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O plus E誌 2021年9・10月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『クーリエ:最高機密の運び屋』:1962年10月のキューバ危機の舞台裏での諜報活動の実態を綴った実話である。米国大統領やその側近たちの苦悩は,ケビン・コスナー主演の『13デイズ』(00)が描いていた。本作の主人公(ベネディクト・カンバーバッチ)は英国人の一介のセールスマンで,核戦争を危惧するソ連の高官から得た機密をCIAやMI6に流す「情報の運び屋」である。主人公と英国MI6との下打合せ,GRU(ソ連軍参謀本部情報総局)のペンコフスキー大佐との交流の描写はリアルで,これぞ本物のスパイ活動だ。ソ連に逮捕されてからの収監中の模様も,さすが実話ゆえの描写だと感心する。勿論,007のような派手なアクションはなく,淡々としているが緊迫感漂う展開は,ジョン・ル・カレのスパイ小説を彷彿とさせる。1960年代前半のモスクワ市内を再現した映像が見事で,劇中に登場するボリショイ・バレエの場面も印象的だった。
 『空白』:観ているのが辛くなる映画だった。スーパーで万引きしようとした女子中学生が店長に見つかって逃げ出し,追いかけられる中で自動車事故死する。怒り狂った父親・添田が店長・青柳を執拗に責め,鬼と化す描写が凄まじい。古田新太演じる狂気の父親ぶりが真に迫っている。過酷な追求を受ける松坂桃李の演技が見事で,ほぼすべての観客は心を痛め,不憫に感じる。彼を励まし,やがて想いを寄せる中年女性店員を演じる寺島しのぶも上手い。学校教師の描き方,マスコミ報道の扱い方,風評被害の恐ろしさ,現代社会の冷酷さを,終始告発調で描いている。事故に過ぎないのに,誰もが苦しみ,誰も倖せにならない物語は,もう少し別の落とし所がなかったのかと思う。「息の止まる感動のラストシーン」というが,さほど感動しなかった。𠮷田恵輔監督のオリジナル脚本だが,描くことだけに興味があり,観客がどう感じるかは考えていないと感じた。
 『ディナー・イン・アメリカ』:1990年代のパンクロックのテイストで描く異色のラブストーリーだ。誰からも好かれない孤独な少女パティが,警官に追われる男サイモンを匿ったことから生じる騒動と彼らの間に生まれる風変わりな恋心を描いている。日本語のキャッチコピーは「最狂の愛を食らいやがれ」で,映画の冒頭からパンクしていた。お尋ね者が食事の席で捧げる祈りが笑える。猫の死骸を使った仕返しも笑える。ハチャメチャなのは言動だけで,難解さはゼロ。ラブストーリーは分かりやすい。パンク一辺倒かと思ったら,音楽は多彩で,劇伴曲も物語に見事に寄り添っている。監督・脚本・編集は,アダム・レーマイヤー。意図的に粗野な表現を使い,悪ぶっているが,長年こういうラブストーリーを描きたかったのだろう。サイモンは彼の分身だ。平均的なアメリカ家庭への「糞くらえ」がメッセ―ジだが,随所で愛が溢れている。
 『殺人鬼から逃げる夜』:本号では4本のホラーを紹介するが,トップバッターは耳の不自由な若い女性が連続殺人鬼に狙われる韓国製のホラーサスペンスだ。韓国映画らしく,主人公はかなりの美形で,無差別,快楽系の殺人鬼も結構イケメンだ。偏執狂らしい雰囲気を醸し出している。狙われる主人公母娘は,全く聴こえないので,殺人鬼が近づくのを感知できず,手話では通報もままならない。全編を通じて手話で演技する2人の俳優は,さぞかし大変な経験だったことだろう。この種のホラーで助からない訳はないが,どうやってこの危機を切り抜けるか見どころだ。自宅内で危機が迫る模様は,同じく聾唖者の『クワイエット・プレイス』シリーズの長女よりも,『暗くなるまで待って』(67)で盲目の主人公を演じたオードリー・ヘプバーンを思い出す。音を検知したこと示す表示装置が面白かった。オチはかなり意外で,面白いアイディアだと感心した。
 『護られられなかった者たちへ』:同じく凄惨な連続殺人事件を扱った邦画だが,ホラー性はない。中山七里の同名推理小説の映画化作品で,監督・瀬々敬久,主演・佐藤健は,『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17)のコンビだ。佐藤健が演じるのは,捜査線上に浮んだ被疑者・利根泰久で,仮出所したばかりの模範囚である。彼を追う硬骨漢の刑事・笘篠役を阿部寛が,同僚の若手刑事を林遣都が演じる。東日本大震災の被災者事情と生活保護問題を組み合わせた社会派ミステリーで,脚本が素晴らしい。映像として,大震災直後も9年後も,被災地の模様がよく描けている。震災時の避難所で知り合った老婆(倍賞美津子),両親を失った少女(清原果耶),青年・利根の3人の擬似家族が微笑ましい。倍賞美津子が渋く,清原果耶の演技力もなかなかのものだ。他も好いキャスティングだ。ヒントは多々あるので,ミステリーとしては結末が読めてしまうが,謎解きが目的ではない。
 『死霊館 悪魔のせいなら,無罪。』:ホラーの2番手は,大ヒットシリーズの最新作だ。最近「死霊館ユニバース」と命名され,その7作目に当たる。実在人物のウォーレン夫妻が登場するメインラインとしては3本目で,『死霊館3』と仮称していた作品である。とにかくこの夫妻が登場するだけで,ファンは嬉しい(ただし,ベラ・ファーミガは少し老けて太って,容色が落ちた)。今回も現実にあった事件が扱われていて,1981年,家主を22回刺して殺害した青年が悪魔に取り憑かれていたことを理由に無罪を主張する。そこで,心霊研究家のウォーレン夫妻が裁判所からの調査依頼を受けるという手はずだ。そこまでは実話でも,悪魔の存在を陪審員や判事が認定したと思えないから,ホラー映画としてどういう結末に仕立てるかが興味の的だ。夫妻の活躍はフィクションだろうが,「エクソシスト」もののルール,シリーズのお作法はしっかり守っていた。
 『TOVE/トーベ』:フィンランド映画で,世界中で愛される「ムーミン」の原作者である女性画家トーベ・ヤンソンの伝記物語である。父は彫刻家,母は挿絵画家の家庭に生まれ,14歳で自らも挿絵画家としてデビューした彼女の,30代から40代前半にかけての時代を描いている。1944年,第2次世界大戦中のヘルシンキを舞台に物語は始まる。防空壕の中で子供達に語った物語からムーミンの着想が生まれたという。そして,戦後の芸術家同士の交流会,自由恋愛の世界が展開し,まずは妻子ある政治家との恋,そして夫ある演出家との同性愛へと続く……。あのほのぼのとしたムーミンのイメージと異なる激しい情熱的な恋愛劇に,少し驚いた。同性愛が犯罪であった時代の出来事だが,それが今堂々と語られるのも,時代のなせる技だ。監督は同国出身ザイダ・バリルート。彼女自身がトーベの情熱的な人生に大きな影響を受けていることが感じられる。
 『クリスマス・ウォーズ』:久々のメル・ギブソン主演のアクション映画だ。10月公開には相応しくない題名だが,欧米では昨年のXmasシーズン公開だから止むを得ない。主人公はアラスカの森の中で妻と共に玩具製造工場を営むクリス・クリングルだが,サンタの存在を信じない子供のせいで,近年は経営不振に陥っていた。実は,彼は何百年も生きて来た本物のサンタクロースだというのが本作のミソだ。純真な子供心と正しい行いを重視する彼は,富豪の息子で邪悪な行動をした12歳の少年ビリーには石炭しか贈らなかった。それに逆上したクソガキが名うての暗殺者にサンタの殺害を依頼したことから,武闘派サンタとの凄まじい死闘が展開する。奇妙な物語設定に呆れ,サンタの夫婦関係にも少し驚くが,アクション映画の演出は素直で正統派だ。肩の凝らないエンタメとしては合格点と言える。
 『人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路』:久しぶりに観た香港映画のヒット作だ。主人公は恋人ジーコウが営むチリソース店を支えて来た女性ソックで,遣り手の女性実業家ケイケイに彼を寝取られ,仕事まで失ってしまう。彼女が子供の頃からの夢だったバス運転手として新たな人生を歩む様を明るく描いている。ソックを演じるのは,香港のシンガーソング・ライターのイヴァナ・ウォン。天童よしみを少し若く,スリムにした感じだ。およそ美人ではないが,笑顔に親しみが持て,それがこの役に似合っている。トイレでの女同士の本音の口論が凄まじく,悪女ケイケイに対する「復讐同盟」が面白い。監督・脚本はパトリック・コン。ほのぼの系の人生讃歌かと思ったら,結構辛辣な人間関係が描かれていた。別の夫婦の離婚話,父母の離婚話,老バス運転手の助言と妻の病気,毒舌婆さん等々,人間関係の悲喜劇,人生哲学の教訓が詰まっている。
 『コレクティブ 国家の嘘』:ちょっと珍しいルーマニア映画で,当欄で取り上げるのは始めてだ。驚くべき事件を扱ったドキュメンタリーで,第93回アカデミー賞では国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー賞にWノミネートされていた。2015年10月にブカレストのライブハウスの火事で27人死亡する。その後,病院内での感染症でさらに37人が死亡する。即ち,火災では落命しなかった患者が,病院内で別の原因で死亡した訳である。消毒液が薄められていて,それで細菌に感染したことが判明し,社会問題化する。製薬会社の社長は自殺し,担当大臣の答弁は責任逃れというのは,どこの国でもありそうな話だ。告発で政権は倒れ,暫定の新保健相は奮闘するが,やり直しの選挙で元の木阿弥となる。他国のことながら,この腐り切った社会に驚かされる。これを映画化したジャーナリスト魂は大したものだが,構成が単調で,少し退屈だった。
 『キャッシュトラック』:ガイ・リッチー監督,ジェイソン・ステイサム主演のアクション映画で,フランス映画『ブルー・レクイエム』(03)のリメイク作だという。この組合せは初めてかと思ったら,2005年までに4作もコンビを組んでいて,16年ぶりのタッグとのことだ。原題は『Wrath of Man』で,邦題は主人公が現金輸送車の警備員として雇われることから付けられている。通称「H」と呼ばれるこの男の前歴は不肖だが,凄まじい銃撃戦とスピーディな展開のノンストップアクションが想像できた。予想通り,前半からすぐに強盗犯を高等テクニックで撃退し,痛快無比の魅力爆発,かつこの男は一体何者かのミステリアスな要素も付け加わってくる。 何者かは途中で判明するが,残る30分が待ちきれないほど楽しみな展開となる。何の思想もなく,ヒューマニズムも社会問題も描いていない,ただのエンタメだが,J・ステイサムのファンには極上の一作だ。
 『キャンディマン』>:ホラーの3番手は,1992年製作の同名映画のリブート作品である。『ゲット・アウト』(17)『アス』(19)で製作・監督・脚本・主演であったジョーダン・ピールが,本作では製作と脚本だけを担当し,監督はニア・ダコスタが務めている。「鏡に向かって5回その名を唱えると,右手が鉤爪の殺人鬼が現れる」という都市伝説が現実化してしまうホラー映画だ。「鏡」がキーとなるので,映画のオープニングロゴは,ユニバーサルもMGMも裏返しになっていた。ホラーとしての出来映えは水準以上だが,脚本は『アス』の方が優れていた。凄惨な殺害の仕方は,後述の『ハロウィン KILLS』のブギーマンの方が1枚も2枚も上だ。ただし,主人公が蜂に刺された跡の気味悪さは,一級品に仕上がっていた。J・ピールの脚本らしく,黒人差別が露骨に出ていると感じたが,終盤の警察官の態度や行動はその典型だ。そして,最後の字幕の一文が強烈だった。
 『ビースト』:韓国製のノワールもので,フランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(04)を大胆に翻案して,韓国の警察社会の醜さを描いている。かつての相棒で,今は殺人課の捜査班長のライバル2人が同じ猟奇殺人事件を追う。事件解決には手段を選ばない強引な班長ハンス(イ・ソンミン)と,冷静沈着だが策士の班長ミンテ(ユ・ジェミョン)を対比させているが,やがて2人とも複雑な立場に陥り,形勢は二転三転する。裏社会の汚い話は,邦画よりも圧倒的に韓国映画の方がリアリティ高く感じてしまう。これは見慣れた日本人俳優の演技が嘘っぽく感じるためか,我々日本人が韓国社会に偏見を持っているからだろうか。恐らく,韓国社会が社会的正義や裏社会の不正に敏感なためだろう。監督は『さまよう刃』(14)のイ・ジョンホ。ここまでいやらしい人間関係だと,登場人物の誰も好きになれないが,ノワールものであれば,それは成功の部類なのだろう。
 『かそけきサンカヨウ』:ホラー,ノワールから一転して,ゆったりとした邦画の家庭ドラマだ。原作は窪美澄作の同名短編小説だというが,この題名の意味が分からなかった。漢字で書くと「幽けき山荷葉」らしい。国語辞典になく,「かな漢変換」でも出て来ない「かそけき」は,漢字だと大体想像できる。水に濡れると透明になるという高山植物「山荷葉」は本作で初めて知った。主人公は高校の美術部に所属する少女・陽で,父親の再婚による新しい家族関係への戸惑い,再会した実母への複雑な思い,思春期の揺れ動く淡い恋愛関係が淡々と描かれている。テーマは「早く大人にならざるを得なかった少女の物語」だが,主演の志田彩良はさほど大人には見えないものの,清楚で繊細な心の少女に似合っていた。問題は,彼女の告白にまともな答えが出来ない同級生の陸(鈴鹿央士)で,筆者のような年代には,こうした幽けき軟弱な男子には苛立ちを覚える。
 『THE MOLE(ザ・モール)』:上記の『クーリエ』とは好一対で,本作はデンマークの一市民が,約10年の潜入活動により,北朝鮮の武器輸出の実態を暴く活動記録である。劇映画ではなく,大半が隠しカメラで撮影した映像素材という恐るべきドキュメンタリーだ。北朝鮮への入国を拒否された監督が仕組んだ「スパイ大作戦」で,ナレーションも付随するインタビューもマッツ・ブリュガー監督が行なっている。料理人ウルリクは,まずKFA(朝鮮親善協会)に入会し,この組織内で昇進し,何度も北朝鮮に入国することを許される。そして,元麻薬密売人ジェームズを相棒として,北朝鮮の国際犯罪組織に商談を持ちかけ,麻薬の密造工場建設計画の契約にこぎ着ける…。余りの展開に,これは全編フェイクの「どっきりカメラ」ではないかと疑うが,見たこともない北朝鮮の景観も登場するので,すべて本物らしい。固唾を呑んで観てしまう,驚きの2時間だ。
 『〈主婦〉の学校』:ドキュメンタリーが続くが,緊迫感は全くなく,78分間をゆったりとした気分で眺められる。取材対象は,アイスランドのレイキャビク市にある「The School of Housewives」で,1942年設立の「花嫁修業学校」だ。1997年に男女共学となり,性別に関係なく「いまを生きる」ための知恵と技術が学べる家政学校となっている。料理や掃除の効率的な方法だけでなく,屋外実習で環境への配慮も学ぶことができる。ある若い女性の,「学位のためでなく,自分のため,人の役に立つために通う」という言葉が印象的だった。男子卒業生3人へのインタビューも収録されている。筆者の世代には,かつて何処にでもあった各種学校だと感じるが,これを映画にしているのは,今はそれが当たり前でなくなっている証拠なのだろう。映像が美しく,アイスランドの景色が楽しめる。BGMも洒落ている。女性老教師が着ているセーターが可愛かった。
 『モーリタニアン 黒塗りの記録』:映画冒頭の字幕は「実話に基づく物語」でなく,「これは真実の物語」となっていた。9・11同時多発テロの首謀者の1人として逮捕されたモーリタニア人の青年の手記を基に,極力脚色をせず映画化したとの主張なのだろう。物語は2005年から始まる。被疑者は逮捕されてからの3年間,キューバのグアンタナモ収容所に拘禁されていて,裁判すら受けていなかった。特殊尋問シーンが凄い。肉体的より,精神的拷問で,本当にここまでやるのかの感がある。彼の無実を信じ,人権擁護のために奔走する女性弁護士をジョディ・フォスターが演じている。いかにものハマり役だ。かなり硬派の法廷劇だが,映画としての構成が上手い。検察側と弁護側の対比,時間軸上の移動も一直線でなく,回想シーンの織り混ぜ方も巧みだ。時に人権派弁護士の言動を疎ましく思うことがあるが,この映画では真逆で,心から応援したくなる。
 『ジョゼと虎と魚たち』:田辺聖子の名作短編の3度目の映画化だ。まずは2003年公開の邦画の実写で,次が昨年公開の和製アニメだった。そして,本作が韓国製の実写リメイクとなる。結末はかなり違えど,前2作の主人公ジョゼはいずれも関西弁だった。これをどんな韓国映画に仕立てているかが関心事だったが,うまく韓国事情に合わせたラブストーリーになっている。韓国女性のぶっきらぼうで,年下の男をなじるような口調が,主人公ジョゼの性格に合っている。ジョゼの空想癖は同じだが,主演のハン・ジミンはなかなかの美形で,前2作よりも少し大人っぽい。薄っぺらな韓流恋愛劇よりも,少しシリアスで,青春の琴線に触れる物語として描かれている。大学受験は社会問題で,大学生は就職が関心事という韓国事情も盛り込まれている。夜の観覧車,水族館,桜並木等々,映像が美しく,詩的だった。結末は,アニメ版よりも邦画の実写版に近い。
 『ハロウィン KILLS』:本号のホラー4作のトリは,スプラッター映画の嚆矢となった「ハロウィン」シリーズの最新作である。第1作の40年後,主演のジェイミー・リー・カーティスや殺人鬼役ニック・キャッスルが出演する正統な続編『ハロウィン』(18)が作られた。本作は,さらにその続編で,主人公ローリー母娘がようやく殺人鬼マイケルを焼き殺したと思ったのに,まだ彼は生きていて,市民の虐殺を繰り返す。『ハロウィンENDS』も製作予定であるので,その大団円の前の繋ぎ作品に過ぎないと思ったのに,なかなかどうして,ホラーサスペンスとして相当な出来映えだった。かなり凄惨な殺し方なのに,ブギーマン流の儀式はあまり怖く感じない。もはや斬新さはないが,完成度は高く,シリーズのファンを楽しませてくれる。次作を見たくなることは保証できる。本当にマイケルは生きているのか,集団幻想で互いに殺し合っているだけではないのか,と予想しておこう。
 『アンテベラム』:こちらはJ・ピールは関係していないが,『ゲット・アウト』の製作チームによる作品だ。やはり黒人差別問題を正面切って描いている。主演は,黒人美人歌手のジャネール・モネイ。映画出演はこれが5作目だが,初の主演作である。本作では,現代女性のセレブのヴェロニカと,150年前の南北戦争時代の奴隷農場に捕われてきたエデンの両方を演じている。表題は南北戦争前を意味する言葉で,奴隷制が肯定されていた時代を指している。奴隷制はともかく,その時代を再現している映像の出来映えは見事だった。この2つの時代がどう繋がるのかがこの映画のミソだ。ネタバレになるので書けないが,終盤,南北戦争時代になぜスマホが出て来るのかに誰もが驚くはずだ。監督・脚本は,ジェラルド・ブッシュとクリストファー・レンツで,彼らの長編映画監督デビュー作である。かなり面白い設定であるのに,後半が駆け足過ぎて,消化不良気味だ。
 『花椒(ホアジャオ)の味』:題名中の「花椒」とは中国産の華北山椒のことで,四川料理の麻婆豆腐や担担麺で使われる香辛料である。香港で火鍋料理店を経営していた父が死亡したことにより,その葬儀で異母三姉妹が初めて顔を合わせる。この店の賃貸契約が残っていたため,高額の違約金を払わずに,三姉妹が協力して火鍋店の営業を続けることになる。長女ユーシューが元々香港住まいだが,次女ルージーは台北,三女ルーグオは重慶在住であるため,3つの都市で景観が登場し,観光映画の側面もある。とりわけ,重慶市内の2地区を結ぶロープウェイと,2度登場する香港の大坑火龍舞が印象的だった。三姉妹の言葉遣い,髪形,ファッションは,意図的に描き分けられている。三姉妹の絆,それぞれが自分を見つめ直す成長の描写も丁寧で,好い脚本だな感じる。ほのぼのとした映画で,火鍋を食べた客の満足そうな顔を見ると,まだ食べたことない麻辣火鍋が無性に食べたくなった。
 『ほんとうのピノッキオ』:イタリア映画で,原題は単に『Pinocchio』だが,邦題には「ほんとうの」が付いている。「実写のダークファンタジー」が強調されているのは,有名なディズニーアニメとの混同を避けるのと,元の児童文学「ピノッキオの冒険」に忠実であることをウリにしたかったのだろう。そこで思い出すのは,同じイタリア映画の実写版『ピノッキオ』(02)だ。ロベルト・ベニーニが自らをピノッキオに見えるといって監督・主演した映画で,醜悪そのものだった。不評でさすがに懲りたのか,彼は本作ではジェペット爺さんを演じている。同作よりは遥かに感情移入しやすく,脚本的には優れた作品だが,当映画評としては,特殊メイクとCGの混在を不自然に感じた。かなりの製作費をかけた大作なのに,動物の擬人化レベルにも統一感がない。物語はさほどダークでないのに,画面だけが暗い。もっとCG利用を増やし,明るい映像にした方が成功したと思う。
 『皮膚を売った男』:こちらも珍しいチュニジア映画で,上述の『コレクティブ』同様,国際長編映画賞部門でオスカーノミネートされていた。ただし,本作はドキュメンタリーではなく,女性監督カウテール・ベン・ハニアの脚本による劇映画だ。シリアの内戦の影響で,サムとアビールのカップルは引き裂かれ,彼女は親が強いた結婚でブリュッセルに移住してしまう。彼女に会いたいが欧州へのパスポ―トすら入手できないサムは,自らの背中をアート作品のキャンバスとして芸術家に売り渡すことで,大金と海外渡航の自由を得る。極めてユニークな設定の映画だが,難民問題救済の偽善,現代アートに関する知的欺瞞,人身売買禁止の法的限界,果てはISによる異教徒の処刑まで盛り込んで,物語が進行する。色が勝負となるだけに,全編カラフルで引き締まった映像は,構図もカメラワークも見事だった。辛辣な風刺を込めたメッセージは,ラストで結実する。
 
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