時代のNYのストリップ・クラブで働くダンサー(=風俗嬢)達の物語で,女性4人組のシスターフッド映画である。単なる風俗営業,売春だけでは済まず,顧客(ウォール街の富裕層)に薬物投与して,大金を詐取する行為にまで手を染める。2013年に摘発されたれっきとした犯罪だが,あまり彼女らを責める気になれず,巻き上げられた男がバカとしか思えない。米国生まれの中国人女優・コンスタンス・ウーが主演扱いだが,4人組の首謀者のラモーナ役のジェニファー・ロペスの存在感に圧倒された。貫録,円熟,濃艶で,その圧巻の肢体にも,ストリップのポールダンスの見事さにも息を呑む。製作総指揮も兼ねるだけあって,まさに彼女のために存在する映画だ。
 『グリンゴ/最強の悪運男』:表題の「Gringo」とは,スペイン語で「よそ者」の意味だそうだ。本作では,メキシコ人が米国人を呼ぶ際の蔑称として使われている。隣国同士,互いにバカにし合っている関係だ。副題からは,ドタバタ喜劇のB級映画を想像する。冒頭,黒人の主人公(デヴィッド・オイェロウォ)が,白人の上司への復讐として仕掛けた偽装誘拐から始まる。こりゃ,面白そうだ。ところが,意外と真面目なノワールアクション映画だった。麻薬組織,保険金詐欺等も絡んで,終盤は二転三転する。主演以外の著名俳優は,シャーリーズ・セロンとアマンダ・サイフリッドで,前者は汚い言葉を発する性悪女で,後者は存在感のうすいチョイ役に過ぎなかった。この女優2人の使い方を工夫して欲しかったところだ。徹底したドタバタ劇,シニカルな譬え話,全うなクライムサスペンス,いずれでも良かったのに,中途半端だった。とにかく,もったいない。
 『37セカンズ』:主人公は23歳の漫画家志望の女性・貴田夢馬(ユマ)で,生まれながらの障害者として車椅子生活を送っている。母子家庭で,母親と日々対立する中,彼女が自分自身を見つけ直す物語だ。健常者の女優でなく,主人公と同じ脳性麻痺を抱える社会福祉士の女性・佳山明(めい)を主演に抜擢したことが,最大のポイントだ。漫画のゴーストライター,AVコミック,身障者用の風俗サービスにまつわる描写が生々しい。前半と後半でかなり印象が違う。表題の意味は,終盤しっかりと語られている。そして,やはり感動の物語となる。監督は,米国で映画を学び,LAを拠点とするHIKARIで,これが長編デビュー作だ。全くフィクションなのに,障害者自身を主役に起用した監督の勇気と炯眼に拍手したい。大した監督だ。母親役は神野三鈴。主人公の挑戦を支える助演陣の演技と,主役を見守る労りが一体化している。素晴らしい人生の応援歌だ。
 『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』:またまた太宰治作品の映画化である。遺作だが未完のはずだと思ったが,劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチが補完した舞台劇の戯曲を基にしたようだ。女性にモテるダメ男という設定が太宰治本人を想起させる。愛人には「グッド・バイ」したが,妻から捨てられるという基本骨格は遺作と同じで,巧みに喜劇化している。成島出監督には珍しい喜劇という点と,主演の大泉洋と小池栄子の組み合わせが気になった。偽夫婦を演じ,嘘をつき合っていた2人が,次第に惹かれて行く。雑誌編集長・田島役の大泉洋は,およそ太宰に似ていないが,優柔不断なダメ男にはピッタリだ。一方,粗野だが,たくましい美女・キヌ子を演じる小池栄子の怪演ぶりは,特筆に値する。元グラビア・アイドルから演技派女優に変身しつつあるが,本作で一気に開花した。舞台でも最優秀女優賞を得たように,このキヌ子はまさにハマり役だ。
 『名もなき生涯』:監督・脚本はテレンス・マリック。かつて極端な寡作だった巨匠だが,最近は結構なペースで作品が登場する。本作は,初の実話ベースの映画だという。しかも,ナチス・ドイツものとくると,お得意の幻想的で鮮やかなビジュアルは無理だろうと想像したが,心配無用だった。美しいオーストリアの山岳地帯の景観がしっかりと登場する。長回し,遠近感のあるワイドな画面がずっと続く。景色に見とれて,映画の筋に集中できないほどだ。侵略されたオーストリアの農民で,兵役を拒否して収監され,最後は死刑になった男の物語である。175分はさすがに長かった。結末が分かっているだけに,尚更辛い。まるで拷問だが,釈放を待ちわびる家族の心情を共有体験させようという意図なのだろう。主人公の信念,意志の強さには感心するが,ヒトラーごときの愚物のために,自らの命を賭す価値があるのか,どうしても理解できなかった。
 『スキャンダル』:#MeToo運動は2017年秋に米国映像業界から始まった一大旋風だが,本作はその前年のTV局FOXニュース社内でのセクハラ騒動を描いている。3人の金髪美女が並んだポスターを見ると,なるほど彼女らがターゲットかと妙に納得する。この種の社会派映画では,実名で登場の上,ルックスも似た俳優を起用するのがポイントだ。CEOを告訴したグレッチェン・カールソン役のニコール・キッドマンは元々容貌が似ている。野心家の若手社員ケイラは架空の人物だから,この制約がなく,セクシーなマーゴット・ロビーを配している。驚きは,看板キャスターのメーガン・ケリーを演じるシャーリーズ・セロンだ。特殊メイクで頬や顎を本人そっくりに仕立てた上に,表情もトークもメーガンになり切っている。大統領候補トランプへのインタビュー場面の扱いも上手い。番組の舞台裏や社内の描写も含め,ここまでリアルだと説得力も格別だ。
 『スケアリーストーリーズ 怖い本』:オスカー監督のギレルモ・デル・トロが企画・製作したホラー映画で,監督にはアンドレ・ウーヴレダルを起用した。原作はアルヴィン・シュワルツ作の児童書「だれかが墓地からやってくる」シリーズで,恐ろしい内容過ぎて学校図書館に置くことを忌避されたという。舞台となるのは米国ペンシルベニア州ミルバレーで,1968年のハロウィンの夜から物語は始まる。高校生達が訳ありの廃屋に侵入し,そこで見つけた「怖い本」が本作の鍵となる。次々と新章が書き加えられ,その内容通りの怪奇事件が起るという設定だ。なるほど,中身を信じがちな子供には怖い物語だろう。筆者の注目ポイントは,衣装・内装・調度類から画質・特殊メイクに至るまで,徹底して1968年を再現した映像だ。新作と知らずに観たら,半世紀前の映画と思えてしまう。ただし,終盤に登場するモンスターは最近のCG技術でしか描けない。
 『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』:フィンランド映画で,監督は同国の名匠クラウス・ハロ。当欄では前作『こころに剣士を』(17年1月号)を取り上げている。本作は,美術商の老人が「幻の名画」と見抜いた肖像画の秘密を探る物語である。見どころは2つあり,美術業界の取引の描写と主人公が家族との絆を取り戻すヒューマンドラマだ。オークション場面,美術館,展覧会,画廊等で,多数の絵画が登場するのが嬉しい。個人的には同国を3回訪れたが,路面電車が走る美しい街の風景,国宝級の作品が並ぶアテネウム美術館が懐かしかった(観光には,超割安のヘルシンキカードの購入がオススメだ)。主人公は金策にも困る貧しい老人なのに,結構広い家に住んでいる。改めて生活水準,文化度の高さを感じた。仕事一筋だった老祖父とIT端末を使いこなす孫息子との対比,2人が心を通わせるようになる展開の描写に好感が持てた。
 『レ・ミゼラブル』:既にこの題名の映像作品は多数あるが,勿論その大半は文豪ヴィクトル・ユーゴーの大河小説の派生作品である。本作はその類いではなく,共通点は,物語の舞台がパリ郊外のモンフェルメイユ地区であることだけだ。本作の監督・脚本は,現在は多数の低所得者や移民が住む犯罪地域となっている同地区出身のラジ・リで,これが長編デビュー作である。強い思いを込め,意図的に名作文学の題を踏襲した意欲作で,カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞している。テーマは「現代社会の闇」で,小さな出来事の連鎖が導火線となり,鬱屈した感情が思いがけない「悲惨な出来事」を引き起こす過程を描いている。所謂ノワールもの,クライムムービー,プロテスト映画等ではないが,それらに近い感覚を併せ持って迫ってくる。「ラスト30分の緊迫感。そして衝撃のラストシーン」は誇大広告でなく,画面が暗転してからの文言も印象的だった。
 『ジュディ 虹の彼方に』:ミュージカル女優ジュディ・ガーランドの没後50周年記念の伝記映画で,主演はレネー・ゼルウィガー。あの『オズの魔法使』(39)の可憐な少女ドロシーとデブで粗忽なブリジット・ジョーンズでは,まるでイメージが違うと懸念した。物語の中心は最晩年の英国公演期間中で,レネーは同年齢だというので少し安心した。さすがに子役時代のジュディには,顔立ちの似た少女を起用している。4度の離婚を経験したジュディは,経済的にも困窮し,2人の子供を元夫に託し,ロンドンへと旅立つ。睡眠薬と酒に溺れて,舞台には遅刻の常習犯。それでも見事なエンターテイナーぶりを発揮していたが,やがてそれも破綻する…。上映開始後15分で,完全にレネーが演じる主人公に感情移入してしまうが,その後もずっと見守りたくなる存在だ。エンディングのステージ場面では,不覚にも涙が止まらなかった。歌唱も含め,稀代の名演技だ。
 
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