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O plus E誌 2021年1・2月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『羊飼いと風船』:初めて見るチベット映画だった。勿論,形式的には中国映画だが,監督・脚本はチベット人の名監督として知られるペマ・チェテンである。主人公一家は,草原に住む羊飼いの牧畜民で,3人の男児もちである。チベットの貧困,風習,仏教に根付く文化が克明に描かれていて,前半はまるで社会科の教科書のようなタッチだった。ドキュメンタリーを見ている気分だったが,後半ではしっかり骨太のドラマが味わえる。荒くれ男の夫は日本の田舎にもよくいるタイプで,一昔前の亭主関白の典型だ。主役はむしろ妻の方で,男女の役割分担,妊娠出産の価値観,輪廻転生と宗教観が複雑に絡み合った物語が展開する。受け継がれて来た伝統や価値観が近代化に直面した時に起こる永遠のテーマを描いている。音楽が素晴らしい。構図やカメラワークも見事だ。まさにコクのある映画で,秀作の多い本号の短評欄の中で,トップバッターを飾るに相応しい。
 『さんかく窓の外側は夜』:原作はヤマシタトモコの同名コミックで,岡田将生と志尊淳のW主演での映画化だ。岡田が志尊を後から抱き抱えているスチル写真で,イケメン2人のLGBT映画かと思ったが,そこまでではなかった。特異体質で「霊が視える男」三角康介(志尊)は,「霊を祓える男」の除霊師・冷川理人(岡田)に勧誘され,一緒に除霊作業を請け負う心霊探偵バディとなる。刑事・半澤日路輝からバラバラ死体の連続殺人事件の調査を依頼され,行方不明の遺体を発見するが,自殺した犯人の声が聴こえるようになる。登場人物に奇妙な名前をつけるコミックは好きになれないが,その典型だった。呪いを操る女子高生を演じる平手友梨奈の役名が「非浦英莉可」で,監督も「森ガキ侑大」だから,いい勝負だ。霊は少し醜悪なだけで,全く怖くなかった。設定はまずまずだが,脚本や演出がお粗末だ。
 『KCIA 南山の部長たち』:原作は「実録KCIA『南山と呼ばれた男たち』」で,1979年に起きた朴正煕大統領の暗殺事件(10・26事件)を描いている。軍部出身の大統領の直轄組織「大韓民国中央情報部」(通称KCIA)が権力をふるった時代で,KCIA部長キム・ジェギュ(金載圭)が大統領と側近の警護室長を射殺したクーデター未遂事件である。登場人物の姓はパク(朴)とキム(金)ばかりで,フルネームもカタカナ表記だと覚えにくい。主演は大スターのイ・ビョンホンで,大統領役はイ・ソンミン,警護室長役はイ・ヒジュンと,こちらはイ(李)トリオである。事件前の40日間が対象で,大統領に忠誠を誓っていた主人公が追い詰められ,野心と愛国心の間で揺れ動く。言わば,韓国版「本能寺の変」だが,当然主人公の心情に添った好意的な描き方がされている。NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の最終回が間もなくで,日本公開は計ったかのように最適な時期と言える。
 『どん底作家の人生に幸あれ!』:文豪チャールズ・ディケンズの代表作「デイヴィッド・コパフィールド」を新解釈でコメディ化した映画だが,こんな邦題になるとは予想できなかった。原題は『The Personal History of David Copperfield』だったので,最初は同名の世界的マジシャンの伝記映画かと思っていた。国内での知名度が圧倒的に違うので,誤解を避けるため,この題にしたのだろう。原作は文庫本が4~6巻で出版されている大作だから,それを2時間の映画に収めるため,エピソードは青年期の出来事に集中させ,多様だった登場人物も大幅に絞っている。それでも,義父,大伯母,親友,最初の妻,悪役等々,主要人物はきちんとカバーし,物語の骨格は残している。主人公が作家として成功する物語なので,当人が自らの人生を振り返る体裁を採っている。19世紀半ばのヴィクトリア時代の映像的再現も的確だったが,やはり物語の駆け足感は否めなかった。
 『天国にちがいない』:ユニークなタッチの映画で,全編がうっとりする美しい映像だった。監督は「パレスチナ系イスラエル人」の名匠エリア・スレイマンで,少し構えて観てしまった。パレスチナ問題を同地出身の監督の目で描くと聞くと,果たして宗教的背景が理解できるか,真意が読み取れるか気になったからである。奇妙な振る舞いをする人々が次々と登場するのを,主人公はほぼ無言で見つめている。実名のまま映画監督役で登場する監督自身である。サイレント映画風の演出で,全編が風刺精神溢れるエピソードの連続だ。「蛇の恩返しの話」は剽軽かつ滑稽でニヤリとし, 「ホームレスへの救急隊のサービス」には大爆笑してしまう。「パレスチナのキートン」と呼ばれるだけのことはある。新作映画企画の売り込みで訪れたパリの描写はユーモアたっぷりなのに対して,NYの描写は辛辣だ。上映時間は102分だが,病みつきになり,もっと観たくなった。
 『わたしの叔父さん』:『ぼくの伯父さん』(58)はフランス映画の名作コメディで,社長令息の少年が母方の伯父を慕う物語だった。本作はデンマーク映画で,父の自殺後,叔父に引き取られた女性クリスが主人公である。27歳になった彼女は脚が不自由になった叔父を介護しつつ,2人暮らしで伝統的な酪農農家を営んでいる。演じる2人が実の叔父(ペーダ・ハンセン・テューセン)と姪(イェデ・スナゴー)なので,呼吸はピッタリだ。クリスは一旦断念した獣医になる夢を諦め切れず,さらに彼氏が出来て同居を求められるが,叔父のことも気になる……。転機が訪れた主人公の揺れ動く心を見事に描いている。監督・脚本・撮影・編集はフラレ・ピーダセンで,牧歌的な映像が美しい。小津安二郎を敬愛するゆえ,セリフは少なく,カメラワークもない。もし半世紀前に山田洋次監督が,倍賞千恵子,笠智衆主演で撮ったら,どんな映画になっていただろうか。
 『プラットフォーム』:結果は完敗だった。スペイン映画で「貧困,階級,飽食…社会の縮図を縦構造で描くSFサスペンス・スリラー」らしいが,「理解不能」「頭がおかしくなる映画」というSNSでの評判を目にして,挑戦してみたくなった。トロント国際映画祭ミッドナイト・マッドネス部門の観客賞受賞というので,深夜にオンライン試写で観た。300階層以上ある縦長の閉鎖空間が舞台で,各階には2人しか居住できない,上の層から台座(プラットフォーム)に乗って降りてくる残飯を,下の層に移動するまでに食べる。まず,主人公が48階層で目を覚まし,1ヶ月後は遥か下の171階層だった。数字が大きいほど貧困の下層で,極限状態に置かれた者たちの行動を描いている。奇妙な設定であるが,映画の前半はさほど難解でなく,誰でもこれは社会の縮図,支配と搾取を象徴した空間だと分かる。頭は変にならなかったが,終盤は理解不能だった。その意味で完敗だ。
 『心の傷を癒すということ 劇場版』:ここから邦画が3本続く。1本目は,阪神・淡路大震災の25周年記念で製作されたNHKの土曜ドラマ(計4話)を再編集し,劇場版としている。震災のPTSDに苦しむ人々に寄り添って生き,同名の書を著した在日韓国人の精神科医・安克昌氏の物語である。自らは肝細胞癌で,39歳で早逝してしまう。元が4K放映用だから,画質的には映画でも通用するが,演出やカメラワークはTVレベルだった。テンポは遅く,かったるい。元々スローな展開なのに,約半分を間引いたのだから,エピソード不足は否めない。原著は心を打つものなのだろうが,この映画ではそれが伝わってこない。印象は,物静かな人物で,真摯に生きているというだけだ。この企画には賛同し,応援したいが,映画としては高く評価できない。主演は柄本佑で妻役は尾野真千子。最近,柄本佑はいい役者になったと感じることが多いが,この役は似合わない。
 『ヤクザと家族 The Family』:ただのヤクザ映画と思うなかれ。骨太の素晴らしいヒューマンドラマである。監督・脚本は『新聞記者』(19)の藤井道人。前作『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20)で「この先が楽しみだ」と書いたが,まさにその期待通りの傑作だった。ヤクザ映画としても,北野武監督の『アウトレイジ』シリーズや井筒和幸監督の『無頼』(20)よりも数段出来がいい。1999年,2005年,2019年を描く3部構成だが,第3部が素晴らしい。題名には後から「The Family」が付されたが,それだけのことはある。主役の綾野剛が絶品だ。破天荒と繊細さを併せ持つ,この主人公は正にハマり役だ。彼を見守る組長の舘ひろしが渋く,相手役の尾野真千子,助演陣の寺島しのぶ,北村有起哉も素晴らしい演技を披露する。岩代太郎の音楽も秀逸だった。かねてより脚本と音楽が邦画の弱点だと言い続けて来たが,その2つが満点に近いと,映画も見事に引き締まる。
 『花束みたいな恋をした』:ヤクザものから一転,題名通りの華やかなラブストーリーである。原作はなく,数々のTVヒットドラマを生み出した坂元裕二のオリジナル脚本で,監督は『映画 ビリギャル』(15)『罪の声』(20)の土井裕泰だ。学生時代の出会いから,卒業後の生活での破局まで,恋愛論の教本のような映画だ。菅田将暉,有村架純というカップルに食指が動いた。コメディタッチで進行する彼らのラブラブぶりは爽やかだった。音楽や映画の好みが同じであることから,恋に落ちる過程の描写が楽しい。筆者のような年代には,現代の若者の嗜好が分かって勉強になる。彼らの生活ぶりは徹底した現代風であるが,恋愛観や破局に至る道筋は古典的なパターンから外れてはいない。自分ごとのように感じて感情移入するか,客観視するかは全く観客次第だ。別れると決めた2人が,4年前の自分たちにそっくりのカップルを見て涙するシーンが秀逸だった。
 『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』:ドキュメンタリー映画で,監督は『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』(10)のアシフ・カパディア。本作の被写体は,隣国のアルゼンチン出身の「サッカー界の英雄」だ。昨年11月に訃報が伝えられ,多数の追悼記事や業績を讃える特番が世界中に流れた。本作はその種の緊急編纂の伝記映画ではなく,生前のマラドーナ自身の協力を得て組み立てられた力作である。昨年6月の公開予定がコロナ禍で延期になっていた。既に昨年試写を観ていたが,「サッカーを愛するディエゴ」対「マスコミを騒がせるマラドーナ」の二面性を強調した描き方に衝撃を受けた。基本は年代順で,母国で頭角を表した後,スペインのFCバルセロナを経た後,イタリアの SSCナポリに移籍する。1987年のセリエA優勝,得点王で神格視された頃が彼の絶頂期だった。その後,コカイン常習で逮捕や入退院を繰り返す人生後半が痛ましい。
 『哀愁しんでれら』:ここからもまた邦画が3本続く。土屋太鳳の主演作で,キャッチコピーは「なぜその真面目な女性は,社会を震撼させる凶悪事件を起こしたのか」だった。「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」の受賞企画を,人気脚本家の渡部亮平が脚色し,自らの初監督作品としている。児童相談所勤務の26歳の独身女性・小春は,一家全体が不幸に遭遇するが,一転バツイチで子連れの開業医(田中圭)と結ばれ,シンデレラ的倖せの絶頂に達する。分かりやすい前半から,後半は8歳の連れ子・ヒカリが物語の中心となり,ホラー映画風の展開となる。土屋太鳳は,子育てに悩む母親の苛立ちを見事に表現していた。それより数段凄いのは,ヒカリを演じるCOCO(実年齢は10歳)の悪役演技で,こんな嫌な子供はいないと感じさせる。待ち兼ねた凶悪事件はと言えば,現実的な実現性は低いが,ブラックジョークとしては通用する結末で,十分楽しめた。
 『ファーストラヴ』:島本理生の直木賞受賞作を堤幸彦監督のメガホンで映画化している。父親殺害の容疑で逮捕された女子大生・聖山環菜(芳根京子)が奇妙な発言をすることから,事件を取材する公認心理師・真壁由紀(北川景子)が真の動機を探ろうとするミステリードラマだ。環菜に自傷癖があったことから,父親から虐待を受けていたことは容易に想像がつく。原作のテーマが「現代社会における家族の闇」というから,単純な探偵ものであるはずはなく,かなり複雑な人間関係に違いない。果たせるかな,主役の由紀にも父親が原因の心の傷があり,夫に負い目がある環菜の母が検察側の証人で出廷し,環菜に贖罪意識をもつ男性が被告側の証言台に立つ……。基軸は事件の真相究明であるはずなのに,弁護人の庵野迦葉(中村倫也)が由紀の義弟であり,2人は学生時代に恋愛関係にあったことが物語を複雑にしている。原作のエピソードを詰め込み過ぎだ。
 『すばらしき世界』:西川美和監督の最新作で,主演の役所広司との初タッグだ。いつものオリジナル脚本でなく,1990年に出版された佐木隆三の「身分帳」が原作である。前科10犯の受刑者が主人公なら原題通りの方がぴったりで,この題は凡庸だと思った。見終って,なるほどこの題で良いと納得した。「不寛容と善意が入り混じった世界」で,後者が勝つのが嬉しい。役所広司は,相変わらず何を演じさせても上手い。善意の人々を演じる仲野太賀,橋爪功,六角精児,北村有起哉ら助演陣らも光っていた。彼らの演技以前に,人物設定,脚本が素晴らしい。西川美和監督の演出力には定評があるが,過去作は主テーマに直球勝負している感じだった。本作は随所で笑いを誘う変化球も織り交ぜ,余裕を感じる。それでも終盤は,藤川球児並みの高めのストレート勝負だった。音楽がいい。カメラアングルもチンピラとのアクションシーンも秀逸で,完璧だ。
 『秘密への招待状』:ジュリアン・ムーアとミシェル・ウィリアムズの競演で,それぞれNY在住の実業家のテレサと彼女に寄附を求めるインドの孤児院運営者イザベルを演じる。テレサの娘の結婚式に招かれたイザベルは,テレサの夫が彼女の元恋人で,新婦グレイスは自らが産んだ娘であることを知り,驚愕する。そこから始まるドラマだが,偶然の出来事ではなく,実は仕組まれた招待だった…。デンマーク映画『アフター・ウェディング』(06)の主人公は男性2人だったが,このハリウッドリメイク版は女性2人に置き換えている。この変更は正解で,社会で活躍する2人の女性の描き分けが巧みだ。男性は添え物に過ぎない。と聞くと女性監督を想像してしまうが,監督はJ・ムーアの夫君のバート・フレインドリッチだった。J・ムーアとM・ウィリアムズの実年齢は20歳違うが,その差を感じさせない。デンマーク版を未見の方が,邦題の「秘密」を楽しめる。
 『ベイビーティース』:本作は上記の『秘密への招待状』とセットで見て,比べて欲しい映画だ。基軸となるのは難病の少女と孤独で野卑な青年のラブストーリーである。韓国映画がお得意のテーマだが,本作はオーストラリア映画で,精神不安定な母親と精神科医の父親の思いが加わって少し複雑な様相を呈する。16歳の娘ミラが恋した相手はいかにも不良青年然としたモーゼスで,普通の親なら「娘に近づくな」と言いたくなるのは当然だ。ところが,ミラの難病が再発し,余命が数えるほどだと判明して,父親は彼女の想いを尊重し,静かに見守るようになる……。必然的に筆者はこの父親の視点で本作を観てしまった。いい加減な奴であったモーゼスが,次第に性根は優しい男に思えてくる。両親の苦悩の描写がきめ細かだ。ラストで涙は出なかったが,胸には滲みた。エンドロールで流れるバイオリンの音色が美しく,いつまでも続く波の音が余韻を残している。
 『ある人質 生還までの398日』:デンマーク映画で,2013年にイスラム国(IS)に拉致された青年写真家の生還までの過酷な体験を映画化している。負傷して体操選手としての将来を断たれた24歳のダニエル・リューは,報道写真家を志し,許可を得てシリアを訪れたところ過激派に拉致されてしまう。支配勢力が替わったためらしい。デンマーク政府は救出支援をしない方針のため,家族が多額の身代金を要求されて,金策に奔走する。これは映画だ,演出だと思いつつも,人質生活がリアル過ぎて見続けるのがつらい。脅迫や拷問シーンは日常茶飯事だ。奇跡的な生還が分かっていても,この生活がいつまで続くのかと思ってしまう。主人公の描写だけでなく,他の人質の交流も丁寧に描かれている。監督は『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(09)のニールス・アルデン・オプレヴと,劇中で交渉人アートゥア演じたアナス・W・ベアテルセンが共同監督を務めている。
 『世界で一番しあわせな食堂』:ラップランドはスカンジアビア半島の北部で,4カ国に跨がる地域の総称だが,本作はフィンランド国内の最北部を舞台としている。同地区の観光映画であり,中華料理の素晴らしさをアピールするグルメ映画でもある。フィンランド,英国,中国の合作で,セリフにはこの3カ国語が登場する。英題は『Master Cheng』だが,幸福度No.1の国の観光映画に相応しい邦題だ。ほのぼの感も漂って来る。人探しに辺境のラップランドの村に来た中国人チェンが,プロのシェフの実力をふるって中華料理を作る場面が見どころだ。子連れの彼に宿を提供し,恩人探しに協力する食堂経営者のシルカも心に傷をもつ女性であり,中華料理の指導を通して,この男女が心を許し合うようになるのは自然な成り行きだった。食堂の常連客であるラップランド人の爺さん達の会話が楽しい。次々と登場する料理に目を奪われ,空腹感を覚えること必定だ。
 『藁にもすがる獣たち』:韓国製の痛快クライムサスペンスだが,原作は日本人作家・曽根圭介の犯罪小説である。いきなりウォン紙幣の大量の札束が登場し,それから複数の人物が徐々に紹介される。4人の男女がこの札束に関わると予想される登場人物だが,事業に失敗したり,恋人が残していった多額の借金の取り立てに追われたり,いずれも金に溺れたり,金策に苦労する人間たちだ。物語は別々に進行するが,どこかで接点があるはずだと容易に予測できる。勿論,キーとなるのは10億ウォンの札束の行方だ。予想通り,接点が現れる後半が抜群に面白かった,人間関係がもつれてくると,各人の描写も生き生きとして来る。一度犯罪を犯すとどんどん深みに嵌まってしまうのは犯罪映画の常道だが,その一級品だ。どういう結末になるのか,早く見たくなる。そして,最後に大金を手にするのは……。ちょっと思いつかなかった見事なオチだ。うまい。
 『あの頃。』:主演の松坂桃李は,いま最も旬の男優の1人だ。『孤狼の血』(18)『新聞記者』(19)はその面目躍如たる好演だったが,その硬派の役柄から一転,本作では「くだらなくも愛おしい青春の日々」を描いた映画の主人公である。大学受験に失敗し,人生の目標もないバイト青年・劔樹人が,松浦亜弥に魅せられ,アイドルオタクたちの集団の仲間となる。驚くほどバカバカしい軟派映画だ。原作はその劔樹人の自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」で,物語は2003年の大阪から始まる。当時「モーニング娘。」を中心とした「ハロー!プロジェクト」のアイドルに夢中の追っかけオタクが多数いたことは覚えている。「日本の未来は暗いな」と呆れつつ,そんな連中の心情も何とか理解できた。渦中にあった当事者達にとっては,本作は細部の描写まで懐かしくて涙が出るほど嬉しい映画だろう。他の世代にとっては,松坂桃李の芸域拡大以外の意味はない。
 『あのこは貴族』:山内マリコの同名小説が原作だが,この映画化で大成功だ。主演は大河ドラマのヒロインでブレイクした門脇麦と筆者のお気に入りの水原希子の女性2人で,それぞれ東京のセレブの箱入り娘と地方出身で大学中退,キャバクラ嬢経験のある女性を演じている。監督・脚本は,これが監督2作目となる岨手由貴子。原作,監督,主演2人の計4人が女性で,よくあるパターンの女性映画を想像したのだが,その枠を超える面白さだった。出自の違い,2人の対比が面白さの源泉だが,その一方で,セレブと地方の定住者の生活信条は似たようなものだと喝破している。ただし,友人2人を含め,この映画で語られる女性4人の人生のポリシーは,東京在住の女性の自己弁護のように感じた。原作者は富山県出身,監督は長野県出身者で,都会に出て運を引き寄せた成功者であるから,こうなるのだろうか。地方在住だって幸せはあるぞと言いたくなった。
 『ターコイズの空の下で』:日本・モンゴル・フランスの合作で,監督・脚本は欧米で活躍する俳優で4カ国語を話すKENTARO,主演は14歳でカンヌの主演男優賞を受賞した柳楽優弥というので,国際色豊かな映画を想像した。実質的には大半がモンゴルの大自然の中で展開するロードムービーだった。甘やかされて放蕩生活を送っていた青年タケシが,富豪の祖父(麿赤兒)から大戦後の捕虜生活中に現地女性との間にもうけた娘を捜せと命じられ,馬泥棒で逮捕されたモンゴル人男性と同国に赴くという設定である。奇妙なコンビが遭遇する出来事は笑いを誘う。言葉が通じない国で,狼に襲われたり,助けてくれた遊牧民女性が産気づいたり…。どうしていいやら,主人公の戸惑いがそのまま伝わって来る。物語設定は不自然,結末も安直で,脚本も演出も稚拙なのだが,親しみがもて,癒される映画だ。空の色(ターコイズブルー)も広大な草原も頗る美しい。
 『MISS ミス・フランスになりたい!』:楽しい映画だった。近年とかく批判の的となるミスコンなのに,それに優勝したいという若い女性がいれば,当然応援したくなる。それが男性の願望,それも少年時代からの夢となると,全く映画の前提が変わって来る。実話ではなく,ルーベン・アウヴェス監督自身が書いたオリジナル脚本だが,主演はジェンダーレスモデルとして活躍するアレクサンドル・ヴェテールで,これが映画初主演だ。トランスジェンダーものでは『ナチュラルウーマン』(17)が代表作だが,美しさでは本作のアレクサンドルの方が断然上だ。素顔では中性的な感じだが,メイクを施し,ドレスアップすると見事に女性としての美しさに化ける。その笑顔に誰もが魅せられる。ドラマとしては,スポ魂もののような展開の面白さがあるが,単なるサクセスストーリーでないのが嬉しい。監督の色彩感覚や選曲センスが秀逸で,ミスコン審査場面も楽しめた。
 
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