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O plus E 2022年Webページ専用記事#7
 
 
ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
(Netflix)
      (C) 2022 Netflix
 
  オフィシャルサイト[日本語]    
  [12月9日よりNetflixにて独占配信中]   2022年12月11日 Netflix映像配信を視聴
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  構想15年, オスカー監督の名を冠したコマ撮りアニメ  
  師走は,誰にとっても気ぜわしい月だが,当欄にとっても格別に多忙な時期である。前号から積み残した分,新年早々に公開の作品群の視聴&執筆の定常作業の他,ゴールデングローブ賞ノミネート作品の発表と当欄恒例の「年間ベスト5 & 10」の選定作業があるためだ。
 前者は,一昨年から特集記事にしたため,単に候補作一覧を眺めているだけでは済まず,未見であったネット配信作品を急いで視聴したり,劇場公開作品に対しては,いつ試写を観られそうか,配給会社に問い合わせるのに手間がかかる。とはいえ,アカデミー賞候補作に何が残りそうか,想像してみるのも楽しみの1つだ。
 後者の選定は20年以上続けていて,こちらも楽しみながらやっているが,今年はやや気が重かった。本誌11・12月号の校了が終わった時点で,真っ先に選ぶべき「総合評価」のベスト5を埋めるだけの候補が揃わなかったからである。当欄で「総合」というからには,SFXやVFXの観点から語る価値があるだけでなく,作品として優れている必要がある。かつては前者の重みが大きかったのだが,VFXの高度利用が常態化し,特筆すべきことが少なくなった。それゆえ,メイン欄で自信をもって☆☆☆評価を与えられる作品が少なくなった。この2年間,4作品しか選んでいないので,何とか今年は「ベスト5」をフルに埋めたかった。
 12月公開の超大作『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は,当欄にとっての神のような存在のジェームズ・キャメロン監督の作ゆえ,しっかり計算できたのだが,もう1本,救世主のようなネット配信映画が現れた。鬼才ギレルモ・デル・トロ監督の名前を冠した本作である。この監督なら,オスカー受賞作『シェイプ・オブ・ウォーター』(18年3・4月号)は言うまでもなく,それ以前の『パンズ・ラビリンス』(07年10月号)『パシフィック・リム』(13年8月号)『クリムゾン・ピーク』(16年1月号)でも,充実したCG/VFXシーンを見せてくれたので,そこそこの期待はしたのだが,当初は☆☆☆に値する作品だとは想像できなかった。
 その理由の1つは,ネット配信作品は通常低予算であるので,目を見張るVFX大作は期待できないからだ。もう1つ,俳優名や監督名を入れた映画にはコメディタッチのお手軽映画が多く,凡作揃いだからだ。それしかウリがないので,日本の配給会社が冠名として入れることが多い。本作の場合,原題も『Guillermo del Toro's Pinocchio』で監督名が入っていたが,題材の「ピノッキオ」が余りに有名な童話ゆえ,冠を入れたのだろうと考えていた。またまた「ピノッキオ」なのかという思いもあった。
 予告編を見て,少し驚き,考えが変わった。てっきり実写+CGのVFX映画だと思っていたのが,ストップモーションアニメ(SMA)ではないか。しかも質感が素晴らしい。本誌でSMAの『マッドゴッド』(22年11・12月号)を取り上げたばかりだが,どう見てもこちらの方が数段勝っている。とたんに興味が湧き,ネット配信開始が待ち遠しかった。
 日本の漫画,アニメ,特撮映画が大好きな監督であることは知っていたが,元々SMAにも関心が高かったようだ。そういえば,『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』(22年5・6月号)にも登場していて,しっかりコメンテーターとしての意見を述べていた。本作は,構想から映画の完成,公開まで15年かかったというが,それだけの価値のある作品に仕上がっていた。嬉しい誤算だった。
 
  監督の美意識が結実したSMA史上に残る大傑作  
  原作は,1883年にイタリアの作家カルロ・コッローディが上梓した児童文学「ピノッキオの冒険」で,世界中で絵本,漫画,TVアニメ,劇場用アニメ,実写映画,舞台劇になった数は数えきれない。ゼペットじいさんが製作した木彫りの人形のピノッキオが,苦難の末,妖精の力で人間の少年になる物語は,もはや語るまでもないだろう。
 ギレルモ・デル・トロ監督は,製作・原案・共同脚本にも名を連ねているが,その一方で共同監督に「マーク・グスタフソン」の名前がある。どうやら,コマ撮り撮影や人形操作のプロで,ウェス・アンダーソン監督の『ファンタスティックMr.FOX』(11年3月号)でもアニメーション監督を務めていたようだ。
 声の出演でゼペットじいさんを演じているのは英国人俳優のデイビッド・ブラッドリーで,『ハリー・ポッター』シリーズでホグワーツの意地悪な管理人アーガス・フィルチを演じていた老優である。コオロギのセバスチャン・J・クリケットの声はユアン・マクレガーで,その他,クリストフ・ヴァルツ,ティルダ・スウィントン,ロン・パールマン,ケイト・ブランシェット等々の大物俳優が起用されている。低予算映画などではない豪華キャストだ。
 余りにもディズニーアニメの『ピノキオ』(40)が有名であるため,ピノキオやクリケットのルックス(写真1)や性格まで,それが標準だと思われがちだ。デル・トロ監督は,意図的に彼の「ピノッキオ」をそこから逸脱させ,礼儀正しい素直な良い子ではなく,自由奔放で大人を困惑させる存在として描いたようだ。ただし,この設定は本作のオリジナルではなく,原作に近いと言える。ロベルト・ベニーニ監督・主演の『ピノッキオ』(03年3月号)でも,最近の『ほんとうのピノッキオ』(21年9・10月号)でも,ピノッキオはいたずらが過ぎる少年として描かれていた。愛くるしいディズニーアニメだけが,原作を逸脱しているのだとも言える。
 
 
 
写真1 名作アニメ『ピノキオ』(40)での2D描画
(C) Disney
 
 
  本稿を書くために参考資料を調べて気付いたのだが,ロバート・ゼメキス監督の『ピノキオ』(22)が9月8日からDisney+で配信されていた。ほとんどアニメ版の『ピノキオ』そっくりで,トム・ハンクス演じるゼペット爺さんや背景は実写,ピノキオ,クリケット,猫,キツネ,クジラ等々がCGという代物だ(写真2)。そうか,「実写+CGのピノキオ」と記憶していたのは,そちらだったのだ。当初,劇場公開を予定されていたが,出来映えが今イチだったので,直接ネット配信に格下げされたようだ。ざっと早送りで眺めてみたが,名作アニメをなぞっただけの凡作リメイクで,本作と比較して語るレベルではなかった。
 本題に戻り,以下,本作に関する当欄の感想と評価である。
 
 
 
 
写真2 「実写+CG」で,ほぼそっくり80年前のコピー
(C)2022 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved
 
 
  ■ まずは,ピノッキオの外観からだ。勿論,ディズニーのピノキオには全く似ていない。手足の細さや鼻の高さは,1883年の原作の挿絵に近い。服は着ていなくて,木彫り人形の質感を強調した外観を採用している(写真3)。注目すべきは,手足の関節も木でできていることだ。3Dプリンタで作ったそうだ。相棒のクリケットも,丸みを帯びたディズニーのデザインとは程遠い。一見,ゴキブリのようにも見えてしまう(写真4)。いずれも,コマ撮りのSMAでの表面の質感,手足を1コマずつ動かすことを考慮してのデザインである。
 
 
 
 
写真3 本作のピノッキオは木彫りの質感を強調 
 
 
 
 
 
 
 
写真4 語り手はコオロギのセバスチャン・J・クリケット
 
  ■ 映画の冒頭は,まだゼペットの実子カルロが生きていて,2人が森の中で暮らしているところから始まる(写真5)。SMAだと分かっていたはずなのに,漫然と見ていたら,フルCGアニメかと思ってしまった。通常のSMA作品のシンプルな背景と比べると,かなり複雑で,実写映画風であったからだろう。単なる人形アニメでなく,CG/VFXを随所に導入しているゆえに可能なシーンである。その一方で,カルロやゼペットの陰影が強めで,CGアニメにしては珍しいルックスだったので,ようやく人形であることに気付いた(写真6)。とりわけ,見事だと感じたのは,手指の質感と動きだった。
 
 
 
 
写真5 物語は,森の中で暮らす親子から始まる
 
 
 
 
 
 
 
写真6 カルロ少年の指の質感,ゼペットじいさんのヒゲの陰影が印象的
  ■ ディズニーアニメに出てくる猫やキツネは登場させず,ピノッキオを騙す役目は,人形劇の興行師のヴォルペ伯爵(C・ヴァルツ)に集約されているようだ(写真7)。当初,この興行師に使われていたサルのスパッツァトゥーラ(K・ブランシェット)(写真8)が,ある事件から彼に反目し,ピノッキオたちと行動を共にする。最も個性的で,本作独自のキャラクターである。
 
 
 
 
 
 
 

写真7 興行師と契約を交わし,人形劇に出演させられてしまう

 
 
 
 
 
写真8 サルのスパッツァトゥーラは本作独自の個性的なキャラ
 
 
  ■ ピノッキオたちを呑み込むのは,ディズニーアニメではクジラであったが,本作では原作の巨大なサメに戻している。かなり醜悪で,漫画的な描き方だが,この辺りの演出は,遊び心であり,デザインを楽しんでいるとも感じられた(写真9)。妖精(ブルーフェアリー)は,「木の精霊」と「死の精霊」の姉妹に分けていて(写真10),生と死のもつ意味を別の精霊に語らせ,物語に深みを持たせる役割を果たしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
写真9 巨大で醜悪なサメに呑み込まれ,体内に…。定番の展開だが,デザイン的には遊び心も。
 
 
 
 
 
 

写真10 上:ピノッキオに命を与える「木の精霊」
下:人間の命に限りあることを諭す「死の精霊」

 
 
   ■ 人形の動きの表現には,顔や手足の部品を入れ替えて撮影する伝統的なSMAのノウハウと,機械式で身体部品を動かす方式の両方を併用したようだ。その技法的な詳細は,同じNetflixから『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ:手彫りの映画,その舞台裏』なる30分のドキュメンタリー映像として配信されているので,当欄で語る必要はないだろう。その映像でも語られているが,かなり精巧なミニチュアセットが制作されていることも特筆に値する。市中の建造物(写真11),山岳部の美しい光景(写真12)は,この監督の美意識の高さと世界観ゆえの産物である。ライティングやカメラワークもまた通常のSMAレベルでなく,実写映画並みのクオリティを追求している。CG/VFXの主担当はMPCで,他にBOT VFX,MIST VFXが参加している。
 
 
 
 
 
写真11 精巧に作られたミニチュアセットは見事 
 
 
 
 
 
 
 
写真12 ライティングやVFX利用も実写映画並みのクオリティ
(C)2022 Netflix
 
  ■ 監督は,ディズニーアニメへのアンチテーゼとしてダークファンタジーを選んだと語っているが,ミュージカル仕立てである点は同じだ。“星に願いを (When You Wish upon a Star”のような名曲はないが,劇伴オリジナルスコアも歌唱曲もレベルが高い。ダーク面での最たるものは,時代設定を1930年代,ムッソリーニが支配するファシズムの時代にしたことである。人形劇の内容も戦意高揚ものとなり,ピノッキオは少年兵の訓練施設に送られ,銃や手榴弾を使った訓練までも登場する。もっとも,時節柄,どの映画を見ても,この種の独裁権力者はプーチンに思えてしまうが…(笑)。ともあれ,ディズニーアニメにはない風刺精神,政治的メッセージも盛り込んだ見事な童話に仕上げている。ダークファンタジーのSMA映画としては,『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)『ティム・バートンのコープス ブライド』(05年11月号)に並び称される存在となるだろう。本作は,ゴールデングローブ賞,アカデミー賞の長編アニメ部門の最有力候補だと断言しておきたい。
 
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