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O plus E 2022年Webページ専用記事#1
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
 
   本誌2021年11・12月号後に観て,2022年1・2月号では遅くなってしまう作品は,いつものようにWebページ専用記事として紹介しているが,今回は「2021年度ベスト5&10」の集計の都合上,「21Web専用#6」と「22Web専用#1」に分けた。また,「第79回ゴールデングローブ賞ノミネート作品」に該当する映画は,そちらに含めた。

 『クライ・マッチョ』:クリント・イーストウッド監督の最新作で,監督デビュー50周年記念作品であり,これが40作目だという。90歳で現役監督(現在は91歳)というのに敬服するが,本作は『運び屋』(19年Web専用#1)以来,3年ぶりに主人公も演じている。俳優生活は67年余,『荒野の用人棒』(64)の主演でブレイクして以降だけでも,57年余になる。アカデミー賞は『許されざる者』(92)『ミリオンダラー・ベイビー』(05年5月号)で作品賞,監督賞を得ているから,もはや「レガシー」そのものである。当欄では,上記2度目のオスカー受賞作以降の全監督作品を紹介していて,これが15作目である。最近の作品からして,もはや大傑作は期待しないが,この年齢でどんな役を演じるのかが見ものだ。時代設定は1979年で,元ロデオ界のスターだったカウボーイのマイクが,恩人の依頼で,息子をメキシコの母親の元から誘拐して,テキサスまで連れ帰るという物語である。せいぜい70歳くらいが演じる役柄だ。90歳には見えなくても,もはや背筋はピンと伸びていなくて,80歳以上に見える。これで女性に誘惑されるというのは,都合が好過ぎる。誘拐対象のルフォは不良少年のはずが,大して手を焼かせず,素直にマイクと打ち解ける。追いかけてきたギャングは,何度もあっさり降参して退散するから,これも好都合過ぎる。ロードムービーの最中も,さほどの波乱もない。と突っ込みどころだらけなのだが,なぜかほっとする映画だった。そういえば,かつてのスター映画は皆主人公に好都合にできていた。助演陣よりも,マイクが連れ歩く雄鶏のマッチョの演技力に感心した。CGではなく,どう見ても本物で,よくぞここまで訓練したものだ。
 『スティルウォーター』:表題は,米国オクラホマ州の町の名で,主人公父娘の出身地である。異国の地(フランスのマルセイユ)で,殺人罪で収監中の娘の無実の罪を晴らすため,単身渡航し,言葉の通じない国で真犯人を追う父親の物語である。石油会社の労働者ビル・ベイカーを演じる主演はマット・デイモンで,娘アリソン役は『リトル・ミス・サンシャイン』(07年1月号)のアビゲイル・ブレスリンだった。その後,何作かで見ているはずだが,やはりあの美少女コンテストでダンスをしていた少女の印象が強烈で,もうこんな大人になったのかと感慨新たである(現在は25歳)。監督・脚本は『スポットライト 世紀のスクープ』(2016年4月号)のトム・マッカーシーで,彼が長年温めてきた物語だという。同作で,アカデミー賞作品賞,脚本賞を受賞しただけあって,本作もしっかり組み立てられ,好くできた脚本だ。一体この先どうなるのだろうと,この父親に感情移入して観てしまう。真犯人追跡よりも,フランス人のシングルマザー母娘との交流が物語の大きな比重を占め,ここでもこのままであって欲しいと感情移入してしまう。サッカーの試合,警察の尋問,地下室のシーンにハラハラさせられ,サスペンス・スリラーとしても好い出来だ。唯一の欠点は,主演がマット・デイモンでは,だらしないダメ親父に見えないことだろうか。
 『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』:ドイツ映画で,今年のアカデミー賞国際長編映画賞部門のドイツ代表作品だそうだ(ノミネートされるかどうかは,まだ分からない)。同部門の候補だけあって,セリフは英語ではなく,しっかりとほぼ全編がドイツ語で語られている。普通には人間としか見えない精巧なアンドロイドが登場するので,近未来を描いたSF映画ではあるが,人間の女性と男性アンドロイドとの交流を描いたヒューマンドラマであり,ラブストーリーである。主人公は,博物館で楔形文字を研究する学者のアルマ(マレン・エッゲルト)で,研究資金を得るため,ある企業の3週間の機密の実証実験に参加したところ,現れたのは,独身の彼女の伴侶となるようプログラムされたアンドロイドのトム(ダン・スティーブンス)だった……。SF映画らしく,パーティーには多数のホログラム人間が参加しているという設定で,多少VFXが使われていた。ただし,アンドロイドはアニマトロニクスでもCGでもなく,ずっとD・スティーブンス自身が演じていた。そりゃ,人間にそっくりな訳だ。イギリス訛りのドイツ語というのが,国際企業が顧客に合わせて製作した人工物のアンドロイドと感じさせる仕掛けなのだろう。洒落た,知的な映画で,当初拒絶していたアルマがトムに恋して行く過程が見ものだ。ダブル主演の名優が演じるトムもアルマも魅力的に見えてくる。終盤,人間の尊厳に関わる哲学的な問いかけの会話があるが,この部分は英語でなく,独語の方が響きがいいと感じた。終盤の展開も,余韻を残すラストも,秀逸だった。監督はドイツ人女優のマリア・シュラーダーだが,既に監督としての実績が十分あるだけの演出力である。
 『MONSOON/モンスーン』:6歳で家族ぐるみ難民として英国に移住したベトナム生まれの青年キットが,両親の遺灰埋葬のため,30年ぶりに故郷サイゴン(現,ホーチミン)に戻る。父母の生誕の地ハノイに向い,「古き良きベトナム」の姿に触れ,自らの人生を見つめ直すという映画だ。ほぼベトナム国内しか登場しないので,てっきりベトナム映画かと思ったが,英国・香港の合作という扱いである。主演男優のヘンリー・ゴールディングは,マレーシア出身のハーフで英国育ち,現在はハリウッドで活躍している。キットは英語しか話せず,従弟のリーの通訳を介して会話するという設定である。イケメン男優のせいか,余りアジア人には見えない。一方,監督のホン・カウはカンボジア生まれ,ベトナム育ちで,8歳から英国へ渡ったというから,主人公に近い境遇だ。筆者自身は,日頃から何人ものベトナム人留学生から同国の社会事情を聴いていて,数年前にハノイにも行ったので,ホーチミンやハノイの光景に,全く違和感がなかった。キットが30年ぶりのサイゴンの姿にカルチャーショックを受けるというのは,監督自身が何年か前に得た実感であり,本作は彼のアジア人としてのアイデンティティを語りたかった映画ということに尽きる。劇中で,キットは米国籍の黒人男性のルイス(パーカー・ソーヤーズ)と懇意になり,同性愛関係となる。この監督自身もゲイで,それも描きたかったのだろうか? たとえ,そうだとしても,この映画に同性愛シーンは不要だと感じた。ルイスの父親がベトナム戦争に従軍したことから,彼はベトナムに特別な想いを抱いている。最近,ベトナム戦争が米国人に与えた後遺症を語る映画が増えているが,一世代下にも影響を与えているという描き方の方が印象に残った。
 『なん・なんだ』:アラフォーの監督・山嵜晋平が,20代,30代のスタッフと撮った老境の夫婦の三角関係の物語である。コピーライト表記が「(c)なん・なんだ製作運動体」となっていたのが気になった。よくある「製作委員会」ではない。そして,当の表題の「なん・なんだ」は,妻(烏丸せつこ)の浮気の証拠写真を見た時に,団塊の世代の夫(下元史朗)が思わず口にする言葉だ。交通事故で意識不明の妻を病院に残し,夫と娘(和田光沙)が浮気相手を探し歩く物語となる。そして,結婚40年間の内,33年もの間,妻が昔の恋人と不倫関係を続けていたと知った時,改めて「俺の人生,なんなんだ」と口にする。この夫婦の劇中での年齢は,筆者と家内とほぼ同じだ。劇中で69歳の烏丸せつ子の実年齢は66歳だが,今でも美しく,圧倒的な存在感である。構成力,演出力は大したもので,ストーリーテリングの才能がある。妻の不倫相手の病院長(佐野和宏)を,病で声を失った存在として描いているのも,ちょっと思いつかない発想だ。それでも,この映画を観終わった時,「私の世代なら,夫婦関係の会話はこうはならない。浮気相手ともこういう関係にならない」と思った。即ち,監督の世代が自分の30年先を想像して作った物語で,小説や映画に過ぎないと感じた訳である。その後,監督が談話で「長年,連れ添った夫婦の間に流れる空気というのも,どういうものかは分かりません。しかし,リアルと映画は違うはずです。いまの僕なりに捉えた死生観,夫婦の情愛,そうして男と女......そうしたものは表現できたかなと思っています」と語っているのを知り,「そーか,分かっているじゃないか」と感じた。そういう映画だ。横須賀に始まり,京都,奈良…,すべて劇中の想定場所で撮影している。その拘りがあるなら,不倫相手との老カップルが鴨川の飛び石で戯れるシーンも有り得ないだろう。荒神橋付近の人通りの多い場所は不自然で,同じことをするなら,もっと上流の西賀茂橋の下になるはずだ。監督は奈良県出身,ならばもう少し登場人物の関西弁に拘って欲しかったところだ。
 『シルクロード.com 史上最大の闇サイト』:題名通り,ネット上のサイバー犯罪を描いた映画で,実話ベースというだけで,その手口や顛末に関する興味の度合いが違ってくる。天才的頭脳の持ち主が立ち上げた闇サイトで,麻薬取引,武器売買から殺人依頼までできるという。主演は,『猿の惑星:新世紀(ライジング)』(14年10月号)『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(15年8月号)のジェイソン・クラーク。どちらかと言えば悪人面で,とても天才的な頭脳犯には見えない。彼が演じるのは,武骨な麻薬取調官リック・ボーデンで,正義感は強いが,問題ばかり起こすアル中のバツイチのはぐれ者という役柄だったので,これなら安心できた。一方,闇サイト立ち上げの実在のサイバー犯罪者ロス・ウルブリヒトを演じるのは,イケメン男優のニック・ロビンソン。なるほど,それなら納得できる。ロスが暗号技術での匿名取引やビットコインを駆使して類い稀なる闇サイト「silkroad.com」を成功させるのに対して,麻薬捜査からサイバー犯罪課に左遷されたが,PCやネットアクセスも満足にできない旧世代のアナログ人間として描いている。監督・脚本は,ドキュメンタリー畑出身のティラー・ラッセル。人物造形はかなりのところフィクションだろうが,サイバー犯罪は徹底的に実態調査したというだけあって,その手口の描写は見入ってしまう。情報弱者には,サイバー事情を知る格好のテキストのような映画だ。物語は2011年に始まるが,2人がチャットを介して情報交換し,リックが次第にサイバーダークワールドに嵌まって行く様が見ものだ。彼の情報屋である黒人青年レイフォード(ダレル=ブリット・ギブソン)の存在も物語のリアリティを増している。
 『名付けようのない踊り』:素晴らしい,ただただ素晴らしいドキュメンタリー映画だ。何が素晴らしいのか,観終わってからもすぐには言えない作品だった。世界的舞踊家・田中泯の活動記録であり,本人が語る生き様と人生観を収めたものである。2017年から19年の2年余に5カ国,48箇所で90の踊りを披露し,その記録の一部を編集したものだという。既に類い稀なる助演俳優としての地位を築き,多数の映画やTVドラマに出演している彼の前歴・本職がダンサーであることは知っていたが,今もこれだけの活動をしていたとは驚きだった。冒頭10分の映像に圧倒され,路上で寝そべって踊る彼の姿と本人の語りに惹き込まれる。クラシックバレエやモダンダンスを学んだが,ダンス芸術界に反発し,独自のダンススタイルを生み出して,注目を集めたようだ。同じ踊りはなく,どのジャンルにも属さない「場踊り」だという。最後まで観ても,このダンスは全く理解できなかったし,興味をもてなかった。抽象絵画,現代音楽,アート系映画等々,前衛芸術と呼ばれるジャンルの典型である。彼の生の踊りを観たいかと問われれば,近くで無料であれば覗きに行くかも知れないが,有料で予約が必要ならまず絶対に行かないと断言できる。そもそも,俳優・田中泯の前歴が別の姿であり,異能の人と知るからこの映画を観たのであり,それが普通だろう。そもそもこの企画自体がそのはずだ。何が魅力的であったかと言えば,この人物そのものの魅力であり,ブレない信念,生き方だろう。筆者にとっては,彼と親交の深い松岡正剛の著作と講演の関係に似ている。何冊か買った書籍はまるで面白くなく,読了したものはない。それでいて講演には惹き込まれ,彼の発言や紹介するエピソードは耳に残っている。田中泯もしかりで,踊りそのものには興味はなくても,彼の経験と人生観に裏打ちされた演技が人々を魅了する。最初から俳優を目指していたら,こういう助演俳優は生まれなかっただろう。『たそがれ清兵衛』(02)に彼を起用した山田洋次監督の慧眼にも感心する。本作には圧倒され,感心・感激したが,感動はしなかった。本作の価値は,ドキュメンタリー映画としての完成度の高さだと思う。子供時代を描いたアニメは山村浩二の作で,これが絶品だ。3人のカメラマンによる映像は多彩で,田中泯の踊りを肌が触れるほど間近で捉えるかと思えば,かなりの高度から空撮する。大きな桜の木,カラフルな蜘蛛の動き……,おまけに富士山の姿まで美しく感じてしまう。ラストの波打ち際の映像は芸術的であり,映像に随伴した音楽,音響も一歩もひけをとらない。まさに映画は総合芸術だ。監督・脚本は『のぼうの城』(12年11月号)の犬童一心。劇映画の監督としては,ごく普通の力量だと思っていたが,本作のドキュメンタリーで一気に評価が高まることだろう。
 
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