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O plus E誌 2021年7・8月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『プロミシング・ヤング・ウーマン』:やっとこの映画にめぐり逢うことができた。本年度アカデミー賞の脚本賞受賞作であるが,その予想記事をかく時点では,試写を見る機会が得られなかったからだ。ズバリ面白い,予想通り抜群に面白い。いや,予想以上だったとも言える。かつて前途を嘱望された医大生の女性キャシーが,男性に弄ばれて自殺した親友ニーナの敵討ちのため,あっと驚く復讐計画を次々と実行に移す物語である。主演は『17歳の肖像』(10年4月号)のキャリー・マリガン。近作『時の面影』(21年Web専用#1)の未亡人役よりも,遥かに本作の方が似合っている。監督・脚本は,女優で映画製作も手がけるエメラルド・フェネルで,これが長編映画監督デビュー作だ。オリジナル脚本の見事な女性映画で,方程式通り,男性陣は下司揃いだが,それだけではない。主人公の悲しさ,男社会に媚びる女性たちへの痛烈な批判も込められている。望むらくは,自殺したニーナはどんな女性だったのか,回想シーンで観たかったし,一緒に写った写真だけでも登場させて欲しかったところだ。ネタバレになるので,終盤の展開,結末の見事さは書けないが,さすが今年のアカデミー賞5部門ノミネート,脚本賞受賞だけのことはあると唸る出来映えだ。アカデミー賞予想時に観ていたら,間違いなく脚本賞の大本命にして,的中していたはずだ。その一方で,主演女優賞にも強く推して,外れていたことになる。
 『少年の君』:良作が続く。秀才の女子高生と不良少年の心の触れ合いを描いた中国製の青春映画だ。主人公は内向的な高校3年生のチェン・ニェン(陳念)で,『サンザシの樹の下で』(11年7月号)のチョウ・ドンユイ(周冬雨)が演じている。当欄に登場するのは,チャン・イーモウ監督に抜擢されたあの可憐なヒロイン役以来だ。既にトップ女優で,本作出演時は26歳(現在29歳)だが,小柄なためか,制服姿だと高校生どころか中学生に見える。いじめに遭って飛び降り自殺した同級生の遺体に上着を掛けたことから,今度は自らが激しいいじめの対象となる役柄だ。彼女を護り,やがて心を通わせるようになる少年シャオベイ(小北)役は,アイドルグループTFBOYSのメンバーで,歌手兼ダンサーのイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)。即ち,この2人の共演だけでヒットが約束されていたようだ。実年齢は周冬雨の方が7歳も上だが,全くそうは見えず,しっかり同世代の恋人同士に見える。シンプルだが胸を打つ物語で,香港出身の俳優デレク・ツァンが監督を務めている。日本人から見れば,いじめ問題の凄惨さと受験戦争での狂信ぶりが印象に残った。特に,受験会場に向かう傘の群れは,かなり気味悪く感じた。軽いキラキラムービーにならずに,社会派映画のように感じたのは,旧成長する中国社会の格差や過当競争を巧みに盛り込んでいたからだろう。アジアの多数の映画祭で,作品賞,監督賞,主演女優賞,新人俳優賞を受賞しているが,それに値する見事な青春映画だ。
 『17歳の瞳に映る世界』:新鋭女性監督エリザ・ヒットマンの作で,主人公はこちらも女子高生だ。これも文句なしの良作で,多数の映画賞を受賞している。17歳のオータム(シドニー・フラニガン)が妊娠する。彼女は中絶を決意するが,ペンシルベニア州では未成年は親の同意が必要なため,従妹のスカイラー(タリア・ライダー)に付き添われ,長距離バスで,自らの意志だけで中絶可能なNYへと向かう。ほんの数日間の手術終了までの,ただそれだけの映画だ。おそらく米国の大都会では当たり前の出来事なのだろうが,ヘルスセンターやカウンセラーの対応をじっくりと見せてくれる。日本ではここまでやってくれないから,社会福祉制度の充実ぶりを感じる。女性監督らしい,見事な脚本と描写である。後半は,この2人に大変なことが起きないかハラハラ見守ってしまう。カウンセラーの質問へのオータムの答えに聞き入ってしまい,手術シーンでは自分が診察台にいる気分になってしまう。いい邦題だ。原題は『Never Rarely Sometimes Always』で,カウンセラーが主人公に問いかける質問での四択の選択肢である。これもいい題だ。主演のS・フラニガンは多数の主演女優賞を得たので,これでブレークし,今後色々な作品のオファーを受けることだろう。共演のT・ライダーはS・スピルバーグ監督の『ウエスト・サイド・ストーリー』(21年12月公開予定)に出演しているし,別作品の主演も決まっているようだ。この2人の女優の今後に注目しておきたい。全くの余談だが,長距離バス内でナンパして来た青年ジャスパーから帰路の交通費を借りるため,2人はNYで彼と会い,ボウリングとカラオケに出かける。カラオケBOXは日本と似たようなものだったが,歌う曲を選ぶのに,専用タブレットでなく,何と,曲名リストの分厚いファイルを繰っていた。カラオケの電子化,デジタル化は日本の方がずっと進んでいるようだ(笑)。
 『ファイナル・プラン』:リーアム・ニーソン主演の痛快アクション映画となると,ヒット作『96時間』シリーズlの焼き直しのような映画ばかりだ。またかと思うが,いずれもそれなりの面白さを維持している。こうなると,今更『シンドラーのリスト』(93)のような陰気な映画の主演ではファンが許さないし,映画製作者も依頼しないのだろう。本作の役柄カーターは,元軍人の銀行強盗だが,新しく交際を始めた恋人アニーのため引退を決意する男だ。FBIに自首しようとするが,2人の捜査官が彼の金を横取りしようとし,現場に現れた上司を殺害してしまう。その濡れ衣を着せられ,アニーにも危害が及ぶとあって,彼は復讐の最終計画を決意する。以上の事前知識をもって観たのだが,予想通り,結構面白く,エンタメとしては十分合格点だ。戦闘能力は『96時間』の主人公ほど無敵ではないが,誠実さと爆発物に関する知識がウリで,結末もそれに相応しい。
 『犬部!』:青森県十和田市にある北里大学獣医学部の在学生達が設立したサークル「犬部」をモデルにした青春「犬ラブ」映画だ。愛犬を亡くした観客には,涙ウルウルの辛い感動物語かと心配したのだが,そんな要素は微塵もなかった。動物保護活動が抱える問題を描くことに注力されていたからだ。主演は,林遣都と中川大志。筋金入りの「犬バカ」で,目の前の犬猫を殺したくないという意志から「犬部」を設立した花井颯太と相棒の柴崎涼介を演じている。彼らの活動は在学中に留まらず,獣医師や動物愛護センター職員となった16年後の奮闘も描かれている。映画は学生時代と現代を往き来するが,主要登場人物が殆ど同じ風貌で登場するので,見分けがつかない。もう少し老けメイクを施して欲しかったところだ。監督は篠原哲雄,脚本は山田あかねで,「社会性」と「エンタメ」の最適解を提示したというが,前者が色濃く出ている。この映画はそれでいい。
 『復讐者たち』:本号では,ナチスの蛮行ホロコースト関連の映画を(公開順に)4本紹介する。まず本作の時代は,既に終戦後の1945年で,妻子をナチスに殺されたユダヤ人のマックス(アウグスト・ディール)を中心に,ドイツ人への復讐計画の行方を描く。ナチス残党を探し出し,殺害する光景が生々しい。映画中では,改めて戦時中のホロコーストの残虐性も描かれている。ユダヤ人組織にも穏健派,過激派があり,やがてドイツの民間人600万人を毒殺しようとする極悪非道な復讐計画「プランA」が浮び上がる。その模様をスパイしていたマックスが,計画の中枢に関わることになる。史実として,その計画が成就しなかったことは明らかだが,当時の事物の再現,関係者への取材が綿密ゆえに,マックスの運命がどうなるのか,どういう結末で終わるのかが気になった。知っておくべき史実とはいえ,憎悪の連鎖の恐ろしさを感じさせる暗い映画だ。
 『アウシュヴィッツ・レポート』:ホロコーストものの2作目は,ユダヤ人収容所の実情を述べた報告書に関する映画だ。後年の報告書ではなく,1944年アウシュヴィッツ第二強制収容所(ビルケナウ)から決死の覚悟で脱走した2人が赤十字に報告したもので,勿論,実話である,監督・脚本はペテル・ベブヤク,主演はノエル・ツツォル,ペテル・オンドレイチカで,全員スロバキア人である。収容所の描写には,首だけ出しての生き埋め等,目を背けたくなるシーンもある。脱出に成功という事実があるのが,せめてもの救いだ。前半が脱出劇だが,収容所を出てからの山中逃避行の方が凄惨だった。後半は,赤十字の担当者への訴えだが,物語としてはこちらの方が断然面白い。この報告書の結果,ハンガリー系ユダヤ人12万人以上の命が救われたという。それまで,赤十字も連合軍も,まだホロコーストの実態を正確に把握していなかったということだ。
 『イン・ザ・ハイツ』:トニー賞4冠のブロードウェイ・ミュージカルのヒット作の映画化作品だ。舞台となる「ハイツ」とは「Washington Heights」のことで,まさか戦後すぐの進駐軍居住施設(現,代々木公園)の訳はないと思ったが,NYのマンハッタン最北部で,ジョージ・ワシントン橋のたもとのラテン系(ドミニカ,プエルトリコ,メキシコ等)の移民の街のことだった。劇中では,2組の男女カップルの話が中心だが,彼らの就職先や移民たちの親子関係の描写も切実で,米国が抱える人種問題の根深さがこうした音楽映画でも描かれている。躍動感溢れる演技と演出で,大勢のダンスとその空撮が印象的だった。大作映画ゆえに,舞台では表現できないリアルな街の描写がウリで,表通り沿いの店舗を買い取り,少し時代を戻して再現したそうだ。ベニーとニーナが壁を垂直方向につたって踊るシーンには驚いた。勿論,VFXの産物である。
 『パンケーキを毒見する』:現役総理の素顔と政治手法に迫ったドキュメンタリーである。『新聞記者』(19)の制作チームの作品で,「シニカルな鋭い視点で“ニッポンの本当の姿”を映しだす,かつてない政治バラエティ映画」だそうだ。こういう映画が自国で製作・公開されることは,民主国家の証しであり,素直に嬉しい。テーマは決め打ちでいいから,マイケル・ムーア調の突撃インタビューや「不都合な真実」の暴露を期待したのだが,さほど衝撃的な内容ではなかった。大半は昨秋の首相就任時に散々報道された事柄の反復に過ぎない。現在の首相の側近の絵解きは,少し参考になった。自民党の他派閥からの批判がある一方,立憲民主党の江田憲司代議士が政治手法に肯定的な評価を与えているから,公平で客観的な取材なのだろう。余談だが,首相の好物の「パンケーキ」より,故郷・秋田の「稲庭うどん」の方が美味しそうに見えた(これは意図的か?)。
 『明日に向かって笑え!』:アルゼンチン映画のクライムムービーで,同国の大ヒット作だそうだ。邦題は『明日に向って撃て!』(69)のもじりだろうが,同作とは何の関係もない。強いて言えば銀行繋がりだが,B・キャシディとS・キッドが銀行強盗であったのに対して,こちらは銀行支店長と弁護士に大金を騙し取られた連中が計画する痛快復讐物語だ。アルゼンチン版『オーシャンズ11』というが,頭脳明晰なリーダーは不在で,プロ達のスマートな犯行でもない。むしろ情熱はあるが,泥臭く,愛すべき「馬鹿正直者たち」の集まりだ。失意の中から,弁護士が隠した地下金庫を襲う計画が,ラテン系の陽気な音楽に乗せて進行する。嵐の夜の決行で,結末はパッピーエンドだと予想しつつも,ハラハラさせてくれる。エンタメとしての演出はうまい!主人公父子の意気が合っていると感じたが,人気俳優リカルド・ダリンと実の息子チノ・ダリンの共演だった。
 『キネマの神様』:松竹映画百周年記念の山田洋次監督作品だが,何と言っても話題は,主演の志村けんが新型コロナウイルス感染で急死し,沢田研二が代役に起用されたことだ。脚本も書き換えて撮り直したというが,映画愛を柱にした物語は,松竹らしい記念映画となっていた。もう1人の主役,若き日のゴウちゃんを演じる菅田将暉と食堂の看板娘・淑子(永野芽郁)との古風な恋愛劇は,いかにも山田作品で好感がもてる。ルックス的には菅田の50年後の顔立ちは沢田研二の方に近いのだが,老いたダメ親父のゴウちゃんは,随所で志村けんであって欲しかったと感じた。沢田研二自身は『男はつらいよ』シリーズで山田組を経験済みのはずだが,意図的に志村けんへの追悼を意図した演出にしたのだと見て取れた。山田映画らしく,クライマックスは少し目頭が熱くなるが,もっと涙を誘ったのは,ジュリーがカラオケで熱唱する「東村山音頭」だった。
 『サマーフィルムにのって』:映画部所属の高校生たちの映画制作にまつわる青春映画だ。主人公の女子高生ハダシ(伊藤万理華)が時代劇オタクで,それも勝新の座頭市の熱狂的ファンだというので食指が動いた。ある日,彼女が理想とする武士役にピッタリの凛太郎(金子大地)に出会ったことから,幼馴染みのビート板とブルーハワイを巻き込み,時代劇制作に乗り出す。ここで,凛太郎が未来からタイムスリップして来た「未来人」というSF要素を盛り込んでいる。最近の青春映画の流行だが,その要素がなくてもこの物語は十分に成り立っている。劇中で,昭和30年代時代劇映画やそのポスターもそこそこ登場するが,もっとあっても良かったと感じた。文化祭で上映する時代劇映像もラストシーンの殺陣もいい出来だと感心した。よく考えれば,これはプロが作った映像なのだが,一瞬,本作の高校生たちの作品かと錯覚してしまう。そんな気にさせる映画だ。
 『Summer of 85』:フランスの名匠フランソワ・オゾン監督の最新作で,少年同士の恋愛物語だ。彼が17歳の時に読んだ小説「おれの墓で踊れ」の映画化だという。16歳のアレックスと18歳のダヴィドが運命の出会いを果たし,激しい恋に落ち,やがて永遠の別れを迎える。ただのLGBT映画ではなく,罪を犯して裁判を待つアレックスが,ダヴィドと過した6週間の出来事を綴るという形式のため,クライムミステリーを観る感覚で物語を追ってしまう。最近『スーパーノヴァ』(21年Web専用#3)の老人男性2人の性愛を生理的に受入れられないと書いておきながら,なぜこの2人だと許せるのか。2人が飛び切りの美形のせいか? その関係が破綻することが分かっているからか? おそらく,その両方だろう。映像も音楽も美しい。夕陽の洋上での帆走,風の中をバイクが疾走する映像に,ロッド・スチュアートが歌う“Sailing”が見事にマッチしていた。
 『ドライブ・マイ・カー』:原作は村上春樹の同名の短編小説で,「女のいない男たち」なる連作短編集の1作目である。それを179分の長尺映画にしているのだから,かなり思い切った脚色がなされていると分かる。主演は,演出家兼舞台俳優の家福悠介を演じる西島秀俊で,その妻・音役に霧島れいか,運転手の渡利みさき役に三浦透子,音から紹介された俳優・高槻耕史役に岡田将生が配されている。女性2人に魅力がなく,赤いクルマSAABだけが目立っていた。意欲作だが,ただただ長い。それも大半は車中での会話で,ようやく物語が動き出すのは140分経過した頃だった。映画中で著名な舞台劇2作「ゴドーを待ちながら」「ワーニャ伯父さん」を盛り込む手の込んだ脚本だが,筆者には,ここに9カ国の海外キャストを起用したり,手話を多用する意義が理解できない。監督・脚本は『寝ても覚めても』(18)の濱口竜介。海外映画祭狙いとしか思えなかった。
 『ホロコーストの罪人』:ホロコーストもの3本目で,上記『アウシュヴィッツ・レポート』と対で観て欲しい映画だ。ノルウェー映画で,ナチスドイツに侵攻された同国が,ユダヤ人を迫害し,ホロコーストの加害者となった史実を描いている。平凡なユダヤ人一家の代表として描かれるのはブラウデ家で,次男でボクサーのチャールズをヤーコブ・オフテブロが演じている。彼の妻ヘレーンには『ソフィーの世界』(99)のシルエ・ストルスティンが配されていた。スウェーデンへの国外脱出者が相次ぐ中,1942年11月ノルウェー秘密国家警察によってユダヤ人全員がオスロ港埠頭へ集められ,船でアウシュヴィッツに移送され,殺害される。皮肉にも,妻へレーンがアーリア人であったことから,チャールズは乗船を免れる。何の罪もない家族の命を奪ったことへの加担を最近知ったエイリーク・スヴェンソン監督は,贖罪意識からこの映画を撮ったという。
 『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』:ホロコーストもの4作目は,フランス人アーティストがユダヤ人孤児の123人を救った物語である。後に「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれる主人公のマルセル・マルソーを,『ソーシャル・ネットワーク』(11年1月号)のジェシー・アイゼンバーグが演じる。ベネズエラ生まれのポーランド系ユダヤ人のジョナタン・ヤクボウィッツが監督・脚本・製作で,生き証人を徹底取材し,彼の物語を映画化することを実現した。マルセル自身がフランス生まれのユダヤ人で,父をアウシュヴィッツ強制収容所で亡くしている。彼はナチスへの復讐よりも,両親を殺されたユダヤ人孤児を引き取り,未来ある彼らの命を守る選択をする。見どころは,スイス国境を目指して,危険なアルプス越えを敢行する終盤だ。辛い映画だが,J・アイゼンバーグが見事なパントマイムを披露するシーンが,一服の清涼剤のように思えた。
 『サマー・オブ・ソウル(あるいは,革命がテレビ放映されなかった時)』:「夏」を冠した映画の3本目は,1969年夏の日曜日に6回開催された音楽祭「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」のドキュメンタリーである。あの伝説のウッドストック・コンサートと同年の夏に,約160km離れたNYのハーレムで黒人ミュージシャン達が集まったことから「ブラック・ウッドストック」と呼ばれているそうだ。この映画まで,このフェスティバルのことを全く知らなかった。それもそのはず,ライブ映像を撮影しておきながら,人種差別から放映されることはなく,50年以上も地下室に眠っていたという。約半分は当時の世相や黒人解放運動の様相をインタビュー証言で綴り,残る半分でこのコンサートの見せ場を堪能させてくれる。TV放映目的であったので,映像クオリティは低いが,スティーヴィー・ワンダーのドラム,マヘリア・ジャクソンのパワフルボイス,ニーナ・シモンのピアノ弾き語りでの熱唱等に痺れた。
 『鳩の撃退法』:直木賞作家・佐藤正午の同名人気小説の映画化作品で,書いたことが現実になるという天才作家・津田伸一を藤原竜也が演じている。彼が担当編集者・鳥飼(土屋太鳳)に話す新作小説の題材は,富山で起きた親子3人の失踪事件とニセ札が絡む裏社会の話で,津田自身も登場する。果たしてこれが虚構なのか現実なのか,観客に考えさせる形の物語進行である。伏線だらけで,最後に一気に種明かしがあるタイプの映画だと想像できたが,それを割り引いても,没入しにくい,不可解かつ不愉快な映画だった。脚本が良くないとすれば,原作に忠実であり過ぎたからだろうか。鮮やかに騙されたことに快感を覚え,もう一度観たくなる佳作は少なくないが,本作は真逆だった。最後まで観てもしっくり来ない着地点で,この居心地の悪さゆえ,最初からじっくり見直したくなる。それがリピーターを増やすための方策だとすれば,相当な高等戦術と言える。
 『アナザーラウンド』:デンマーク映画で,今年のアカデミー賞国際長編映画賞受賞作だ。その予備知識なしでいきなり観ても,楽しく,優れた映画だと感じるはずだ。監督と主演は『偽りなき者』(13年3月号)の名コンビ,名匠トマス・ヴィンターベアと北欧の至宝マッツ・ミケルセン。本作の主人公は,やる気をなくした退屈な高校の歴史教師だが,彼を含む教師4人組が,血中アルコール濃度を0.05%に保てば,仕事の効率と意欲が増すという仮説の実証実験に臨む話である。早速効果てきめんだったが,図に乗って一気に濃度を上げてしまうことになり……。飲酒の効用と弊害は誰もが分かっていることながら,改めてこうした人生讃歌映画にする手腕は大したものだ。原題はただの『Druk』(大量飲酒,酩酊の意)だが,邦題は英題のカタカナ表記で,その意味はラストとエンドソングで分かる。ラストシーンにジャズダンスを配したセンスが素晴らしい。
 『テーラー 人生の仕立て屋』:ギリシャ映画で監督・脚本は,これが長編デビュー作となる女性監督のソニア・リザ・ケンターマン。主演は,同国のベテラン俳優ディミトリス・イメロスで,高級紳士服を仕立てる50代の独身男性ニコスを演じている。折からの経済不況で,父親がもつ店舗が差し押さえられ,自作のオンボロ屋台で移動式の仕立て屋を開業する。ギリシャの街角での路上販売の様子や,スーツ生地や仕立て方に関する講釈が興味深い。高級スーツでなく,ウェディングドレスのオーダーメイドに切り替え,女性達から人気を博すという筋書きだが,同時進行で隣家に住む人妻オルガとの恋物語も展開する。明るいギリシャの陽光の中,控えめな男女の恋の行方が気にかかる。もう1つの主役は,ウェディングドレスを中心とした女性ファッションだ。徹底してセリフは少なめで,仕立て屋の店内や小道具のアップの構図を多用しているのが印象的だった。
 『ミス・マルクス』:「資本論」の著者カール・マルクスの末娘エリノア・マルクスの半生を描いた力作だ。この女性のことを知ったのは初めてだが,映画化されるのも初めてのようだ。公的には父親の秘書,女性解放運動の先駆者であり,劇作家・舞台俳優としての活躍も記録に残っている。この才能ある活動家の女性を演じたのは,香港生まれの英国人女優ロモーラ・ガライで,本作の好演で一躍メジャーな存在となることだろう。私的には,既婚者の社会主義者の劇作家エドワード・エイヴリング(パトリック・ケネディ)と恋に落ちるが,生涯内縁の妻として献身的に支え続けたとのことだ。彼女がダメ夫に苦しめられる生活を克明に描いたのは,当然,女性監督だ。イタリア人のスザンナ・ニッキャレッリが起用され,脚本も担当した。現代の視点からの評価と描写であるが,そのことを否定せず,むしろ積極的に打ち出し,パンクロックに乗せて物語が描かれている。
 『先生,私の隣に座っていただけませんか?』:この題名からどんな映画を想像する? 女子高生と若手男性教師のラブロマンスだろうか(確か,よく似た題の映画があった)。本作の設定は少し違っていて,女性漫画家と自動車教習所のイケメン教官との恋物語だ。人気漫画家の早川佐和子(黒木華)は夫・俊夫(柄本佑)が女性編集者(奈緒)と不倫していることを知り,復讐として,自動車教習所の新谷先生(金子大地)に恋心を抱き,急接近する。その一部始終を新作漫画のネーム(コマ割り済みの絵コンテ)として描き,夫が盗み見できる場所に置く。これは真実なのか,漫画脚本に過ぎないのか,俊夫が狼狽する様が微笑ましい。剽軽な役柄もこなせる柄本佑を配したのが大正解だ。監督・脚本は,若手有望株の堀江貴大(ホリエモンではない!)。プロの漫画家2人が描いた漫画と実写が交錯する映像的な演出も巧みで,終盤30分の展開にワクワクした,ラストも思わせぶりだ。
 
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  (『プロミシング・ヤング・ウーマン』『少年の君』『17歳の瞳に映る世界』は,O plus E誌掲載分に加筆しています)  
   
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