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O plus E VFX映画時評 2023年2月号

第95回アカデミー賞の予想(+結果分析)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


今年は半月遅れ, 技術部門は今年も混戦模様

(2023年2月22日記)

第80回ゴールデングローブ賞ノミネート作品」(23年1月号)に「受賞結果」を書き加えた時,この恒例の「アカデミー賞予想」は2月中旬に公表と予告しておきながら,少し遅くなってしまった。1本でも多くノミネート作を観終えておきたかったのと,授賞式が例年より約半月遅れの3月12日(日)の夜(日本時間3月13日(月)午前中)だと気がついたからである。理由はよく知らないが,一昨年はコロナ禍の影響で約2ヶ月遅れの4月25日(日),昨年は約1ヶ月遅れの3月27日(日)だったから,3年かけて定常状態に戻すつもりなのかも知れない。
 ノミネート作品は1月24日に発表されている。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が最多の10部門,11ノミネートだった。この作品の最大の欠点はカタカナ題名が長過ぎることで,既に『エブエブ』なる愛称で呼ばれている。昨年の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』よりは1つずつ少ない。以下,『イニシェリン島の精霊』と『西部戦線異状なし』が9部門,『エルヴィス』が8部門,『フェイブルマンズ』が7部門,『TAR/ター』と『トップガン マーヴェリック』が6部門で続いている。
 前哨戦のGG賞では,ドラマ部門で『フェイブルマンズ』,ミュージカル/コメディ部門で『イニシェリン…』が作品賞を受賞しているが,どう考えても後者がM/C部門というのはおかしい。本来なら,コメディタッチの『エブエブ』が取るべき賞である。アカデミー賞ではその区分はないので,この3強がガチで支持の多さを競うことになる。意外だったのは,『西部戦線…』が3強の一角の『フェイブルマンズ』よりも多くの部門で候補になったことだ。スタッフもキャストも大半はドイツ人で,ドイツ語(一部だけフランス語)の映画だったので,てっきり「国際長編映画賞」部門だけのノミネートかと思ったのだが,Netflix等の米国資本も入っているためか,多くの支持を得たようだ。当欄でも最初から評価を与えたように,優れた作品であることは間違いない。
 この予想記事で困ったのは,6部門ノミネートの有力作品『TAR/ター』が未見であることだ。国内での配給会社のGAGAは,毎年ノミネート作品に恵まれていて慣れているので,ことさら宣伝材料にしない。今年は作品賞候補に『エブエブ』『逆転のトライアングル』『TAR/ター』の3本も入っているので,5月公開の『TAR/ター』を早くからマイナーメディアにまで見せようとしない訳だ。このため,下記の各部門で『TAR/ター』が受賞したら「不戦敗で,ご免なさい」とならざるを得ない。
 昨年の授賞式では「編集賞」「作曲賞」「美術賞」等の8部門は現地のステージで発表・表彰はせず,事前収録した映像を流していた。これが不評だったので,今年は全部門リアルタイム発表・表彰するようだ。昨年は驚くべき暴力沙汰があったが,今年も何かハプニングがあるのではと,野次馬気分で見る人も多いことだろう。
 昨年の予想記事中で,「今年は的中率が下がりそうだと感じるのは,(中略)作品賞とそれに準じる演技賞部門のノミネート作に席捲されていて,しかも図抜けた作品がないためだ。(中略)例年は各部門で突出した候補作があり,単勝1本買いの感覚で予想できるのだが,今年はそうはならずに混戦模様だ。5分の1の予想的中はなかなか難しく…」などと書いていた。それでいて,結果的に的中率が高かったのは,技術部門で多数受賞した『DUNE/デューン 砂の惑星』のお陰だった。今年は演技賞部門が絞りやすいのに対して,技術賞部門は昨年以上に皆目見当がつかない。「今年は,全くのダメ元で,穿った見方の予想をしてみる」と予防線を張っておこう。
 以下の予想印と,その意味するところの文は,昨年までと全く同じである。軽々しく評価基準を変えるべきでないという理由からだが,今年はこれに縛られてしまって,うまく予想できなかった。特に,「予想的中」の曖昧さを避けるため,◎と★を同時に入れない自己規制ルールを設けたためだが,今年は「主演女優賞」のみ,この禁を破ってしまった。

 ◎:世評を考慮した比較的素直な予想での「本命」
 ○:同上の意味での「対抗」となる作品
 ★:好きな映画ではないが,アカデミー会員ならこれを選ぶと想像する変則の「予想」
 ☆:個人的な好みで,これが選ばれれば嬉しいという「願望」


部門毎の予想と個人的願望

 ●作品賞部門:しばらく8〜9本ノミネートが続いていたが,昨年から「10本固定」となった。そのため,今年はそれに値しない作品が入っている感がある。候補作10本の内,8本は既に観た(2本は3月号で紹介する)のだが,上述の『TAR/ター』と初夏公開予定の『ウーマン・トーキング 私たちの選択』が未視聴だ。既に観た8本の当欄の評価は,『トップガン…』と『逆転のトライアングル』が評価で,他の6本はすべて評価である。やはり作品賞候補作はそれなりの佳作が多く,当欄もしかるべき評価を与えているという証左だ。
 この6本の中から,『エブエブ』を本命◎,『イニシュリン…』を対抗○にした。この両作は映画としてのイメージがかなり違う。『イニシュリン…』はいかにも映画祭の審査員好みの正統派のシリアスドラマであり,『エブエブ』は異端作品好みの評者や観客にアピールする映画だ。筆者はミシェル・ヨー主演とSFタッチの魅力の両方の理由で『エブエブ』を推す。メンタル的には,『エブエブ』が☆,予想としては『イニシュリン…』を★とつけたいところだが,それだと『エブエブ』が受賞した時に「外れ」になってしまうので,◎と○にした次第である。
 最近は最多ノミネート作が作品賞を獲れないという嫌なジンクスがあるが,それを跳ね除けて欲しい。むしろ,GG賞受賞作がアカデミー賞を獲れないという傾向の方を信じて,『エブエブ』の逆転を応援している訳だ。
 ●監督賞部門:上記とほぼ同じの理由で,上記の両作が◎と○予想だ。プラスして,GG賞の監督賞受賞の『フェイブルマン』に☆印をつけておきたい。この作品の演出力に対する評価ではなく,劇中に登場する映画監督を志す青年(当然,S・スピルバーグ監督の若き日の姿)に対する応援であり,「特別功労賞」的な意味を込めて投票するアカデミー会員がかなりいると予想してのことである。
 ●主演男優賞部門:珍しく今年は候補作5作品すべての試写を観る機会を得た。その中で,『インシュリン…』のコリン・ファレルが断トツの本命◎は揺るがないと思う。他のヒュー・ジャックマン(『 The Son/息子』)やブレンダン・フレイザー(『ザ・ホエール』)も好演,熱演だと思うが,その評価止まりだ。主演男優だけが目立って,作品として弱過ぎる。
 ●主演女優賞部門:素直にミシェル・ヨーが『エブエブ』の主演で,八面六臂の活躍をしていることが嬉しい。ところが,これまた大のお気に入りのケイト・ブランシェットが『TAR/ター』で名演技を見せているという噂が気になって仕方がない。未見であるゆえに,順序の付けようがなく,今年のこの部門に限って,自ら作った規則を捻じ曲げて,◎と★をつけることにした。
 ●助演男優賞部門:この部門も作品賞,監督賞に近い意味合いの◎と○だが,2人の差は少し大きい。
 ●助演女優賞部門:この部門は無風だろう。『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』で,息子ティ・チャラの亡き後,母のラモンダ女王としてワカンダ国を統治するアンジェラ・バセットの姿が威厳に満ちていて,まさにオスカーに相応しい。
 ●脚本賞部門:最も思いがけない物語展開という意味では『逆転のトライアングル』だが,この映画を好きになれない。異色の展開という点でひけをとらない『エブエブ』だが,よくぞこんな脚本を書いたと感心する。人種偏見のいじめに遭いつつ,夢を抱いて将来に羽ばたくラストに感動するのが『フェイブルマン』で,両作とも脚本の好感度は高く,☆をつける。
 その一方で,しっかりした人間関係の機微を描いた脚本として随一なのが『イニシェリン…』で,アカデミー会員はこの脚本に投票すると想像し,★予想にする。もっとも,作品賞,監督賞,助演男優賞等で『エブエブ』に負けて,『イニシェリン…』が主演男優賞とこの部門だけの受賞になってしまうことを期待しているのだが(笑)。
 ●脚色賞部門:第一次世界大戦を描いた『西部戦線異状なし』が残ってしまった。これを本命◎にして,黒澤映画の名作『生きる』(52)を英国映画としてリメイクした『生きる LIVING』(3月号で紹介予定)を,願望をまじえての☆予想とする。日系人でのノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロが脚本担当なので応援しない訳には行かないが,原典に忠実で,少し上品にしただけなので,脚色賞の候補としては弱い。
 ●撮影賞部門:筆写としては前作がこの賞を受賞した『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が本命◎,本物の戦闘機のコックピットにIMAXカメラを据え付けて撮影した『トップガン…』が対抗○だと考えていたのだが,両作ともノミネートされなかった。どういう選考基準かと疑う。構図,レンズ選択,カメラワークのユニークさでは『バルド,偽りの記録と一握りの真実』が群を抜いているが,この作為的な撮影方法を好きになれない。もっと言えば,この映画が受賞して欲しくない。消去法で,この部門も『西部戦線異状なし』が残ったが,あまり自信はない。
 ●美術賞部門:こちらは自信をもって『アバター:ウェイ…』が本命◎だ。海の中の美しさは特筆に値する。もう一作を挙げておくなら,筆者の好感度は高いのに,作品賞ノミネートを逃した力作『バビロン』を挙げておきたい。
 ●編集賞部門:図抜けた作品はないが,撮影賞にノミネートされなかった以上,『トップガン…』にせめて編集賞を与えなくてはと考えるアカデミー会員が多いかと予想する。個人的には,時空を超えた変幻自在の場面転換を見事に編集した『エブエブ』をここにも入れておきたい。
 ●メイキャップ&ヘアスタイリング賞部門: 善人役の代表格のトム・ハンクスを全編特殊メイクで敵役トム・パーカー大佐に仕立てた『エルヴィス』が対抗○だ。となると,本命◎はブレンダン・フレイザーを全く本人と分からないほどの超肥満体型(体重272kgのデブ)に仕立てた『ザ・ホエール』(4月号で紹介予定)しかない。
 ●衣装デザイン賞部門: 昨年の『クルエラ』と同様,当部門にだけノミネートされた『ミセス・ハリス,パリへ行く』が大本命◎だ。ドレスのデザイン&縫製には,ディオールの全面的バックアップがあったからとはいえ,あの赤や緑の華麗なドレスを見せられたら,誰もがオスカーは確実と思うだろう。ファッションショーのシーンに登場する数々のドレスも加点要因だから,他作品は勝負にならない。一応,差のある対抗○として,『ブラックパンサー/ワカンダ…』を挙げておこう。ラモンダ女王やそのお付きの女官たちの衣装,国王の葬儀に民衆が着ていた白装束等々の総合評価であり,新ブラックパンサーのスーツに対する評価ではない。
 ●主題歌賞部門:個人的には,『魔法にかけられて2』の“Love Power”が素晴らしいと思ったのだが,ネット配信の映画自体が選考の対象外なのだから,仕方がない。ノミネート5作品の中からは,今年も本命視できる突出した佳曲が見当たらなかった。変則な理由だが,作品賞にも国際長編映画賞にもノミネートされなかった『RRR』に,埋め合わせとして,ここでオスカーを獲らせると予想しておく。劇中で流れる“Naatu Naatu”そのものが特に優れている訳ではないが,曲に合わせての主人公2人の圧倒的なダンス込みでの評価である。
 残りのエンドソングはドングリの背比べだが,『エブエブ』の“This Is A Life”や『ブラックパンサー/ワカンダ…』の“Lift Me Up”よりも,レディ・ガガが歌っている『トップガン…』の“Hold My Hand” を少し好ましく感じた
 ●作曲賞部門:劇伴のOriginal Scoreを競うこの部門も混戦だが,個人的には『バビロン』に獲らせたい。全編を貫くジャズの高揚感,高らかなトランペットの音が今も耳に残っている。
 ●音響賞部門:今年の予想で,最も自信のない部門だ。止むなく選んだ本命◎は,圧倒的な映像にマッチしたサウンドデザインの『アバター:ウェイ…』だ。ジェット機の轟音がウリの『トップガン…』を対抗○にしておく。いずれも,IMAX上映の音響設備で聴いてこそ,その価値が分かる。皮肉にも,撮影賞にノミネートすべきと思った2作品を,この部門で推す形になってしまった。
 ●国際長編映画賞部門:各国代表作品をさらに5本に絞り込んだだけあって,秀作揃いだ。本邦公開の予定がない『The Quiet Girl』を除く4作品で,『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』を本命◎,『西部戦線異状なし』を対抗○としておく。好きライバル作で,確信度(応援度)は55:45だが,多数部門ノミネートの『西部戦線…』がその勢いでこの部門を征しても不思議はない。


当欄にとっての主要2部門の予想

 ●長編アニメ賞部門:過去12年間でこの部門は11勝1敗だから,今年も外す訳には行かない。例年よりもレベルが高く,少し驚きなのは,常連のディズニー&ピクサー組からはピクサー作品の『私ときどきレッサーパンダ』だけで,本家ディズニー・アニメーション作品も人気のイルミネーション・スタジオ作品も選に漏れるという年になったことだ。幸いにも,当欄の昨年度総合評価No.2の『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が頭1つ抜けているので,安心してこれを本命◎にできる。
 本邦公開予定のない『Marcel the Shell With Shoes On』は勿論未見だが,予告編で見る限り,同じくコマ撮りアニメであっても,スケールの大きさからして,『…ピノッキオ』の競争相手ではない。他のフルCGアニメ3作品はいずれも当欄で評価をしたが,その中でのランクを付けする意味で,『長ぐつをはいたネコと9つの命』(3月号で紹介予定)を最上位と考え,○印をつけておく。
 ●視覚効果賞部門:過去12年間の成績は,8勝3敗,1不戦敗(日本での未公開作品が受賞)であった。今年は『アバター:ウェイ…』という別格の大本命があるので,9勝目は固い。他は比べるに値しない。

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以上をまとめると,以下のようになる。
・作品賞:◎『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
     ○『イニシェリン島の精霊』
・監督賞:◎ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート
       ~『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
     ○マーティン・マクドナー ~『イニシェリン島の精霊』
     ☆スティーヴン・スピルバーグ ~『フェイブルマンズ』
・主演男優賞:◎コリン・ファレル ~『イニシェリン島の精霊』
・主演女優賞:◎ミシェル・ヨー ~『エブリシング・エブリウェア…』
       ★ケイト・ブランシェット ~『TAR/ター』
・助演男優賞:◎キー・ホイ・クァン ~『エブリシング・エブリウェア…』
       ○ブレンダン・グリーソン ~『イニシェリン島の精霊』
・助演女優賞:◎アンジェラ・バセット ~『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
・脚本賞:☆『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
     ☆『フェイブルマンズ』
     ★『イニシェリン島の精霊』
・脚色賞:◎『西部戦線異状なし』
     ☆『生きる LIVING』
・撮影賞:◎『西部戦線異状なし』
     ○『バルド,偽りの記録と一握りの真実』
・美術賞:◎『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
     ☆『バビロン』
・編集賞:★『トップガン マーヴェリック』
     ☆『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
・メイキャップ&ヘアスタイリング賞:◎『ザ・ホエール』
                  ○『エルヴィス』
・衣装デザイン賞:◎『ミセス・ハリス,パリへ行く』
         ○『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
・主題歌賞:★『RRR』
      ☆『トップガン マーヴェリック』
・作曲賞:◎『バビロン』
・音響賞:◎『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
     ○『トップガン マーヴェリック』
・国際長編映画賞:◎『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』
         ○『西部戦線異状なし』
・長編アニメ賞:◎『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
        ○『長ぐつをはいたネコと9つの命』
・視覚効果賞:◎『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』


付記:受賞結果を振り返って

(2023年3月21日記)

■『エブエブ』の大勝ちは嬉しかったが,全体には余り記憶に残らない年になるだろう
 正直なところ,一推しだった『エブエブ』の作品賞,監督賞受賞は嬉しかったが,7部門受賞の大勝ちは意外だった。意外な的中を喜んだり,外れの敗因分析をすぐに書く前に,昨年同様,1週間ほど寝かせることにした。この間に,他誌/他サイトの予想と結果を見比べたり,一般紙誌やネット上でどう報道されているかも眺めてみた。
 最も多かったのは,ミシェル・ヨーの主演女優賞受賞がアジア系初であることを快挙としたり,『エブエブ』の多部門受賞を「アジアの嵐が巻き起こった」「アジアパワーの炸裂」のように報じていた。アジア系初はそれほどの快挙なのか? 監督賞は,台湾出身のアン・リーが, 第78回『ブロークバック・マウンテン』(05)と第85回の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(13年2月号)で2度受賞している。作品賞&監督賞は,3年前に韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』(19年Web専用#6)が両部門を含む4部門でオスカーを得たし,さらに翌年の監督賞は『ノマドランド(21年3・4月号)のクロエ・ジャオが北京生まれで,有色人種の女性初の受賞であった。そう考えると,主演女優賞がこうなるのも時間の問題であっただけで,さほどの快挙という気がしない。
 最多7部門受賞は,最多10部門,11ノミネートからすれば不思議ではないが,他作品との兼ね合いで,各受賞部門に今年は余り強力なライバルがいなかったためだと思う。最近は白人への集中が攻撃材料になるため,複数候補が同レベルであれば,アカデミー会員は非白人を選んでおいた方が無難と考える傾向があるようだ。
 この何年か,最多ノミネート作が作品賞を受賞できないというジンクスがあったが,それを跳ね除けたのは,この欄で予想したように, GG賞で作品賞を受賞しなかったことが,逆にプラスになったのだと思う。3強と言われた他の2作,『フェイブルマンズ』と『イニシェリン島の精霊』がいずれも無冠に終わったのは,GG賞で作品賞を受賞したことがマイナスに働いたからだとしか思えない。数年前までは,作品賞ノミネートの全作品は最低一冠を確保していたのに,昨年は3作品が無冠で,今年もこの2作品に加えて,『エルヴィス』『TAR/ター』『逆転のトライアングル』も何も受賞していない。ノミネートが10作品固定というのに無理があり,今年はどう考えても作品賞に値しない映画が入っていたと感じた。それでも,計5作品が無冠というのは予想できなかった。来年以降,10作品固定は廃止され,8〜9作品のこともあり得るのではと思う。
『エブエブ』の7部門に続いては,『西部戦線異状なし』が4部門,『アバター:ウェイ…』『トップガン…』『ウーマン・トーキング…』が各1部門受賞という結果に終わった。『西部戦線…』はいい映画であるが,本作に集中したNetflixの広報宣伝力と,ドイツ映画も入れておこうかというアカデミー会員の投票性向によるもので,実力以上の評価だと感じた。そもそも,作品賞は映画の出来映えの総合的評価であるのは当然で,監督賞,脚本賞の候補が作品賞候補サブセットであるのは理解できる。他の技術賞部門までが作品賞候補に偏るのは不自然で,1部門だけで優れた作品がもっとノミネートされ,オスカーを獲得する方が自然だと思う。この点でも,作品賞ノミネートのあり方が少し変わってくるかと感じた。
 総合的に考えれば,『エブエブ』の多部門受賞を「アジア旋風」と報じる以外に話題性がなかっただけで,後年振り返ると,余り印象に残らない地味な年だったということになると思う。

■ 予想印毎の結果分析
(a) ★が受賞:主題歌賞
『RRR』がこの部門で選ばれたのは,予想通り,主人公2人のダンスシーンが評価されたからのようだ。作品賞,視覚効果賞,国際長編映画賞部門にノミネートされてもおかしくない力作であっただけに,単独ノミネートのこの部門での受賞は予想通りであった。

(b) ◎が受賞:作品賞,監督賞,主演女優賞,助演男優賞,撮影賞,メイキャップ&ヘアスタイリング賞,長編アニメ賞,視覚効果賞
 15部門に◎予想を入れ,的中は8部門であるから,余り良い成績ではない。少なくとも,一昨年,昨年に比べて的中率は低い。それでも,作品賞,監督賞,長編アニメ賞,視覚効果賞の当欄にとっての主要4部門を(★は含まずに)◎的中で揃えられたのは4年ぶりであるから,敗北感はない。撮影賞,メイキャップ&ヘアスタイリング賞も,ごく普通の予想で,当欄独自の眼力で的中させたという訳でもない。全体として,まずまずの年だったという感が強い。

(c) ○が受賞:音響賞,衣装デザイン賞,国際長編映画賞
8部門に◎と○の両方をつけ,5部門は◎が受賞,残りを上記3部門が受賞であるから,保険をかけて,何とか外れ馬券にならなかったということで,さほど嬉しくはない。最も自信がなかった「音響賞」が,他で何も獲れなかった『トップガン…』に与えられたのは納得できる。「衣装デザイン賞」は,どう考えても『ミセス・ハリス…』に与えられるべきだと思うが,皆が本命視したゆえ,へそ曲がり会員の票が他に流れたということか。「国際長編映画賞」は,今も個人的に『アルゼンチン1985…』の方が優れていると思うが,GG賞受賞が裏目に出て,Netflixの集中応援を得た『西部戦線…』に逆転負けしたということだろう(負け惜しみだが)。

(d) ☆が受賞:脚本賞,編集賞
 当欄の★予想が外れ,共に『エブエブ』が受賞した。穿った予想よりも願望が叶ったのだから,喜んでいいはずだが,さほど嬉しくない。大穴馬券を当てたのではなく,当たったものの,配当は少なかったという「トリガミ馬券」に相当する感じだ。

(e) 無印が受賞:主演男優賞,助演女優賞,脚色賞,美術賞,作曲賞
「脚色賞」受賞の『ウーマン・トーキング…』は未見であるから,不戦敗に当たる。「主演男優賞」と「助演女優賞」は◎だけの大本命予想を外したが,これは完敗だ。多数の評論家や他サイトも同じように外している。両作ともGG賞受賞が裏目に出たケースだと思う。「主演男優賞」は『イニシェリン島の精霊』のコリン・ファレルの方が数段優れていると思うが,『ザ・ホエール』のブレンダン・ブレイザーがオスカーを得たのは判官贔屓で,カンバック賞的な意味合いの応援投票が増えたからだと思う。「助演女優賞」は,2人ノミネートの『エブエブ』から,ジェイミー・リー・カーティスが受賞したのは意外だった。2人だと票が割れるはずが,アジア系でない彼女の方が選ばれたのは,『エブエブ』の勢いをもってしても説明できない。最近は出演作も少なく,唯一の継続出演だった『ハロウィン』シリーズのローリー役も,『ハロウィン THE END』(4月号で紹介予定)で終わってしまうので,彼女の場合も「まだまだ頑張って下さい」という応援投票であったのだろうか。
「美術賞」「作曲賞」が『西部戦線…』に与えられたのは,Netflixの後押しを考慮に入れても,全く理解できない。改めてざっと眺め直してみたが,いずれも他作品に比べて優れていたと思えない。美術セットもオリジナルスコアも,それだけに限るなら,秀逸だった映画は沢山あったはずなので,ノミネート時の選択基準,投票権のある会員を見直すべきではないかとさえ思うほどだ。


付記2:未見だった2本をようやく見終えて

(2023年4月27日記)

 作品賞ノミネート作品10本の内,『TAR/ター』と『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の2本は授賞式までに試写を観ることができなかった。全く機会がなかった訳ではないが,マスコミ試写の予約に出遅れて,3月10日までに観られる回がすべて満席であったためである。かくなる上は,公開時期に近づいてからじっくり観ようと考え,2本とも4月になってようやく視聴した次第である。「じゃんけん後出し」になるが,受賞結果と照らし合わせた感想を述べておこう(作品自体の紹介は,5月号,6月号で掲載する)。
 6部門ノミネートで無冠に終わった『TAR/ター』は,不戦敗を覚悟して予想では考慮しなければいいのに,大好きなケイト・ブランシェットが主演女優賞の有力候補との噂に血迷ってしまった。なるほど大女優の貫録たっぷりの演技ではあったが,これくらいは彼女なら当然だと感じてしまった。印象としては,久々に『エブエブ』の主演で縦横無尽の活躍を見せたミシェル・ヨーの方が数倍上だった。初ノミネートならもう少し接戦だったかも知れないが,既に『アビエイター』(05年4月号)で助演女優賞,『ブルージャスミン』(14年5月号)で主演女優賞と2度もオスカーを得ているので,今回は票を入れないでおこうと考える方が自然だ。それを◎と★の両方はつけないというルールを破ってまで予想印をつけたのは,お粗末の限りだ。映画自体は力作ではあるが,作品賞,監督賞はもとより,脚本賞,撮影賞,編集賞のいずれでも,他候補から頭1つ抜けていると感じるものではなかった。無冠で終わったことも納得できる。
 もう一方の『ウーマン・トーキング…』は,さほど期待していなかったのだが,思いがけない大傑作であった。数合わせで作品賞候補に滑り込んだだけと思っていたのだが,どうしてどうして,間違いなく評価に値する映画である。先に観ていれば,間違いなく,脚色賞の大本命にしていたことだろう。不戦敗であったことが口惜しい。それゆえ,負け惜しみと言われることを覚悟で,この付記2を書きたかった訳である。


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