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O plus E誌 2018年2月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『デトロイト』:白人警官の黒人容疑者に対する拷問的尋問に抗議して起きた1967年の「デトロイト暴動」を描く力作だ。観たくない内容だが,思わず見入ってしまう。監督はキャスリン・ビグロー。当初『ハート・ロッカー』(08)でのオスカー受賞はまぐれだと思ったが,『ゼロ・ダーク・サーティー』(12)で実力は本物だと確信した。本作はその延長線上にあるドキュメンタリー風作品で,やはりすごい映画だ。素晴らしい構想力,盛り上げの上手さで,息もつかせない。約40分の拷問シーンの後に,裁判と後日談が配されている。この構成のバランスがいい。人種差別を告発する目的の映画は数多いが,やはり根は今も変わっていないと感じてしまう。SWシリーズでフィン役を演じたジョン・ボイエガが主演だが,ヒール役の白人警官を演じるウィル・ポールターが格別に個性的で,好演だと感じた。
 『風の色』:日韓合作映画で,監督・脚本,撮影・照明・編集スタッフはすべて韓国人,出演者,ロケ地,美術担当は日本人である。なのに,これはすっかり韓国映画だと感じる。主演男優(古川雄輝)が韓国系の顔なのは,韓国公開を意識しての人選なのだろうか? 一方,主演女優(藤井武美)の印象が映画中でかなり変わるのは,撮影期間中に体重が激変したのだろうか? 時空を超えた2組のカップルというから,またタイムワープものかと思ったが,そうではなかった。同じ顔をもつ男女が2人ずつ登場する。ヒントはドッペルゲンガー現象と解離性同一性障害とだけ言っておこう。北海道の自然,冬の景観は素晴らしい。流氷見物の観光船も見ものだ。主演の男女に魅力がなく,演技も素人級のためか,恋愛映画としては平凡で,あまりワクワクしない。ただし,マジック映画としてはかなり楽しめる。
 『ロング,ロングバケーション』:夫婦生活半世紀を越えた老夫婦が,大きなキャンピングカーで,米国東海岸のボストンからフロリダのキーウエストまで食旅する行程を描いている。米国もベビーブーマー達が高齢期に入り,こういうジャンルの映画が一定の市場を形成してきたのだろう。ゴールデングローブ賞ノミネートの妻役のヘレン・ミレンのセリフは3倍位あるが,とぼけた夫役のドナルド・サザーランドも好い味を出している。人生の終盤にこういう旅もいいなと憧れつつ,認知症の老人に長距離運転させるなんて危ないじゃないかと憤りたくもなる。米国のキャンプ場や老人ホーム等,道中のエピソードも楽しい。そして,国道1号線を走り通し,最南端の島に到達してからの出来事は……。監督はイタリアの名匠パオロ・ヴィルズィ。映画は結末がすべてだなと,改めて感じた作品だった。
 『スリー・ビルボード』:文句なしの大傑作だ。既にゴールデングローブ賞は最多4部門受賞し,アカデミー賞も最有力候補作だろう。舞台は米国ミズリー州の田舎町で,主演はオスカー女優のフランシス・マクドーマンド。『ファーゴ』(96)で女性警察署長役だった彼女が,今回は地元警察相手に丁々発止の駆け引きで挑む。態度や言葉は荒々しいながら,暴漢に襲われて死んだ娘への想いが伝わってくる。シニカルでユーモアもたっぷりなので,コーエン兄弟作品かと思ったが,脚本・監督は『セブン・サイコパス』(12)のマーティン・マクドナーだった。警察署長(ウディ・ハレルソン)の人格,暴力警官(サム・ロックウェル)の性格・行動はよく描けている。署長の最後の手紙,小男のデートの誘い,病院でのオレンジジュース等の描写も唸らせる。「えっ,もう終わるの? もっと観たい」と思いつつ,2人の最後の一言ずつに痺れた! 音楽もいい。カントリーソングが実に似合っている。サントラ盤紹介欄もご覧頂きたい。
 『不能犯』:松坂桃李,沢尻エリカのW主演と聴き,この不釣合いな組み合わせに興味が湧いた。宮月新原作,神崎裕也作画の青年コミックの映画化作品で,主人公は殺しの依頼を受け,赤い目で見つめるだけで,マインドコントロールして殺す殺人鬼だ。依頼の動機が不純な場合,依頼者も死ぬ。その意外な死に方は,『ファイナル・デスティネーション』シリーズに似ている。『デスノート』(06)レベルの完成度を期待したが,演技も演出も今イチで,多用されるCG/VFXも含め,全くのB級作品だった。それでも元ネタが秀逸なので,結構面白い。最近様々な役柄に挑戦する松坂桃李には期待しているが,この役は全く似合わない。藤原竜也ならもっと上手く演じただろう。女刑事役の沢尻エリカは改めて美形だなと感じた。原作では両者とも男性だが,映画では片方を女性にしている。主演2人の役柄を逆にしていたら,はるかに迫力ある映画になっていたと思われる。
 『ローズの秘密の頁』:アイルランドの名匠ジム・シェリダン監督の5年ぶりの新作だ。舞台もアイルランドで,時代は第2次世界大戦中の1942年とその40年後が描かれている。乳児殺しの罪に問われたローズは,本人は無実を主張し続けているが,精神障害犯罪者としてずっと精神病院に収容され続けている。この病院の取り壊し決定に伴い,精神科医(エリック・バナ)が彼女を再診するところから物語は始まる。若き日のローズを『ドラゴン・タトゥーの女』(11)のルーニー・マーラが演じ,40年後の老女を英国の名女優ヴァネッサ・レッドグレーヴが演じているが,後者が実にいい。この老女が弾く「月光」も,他のオリジナルスコアのピアノ曲も頗る美しい。1940年代の衣装の再現,ロケ地の選択も適切で,野に咲く黄色い花も浜辺のバイク疾走も美しかった。劇的な結末は感動的であるが,映画通なら,容易にこの結末が読めてしまう。それだけが少し残念だった。
 『THE PROMISE 君への誓い』:第1次世界大戦時の南トルコを舞台に,迫害と虐殺の中で翻弄される3人の男女の運命を描いている。それだけならよくある話だが,オスマン帝国内でトルコ人が共存していたアルメニア人を大量虐殺した歴史が描かれている。監督は『ホテル・ルワンダ』(04)のテリー・ジョージで,少し古風でオーソドックスな語り口だった。それゆえ,米国人記者(クリスチャン・ベイル)の視点で物語の推移を眺め,平凡な展開を予想していたのだが,意外な結末を迎える。これは,20世紀初の「ジェノサイド」であるトルコ軍の蛮行に対して,今も世界に生存するアルメニア人からの怨念と抗議のメッセージが含まれているためと思われる。主演はオスカー・アイザック。最近SWシリーズのポー・ダメロン役が印象的だったが,本作で一皮剥けた感じがする。ヒロインのシャルロット・ルボンも清楚な美女で,本作でしっかり筆者の記憶に刻まれた。
 『blank13』:俳優・斎藤工が,「齊藤工」名義で脚本・監督を務める。既に短編で国際的な賞を複数回得ているが,これが初長編監督作品だ。13年前に妻子を捨てて蒸発した父親(リリー・フランキー)が,余命3ヶ月の状態で行方が判明するという設定で,家族の父への愛憎の想いを淡々と描いている。主演は次男役の高橋一生で,監督は自ら助演の長男役を演じている。葬儀時に知人に故人を語らせ,知られざる一面を描く手法は小説でよく使われるが,映画だと風体,口調もプラスされるので,より効果的だ。参列者全員に語らせ,オカマ,病人仲間,麻雀・競馬仲間から高利貸しの取立屋まで登場させている。過去の名作のタッチを種々取り入れ,いかにも映画賞狙いと感じるが,演出は上手い。エンドソングは笹井美和の「家族の風景」で,映画のテーマには合っているが,その前にテレサ・テンの「つぐない」の一節も聴かせて欲しかったところだ。
 『羊の木』:見応えのある力作で,過去1年間に観た邦画の中で,文句なしにNo.1だ。気になっていたが,日程が合わず,ようやく最終試写に駆けつけた。それでも,既に2月号の締切を過ぎていたので,Webページでの追加記事になってしまった。そのお蔭で行数制限がなく,かなり長めに書いても平気なので,感じたままを,その時間順に書いてみよう。吉田大八監督で,松田龍平,田中泯,市川実日子と言った実力派助演陣が気になっていた。この題で,この監督なら何か見せてくれるだろうと…。試写を観る前の予備知識は,地方自治体が6人の受刑者(仮釈放)を受入れるドラマで,原作とは全く異なるラストだということだけだった。さあ,始まった。語りが上手く,ぐいぐい引き寄せられる。過疎に悩む地方の港町・魚深市が舞台で,市役所職員を淡々と演じる主演の錦戸亮がいい。上記助演陣3人に他の3人(北村一輝,優香,水澤紳吾)を加えた6人の受刑者全員が殺人犯で,それぞれ個性的に描かれている。いつも人間描写,個性の描き分けがうまい監督だが,本作ではそれが一段と冴え渡る。過去の犯罪シーンを出さず,言葉だけで想像させる手口も見事だ。素晴らしいヒューマンドラマになると予感したが,「のろろ様」なる気味の悪い守り神が登場し,次第に伝奇ミステリーの様相を呈してくる。ところが,後半は一転して,極上のサスペンス・スリラーであった。伏線があったので結末は予想できたが,そこまで導く過程がうまい。クライマックスで,のろろ様をCGで描いてくれたのも嬉しい。残った4人の受刑者の後日談にも救われる。このパートこそ,この監督の真骨頂だろう。試写終了後,帰りに早速TSUTAYAに寄って原作コミックを借りた。「山上たつひこ+いがらしみきお」という組み合わせにも驚いた。原作コミックも異色作で,一気に読んでしまうが,映画はかなり大胆に人物設定も物語も変えている。これは「脚色賞」ものだ。アスミック・エースらしい邦画の大傑作だと明言しておこう。
 『コンフィデンシャル/共助』:韓国映画の刑事バディものだ。脱北した犯罪者を追ってきた北朝鮮のエリート刑事と,停職中だった韓国の熱血刑事が,南北共助捜査のためにコンビを組む。北のリム刑事(ヒョンビン)はイケメンで能力抜群で,とにかくカッコいい。一方の南のカン刑事(ユ・ヘジン)はどうしようもない醜男のダメ刑事だ。この対比が強烈過ぎて,笑いを誘う。物語は,紙幣偽造用の精巧な胴版を巡っての敵方との攻防が主となっている。カン刑事の家族が敵方に捕われ,その救出に向かうというのも定番の1つだ。この手の映画なら,2人は助け合って救出作戦を成功させ,最終的に敵を倒すことは自明だろう。国際的な政治問題を上手くコメディで包んで描いている。韓国の生活の実態,南の国民が北をどう観ているかもよく分かる。社会科の勉強にもなるが,娯楽映画として上出来で,痛快だ。
 『マンハント』:久々のジョン・ウー監督作品だ。舞台は現代の大阪で,主演はチャン・ハンユーと福山雅治。その他,國村隼,竹中直人等,大半は日本人俳優,撮影・美術・照明も日本人スタッフで,製作・脚本・監督・編集が中国サイドという編成である。原作は西村寿行の「君よ憤怒の河を渉れ」で,1976年に高倉健主演で映画化されている。そのリメイク作で,中国語題名の「追捕」と基本骨格は同じだが,主人公の職業も映画のイメージもまるで違っている。冒頭からトンデモナイ女性2人が登場し,その後もとにかく派手なアクションシーンが続く。日本で撮ったハリウッド映画,いやジョン・ウー映画だ。B級テイストで押しまくり,好き勝手にやり放題,お馴染みの二丁拳銃も登場する。さすがに,白い鳩は出過ぎだ。大阪・堂島川でのボートチェイスは驚愕で,本当に現地で撮ったのかと疑ったが,全編間違いなく日本でのロケだそうだ。お疲れ様。
 『ロープ/戦場の生命線』:スペイン映画だが,舞台は1995年のバルカン半島の某国で,民族間対立戦争の停戦協定直後という位置づけとなっている。危険を顧みず援助活動を続ける国際支援活動家たちを描いているが,ドキュメンタリーよりも生々しく,説得力がある。これが紛争地域なのか,危険地域の実態,国連の無力さ,協定の規則の杓子定規さ,地雷を巡る様々な出来事がよく理解できる。ベネチオ・デル・トロ,ティム・ロビンス,オルガ・キュリレンコら著名スターに混じって,新入り女性活動家ソフィー役のメラニー・ティエリーが新鮮だった。彼女の純粋さ,現地の子供たちの様子,サッカーボールの逸話等の描写が秀逸だ。死体引き上げのためのロープの入手を巡る物語にして,上記を語るという脚本が見事で,ラストのオチも鮮烈である。挿入曲の選曲もいい。最後に流れるフォークの名曲「花はどこに行った」の歌詞が,改めて胸に染みた。
 『今夜,ロマンス劇場で』:映画好きのための和製ファンタジーだ。映画監督志望の青年(坂口健太郎)が,偶然見つけた古いモノクロ映画の中のお姫さま(綾瀬はるか)に恋い焦がれるが,落雷とともに奇跡が起こり,彼女はスクリーン中から現代の現実世界に登場する。昭和35年頃の映画全盛期の撮影所風景が懐かしい。石原裕次郎風の主演男優の姓が「俊藤」,主人公の助監督が「マキノ」というのにも,ニヤリとさせられる。最大の見ものは,25種類の綾瀬はるかのカラフルなファッションだ。『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)『ローマの休日』(53)『オズの魔法使い』(39)等の名作へのオマージュらしきシーンが随所に登場する。前半はファンタジー&コメディで,後半は純愛映画である。かぐや姫風の結末だろうか,そうはしないだろうなと予想しながら,楽しんで観ることをオススメする。ラストシーンは『タイタニック』(97)へのオマージュらしいとだけ言っておこう。
 『悪女/AKUJO』:韓国製の大アクション映画だ。父親を殺され,マフィアに育てられて女性(キム・オクビン)が凄腕の殺し屋となる。さらに,政府に拘束され,暗殺者養成施設で特訓を受ける。女暗殺者といえば『ニキータ』(90)を思い出すが,本作のヒロインはスタイリッシュでもクールでもなく,もっと泥臭く,バイオンレンスの塊りのような存在だ。決して「悪女」ではなく,「烈女」の方が相応しい。アクションの激しさには慣れているが,香港映画やハリウッド映画とは異なる新しさを感じる。冒頭の7分間,手持ちカメラで1人称視点の映像が続く。やがて,手足が少し映り,鏡を使って主人公の姿を見せる。上手い! 途中から子供連れで,まるで女・子連れ狼だ。日本の劇画の影響もあるのだろうか? クルマのボンネットに乗って,片手でのハンドル操作するアイデアに驚いた。小型バスに飛び移り,その中でのアクションがクライマックスの見せ場である。
 『ゆれる人魚』:人魚が主人公の映画は数々あるが,こんなユニークな人魚達は初めてだ。監督は,ポーランドの新鋭女性監督のアグニェシュカ・スモチンスカ。これが長編デビュー作だが,サンダンス映画祭の審査員特別賞の他,世界のファンタスティック映画祭で多数受賞している。ホラー・ファンタジー・ミュージカルだというが,この3要素が揃うことは珍しい。インデペンデント系の映画人に強烈な印象を与えたことが納得できる快作だ。舞台は1980年代,共産主義政権下のワルシャワで,海から上がって来た思春期の人魚姉妹がナイトクラブの人気者となる。姉妹とも美形だが,特に姉のシルバーが清楚で可憐で,裸身の上半身が頗る美しい。ところが,魚部分の下半身が3倍位あり,そのグロテスクさに驚く。おまけに彼女たちは肉食で,人間は「餌」としか見做していない。そんな中で,姉がドラマーの青年に恋をしたことから,姉妹の関係が悪化し,血なまぐさい事件へと発展する……。80年代サウンドのオリジナル曲をたっぷり交えて,奇妙な物語はそのダークさとユニークさを貫徹する。
 『リバーズ・エッジ』:以前,二階堂ふみが普通の青春恋愛映画に出ていた時「こんな他愛もない映画に出演せず,異色作品に出て,演技賞を狙うべき」と書いてしまった。本作は,その彼女が主演で,青春の欲望と焦燥感を描く問題作というから,観ない訳には行かない。原作は岡崎京子作のコミックで,高校生なのに飲酒,喫煙は勿論,セックス,暴力が日常化している。高校生生活は荒んでいて,さらにゲイ,レズ,家庭崩壊,引きこもり,放火,自殺…とくると心が寒くなる。殺人が未遂で終わっただけマシとすべきか。それでも1人ずつの描き方が上手く,終盤は見入ってしまう。行定勲監督の演出力だ。原作にない個人インタビュー形式を入れたのも巧みだ。そのくせ,何で4:3のスタンダート・サイズにしたのか,監督の自己満足に過ぎないと思う。充実した映画を観たという実感には浸れるが,こんな寒々とした話題を描く映画に,私は高得点をつけたくない。
 『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』:ソフィア・コッポラ監督作品のスリラーだ。カンヌ国際映画祭の監督賞受賞作だというので,少し構えて観たが,難解でも不可解でもなかった。舞台は,1864年南北戦争中のバージニア州で,南軍支配下の地域の女子寄宿学園に,1人の北軍兵士(伍長)が負傷して運ばれる。傷が癒えるまで女性7人に囲まれる生活が始まる。1971年にドン・シーゲル監督,C・イーストウッド主演で映画化され,伍長の視点で描かれていた。一方,本作はニコール・キッドマン,キルスティン・ダンスト,エル・ファニング等の女性陣の豪華キャストがウリだ。勿論,女性視点で描かれている。各女性の描き分け,嫉妬心の繊細な描写は,さすが女性監督だと感心する。家の調度類,衣装等の再現にも力が入っていて,リアリティも高い。男性観客ならコリン・ファレル演じる伍長に感情移入するかと思ったが,筆者はむしろ,5人の女子生徒1人になった気分で成り行きを見守ってしまった。
 『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』:米国在住のパキスタン人のコメディアンが,親の反対を押し切り,白人女性と結婚する物語だ。実話であり,男性側はクメイル・ナンジアニなる俳優が自らを演じ,結婚相手のエミリーも一緒に脚本を書いたという。低予算のラブコメディで,当初僅か5館での公開から,次第に口コミで人気が出て,既に様々な映画祭で受賞し,今年のアカデミー賞の有力候補との触れ込みだ。聞きたくなかったが,そうと知ってしまうと,人種差別政策のトランプ政権下ゆえに話題性が高いだけじゃないかと穿った見方をして,厳しい目で観賞してしまった。なるほどイスラム教徒の家庭の規律,結婚観は今もこうなのかと,改めて文化の違いを感じる。難病に罹って昏睡状態の彼女を彼が必死で看病する下りは定番のラブストーリーだが,その間に女性側の両親と対立し,次第に信頼関係を築く過程の描写が本作のウリである。少しどぎつい会話,入れる必要があるのかと思うエピソードがあるが,実話ゆえ,2人で練って入れたのだろう。ラストは爽やかで,いい映画ではあるが,絶賛するほどではない。全く予備知識なしに観ていたら,もっと褒めたかも知れないが,アカデミー賞云々を言うほどはではないと感じた。男女2人の恋の進展よりも,エミリーの母親ベスとクメイルのやり取りの方が印象的だった。そう思ったら,既に母親役のホリー・ハンターは本作で助演女優賞を沢山得ていた(本稿は,第90回アカデミー賞ノミネート作品の発表前に執筆している)。
 『ナチュラルウーマン』:「ちょっと珍しいチリ映画…」の書き出しで紹介した『グロリアの青春』(14年3月号)は,奔放でパワフルな主人公の老女は好きになれなかったが,「監督の才能を感じた」と評した。そのセバスティアン・レリオ監督の新作の舞台は,同じくチリの首都のサンティアゴだが,本作の主人公は何とトランスジェンダーの女性だ。最近LGBTを描いた映画は多いが,その権利は認めても,そうそう感情移入できない。主演のダニエラ・ヴェガ自身が本物のトランスジェンダーである。スチル写真で見ると,整った顔であるが,やはり男性そのものだ。ところが,映画の中のマリーナは,表情も口調も歩く姿も完全に女性である。タイト・スカートがよく似合う。彼女の声も歌も,すべてが素晴らしい。一気に惚れ込んだ。歳の差がある恋人を失い,親族に虐げられる姿は,見守る形ではなく,完全に彼女に感情移入して観てしまった。見事な演出と演技で,LBGT作品で最も印象に残る映画となることだろう。  
 
  (上記の内,『羊の木』『ゆれる人魚』『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』は,O plus E誌には非掲載です)  
     
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