O plus E VFX映画時評 2025年5月号

『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』

(パラマウント映画/東和ピクチャーズ配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[5月23日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)2025 PARAMOUNT PICTURES.


2025年5月13日 TOHOシネマズ日比谷[完成披露試写会(東京)](IMAX)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


前作を上回る圧倒的スタントで, これぞシリーズの集大成

 シリーズ8作目であり,前作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(23年7月号)の後編である。当初『同 PART TWO』と題されていたが,「ファイナル…」に変更された。そのためか,シリーズ30年間の集大成で最終作との報道が多い。本当に最終作かは疑問だが,集大成であることは間違いない。登場人物も小道具も過去7作を意識した作りであり,実際に回想シーンとして過去作のシーンも使われている。厳密に言えば,第1作『ミッション:インポッシブル』は1996年の公開であったから,29年間のシリーズである。原典であるTVシリーズ『スパイ大作戦』は毎週欠かさず観ていたので,第1作はしっかり映画館で観たが,まだ映画評は連載していなかったので,当欄で紹介したのは2作目『M:I-2』(00年7月号)以降の6作である。
 通常,前後編2部作の場合は同時進行で撮影しておいて,半年後か,遅くとも1年後に後編を公開するのが普通だが,本作は2年近く空いてしまった。前作の記事では「既に撮影は終えている」と書いてしまったが,違っていた。後編の撮影は2022年の3月に開始されたが,映画俳優組合のストライキのため,撮影再開の目処がたたず,再開後も潜水艦の故障のため,大幅に遅延したそうだ。その間にシリーズの集大成とする方針が強化され,題名の変更に至ったようだ。
 前作で「文句なしの極上アクション・エンタメ,シリーズ最高傑作」と書いた。個人的には前作の方が好きで,ストーリー展開の面白さでは,今も前作がベストだと評価する。ただし,トム・クルーズ自身が演じるスタントの過激さ,スケールの大きさは本作の方が上である。2作まとめて「最高傑作」ということにしておこう。シリーズの中での位置づけは前回詳しく書いたので,繰り返さない。前7作を振り返る解説記事はネット上に多数投稿されているので,本稿はスタントシーンとCG/VFXの関わりを中心に述べる。前作は何度も加筆し,見どころシーンの分析を掲載したが,それには公開前後から公表される「Behind the Scenes」が不可欠である。それが出揃ったかどうかは怪しいが,既に公開後1週間以上経ってしまったので,書き始めることにした(漏れている重要事項が判明すれば,後日追記する)。

【物語の概要,前作との繋がり】)
 物語は前作のラストの2ヶ月後から始まる。イーサン・ハント(トム・クルーズ)とグレース(ヘイリー・アトウェル)は崖から落ちる列車から脱出したが,世界人類の脅威となる全能AIのエンティティをまだ抑止できていないし,それを我が物にしようとする悪人ガブリエル(イーサイ・モラレス)も倒せていない。エンティティを制御するために不可欠な2つの十字型鍵は入手したものの,イーサンはまだその使い道が分かっていなかった(写真1)。ようやく,エンティティのソースコードを得るのに,前編の冒頭でベーリング海に沈没したロシアの原潜「セヴァストポリ」からコア・モジュールを回収する必要があることが判明した。また,イーサンはガブリエルが有していた交信装置(写真2)を利用して,エンティティが南アにある終末の保管庫を求めていることを知った。


写真1 鍵は2つ揃ったが, まだ使い方が分からない

写真2 (上)エンティティとの交信装置。核戦争の未来が見える。
(下)イーサンの目に映ったエンティティの姿

 その間に,エンティティは次々と世界各国の核保管庫に侵入し,その機能を完全掌握した。事態は急を要するため,米国大統領エリカ・スローン(アンジェラ・バセット)は,CIA長官ユージーン・キトリッジ(ヘンリー・ツェニー)の反対を押し切り,イーサンのIMFチームにエンティティの脅威を取り除くことを直接依頼する。イーサンは,米軍のリソースすべてを利用できることと72時間の時間猶予を条件に,この任務に就く。
 前作に劣らず,物語展開はかなり複雑だが,大筋の流れは以下の通りである。
①ガブリエルがロンドンに仕掛けた核爆弾への対処
 ガブリエルは世の中を混乱させるため,ロンドンに核爆弾を仕掛けた。イーサンはロンドンで病気のルーサーと合流した。ルーサーは核爆発を阻止するため,自らを犠牲にして通常爆弾を先に起動させる方法を選択する。ルーサーの意志が固かったため,イーサンは止むなく離脱する。
②ベーリング海の離島に集合,原潜の位置座標を取得
 イーサンのチームはベーリング海のセント・マシュー島に集合する。そこには冷戦時代からソ連を監視していた施設(写真3)があり,元CIA分析官ウィリアム・ダンローと妻タペサがいた。彼は既にソナーアレイSOSUSで原潜セヴァストポリの沈没位置を特定し,記憶していた。グレースとタペサがロシアの特殊部隊と銃撃戦を繰り広げる中,ダンローは原潜の正確な位置座標をイーサンらに送信する。


写真3 アラスカ州にあるセント・マシュー島の施設

③イーサンは原潜内に侵入し,モジュールを回収
 イーサンは北太平洋で米軍空母G・H・W・ブッシュに同乗し,米軍の原潜USSオハイオ号に乗って潜航し,セヴァストポリの残骸に向かう。艦内に侵入して,「ポドコヴァ」モジュールを回収するが,誤って原潜を大陸棚から滑り落ちさせてしまう。イーサンは,潜水服を脱ぎ,間一髪で脱出したものの,浮上中に溺死する。グレースが救助に向かい,即席の減圧室と人工呼吸でイーサンは蘇生する(写真4)


写真4 救出に来たグレースの人工呼吸でイーサンは蘇生する

④南アのバンカーでの息詰まる攻防
 イーサンらは,ルーサーが開発したマルウェア「ポイズンピル」でエンティティを錯覚させ,ポトコヴァの中に閉じ込める計画を立て,南アにある終末の保管庫「バンカー」(写真5)に向かった。ところが,そこにはガブリエルが待ち受けていて,モジュールの引き渡しを求める。さらにCIAのキトリッジ率いる特殊部隊との銃撃戦が始まる中で,ロンドンと同様な核爆発の危機が迫る。ガブリエルはポトコヴァを奪って逃げ出したので,イーサンは重傷のベンジー(サイモン・ペッグ)に後を託し,カブリエルを追う。


写真5 南アの地中にある終末の保管庫。エンティティはこの中での生き残りを目論んでいた。

⑤複葉機上での攻防とパラシュート降下
 赤い複葉機に乗って逃げるカブリエルを,イーサンは黄色の複葉機を奪って追跡する。機上での息詰まる格闘の末,イーサンはカブリエルからポトコヴァを取り返し,パラシュート降下しながら,全世界の核兵器が発射される前に,エンティティを封じ込めようとするが……。

【監督,主要登場人物のキャスティング】
 監督・脚本・製作は,勿論,前作に引き続きクリストファー・マッカリー。脚本は第4作『…/ゴースト・プロトコル』(2012年1月号)から,監督・脚本・製作は第5作『…/ローグ・ネイション』(15年9月号)から担当している。さらに,他のトム・クルーズ主演の『アウトロー』(13年2月号)では監督・脚本,『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14年7月号) 『トップガン マーヴェリック』(22年5・6月号)でも共同脚本を担当しているので,よほどトムと相性がよく,信頼も厚いのだろう。スタントシーンのメイキング解説での語りを見ると,2人で一緒に作り上げてきたという自信のほどが伺える。
 主要登場人物はほぼ前作のままなので,個別の俳優歴は紹介しない。劇中での役割の変化には触れておこう。ヒロインのグレースは,前作では空港で出会った掏摸に過ぎなかったが,イーサンとの共に列車落下の危機から生き延びた後は,IMFチームの一員として活動する。前作でイーサンを追って行動を妨害した諜報部員ジャスパー・ブリッグス(シェー・ウィガム)は,イーサンとは深い因縁があることが明らかになる(詳しくは,後述する)。
 前作には登場せず,後編の本作で重要な役割を果たす筆頭は,米国大統領のエリカ・スローンだ。本シリーズでは初登場でなく,第6作『…/フォールアウト』(18年Web専用#4)ではCIA長官として命令を下さしていた。その後,米国大統領に選出されたという設定である。本作での冷静沈着な統率力やイーサンを信頼する決断力は,惚れ惚れする格好良さだ(写真6)。かわぐちかいじ作画の戦闘劇画「空母いぶき GREAT GAME」に登場する日本初の女性首相・柳沢律子を彷彿とさせる。実際の国際政治で,サッチャー英首相やメルケル独首相は重要な役割を果たした。米国も目立ちたがりの単細胞大統領を選んでいるのでなく,そろそろこういう女性大統領を選ぶべきだという監督からのメッセージかと思う。


写真6 米国初の黒人女性大統領エリカ・スローンは元CIA長官

 もう1人,重要かつ驚くべき登場は,セント・マシュー島にいたダンローである。キトリッジと同様,29年前の第1作に登場していた人物だった。イーサンが宙づりでCIA本部に潜入し,セキュリティを破って重要データを盗み出した責任を取らされ,この離島に左遷されていたのである。その第1作の映像が流れる上に(写真7),その時にイーサンが落としたナイフをずっと保管していて,本作でイーサンに返却するという笑えるシーンも登場する(写真8)。いかにもシリーズの集大成であることをアピールする演出である。彼の妻タペサはセント・マシュー島生まれの女性という役柄で,当然シリーズ初登場である。この役を演じているルーシー・トゥルガグユクは,カナダ北部の先住民イヌイット族出身の女優というから,まさに適役で,好い味を出していた。


写真7 懐かしい第1作のシーンが, 本作でも流れる

写真8 (上)まさか, あの時の人物がアラスカにいたとは…
(下)29年前のナイフが保管されていて, 戻ってきた

【見どころとCG/VFXとの関連】
 上映時間は2時間49分で,前編より6分長い。製作費は前作の約3億ドルから,約4億ドルに増加している。額面ではハリウッド映画史上の最高額で,インフレを考慮しても,相当な高額である。それゆえ,衣装や機材は言うまでもなく,特設スタジオ,撮影機材,ロケにも費用を惜しまず,アクションシーンの準備や訓練にも長い時間をかけている。息つく暇もない見応えのある映画であることは言うまでもない。前作では次々とアクションシーンがあったが,この後編では③の潜水シーンと⑤の空中アクションに集中している。それらは「Behind the Scenes映像」を参考に解説するが,それは後にして,その他のロケ地や軽めのVFX解説から始める。
 ■ セント・マシュー島は,アラスカ州にある実在の島で,冷戦期には小規模な基地があり,ソ連の航空機の動きを察知するレーダーや潜水艦の位置を観測するソナーアレイSONUSも設置されていたという。それらを映像的に再現するため,撮影は北極圏にあるノルウェー領のスヴァールバル諸島で行っている(写真9)。連日,零下40度の極寒の地でのリハーサルや撮影は,想像するだけでもかなり過酷だ(写真10)。この地で撮影したことは確実だが,完成映像を観ただけでは,どこまでが本物か識別できない(写真11)


写真9 ベーリング海のセント・マシュー島の代わりに, 北極圏のスヴァールバル諸島を利用

写真10 (上)犬ぞりを引く北極犬は現地調達, (下)零下40度はカメラテストも過酷

写真11 先住民の小舟(上)や犬ぞり(中)は本物。
球形のレーダー装置の一部(下)はCG描写か?

 ■ 終末の保管庫は南アフリカの地中深くにあるという想定だが,約50kmの石灰岩トンネルをもつ英国のミドルトン鉱山で撮影されている(写真12)。ガブリエルを追うイーサンのカーチェスシーンは,この鉱山内で実際に複数の車両を疾走させ,トム・クルーズ自身が運転している(写真13)。ここで待ち受けていたガブリエルが設置した核爆弾の起爆装置もこの鉱山内に持ち込んでいる(写真14)。その配線を切断するシーンのハラハラドキドキは定番だが,筐体全体のデザインはユニークだ。八角柱でなく,九角柱という珍しいデザインである。


写真12 終末の保管庫の地中用に英国の鉱山を利用

写真13 鉱山内でのカーチェイスもトム・クルーズが運転しているが, クラッシュまで本物か?

写真14 (上)九角柱の筐体は珍しいデザイン, (下)起爆装置の回路は, まあこんなもの

 ■ 何事も本物らしく見せるという方針の一貫として,米軍の施設や装備を実物に則して描いている。劇中では,イーサンは北太平洋上の空母ジョージ・H・W・ブッシュに同乗するが,実際にはイタリアの海岸沖に配備されていた同艦の艦上で3日間撮影したという。ただし,これは艦上でのシーンだけであり,洋上の航行やオスプレイの発艦シーンはCG描写だと思われる(写真15)。スローン大統領と政府要人がエンティティ対策会議を開くマウントウェザー緊急指令センターは,バージニア州に実在する連邦施設であり,核政争に備えて設けられた地下シェルター内にある。その設備や仕様は,当然,門外不出の機密事項だから,どこまで似せて描いているかは怪しいが,兵棋演習を行っているシーンは興味深かった(写真16)


写真15 空母ジョージ・H・W・ブッシュとそこから離艦するオスプレイ

写真16 (上)地下シェルター内にあるマウントウェザー緊急指令センター会議室
(下)フロアで行われていた兵棋演習(軍事作戦シミュレーション)が興味深い

 ■ 今回公開された「Behind the Scene映像」は,本作だけでなく,シリーズ他作品のメイキング映像も含まれていたので,かつてイーサンが行った潜水作業シーンの舞台裏を紹介しておこう。第5作『…/ローグ・ネイション』で,イーサンが落下して上から給水タンク内に入り,敵の基地を制御するメモリースロットを差し替えるシーンである。当時は情報がなく,紹介記事では「トム自身が息つぎなしで演じたというが,映像的にどの程度VFX加工しているのか,全く分からない」と書いている。回転する円筒形タンクに入り込んでの作業であるが,撮影用にはグリーンバックの大型水槽内に,円筒タンクを輪切りにし,さらに半分にした水中空間のセットを組んでいる(写真17)。この中に酸素ボンベなしでトム・クルーズが侵入し,目的を達成するシーンのメイキングが公開されている(写真18)。映画中では3分だが,トムは6分半も息継ぎなしで潜って演技したというから驚く。興味深いのは,その水中作業のCGシミュレーションやトムの潜水作業を実時間モニタリングしている様子も記録されていたことだ(写真19)。いざという時には,いつでも救出できる態勢をとっていたことだろう。


写真17 第5作に登場した給水タンクの潜水用セット

写真18 上3枚は6分半息を止めて行った水中作業。(下)は完成映像の1コマ。

写真19 (上)水中演技の事前シミュレーション画面
(下)本番での潜水作業のモニタリング画面

 ■ 本作でのセヴァストポリへの潜航シーンは,もっと遥かに大掛かりだった。潜水艦内の演技は,すべてスタジオ内のセットで撮影し,原潜の外観はCGで描くのが潜水艦映画のオーソドックスなやり方だ。沈没した潜水艦であっても,巧みに水の描き方を工夫して済ませる。ところが,トム・クルーズ自身が本当に潜水して,艦内からポトコヴァ・モジュールを持ち帰って来るシーンを撮るというのが,本シリーズの真骨頂である。上記の貯水タンクのように息継ぎなしでは済まないので,本物の潜水服を着て,酸素吸入しながら潜行する様子の一部始終をカメラに収めることは譲らない。さすがに,ベーリング海に実物大の潜水艦を沈め,その中に潜ることまではしなかったが,本物の艦内に見える大きさで,カメラクルーも一緒に潜れる巨大水槽をノルウェーに建設した。特設した水槽は欧州最大規模で,直径108ft四方,深さ32ft,容量9000klで,建設に3ヶ月余,水を満タンにするのに15日間かかるという代物となった。ところが,2012年に沈没した実際のセヴァストポリはアクラ型原潜で,全長は100m以上あるので,この水槽でも丸ごとは入らない。そこで水槽内に入れる潜水艦セットは,イーサンが移動する艦内部分だけでなく,それを撮影する機材の配置も考慮したデザインにし,さらに艦を回転させるジンバルも含めて設計された(写真20)。その製造には約2年半かかったという。


写真20 水槽内に設置する潜水艦とその撮影装置

 ■ この水槽で撮影した潜水シーンは,本編で20分近くあっただろうか。そのための撮影には10倍以上のの時間を要したに違いない。複数名の撮影スタッフも潜るので,トム・クルーズとの水中での意思疎通の指サインを決め,リハーサルを重ねている(写真21)。これだけの準備をしただけあって,映画史に残る圧巻の潜水作業シーンとなった。潜水艦に辿り着くまでや(写真22),艦内を進む行動も(写真23),潜水服を脱ぎ捨てて脱出するシーンも迫力満点である。トム・クルーズの潜水時間は1時間15分に及んだという。連続時間ではなく,数回の潜水の合計時間だろうが,潜水病にかからないまでも,肉体的にはかなり過酷な撮影である。一般には,後述の空中アクションの方が絶賛させるだろうが,当欄はこの潜水シーンこそ本作最大の見どころと評価する。とここまで書いたのだが,実のところ,どこまでが本物で,どの程度VFX加工しているのかは,よく分からなかった。潜水艦全体の外観はCGに違いない(写真24)写真25の浮上&救出シーンも,この水槽内では無理だ。せいぜいイーサンの浮上だけが実写で背景とグレースをCGで描いているか,あるいはすべてCGだろう。


写真21 (上)水中での意思疎通シグナルの確認, (下)撮影クルーも真剣に潜水の予行演習

写真22 (上)潜行しながら目標に向けて照明弾の発射
(下)ようやくセヴァストポリの上部甲板に到着

写真23 進むたびに揺れたり,傾いたりする艦内の描写は, これぞ本物と感じてしまう

写真24 (上)セヴァストポリの前半分。実物大は水槽に入らないので, これはCG。
(下)胴体が大陸棚から滑り落ちて沈降する。魚雷で破壊された後部が印象的。

写真25 (上)潜水服を脱ぎ, 酸素なしで気絶しながら浮上する
(下)氷に穴をあけて救出に向かうグレース

 ■ さて,お待ちかねの複葉機上でのスタントシーンである。撮影は南アフリカで行われ,追跡の開始は緑が美しいブライド・リバー・キャニオン,一機の飛行機から別の飛行機に移り,翼の上を歩くのはドラケンスバーグ山脈,イーサンがガブリエルと戦うクライマックスはインド洋沿岸部のワイルド・コーストだという。複葉機は「ボーイング・ステアマン モデル75」で,目立つ極彩色に塗装して,赤色と黄色を2機ずつ用意している。どう使い分けたかは不明だが,故障したための予備であると同時に,他機を撮影する役目も兼ねているのだろう。トム・クルーズが歩けるよう翼の強度は強化している。勿論,命綱を着けての演技であるが,230km/hの飛行で顔面に受ける風は巨大ハリケーン並みの強さだという(写真26)。全く還暦を過ぎた爺さんがよくやるよと呆れるしかない。完成映像では,命綱やカメラリグは除去されている(写真27)。ガブリエルが操縦してように見せるシーンでは,緑色のスーツを着たプロのパイロットが後部座席で操縦し,誰も操縦していないように見えるシーンも,同様な緑のパイロットが操縦して,これもVFXで取り除く。ガブリエル役のイーサイ・モラレスも緊急時のため,飛行機の操縦とスカイダイビングの訓練を受けたという。これまで何度も,ヘリのアクロバット飛行や離陸する航空機に掴まるシーンはあったが,最も困難なスタントシーンであったことは間違いない。撮影は,徹底した訓練と試験飛行を含めて,4ヶ月半に及んだという。


写真26 黄色と赤色の複葉機での空中アクション(命綱&専用カメラリグあり)

写真27 完成映像。命綱や設置カメラはVFXで除去。

 ■ カブリエルの落下後,イーサンは2つめのパラシュートを見つけて,複葉機を離れてスカイダイビングする。既にパラシュート降下は何度も体験済みのはずだが,様々条件を変えて試験ダイブを行っている(写真28)。降下中にポドコヴァを操作したり,ある人物からのメッセージを読んだりする分,降下も難しいのだろう。イーサンの表情や手元を捕えるスティックカメラ付きで降下しているのが印象的だ(写真29)。映像技術的には特筆に値しないが,背景となる地上の映像が美しく,高所恐怖症の観客は足がすくむに違いない。

写真28 色々条件を変えての降下練習。(下)スティックカメラで捉えた表情。

写真29 撮影担当のダイバーが捉えた映像。地上が美しい。

 ■ 映画全体でCG/VFXシーンは約1500というから,他のシーンもいくつか示しておこう。大規模な爆発シーンは,当然,CGの産物である(写真30)。空軍のヘリも3機も実物を用意する必要はないので,コストを考えればCGの出番だ(写真31)。ロンドン市内のデモを空から俯瞰するシーン(写真32)は,ドローン撮影にCG製の群衆や兵士を描き加えたと考えるのが普通だが,丸ごとCGであっても不思議ではない。エンティティが騙されてポトコヴァに閉じ込められると世界中が一斉に停電となり(写真33),次の瞬間復旧し,エンティティの束縛から解放されている。こちらも技術的には何でもないが,この停電は効果的な演出だった。本作のCG/VFXの主担当は前作に引き続きILMで,その他,MPC, One Of Us, Untold Studios, Lola VFX, Rodeo FX, BlueBolt, RISE Visual Effects, Clear Angle Studios, beloFX, Territory Studio等々が参加している。プレビズはILMからスピンオフしたThe Third FloorとHalon Entertainmentが担当している。


写真30 上は4作目のクレムリンの爆発。下2枚は本作の爆発シーン。

写真31 空軍のヘリは本物も有り得るが, CGで描いた方が簡単

写真32 ロンドンの中心地でのデモ活動の俯瞰シーン

写真33 世界中が一瞬停電し, ロンドンの灯もほぼ消えた
(C)2025 PARAMOUNT PICTURES.

【総合評価と今後への期待】
 毎回,ここまで主演男優が実演する必要があるのかと思いつつも,危険な超絶スタントを楽しんでしまう。まさに娯楽映画の優等生である。IMAXで観たとしても,これで他の映画と同じ入場料は安いと感じる。よくぞこんな映画を8作も作り続けてくれたと感謝状を贈りたくなる。  高レベルの娯楽映画の集大成であることを認めた上で,個人的に感じた欠点を指摘しておこう。クライマックスの空中アクションは長過ぎる。まだ続くのかと,飽きてしまう。撮影時間や多額の製作費をかけたことは分かるが,観客満足度はそれには比例しない。もっと簡潔な方が映画として引き締まったと思う。
 2つ目は,世界を脅かす究極の敵を全能AIのエンティティとしたことだ。しかるべき極悪人のネタが尽きたとはいえ,それをAIに頼る脚本は安易すぎる。まだしも,AIソフトの誤作動から核爆発の危機が迫るなら許せるが,いかにAIが進化しても,自我や意識・意志をもつことはあり得ない。あるとすれば,人間がそう感じるようにプログラムされているに過ぎない。現在のAIの学習能力は,膨大なデータに基づいていて,人間が高度に思える答を生み出しているだけである。誰かが,世界征服の方法や命令をプログラムかデータで挿入させた場合には起り得るが,それはAIが意志や感情をもったことにならない。
 さて,本作がシリーズ最終作であるかのどうかの問題である。C・マッカリー監督はこれが最終ではないと公言しているのに対して,トム・クルーズは最近「これがファイナル」と発言している。宣伝効果を兼ねて,題名を口にして誤魔化したとも受け取れる。現在,『トップガン3』(仮題)が進行中で,他にも数本主演作が予定されているから,『M:I-9』が登場するとしても最低3〜4年後になるだろう。さすがに65歳以上の高齢者に本作以上の過激なスタントは無理なので,結果的に本作で最終になった場合の言い訳なのかも知れない。
 トム・クルーズは,前作の公開時に,ハリソン・フォードが40年以上もインディ・ジョーンズを演じていることを挙げ,自らもイーサン・ハントを演じ続ける可能性を述べている。これは本音で,かつてのTVシリーズ『スパイ大作戦』のように,派手なアクションに頼らず,知的なトリックでミッションを達成するスパイ映画に回帰する構想ではないかと思われる。さらに第1作での失敗をリカバリーすることも考えているのではないか。
 1960年代後半から1970年代前半に世界的な人気を得た『スパイ大作戦』の原題は『Mission: Impossible』であり,その大ファンであったトム・クルーズは,製作者として,題名もテーマミュージックもそのまま踏襲し,29年前に本シリーズの第1作を作った。この第1作の失敗は,IMFチームのリーダーで,指令の声を聴き,ミッション達成計画を練るリーダーのジム・フェルプス(ジョン・ヴォイト)を裏切り者として,イーサン・ハントが殺してしまったことである。おそらく,大ヒットして続編を作ることになるとは思わず,黒幕の正体を最も意外な人物にしたかったためと考えられる。
 変装の名人イーサン・ハントは『スパイ大作戦』には登場していない。変装の名人は常にチームのNo.2であり,第1〜3シーズンは「ローラン・ハンド」なる役名でマーティン・ランド-が演じていた。後に『タッカー』(88)でGG賞,『エドウッド』(94)でアカデミー賞とGG賞の助演男優賞を受賞した名脇役である。第4〜5シーズンの変装の名人は「アメージング・パリス」なる役名で,レナード・ニモイが演じていた。個性的な顔立ちで,後に『スター・トレック』シリーズの宇宙人「Mr.スポック」として大成功を収めた男優である。トム・クルーズは,この2人との混同を避けるため,変装の名人は踏襲しつつ,「イーサン・ハント」なる新しい人物名を与えたのだと思われる。ところが,ジム・フェルプスを殺してしまったため,2作目以降は,自らリーダーとして指令の声を聞き,かつ変装の名人と大アクションを演じる1人3役をこなす破目になってしまった。
 トム・クルーズの願望は,今後は「イーサン・ハント」の名前のままで,TVシリーズでピーター・グレイブスが演じた「ジム・フェルプス」的なリーダーを演じたいのではないかと想像する。その場合,派手なアクションは若手メンバーに任せ,斬新なスパイ映画で,老いても知力と統率力のあるリーダーを演じ続けることができる。結果的には成功しなかったが,S・スピルバーグ監督は19年ぶりの第4作『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(08年7月号)で,お気に入りの若手シャイア・ラブーフを起用して,ハリソン・フォードの負荷を軽減しようとしていた。この構想は1作で終わり,次作は別の装いで登場した。
 イーサン・ハントがジム・フェルプス的な役目に移行する伏線は,既に本作の中で登場している。(少しネタバレになるが)前作から登場していたCIA諜報部員ジャスパー・ブリッグスは,第1作でイーサンが殺害したジム・フェルプスの息子であることが,本作の途中で明かされる。父の敵としてイーサンに反発していたが,真相を知らされ,最後は和解する。続編が上記の構想通りに作られるなら,イーサンとジャスパーのコンビがIMFの中核となる可能性が高い。もう1点,思わせぶりなのが,彼の姓がフェルプスでなくブリッグスであることだ。TVシリーズ『スパイ大作戦』でジム・フェルプスは第2シリーズ以降のリーダーであり,第1シリーズの初代リーダーの役名は,何と「ダン・ブリックス」であった。何やら,TVシリーズにまで遡って,複雑な事情があったことを続編で種明かしするつもりなのではないかと推測する。

【追記】複葉機間での乗り移り
 その後,別のメイキング映像が入手できたので,追加しておく。劇中では,イーサンは黄色の複葉機に飛び乗り,それを奪ってから,ガブリエルが操縦する赤い複葉機を追ってそれに乗り移り,彼との攻防が始まる。
 命綱をどこにつけるのかの問題もあるので,この乗り移りはそう簡単ではないと思ったのだが,しっかり種明かしがあった。白いヘリが赤い複葉機と同じ速度で上を飛び,トム・クルーズはこのヘリから赤い複葉機に降りていたのであった。写真34はリハーサル時の映像であるが,ヘリと複葉機の間を往復している。この複葉機の後部座席では,緑の衣装を着た人物がこの機を操縦している。前部操縦席には誰もいないから,本番ではカブリエル役のイーサイ・モラレスをそこに座らせて何度か撮影し,好都合なシーンを完成映像として採用したと考えられる。
 写真35のスチル画像は,多数の解説記事で使われている。本編中のどのシーンか分からなかったので,上記の記事中では使わなかった。トムがぶら下がっていたのは,写真34に白いヘリの下部にある付加設備の車輪間の横棒だったのだ。黄色の複葉機に飛びつくシーンを想定して,脚部は黄色く塗装されている。


写真34 赤い複葉機への乗り移りシーンのリハーサル

写真35 代表的なスチル画像だが, ぶら下がっていたのはこのヘリだったようだ

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