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O plus E 2020年Webページ専用記事#1
 
 
1917 命をかけた伝令』
(ユニバーサル映画 /東宝東和配給 )
      (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC.
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [2月14日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開予定]   2020年1月16日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]
2020年2月15日 TOHOシネマズ二条(IMAX)
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  刺激的,挑戦的,紛うことなきオスカー候補作  
  1・2月号のトップ記事での掲載予定が,タッチの差で締切に間に合わなかった。完成披露試写がもう1日早ければ,深夜に記事を書いて,翌日午前中の校了に間に合ったのに……。と残念に思ったのは,この映画の試写日程が決まった頃のことだった。観賞後は,とても一晩で内容分析して,記事を書けるレベルではなかったと分かり,間に合わなくて構わなかったと実感した。映画そのものの中身が充実していたし,当欄の観点から語るべきことも多々ある刺激的な映画だったからである。かくして,Web専用記事として,じっくり長文記事で紹介する次第である。
 その完成披露試写会の前に,事前予想に反して,ゴールデングローブ賞ドラマ部門の作品賞と監督賞を受賞していた。続いてのアカデミー賞でも,上記両部門に加え,脚本賞,撮影賞,視覚効果賞,録音賞等々の計10部門にノミネートされた。試写会後には,殆どの観客が,GG賞受賞やオスカー多数部門候補に相応しい意欲作だと感じたことだろう。現時点で,作品賞の最有力候補の呼び声が高く,複数部門でオスカー獲得すると予想されている。
 原題は,シンプルな『1917』。時代はまさに第一次世界大戦中の1917年4月で,フランスの西部戦線でドイツ軍と対峙する連合国軍のある1日を描いている。内容は副題通りで,ドイツ軍の罠から1600人の友軍部隊を守るため,英国軍の若い兵士2人が緊急の軍事情報を届ける伝令役の任務につく物語である。この時代,戦闘機も戦車も使われ始めたばかりで,歩兵支援兵器としては装甲車からの機関銃掃射,砲弾攻撃が主であった。無線通信も第二次世界大戦までは普及していなかったので,有線での通信手段を敵に遮断されると,緊急時には,人が移動して直接伝えるしか方法がなかったのである。
 この大戦での象徴的な存在は,防衛線となる長い塹壕だ。自軍の陣地からドイツ軍の塹壕内に入り,そこから這い出て有刺鉄線をくぐり,川を泳ぎ,ドイツ軍占領下の町を抜けて,一刻も早く目的とする友軍の駐留地に駆けつけるという決死の任務である。その時間順に沿った戦場描写が生々しいため,『プライベート・ライアン』(98)以降で最良の戦争映画,『ハート・ロッカー』(10年3月号) 以上の緊迫感との評価を得ているようだ。
 最大のセールスポイントは,「全編ワンカット撮影」である。そのまま,そう紹介している映画サイトもあるが,そんなことは有り得ない。119分の映画でそれを達成するには,オープニング・ロゴとエンドロールを除く約110分間,1台のカメラを回し続け,照明班も録音班もそれに呼応し,出演俳優はすべてのセリフを丸暗記して演じなければならない。したがって,当然それらしく見せるトリック撮影であるが,過去の類似作品と比べて大掛かりな工夫がされていて,これが実によくできていた。当欄ではその種明かしを後述するが,そのため,いくつかネタバレを含むことを,予め断っておきたい。
 監督は,『 007 スカイフォール』(12年12月号)『 007 スペクター』(15年12月号)の名匠サム・メンデス。祖父の従軍体験談を聴いて育ち,その後,この大戦の様々な記録に接して,本作の構想を暖めていたという。ワンテイク風の長回しは,『007 スペクター』のオープニング・シーケンスで既に試している。本作の撮影一切を仕切ったのはロジャー・ディーキンス。『007 スペクター』を含み,計13回アカデミー賞撮影賞にノミネートされたベテラン撮影監督だが,『ブレードランナー 2049 』(17年11月号)で初めてオスカーを得ている。本作で2度目の受賞は確実だと予想しておこう。
 主役の2人の兵士は,ウィリアム・スコフィールド上等兵役がジョージ・マッケイ,トム・ブレイク上等兵役がディーン=チャールズ・チャップマンで,いずれも英国の若手男優だ(写真1)。2人揃って伝令として出発するが,途中で1人になることは予告編からも予想できるだろう。助演陣には,コリン・ファース,ベネディクト・カンバーバッチ,マーク・ストロングら,ベテラン勢の名前が並ぶが,いずれも登場場面はごく僅かだ。
 
 
 
 
 
写真1 スコフィールド上等兵(右)とブレイク上等兵(左)
 
 
  ワンテイクではないが,かなりの場面は実際に長回し  
  本作の撮影の「Behind Scenes」に関しては,既に下記のように数多くの映像がYouTubeで見られる。
(1) 「 1917 - In Theaters December (Behind The Scenes Featurette)
(2) 「 '1917' Behind-the-scenes Extended Featurette on One Long Shot
(3) 「 How '1917' Was Filmed To Look Like One Shot | Movies Insider
(4) 「 How Well Does the One-Shot Style of '1917' Work? | The Big Picture | The Ringer
 上記の(1)(2)は監督や撮影監督の解説がついている上に,(1)は映画公開の約3ヶ月前にアップされている。即ち,こうしたメイキング撮影方法自体が予告編並みの宣伝材料であり,これを観てから,映画館に来て下さいと言っているようなものだ。
 筆者は,こうしたメイキング映像の存在は知っていたが,中身は見ずに試写会に出向いた。その方が,「全編を通してワンカットに見える映像」がどのように見えるかを味わえると思ったからだ。ここまでを読まれた読者には,同様に予備知識なしに本作を観て楽しみ,しかる後に上記のメイキング映像を眺め,下記の当欄の解説を読まれることを勧めたい。さらに時間があれば,その知識をもって,再度本作を観れば,なお楽しめるはずである。
 上記の(1)〜(4)で,撮影機材,撮影方法の概略を知ることはできるが,トリック撮影の種明かしをしている訳ではない。以下は,当欄の視点から,トリック撮影位置とVFX利用箇所を推測したものであることを断っておきたい。
 ■ 映画の一部で,10分程度の長回し,ワンテイク(に見える)映像を挿入した試みは多数ある。映画クオリティのハンディ・カメラが登場してからは,好んで手持ち撮影だと意識させる手法を使いたがる監督も増えた。ほぼ全編ワンテイクを掲げたのは,オスカー受賞作の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(15年4月号)であった。厳密に言えば,冒頭から約105分間がワンテイク風であり,そこで明らかにカット割りが入っていた。殆どのシーンが室内(特に,TV局内)であり,廊下の角を曲がった瞬間,階段の移動中,登場人物の背中が画面を覆うシーン等で,テイクを繋いでいた。それに比べて,本作では最後まで明らかなカット割りは登場しない。約1時間経ったほぼ中間点で,主人公が倒れ,画面が完全に暗転する。それまでは,見事なまでにワンテイクかと思える映像が続く。彼が目を覚ましてからの後半では,主人公が川の中に没した場面で,水中でもう一度暗転するシーンがある。この2箇所は,誰でも分かる継ぎ目である。その他は,素人目にそれと分からない巧みなトリック撮影を駆使している。
 ■ 特筆すべきは,『バードマン…』に比べて,本作のほぼすべてが屋外シーンであることだ。小部屋に見える箇所も,塹壕から繋がる地下坑道という想定である。広大なロケ場所を確保した上で,長い塹壕を実際に掘っている。2人の兵士を追うカメラワークには手ブレは少なく,映像が見やすいことも特筆に値する。上述のメイキング映像から分かるように,特殊なカメラリグを開発し,複数人で抱えて走ったり,走りながら台座に引っかけたり,クレーンで吊るしたりもしている。カメラの動きをしっかり制御でき,安定していることが,高度なトリック撮影を可能にしている。塹壕内や荒野を走る2人の兵士がしばし画面から消え,彼らの姿がない光景をカメラが移動して,再び彼らが現れるシーンが再三登場する。一見するとワンテイクの途中だが,高度な位置合わせ技術と後処理で動的なシーンを繋いでいるはずだ。カメラと兵士の間を,木や岩が遮るシーンも何度か登場する。少し慣れれば,ここで繋いでいることも想像できる。接合の前後で違和感がないのは,曇天の日を選び,日照条件に違いのないよう撮影に苦労しているはずだ。複数のテイクを繋いでいるとはいえ,小刻みではなく,数分〜十数分程度の長回しを,本気で何度も実行しているように見えた。それゆえ,兵士たちが一刻も早く目的地と向かおうとする時間を共有でき,類い稀なる臨場感を描けている訳である。
 ■ 坑道内でドイツ軍が仕掛けた爆薬が爆発し,兵士の1人が埋まってしまうシーンがある。リアルタイム撮影でそれは難しいから,画面の大部分が真っ暗なことを利用して,巧みなVFX処理で繋いでいるのだろう。上空を飛行していた敵の戦闘機(写真2)が急速下降して来て,2人の近くの小屋に激突するシーンがある。上空から激突まではCGで描画し,墜落後のバラバラの機体は実物で,VFX処理でその間を接合していると見てとれた。激突前の小屋もCG製かも知れない。全編ワンテイクでないとはいえ,数分以上の長回し,VFX接合を可能にするには,徹底した準備,プレビズで確認した綿密な撮影計画が必要であることは言うまでもない。
 
 
 
 
 
写真2 上空の飛行機はCG製。この後,2人の傍に墜落して来る。
 
 
  ■ CG/VFX処理かと思ったが,実写撮影であった箇所もいくつかある。スコフィールド上等兵が草原を走る写真3で,背後の爆発や多数の兵士はCGでの描画かと思ったが,実際に火薬を仕掛け,500人のエキストラ兵士が駆ける中を,走行する撮影車から捕えた映像だった。彼が廃虚の夜の町を走るシーン(写真4)は,スタジオ内撮影で,近くの瓦礫以外は CG製かと想像したが,すべて実物大模型を配して,広いオープンセットで撮影したシーンだったようだ。本作のCG/VFXの大半はMPCがほぼ1社で処理し,プレビズはProofが担当している。
 
 
 
 
 
 
 
写真3 (上)爆発も背景後方の兵士もCG製だと思っていた。(下)実際には,すべて本物の大掛かりな撮影。
 
 
 
 
 
 
 
写真4 (上)てっきり,スタジオ内撮影で,廃虚も大半はCG製かと。
  (下)実際は,すべて実物のオープンセットで夜に撮影。
(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
 
 
  ■ 巧みなトリック撮影とVFX処理を援用したとはいえ,新しい撮影技術,かなり高度な編集・録音技術が必要であったことは想像に難くない。アカデミー賞では,確実視される撮影賞の他,監督賞,美術賞,録音賞,音響編集賞でも有力候補だ。ところが,驚いたことに,編集賞部門にノミネートされていない。これは解せない。「全編ワンカット撮影」をウリにしているので,まさか選考委員会が「それなら,編集はしてないはずだ」と嫌がらせをしたのではないと思うが……。
 
 
  付記:公開後のIMAX観賞と接合部再点検  
  「第92回アカデミー賞の予想」でも書いたように,本作はIMAX上映版が頗る高評価とのことだったので,公開日翌日(2月15日)朝に観に行った。無論,ワンテイク風の編集の接合部を再点検するためでもある。既に今年のアカデミー賞の発表は終わっていて,撮影賞,録音賞,視覚効果賞のオスカーは得たものの,作品賞,監督賞は逃してしまった。そのためか,観客数はそう多くなかった。それでも,本邦での週末の興行成績は第2位であったから,立派なものである。
 ■ IMAXワイド画面による迫力であるが,正直言って,驚くほどの感激ものではなかった。完成披露試写会自体がシネコンのかなり大きなスクリーンであったので,画面サイズ的にはそう大きな差がなかったからである。それでも,IMAXのワイド画面は視野の占有率が高いので,2人の伝令兵士を手前から捕らえ,急に視界が開ける場面で,カメラワークの演出効果が生きていると感じた。また,IMAXサウンドは音響的には素晴らしく,本作でもその威力は発揮されていた。さすが録音賞でオスカーを獲るだけのことはあるサウンドだ。その点では十分入場料分の価値があると言っておきたい。
 ■ ワンテイク風に見せる接合部は,じっくり再点検することで随分見つかった。約1時間の中間時点で完全に画面が暗転し,その後,主人公が目を覚ますことは既に述べた。初見では,ここまでの接合は5〜6箇所程度かと思っていたが,じっくり観るとその倍以上はあった。それでも,長回し多用には違いないし,その仕掛けも接合の品質も大したものだ。再度眺めて,見事な繋ぎだと感心した。やはり,本作のこの挑戦には価値がある。
 ■ 主人公が画面から消えるシーンは,まずそこでテイクを接合していると見てよい。その間もずっとカメラは動いているように見えるが,被写体が静止していれば,一旦カメラを固定して止め,再開すれば済むことだ。大きな物体や人物(CGとは限らない)で画面の中央部を隠し,その間にテイクを繋ぐ技法も随所で採用されている。画面の一部に明かりや動物体を配置しておくことで,画面全体が暗転しているように見せない技法も使っているようだ。
 ■ 写り込んでいる不要物をポスプロ処理での除去する作業も多かったに違いない。その逆に,背景の一部を描き加えることで,接合を容易にしている場合もあったと想像できる。接合していることは分かっても,その仕掛けが分からない箇所も多々あった。DVDでメイキング映像を見るのが愉しみだ。筆者のような意地悪な見方をするのは特殊であり,一般観客はマジックショーを見る気分で,この「ワンテイク風」の演出を素直に楽しめば好いかと思う。
 
 
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