O plus E VFX映画時評 2025年5月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(5月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『金子差入店』(5月16日公開)
 この論評(旧短評)欄を2つに分けたのは,毎月10数本もあると探しにくい,読むのにも疲れるとの苦情があったからだ。金曜日が月4回の場合は分けやすいが,今月のように5回もあると,どこで切り分けるかに迷う。16日は丁度真ん中であり,しかも該当映画が6本もあったので,それを2分割することにした。
 まずは,後半のトップバッターに相応しい邦画の力作からである。ただし,主演の丸山隆平は全く知らない俳優だし,監督・脚本の古川豪はこれが監督デビュー作だという。それでいて,助演陣が,真木よう子,寺尾聡,名取裕子,岸谷五朗,北村匠海というのに驚いた。配給元のショウゲートは博報堂がバックとはいえ,新人監督がここまでの豪華助演陣を揃えるとは,よほど大きなスポンサの企業宣伝を兼ねた映画なのかと疑った。
 題名の「差入店」というのが,さっぱり分からない。大手自動車産業,鉄鋼,電機とは無縁のようだし,携帯電話会社,都市銀行,大手商社とも関係なさそうだ。刑務所や拘置所に収容された受刑者,被疑者への差入品の販売小売店であり,時にはその物品手渡しと面接代行もする職業とのことだ。親族に収監者はいなかったので,そんな職業があることを知らなかった。厳しい審査や検閲があり,差入れ可能な物品は限られるので,規則を熟知した業者が存在するようだ。かつて偶然観た『おくりびと』(08年9月号)の納棺師に感動してをつけたが,その後,モントリオール国際映画祭を経て,アカデミー外国語映画賞受賞までするとは思いもよらなかった。本作はそこまで到達せずとも,同じような良作を期待して試写を観た。予想通り,大力作であった。
 主人公の金子真司は,伯父(寺尾聡)の後を継いで,東京拘置所の近くで妻・美和子(真木よう子)と「差入屋」を営んでいた。かつて起こした事件で4年間服役した前科があったが,出所後はすっかり改心して,何よりも息子・和真(三浦綺羅)を大切にしていた。ところがある日,長男の幼馴染みの少女・花梨が殺害される凄惨な事件が起こる。その犯人の母親(根岸季衣)から差入代行と手紙代読を依頼され,真司は差入屋としての仕事を全うしようとするが,犯人の小島高史(北村匠海)から少女殺害の動機を聞き出したい衝動にかられる。
 その一方,拘置所である女子高生・二ノ宮佐知(川口真奈) の存在を知る。自分の母親を殺した犯人・横川哲(岸谷五朗)の面会を求めて毎日のように拘置所に来ていたが,横川から面会を拒絶されていた。この2つの事件の謎と向き合う中で,真司の心が揺れ動く。家族の絆が試される中で,真司は思い切った行動に出る……。
 古川豪監督は,約20年間,フリーの助監督として様々な映画に帯同して際に知り合った俳優を起用したようだ。この監督もまた『おくりびと』で納棺師という職業があったことに感銘を受けていて,実際の「差入店」を見たことから,これを映画にする脚本を書き始めたという。本作は犯罪者が絡むゆえ,『おくりびと』に比べると,荒々しい態度の人物やセリフも飛び交う。それでも,「差し入れるのは,小さな希望」というコピー文句には痺れた。
 金子真司役の丸山隆平は,冒頭の服役中の態度と出所後に差入店を営む姿が同一人物に見えなかった。クライマックスの名演技にも感心した。こんな達者な役者がいたとは知らなかった。元から俳優ではなく,アイドルグループ「SUPRE EIGHT」のベーシストだそうだ。そんなバンドは知らなかったが,昨年2月までは「関ジャニ∞」だったという。何のことはない,Part 1の『裏社員。-スパイやらせてもろてます-』の「ジャニーズWEST」⇒「WEST.」と同じ構図で,元ジャニーズ事務所のグループが次々と名前を変えているのだ。世間を騒がした問題事務所であったが,本木雅弘,東山紀之,稲垣吾郎,岡田准一等,日本映画界を支える立派な男優を輩出していることには感心する。丸山隆平は本作でのブレイクは確実で,今後どんな役を演じるのかが楽しみだ。
 旧知の俳優とはいえ,古川監督の思い切ったキャスティングと演出も印象的だった。真司の実母・容子は若い男に入れ揚げるだけの救いがたい女性だが,それを名取裕子に演じさせるとは驚いた。無差別殺人犯・小島は,殆ど口を利かず,不愉快な表情だけの難役だが,そんな男を演じる北村匠海は,『東京リベンジャーズ』シリーズの主人公・タケミチを演じた俳優には見えなかった。
 演技力という点で最も感心したのは,母を殺された少女・佐知を演じた川口真奈である。オーディションで選んだ17歳の少女で,これが映画初出演というのが信じられない存在感である。彼女にこの演技をさせた監督の演出力もさすがで,いずれきっとこの監督は彼女を主役にした映画を撮ると予想しておこう。

■『かくかくしかじか』(5月16日公開)
 2本目も邦画で,主演が永野芽郁+大泉洋というので,すぐに飛びついた。この2人の名前以外,何の予備知識もなく試写を観てしまったのは,WB配給の邦画なら大きな外れはないと思ったからだ。まさにその通りで,大泉洋の個性丸出しの物語で,それを正面から受け止める永野芽郁の演技力も上がったなと感じる映画であった。こんな破天荒な人物が登場するのは,普通ならフィクションなのだが,本作は実話ベースであり,ほぼ丸ごと自伝映画そのものだとすぐに分かった。以下,観たままの印象から始め,後追いで知った事実と感想を述べる。
 映画は2015年から始まる。スタッフの女性に促され,主人公は慌てて和服姿に着替え,自らの表彰式に駆けつける。壇上で日高先生の思い出を尋ねられ,少し考え込むところで,物語は彼女が女子高生であった1990年代の宮崎県に移る。主人公の林明子(永野芽郁)は物心ついた頃から有名漫画家になることが人生の目標だった。高校では美術部に所属し,指導教員や他の部員からも絶賛される腕前だった。箔をつけるため芸大/美大に進学し,在学中に漫画家になる計画だったが,芸大受験は簡単でないと分かり,級友が通うに日高絵画教室に通うことにした。日高健三(大泉洋)が主宰する私塾だったが,毎日竹刀を振り回し,熟生に「描け!描け!」と迫るスパルタ教師であった。自信があったデッサン力の鼻をへし折られて明子が落ち込む様子,第1志望の芸大に落ちて,第2志望の金沢の美大で過ごす4年間,宮崎に戻って日高の助手として絵画教室の後輩を指導する日々が克明に描かれる。そして,目標通り,人気少女漫画家になった明子は,アシスタントに勧められ,日高と過ごした9年間を自らの自伝漫画として描く決心をする……。
 原作は,東村アキ子の同名漫画で,第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞の受賞作である。映画冒頭は,この大賞の表彰式であった。少女漫画は読まないので,この漫画家の名前も知らなかったが,10年前の『海月姫』(15年1月号)の原作も彼女の漫画だったようだ。原作漫画全5巻(34話)を少し圧縮して,素直に映画化している。出身地,高校,大学,出版社名は実名であり,先生と友人名を若干変えてあるだけで,ほぼ実話である。「自伝的作品」ではなく,「ほぼ完璧な自伝漫画の映画化」というのが正しい。受賞時は既にバツイチで女児がいたが,それは映画では省略されていた。
 監督は,MV分野で実績のある関和亮で,永野芽郁とは『地獄の花園』(21年5・6月号)以来,2度目のタッグである。原作者・東村アキ子自身が脚本を担当し,製作にも関与し,大泉洋は彼女の指名である。実物よりはマイルドに描いたというので,実際の日高先生はどれほどの奇人であったのかと仰天した。助演陣の描き方では,明子の過保護の両親の描き方が笑いを誘う。とりわけ父親役の大森南朋が意外な役柄で,好い味を出していた。
 いつものように,原作漫画の各巻の試し読みをしたが、日高先生はさほど個性的なルックスではなく,大泉洋よりも若々しく描かれていた。思い出の中で美化されているのか,彼に捧げる漫画ゆえに遺族への気配りだったのだろうか。意外だったのは,美大の油絵科出身で,デッサン力も抜群だったはずが,当の漫画の絵は平均レベルで,むしろ下手糞だと感じた。
 本作の最初の評価はであったが,本稿を書くにあたり,半分格上げした。最近の永野芽郁に関する報道を理不尽と思うゆえに,彼女に関する応援である。当欄で,かつて演技を酷評したのに,最近の成長が著しいと感じるのは、男優では横浜流星,女優では永野芽郁である。以前はつっぱりタイプの女性が似合ったが,本作のぐうたら高校生のお調子者を見事に演じていた。新境地を開拓したと言える。
 それが,最近のSNSでのバッシング,CMの自粛,番組からの降板騒動は呆れる。週刊誌報道通りの不倫が事実で,略奪婚に進展したとしても,それが一体なんだというのか。一般人でも多々あるのに,芸能人の不倫の何が問題なのか,全く理解できない。演技や映画そのものの出来映えには関係ない。それじゃ,かつての沢田研二&田中裕子はどうなる? 市村政親&篠原涼子もしかりで,今井美樹,小泉今日子,宮﨑あおい等々も,ここまでの仕打ちは受けていない。という訳で,逆境をものともせず,この映画がヒットすることを望んで止まない。

■『タイヨウのウタ』(5月16日公開)
 3本目も邦画と思われるかも知れないが,これは韓国映画のラブストーリーである。正確に言えば,2006年に公開された邦画の韓国リメイク版である。そう言うと,TVドラマのはずだと言われる方も少なくないと思う。少し複雑な過程をたどったメディアミックスの人気作であり,この機会に見比べようという往時のファンもあるかと思うので,紛らわしい題名表記も含めて整理しておこう。
 元は香港映画の『つきせぬ想い』(93)で,そのリメイク映画が松竹配給の『タイヨウのうた』(06)であった。当時,難病ものの恋愛劇が流行であったが,香港版がよくある骨肉腫であったのに対し,邦画は女性主人公がXP(色素性乾皮症)という遺伝子疾患のため,夜しか行動できないという改編がなされていた。主演はYUIと塚本高史であった。映画公開が6月であったのに,すぐ翌月から同名のTVドラマ(全10話)が,山田孝之,沢尻エリカのW主演で放映されている。TVドラマの映画化が普通のパターンだが,意図的に逆順で公開/放映されたのは,TBS系列の金曜ドラマの戦略で,同じパターンの恋愛3部作が3年連続で夏期に放映されていた。
 その後,2010年に韓国でミュージカル化され,2015年にベトナムがTVドラマをリメイクした。2018年には,ハリウッドリメイク版映画『ミッドナイト・サン 〜タイヨウのうた〜』(18)が製作され,日本でも公開された。さらに同年秋に,国内で舞台劇化された『タイヨウのうた〜Midnight Sun〜』が上演されている。題名から分かるように,既に香港映画とは無縁で,その後のリメイク作はすべて松竹映画を起点としている。難病XPで夜しか行動できない主人公という設定が秀逸であったためと考えられる。当欄で紹介したか,筆者がいつ観たかは後述するので,先に「ウタ」がカタカナ表記になった肝心の韓国映画について紹介する。
 難病XPで太陽光を浴びられないミソル(チョン・ジソ)は紫外線カットした窓から見える果実売りの青年ミンジュン(チャ・ハギョン)に恋心を抱いた。ある夜,いつもは昼間しか来ない彼のキッチンカーが夜間販売しているのを見つけ,すぐに後を追う。ミソルは彼に夜に来るよう求め,常連客となり,2人の仲は急接近する。彼はまだ人気の出ない大部屋俳優だった。ミソルは自らをシンガーソングライターだと偽って歌を聞かせたところ,ミンジュンが絶賛して弾き語り映像をSNS配信する。嘘から出た実で,ミソルは一躍人気者となった。難病で同情されるのを嫌って顔出ししなかったが,やがてSNS上で身元がバレて,一気に炎上してしまう……。
 他国映画のリメイク得意,難病もの大好きの韓国映画ゆえに,XP罹患者の女性主人公の純愛と結末は守りつつも,しっかり現代風にアレンジしてあった。SNSでの人気沸騰や炎上は,いかにも現代風だ。国内版の雨音薫は毎夜公園でストリートライブしている少女で,恋のお相手・藤代孝治もミュージシャンであったから,意図的の少し変えている。旧作を知るファンにはその種の違いを見つける愉しみがあり,本作が初めて観客もしっかり感情移入できる出来映えである。何より嬉しいのは,ミソル役の主演が,『パラサイト 半地下の家族』(19年Web専用#6)のチョン・ジソであったことだ。裕福なパク家の受験勉強中の娘役だった少女で,当時も可愛かったが,6年経ってさらに美しくなっている。間違いなく,日本人好みの可憐な美女である。
 さて,余談だが,当欄では2006年版の旧作映画は紹介していなかった。既にVFX多用作以外の短評掲載は始めていたが,同じ松竹作品で,前々週公開の是枝裕和監督の時代劇『花よりもなほ』(06年6月号)と前週公開の豊川悦司&寺島しのぶ主演の『やわらかい生活』(06年7月号)を優先し,難病ラブストーリーにまでは手が回らなかったようだ。
 筆者が観たのはTVドラマ版で,10週の内,数回眺めたと記憶している。『パッチギ!』(05)でブレイクした美少女・沢尻エリカ(当時20歳)を観たかったからである。「別に」騒動でバッシングされ,お騒がせ女優扱いされるのは,翌年のことだ。W主演の山田孝之は,同じく前年の『電車男』(05)で注目を集めていた。まだむさ苦しい髭面ではなく,爽やかな美青年であった。
 今回改めてその出演者一覧を見て驚いた。映画版よりもTVドラマ版の方が,その後,名をなす俳優たちが多数起用されている。ピアニストの松下奈緒,長身俳優の要潤,小柄で演技派の濱田岳,上記の永野芽郁とお騒がせ中の田中圭に加えて,まだ市川海老蔵(当時)と結婚前の小林麻美が本業のアナウンサー役で出演している。前々年の『世界の中心で,愛をさけぶ』(04年夏期)や前年の『いま,会いにゆきます』(05年夏期)も,映画→TVドラマの順で公開/放映されたが,この頃がTBSドラマの最盛期であったという気がする。

■『サスカッチ・サンセット』(5月23日公開)
 ユニークな映画だ。これまでに観たことがない異色作で,とにかくユニークだ。どういう紹介にするか,どんな映画好きの読者に勧めるかに迷った。感動映画,恐怖映画,娯楽映画,社会派映画,実録映画等の範疇には属さない。一風変わっているが,一見の価値がある映画を好む観客に適している。ただし,予備知識なしで観ると当惑するに違いないので,事前に予告編を見て,公式サイトの「Director’s Statement」を読んでおくことを勧める。
 UMAの1種「サスカッチ」と聞いても知っている人はまずいないだろう。「UMA(ユーマ)」は,「謎の未確認動物」を意味する「Unidentified Mysterious Animal」の頭文字からとった日本人の造語で,おそらくUFO (Unidentified Flying Object; 未確認飛行物体)をもじったのだろう。ネス湖の「ネッシー」,フランスの「ジェヴォーダンの獣」,ヒマラヤの「イエティ(雪男)」の類いで,本作の対象は米国で目撃された(?)身長2〜3mの獣人で,その大きな足跡から「ビッグフット」と呼ばれている。子供の頃にこのUMAに魅せられた兄弟監督のデヴィッド&ゼルナー・ネイサンが心血を注ぎ,長い年月をかけて製作した労作である。本作では,先住民が使っていたという「サスカッチ」なる名称で通している。
 北米の鬱蒼とした森に生きるサスカッチの1年間をドキュメンタリー風に描き,春・夏・秋・冬の4部構成である。リーダーのアルファオス(弟監督のネイサン),つがいのメス(ライリー・キーオ)とその子供のジュニア(クリストフ・ゼイジャック=デネグ),もう1頭別のオス(ジェシー・アイゼンバーグ)の計4頭が登場する。寝床を作り,食料を探し,仲間を探す旅を続けている。叫び声や音を立てるが,言葉はないので,映画としてのセリフは一切ない。本能のままに交尾し,放尿・放屁・排便する。これぞ野性だ。<春>でアルファがピューマに食い殺され,<夏>では川で丸太の下敷きになったオスも死亡する。後半の<秋>では,残されたメスとジュニアに加え,アルファの子を宿していたメスが出産して,ベイビーが生まれる。野性の彼らだけの世界を描いているのだと思いきや,人間のテントやラジカセを見つけたり,田舎町にある博物館に辿り着いたりと,観客は彼らが人間社会と隣接して生きていたことを知る……。
 ナレーションも字幕もないので,何が起こっているのか,目を凝らして眺め,意図を想像するしかないが,慣れてくると,次第に愛らしく感じる。4人の俳優は,本人の全身の体型に合わせて作った着ぐるみに入り,毎日2時間かけてメイクし,1日12時間も森の中で撮影に臨んだというから,尋常ではない。ベイビーは人形かCGだ。カメ,ヘビ,鹿,スカンク,アライグマ,ハリネズミ,カラス等々の動物が登場するが,本物かCGか識別できない。さすがにピューマはCGだろう。ちなみに,素顔を見せず,セリフもないが,最も出番の多いメス役のR・キーオはエルヴィス・プレスリーの孫である。

■『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(5月23日公開)
 2年前に公開された『岸田露伴 ルーヴルへ行く』(23)は,ルーヴル博物館の絵画にまつわるサスペンス・ホラーだというので興味をもったが,残念ながら試写を観る機会がなかった(その後,Amazon Primeで観た)。それで本作は見逃さないように待ち受けた。実写映画化の第2弾というので,てっきり『…ルーヴルへ行く』の続編だと思ったのだが,シリーズの原点の映画化だという。少し長くなるが,その由来から整理しておこう。
 原作は約40年の歴史,単行本は累計1億2千万部を誇る荒木飛呂彦作画の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズのスピンオフ作品だという。後に短編シリーズとなる「岸田露伴は動かない」の第1作が,1997年に発表された読み切り短編「懺悔室」であった。主人公の名前は「幸田露伴」から拝借したというので,小説家を想像するが,岸辺露伴は特殊能力をもつ20歳の人気漫画家という設定である。「岸田露伴は動かない」シリーズはOVAとしてアニメ化された後,NHKが実写TVドラマ化して4期全9話を放映した。そのキャスト&スタッフが『…ルーヴルへ行く』にも続投し,さらにTVシリーズで使わなかった「懺悔室」を劇場映画化したのが本作である。さすがに岸辺露伴役の主演・高橋一生は20歳ではなく,もう少し年長の設定となっている。
 漫画家・岸辺露伴は取材で訪れたイタリアのヴェネツィアで,ある教会の懺悔室に入ったところ,仮面を被った男・田宮(井浦新)の懺悔を聴くことになってしまう。それは,かつて誤って浮浪者(戸次繁幸)を殺したことから,「幸せの絶頂期に絶望を味わう」という呪いがかけられたという奇妙な告白だった。この呪いから逃れるため,彼は慎重に生きてきたが,ある日無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間,死んだ筈の浮浪者が現れる。この亡霊が課した試練に失敗した男の辿った複雑な運命に露伴は巻き込まれ,やがて自分にも呪いがかかっていることに気付く……。
 原作はわずか49ページの短編ゆえ,物語はかなり拡張されていた。レギュラーの露伴担当編集者・泉京香役の飯豊まりえの他に,助演として玉城ティナ,大東駿介らが起用されている。「ジョジョの…」シリーズの登場人物には架空の超能力が備わっていて,「スタンド」と呼ばれる可視化された像が持ち主の傍に出現するのが大きなセールスポイントである。岸田露伴のスタンド名は「ヘブンズ・ドアー」で,相手の記憶や秘密を本の形にして読み,自らが書き込んだ指示を相手に実行させる超能力である。原点コミック「懺悔室」にはこのスタンドがなかったのだが,この映画版ではしっかり登場するので,これまでのファンを喜ばせることだろう。
 本作のもっと大きなセールスポイントは,邦画史上初の全編ヴェネツィア撮影であり,観光映画の楽しみもあることだ。終盤の結婚式の収め方も,ミステリーとして上々の出来映えだった。原作漫画も不定期で発表されているので,映画版も3作目以降が作られて,本格シリーズ化される可能性が大である。楽しみだ。

■『マリリン・モンロー 私の愛しかた』(5月30日公開)
 題名通り,マリリン・モンロー(以下,MMと略す)の生涯を描いた伝記ドキュメンタリーで,「生誕99周年記念」と付されている。MMを題材とした伝記本や評論書は100冊以上あり,伝記映画は劇映画,ドキュメンタリー併せて10指に余るはずである。彼女の突然死に関する新事実が出て来た訳でもないのに,またドキュメンタリーかと思ったのだが,これまでに観た中で最も優れたMM伝記映画であった。なぜそう感じるか,何が優れているかは,人ぞれぞれのMM体験,その存在を知り,評判を耳にしてからの年数によると思う。そう聞くと,この機会に本作を観て,関連映画も観ようという読者もおられると思うので,団塊の世代である筆者の体験,当映画評の視点から,本作の価値を述べる。
 MMは,長年「セックスシンボル」との扱いを受けてきた。それが最近は,時代を先取りした自己プロデュースの達人として再評価されつつある。1950年代の米国文化の象徴として,フランク・シナトラ,エルヴィス・プレスリーと並んで,映画中で語られることもしばしばだ(例,『ブレードランナー 2049』(17年11月号)。知れば知るほど,魅力的で可愛い女性に見える。若い頃にもった印象と全く違う。高齢者ほどそう感じるはずだ。
 筆者の場合,MMの代表作は公開時に映画館で観ていない。彼女の死は1962年で中学3年生の時である。既に洋画は何本も観ていたが,MMやBB(ブリジット・バルドー)の映画を観るのは不謹慎との印象があり,ジョン・ウェインやチャールトン・ヘストンの主演作を観ていた。MMの映画を観たのは大学生以降であり,大半は3本立ての名画座かTV上映だった。『ナイヤガラ』(53)『紳士は金髪がお好き』(同)『百万長者と結婚する方法』(同)『帰らざる河』(54)『七年目の浮気』(55)『お熱いのがお好き』(59)は間違いなく観た覚えがある。裸体は登場せず,どこが「セックスシンボル」なのかと思った。
 当欄で取り上げたのは3本だ。『マリリン 7日間の恋』(12年4月号)は劇映画で,アカデミー賞ノミネート作だが,たった1週間の出来事なので伝記映画とは言い難い。『ブロンド』(23年1月号)は誇張だらけで,実話と認定できない駄作だった。『知られざるマリリン・モンロー:残されたテープ』(22)はもっと劣悪で,紹介すらしなかった。『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』(13年10月号)は,真っ当なドキュメンタリーだが,全面的に本作の方が優れている。という訳で,本作だけ観れば十分なのである。それなら,上記のような彼女の代表作を観た方が良い。映画としては古いが,MMは輝いている。
 監督は米国LA出身で,パリ在住のイアン・エアーズ。ドキュメンタリー50本以上の強者だが,ある時期からMMの虜になり,12年間調査して,本作を作り上げたという。弟との絆,孤児院や里親に預けられた幼少期の記録,初婚の経緯が克明に語られる。母親にかなり愛されていたこと,子供の頃から女優になることを夢見ていたのは初耳で,新鮮に感じた。夢を実現する過程の描写が生々しい。故人も含めた関係者のインタビューからは,ノーマ・ジーン(本名)が必死でMMを演じていたことが分かる。不慮の死の原因には諸説があるが,本作は他殺説(致死量の睡眠薬投与)を展開している。何もかも暴露すると言ったMMの口封じのため,CIAが電話を盗聴し,マフィアを使った謀殺を企てたという。

■『秋が来るとき』(5月30日公開)
 フランス映画で,監督・脚本は名匠フランソワ・オゾンだ。彼の映画はこの数年かなり取り上げているはずで,数えてみたら,『しあわせの雨傘』(11年1月号)『婚約者の友人』(17年11月号)『2重螺旋の恋人』(18年7・8月号)『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(20年7・8月号)『Summer of 85』(21年7・8月号)『すべてうまくいきますように』(23年2月号)『私がやりました』(同11月号)の7本もあった。こんなに多いと気がつかなかったのは,1作毎にテーマも作風も変えているからだ。美少年の同性愛もあれば,聖職者の児童への性虐待や尊厳死を取り上げ,サイコホラーやクライムサスペンスも守備範囲にしている。邦題がコメディ調になったり,すべて英文字になるのも,この多様性のせいだろう。それでも,女性の描き方が巧みと感じるのは,『8人の女たち』(02)の印象が強いからかも知れない。
 本作は,久々に美しい題名だ。英題の『When Fall Is Coming』の直訳に過ぎないのだが,パリのセーヌ川の辺りで,枯れ葉が舞い落ち,イヴ・モンタンかシャルル・アズナブールの歌声が聞こえてくる光景が目に浮かんだ。実際の映画の舞台は,自然豊かなブルゴーニュ地方だった。主人公はこの地で独り暮らしの穏やかな晩年を過ごす80歳の老女ミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)で,家庭菜園で野菜作りを楽しんでいる。娘のヴァレリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が休暇で孫のルカを連れて里帰りするというので,親友のマリー=クロード(ジョシアン・バラスコ)と森を歩き,キノコ狩りをした。それで作った昼食を振る舞ったところ,毒キノコだったらしく,ヴァレリーは中毒して発作を起こし,救急搬送される。命に別状はなかったが,激怒したヴァレリーはルカを連れてパリに帰ってしまう。元々,娘は母親を毛嫌いしていたが,爾来一切の接触を断ち,電話にも出ない。
 そんな折,服役していたマリー=クロードの息子ヴァンサン(ピエール・ロタン)が出所して来たが,職がなく,ミシェルの家で労務者として働く。孫にも会わせてもらえないミシェルに同情したヴァンサンは,パリのヴァレリーを訪れるが口論になり,身投げしたいと言って席を立ったヴァレリーがテラスから転落死してしまう。これは自殺か,事故死か,それとも……。  母の死で祖母に引き取られたルカは,ヴァンサンとも心を通わせ,彼らの間にも絆が生まれる。静かな田園風景は頗る美しく,それに相応しい音楽が使われていた。その一方で,ミシェルの前に娘ヴァレリーの亡霊が何度も現われる。ミシェルとマリー=クロードの過去も明らかになり,一気にミステリアスな展開になる。題名中の「秋」は,人生の秋から冬に向かう老女たちを指していると思ったのだが,それから何度目かの秋に,この映画の結末が待ち受けていることも暗示していた。多様な作品を手掛けてきた監督ならではの絶妙の演出だった。この物語のエンディングはパリではなく,美しい音楽を伴ったブルゴーニュの森でなくてはならない。

■『BADBOYS -THE MOVIE-』(5月30日公開)
 少し掲載が遅れたが,もう2本紹介しておこう。どこにでもある題名で,全部英文字だったので,洋画かと思ったが,邦画の不良青年映画だった。原作は最近の人気ヤンキー漫画で,アニメを経て映画化の標準パターンを想像したのだが,過去にかなり実績のある原作だった。田中宏作画の同名不良漫画で,1988年から96年まで「ヤングキング」にて連載され,単行本の累計発行部数は5,500万部だという。35年以上前の連載となると,漫画界では古典の範疇である。OVAでのアニメ化の後,実写映像作品としては,全12話(日本テレビ)のTVドラマ化され,2011年と2013年の2度,劇場映画化されているから,古典に相応しい堂々たる実績だ。
 それを最近絶好調の東映が3度目の映画化をしたとなると見逃す訳には行かない。舞台は東京ではなく,広島だというので,「暴走族版 仁義なき戦い」を期待してしまう。となると,少し構えて,かつての東映の仁侠映画を意識し,最近のヤンキー映画の金字塔『東京リベンジャーズ』シリーズと比べながら観ることにした。
 主人公は,裕福な家庭に生まれた桐木司(豆原一成)で,子供時代の危機を助けてくれた伝説の不良・村越(大柳翔)に憧れ,彼の唯一無二の単車との再会を夢見ていた。過保護の両親から独立するため,家出をして,不良になる決意をする。最大勢力の「陴威窠斗(BEAST)」に志願したが一蹴され,逃げる途中に川中陽二(池﨑理人)の車を傷つけてしまう。その縁から,陽二のたまり場に出入りするようになり,中村寿男(山中柔太朗),岩見エイジ(井上想良)らとつるむことになる。
 ある日,弱小チーム「極楽蝶」の7代目総長・トシから,「廣島 Night's(ナイツ)」との抗争のため加わってほしいと乞われて,4人組は合流する。極楽鳥とナイツとの小競り合いや本格的なバトルを経験する中で,司は頭角を表わし,仲間の信頼も勝ち得て,極楽蝶の8代目総長の座を得る。そして遂に因縁のBEASTとの戦うことになり,極楽鳥とナイツの連合がBEASTの拠点に乗り込む。最後は,司とBEASTの総長・団野秀典(兵頭功海)のタイマンの決着となる。お坊っちゃん上がりの司は喧嘩では敵なしという団野に勝てるのか…。
 良家の息子が意図的に不良を志すという設定が意外な上に,若い女性・久美(井頭愛海)とのロマンスも展開するので,これが硬派の不良映画かと心配した。長い連載のごく一部であるが,原作の骨格が優れているせいか,暴走族間の勢力争いや抗争の描き方は一定レベルに達していた。それでも,東映映画としては物足りなさを感じた。司と陽二の関係に,高倉健と鶴田浩二の格調の高さまでは求めないが,全体的に若手俳優の演技が拙過ぎる。出演者で名前を知っていたのは青柳翔だけだった。豆原一成は初主演,池﨑理人は映画初出演というから,無理はない。所属する男性アイドルグループ「JO1」「INI」の宣伝を兼ねての映画出演なのかと思われる。『東京リベンジャーズ』の成功は,名のある男優揃いで,演技力が段違いだったからだと再認識した。それでも,これが演技初体験という陽二役の池﨑理人は抜群に格好良かった。きちんと売り出して大化けするなら,彼だと思う。

■『劇場版 それでも俺は,妻としたい』(5月30日公開)
 一瞬ドキッとして,たじろいだ題名だった。試写案内が届くからには,まさかアダルト映画ではなく,堂々と映画館で観て恥ずかしくない映画のはずだと思ったが,それでも当欄での紹介対象にするかは少し迷った。「劇場版」とあるからには,先にTVドラマがあったに違いない。まさにその通りだった。同名の原作小説があり,それを全12話のTVドラマ化して,今年の1月から3月にテレビ大阪の「真夜中ドラマ」枠で放映されたものを,原作者兼監督が再編集し,劇場版にしたのが本作だという。そりゃそうだろう。まさかゴールデンタイムにこの題名で放映するはずはない。そこで,試写を観る前に内容を予想してみた。
 深夜枠とはいえ,放送コードに触れるような男女の激しい情交シーンはなく,TVドラマなら映画ほど裸体の露出はないはずだ。題名からして,きっとコメディだ。テレビ東京系で全国に放映されていたとはいえ,大阪がキー局なら,関西人にウケるブラックユーモア満載だろう。紆余曲折があった上で,結局は心温まる夫婦愛の物語に違いない。浮気三昧の放蕩男が,最後は平身低頭,正妻の前で手をついて謝罪するシーンが目に浮かんだ。結論を先に言えば,この最後の「浮気三昧」だけは全く違っていた。
 気になったのは,原作者=監督だというので,全くのフィクションか,誰かモデルがいたのかであった。何と,原作は私小説で,自ら監督・脚本を担当し,自宅で全シーンを撮影し,劇中で登場する主な仰天エピソードは(ほぼ)実話だという。そこまでさらけ出すとは,まだ駆け出しの若手監督かと思ったら,安藤サクラ主演の『百円の恋』(14)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞し,既に監督作品も6本目という著名な脚本家・足立紳氏であった。監督作品『喜劇 愛妻物語』(20)も複数の脚本賞を得ているから,根はかなりの愛妻家なのだと思われる。
 さて,肝心の映画の中身である。主人公の柳田豪太(風間俊介)は,42歳の売れない脚本家で,全く収入がなかった。このため,クレジット会社のコールセンターで働き,家計を支える愛妻・チカ(MEGUMI)に頭が上がらない。それでいて性欲だけは旺盛なので,妻に夜の営みを求めるが悉く拒絶され,事実上セックスレス生活が続いている。風俗に行く金もなく,浮気をする勇気もない豪太は,いつもチカのご機嫌取りをしている。夫婦仲を改善するため,夫婦漫才を始めることを提案し,猛練習してお笑いコンテストに出場するが,豪太が上がってしまい,散々な結果に終る。万策尽きた豪太は,夫婦関係を小説にしようと執筆を始めたが,その原稿をチカに見られてしまう……。
 「したい」夫と「したくない」妻 の攻防,「ダメ夫 VS 鬼嫁」との構図は分かっていたが,この鬼嫁には驚いた。コメディとしての誇張だとしても,罵詈雑言が凄まじい。この映画は,観客の年齢層と映画を観るスタンスで,受ける印象が随分違うと思う。内容をマジに受け取れば,中年以上の男性は鬼嫁の言動に怒り出すだろう。一方,生活力のない若い男性は,自分のことが描かれていると感じるに違いない。子供がこの映画を観たら,大人になればこれが普通だと思いそうだ。筆者は,このダメ夫に苛つき,むしろ妻に同情してしまった。 誰もが笑い飛ばせるなら,この映画は成功だと言えるが,果たしてそうなるのか…。

()


Page Top