O plus E VFX映画時評 2025年10月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(10月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『富士山と,コーヒーと,しあわせの数式』(10月24日公開)
 今月は金曜日が5回あった。本来なら10/17公開分は後半のPart 2に含めるべきところ,Part 1に入れた。10/24以降の公開作品が余りに多く,バランスが悪かったからである。Part 1の最後をハートフルな映画で締め括ったため,後半もその路線の邦画から始める。表題中に「しあわせの」があるから,心温まる物語であることは間違いない。一方,「富士山」と「コーヒー」がどういう関係なのか,数式で表現できるものでもなし…,とそれだけで興味津々な題名であった。
 きっと原作小説の題名なのだろうと探したが,そんな書籍はなかった。文京学院の創立者・島田依史子の著書「信用はデパートで売っていない 教え子とともに歩んだ女性の物語」を原案とした脚本の映画であるという。この女性の名前を聞くのは初めてであった。文筆家ではなく,明治35年生まれで女子教育に生涯を捧げた女性のようだ。映画は祖母と孫が同じ大学に通うドラマだというので,この祖母が島田依史子なる人物のマインドを受け継いだ女性なのだろうと想像して観ることにした。
 主人公の一方は,シングルマザーの母・綾(酒井美紀)と暮らす大学生の安藤拓磨(豆原一成)でコーヒー・オタクである。自らコーヒー豆を選別し,独自のブレンドを作って他人に振る舞い,褒められるのを生き甲斐としていた。突然,母が長期海外出張するので,祖母・文子(市毛良枝)と一緒に住めと言う。祖父・偉志(長塚京三)が他界したので,所在ない文子を慰める役目も担っていた。コーヒー以外に興味がなく,ロクに就活もしない拓磨に対して,文子はカフェを開くことを勧める。その気になった拓磨は開店資金を得るため,大学の先輩の勧めるままに暗号通貨投資に手を出したが,これが全くの投資詐欺であり,大金を失う。文子がその先輩への直談談判や警察署に相談に行ったりする。なるほど,しっかり者の婆ちゃんである。
 祖父・偉志は富士山オタクで,書斎には多数の富士山の写真や絵手紙が残されていた。ある日,拓磨が祖父の書斎を除くと,手帳に不思議な数式「八/5=2305」が書かれていて,拓磨が通う大学の入学案内が置かれていた。前者はさほど大きな謎ではなく,筆者にはすぐ分かったが,この謎解きは観てのお愉しみとしておこう。
 一方,入学案内は亡き偉志が妻・文子に遺した結婚50周年のサプライズであった。若い頃に大学進学を断念した文子の名前を記して,「生涯カレッジ」への入学願書が既に提出されていた。夫の遺志を受け入れた文子は大学に通い始め,若い学生と意気投合し,「学び」の日々を謳歌する。「学ぶことの楽しさ」が本作のテーマであり,島田依史子の生涯の願いであったことは十分感じ取れた。
 後半は,長年仲違いしていた祖母と母の関係修復を拓磨が取り持つ話となる。まずまず平均的な家族の物語である。監督は『花のあと』(10年4月号)『大河への道』(22年5・6月号)の中西健二,脚本は『近距離恋愛』(08年7月号)『オオカミ少女と黒王子』(16年6月号)『心が叫びたがっているんだ。』(17年8月号)『サイレントラブ』(24年1月号)の「まなべゆきこ」と,当欄でお馴染みの顔ぶれである。
 富士山の写真や絵画で頻出するので,本作はてっきり松竹映画かと思ったが,これはGAGA配給作品であった。一方,コーヒーを淹れる用具や拓磨がバイトをしているカフェは本格的で,コーヒー豆の種類や焙煎の仕方も蘊蓄に溢れている。いかにもコーヒー通が関与していると想像できたが,これは「UCC コーヒーアカデミー」の技術指導によるものであった。

■『おいしい給食 炎の修学旅行』(10月24日公開)
 当欄のお勧め「学園グルメコメディ」シリーズの劇場版4作目である。元はテレビ神奈川,TOKYO MX等,全国10数局で放映された30分番組,全10話のTVドラマシリーズである。2019年から隔年でSeason1からSeason3までが放映され,翌年,それぞれの完結編として劇場版3本が公開された。最初に知ったのは2作目の 『劇場版 おいしい給食 卒業』(22年Web専用#3)で,すっかりハマってしまい,1作目の『同 Final Battle』(20)を2度観て,3作目『同 Road to イカメシ』(24年5月号)もしっかり紹介した。これまで放映/公開は隔年だったのに,Season4はなく,今年公開の本作の題名からは「劇場版」が外れている。即ち,もうTVシリーズは作らず,今後はオリジナル脚本の劇場映画を続けて行くという方針のようだ。ある意味で,これは喜ばしい。
 主人公は学校給食をこよなく愛する中学校教師の甘利田幸男(市原隼人)で,「給食をよりおいしく食べること」を競うライバルの生徒との給食賞味バトルが展開する。甘利田が軽い恋心を抱くマドンナが登場するのは『男はつらいよ』シリーズを思わせる味付けで,給食制度をめぐって地元教育委員会や町長等との諍いのエピソードも含まれていた。過去作の時代設定は1980年代後半で,舞台となるのは,第1作が首都圏の某県の常節(とこぶし)中学校,第2作が同県内の黍名子(きびなど)中学であった。ライバル生徒は神野ゴウ(佐藤大志)で,彼は転勤した甘利田を追って同校に転校して来た。ところが,第3作で甘利田が函館市立忍川(おしかわ)中学校に広域転勤したという設定になっていたため,ライバル生徒は粒来ケン(田澤泰粋)に変わり,新たなベテラン助演陣には校長・小堺一機,PTA幹部・六平直政,駄菓子店主・高畑淳子らが配されていた。
 さて,第4弾の本作である。時代は既に1990年秋になっていた。前作時に「4作目もヒロイン以外の出演者は,ほぼ同じと思われる」と書いたのだが,予想通りの多数続投であった。同時に「次作では別の函館名物を登場させるのか,それとも北海道の他都市を巡って別の名産品を取り仕上げるのか。“給食”という制約の中では,そうそう冒険もできないのが辛いところだ」と書いたのだが,嬉しいことに「修学旅行」を取り入れることで,学校給食の制約から逃れての「楽しい食事」に舌鼓を打つ脚本となっていた。
 まず,学校の給食で「メロンパン」を楽しく食することから始まる。ライバル生徒は引き続き「粒来ケン」で,甘利田の給食完食シーンの大仰な仕草も円熟味を増していたが,それに対抗するライバル生徒「粒来ケン」のアレンジ完食が一枚上手であった。そして,修学旅行先には道内でなく,本州の青森県・岩手県が選ばれ,十和田湖,奥入瀬,花巻温泉郷・鉛温泉等を訪れる。地元グルメとしては,「南部せんべい汁」「芋の子汁」「わんこ蕎麦」が描かれていた。ある出来事から,岩手県花巻市の花堺中学校に招かれて給食交流会を催すことになるが,待ち受けていたスパルタ教頭と甘利田は給食を介した激しい「教育論」を戦わすことになる……。
 オリジナル脚本で再出発となっただけあって,前3作を凌ぐ充実した内容で,市原隼人演じる「甘利田」は絶好調と言える「はしゃぎぶり」である。元々,多数の主演作・準主演作がある芸達者な俳優であるが,NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(25)での盲目の鳥山検校役と本作の甘利田との落差には,驚きを禁じ得なかった。ネタバレになるので詳しくは書けないが,本作の最後で甘利田が南の島へと転勤になることが明らかになる。次作は,北海道や東北とは打って変わった南方特有のグルメ三昧になることだろう。愉しみだ。

■『愚か者の身分』(10月24日公開)
 邦画が続く。原作は西尾潤作の同名小説で,文壇デビュー作であり,第2回大藪春彦新人賞を受賞している。舞台となるのは,「眠らない町」の新宿・歌舞伎町。ここには「愚か者」は多数いそうだが,この町を仕切る犯罪組織の末端として生きる3人の若者を描いている。主演は,出演作が目白押しの北村匠海。彼の子役時代の映画も何本か紹介しているが,青年期以降では『東京リベンジャーズ』シリーズの主人公のヤンキー青年,『金子差入店』(25年5月号)の常軌を逸した少女殺人犯役が印象に残っている。この2人を足して2で割れば,犯罪組織の下請け男など軽々と演じられそうに思えた。助演は彼の兄貴分に綾野剛,弟分に林裕太が配されている。綾野剛と歌舞伎町と言えば,すぐに大ブレイク作となった『新宿スワン』(15年6月号)の金髪男を思い出す。同作では伊勢谷友介の弟分であったが,10年経って兄貴分となると,裏社会でどんな役割を担うのかが愉しみであった。
 監督・脚本は,永田琴。この監督を紹介するのは初めてだが,女性監督が歌舞伎町の男社会を描くというのに少し驚いた。彼女の出世作は『渋谷区円山町』(06)であるので,ラブホテルひしめく円山町が舞台の映画を撮った経験があるなら,同様に猥雑な歌舞伎町も描けるはずだと,妙な理屈で納得した。脚本は,一家惨殺事件の『愚行録』(17年3月号),日本アカデミー賞受賞作『ある男』(22年11・12月号)の向井康介である。『ある男』の主人公は,戸籍上の人物とは別人にすり替わっていた。本作の「愚か者」たちも「戸籍売買」の闇ビジネスに関わっている。これは単なる偶然の一致かも知れないが,その点でも興味深く感じたのである。
 3人の内,まず登場するのはタクヤ(北村匠海)とマモル(林裕太)だった。2人はSNSでは女性を装い,身寄りのない男から個人情報を聞き出し,パパ活女子の希沙良(山下美月)に面談させて戸籍を売ることを承諾させる。戸籍を買うのは過去を消したい男で,彼らには偽の免許証を持たせて身分を隠す手口が描かれている。また,この犯罪組織には,網膜や腎臓を買いたいという中国人もやって来る。裏社会の生々しい描写であった。
 そんな世界に身を置きながらも,実の兄弟のように心を許し合うタクヤとマモルの関係は微笑ましかった。その一方で,タクヤはマモルに隠れて不思議な行動を取り始める。時を同じくして組織の幹部・ジョージ(田邊和也)が保管していた大金が消える一大事が起こり,巻き込まれたタクヤには驚くべき運命が待ちかまえていた。後半は,タクヤが自分に闇バイトの手ほどきをした兄貴分の梶谷(綾野剛)を頼ったことから,組織の追っ手が迫り,緊迫感溢れる2人の逃避行が中心となる。
 この映画には,上記の3人それぞれの視点から描かれるパートがあり,それが少しずつ重複していた。その重複部分で不思議であった出来事の謎が解けるという構成になっているので,観客はカタルシスを感じやすい。なるほど見事な脚本であり,惚れ惚れするようなストーリーテリング力である。たった3日間の出来事を描いた映画であるが,その10倍以上に感じた。回想シーンから彼らの過去や闇社会に入った経緯なども語られるので,現代の貧困社会を見事な筆致で捉えた映画だと感じた。

■『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』(10月24日公開)
 ここからは洋画が数本続く。まずは,36年前の『ローズ家の戦争』(89)のリメイク作である。原題は『The War of the Roses』で,米国人作家ウォーレン・アドラー作の同名のダークコメディの映画化作品である。旧作の邦題はそれを直訳していたが,今回は小洒落た副題が付された。激しく愛し合って結ばれた夫婦が,妻が自らのビジネスをもったことから,次第に険悪な関係になり,激しい夫婦喧嘩を繰り広げる展開は同じである。それでも「戦争」は言い過ぎだと言うなかれ。原作は中世イングランドの「薔薇戦争」もじった洒落であったから,邦題に「戦争」の2文字を残して欲しかった気もする。
 ベネディクト・カンバーバッチとオリヴィア・コールマンの2大俳優の競演(激突?)で,それぞれ建築家のテオと料理家のアイビーを演じる。映画はロンドン在住の2人がふとした出来事で愛し合い,アイビーの夢を叶えるため,テオは米国移住を提案する。10年後,2人は結婚してカリフォルニア州メンドシーノに住み,双子の子供たちを育てていた。テオは売れっ子建築家となり,豪華な海洋博物館の設計を依頼されていたが,アイビーは子育てのため,自らのレストランをもつという夢を諦めていた。愛するアイビーのためテオは海辺の家を購入し,アイビーは念願のシーフードレストラン「カニ・カニ・クラブ」を開業する。何もかも順調に見えた。
 ところが,記録的な嵐の到来が2人の運命を変えてしまった。海洋博物館の巨大な帆が崩れ落ち,道路を塞いだことから,テオの建築家としての名声は地に堕ちた。一方,道路封鎖で立ち往生した客がアイビーの店に詰めかけ,彼女の料理が一躍有名になる。「カニ・カニ・クラブ」は人気レストランチェーンとなり,NY出店も果たす。今度はアイビーが自暴自棄のテオを気遣い,彼がデザインした斬新な家の建築を提案し,3年かけて崖下に見事な新居が完成する。それでも次第に夫婦間の溝は深くなり,激しい罵り合いの応酬となる。離婚調停に際して,今度は豪華な自宅の所有権が火種となった…。
 英国の2大俳優の競演を聞いた時,なぜか不釣り合いに感じた。B・カンバーバッチも多数の代表作をもつ大スターであるのに,O・コールマンの方が格上に感じたのである。実年齢は女性側が2歳年長であるが,最近の出演作から,彼女の方が圧倒的に貫録十分に感じていたためのようだ。旧作のマイケル・ダグラスとキャスリーン・ターナーのコンビは,男優が10歳年上で,俳優としても格上だったからかも知れない。ところが,本作の冒頭で,不釣り合いの懸念は吹っ飛んだ。カンバーバッチはいつもの顔立ちだが,コールマンが驚くほど若くて可愛い。この時点では,女性側の地位が低いことを巧みに表現しているのだと理解した。同時に,女優はいかようにも化けられることに改めて感心した。
 監督は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(16年7月号)『スキャンダル』(20年1・2月号)のジェイ・ローチで,脚本が『女王陛下のお気に入り』(19年1・2月号)『哀れなるものたち』(24年1月号)のトニー・マクマナラというのも豪華版だ。大喧嘩の上に自宅の所有権が争点となる基本骨格は踏襲しているが,このリメイク作は舞台を米国西海岸に移した上に,人物名や職業を変更している。旧作は弁護士とケータリング事業の組み合わせだったが,それを建築家と料理家にしたのは成功だと思う。超豪華な新居が崖下に作られたのを見て,「崖っぷちの夫婦」の意味が理解でき,笑ってしまった。
 その反面,セリフに「下ネタ」が多いのが下品に感じた。罵詈雑言の応酬もかなり不快に感じる。米国映画なら,なぜもっと早い時点で離婚しなかったのかと不思議だった(それでは原作を改編し過ぎるからだろうが…)。それでも,自宅から見えるビーチの美しさ,食欲をそそるアイビーのシーフードサラダの美観,最新のAI機能を備えた新居の内装や調度類の絶妙さに息を飲んだ。それらを観るためだけに,映画館に足を運ぶ価値はある。加えて,旧作にはないラストの捻りが気に入った。

■『Mr. ノーバディ 2』(10月24日公開)
 紛らわしい題名の『Mr.ノボカイン』(25年6月号)があったので,その続編と勘違いされるかも知れない。さすがに4ヶ月後に続編ということはなく,本作は『Mr.ノーバディ』(21年Web専用#3)の4年ぶりの第2作である。いずれも原題に「Mr.」はつかず,『Novocaine』『Nobody』であり,ともに痛快な大アクション映画であった。「Mr.ノボカイン」が生まれつき全く痛みに感じない特異体質であるのに対して,「Mr.ノーバディ」ことハッチ・マンセルに超能力はなく,「何者でもない」普通の一市民である。表の顔は仕事でも家庭でも尊敬されない平凡な中年男だが,裏の顔は一流の殺し屋というから,言わばハリウッド版「必殺仕事人 中村主水」であった。
 続編の本作の時代設定も4年後だが,ハッチ(ボブ・オデンカーク)はその間に莫大な借金返済のために,かつての暗殺者に戻り,世界中の悪党を始末していた。前作でロシアンマフィアのユリアンを返り討ちにする際に,爆弾を仕掛けて,彼が金庫に保管していた3,000万ドルを燃やしてしまったので,それを肩代わりした組織から返金を求められていたのである。前作でハッチが3文字の政府機関の元職員であったことは明かされていたが,それがCIAなのかFBIなのか,それとも NSA(国家安全保障局),DIA(国防情報局),DEA(麻薬取締局),CBP(税関・国境警備局)なのかは不明なままである。
 彼は休日返上で昼夜を問わず任務を遂行していたため,妻ベッカ(コニー・ニールセン),息子ブレイディ,娘サミーは不満たらたらで,家庭崩壊の危機にあった。その機嫌取りに,バカンスでの家族旅行を計画する。ハッチの子供の頃の思い出が詰まったプラマーヴィルのウォーターパークを選んだが,そこは薬物と汚職まみれの警察組織を支配するギャング組織の密輸ルート拠点と化していた。地元の子供との些細な喧嘩から,遊園地経営者ワイアット・マーティン(ジョン・オーティス)の怒りを買い,ハッチは悪徳保安官エイブル(コリン・ハンクス)が差し向けた手下に命を狙われることになる……。
 前作に登場したハッチの父デヴィッド(クリストファー・ロイド)と異母兄弟のハリー(RZA)もこのバカンス旅行に同伴していたので,彼らの活躍の場もしっかり設けられていた。最も愉しみにしたのは,冷酷非道で狂気に満ちた巨悪組織の女帝レンディーナを『氷の微笑』(92)『硝子の塔』(93)のシャローン・ストーンが演じることであった。1990年代前半,見事な美貌と抜群のプロポーションで世界中の男性を虜にした彼女も,さすがに67歳となるとただの冷血な老婆役かと想像したのだが,今もしっかり美貌は維持していたのに驚いた。
 監督はロシア系のイリヤ・ナイシュラーからインドネシア人のティモ・ジャヤントに交替したが,脚本は『ジョン・ウィック』シリーズのデレク・コルスタッドが引き続き担当し,アーロン・ラビンが加わっている。前作に評価を与えたのは,『96時間』(09年8月号)『イコライザー』(14年11月号),『ザ・ファブル』(19年5・6月号)と同程度に主人公の意外性が痛快であったからである。2作目もエンタメ度は低くないのだが,既に「平凡な中年男」でないことは観客に知られているので,その分,痛快さは半減してしまう。それは他シリーズも同様だが,本シリーズも第3作を作るなら,もう一工夫欲しいところだ。

■『盤上の向日葵』(10月31日公開)
 今月のここから残りはすべて邦画である。この数年,秋から年内に邦画の意欲作が多数公開されるのが喜ばしい。今年は夏前に『国宝』(25年6月号)という超特大ヒットがあったので,興行的にはそれに負けるだろうが,秋からも力作が目白押しである。本作の原作は「孤狼の血」シリーズの作家・柚月裕子の同名小説で,題名が魅力的な上に,坂口健太郎と渡辺謙の初共演というだけで食指が動いた。「盤上」からは,碁なのか将棋なのか分からなかったが,鍵を握るのがこの世に7組しか現存しない希少な「将棋駒」というので,将棋だと特定できた。
 将棋の棋士が主人公の映画と言えば,当欄では実話ベースの『聖の青春』(16年11月号)『泣き虫しょったんの奇跡』(18年7・8月号)やフィクションの『3月のライオン 前編&後編』(17年4月号)を紹介しているが,いずれもプロ棋士の世界を描いていた。本作はプロの世界は僅かで,裏社会の賭け将棋の勝負が大半である。しかも主人公が殺人事件の容疑者となり,刑事2人が真相を追うヒューマンミステリーとなるのが異色だ。
 描かれる時代は昭和から平成にかけてであるが,映画の冒頭は1994年から始まる。そこから時代を遡って1980年や1974年等の回顧シーンが挿入され,過去と現代を往き来して物語が展開する。主人公の上条桂介(坂口健太郎)は長野県諏訪市の出身で,母の他界後,生活が荒んだ父・庸介(音尾琢真)の束縛の下で育った。小学校生の桂介に将棋を教えたのは元教師の唐沢光一郎(小日向文世)で,彼の天才的な才能を見抜いた。唐沢夫妻は桂介を父から引き離して身柄を預かり,希少な初代菊水月の駒を桂介に与え,将来プロ棋士となるよう諭す。
 成績優秀な桂介は東大に合格し,卒業後に外資系IT企業に就職するが,突然退社してプロ棋士を目指す。奨励会会員を経由せずプロ試験に合格した異例の天才棋士として注目を集めた。その間の学生時代に通った将棋道場でも無敵であったが,そこで出会った裏社会の最強の男・東明重慶(渡辺謙)の影響を受け,賭け将棋の世界に関わる。とりわけ「鉈割りの元治」なる東北一の真剣師・兼先(柄本明)と重慶との勝負は白眉であった。
 その一方で,埼玉県の山中から白骨死体が発見され,遺体に上に将棋の駒1枚が置かれていた。その駒の持ち主であった桂介が容疑者扱いを受ける。辣腕刑事の石破剛志(佐々木蔵之介)と元奨励会会員だが挫折した巡査・佐野直也(高杉真宙)が桂介の過去を調べ,白骨死体の身元を捜査する展開が,もう1つのテーマとなっていた。
 その他の助演陣では,小学生日本一となった天才棋士・壬生芳樹(尾上右近)のモデルは明らかに羽生善治だろう。映画オリジナルキャラクターは農園の娘で桂介の元婚約者・宮田奈津子で,土屋太鳳が演じていた。かつての『トリガール!』(17)『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(同12月号)の頃は,全くの演技下手で,女性としての魅力も感じなかった(余りの酷さに前者は掲載を見送った)。ところが,『哀愁しんでれら』(21年1・2月号)『鳩の撃退法』(同7・8月号)の頃からめきめき演技力が向上し,さらに最近はかなり美しくなったと感じる。
 本作の監督・脚本は,『心が叫びたがっているんだ。』(17年8月号)『隣人X -疑惑の彼女-』(23年12月号)の熊澤尚人である。見応え十分の力作で,主演の2人を初め,豪華助演陣の演技力を見事に引き出していたが,いささか演出過剰に感じた。桂介の経歴が波瀾万丈の上に,迫力満点の盤上対決を123分に詰め込んであったため,観終わって疲れを感じてしまった。

■『爆弾』(10月31日公開)
 本作も試写を観る前から,かなり期待値が高い映画であった。原作は呉勝浩の同名ベストセラー小説で,2023年の「このミステリーがすごい!」と「ミステリが読みたい!」のランキング1位となる2冠を達成していたからである。この作家の長編デビュー作「道徳の時間」(15)は江戸川乱歩賞,「スワン」(19)は日本推理作家協会賞と吉川英治文学新人賞をW受賞しているので,本格ミステリーとしての基本骨格がしっかりしていることが期待できた。
 酔った勢いで自販機と店員に暴行を働いた中年男が,野方警察署に連行された。この男(佐藤二朗)は取調室で「スズキタゴサク」と名乗り,これが本名で,名前以外の記憶をすべてなくしたと嘯く。口調も表情もとぼけていて,「霊感だけは自信がある。10時ぴったりに秋葉原で何かが起こる」と呟いた。野方署の刑事・等々力(染谷将太)と伊勢(寛一郎)は酔っ払いの戯れ言と取り合わなかったが,男の予告通りの爆発が起こった。続いて,タゴサクは「ここから3回,次は1時間後に爆発」と言い放つ。すると11時に東京ドームで爆発が起こり,野方署内は大混乱となる。タゴサクの取り調べは,警視庁捜査一課・強行犯捜査係の清宮刑事(渡部篤郎)とその部下の類家刑事(山田裕貴)に交替した。清宮は犯人を追い込むことに長けたベテラン刑事であり,類家は頭脳明晰で鋭い推理力をもつ若手であった。ここから彼らとタゴサクの前代未聞の心理戦,頭脳戦が始まる……。
 のらりくらりと人を喰ったような態度で,タゴサクは刑事たちに全9問のクイズを出し始める。その回答の中からの類家が必死で次なる爆発場所を推理するという構図である。圧倒的に多くの時間が野方署取調室内で費やされるので,その意味では1シチュエーションドラマの変形であるが,時々入る爆発シーンが良いアクセントになっていた。爆弾の設置場所を探して,沼袋交番勤務の矢吹巡査長(坂東龍汰)と倖田巡査(伊藤沙莉)のコンビが東京中を駆け巡る様も息が合っていた。
 中盤過ぎまでは,個性派俳優・佐藤二朗の怪演が最大の見どころであった。ところが,タゴサクに翻弄されて清宮が匙を投げ,取調役が類家刑事に交替して以降が本作の見せ場である。丸メガネでモジャモジャ頭の類家の風貌は名探偵の資質十分で,金田一耕助を彷彿とさせる。また,発言の矛盾をついてタゴサクを追い込む様は交渉人・真下正義以上の交渉術であった。主演作が相次いだだけあって,山田裕貴の演技力向上が目立っていた。
 本作の監督は,『ジャッジ!』(14)『帝一の國』(17) の永井聡。CM畑出身で,当欄で紹介するのは初めてだが,原作の基本骨格を踏襲しつつ,映画としてのストーリーテリングが見事だと感じた。原作本を読む余裕がなかったが,ほぼ絶対的に映画の方が優れていると思われる。類家とタゴサクの絶妙の会話バトルは小説の文字列では味わえないし,CG/VFXを駆使した爆発シーンのリアリティも小説では表現できまい。本作を観た観客は,駅構内の自販機でペットボトルを買う気になれないだろう。
 さて,スズキタゴサクはすべての爆発物を事前に設置した単独犯なのか,それとも本格ミステリーであるなら,最後にあっと驚く謎解きで,別の真犯人が暴露されるのであろうか。公式サイトには,加藤雅也,夏川結衣,片岡千之助らの名前があるので,彼らがどんな役柄で登場するのかも気になるところだ。勿論,結末は観てのお愉しみだが,学生時代から古今東西の本格派の名作は読み尽くして,ほぼ卒業したと自認する筆者からすれば,まあこんなものかと思う種明かしであった。

(以下,10月後半の公開作品を順次追加します。

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