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O plus E 2022年Webページ専用記事#3
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
 
   『リターン・トゥ・スペース』: 下記の数作品よりは後に観たのだが,公開日順に並べるという原則により,当ページの先頭に配しておく。4月7日からNetflixで独占配信されているドキュメンタリー作品だ。華々しい成果を挙げた20世紀のアポロ計画,飛行船の再利用を目的としたスペースシャトル計画以降,有人宇宙ミッションが途絶えていたNASAが再び国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙飛行士を送り込む過程を描いている。いや,NASAと提携して宇宙開発を目指す民間企業・スペースX社の活動記録と言っても良い。同社と創業者のイーロン・マスク氏のPVの側面も強いと感じるが,それを割り引いてもなお,夢のある素晴らしい宇宙開発ドキュメンタリーだ。筆者は,フロリダにあるケネディ宇宙センターで,NASAが製作したIMAX映像を何本も観たが,その最高傑作にも劣らない出来映えだ。惜しむらくは,Netflix配信の映像の品質でなく,IMAXの大スクリーンで観たかったのにということくらいだ。過去のエポックとなったNASAの宇宙開発の映像も随所に盛り込まれ,スペースシャトルの2大事故(チャレンジャー号の打上げ直後の爆発,コロンビア号帰還時の空中分解)も登場する。改めて見て,何度か登場する地球の姿が美しい。NASAの各部署内の映像,打上げ,宇宙船内やISS内での活動のシーン,どれも素晴らしい。スペースX 社の度重なるロケット打上げの失敗から,ロケット再利用の成功に至るまでの努力の過程も一見に値する。有人宇宙飛行船「ドラゴン2」のISSへの往復,地球への帰還の成功が,この映画の核心だ。搭乗する2人の宇宙飛行士の配偶者もまた女性宇宙飛行士である。この映画を見た少年少女は,宇宙に行きたくなるか,それを支える職業に就きたくなるはずだ。テスラ社の共同創業者としてマスコミに登場することが多いE・マスク氏だが,この映画では彼の宇宙開発にかける情熱を熱っぽく語り,要所要所でスタッフと喜怒哀楽を共にする姿が見られる。単なる富豪でなく,見事な起業家であり,夢をもった人物だと感服した。
 『ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード』:ここからは,隔月刊の本誌短評欄に掲載し切れなかった作品となる。まずそのトップバッターの主演は,ライアン・レイノルズ。最近,また彼が主役かと思うほどの売れっ子だ。共演がサミュエル・L・ジャクソンとなると,マーベルものかと想像するが,全くテイストの異なるB級アクションコメディだった。S・L・ジャクソン演じるのが名うての殺し屋ダリウス・キンケイド,国際裁判の証人となった彼の警護に雇用されたボディガードのマイケル・ブライス役がR・レイノルズ,という関係で企画されたのが前作『ヒットマンズ・ボディガード』(17)のようだ。本邦では劇場未公開だったので観ていないが,冒頭で2人の関係が要約されているので,この続編にも素直に入って行けた。表題の真ん中に「Wife's」が入ったように,本作でマイケルはキンケイドの妻で詐欺師のソニアの警護をすることになる。前作で演じたサルマ・ハエックが引き続き演じているが,彼女の魅力全開のハチャメチャ映画である。セクシーで暴力的,55歳でこの美貌と超弩級のバディでフェロモンを振り撒くのだから,ある種の化け物だ。悪役にアントニオ・バンデラス,マイケルの義父役でモーガン・フリーマンが新登場するから,A級スターを配した全くのB級テイストのおバカ映画である。豪華でファッショナブル,イタリア観光も楽しめる。登場するクルマも新型武器もゴージャスで,小道具も多彩だ。同じストーリーで,会話とアクションシーンを少し真面目に作ったら,007シリーズかM:Iシリーズになるところだが,意図的におバカ映画として演出している。監督のパトリック・ヒューズ,脚本のトム・オコナーは前作と同じだ。この種の映画に対する批評家の評点は当然低いが,エンタメとしては入場料分しっかり楽しめる。前作はNetflixで配信されていたので追いかけて観たが,同じように楽しめた。どちらから先に観ても良い。馬鹿馬鹿しいと思いつつも,小難しい映画の後の口直しには最適だ。3作目が作られたら,きっと観てしまう。
 『今はちょっと,ついてないだけ』:続いては,題名が気になりながらも,3・4月号の校了後にしか試写を観る機会がなかった邦画である。何だろうと思わせる表題は,伊吹有喜の原作小説を踏襲していて,人生のやり直しを示唆するヒューマンドラマだと想像できた。主演は,NHK連続テレビ小説『マッサン』(14)でブレイクした玉山鉄二で,これが13年ぶりの映画出演だという。広報宣伝は,彼が主人公であることを強調している。かつて人気TV番組で脚光を浴びた写真家・立花浩樹が,大きな借金を完済するためだけに15年間を生きてきたが,あるきっかけから,再び写真を撮る歓びを見出す物語である。物静かで,いつも何かに堪え続けている立花がシェアハウスで一緒に暮らすことになる男性2人(音尾琢真,団長安田)と女性1人(深川麻衣)も,人生の落後者だった。4人での共同生活を通して彼らが人生の再出発を決意する物語は,これぞヒューマンドラマと思わせる。とりわけ,立花(玉山鉄男)と宮川(音尾琢真)のコンビが絶妙だ。監督は,『パーフェクトワールド 君といる奇跡』(18)の柴山健次。自ら脚本・編集も担当している。基本的に好い物語だと思うゆえに,少し苦言も呈しておきたい。現在と過去との時間の往き来が多過ぎて,物語展開に集中できない。日数をかけて読む小説ならそれもありだろうが,2時間余の映画の中で,1人でなく4人分の過去が頻出するのでは,付いて行くのに苦労する。それも種明かし的に過去を明かすので,個々の人物把握が一変してしまう。カメラワークもしかりで,目が疲れる。原作を簡素化し,もっとシンプルな物語展開で描いた方が,感動度も大きかったと思う。
 『パリ13区』:フランスの名匠ジャック・オディアール監督の最新作だ。『預言者』(09)をはじめ,欧州の映画賞の常連だが,カンヌ出品作品特有の難解さはなく,人物描写も物語展開も分かりやすく,ディテールの描写には定評がある。当欄で取り上げた最近の3作『君と歩く世界』(13年4月号)『ディーパンの闘い』(16年2月号)『ゴールデン・リバー』(19年Web専用#3)には,それぞれ☆☆+,☆☆☆,☆☆☆の評価を与えたので,当然本作にも期待した。とりわけ,前作『ゴールデン・リバー』は異色の西部劇で,米国人俳優が演じ,セリフも英語だったので,舞台をパリに戻して,何を描くのかと楽しみだった。フランス語の原題は『Les Olympiades』だが,スポーツ映画ではない。パリ市の第13区はセーヌ川南岸の行政区の1つだが,その南部の高層ビル群地域が1968年開催のグルノーブル冬期五輪にちなんで「オランピアード」と呼ばれている。『GAGARINE ガガーリン』』(22年1・2月号)に登場したのはソ連の宇宙飛行士の名を冠した郊外の公営住宅だったが,こちらは市内で,都市再開発の主対象地域というから,新しい都会的なパリの象徴的な場所のようだ。ただし,情緒豊かな古都の佇まいはなく,無機質で均一で,住民は多国籍である。そこで暮らす,若い男女の愛の姿をモノクロ映像で描いている。主人公は,台湾系の若い女性のエミリーで,本作が映画デビューとなるルーシー・チャンが抜擢された。祖母が所有する広めのアパートに住むエミリーのルームメイト募集に応募してきたのは,アフリカ系フランス人男性で高校の国語教師のカミーユ(マキタ・サンバ)だった。名前から女性であると勘違いしたとはいえ,彼の転居早々,2人が簡単に男女関係になるのには驚いた。その後も,かなり激しいセックスシーンが頻出するが,猥雑な感じがしないのは,洗練されたモノクロ映像のせいもあるのだろう。2人の存在は,この町に住むアジアやアフリカからの多数の移民の象徴だが,もう2人の主要登場人物,ノラ(ノエミ・メルラン)とアンバー(ジェニー・ベス)は根っからのフランス人女性だ。ただし,この2人がネット上のアダルトサイトを介して語り合う会話にも注目だ。いずれも高学歴であるのに,安定しない生活という共通項がある。前半は彼らの人生観に驚きつつも,物語が進むに連れ,「SNS時代に生きる未熟な大人たち」というテーマが理解できるようになる。グラフィックノベル作家エイドリアン・トミネの短編集中の3編を選び,オディアール監督が気心の知れた2人の女性監督・脚本家と練り上げた脚本だという。コロナ禍の2021年に生まれた女性視点の映画とのことだが,現在のパンデミックが終息し,2024年のパリ五輪の後に,この都市がまた新しい顔をしていることを暗示しているような気がした。
 『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』:この題名にたじろいでしまい,本誌の紙面に堂々と載せることを躊躇してしまった映画だ。ルーマニア映画で,同国出身の鬼才ラドゥ・ジューデ監督がコロナ禍で世界に漂う閉塞感を打破するために,敢えて人間の「性」を取り上げ,たっぷりと社会風刺を振りかけた作品である。タブーに挑戦したと広言するだけあって,テーマも構成もしっかりしていて痛快だった。さすが,ベルリン国際映画祭の金熊賞受賞作だけのことはある。主人公は,首都ブカレストの高校で働く女性教師で,夫との愛の交歓の私的ポルノ映像がネット上に流出してしまい,大騒動になるという物語である。では,激しいセックスシーンの映像が流れるのかと言えば,問題の流出ポルノの画面は殆ど黒く塗りつぶされている。何のことはない,「監督<自己検閲>版」と称して隠してしまい,音声だけで想像させるという趣向だ。全体は3部構成で,第1部では,当の女性教師エミが校長に釈明に来る。その往復経路で,猥雑な市中の映像が流れている。第2部はジューデ監督の選んだ言葉のエッセンスファイルで,この国の歴史・政治・宗教に関する言及があり,これを全部理解するには,かなりの知識と教養が要る。第3部は校長主催の保護者との対話集会で,エミが約20人の親たちからの吊るし上げに遭う。一見もっともらしい保護者の激しい舌鋒に,エミもしっかり逆襲する。筋が通っていて,この言葉のバトルは壮絶だった。とりわけ,知識と暗記に関する答弁,教育論は見事だ。人々の羞恥心,虚栄心,欺瞞,詭弁,正義感がさらけ出され,話題はユダヤ,ホロコースト,共産主義に及び,やがてフェミニズム,同性婚にまで行き着く。いつのまにか,ポルノがテーマであったことも忘れてしまう白熱ぶりだ。なるほど,映画祭の審査員好みの映画である。この法廷のような保護者会の結末は,3種類用意されていた。最後が大いに笑えた。
 『不都合な理想の夫婦』:奇妙な邦題だったのが,気になった。文法的には間違いでないが,日本語としての形容詞の組み合わせが変で,配給会社の命名者の言語感覚を疑った。洋画の邦題で「不都合な…」を使った話題作は,米国元副大統領のアル・ゴア氏が地球温暖化問題で警鐘を鳴らすドキュメンタリー映画の『不都合な真実』(07年2月号)で,原題は『An Inconvenient Truth』だった。その3年後に製作されたラブコメディ『An Ugly Truth』(09)の邦題を『男と女の不都合な真実』としたのは,ある種のパロディで,洒落っ気として許せた。ところが,本作の原題は『The Nest』で,「Inconvenient」にも「Truth」にも繋がりがない。ましてや,環境破壊とも関係はない。深く愛し合い,幸せな生活を送っていた中年夫婦に訪れる危機を描いたドラマであるから,男女の価値観の違いが主テーマだった上記の『男と女の…』から,「不都合な」を借用したのかと想像する。監督・脚本は,『マーサ,あるいはマーシー・メイ』』(13年3月号)のショーン・ダーキン。かつて新鋭監督として瑞々しい感性を発揮した彼も,今や中堅どころだ。主演は,ジュード・ロウとキャリー・クーン。時代は1986年,夫は英国出身の貿易商で,妻は米国生まれで競走馬の調教師をしているNY在住の夫婦という設定である。金融分野では激動の時代で,一獲千金を狙った野心家の夫の発案で,2人の子供を含む4人家族は,好景気のロンドンに移り住む。虚栄心の強い夫の計画は悉く失敗し,やがて家族間の信頼関係が崩れて行く様を見事に描いている。特に,英国と米国における夫婦間の価値観の違い,役割分担か対等かの問題に切り込んだと監督はいう。両国に住んだ経験があるカナダ人の監督は,英国人,米国人にとって身につまされる言動を随所に配しているのだろう。巧言令色で見栄っ張りの夫を演じるのに,美男俳優のJ・ロウはぴったりだ。終盤,タクシーの運転手から浴びせられる言葉が核心を突いていた。打ちひしがれた彼が取る行動によって,余韻の残す結末は見事な仕上げとなっている。すべてを承知の上で「不都合な」という言葉を冠したのなら,それも悪くないなと感じた。
 『チェルノブイリ1986』:言うまでもなく,36年前の1986年4月に起きた原子力発電史上最悪の事故といわれた大惨事の模様を描いている。当時はソ連領内だが,図らずも今回のロシア軍の歴史に残る暴挙のおかげで,現在のウクライナ国内にあり,ベラルーシ国境から首都キーウ(キエフ)に至る途中にあることを世界中が知った。急遽日本政府の方針で“Chernobyl”を「チョルノービリ」と書くことになったが,勿論,急には変更できないので,映画の邦題は旧名称表記のままである。劇中で「キエフ」の名前が何度も登場したが,この字幕は公開前に「キーウ」に換えるのかも知れない。当時,ドキュメンタリー映画の監督であったアレクサンドル・ロドニャンスキーは大事故発生の5日後に現地入りし,彼が目にした凄惨な現地の模様をいつか長編映画で再現したいと考え,本作の製作を企画したという。物語はフィクションだが,主役は若き消防士のアレクセイで,美男俳優であるダニーラ・コズロフスキーが,本作では製作・監督・主演を務めている。元恋人のオリガ(オクサナ・アキンシナ)と10年ぶりに再会した彼は,彼女の1人息子が自分の子供であると確信する。その子が事故発生時に原発の至近距離にいて,大量の放射線を被爆したことから,息子をスイスの病院で高度な治療を受けさせることを交換条件に,発電所内に入り,貯水タンクの排水弁を手動で開くという決死の任務を志願する……。ストーリーは少しチープだが,原発の構造や水蒸気爆発で欧州全土が汚染される危機の説明は克明で,任務遂行中に遭遇する障害の描写も真に迫っていた。勿論,現在の同原発内で映画撮影はできないから,同じ黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉を採用しているロシア領内のクルスク発電所で撮影し,消防服も一般人の衣服も,当時のものを使ったという。事故前の周囲の森の景観が美しい。恐らくロシアやウクライナにはよくある森なのだろう。それが被爆で赤く変色したという。ここまで過酷で危険とされる森に,今回のウクライナ侵攻でのロシア兵たちが,無防備で入って被爆したというのは,皮肉であり,滑稽ですらある。本作はウクライナ映画ではなく,2019年に撮影されたロシア製の映画だ。当時のソ連≒現在のロシアの官僚的体質が,告発調の辛辣なタッチで描かれている。こうした描写で平気だったのかと訝ったが,プロデューサーのA・ロドニャンスキーはウクライナ人であり,現在は「好ましからざる人物」と認定され,過去の全作品がロシアでは公開禁止処分になっているという。
 『死刑にいたる病』:ここから残り5本はすべて邦画だ。まずは,現在の日本映画界を支える実力派監督・白石和彌の最新作で,櫛木理宇の同名小説の映画化作品である。主人公は2人で,連続殺人犯で死刑判決を受けた榛村大和(阿部サダヲ)と,彼に拘置所まで呼び出された大学生・筧井雅也(岡田健史)だ。24人の若い男女を殺害した容疑で逮捕され,内9件が立件された殺人鬼・榛村は,「罪は認めるが,最後の事件は冤罪だ。犯人は他にいることを証明して欲しい」と獄中から雅也に依頼する。なるほど,9人目の被害者の女性だけは,年齢も犯行の手口も他と違っている。雅也は真犯人探しに没頭し,探偵のように榛村や被害者女性の周辺を追う内に,残酷な真相に辿り着く……。法廷ミステリーかと思えば,次第にホラーミステリーの様相を帯びてきて,やがてサイコサスペンスのもつ気味の悪さがこの映画を覆う。原作をかなりアレンジしているが,見応えのある犯罪映画であることは間違いない。原作以上の不気味さを醸し出しているのは,阿部サダヲ演じる元パン屋の榛村の人間像だ。中性的な美貌の持ち主という原作とは,かなりルックスが異なるが,もの静かで人懐っこい好人物という人物設定に,同じ監督の『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年11月号)で見せた阿部サダヲの演技が重なって見える。それゆえに,残る8件の殺人を犯したことを認める彼の人間性が,この映画の焦点だ。文句なしの好演である。脇を固めるのは,中山美穂,岩田剛典,音尾啄真らで,この監督は俳優の使い方が上手い。脚本がよく,演出もよく,音楽的にも上々の出来映えだ。そのまま描くと長過ぎて,単調になりがちな原作を,見事な脚色と映像化で描き切っている。
 『流浪の月』:シリアスドラマが続く。原作は凪良ゆう著の本屋大賞受賞作であり,脚本・監督が『悪人』 (10)『怒り』(16)の李相日というだけで,外れはないと予想できる。主演が広瀬すず,松坂桃李となると,これはもう見逃す訳にはいかない。それも,大学生のロリコン男による幼女誘拐監禁事件の被害者と加害者で登場するとなると只事ではない。その2人が15年後に再会し,心を通わせ合うという展開なら尚更だ。『怒り』の後,変則な作品が続いた李監督だが,6年おきのお得意の本格的な長編ヒューマンドラマである。広瀬すずと横浜流星のセックスシーンが話題になっているが,裸体は映らない。むしろ,役作りで激痩せした松坂桃李の裸体の方が衝撃だ。広瀬すずは少しずつ大人の女優になりつつあり,松坂桃李はまた芸域を拡げたと感じる。2人の年齢差が10歳というのは,役柄も実年齢も同じで,大人になった2人の複雑な関係のリアリティを高めている。原作では事件時に9歳という女児を,映画では10歳と設定したのは,監督の意図的な判断のようだ。それだけの配慮の半面,幼女時代を演じる白鳥玉季が,あまり広瀬すずに似ていないのが少し残念だった。この映画のような2人の関係は,いかにも小説だ,現実には有り得ない虚構だと思いつつも,思わず真剣に観てしまうのは,脚本力,演出力のなせる技だ。2人が再会するカフェの内装や位置関係,ベランダ越しの2人の会話,そして題名にもなっている月の姿……。構図もカメラワークも音楽も素晴らしい。それもそれのはず,撮影監督に『バーニング 劇場版』』(19年1・2月号)『パラサイト 半地下の家族』(同Web専用#6)のホン・ギョンピョが起用されている。
 『生きててよかった』:次はボクシング映画だ。スポーツとしてのボクシングはさほど好きではないが,ボクサーが主人公の映画は魂を打つものが少なくない。監督・脚本の鈴木太一,主演の木幡竜の名前は,この映画を観るまで知らなかった。この監督の長編デビュー作『くそガキの告白』(12)は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で審査員特別賞ほか4冠を獲得したが,それ以来10年振りの2作目だという。一方の木幡竜は,元プロボクサーで,中国映画にも多数出演していて,これまでは敵役中心のアクション男優のようだ。なるほど皮下脂肪が殆どない痩身で,鍛え上げた腹筋が本作の主人公・楠木創太に相応しい。助演陣では,ボクシングジムの会長役の火野正平,創太の母親役の銀粉蝶の2人が名を知られている程度で,他はほぼ無名の俳優ばかりだ。ヒロインの幸子を演じる鎌滝恵利もその1人で,ドクターストップで引退を決意した創太と結婚するが,やがて地下格闘技の世界にのめり込む創太に愛想を尽かし,2人は離婚する……。2人は幼なじみで,幸子がひたすら創太を慕うという設定だが,鎌滝恵利は長身の美形で,木幡竜とは年齢差もあり,カップルとしては少し不釣り合いに感じた。その不自然さが狙いなのかも知れない。6年越しの構想というだけあって,骨太のドラマに仕上がっている。底辺で生きる人々の描写も上手い。後半はボクシングではなく,格闘技世界へと移り,試合の迫力はリアルそのもの,ハンパではない。すっかり手に汗を握り,幸子とともに創太を応援してしまう。本作を機に,この監督にもっと機会が与えられればいいなと感じた。
 『バブル』:当欄ではまず取り上げない和製アニメ映画だ。『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(22年Web専用#2)の内容再確認のためシネコンに行った際,本作の予告編を観て,余りに美しかったため,たまには国産アニメの出来映えを確認しようとマスコミ試写に行く気になった次第である。主たる関心事は,こうした2Dセル調アニメが,どの程度CGを活用しているかと,「圧巻のグラビティ・アクション」がどれほどのものかの点検であった。まず,その技術分析から入ろう。2Dアニメであっても,コンテンツのデザインレベルでは3D-CGを活用していることは,今や常識となっている。それを踏まえた上でも,本作のCG活用は予想以上だった。そうでなければ,背景として登場するこれだけの都市空間は描けない。ドローンによる空撮も利用され,かなり精緻な3D幾何形状モデルが使われている。主題である多数の泡や落下物,船や自動車,水中の描写などもCGベースだろう。それを2Dセルアニメ風に変換・彩色する腕は,さすが世界に誇る日本のアニメである。3D空間でのカメラ移動もしっかり導入されていて,2Dアニメなのに映画の前半では,思わず足が竦んでしまうシーンも何度かあった。ただし,まともにフルCGで描画し,3D上映していたらもっと凄かっただろうと感じた。映画の内容に移ると,舞台となるのは近未来の東京で,不思議な泡(バブル)が降り注ぐ異常現象により,重力が壊れた街で若者たちがパルクールでビルからビルへと跳び回っている。その中の1人,特殊な聴覚をもつ青年ヒビキと,彼が落下した海の中で出会う少女ウタのラブストーリーが展開する。人魚姫のようなメルヘン世界と,再度の異常現象の到来によるディザースター映画の併せ技のような物語だ。この組み合わせ自体は悪くないが,日頃から和製アニメ嫌いの筆者は,やはり映画としての物足りなさを感じた。終盤のクライマックスになっても,お気楽な音楽が流れ,まるで緊迫感を感じない。主人公のウタのルックスから少女漫画の延長線上にあると感じる。登場人物の年齢分布も極めて狭い。社会性もなければ,ファミリームービーとしての暖かさもない。同じネタで,ディズニー&ピクサーやDWAが製作したら,全く違う映画になっていたことだろう。それが和製アニメの特徴であり,それを分かった上で観るファン層にはこれで十分だと思う。筆者のようなアンチファンがとやかく言う権利はないことを再確認した。
 『劇場版 おいしい給食 卒業』:最後は明るく楽しい映画で締めたい。人気TVシリーズの映画化版の第2弾だそうだ。給食を食べることが生き甲斐という中学校教師・甘利田幸男(市原隼人)と,彼がライバル視する男子中学生・神野ゴウ(佐藤大志)との給食の食し方に関するバトルを描いている。そう聞いただけで,他愛もない,コミカルな映画を想像する。全くこのシリーズを知らなかったので,まず前作『劇場版 おいしい給食 Final Battle』(20)を観た。予想通り,軽快でバカバカしいが,独身男性教員・甘利田の一途さが微笑ましかった。ただし,「学園グルメコメディ」という割に,肝心の給食は全く食欲をそそらなかった。やはり,学校給食はその程度のものだ。第1作では,舞台となる常節中学校での給食廃止に反対した甘利田が他校に転勤となることで物語は終了する。続編の本作は,まだ給食が続いている転勤先の黍名子中学校が舞台で,前作の約1年半後の1986年の秋から物語は始まる。甘利田を追って,この中学校に転入してした神野は3年生になっていて,甘利田が担任のクラスに入る。勿論,2人の楽しい給食の食し方バトルが再開し,受験シーズンの前だというのに,給食のメニュー改革の不穏な動きに立ち向かう……。宿敵である教員委員会・鏑木(直江喜一)との口論も,少し涙する味付けも定番だが,心地よい。甘利田と女性教師との淡いラブロマンスも配されていて,寅さん映画を彷彿とさせる。当映画評の短評欄はシリアスドラマか激しいアクション映画が多いので,口直しにはこういう映画もいいなと感じる。前作を観ていた方が味わえるが,本作から入ってファンになり,前作やTVシリーズを追うのもありかと思う。
   
 
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