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O plus E誌 2019年9・10月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』:本号の短評欄は良作が多いが,そのトップバッターは,生まれた時からWebやSNSが存在する「ジェネレーションZ」世代を描いた学園ものである。「8th Grade」とは第8学年のことで,米国の初中等教育制度は5-3-4であるため,中学校の最終学年に当たる。SNSへのビデオ投稿には熱心だが,実世界では無口で,友人が出来ない,冴えない女子生徒の悩みを描いている。対人関係で背伸びしたり,数々のイジメにも遭う描写は,観ていて辛い。自分の子供がこうならどうしようと,腫れ物に触るように気遣うシングルファーザーに感情移入してしまう。どの国にもこういう若者が存在することが確認できる半面,学校内では銃撃事件を想定した避難訓練まであることに驚く。さすが米国だ。最後に少し救いがあり,心が休まる。監督はYouTuber出身のコメディアンのボー・バーナムで,これが初監督作品だ。
 『アナベル 死霊博物館』:ホラーのヒット作『死霊館』シリーズの7作目にして,スピンオフの『アナベル』シリーズの3作目に当たる。本作は第1作『死霊館』冒頭シーン直後の話で,悪霊を招くアナベル人形をウォーレン夫妻が預かり,地下の収納庫に格納することから始まる。そして,事件はその1年後に起こる。脚本・監督は,『アナベル』シリーズ前2作,『IT/イット』シリーズの脚本を担当したゲイリー・ドーベルマンで,これが初監督作品である。シリーズの顔,エド&ロレイン・ウォーレン夫妻がカメオ出演でなく,登場場面が冒頭と最後にしっかりあるのが嬉しい。主人公は夫妻の娘のジュディ(マッケナ・グレイス)で,母親譲りの霊感の強い少女という設定だ。ホラー性がやや弱く,むしろファミリーもの,青春ドラマ風の味付けで,シリーズのファン(筆者もそう)にとってのプレゼント的な一作だ。来年公開の『死霊館3』(仮題)が待ち遠しい。
 『レディ・マエストロ』:本号では音楽映画を4本紹介するが,1本目は女性指揮者のパイオニアであったアントニア・ブリコの半生を描く伝記ドラマだ。オランダ映画で,脚本・監督はオランダ人女性監督マリア・ぺーテルス。ブリコはオランダ国籍の米国移民家庭に育ったが,主演のクリスタン・デ・ブラーンもオランダ出身のミュージカル女優だ。物語は1920年代から30年代を描いている。音楽界は徹底した男性社会で,「女性は指揮者になれない」が常識であった時代に,強い意志をもって困難に挑んだ姿を,監督は英雄視しているのだろう。経歴は史実を基づくが,富豪のイケメン男性と恋に落ちる物語はフィクションで,女性観客の目を意識したサービスに違いない。セクハラ事件あり,LGBTの登場人物ありなのも,その路線の一環だ。このため,クラシックの名曲に彩られながらも,重苦しいドラマではなく,エンタメ性の高い味付けになっている。
 『ホテル・ムンバイ』:この名前のホテルが存在する訳ではない。インドのムンバイ(旧名ボンベイ)市の最高級ホテル「タージマハル・パレス・ホテル」が舞台で,2008年にテロリスト達に占拠され,500人以上の宿泊客と従業員が人質となった実話だ。同時多発テロの勃発から,事件が解決するまでをリアリティ高く描いている。まさにグランドホテル形式の人間ドラマの展開を予想したのだが,描かれる家族数はそう多くなかった。物語に登場するのは米国人宿泊客と現地人従業員が中心で,『スラムドッグ$ミリオネア』(08)のデヴ・パテルが責任感の強いホテルマンを演じている。筆者が格別の思いでこの映画を観たのは,このホテルの宿泊経験があったからだ。豪華な吹抜けのホールもレストランも見覚えがあり,もし自分の部屋の前で銃撃戦があったらどうしていただろうと想像して,冷や汗が出た。他人事でなく,この映画が頗る長く感じられた。
 『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』:Hummingbirdは北米と南米に棲むハチドリのことで,1回の羽ばたきが0.001秒だそうだ。その名を冠したのは,カンザス- NY間1,600kmを一直線に貫く通信回線を敷設する計画だ。それで短縮できるミリ秒差で,株の高頻度取引に勝利し,年間500億円以上の儲けを得る企みである。犯罪ではないが,コンゲームに近い香りがするサスペンスドラマだ。映画の大半はフィクションだが,アイデアは「フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち」が暴露したウォール街の超高速取引に基づいている。脚本・監督は『きみへの距離,1万キロ』(17)のキム・グエン。主演は『ソーシャル・ネットワーク』(10)のジェシー・アイゼンバーグで,従弟役のアレクサンダー・スカルスガルドとのコンビが絶妙だ。激烈な女上司はサルマ・ハエック。着衣のままでも強烈なフェロモンを振り撒くが,どうせなら濡れ場も観たかった。
 『パリに見出されたピアニスト』:音楽映画の2本目は,貧しい不良少年がピアノの天賦の才を見出されて成功するサクセス・ストーリーだ。父のいない貧困家庭に育ったマチュー(ジュール・ベンシェトリ)は,不良仲間と過ごしていて犯罪に巻き込まれる。音楽ディレクターのピエール(ランベール・ウィルソン)が彼の才能に強く惹かれ,実刑を免れるため,音楽院での無償奉仕に就かせる。同時に厳しいピアノ教師エリザベス(クリスティン・スコット・トーマス)に特訓を依頼する。本気で練習に向き合わないマチューが,様々な問題に直面しながらも,難関のピアノ・コンクールに向かう物語は,定番の成功譚過ぎて,少し重みに欠ける。それでも,クライマックスではラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の名演奏が重々しく響き渡り,すべてを超越してくれる。パリの名所を巡りながら,流れるクラシックの名曲とポップなナンバーの組合せも心地良かった。
 『宮本から君へ』:コミックが原作の邦画で恋愛物語となると,当欄での採択確率は半分以下だ。主演の宮本役はマダムキラーの池松壮亮,ヒロインの靖子役が新婚早々の蒼井優となると,急に食指が動いた。加えて,ピエール瀧の登場場面を代役で撮り直さず,そのまま上映すると聞くと,外せない作品に格上げされてしまった(むしろ,宣伝効果抜群だ)。なるほど,一ノ瀬ワタルとの親子関係もピッタリで,これは代役では務まらない。映画は,主人公の宮本がボコボコにされ,前歯が抜けたシーンから始まり,相手に2ヶ月の重傷を負わせたことを知る。そこから,しばしば回想シーンに入り,過去も現在も時間順で進行する。相手が屈強な一ノ瀬ワタルだとすぐ解るが,一体どうやって傷つけたのか興味津々だ。そのシーンを終盤まで出さずに焦らす。これは上手い。熱演ではあるが,この宮本が果たしてカッコいいのか? 若者コミックでは,ヒーローなのだろう。
 『ジョーカー』:とにかく凄い映画だ。主人公は「バットマン」シリーズの悪役で,かつてジャック・ニコルソンやヒース・レジャーが演じた稀代の殺人鬼である。コメディアンを志した青年が,やがて異様な性格の悪魔と化して行く様を,性格俳優のホアキン・フェニックスが演じる。『ザ・マスター』(12)の頃から異様に痩せて,癖のある,好きになれない顔になった(半分以上は演技だろうが)。その嫌な顔を最大限に活かして,鬼気迫る演技で演じ切る。ほぼ全シーンに登場し,主演俳優の登場比率は過去最高ではないかと思えるほどだ。カメラは彼の視点ではないが,彼の心情に沿って物語は進行するので,言わば「1人称心理目線」である。精神医学,社会心理学の教科書になりそうな映画だ。特に大きな事件もなく,派手なアクションシーンもないが,それでいてぐいぐい引っ張られ,やがて主人公に同情する。好きにはなれないが,印象に強く残る映画である。
 『エンテベ空港の7日間』:1976年に起きたハイジャック事件の顛末を描いたサスペンス映画だ。イスラエル・テルアビブ発のエールフランス機がパレスチナ過激派にハイジャックされ,ウガンダのエンテベ空港に着陸する。人質救出の「サンダーボルト作戦」が見事な成果を得たため,すぐに同年に1本,翌年に2本映画化されている。当然,救出実行部隊に焦点を当てた作品であった。42年後の4度目の本作は,実行犯側の目線を取り入れると共に,イスラエル政府内の政治的対立も浮き彫りにしている。ドイツ人左翼の男女が主役扱いで,ドイツの名優ダニエル・ブリュールとボンドガールのロザムンド・パイクを配している。事件は1日刻みの描写で,ドキュメンタリー・タッチで進行する。ユニークなのは,随所に世界的ダンス集団「バットシェバ」のダンスシーンが登場することだ。とりわけ,クライマックスの空港ビル突入時の演出と編集が見事だった。
 『ホームステイ ボクと僕の100日間』:原作は直木賞作家・森絵都の小説「カラフル」で,既に2000年に実写映画化され,2010年劇場用アニメ版が製作されている。題名を「Homestay」に変えてリメイクしたのは,タイの『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)の製作チームだ。「ホームステイ」は,死んだはずの「ボク」の魂が,自殺した別の少年ミンの肉体に間借りし「僕」として過すことを意味している。期限は100日間で,ミンの自殺の真相を突き止めるミステリータッチの青春映画だ。年齢,職業等はタイ風に脚色されているが,骨格は同じである。「僕」以外は,両親,兄,女子高生2人の少人数しか関わらない。ネタバレになるので結末は書けないが,突き止めた「自殺」の原因は,たかがこの程度のものかと呆れた。日本の若者もタイの若者も軟弱さは同等だ。何度か登場するCG/VFXシーンは児戯に等しいが,終盤のマスゲームは素晴らしかった。
 『イエスタデイ』:3本目の音楽映画だ。世界全体が12秒間停電した間に「ビートルズ」が存在しない世界になっていた。その間交通事故で昏睡状態にあったシンガーソングライターの青年ジャックだけが,彼らの名曲を知る存在であり,それらを歌って一躍スターダムに駆け上がる…。この奇想天外な着想を聞いた時,思わず自分でも口ずさみたくなった。同時に不思議だったのは,他の歌手や歌曲は残り,なぜ「ビートルズ」だけが消えたのかと。映画を観て,「コカ・コーラ」や「ハリー・ポッター」も消えていたので,少しだけ納得した。主役ジャックに抜擢されたのは,英国のコメディ俳優のヒメーシュ・パテル。幼なじみの恋人エリー役は『シンデレラ』(15)のリリー・ジェームズだ。彼女との恋の顛末は容易に予想できたが,名曲群の盗用問題がどうなるのか気掛かりだった。結末は書けないが,現在78歳のある人物が登場し,人生を語ってくれるのが嬉しい。英国の人気歌手エド・シーランが本人役で登場する。
 『ボーダー 二つの世界』:スウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)は北欧ノワールの代表作だが,それ以上の強烈な印象を残す一作だ。原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストは同じで,本作では共同脚本者でもある。優れた嗅覚を持つ女性ティーナ(エヴァ・メランデル)は,空港の税関職員として,違法な持ち込み物の摘発で異能を発揮していた。醜い容姿のため疎外感を持っていたが,よく似た容姿の不思議な旅行者ヴォーレと出会い,自宅に招いて,離れを宿泊先に提供する。よく出来ているが,2人とも,いかにも特殊メイクと分かる容貌だ。この2人が普通の人間でないことは明らかだが,互いに惹かれて行く様子,出自の秘密が明らかにされて行く過程は,ぞくぞくして,片時も目が離せない。CG/VFXが多用されていて,狐,鹿,トナカイ,異様な赤ん坊等々が,本物の動物か,CG,アニマトロニクスなのかを見定めるのも楽しみだった。
 『英雄は嘘がお好き』:フランス映画のコメディで,時代は19世紀の初頭である。従軍した婚約者から手紙を待ちわびる妹のために,姉が代筆して偽の手紙を送り続けたことから,嘘の上塗りになって起こる騒動を描いている。食わせ者のヌヴィル大尉をオスカー男優のジャン・デュジャルダンが演じ,ヒロインの姉エリザベット役は『イングロリアス・バスターズ』(09)のメラニー・ロランだった。筆者のお気に入りのM・ロランは,さすがにもう少女役は無理だが,美貌はまだまだ健在だ。登場するだけでも嬉しいのだが,この大仰な演技の役は彼女には似合っていなかった。フランス製のコメディは好きな方だが,このドタバタ劇は全く笑えなかった。ただし,衣装・美術は見どころが多く,音楽も出色だった。これぞコメディというタッチから,終盤のしみじみとした語りのシーン,さらに一転して戦闘シーン……と,しっかりと切り替えて盛り上げている。
 『真実』:『万引き家族』(18)がカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞したことで,さらに国際的知名度が上がった是枝裕和監督の最新作である。何と,主演はカトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュなるフランスが誇る2大女優だった。フランスの国民的大女優と米国に暮す脚本家の娘という関係で登場する。娘婿の冴えない米国人TV俳優役にイーサン・ホークを起用しているが,これもハマり役だ。彼の登場場面だけ,台詞が英語になるというきめ細かい演出である。それ以外は,登場人物も撮影スタッフもほぼフランス人である。大女優が綴った自伝本の題名が「真実」なのだが,内容が全く事実に即していないと娘の猛攻撃を受け,何も言及されなかった秘書からは辞職を宣言される……。母と娘の丁々発止のやり取り,愛憎渦巻く人間関係の描写は,家族劇が得意な是枝監督の真骨頂である。その演出力には感心したが,物語自体はさほど面白くなかった。
 『最高の人生の見つけ方』:確か似た題名の映画があったはずだと思ったが,あった,あった。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが共演の同名映画(07)で,吉永小百合と天海祐希の共演でリメイクしている。洋画の2人は同年齢だが,こちらは女性コンビにした上に,随分年齢差がある。余命宣告を受けた2人の片方が富豪で,一緒に「死ぬまでにやりたいことリスト」を実行して行くという設定は同じだ。吉永小百合の夫役が前川清というのも意外性がある。監督は『のぼうの城』(12)の犬童一心で,前半は快調だった。スカイダイビング体験,ピラミッド前での記念撮影,モモクロのコンサートでの壇上出演等々,かなり笑える演出だ。このままコメディ・タッチで全編貫いて欲しいと願ったが,終盤は予想通りのお涙頂戴ドラマだった。吉永小百合のクサい演技は止むを得ないが,天海祐希の女社長役が凛々しかった。全く末期癌患者に見えないのが難点だが…。
 『天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント』:題名にはワクワクしたが,天才といっても,アインシュタイン,モーツァルト,ピカソ級ではなく,ノーベル賞受賞者レベルでもない。多数の現役の建築家,音楽家,映画監督,デザイナー等に発言させているので,「現在の才人」という感じだ。過去30年以上,ドイツ人監督がマイクを向けて「Why are you creative?」と尋ね歩いた結果の記録映像なので,S・ホーキング博士,デヴィッド・ボウイ,ネルソン・マンデラ等の故人も含まれている。この質問をされて嫌な気はしないらしく,大半が少し照れて,自らの創造力の根源やその発揮の仕方を大真面目に語っている。中身よりも,どう反応するかの方が興味深かった。こういう行動を起こす監督はユニークで,創造的と言える。ただし,ドキュメンタリーの編集は下手くそで,少し退屈した。中身をどう読み取るかは,受け手の才能と見識に寄るだろう。
 『ガリーボーイ』:本号最後の音楽映画はインド製で,2本目のムンバイを舞台にした映画だ。ボリウッド作品と言えば,途中で歌って踊り出す,陽気なダンスミュージックが定番だ。何と本作で歌われるのは,インド製のヒップポップだ。現地のスラム出身のラッパーNaezyとDivineをモデルとした物語である。主人公のムラド(ランヴィール・シン)は貧困家庭に暮すが,両親の支援で大学に通っている。それでも,スマホが登場しなければ,50年以上前の映画かと思える前近代的な生活環境だ。発展著しいインドで,まだこんな階級意識が残っているのかと驚く。恋愛にも就職にも階級が影響する社会で,表現自由なラップの世界にのめり込んで行く姿に感情移入してしまい,ラスト40分のラップ・バトルに魅せられる。言葉が武器のヒップポップはプロテストソングとして強力だ。主題歌の“Mere Gully Mein”(路地裏が俺の庭)と“Apna Time Aayega”(俺の時代が来る)の歌詞が,しっかり胸に焼き付いた。
 『フッド:ザ・ビギニング』:単に「フッド」だと分からないが,弓の名手で義賊の「ロビン・フッド」のことである。その伝説や過去の映像化作品のことはラッセル・クロウ主演の『ロビン・フッド』(10年11月号)で言及した。本作でも年代は不祥だが,十字軍の時代であることだけは確かだ。英国ノッティンガムの若き領主のロビン・ロクスリー卿が,訳あって州長官に刃向かう義賊となり,民衆を助ける物語となっている。演じるのは『キングスマン』シリーズのターロン・エガトン。主演作が続くが,前号紹介の『ロケットマン』よりも先の収録だろう。共演は,ジョン役のジェイミー・フォックス。通説では手下の名前だが,本作では師であり,権力者と闘う同志として描かれている。彼が指導する弓の特訓シーンが面白い。少し昔のヒーロー映画の味わいがあり,「怪傑ゾロ」を思い出す。城の外観や馬車での戦い等々で,VFXがかなり使われていた。
 『楽園』:監督・脚本は『64 -ロクヨン-』(16)の瀬々敬久で,ベストセラー作家・吉田修一の短編集「犯罪小説集」中の2編を繋げて映画化している。そう聞いただけで重厚なドラマで,決して愉快な「楽園」ではないと想像できる。地方のある寒村が舞台で,Y字路付近で2件の殺人事件が起きるが,単なる謎解きのミステリーではない。殺人犯の容疑者として追い詰められる青年(綾野剛),村八分扱いされ孤立を深める中年男(佐藤浩市)は原作にある人物だが,映画独自に2人を繋ぐ存在として親友を見失った罪悪感に悩む少女(杉咲花)を登場させている。この人間関係の複雑は見ていて辛い。観客の誰もが「何でこんなことが起こるんだ」と理不尽さを感じるだろう。それ自体が監督の狙いだと分かっていても,逃げ場のない物語展開だ。結末も,さほど救いはなかった。光っていたのは,相変わらず杉咲花の演技で,どこまで大女優に成長するのだろう?
 『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』:かつて戦車が活躍する映画は多数あったが,近作では『フューリー』(14年12月号)くらいしか記憶にない。ましてや,戦車が曲芸走行したり,戦車同士がガンマンの決闘シーン風に1:1で撃ち合う映画など,今まで見たこともなかった。加えて,本作がユニークなのは,堂々たる戦場での戦いではなく,ナチス・ドイツの強制収容所の捕虜たちの脱走時の戦車バトルであることだ。ドイツ軍の捕虜となれば,てっきり英国兵や仏国兵かと思ったが,彼らはソ連兵だった。ドイツ軍とソ連兵の戦いなど,我々日本人はどちらも大して応援したくないが,本作はロシア映画なので,主役はソ連軍将校であり,ヒロインも美形のロシア人女性である。ドイツ軍の戦車兵育成の標的にされ,自軍の戦車ごと演習場から脱走する策略が面白い。CG/VFXを駆使した片輪走行や急旋回なども楽しめ,エンタメ作品としては上出来だ。
 『ゴッホとヘレーネの森 クレラー=ミュラー美術館の至宝』:短評欄の最後は,ゴッホ関連の映画2本だ。まずは,ゴッホ作品の世界随一の個人収集家であったヘレーネ・クレラー=ミュラー夫人と彼女が建設した美術館関係者の視点から描いた良質のアート・ドキュメンタリーである。この富豪の貴婦人がなぜ不遇であった画家に注目したかから始まり,ゴッホの画風の時間的変化が作品解説を交えて語られる。「夜のカフェテラス」「アルルの跳ね橋」等の著名作品だけでなく,あまり目にしたことのなかった絵画が多数登場するのが嬉しい。独特の筆使いが分かる油絵のアップや,対象となった風景の現在の姿も美しい映像で見せてくれる。終盤は,ゴーギャンとの訣別から拳銃自殺に至るまでを,メインのガイド役とゴッホ研究家達数名が入れ替わって熱っぽく語り,美しい音楽が随伴して劇的な最期を盛り上げる。弟テオに宛てた手紙の文面も心に滲みた。
 『永遠の門 ゴッホの見た未来』:もう1本は俳優が演じる劇映画で,『ゴッホ~最期の手紙~』(18年Web専用#1)と対をなすような作品で,魔法のような映画だ。主演は,ウィレム・デフォーで,本作でオスカー候補にもなった。ドラキュラもキリストも,スパイダーマンの宿敵も演じた名優だが,なるほど,この風貌はゴッホの自画像に似ている。カメラがゴッホの視点で移動する。即ち,画家が描いた絵と同じ実世界がスクリーン全体に投映され,その中に絵のキャンバスも置かれている。どうやって,こんな実世界を再現した? CGか? いや,現実世界に合わせてゴッホ風の風景画として描き,それを画面内に配置している。描いたのはジュリアン・シュナーベル監督自身だ。他の名画も監督が模写して,部屋に飾っている。実写を絵画化して動かした『ゴッホ~最期の手紙~』とは対照的な方法だ。上記のドキュメンタリーは従前からの自殺説に基づいているが,本作は堂々と少年たちに撃たれた説を採用している。
 
   
     
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