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O plus E VFX映画時評 2023年6月号

『リトル・マーメイド』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[6月9日より全国ロードショー公開中]

(C)2023 Disney Enterprises, Inc.


2023年5月19日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


海の中の描写は極上, ミュージカル映画としても出色

 言うまでもなく,かつての名作ディズニー・アニメの実写(+VFX)によるリメイク作である。もはやそれが同社の企業戦略の大きな柱であることは,最近の『ピーター・パン&ウェンディ』(23年4月号)で述べたばかりだ。元のアニメ作品『リトル・マーメイド』(89)は,ディズニー・アニメの第2黄金期の皮切りとなったヒット作で,続く『美女と野獣』(91)『アラジン』(92)『ライオン・キング』(94)と合わせた4本は,今考えても見事な作品の連続であった。主題歌は名曲揃いで,いずれもミュージカル舞台化され,現在も世界各地で上演されている。
 残る3本が既に『美女と野獣』(17年5月号)『アラジン』(19年5・6月号)『ライオン・キング』(同Web専用#4)として実写リメイクされているのに,トップバッターであるべき本作が取り残されていた。それが,ディズニー創立100周年の今年に公開されるということは,満を持していただけのことはある自信作なのだろうと想像した。実際,上述の『ピーター・…』とは雲泥の差であり,CG/VFXは充実していたし,ミュージカル映画としても期待に違わぬ出来映えであった。ところが,主人公アリエルのキャスティングに関して物議を醸していることは,既に大半の読者がご存知のことだろう。それは最後に私見を述べるとして,それを除いた素直な感想から語ることにする。

【物語の概要とリメイク】
 89年アニメ版以前に,原典がアンデルセン童話の「人魚姫」であることも良く知られている。それをディズニー流のアレンジを加えて伝統的なセル調2Dアニメして成功したのは,『ピノキオ』(40)『ピーター・パン』(53)『眠れる森の美女』(59)等と同じ手口であった。その実写リメイクでは,かなりアニメ版の物語を踏襲していることが多かったが,本作は,従来より最も忠実なリメイクであると感じた。一応,概略だけは記しておこう。
 好奇心が強い人魚姫のアリエルは,陸の上の人間世界に憧れていた。ある日,嵐で難破した船に乗っていたエリック王子を助け,彼に恋をする。一方,王子も自分を救ってくれた美しい声の女性を忘れられなくなる。アリエルは海の魔女のアースラと取引し,声を差し出すことを条件に,3日間だけ人間の姿で陸に上がる決断をする。王子とは再会できたが,王子は言葉を話せないアリエルを命の恩人だと気付かない……。
 ここまではアンデルセン童話とほぼ同じだが,89年版アニメは,アリエルとエリック王子が結ばれる典型的なディズニープリンセス物語に脚色されていた。このリメイク作も当然それを踏襲しているが,父のトリトン王と魔女のアースラが王剣(三叉槍)をめぐって争う終盤のバトルが,かなりグレードアップされていた。大作らしいクライマックス演出であり,見応えがあった。
 前述4本のアニメの中では,ミュージカル映画としての色彩が最も強い。製作・監督は『シカゴ』(03年4月号)のロブ・マーシャルで,ミュージカル映画はお手のものだ。ディズニーでは,『イントゥ・ザ・ウッズ』(15年3月号)『メリー・ポピンズ リターンズ』(19年1・2月号)を撮っていて,ともにミュージカル性は高く,かつVFXもしっかり使われている映画であった。

【登場人物とサブキャラ】
 物語の骨格が同じだから,当然,主要登場人物もサブキャラたちもアニメ版とほぼ同じだ。人魚姫アリエルにはシンガー・ソングライターのハリー・ベイリーが配された。グラミー賞5回ノミネートという実力派歌手である。エリック王子役は,英国人俳優のジョナ・ハウアー=キングで,大作で起用されるのは初めてだ。歌手のジョシュ・グローバン似のイケメンで,王子様役には似合っている(写真1)。父のトリトン王役は『ノーカントリー』(08年3月号)のハビエル・バルデムで,彼の存在感の大きさが,本作を大作らしい風格あるものにしている(写真2)。貫録では,魔女アースラ役のメリッサ・マッカーシーも負けていない(写真3)。女性だけで幽霊退治するリブート版『ゴーストバスターズ』(16年9月号)で,4人組チームの1人を演じていた女優である。



写真1 王子(右)はともかく,およそ似合いのカップルに見えないのだが…

写真2 今回は悪役でなく,風格のあるトリトン王

写真3 貫録では負けていない,海の魔女のアースラ

 サブキャラとして,人間の言葉を話す動物を登場させるのは童話の定番だ。原作にないサブキャラまで付け加えるのがディズニーアニメの得意技で,『アナと雪の女王』(14年3月号)では雪だるま,『美女と野獣』(91)では置き時計,燭台といった動物でないキャラも登場させていた。アニメならどのようにも描けるが,実写リメイクではこれをCGでいかに描くかが,主要キャストの俳優以上に注目ポイントである。元のアニメのイメージを残しつつ,リアル過ぎず,CGならではの描画力をどう発揮するかが見どころだ。
 89年アニメ版では,アリエルに常に寄り添う魚(カレイ? 鯛?)のフランダー,トリトン王に仕える蟹のセバスチャン,陽気なカモメのスカットル等が登場していた。このリメイク作では,勿論いずれもCGで描かれているが,フランダーの登場シーンは少なく,存在感も希薄だった(写真4)。一方,セバスチャンとスカットルの出番は増え,CGでのデザインも動きの描写も充実している(写真5)。出色だったのは,人間の姿になったアリエルの部屋で,ラップ調の曲“The Scuttlebutt”に合わせて,2匹が歌い,戯れる場面だ(写真6)。実に見事なミュージカル・シーンである。


写真4 前作(左)に比べて,フランダーの出番は減り,存在感も薄い

写真5 リアル過ぎず,安っぽくもなく,蟹もカモメもCGキャラとして良いデザイン

写真6 ラップミュージックに合わせて,歌い踊る絶品のシーン

【海の中と人魚の描写】
 海の中のシーンがたっぷり登場するが,思わず見惚れてしまう。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(22年Web専用#7)の海の描写も秀逸だったが,甲乙つけ難い素晴らしさだ。是非とも大きなスクリーンで観ることをお勧めする。絶品なのは,蟹のセバスチャンが“Under The Sea”を歌い,人魚のアリエルが水中を艶やかに舞うシーンである(写真7)。乙姫様の竜宮城は「絵にも描けない美しさ」だというが,アリエルが棲む海は「CGで,絵にして描いて美しい」。様々な水棲生物が登場するが,サメ,ウツボ,ウミガメ,クラゲ,サンゴ等々の描画も見事だった(写真8)


写真7 “Under The Sea”のメロディが流れ,海の中の美しいシーンが続く

写真8 ウメガメ,小魚,サンゴ等も,見事な画質で描かれている

 ライバルの『アバター:ウェイ…』は特設の水槽内でMoCapスーツを着けた俳優の動きをキャプチャしていたのに対して,本作は大型スタジオ内でのブルーバック撮影が中心だったようだ(写真9)。前者はメトカナイ族の水中での全身の動きをCGボディの正確にマッピングすることを重視したのに対して,本作はワイヤーや大型クレーンを使って,水中の上下方向のダイナミックな移動を描きたかったのだろう。人魚の場合,俳優の下半身の動きでは表現しようがないから,せいぜい腰の回転量だけ数値化できれば十分と考えたからかも知れない。ブルーバック利用は昔からの常套手段だが,CGの水の上書きで海中に見せることは難しくない。海の中に描きたいものをいかにデザインし,CGモデルに落とし込むかに注力すれば,それで十分だ。


写真9 スタジオ内でブルーバック撮影し,CG/VFX加工して完成映像(下左)に

 人魚の下半身のクネクネした動きは,類した大きさの魚の動きを観察して表現したようだ。先端部(尾ひれ?)のひらひらした部分のデザインは,さすがと言える出来映えであった(写真10)。アリエルの下半身は光沢感のある青緑色だが,6人の姉たちのボディはもっとカラフルで,さながら海の中のファッションショーである。


写真10 尾ひれ部分のCGデザインは素晴らしい

【その他のCG/VFX】
 上記の海の中の描写以外にも,CG/VFXの登場シーンは多々ある。例えば,エリック王子の乗った船が嵐に遭遇するシーンは,荒れる海も揺れる船もしっかりCGで描けている。後半に登場する沈没船もしかりだ。海の魔女アースラの下半身は大タコだが,その吸盤の描写も秀逸だ。ラストバトルでの,三叉槍の威力もCGゆえの産物であることは言うまでもない。ただし,この程度のVFXは,最近のハリウッド大作なら標準的な出来映えであり,特筆するレベルではない。  本作のCG/VFXの主担当はFramestoreで,他にILM, MPC, DNEG, Rodeo FX, Union VFX等が参加していた。プレビズの重要性は言うまでもなく,Proof社が担当していた。

【アリエルのキャスティング】
 アリエル役を巡っての報道は辟易するくらいだ。差別問題,ジェンダー問題となると,なぜこうまで不毛な議論,身勝手な主張が飛び交うのかと呆れ返る。できれば,この論評は避けて終わりたかったのだが,評点をつける映画評を続けている以上,そういう訳にも行くまい。 CG/VFXの活用度とミュージカル性ではに値するのに,総合評価をに留めたのは,アリエル役がこの素晴らしいリメイク作をぶち壊しにしていると感じたからだ。
 6歳の黒人の少女がこのアリエルを見て「私みたい」と喜んだというが,彼女が89年版アニメを公開時に映画館で見た訳ではあるまい。こういう少女にウケたいのなら,多様性を配慮した新作映画を作ればいい。ほぼ同じ設定のリメイク作を次々と製作するからには,旧作のファンにもアピールしようとしていることは明らかだ。それゆえ,監督までが「多数の候補の中から,最も相応しい俳優を選んだら,彼女になったに過ぎない」などという,見え透いた欺瞞的な言い訳をするから,ますますディズニーファンは反発する。これが『モアナと伝説の海』(17年3月号)のリメイクであれば,さほどの反対はなかったはずだ。
 同じディズニー映画の『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(11)に,美しい人魚と宣教師が恋をする物語が含まれていたことをご存知だろうか? 誰もがアンデルセンの「人魚姫」の物語を思い出し,アリエルとエリック王子のパロディだと感じたはずだ。敢えて,その人魚シレーナの画像を再掲しておこう(写真11)。今回のリメイク作では,少なくとも彼女以上のアリエル役であって欲しかったと思うのが普通だろう。この映画の監督が本作と同じロブ・マーシャルであったと聞けば,ファンはさらに驚くはずだ。


写真11 左:同じ監督が撮った別映画での人魚姫。
どちらがアリエルらしいかは,好みの問題? 人種差別問題?
(C)2023 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

 残念なのは,単に今回のキャスティングだけではない。ディズニーの経営陣,製作部門のトップの感性の鈍さだ。彼らは,自分たちの過去の知的財産の価値を貶めようとしている。こういう配役をすれば,物議を醸すことくらいは,映画産業の経営者なら容易に予測できたはずだ。賛否両論になった方が観客が増えると考えたのなら,その考え自体が卑しい。映画の観客やテーマパークの入場者に,夢を与えることが社是であったはずのディズニーが,その立場から転げ落ちようとしていることが悲しい。


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