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O plus E誌 2016年7月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『嫌な女』:最近の邦画は,女性中心の映画が目立つ。ただし,短く衝撃的なタイトルで分かるように,安直な青春ラブロマンスではない。原作は桂望実の同名小説,女優・黒木瞳の初監督作品で,吉田羊と木村佳乃がダブル主演で,同い年の従姉妹を演じる。熟年女性達が作った,女性観客のための映画だ。子供の頃から奔放で,婚約破棄で慰謝料を請求されるという「困った女」を木村佳乃が演じ,彼女に振り回される女弁護士の「陰気な女」が吉田羊の役どころだ。対照的な2人の性格は,NHK大河ドラマ『真田丸』での義姉と後妻の関係にそっくりだ。元夫や彼氏等,男性出演者もダメ男か嫌味な男ばかりで,誰が誰だったのか区別もつかない。という風に,嫌な連中ばかりが登場するが,最後にその「嫌み」も消え,吉田羊が「いい女」に見えてくる。
 『ふきげんな過去』:こちらも邦画で,「嫌な」の次は「不機嫌な」だ。いきなり,二階堂ふみの不機嫌そうな顔のアップで始まる。表情だけでなく,セリフも気だるく,不愉快そうだが,前作『オオカミ少女と黒王子』(16)の健気な女子高生役よりも,ずっと彼女に似合った役柄だ。17歳の「果子」の家に,18年前に死んだはずの伯母・未来子(小泉今日子)が突如現れる。これは現実か幻想か,摩訶不思議な物語だが,全編をよくぞ,不機嫌,不愉快,不可解で埋め尽くしたものだ。「何,それ?」「意味,ワカンナイ」等々,若者言葉の乱発だが,観ている側がその言葉を返したくなる。監督・脚本は,劇団「五反田団」を主宰する前田司郎。なるほど,長まわし,セリフの多さは,いかにも舞台劇風だ。ただし,カット割りで笑わせるシーンも多々あり,映画ならではの演出法も心得ている。ひたすら豆を剥く家族の描写が軽妙で,ラストのオチの付け方は絶妙だ。
 『ブルックリン』:待ち遠しかった映画だ。今年のアカデミー賞で,作品賞,主演女優賞,脚色賞にノミネートされていた作品で,それだけのことはある。時代は1950年代の前半,まだドジャースがNYのブルックリンを本拠地としていた頃の物語だ。主人公は,アイルランドの田舎町から職を求め,米国に渡った若い女性だ。高卒でデパートに勤め,夜間大学に通って簿記を学ぶ。イタリア人青年と知り合って恋に落ち,結婚式も挙げるが,姉の急逝を知り,故郷に戻る……。まだ人々が素朴で,明日の成功を夢見た時代だ。日本ならば,1960年代以降に,東北出身の女性が東京に出て九州出身の青年と知り合う感じだろうか。主演はシアーシャ・ローナン。すっかり大人の女性になった。この映画は後年,彼女が大女優に歩み出した記念すべき一里塚と言われることだろう。コート,カーディガンから水着まで,キーカラーとして使われる緑色が印象的だ。
 『セトウツミ』:漢字で書くと瀬戸内海。といっても地名ではなく,「瀬戸」と「内海」なる2人の高校生の姓を連ねただけのことだ。関西弁の男子高校生2人が,毎日放課後に川沿いの同じ場所で喋るだけの映画である。全8話のオムニバス形式で,まさに「喋るだけの放課後」だ。少年コミック誌に連載中の原作はそれで面白いのか疑問だが,少なくとも会話の抑揚や間の取り方を制御できる映画の方が,漫才風に描きやすいだろうと納得する。主演は池松壮亮と菅田将暉。大半が2人の会話だけで,他の登場人物の出番は僅かだ。福岡出身の池松も結構自然な関西弁を話すが,本作では,大阪出身の菅田の演技力の方が勝っている。放課後の暇つぶしは,これも青春,これも人生だなと感じる。監督は,『まほろ駅前多田便利軒』(11)の大森立嗣。腕は好い。上映時間75分の映画だが,中身は凝縮されている。
 『疑惑のチャンピオン』:スポーツものが2本続く。1本目は,自転車レースの最高峰「ツール・ド・フランス」を1999年から2005年まで連続制覇したランス・アームストロングの伝記ドラマである。25歳で見つかった重度の精巣ガンを克服した後,復活して7連覇の偉業を達成し,ガン患者の支援運動にも奔走した人物だ。そう聞くと,賞賛と感動の物語と思うだろうが,表題から分かるように,長年にわたる薬物使用が発覚し,タイトルを剥奪され,競技から永久追放された人物でもある。物語の早い時点から,赤血球を増加させる薬物の利用が始まり,やがてスポーツ医学の権威の指導の下,組織ぐるみのドーピング・プログラムが進行する模様を描いている。ステロイド系の筋肉増強剤程度しか知らなかった筆者などは,血液を入れ替えて,レース後の検査で陰性結果を得る場面には驚愕した。今ももっと巧みな方法で,バレずにいる選手がいるのだろう。
 『ペレ 伝説の誕生』:同じくスポーツ伝記映画で,世界のサッカー史上最も偉大な選手とされる「ペレ」の半生を描く。といっても,彼の全盛期であった1960年代は含まれず,幼年期に始まり,17歳で初出場した1958年のW杯での大活躍までが対象期間で,まさに副題通りだ。まだブラジルには貧しい地域が現存しているのだろうか,約60年も前の1950年代の寒村やスラムの様子が見事に再現されている。その一方,競技場の大観衆は,勿論,VFXの産物だろう。典型的な大スターの伝記もので,余りにベタな,教科書通りの成功譚である。結果は分かっているものの,W杯決勝戦の躍動感溢れる描写には感動する。これくらいできる俳優兼選手を見つけるのはそう難しくないと思いつつも,ドリブル,パス,リフティングの見事な技には,改めて感心する。
 『死霊館 エンフィールド事件』:今月の短評欄はレベルが高い。本作もしかりだ。3年前に絶賛した米国製ホラーの逸品『死霊館』(13年11月号)の続編で,前作に負けず劣らずの出来映えだ。続編といっても,同じ事件が続いている訳ではなく,実在の心霊研究家ウォーレン夫妻がその後に関わった,別の著名な事件が題材である。ロンドン北部エンフィールドの住宅街で起こった実際の超常現象で,数々の観測記録があり,史上最も長く続いたポルターガイスト現象とのことだ。実話ベースであっても,勿論,主人公夫妻が活躍する形に脚色していることは言うまでもない。この脚色や演出が巧みで,被害者の母子家庭の家族愛,主人公夫妻の夫婦愛の物語として好くできている。監督のジェームズ・ワン,ウォーレン夫妻役のパトリック・ウィルソンとヴェラ・ファーミガが続投というのも嬉しい。恐怖心が徐々に増して行く展開の中で,もみ上げを長く伸ばしたエド役のP・ウィンストンが,ギターの弾き語りでE・プレスリーの「好きにならずにいられない」を唄う。ホラー映画にしては珍しい余興で,いい「お遊び」だ。
 『シング・ストリート 未来へのうた』:本短評欄では積極的に音楽映画を取り上げているが,ここからは3連発で,かつサントラ盤コーナーでも併せて紹介する。まず1本目は,『ONCE ダブリンの街角で』(07)のジョン・カーニー監督の新作で,同じくアイルランドの首都ダブリンを舞台としている。時代は1985年,海を渡り,ロンドンに出て成功することを夢見る青少年たちが主人公だ。デヴィッド・ボウイに憧れ,デュラン・デュランを聴いて育った世代である。筆者が育ったのは60年代だが,気持ちは十分に理解できるし,音楽の好みの違いも許容範囲だ。主人公の想像する50年代のダンスパーティのシーンが最高だ。14歳に設定されている主役の少年はほぼ実年齢で,オーディションで選ばれた爽やかなイケメンだ。彼が恋する美少女のヒロインはルーシー・ボイントン。この映画でミュージシャンを志向したり,元気づけられる若者も多いことだろう。
 『ラスト・タンゴ』:2本目は巨匠ヴィム・ヴェンダースが製作総指揮,『ミュージック・クバーナ』(04)でもコンビを組んだヘルマン・クラルが監督を務めたドキュメンタリー作品だ。アルゼンチン・タンゴの名曲が数々流れるが,ダンスが主テーマで,タンゴダンス史上の伝説的存在である男女ペアの半生を描く。現在83歳と80歳の2人のインタビュー部分はこの映画のために収録されたが,昔の部分は想定劇で,それぞれ俳優が演じている。出会って最高のダンスパートナーとなったフアンとマリアは,恋人同士になり,結婚する。しばらくして,フアンには別に女ができ,子供も産まれて,2人は離婚する。それでもペアは維持するものの,やがてペアも解消……。という典型的な芸能人夫婦の離反劇だが,マリアは今も枯れていない。怨念の塊で,これぞ人生,これぞ愛憎劇だ。かつてのダンス映像も登場するが。その中の2人ステップの凄さに驚嘆する。
 『AMY エイミー』:音楽映画の3本目は,5年前の2011年に27歳で急逝したグラミー賞歌手のエイミー・ワインハウスの素顔を描いたドキュメンタリーだ。奇行と圧倒的な歌唱力で知られる歌姫で,今もその死が惜しまれている。16歳で歌の道に進むことを決めたところから物語は始まる。数々の私的な映像が使われていて,本人の肉声も再三登場する。死に至るまでの9年間を辿るように多数の関係者のインタビューが鏤められ,まるでストーリーがある伝記映画の「物語」を観るかのようだ。本人が全編を語っているような錯覚すら覚える。監督は『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』(10)のアシフ・カパディア。今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の他,数々の映画祭で受賞しているが,なるほどそれだけのことはある。編集と構成の巧みさが特筆に値する。酔っぱらって公演をブチ壊しにしたベオグラードでのステージから後,胸を打つ結末に至る。
 『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』:今月は短評欄だけで3本の最高点評価だが,ハリウッドの内幕ものの実話にして,ドラマらしいドラマだ。1950年代の「赤狩り」がハリウッドにも深い傷跡を残したことは聞いていたが,その最大の被害者の1人,脚本家ダルトン・トランボの物語である。今では,あの名作『ローマの休日』(53)の作者(脚本家)であることが知られているが,当時は別人名義でクレジットされていた。1960年の『スパルタカス』以降,自分の名前で登場するようになり,やがて2度のオスカーの名誉も回復されるが,それまでの苦難の時代が克明に描かれている。その不屈の精神に感動し,勇気をもらう観客も多いだろう。主演はハリウッドの生まれのブライアン・クランストンで,監督はジェイ・ローチ。『オースティン・パワーズ』シリーズ等,おふざけコメディばかり撮っていた監督が,どういう心境で路線変更したのかも興味深い。
 
  (上記の内,『死霊館 エンフィールド事件』は,O plus E誌には非掲載です)  
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