O plus E VFX映画時評 2025年6月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から,
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の順で,その中間に
をつけています)
■『We Live in Time この時を生きて』(6月6日公開)
既に何度か難病ものの恋愛映画は苦手だと書いた。単なる若い男女のラブストーリーでいいのに,途中から突如として難病で余命僅かと言い出す場合は,無理に悲恋に仕立てる作為を感じるからだ(特に,韓国映画)。一方,良作で,感動もののヒューマンドラマの場合,感情移入してしまい,何とかならないものかとやきもきしてしまう(コメディやSFでない限り,有り得ないが)。そう思いつつ,また観ることになってしまった。渋々でなく,積極的に観ようとしたので,言い訳をしておく。
1にも2にも,主演がフローレンス・ピューであったことだ。今最も輝いている女優で,どの出演作も観たくなる。元々,作品毎に違った顔を見せる女優で,出世作の『ミッドサマー』(19)でのパニック障害の女子学生は強烈な印象を残し,一方『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(同)では,四姉妹の美しい末娘で,映画としては次女の引き立て役であった。最近では,『デューン 砂の惑星 PART2』(24年3月号)でほんの少しだけ登場する可憐な皇女であり,マーベル映画『サンダーボルツ*』(25年5月号)では超人の悪漢たちを率いるしっかり者の主人公である。この落差が際立っていた。本作は,予告編だけで別の人物かと思う様々な表情を見せていたので,余計に興味深かった。
主人公は,新進気鋭の女性シェフのアルムート(F・ピュー)とシリアル会社勤務の夫・トビアス(アンドリュー・ガーフィールド)である。離婚同意書に署名する筆記用具を探してトビアスが夜中に道路を渡ろうとして,アルムートが車で彼を撥ねてしまったという奇縁である。意気投合した2人は恋に落ち,結婚して一女をもうける。この運命的な出会いが分かるのは,映画が始まってからしばらくしてからだ。まずアルムートが朝食を作っていて夫を起こすシーンから始まり,妊娠中の姿,一旦は寛解したはずの卵巣癌が再発したことを主治医から告げられる場面が先に登場する。かく左様に,時間が何度も往き来するので,頭の整理が必要だ。時間順に並べ直すと,交通事故,恋愛,結婚,初期癌の治癒,出産,再発,余命宣告の順である。基本的には,過酷な癌治療で延命して1年間を過ごすより,投薬せず,楽しく有意義な半年間を送る決断をする女性の物語である。そんな中で,世界最高峰の料理コンクール「ボキューズ・ドール」への参加を勧められ,欧州予選を勝ち抜く特訓を始める…。
監督は『ブルックリン』(16年7月号)で3部門ノミネートを果たしたジョン・クローリーだった。時間軸上の移動はかなり頻繁であったが,美形のF・ピューを凝視していたので,髪形やメイクの違いから,どの時代であるかは特定できた。恋愛から結婚まではまるで10代かと思う愛らしさだ。妊娠・出産時,育児期,闘病の苦しさで,それぞれ別の顔を見せる。終盤,坊主頭にしてコンクールに挑戦する姿は,さらに別人である。
行動派のアルムートと慎重派のトビアスの対比は,最近の男女関係の縮図のように見えた。明確な意志と目標をもった現代女性の姿である。涙なしで観られるラストシーンも爽やかだった。本作は,単なる難病映画でなく,「ボキューズ・ドール」のシーンは予想外の嬉しいオマケであった。時間に追われつつ,必死で予定した料理を作り終えるコンクールの模様は,さながら欧州版「料理の鉄人」である。
■『MaXXXine マキシーン』(6月6日公開)
3本原題『MaXXXine』だけだと,何と読んで良いか分からないが,しっかり読み方も付されている。本作だけでなく,タイ・ウェスト監督&ミア・ゴス主演の過去作は,『X エックス』(22年Web専用#4)『Pearl パール』(23年7月号)と,どれも片仮名表記が付されていたから,親切心で付いたのではない。実は本作は,3部作の完結編で,XXXは3本目であることを暗示している。
題名『X エックス』だとシンプル過ぎて覚えておられない読者のために少しおさらいしておこう。大ヒットしたTVシリーズ『X-ファイル』とは無関係で,「史上最高齢の殺人鬼夫婦」の映画と言えば,思い出されるだろうか。斬新なポルノ映画を製作しようとテキサスの農場にやって来た俳優とスタッフの6人を,老夫婦が次々と惨殺する映画であった。女優志望であった老婆Pearlの若き日を描いたのが2作目であり,1人だけ逃げ出して生き残った女優Maxineが,本作の主人公なのである。それを全部ミア・ゴスが1人で演じていられるのは,第1作で,特殊メイクの老婆Pearlと若い主演女優Maxineの二役を演じていたからである。
本作の舞台は,『X エックス』から6年後,1985年夏のハリウッドで,マキシーンは33歳になっていた。ストリッパー出身でポルノ映画界のトップ女優となったが,ハリウッドスターへの夢を実現すべく,まずホラー映画への転身を図る。ヒット作『ピューリタン』の続編のヒロイン・オーディションから物語は始まり,マキシーンは見事に主役の座を射止める。厳しい女性監督ベンダー(エリザベス・デビッキ)の演出の下,『ピューリタンII』の撮影は順調に進むかと思えたが,関係者が次々と連続殺人鬼ナイト・ストーカーの犠牲になる。マキシーンはFBI捜査官ウィリアムズ(ミシェル・モナハン)からマークされ,6年前の惨殺事件の真相を追う私立探偵ラバット(ケヴィン・ベーコン)につきまとわれ,さらに連続殺人犯の正体を知ってしまったことから……。
3部作全てで映画に関係しているが,1985年と言えば,俳優出身のレーガンが大統領に就任した年である。本作では,有名なハリウッド大通りを1985年風に装飾して撮影しているかと思えば,ユニバーサル・スタジオ内の随所で撮影し,ヒッチコックの名作『サイコ』(60)に登場する伝説のベイツ・モーテルにマキシーンを逃げ込ませている。連続殺人鬼ナイト・ストーカーも当時のハリウッドを震撼させた実在の事件だ。劇中では過去の名作のシーンが多数登場し,セリフの中に当時の大スターの名前が次々と出てくる。そして,劇中歌とエンドソングで「グレタ・ガルボの溜め息,ベティ・デイヴィスの瞳」なる歌詞が繰り返される。いくら何でも,サイレント時代のこの両女優は古過ぎないかと思ったが,この曲は1981年に大ヒットした年間代表曲「ベディ・デイヴィスの瞳」であった。知らなかった。
「ポルノ映画撲滅,ホラ-映画は低俗」のデモ行進まで盛り込んでいて,笑ってしまった。連続殺人犯の危機がマキシーンに迫るホラーは,適当に書いた脚本に過ぎない。タイ・ウェスト監督は1980年生まれの44歳で,幼児期のことまで覚えていないだろうが,嬉々として1985年のハリウッドを再現することに徹していた。
(6月公開作品を順次追加します)
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