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O plus E誌 2019年5・6月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『僕たちは希望という名の列車に乗った』:本号の短評欄は高評価作品が多い。まずは,東西冷戦下の東ドイツの高校での出来事を基にした青春ドラマである。時代は1956年,舞台となるのは東独のスターリンシュタットなる町(これまで,この都市名を知らなかった)だが,まだベルリンの壁は作られていない。映画館のニュース映画でハンガリー動乱を知った男子生徒が,高校の教室内でハンガリー市民の死傷者への追悼を呼びかけ,クラス全20名が2分間の黙祷を捧げる。これが社会主義国家への反革命行為と見なされ,首謀者特定の騒動となる…。監督・脚本は,『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(16)のラース・クラウメ。脅迫めいた訊問に対応する各生徒や親たち1人1人がよく描けている。自国のナチズムの傷跡とソ連の圧政に蹂躙された東独の悲しみが生々しく伝わってくるが,邦題の意味がようやく最後に分かる。ベルリンの壁崩壊後,今年で30年。今だから作れた映画だ。
 『コレット』:主演はキーラ・ナイトレイ。100年以上前の上流階級,芸術家の女性,それも気が強く,自立心のある女性を演じると正にハマリ役だ。本作では,フランス文学界を代表する女流作家シドニー=ガブリエル・コレットを演じている。1873年生まれの彼女は,20歳で14歳年上の人気作家ウィリー(ドミニク・ウェスト)と結婚し,田舎町からパリへと移り住む。夫のゴーストライターをする内に文学的才能を開花させる。大人気シリーズ「クロディーヌ」を生み出すが,著者として認められないことに思い悩む……。ずっと夫名義で出版していたとは,今年アカデミー賞候補となった『天才作家の妻 40年目の真実』(18)とそっくりだ。本作の妻コレットは,夫を捨ててでも自分に偽りなく生きることを選択する。男装の貴族ミッシーと同性愛関係に落ち,そして単独名義「コレット」で作家として生きることを決意する。なるほど時代を先取りした女性だ。
 『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』:ドキュメンタリー界の巨匠フレデリック・ワイズマン監督の渾身の一作だ。美術館,博物館等の公共サービスが充実した米国だから,巨匠の目で捉えた図書館の舞台裏は何をおいても紹介することにしたが,上映時間を見てひるんでしまった。何と,3時間25分の長尺である。本館と4つの研究図書館,88の分館をもつ知の殿堂の様々なイベントを紹介するには,この長さが必要なのだろう。文学・芸術分野だけでなく,ユダヤ人差別,イスラム人と宗教問題等に正面から取り組む討論会があり,就活ガイダンスまである。NY市からの予算が半分以上だが,民間からも積極的に寄付を募っている。館長の運営方針演説,担当幹部が語る企画の趣旨を聴けば,思わず寄付したくなるだろう。深い見識をもってデジタル化に取り組み,ネット社会への対応も真剣に考えている。大学の教養科目か社会学の授業で見せたい映像だ。
 『ベン・イズ・バック』:ジュリア・ロバーツ主演の母と息子の物語といえば,昨年公開の『ワンダー 君は太陽』(18年5・6月号)を思い出す。同作の息子が先天的障害児だったのに対して,こちらは薬物依存症の長男で,しかも更生施設から抜け出してきたという。家庭内には実母の他に,実妹,継父,継弟妹で,人間関係が複雑そうだ。ヒューマンドラマであるが,中盤以降,クライムサスペンスの様相となり,緊迫感が高まる。舞台は町の中だけ,時間的にはクリスマスイブの午前中から翌日早朝までの物語である。完全に時間順の展開で,過去の出来事のカットバックはない。長男ベン(ルーカス・ヘッジズ)の過去の悪行,家族や周囲の迷惑は会話の中で明かされる。この手法が巧みだ。車中での母子の会話も秀逸だった。筆者が感情移入するなら黒人男性の継父で,彼の視点で物語の行方を見守ろうと思ったが,ほぼ出番はなかった。完全に母子2人の物語だった。
 『パリ,嘘つきな恋』:フランスで大ヒットしたロマンティック・ラブコメディだ。イケメンで富豪のプレイボーイの主人公を演じるのは,人気コメディアンのフランク・デュボスク。これが監督デビュー作であり,自ら脚本も書いている。美女を相手に自ら書いたラブコメを演じるは,さぞかし良い気分だっただろう。コメディアンとはいえ,そこそこのイケメンで,福山雅治を老けさせたような顔だ(実年齢は余り違わない)。恋のお相手の車椅子のヒロイン(アレクサンドラ・ラミー)は,吹石一恵似ではなく,小林千登勢に似ていた(ちょっと古いか…)。女性目当てで障害者のふりをしたことから生じる嘘の連鎖が笑いを誘う。製作陣はヒット作『最強のふたり』(11)と同じだが,また車椅子ネタで一儲けという訳ではない。決して障害者蔑視ではなく,むしろパラスポーツのシーンは感動的だった。車椅子テニスを戦うヒロインの姿は美しく,誰もが彼女に恋をしてしまう。
 『長いお別れ』:ここから4本邦画が続く。この題名からは,筆者の世代はレイモンド・チャンドラー作のハードボイルド小説を思い出してしまうが,原作は直木賞作家・中島京子の同名小説だった。認知症が進行し徐々に記憶を失って行く父(山崎努)と,それに向き合う母(松原智恵子)と娘2人(竹内結子,蒼井優)の4人の物語である。原作者の実体験らしいが,今後益々増大する時宜を得たテーマだ。監督は『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)の中野量太。この監督は家族ものが上手い。ハリウッド流の「家族,家族…」の連呼よりも,和風の思いやりが貫かれていて心地よい。原作が日本医療小説大賞を得ているように,認知症の過程がよく分かる。4大俳優の持ち味がよく出ていたが,とりわけ松原智恵子が好い味を出していた。一方,原作の年齢設定に合わせたのだろうが,この山崎努はとても70~77歳には見えない。もう10歳上に設定すべきだ。
 『パラレルワールド・ラブストーリー』:次なるは,人気作家・東野圭吾の同名小説の映画化作品だ。題名からはSF+ラブストーリーを想像するが,比較的初期の小説だけあってミステリー性もある。映画化は既に20作を超える。いずれも構想,プロットは悪くないが,詰めが甘く,結末の盛り上がりに欠けるのが共通点だ。本作は「主人公の崇史(玉森裕太)が恋人・麻由子(吉岡里帆)と暮す世界」と「親友の智彦(染谷将太)と麻由子が交際している世界」が並行する物語で,脳科学が深く関連していることが序盤で暗示される。パラレルワールドの幻惑の演出は悪くないが,ラブストーリーを強調し過ぎて,記憶入替・抹消の科学的説明が決定的に不足している。色々な部分でのリアリティの演出もお粗末だ。実験室はとても最先端研究機関とは思えず,上記の『レプリカズ』の方がまだ見られる。朝の通勤時に浜松町-新橋間のJRがあんなに空いている訳がない。
 『町田くんの世界』:町田くんって誰? どんな世界? 安藤ゆき作の女性コミックが原作で,高校生男女のラブストーリーらしい。珍しくもない。主演の細田佳央太と関水渚とやらは全く知らないが,助演の岩田剛典,高畑充希,前田敦子,太賀なら知っている。パスしようかと思ったが,石井裕也監督というのが気になった。更なる助演陣が池松壮亮,戸田恵梨香,佐藤浩市,松嶋菜々子と聴くと,この豪華さは放っておけない。町田くんは地味なメガネ男子で,成績も運動神経も全くのダメ男だが,博愛主義者でとびきりの善人だった。前半はこの町田くんの変人ぶりをネタにしたコメディだが,後半は彼と人嫌いの美少女・猪原さんとのラブストーリーと化す。ただのキラキラムービーが,辣腕監督の手にかかると,かくも見応えのある人間讃歌ドラマになるかという典型だ。音楽の使い方が上手い。前田敦子演じる女子高生の毒舌が格別に面白かった。
 『さよならくちびる』:塩田明彦監督のオリジナル脚本で,女性デュオの解散ツアーを描いた音楽青春映画である。リーダーのハル役は訳ありで存在感のある役が上手い門脇麦,彼女の誘いで音楽を始めたレオ役にはつっぱりタイプで少し崩れた役が似合う小松菜奈で,いいキャスティングだ。彼女らのローディー(ロードマネージャー)であるシマ(成田凌)が加わり,3人が解散までのライブ・ツアーに出発するところから映画は始まる。浜松,大阪,新潟,函館…と巡るロードムービーであるが,各地での物語展開は多くなく,カットバックの多用で,次第にこの3人の恋愛感情込みの複雑な関係が見えてくる。途中で結末は大体読めるが,このエンディングの演出は見事だった。恐らく,このラストを先に考えてから,物語を埋めて行き,時間順を入れ替えて編集したのだろう。爽やかなラストの半面,少し不愉快だったのは,喫煙シーンが多過ぎることだ。
 『スノー・ロワイヤル』:ノルウェー映画『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』(14)[本邦劇場未公開]のハリウッド・リメイク版で,原典の邦題の方が内容に忠実だ。物静かな模範市民の除雪作業員が,息子を麻薬組織に殺されたことから,単独で復讐を決意し,実行に移す。主演はリーアム・ニーソンで,怒れる父親,最強無敵親父にはぴったりだ。『96時間 』(08)以来のアクションもののファンの期待を裏切らない。それでいて,単なる彼の復讐劇だけでなく,2つの麻薬組織の抗争も絡めている。広大な雪原,我が子の死,先住民,女性警官等,設定はジェレミー・レナー主演の『ウインド・リバー』(17)に似ているが,タッチはだいぶ違う。あちらはストイックでミステリー調,こちらは痛快アクションでコメディタッチ,ブラックユーモアも満載だ。遺体処理方法には度肝を抜かれる。雪山の景観,除雪作業風景,スノーリゾート地の様子等,描写がリアルだ。
 『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』:フランス人警部補ロマン・ プエルトラスが通勤中にスマホに書き溜めたという人気小説の映画化作品だ。『人生,ブラボー!』(11)のカナダ人監督ケン・スコットがメガホンをとる。主人公はインド人青年で,父を探しに訪れた憧れのパリから,思わぬ形でロンドン,スペイン,ローマ,リビアを巡る旅になってしまう。各エピソードが奇想天外だ。主演はインド男優のダヌーシュだが,その他も各国の現地人俳優を起用している。ボリウッド作品ではないが,ボリウッド臭がする明るい大人の寓話と言える。全員で突然踊りだすことはないが,1~2人での歌とダンスのシーンはある。ローマでは観光気分を満喫させてくれる。胡散臭い人物から巻き上げた10万ユーロの使い道が嬉しくなる。あまりのハッピーエンドに調子が良過ぎるよと感じるが,少年院に送られる少年達に聴かせる物語だという設定が絶妙だ。
 『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』:「世紀末ウィーン」を代表する画家グスタフ・クリムトと彼の弟子エゴン・シーレは,共に1918年に没した。その100周年を記念した映画だが,2人の伝記映画ではなく,彼らが属した「ウィーン分離派」の活動やその時代背景を解説するドキュメンタリー作品だ。19世紀末から20世紀初頭にかけての「ウィーン黄金時代」を築いた文化サロンの存在,革命児ベートーベンからマーラーに引き継がれた音楽の系譜に加え,耽美主義やエロス表現はフロイトの影響も受けているという。そうした背景を踏まえて,彼らの描いた絵を見ると,一層強烈な印象を受ける。多数の美術史家のインタビューで構成されているが,案内役のイタリアの美男男優ロレンツォ・リケルミーの存在が,本作を一本筋が通ったものにしている。その日本語ナレーションを担当するのは,俳優の柄本佑。ナレーターとしても一級品だ。
 『旅のおわり世界のはじまり』:黒沢清監督といえば,映画通にファンが多く,国際的評価も高い。かつて当欄の評価は作品毎に乱高下したのだが,最近は作風がマイルドになったのか,評価も平均的だ。本作は日本とウズベキスタンの合作映画で,TVのバラエティ番組の同国の湖に棲む怪魚をカメラに収めようとする企画をネタにしている。さながらシルクロードが舞台のドキュメンタリーであり,撮影過程のメイキング映像風でもある。女性リポーター役の主演は,元AKB48の前田敦子。勿論,上述の女子高生役と印象は全く違う。他の日本人出演者は,加瀬亮,染谷将太,柄本時生の3人だけで,他はすべてウズベキスタン人だ。番組収録を物語にしながら,同国を紹介する観光映画,TV番組制作の楽屋裏であり,1人の女性の異境での喜怒哀楽を巧みに描いている。終盤の展開が上手い。根底として,この監督はTV番組やその制作者を蔑視していると感じた。
 『泣くな赤鬼』:直木賞作家・重松清の同名小説の映画化作品。高校の野球部監督を務める熱血教師と余命僅かな元教え子のハートフルドラマだ。部員から「赤鬼」と呼ばれる教員・小渕隆(堤真一)は,問題児で高校中退した教え子ゴルゴ(柳楽優弥)に10年ぶりに再会する。妻子持ちで幸せそうに見えたゴルゴは,既に末期癌状態だった。余命僅かとなったゴルゴは「また野球やりたいな」と赤鬼に告げる……。ある種の学園ものだが,ほぼ教師側の視点で描かれている。短編小説を映画化しただけあって,緩やかな流れの中で,登場人物の人間性をしっかり描き,カットバックも多用している。監督は『キセキ −あの日のソビト−』(17)の兼重淳。主演の堤真一は,元々この種の役がよく似合う。ゴルゴ役の柳楽優弥も適役だが,願わくば,ゴルゴの最期を演じるのに,もっと減量して欲しかったところだ。彼の高校生時代を演じる堀家一希も上手く似せていた。
 『SANJU/サンジュ』:「サンジュ」というのは実在の俳優サンジャイ・ダットの愛称で,彼の波乱万丈の人生が描かれている。父は名監督,母は大女優で,彼も一躍国民的スターとなるが,やがて薬物に溺れ,銃器の不法所持で逮捕されてしまう。それだけなら芸能界でよくある話だが,テロリストの疑いをかけられ,この冤罪と戦う姿が物語の中心だ。彼の40年間を演じるのは,ランビール・カプール。最後に本人自身も少し姿を見せる。監督・脚本・編集は名作『きっと,うまくいく』(09)『PK』(14)のラージクマール・ヒラニ監督ゆえ,同じ路線の力作と考えてよい。明るい映像,コメディタッチで,上映時間は長く,例によって歌と踊りも随所で登場する。それでいて終盤は,父と子の信頼の絆,絶縁していた親友との和解等,しっかり感動の物語となる。インド映画の方程式通り,盛り沢山な内容ゆえに,それが肌に合わない観客には少し苦痛かも知れない。
 『パピヨン』:映画通なら,この題名からすぐにスティーブ・マックィーンとダスティン・ホフマン共演の脱獄映画を思い出す。1973年製作で,翌年の日本公開時には,映画雑誌の話題はこの作品一色だった。原作は,無実の罪での終身刑宣告から,13年後に脱獄に成功したアンリ・シャリエールが著した自伝で,1,300万部も売れた大ベストセラーである。45年ぶりの再映画化では,チャーリー・ハナムとラミ・マレックを起用している。ポスターやチラシでは,旧作の2人の横顔を真似て,顔の向きだけを逆にしているから,完全にリメイクであることを意識させる戦略だ。となると,どうしても旧作を超えることはできない。2人とも熱演で,脚本も素晴らしく,過酷な徒刑場の描写も優れているのに,あらゆる場面でS・マックィーンとD・ホフマンの姿がダブって見えてしまう。むしろ,旧作を知らない観客の方が,この力作を素直に楽しめるかと思う。
 『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』:イスキア島はイタリアの風光明媚な島というから,観光映画として楽しめることも期待したが,それどころではなかった。この島に住む老夫婦の金婚式を祝うため,一族17名が招かれる。総勢19名の祝宴は華やかだった。ミステリーの犯人探しではないのだから,登場人物全員を正確に把握する必要はないのだが,ついつい頭の中で家系図を描きながら観てしまった。食事会は無事終了するが,突然の強風で帰路のフェリーが欠航してしまい,一同は止むなく二晩宿を共にする。そうなると,浮気,借金,介護問題等々,問題が一挙に噴出し,怒号が飛び交う大騒動となる。とりわけ,女性同士の罵り合いは凄まじく,それにはイタリア語はピッタリだった。こういう揉め事があると,複雑な人間関係が容易に把握できる。監督は名匠ガブリエレ・ムッチーノ。嵐も去り,人々の心が落ち着いてからの描写が秀逸だった。
 『ザ・ファブル』:主演は岡田准一で,コミック原作の映画へは初出演だそうだ。演じるのは凄腕の殺し屋ファブルで,どんな相手も6秒で抹殺するという。デンゼル・ワシントン演じる『イコライザー』シリーズの19秒よりも凄い。映画全体の印象は,その『イコライザー』とヤクザの抗争を描いた『アウトレイジ』の両シリーズをミックスした感じだ。冒頭は『キル・ビル』(03)風のどぎつい殺戮シーンで始まるが,ボス(佐藤浩市)に育てられ,山の中のサバイバル生活で鍛えられた殺し屋が,1年間の休業生活を送るという設定が面白い。前半は余り笑えないギャグやおふざけの連発だった。それが後半,大アクション映画に変身する。『96時間』シリーズのアクション監督を起用しただけあって,ハリウッド超級だ。これが松竹映画だというから尚更驚く。主題歌はLady Gagaの“Born This Way”。この曲を選んだセンスに脱帽する。座布団2枚進呈。
 『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』:映画を通して,それまで余り知らなかった国,社会,歴史,国際関係を学ぶことができる。とりわけ,映像での描写により,日常生活,戦争形態を知り,時代の空気まで感じてしまう。その典型のような映画だ。フィンランド映画で,第2次世界大戦中の1941年から44年までの同国とソ連軍との国境付近での戦闘を描いている。同国の名作小説「無名戦士」の3度目の映画化だそうだ。一進一退で,一旦退却し,市民生活に戻った後,何度も戦線に戻るというのは,島国の日本が想像もできない戦争形態だ。4人の士官,兵士の目線で描かれているが,特に劇的なドラマや戦果もなく,最前線は押し戻され,敗戦しての講和となる。空爆も空中戦もない。その半面,砲撃,銃撃戦の描写は生々しく,突撃,援護,負傷,退却等の描写はリアルだ。これが戦争の実態だと目に焼き付く。派手さがないゆえに,印象に残る戦争映画だ。
 『今日も嫌がらせ弁当』:大アクションから一転,母と娘のハートフルコメディだ。シングルマザーと反抗期の女子高生を演じるのは,篠原涼子と芳根京子。原作は人気No.1のブログで,単行本化もされている。篠原涼子は,前作『人魚の眠る家』(18)の狂乱気味の母とはかなり違い,料理上手な張り切り母さんだ。芳根京子は『心が叫びたがっているんだ。』(17)から注目していたが,本作では失語症ではないものの,反抗期ゆえにセリフは多くない。今22歳だが,十分女子高生で通用する。映画は軽快なテンポのコメディタッチで,派手めの音楽がそれを助長している。母親が毎朝次女に作る弁当は,多彩かつ豪華で驚いた。映画ゆえの演出かと思ったが,実話もこのレベルらしい。この種の映画は,母娘が打ち解け合い,周囲も観客も涙するエンディングに決まっている。本作は,笑いからお涙頂戴までの繋ぎ方が上手かった。分かっていても,しっかり泣ける。
 『COLD WAR あの歌,2つの心』:ポーランド映画で,今年のアカデミー賞3部門(監督賞,撮影賞,外国語映画賞)のノミネート作品だ。監督は『イーダ』(13)でオスカーを得ているパヴェウ・パヴリコフスキ。モノクロ,外国語映画という点で,『ROMA/ローマ』(18)と競合していた。あちらは監督の幼少期体験,本作は監督の両親の宿命の恋を基にしている。その証拠に,主人公の男女名は,両親と同じヴィクトルとズーラだ。上映時間はたった88分。淡々とした描写ながら,時代進行は早い。1949年から1964年までの間,舞踊団団員のズーラ(ヨアンナ・クーリク)と指導者でピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)の関係は目まぐるしく変化する。ポーランドとパリ間で,2人は別れたり,出会ったり……。音楽は多彩だが,この映画の軸になっていた。秀作ながら,結局3部門とも『ROMA…』に破れた。例年なら,外国語映画賞は獲っていただろう。
 
   
     
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