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O plus E 2021年Webページ専用記事#1
 
第78回ゴールデングローブ賞ノミネート作品
(+受賞結果)
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
 
◆特別企画:GG賞ノミネート作を一挙に
 
 

 例年なら,この号でアカデミー賞の予想記事を書いている頃だ。その前に,候補作の試写を早く見せて欲しいと,各配給会社に問い合わせて,作品漁りに余念がない時期である。
 今年はコロナ禍のために,大きく状況が変わってしまった。アカデミー賞のノミネート作発表が3月14日,授賞式が4月25日と,約2ヶ月遅れとなった。それに呼応してか,前哨戦のゴールデングローブ賞(以下,GG賞と略す)も約1.5ヶ月遅れで,ようやく2月3日にノミネート作が発表され,授賞式が2月28日に行われる(上記はいずれも現地時間)。
 授賞式に報道陣や観客を入れることも懸念されるが,少しでも対象作品を拡げておきたいという思惑もあったと考えられる。娯楽大作が軒並み公開延期になっていることは当欄で何度も嘆いたが,映画賞レースの主対象である良心作,独立系作品の公開数も激減している。昨年の夏以降,日本で多数の洋画が公開されたのは,大半が2019年公開作品の輸入ものだったからである。
 こうした状況下では,ネット配信作品の勢いが増しているだろうと容易に予想できた。GG賞ノミネート作を見る限り,正にその通りだった。全37本のノミネート作の中に,Netflix配信作が10本,Amazon Prime Videoで観られるものが3本,Disney+,Hulu,Apple TV+も各々2本が入っている。37本というのは,外国語映画賞,アニメーション賞を含んでの数であるから,Netflixの10本というのは相当に凄い。
 ちょっと自慢したいのは,「2020年Web専用#6」で紹介したNetflixオリジナル映画3本だ。まだ賞獲りレース候補作の記事が出る前に,玉石混交の多数作品の中から自分で吟味して,『シカゴ7裁判』『Mank/マンク』『マ・レイニーのブラックボトム』を紹介した。いずれもかなりの良作であったので,そのすべてに☆☆☆を付けてしまった。ちょっとやり過ぎかなと思ったのだが,全くそんなことはなかった。3本とも複数部門にノミネートされていて,とりわけ『Mank/マンク』は最多6部門ノミネートである。これは素直に嬉しい。
 全37作品の内,12本は本邦での公開予定が立っていない。残る25本の内,(上記の3品を含め)11本は既に当欄で紹介済みである(下記リストを参照のこと)。今回は特別企画として,本号で未紹介の9本を授賞式前に一気に紹介することにした(受賞作の予想はしない)。今年これが出来るのは,内8本がネット配信であり,劇場公開を待たずに観られるからである。今後,劇場公開される作品4本に関しては,次号以降の本誌誌面で取り上げる。
 数を数えた方は,1本足りないことに気付かれるだろう。欠けているのは,ミュージカル/コメディ部門の作品賞候補作の『ハミルトン』である。合衆国建国の父の1人アレキサンダー・ハミルトンの生涯を描いたブロードウェイ・ミュージカルのヒット作で,2016年6月の舞台をそのまま映像記録したものである。昨年7月からDisney+で配信されているというので,少し見始めたのだが,全く歯が立たなかった。2時間40分の長尺の上,日本語字幕がついていない。普通のドラマなら英語字幕でも何とかなるが,合衆国建国の歴史をヒップポップやソウルミュージック化で描かれたのでは,とてもじゃないがその歌詞を理解できない。風格がある舞台だが,正しく評価するだけの自信がないので,ここはスキップすることにした。
 今回の対象の10作品は,通常の配信/公開順ではなく,筆者が観た順で,感じたままの記述とした。ノミネートを知った上で,それもどの部門の候補かを意識した上で視聴したので,その先入観での感想・評価であることを断っておきたい。

   『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』:まずAmazon Prime Video配信の3本から眺め始めた。いずれも異色作だが,GG賞ノミネートの報がなければ見逃していたところだ。1本目は「主演男優賞(ドラマ部門)」の候補作で,対象となる主演男優は英国の俳優でラッパーのリズ・アーメッドだ。『ナイトクローラー』(15年8月号)『ヴェノム』(18年Web専用#5)でも重要な役柄を演じていたが,これが初めての主演作である。ヘビメタ・バンドのドラマー役でこの題名となると,音楽映画を想像してしまうが,もっとシリアスな人間ドラマだった。人気ドラマーのルーベンは,恋人のルー(オリヴィア・クック)とバンド活動を行い,トレーラーハウスで米国全土を旅する日々を送っていた。ある日,音が聞こえにくくなっていることに気付くが,病状は悪くなる一方で,専門医からは回復不能でいつ完全に聴力を失ってもおかしくない状態だと宣告される。聴覚障害者の支援コミュニティに身を寄せ,手話を覚えようと努力する反面,音楽を諦め切れず,高額の人工内耳の手術を受けるべきかと苦悶する……。思わず,自分がこうなったらどうしようか,適応できるかと考えながら観てしまう。聾者俳優も起用し,支援団体の活動の描写も丁寧だ。主人公の焦燥感,絶望感の演技も見事だが,サウンドデザインが絶品だった。会話も少なく,徐々に音量を下げたり,完全無音の静寂の世界になったり,やがて人工聴覚の機械音,雑音まで聞こえて来る。即ち,主人公の聴力を模擬体験させてくれる訳である。表題の「メタル」は,ヘビメタの「メタル」とこの機械音の併せ言葉だろう。ラストも秀逸で,主人公がこの後どんな人生を送るのか,想像してみたくなる。残念だったのは,ネット配信ではなく,映画館の閉空間で観たかったことだ。
 『あの夜,マイアミで』:続いては,監督賞,助演男優賞,歌曲賞の候補作で,2013年に初演された舞台劇の映画化作品である。「あの夜」とは,1964年2月25日で,ローマ五輪の金メダリストでプロボクサーに転じたカシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)が,ソニー・リストンを破って世界ヘビー級の王座に就いた試合後の夜のことだ。試合前から「蝶のように舞い,蜂のように刺す」として豪語していた「ホラ吹きクレイ」は,マスコミの寵児であり,筆者も当時のことはよく覚えている。彼が宿泊するモーテルに押しかけた友人3人とは,ソウルの人気シンガーのサム・クック,NFLのスター選手ジム・ブラウン,黒人解放運動家のマルコムXの3人である。即ち,登場人物は社会的影響力のあったブラックパワーの著名人4人で,夜の会話が始まる前に,この順で彼らの有名度,思想信条や宗教まで簡潔に上手く紹介されていた。元が舞台劇らしく,典型的なワンシチュエーション・ドラマで,4人の会話が中心となっている。祝勝会のはずが,話題が公民権運動に移ると俄然白熱してくる。舞台劇をこのタイミングで映画化したのは,最近のBLM運動の高まりとも無縁ではないだろう。マルコムXとサム・クックの口論,ジム・ブラウンの醒めた態度等,彼らがこの夜に語り合ったのは事実だが,中身は架空の物語で,いかにもありそうな会話に仕立てている。マルコムXがサム・クックにボブ・ディランの「風に吹かれて」を聞かせ,彼が負けじと「A Change Is Gonna Come」を生み出すエピソードは,別のタイミングでの実話を挿入している。監督は『ビール・ストリートの恋人たち』(19年Web専用#1)の助演でオスカー女優となったレジーナ・キングで,これが監督デビュー作だ。主演扱いはマルコムX役のキングズリー・ベン=アディルで,知的ルックスと攻撃的な言動をよく似せている。カシアス・クレイ役はイーライ・ゴリーで,当時のクレイにかなり似ていて,嬉しくなる。ルックス的に残念だったのはサム・クック役のレスリー・オドム・Jrで,一番似ていない。本物の方が少し長身で,もっと端正な顔立ちだったはずだ。ただし,歌唱力は大したもので,サム・クックのヒット曲を見事にカヴァーしている。彼に憧れていたというだけのことはある。この演技が助演男優部門に,エンドソング「Speak Now」が歌曲賞にノミネートされている。日本ではサム・クックの知名度は低いが,ソウルやR&B界のスターとして人気絶頂の中で,この1964年の12月に33歳で射殺され,華やかな歌手人生を閉じている。Netflixオリジナル作品『リマスター:サム・クック』(19)はその射殺事件の謎と時代背景を克明に描いている。本作の4人が「あの夜」に黒人モーテルに集まったことは,このドキュメンタリー作品でも証言され,本人達の写真も登場する。本作の意義と背景を理解するのに,是非同作も観て欲しい。
 『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』:Amazonの3本目は,さらに異色作である。いや,お騒がせ作と言った方が正確だ。初めて聞く人はこの副題だけで驚くだろうが,2006年公開の『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』の続編なので,副題もそれに合わせている。英国のコメディアン,サシャ・バロン・コーエンが演じる「ボラット」はカザフスタン人のTVレポーターで,同国の情報省の依頼で米国に飛び,複数人に取材して,文化の違いを報告するという体裁になっていた。大半が相手の許可も取らずに,「どっきりカメラ」風の嫌がらせインタビューを敢行し,それを映画にしているが,実態はトラブル続きであったという。その14年ぶりの続編の製作は秘密裏に進められていたが,Amazon Studiosが配給権を得て,米国大統領選前の10月23日に世界同時配信され,何千万人が見たという。そのことはネットニュースで知っていたが,キワモノと思い,当欄で取り上げる予定はなかった。ところが,GG賞に3部門ノミネートと知り,驚き慌てた次第だ。前作を復習した上で,本作を熟視したが,前作を上回る過激さだった。予備知識のない読者は,以下も読まず,まず観ることを勧める。その下品さ,セリフの激烈さ,取材方法に驚くはずだ。内容的には,全くのトランプ政権及び共和党批判で,徹底的にこき下ろし,笑いのネタにしている。オバマ元大統領や民主党の無策の批判は,バランス上,逆説的に描いているに過ぎない。これじゃ,トランプ側から選挙妨害だと訴えられても仕方がない(トランプ支持層は観ないだろうが)。女性差別,ユダヤ人蔑視の言動も相変わらずだ。米国の恥部をさらけ出しているのだと分かる観客にはいいが,真に受ける観客もいることを心配する。誤解に基づく医師との会話部分は笑えたが,ボラット父娘のダンスシーンには呆れ返った。あんまりだ。娘役は,ブルガリア人女優のマリア・バカローヴァ。いくらオーディションに合格したとはいえ,24歳の美人女優がこんな役を恥ずかしげもなく演じるものか。まともだったのは,中盤に登場する黒人女性の話だけだった。全体として,風刺精神はあるが,毒だらけで,あのマイケル・ムーアがジェントルマンで可愛く思えてくる。GG賞には「ドラマ部門」とは別に「ミュージカル/コメディ部門」があるとはいえ,本作が作品賞,主演男優賞,主演女優賞にノミネートされていることは,筆者の価値観からは到底理解できない。ちなみに,主演のS・B・コーエンは,『シカゴ7裁判』の学生運動家役で同じGG賞の助演男優賞にもノミネートされている。候補リストを見るまで,同一俳優とは知らなかった。やはり,大した演技力だと言うべきなのだろう。
 『これからの人生』:ここからはNetflix配信映画を5本紹介する。内3本は,映画界屈指の大スターが主演だから,その配信権を獲得するだけの財力が現在の同社にはあるということだ。まずは,GG賞では外国語映画賞と歌曲賞にノミネートされたイタリア映画で,同国のシンボルとも言える名女優ソフィア・ローレンが主演である。原作はフランス人作家のロマン・ギャリーが1975年にエミール・アジャール名義で発表した文学作品(邦訳の題名は『これからの一生』)で,同国の最も権威ある文学賞の「ゴンクール賞」を受賞している。1977年にモーシェ・ミズラヒ監督・脚本で映画化されて,アカデミー賞外国語映画賞を受賞し,本邦では1979年に公開されている。即ち,本作はそのリメイク作であり,パリの貧民街での出来事を,舞台をイタリア南部の海岸に面した都市バーリに移して描いている。時代は明確にされていないが,市中を走るクルマから判断すると現代に近い年代と思われる。少なくとも,1970年代ではない。原作も前作も堂々たる実績を誇っているが,リメイクした本作もその品位は失っていない。主人公のマダム・ローザはユダヤ人の老婆で,ホロコースト経験者であるらしい。行き場のない娼婦の子供を自宅アパートに預かって生活しているが,本人も元娼婦であると暗示されている。対する相手役は,12歳のイスラム教徒の黒人非行少年のモモで,イブラヒマ・ゲイェが演じている。ある日,モモがマダム・ローザのバッグを盗んだことから2人の接点が生じる。モモの面倒を見るコーエン医師から,「この少年には母親的存在が必要」と説得され,孤児のモモを引き取って世話をすることになる。最初は反目し合っていたが,孤独な心をもつ2人は次第に打ち解け,互いに必要な存在となる。よくあるパターンの映画だが,そうなる過程の2人の微妙な呼吸の描き方が上手い。ソフィア・ローレンは現在86歳だが,とてもそうは見えない。かなり過酷な過去を背負ってきた感じが出ているが,それでもせいぜい70代半ばの感じだ。威厳すら感じる演技で,この映画は現在の彼女を観るためだけにあると言って過言ではない。その監督・脚本は,彼女の息子のエドアルド・ポンティだった。なるほど,母親の演技力の引き出し方は誰よりも熟知している訳だ。余談だが,劇中に牝ライオンが2度登場する。一度はモモとじゃれ合うシーンであるから,CGでしか有り得ない。こういう映画にも何げなく使用され,本物にしか見えないのが嬉しい。
 『この茫漠たる荒野で』:2本目の主演はトム・ハンクスで,監督・脚本は『ボーン』シリーズのポール・グリーングラスだから,『キャプテン・フィリップス』(13年12月号)のコンビの再タッグである。同作と同様,当初は20世紀フォックス映画として計画されていたが,同社がディズニー傘下に入ってしまったため,配給権が売りに出され,北米内はユニバーサル映画として公開,海外はNetflixが配信するという形に落ち着いた。アクションやサスペンス映画が得意な監督だが,本作は純然たるヒューマンドラマの西部劇である。原作は,米国の女流作家・詩人のポーレット・ジルズが2016年に上梓した小説「News of the World」で,本作の原題も同じである。邦題は,なかなか味のあるタイトルをつけたものだ。時代は南北戦争終結の5年後で,主人公のジェファソン・カイル・キッドは退役軍人で,時間や学のない民衆に,各地を巡って新聞に掲載されたニュースを読み聞かせることを続けている。朗読屋で,ある種の弁士だが,この時代はそれで生計が成り立ったということか。彼が偶然見つけたのは,両親を殺され,先住民に育てられた10歳の少女ジョハンナだった。育ての親も亡くし,英語も理解できない少女を,見かねたキッドは親族の元へ送り届ける役目を引き受けてしまう。西部劇といえば,荒くれ男の銃撃戦で何人も殺すのが定番なのに,たった1人の少女を見守ることを周りも勧める。この時代には,そんな秩序と親切心があったということだ。言葉が通じない中で,信頼感を寄せ合うようになる2人が微笑ましい。上記の『これからの人生』の2人と比べるだけの価値もある。実際には銃撃戦もある波乱万丈の道中で,上質のロードムービーに仕上がっていた。実直なトム・ハンクスなら外れはないと思っていたが,正にその通りの良心作である。ただし,本作は作品賞にも主演男優賞にもノミネートされていない。ジョハンナ役の少女へレナ・ゼンゲルと音楽担当のジェームズ・ニュートン・ハワードが,それぞれ助演女優賞と作曲賞の候補となっている。その2点に注目して,この映画をもう一度見直したが,なるほど子役時代から経験豊富なドイツ人若手女優の演技力は大したもので,オリジナルスコアも邦題に相応しい「茫漠たる」雰囲気を醸し出していた。ラストも秀逸だ。(入場料は要らないが)貴重な時間を費やして観る映画は,かくあって欲しいと思う結末となっている。
 『ザ・プロム』:米国の高校生達のパーティ「プロム」がテーマで,TVシリーズ『glee/グリー』を生み出したライアン・マーフィーが監督となると,青春群像劇を想像したが,だいぶ違っていた。大女優のメリル・ストリープとニコール・キッドマンが登場するミュージカル映画で,LGBTものの範疇にも入る。ブロードウェイでは2016年が初演というから,比較的新しいミュージカルである。登場人物は,売れなくなったミュージカル俳優達と待望のプロムを控えた田舎町の高校生達だった。ジェンダー問題の先進国の米国でも,プロムには男女ペアでの参加が原則だという。女子高生のエマとアリッサは女性カップルでの参加を希望したが,PTAの猛反対に合い,参加禁止の嫌がらせを受けていた。その報道を知った落ち目のディーディーとバリーらは,エマらを応援することが人気挽回に繋がると計算し,行動を起こす……。LGBT支援を利用した売名行為とは,ブラックユーモアとしか思えないが,演技も歌も一流の大女優がこんな安っぽい役を演じるのだから,思わず笑えてくる。M・ストリープの校長室での歌と踊りは,まさに貫録そのものの出来映えだった。その一方で, N・キッドマンの出番が少なく,存在感も乏しかったのが残念だ。配されたアンジーというのが,元の舞台版でもさほど重い役ではなかったためだろう。映画全体としては,テーマの現代性とハリウッド正統派の古典的なミュージカルの枠組みをうまく融合させていた。物語中の歌唱場面の挟み方が巧みで,曲はいずれもアップテンポで明るい。コメディ/ミュージカル部門の作品賞ノミネートは妥当なところだ。ところが,大女優2人の名前は,主演にも助演にもない。演技部門でノミネートされていたのは,ゲイの男優バリーを演じるジェームズ・コーデンの主演男優賞候補だけだった。今更この程度の役でM・ストリープをノミネートするのは失礼だと考えたのだろうか。
 『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』:次なるは,ベテラン女優グレン・クローズが助演女優賞にノミネートされている作品だ。配信開始時,筆者は概要だけを読んでスキップしてしまった。何やら,暗そうな映画だと感じたからである。原作は「ヒルビリー・エレジー ~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~」で,主人公のJ・D・ヴァンスの回想録である。ここでいう「ヒルビリー」とは,「スコットランド系白人労働者階級」を指すらしい。典型的なトランプ支持層,米国のプア・ホワイト層に属している。主人公ヴァンス(ガブリエル・バッソ)は苦学しながら名門イェール大学に進学するが,母の不祥事のため,急に故郷のオハイオに呼び戻される。そこから,物語は少年時代の貧困生活と現在が往き来する。なるほど,低所得者層の葛藤,社会的疎外感は描かれていたが,強い政治的メッセージは感じられなかった。監督は名匠ロン・ハワードだが,あまりこの種の映画に向いていないのかも知れない。ノミネートされたG・クローズは,バラバラになりがちな家族間を繋ぎ止めるしっかり者の祖母役であり,助演で高評価を得やすい役柄だ。筆者は,薬物中毒の厄介者の母親を演じるエイミー・アダムスの方が熱演だと感じた。こうした汚れ役は救いがなく,票が集まらないのだろう。映画自体は,結末が少し未来を感じるものになっていた。これでは,社会に怒りをぶつけるプロテスト映画にはなり得ない。大きな感動はないが,米国の社会事情を勉強するためなら,一見の価値はある。ベースが実話であるから,ラストからエンドロールにかけて実在の人物たちの姿が登場する。それを見て驚いた。小太りの主人公だけでなく,子供時代も,祖母も母も恋人も,実在の人物と実によく似た俳優を起用している。とりわけ,母親はA・アダムスに酷似していた。元々顔立ちが似ているのだろうが,この母親の疲れ果て荒んだ顔立ちに似せたメイクは,アカデミー賞のメイクアップ賞に値すると感じた(GG賞には,この表彰部門はない)。
 『私というパズル』:ドラマ部門の主演女優賞ノミネート作で,対象は主人公のマーザを演じるヴァネッサ・カービーである。それ以外の予備知識はなしで,まず全編を観終えてから,以下の記事を読まれることをオススメする。ユニークな題だったので,配信当初から興味をもっていた。いつ観ようか,優先順位を考えている内にGG賞ノミネート作発表があり,それなら記事にすることは確実で,じっくり観ることにした。主演のV・カービーは,このGG賞ノミネートの前に,本作で既にヴェネチア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞しているというので,少し意外な気がした。『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(18年Web専用#4)で謎の女ホワイト・ウィドウ,『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(19年Web専用#4)ではジェイソン・ステイサムの妹役を演じて,すっかりアクション映画づいていたからである。記録を調べて,『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(20年7・8月号)ではモスクワ在住の記者役を演じ,緻密で繊細な演技をしていたことを思い出した。本作では,出産直後に我が子を亡くした(実質的な死産)喪失感に苦しむ女性を演じている。映画開始後,数分経ったところから始まる20分以上の長回しの出産シーンが白眉だった(途中,何度か繋いでいたのかも知れないが)。陣痛,破水から助産婦の到着,出産,胎児の異常事態,救急車の到着まで,固唾を飲む展開である。その後の主人公の悲しみと心の葛藤,夫との諍い,母親との確執を描いた心理ドラマであるが,助産婦を訴えたことから法廷ドラマの様相を呈してくる。労働者階級であるが,自宅出産を選択したり,助産婦を訴えて法廷で対峙するという感覚は日本人には理解できない。それでも、彼女の苦悩は十分伝わって来る。ネタバレになるので裁判結果は書けないが,少し心の安らぎを感じる結末だ。パートナー役は,『トランスフォーマー』シリーズのシャイア・ラブーフ。随分オヤジくさくなり,彼もまたアクション映画からの転身に熱心だ。本作では添え物的扱いであったので,てっきり女性監督の作品かと思ったら,監督はハンガリー人の男性監督のコルネル・ムンドルッツォだった。脚本はカタ・ヴェーベルで,監督夫人である。物語はこの夫妻の実体験に基づくものだと知って,本作の印象が少し変わった。
 『ラ・ヨローナ〜彷徨う女〜』:この特別企画の最後の9作目は,外国語映画賞のノミネート作だが,ちょっと別格だ。ネット配信作品ではなく,劇場公開作であり,昨年7月10日に既に公開されている。筆者は未見で,GG賞ノミネート発表後に初めて知った。既にDVDも発売されていたので,慌てて観て,追いかけ記事を書いている次第である。公開は緊急事態宣言も終わり,映画興行が正常に戻ったばかりの頃だったので,配給会社からの試写案内が来なかったのか,あるいは既に観た映画だと勘違いしたのかも知れない。中南米に伝わる怪談のラ・ヨローナ伝説のことを初めて知ったのは,その約1年前に公開された『ラ・ヨローナ 泣く女』(19年Web専用#2)を観てのことだ。『死霊館』シリーズのチームが関係しているだけあって,良くできたホラー映画だった。そのシリーズものかと思ったら,全く別の企画で,ちょっと珍しいグアテマラ製の社会派スリラーである。メキシコのすぐ南,マヤ文明が栄えた中米の国であるから,この怪談の本場だとも言える。物語の中心人物は,30年前の内戦時に大量虐殺を指揮した軍司令官のエンリケ将軍で,その罪を問われて告発されるが,無罪になってしまう。ところが,夜になると彼には女の泣き声が聞こえて来て,錯乱状態になり,使用人は去り,家庭も崩壊寸前となる……。長い髪の新しい家政婦アルマは気味が悪いし,水にちなんだ出来事も,魔方陣や黒魔術の小道具も登場するが,ヨローナそのものの姿は登場しない。ネタバレになるので詳しくは書けないが,エンリケ将軍は落命し,死因は明らかにされない,とだけ言っておこう。詳しい説明はなく,『… 泣く女』での知識がないと恐怖の原因が理解できないところだが,彼の国では,ラ・ヨローナの存在は言わずもがななのだろう。この怪奇伝説と虐殺の首謀者への告発を絡めて映画にしたのは,同国の俊才とされるハイロ・ブスタマンテだ。エンリケの無罪を糾弾する大衆のデモが,全編で何度も登場する。「正義なくして平和はない」というのが本作のメッセージであり,我が子を返せと泣く女に呪われるのは,自業自得ということだと理解した。
 
 
 
◆紹介済みのノミネート作と対象部門
 
  ・『2分の1の魔法』(2020年3・4月号) アニメーション賞
・『TENET テネット』(2020年9・10月号) 作曲賞
・『フェイフェイと月の冒険』(2020年Web専用#5) アニメーション賞
・『オン・ザ・ロック』(同上) 助演男優賞
・『ウルフウォーカー』(同上) アニメーション賞
・『ソウルフル・ワールド』(2020年Web専用#6) アニメーション賞,作曲賞
・『シカゴ7裁判』(同上) 作品賞(D),監督賞,助演男優賞,脚本賞,歌曲賞
・『Mank/マンク』(同上) 作品賞(D),主演男優賞(D),監督賞,助演女優賞,脚本賞,作曲賞
・『マ・レイニーのブラックボトム』(同上) 主演女優賞(D),主演男優賞(D)
・『ミッドナイト・スカイ』(2021年1・2月号) 作曲賞
・『どん底作家の人生に幸あれ!』(同上) 主演男優賞(M/C)
 
 
◆紹介予定のノミネート作と対象部門
 
  ・『ノマドランド』(2021年3・4月号) 作品賞(D),主演女優賞(D),監督賞,脚本賞
・『パーム・スプリングス』(同上)作品賞(M/C),主演男優賞(M/C)
・『ミナリ』(同上) 外国語映画賞
・『ファーザー』(2021年5・6月号) 作品賞(D),主演男優賞(D),助演女優賞,脚本賞

 
 
 
◆受賞結果
 
  ●今回紹介した上記の9作品の中からは,以下が受賞した。
・『続・ボラット』 作品賞(M/C),主演男優賞(M/C)
・『これからの人生』 歌曲賞

#GG賞の選考委員は,米国の映画製作業界人ではなく,「ハリウッド外国人映画記者協会」の会員87名である。『続・ボラット』を3部門にノミネートした姿勢には呆れたが,候補にした以上,それを選ぶことは十分有り得ると思ったら,その通りになった。外国人記者の目には,あれだけ過激で粗野な人物を大統領に選んだ国には,それを上回る過激さと下品さ備えたコメディ映画が似合っていると映ったのだろう。

●紹介済みの作品からは,以下が受賞した。
・『ソウルフル・ワールド』 アニメーション賞,作曲賞
・『シカゴ7裁判』 脚本賞
・『マ・レイニーのブラックボトム』主演男優賞(D)

●次号(3/25)紹介予定分からは,以下が受賞した。
・『ノマドランド』 作品賞(D),監督賞
・『ミナリ』 外国語映画賞

 アカデミー賞のノミネート作品は3月14日(現地時間)に発表されるので,4月上旬には恒例の予想記事を掲載する予定である。楽しみにして下さい。

 
 
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