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O plus E 2022年Webページ専用記事#4
 
 
エルヴィス』
(ワーナー・ブラザース映画)
      (C)2022 Warner Bros.
 
  オフィシャルサイト [日本語][英語]    
  [7月1日より丸の内ピカデリー他全国ロードショー公開予定]   2022年6月14&17日 大手広告試写室(大阪)
2022年6月22日 ワーナー・ブラザース内幸町試写室 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  多くを語らざるを得ないスーパースターの伝記映画  
  VFX多用作ではない映画(少しはあるが)を,久々にメイン欄で取り上げる。当欄では,アーティストの伝記映画,音楽映画を数多く紹介して来たが,音楽ファンなら誰もが知るスーパースター,エルヴィス・プレスリーがその対象となると,年齢やファンとしての熱心度に応じて,様々な角度から論じる必要がある。それなら,徹底的に分析し,じっくり書こうと腰を据えたところ,とても短評欄に収まる長さにならなかったという訳である。
 これまでにもエルヴィスを対象とした伝記映画・TVドラマ,ドキュメンタリーはいくつも存在するが,大作と呼べるものはなかった。それが,『ムーラン・ルージュ』(01年11月号)『華麗なるギャツビー』(13年7月号)のバズ・ラーマンが監督・脚本で,メジャーのワーナー・ブラザース配給作品となると期待度は一気に上がった。予告編を観ただけで,その衝撃は絶大で,本編の到着が待ち遠しかった。
 劇中でエルヴィスを演じるオースティン・バトラーは本作で抜擢された若手男優だが,悪名高きマネージャーのトム・パーカー大佐役に名優トム・ハンクスを起用したことに意欲のほどが感じられた。「トム・ハンクス初の悪役」というのも話題性としては十分だ(写真1)
 
 
 
 
写真1 ほぼ全編特殊メイクで登場する強欲な悪役 
 
 
  団塊の世代である筆者に近い世代かそれ以上なら,名前を知らない者はいないだろうが,若い世代にはどれだけ知られているのだろう? 「彼がいなければ,ビートルズもクイーンも存在しなかった」が本作のキャッチコピーである。ということは,知名度はそれより下ということだ。音楽的にビートルズは別格としても,エルヴィス・ファンにとっては,クイーンなどは数あるロックバンドの1つに過ぎず,比べるに値しない存在に過ぎない。今回,音楽好きの若い世代にエルヴィス・プレスリーなる存在を尋ねてみたところ,「名前は知っているが,経歴やヒット曲は知らない」「有名な曲は聴けば分かるだろう」「ジャンプスーツ姿は見たことはあるが,ロックの歴史を作ったとは知らなかった」程度の認識であった。当然,B・ラーマン監督もそれを承知した上で,エルヴィスの魅力と音楽界に与えた影響を描いたことと思う。
 大人気コミックの映画化作品の場合に,当欄ではマニアックなファンの視点には立たず,あくまで一般的な映画観客の視点で語ると表明してきた。ところが,本作の場合はそうは行かない。筆者自身がかなり熱心なファンの1人であるゆえ,思い入れも一入だからだ。それゆえ,なるべく客観的に伝記映画としての出来映えを評価しつつ,同じようなエルヴィス・ファンに向けて主観的な感想も述べることにした。

【筆者の個人的なファンの度合い】
 エルヴィスの原曲は,小学5年生(1958年)からラジオで聴いていたが,デビュー時のことは知らなかった。“That's All Right”でのデビューは1954年,“Heartbreak Hotel”は1956年の大ヒット曲だが,まだその頃は自分専用のトランジスタラジオをもっていなくて,英語の歌を聴く機会がなかったからである。
 最初のドーナツ盤購入は中学2年生の時で,“Hound Dog / Don’t Be Cruel”の再発盤だったと思う。それまで,自宅にレコードプレイヤーがなかったからだ。最初のLP盤購入は,翌年の「Blue Hawaii」のモノラル盤だった。中学生にとってLPは高価過ぎ,まだステレオ再生装置は高嶺の花だったからだ。まさにレコードが擦り切れるほど繰り返し聴いた。オープンリールのテープレコーダーを買ったのは大学生になってから,高音質になったカセットデッキを買ったのは社会人になってからだった。そのため,音楽はラジオで聴くか,友人と貸し借りしたレコードを聴くしか方法がなかった。ラジカセやウォークマンが登場するのは,まだ遥か先の話である。
 音楽的には早熟で,洋楽好きのグループの中でも熱中度は中の上クラスだっただろうか。高校生時代も小遣いの大半はレコード購入に費やしていた。ニール・セダカ,クリフ・リチャード,ビーチ・ボーイズ,フォー・シーズンズ等も熱心に聴いていたが,エルヴィス・プレスリーは図抜けた特別の存在だった。ただし,1964年2月以降,上記購入費の大半はビートルズに向かうことになる。日本人のポップスファンの平均像だったと思う。
 エルヴィス主演の青春音楽映画は,ヒット作『ブルー・ハワイ』(61)(日本公開は1962年)以来,旧作も含めて10数本は観ただろうか。1960年代後半の駄作は,日本で公開されたのかどうかも知らない。見事なカムバックを果たし,ラスベガスでのライヴ公演のドキュメンタリー映画『エルビス・オン・ステージ』(70)が来た際は,ワクワクして丸の内ピカデリーまで出かけた。当時22歳だったが,筆者より10歳以上年長の女性(恐らく,主婦)が多数,独りで観に来ていることに驚いた記憶がある。
 その後,CD価格が相対的に安くなり,レンタルCDも普及すると,せっせと多数のミュージシャンのアルバムを集めるようになった。今調べてみると,筆者の音楽ライブラリには,エルヴィスのアルバムは104枚(全公式アルバム,別テイク集,Remix版,新たに発掘されたライヴ公演音源の合計)あった。カバー/トリビュート盤は34枚ある。もっとも,ビートルズのカバー盤は618枚あるが…。
 公式アルバムをすべて揃えているミュージシャンは20指に余るが,Legacy EditionやTribute Albumまで収集する気になるのは,エルヴィス,ビートルズ,ビーチ・ボーイズの3組になってしまう。その中で,生年月日,鬼籍に入った日,家族の名前まで諳んじて言えるのはエルヴィス・プレスリーだけだ。もっとも,この程度のエルヴィス・ファンは世界中にいくらでもいる。

【エルヴィスを演じる俳優へのチェックリスト】
 伝記映画の主演俳優は,実在の本人と似ていなくても,その業績や伝説が伝わればいいのだが,超有名人のエルヴィスとなるとそうも行かない。主演のA・バトラーを監督が「エルヴィスそのもの」と語り,「圧倒的なパフォーマンス,歌唱もそしてなにげない動作までもまるで本人!」と報じられると,歌,トーク,ステージパフォーマンスが,どれくらい似ているのか,点検したくなるではないか。以下が,そのチェックリストである。
@ 過去作品では,『ELVIS エルヴィス』(05)の主演俳優Jonathan Rhys-Meyersは,結構,顔立ちが似ていた。スチル写真を見る限り,A・バトラーは余り似ていると思えなかった(写真2)
 
 
 
 
 
 
 

写真2 この馬面じゃ,およそエルヴィスに似ていない

 
 
A エルヴィスの死後,追悼アルバム「The King Is Gone」をリリースしたRonnie McDowellは,深みのある声での歌唱もセリフも,エルヴィスそっくりであることにファンは驚いた。その後,いくつかの番組では,エルヴィスの吹き替え役として起用されている。エルヴィスのバックコーラスを務めたJordanairesやSweet Inspirationsを起用したTribute CDも複数枚出している。
B エルヴィスの「そっくりさんコンテスト」は今も世界中で開催されているが,毎年命日近くになると,メンフィス,テュペロ,ラスベガス等での開催が活発化する。その歴代チャンピオンの中でも,別格的な存在がDean Zだ。既にそっくりタレントのプロとして,単独公演で集客できるレベルに達している。彼のパフォーマンスに匹敵する演技をA・バトラ―が見せられるかが鍵である。
 といった付帯知識も,中程度のエルヴィス・ファンならもっているのが普通だ。

【比較すべきミュージシャンの伝記映画】
 業績や社会への影響力を伝えるには,ドキュメンタリー映画として,多数の関係者のインタビューを収録する方が効果的だが,主演俳優の演技力や歌唱力で成功した伝記映画も多数ある。この機会に,比較するに値する過去の秀作を整理してみた。
 以下は,アーティスト名『映画の題名』(公開年/掲載号)[主演俳優]の順である。
◆レイ・チャールズ『Ray/レイ』(04)[ジェイミー・フォックス]
◆ボビー・ダーリン『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば』(04)[ケヴィン・スペイシ―]
◆ジョニー・キャッシュ『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)[ホアキン・フェニックス]
◆エディット・ピアフ『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(07)[マリオン・コティヤール]
◆ジョン・レノン『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(10年11月号)[アーロン・ジョンソン]
◆フォー・シーズンズ『ジャージー・ボーイズ』(14年10月号)[ジャン・ロイド・ヤング]
◆ブライアン・ウィルソン『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(15年8月号)[ポール・ダノ&ジョン・キューザック]
◆クイーン『ボヘミアン・ラプソディ』(18年Web専用#5)[ラミ・マレック]
◆エルトン・ジョン『ロケットマン』(19年7・8月号)[タロン・エガートン]
◆ジュディ・ガーランド『ジュディ 虹の彼方に』(20年1・2月号)[レネー・ゼルウィガー]
◆アレサ・フランクリン『リスペクト』(21年Web専用#5)[ジェニファー・ハドソン]
 
  主演男優は似ていないが, 音楽的にはさすがのバズ・ラーマン映画  
  以上のように,事前知識を整理した上で,心待ちしたマスコミ試写に臨んだ。1度試写を観た上で,観客の反応を知りたくて,映画館で公開後に再度観ることは少なくないが,本作に関しては,無理を言って,マスコミ試写を3回見せてもらった。作品全体の概観と主演俳優の類似度の点検のため大阪で2回,音響効果の良い東京の試写室で音楽クオリティの点検で1回の計3回である。
 以下,別々の評価基準で印象と感想を述べるが,一部で終盤のシーンに関するネタバレ的記述があることを断っておきたい。

【伝記映画としての一般的評価】 90点
 結論を先に言えば,さすが『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマン監督と感心する斬新なタッチだった。音楽的にも映像的にも,上記のような音楽伝記映画とは一味も二味も違う。2時間39分を長く感じなかった。要点は,以下の通りである。
 ■ 映画は晩年のトム・パーカー大佐の語りから始まる。全編を通じて,彼の目から見たエルヴィスの歌手人生という体裁を採っている。ShowmanとSnowmanのもじりも面白かった。エルヴィス・ファンにとっては,現役時代から,ロクでもない映画出演で彼を縛るこんなマネージャーをなぜ取り替えないのかが不思議だった。米国のショービジネスの世界なら,いくらでも代わりはいるはずなのにと思えた。その答えの一端は本作で描かれている。
 ■ (予告編にも少し登場するが)ピンクのスーツを着て,“Baby, Let's Play House”をシャウトするステージ場面がとにかく強烈で,圧巻だ(写真3)。元はアーサー・ガンターが歌ったR&Bの楽曲だが,エルヴィスはこれを典型的なロカビリー・スタイルにアレンジしてカバーした。本作では,ほぼ同じイメージでA・バトラー自身が歌っている。さほど有名な曲でなく,画面に注目させる手口が心憎い。腰を振る彼の股間をアップで捉える映像に驚いた。PTAの父兄の顰蹙を買い,TV出演時には下半身を映さないことが条件だったと聞いてはいたが,「なるほど,これだったのか」と納得した(モノクロの上半身の映像しか観たことがなかった)。
 
 
 
 
 
 

写真3 この後,衝撃のパフォーマンスが続く

 
 
  ■ 黒人のように歌う白人のレコードデビュー,ステージでの派手なパフォーマンスで人気沸騰(写真4),サンレコードからRCAビクターへの移籍,人気絶頂期に徴兵されドイツで2年間の兵役,復帰後も映画出演で成功,プリシラとの恋と結婚(後に離婚),駄作映画続きで低迷後,NBC-TVスペシャルでカムバック(写真5),ラスベガスでのライヴ公演の大成功(写真6),薬漬け生活と肥満……,といった歌手人生の経過は,エルヴィスのファンなら誰でも知っている。それを1つずつきちんとなぞっているのは,世界中のファンの目を意識してのことだろう。
 
 
 
 
写真4 当時はラジオで聴くだけで,日本人はこんな姿は見たこともなかった
 
 
 
 
 
 
 

写真5 衣装もギターも背景セットもTVスペシャルそのまま

 
 
 
 
 
写真6 ジャンプスーツもアクションも発汗量もそっくりコピー
 
 
  ■ それぞれの時代での髪型や衣装も正確に再現していて,レコードジャケット,雑誌,映画ポスターで見た既視感のあるシーンが頻出する(写真7)。インターナショナルホテルでの初公演時の楽屋から舞台への移動,客席のファンへのサービスなどは,映画『エルビス・オン・ステージ』で観たシーンそのものだ。では,正統派の伝記映画かといえば,そうでもない。随所での外しが巧みで,それが新しさを感じさせる。マルチ画面とサウンドコラージュを多用した映像編集も斬新だった。まるで1.25倍の早送り再生かと感じさせるハイスピードでの物語展開で,全編を駆け抜ける。見応えのある伝記映画であったが,本作でエルヴィスの歌手としての偉大さが若い世代に伝わるかと言えば,そうでないようにも感じた。

 
 
 
 
 
写真7 ファンには見覚えのあるシーンが随所に 
 
 
  【音楽映画としての評価】 95点
 この点でも,さすが外連味たっぷりのバズ・ラーマン作品と言える音楽映画だった。各曲の歌手名や詳細はサントラ盤ガイド欄に譲り,以下では全体的な印象,個性的な音楽編集の概略のみを述べる。
 ■ 多数のヒット曲があるから,何を選ぶのだろうかが関心事であったが,劇中で流れる曲はかなり絞られていた。その代わり,同じ曲の限られたフレーズが何度も登場する。まるで,クラシック音楽におけるモチーフのような扱いだ。それらの原曲は10曲近くあるが,特に何度も登場するのは,“That's All Right” “Jailhouse Rock” “Suspicious Minds”の3曲だった。
 ■ 初期の曲は,主演のA・バトラーが歌い,中期以降の深みのある声での曲はエルヴィス自身の歌唱を利用していると聞いていた。曲数は半々くらいかと思ったが,前者はほんの数曲で,大半はエルヴィス自身の声だった。エルヴィスのヒット曲にアレンジを加え,黒人女性歌手やラップグループに歌わせているのも印象的だった。
 ■ 上記のようなモチーフ的な利用の場合,エルヴィスの音源をそのまま使うのではなく,かなり加工して素材としてだけ用い,サウンドコラージュして多彩な音楽的演出を凝らしている。大半の場合,エルヴィスの声の音域を狭め,演奏をRemixしているように感じた。ラジオで聞いていた頃のエルヴィスの声を思い出した。その上で,エンドロールの最初に流れる“In The Ghetto”は,格別に深みのあるエルヴィスの声だった。これぞ本物,これぞKingの声と思わせる演出である。さすがだ。音楽映画なら当然だが,特に本作は音響設備の良い映画館を選んで観るべきだ。
 ■ 上記のような工夫がある半面,終盤のライヴステージの歌唱は,フルコーラスでじっくり数曲聴きたかった。その殆どでパーカー大佐の語りがかぶさるのが不愉快だった。それがこの映画のテーマだから仕方がないが。

【エルヴィスを描いた映画としての評価】 75点
 これは,ファンの間では賛否両論だろう。全く目新しく感じたのは,パーカー大佐を前面に押し出したことだ。「彼のためにエルヴィスは破滅し,死亡したのか?」がテーマとなっているからである。演じるトム・ハンクスは,全編で特殊メイクを施し,デブ顔,肥満体形で登場する。こんなトム・ハンクスは初めてだ。この不愉快極まりない強欲な人物を見事に演じたことで,様々な映画祭で助演男優賞の有力候補となることだろう。
 現実でも存在感の薄かった父ヴァーノン(リチャード・ロクスバーグ)の出番が多いのも珍しい。メンフィス・マフィア(エルヴィスの取り巻き連中)の1人,ジェリー・シリング(ルーク・ブレイシー)はドキュメンタリー作品のインタビューで見たことがあるが,こうした劇映画で重要な役柄が与えられるのは,おそらく初めてだ。本作では,パーカー大佐との対比上,好意的に描かれているが,メンフィス・マフィア全体ではエルヴィスに悪影響を与えた人物も少なくなかったはずだ。
 妻プリシラ(オリヴィア・デヨング)の出番もかなり多い。彼女が離婚を決意し,グレイスランドを出て行く直接の原因は,空手教師との駆け落ちだったはずだ。そのことへの言及が全くなかったのは,プリシラ本人の本作の広報宣伝への協力を円滑にするための忖度だったのかと想像してしまう。
 本作の宣伝文句には「若くして,人気絶頂で謎の死を遂げたスーパースター」とあるが,これは正確ではない。ライヴ公演のチケットはほぼ完売していたというが,既に同じようなパターンのステージは飽きられていたので,「人気絶頂」であったとは言い難い。当時のレコードの売り上げも芳しくなかった。もっとも,死後,それらの大半はロングセラーとなっているが。
 エルヴィス・ファンにとって,本格的な伝記映画の大作であるなら,もう少し人間エルヴィスの優しさや苦悩をドラマとして描いて欲しかったところだ。宗教心の高さ,人種的偏見のなさも,もっと強調されてしかるべきだ。それには,切々と歌うスローバラードの比率を高くした方が効果的だったと感じた。

【オースティン・バトラー演じるエルヴィスの評価】 65点
 ファンの目から見て,これはギリギリ合格点といったところだろうか。新しいエルヴィスの伝記映画を作るなら,もう少し魅力的な俳優を使って欲しかったところだ。
 まず,決定的に顔が似ていない。全体的には馬面,鼻・口はアップで見ると猿顔のA・バトラーは,ルックス的に若い頃のエルヴィスより数段劣る。デビュー時の彼は歌や下半身の動きだけでなく,目や唇,はにかんだような笑顔が女性ファンをぞくぞくさせるレベルだった。
 監督は「オースティンにエルヴィスのものまねはさせたくなかった」というが,本当か? それにしてはハッとするくらい似せたカットが何度も登場する。髪型や長いもみ上げ,アイメイクを施し,アングルを工夫すれば,ほぼ確実にエルヴィスそっくりに見える。そうしたシーンを多用している以上,似せるつもりはなかったとは言えまい。
 TVスペシャルやインターナショナルホテルでのステージは痩身過ぎて迫力に欠ける。その気になれば,特殊メイクで太らせて,もっと似せることは出来たはずだ。ラストの“Unchained Melody”の歌唱シーンは相当な肥満体メイクだが,その前のプリシラとの再会シーンは,そこそこ太めに描かれている(写真8)。これができるなら,上記のステージシーンもこのレベルで描いて欲しかった。
 
 
 
 
 
写真8 ようやく少し太り気味のメイクに。髪型とサングラスで誰でもエルヴィスに見える。
(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved  
 
   南部訛りの語りはそこそこ似せていたが,元々エルヴィスのト―クや歌はかなり物真似しやすい方である(それゆえ,「そっくりさんコンテスト」が成立する)。伝記映画の主演俳優なら,この程度は声色を真似できて当然だ。歌唱力もまずまずのレベルだが,サントラ盤で聴き直したら,全くエルヴィスに似ているとは感じられなかった。
 上記の@〜Bのチェックリストからすると,Bが一番点数は高い。ステージパフォーマンスは,本人の映像を見てかなり練習したのだろう。映画であるから,部分的に撮影でき,何度もやり直しできるから,類似度は容易に上げられる。Dean Zが何曲も連続で演じる映像を見慣れているファンからすれば,何とか合格点に達しているレベルだ。それでも@〜Bまとめて評価すれば,「そっくりさんコンテスト」で上位入賞は果たせると思う。

【本作におけるVFX】
 折角だから,VFXの利用シーンにも触れておこう。VFX多用作ではないから,5社程度が参加し,いくつかのシーンでVFX加工が施されているようだ。
 エルヴィスの邸宅グレイスランドの概観やインターナショナルホテル内の客席は実物セットを組み立てたという。前者は,建物部分は実物でも,その周りの風景は実際のグレイスランドに似せてVFX加工した可能性が高い。
 何度も登場する1969年当時のインターナショナルホテルやラスベガスの街はVFXの産物だろう。当時としては,最新の最高級ホテルであり,その柿落としにエルヴィスのライヴ公演が行われたのは事実だが,このホテルは1971年に売却され,Las Vegas Hiltonと名を変えている。ただし,エルヴィスとの出演契約は譲渡されたようで,彼は死ぬまで毎年約2ヶ月間,このホテルのステージに立っていたようだ。
 パーカー大佐が晩年このホテルで暮らしていたのも事実だが,インターナショナルホテルと交わした役得の裏取引まで継承されていたかは定かではない。筆者が1990年代後半にこのホテルに宿泊した時には,Star Trek Attractionが大きなセールスポイントとなっていた。
 このホテルのオーナーはさらに代わり,現在はWestgate Las Vegas Resort & Casinoとなっている。いずれにせよ,劇中で何度も登場するホテル外観は,現在の建物をVFX加工したか,あるいはラスベガスの町ごとフルCGで描いたかのいずれかであることは確実だ。
 
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