O plus E VFX映画時評 2024年2月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(2月前半の公開作品は Part 1に掲載しています)

■『テルマ&ルイーズ 4K』(2月16日公開)
 4Kレストア版のラッシュで,過去作品が続々とリバイバル公開されている。Part 1の2本の音楽ドキュメンターの場合は,被写体が故人であり,かつ当初公開は小規模でその存在すら知らなかったため,積極的に取り上げた。通常の劇映画はきりがないので,基本的には観ない/紹介しないことにしているが,本作の場合は,無性に観たくなった。その理由は,後で考えることにした。
 監督はリドリー・スコット。2作目『エイリアン』(79)が大ヒットとなり,次作『ブレードランナー』(82)は一般受けしなかったものの,筆者のようなSF好きは食い入るように観た。その後は完璧主義が禍いしたためか,ほぼ忘れられた存在だった。『ブラック・レイン』(89)は日本が舞台で高倉健と松田優作が出演したため,国内では大きな話題となったが,当時,監督が彼であることは意識になかった。遅れてデビューした弟トニー・スコットが『トップガン』(86)『ビバリーヒルズ・コップ2』(87)により,ヒットメーカーとして注目を集めていた。そんな時代に,兄リドリーが全く作風の異なる映画に起用され,成功を納めたのが,1991年公開の本作である。
 主人公は題名通り,平凡な主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)とウェイトレスとして働く親友のルイーズ(スーザン・サランドン)で,2人は気晴らしに週末旅行に出かけた。立ち寄ったバーで男の気を引いたテルマがレイプされかけたところを,目撃したルイーズが咄嗟に護身用拳銃で男を射殺してしまう。かつてレイプされたルイーズにはそれがトラウマになっていたためだった。レイプ未遂は証拠がなく,殺人罪に問われることを恐れたルイーズ主導でメキシコへの逃亡を計画する。恋人のジミーに全財産を逃走資金として届けてもらうが,テルマの不注意により,この金をヒッチハイカーのJ.D.(ブラッド・ピット)に持ち逃げされてしまう。責任を感じたテルマがコンビニで強盗を働いたため,2人は全州に指名手配され,後戻りできなくなる。アーカンソーからオクラハマ,グランドキャニオンまで辿り着いた2人は……。
 改めて観ても,よくできたロードムービーで,当時の米国の風俗を伺い知ることができる。衝撃の結末は明確に覚えていたが,途中の描写の記憶が殆どなかった。本作は,アカデミー賞に監督賞を含む5部門にノミネートされ,脚本賞を受賞しているので,何よりも脚本が秀逸だったと言える。本作の公開時に55歳だったR・スコットは,その後,大作『グラディエーター』(00年7月号)の成功で,巨匠の地位を不動のものにした。当然,大作続きゆえ,彼の転換点となった本作での演出を再確認したかったのが,無性に観たくなった理由かと思う。
 主人公2人の立場に同情し,説得に当たる刑事をハーヴェイ・カイテルが演じていたが,筆者も彼の視点でこの物語を追った。最近の女性映画では,自己主張や存在感のある女性主人公が登場するが,本作の主人公たちはもっと社会的に弱い立場であり,その点に時代の違いを感じた。チンピラ役だったB・ピットは人気俳優を経て,映画製作が主業務となり,S・サランドンは大女優になったが,米国が銃社会であることは今も変わらない。

■『THE WILD 修羅の拳』(2月16日公開)
 韓国製のノワール映画だ。主人公は元ボクサーの前科者,彼の友人は犯罪組織のボス,さらに脱北者の麻薬密売人,悪徳汚職刑事とくると,ロクでもない人間ばかりだ。韓流ラブストーリーならお決まりのイケメン男優は,本作には1人もいない。俳優は誰も知らなかった。主演のパク・ソンウンは,出演歴を見ると『王の涙-イ・サンの決断』(15年1月号)『工作 黒金星と呼ばれた男』(19年7・8月号)に出ていたようだが,脇役だったので全く記憶にない。なまじっか美男俳優や見慣れた善人面だと裏社会の映画に迫力がなくなるので,これで丁度良い。監督のキム・ボンハンも初めて目にする名前だった。
 元ボクシング選手だったウチョルは,違法賭博場での試合で誤って対戦相手を殺してしまい,8年間服役していた。出所した彼を待ち受けていたのは,再び彼を仲間に引き入れようとする犯罪組織の首領ドシク(オ・デファン)だった。ウチョルは「静かに生きたい」と断るが,コールガールのミョンジュ(ソ・ジヘ)を庇って,汚職刑事のジョンゴン(チュ・ソクテ)に拳を振るってしまう。その後始末をつけてくれたドシクに借りができ,麻薬密売組織を仕切るガクス(オ・ダルス)を抹殺するよう依頼される。ガクスを利用してドシクを操っていた麻薬常習者のジョンゴンがそれを阻もうとしたため,ウチョルは3者間の抗争に巻き込まれる。自らの利益のためには何でも利用する獣たちの,凄絶で無慈悲なバイオレンスアクションが延々と続く…。これぞ,ノワールだ。
 主人公以外はワルばかりというのは定番だが,見事な騙し騙されの構図だった。ミステリーではないのだが,誰が生き残るか,先がどうなるか分からないのが,この映画の魅力だと言える。通常考える結末ではないと思いつつも,やはり見事に外れた。後味が悪いというほどではないが,これがノワールの落とし所かと納得する。

■『犯罪都市 NO WAY OUT』(2月16日公開)
 次も元ボクサーが主人公の韓国製バイオレンス映画である。ただし,役柄ではなく,主演のマ・ドンソクがボクサー出身で,彼が大暴れする警察もの痛快コメディである。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(17年9月号)でブレイクし,『悪人伝』(20年7・8月号)では暴力団組長を演じた個性派男優で,一度観たら忘れられない顔だ。本作では前科者ではなく,何と悪党どもをムショに送り込む刑事役である。既にシリーズ3作目で,噂に聞いていたが,これまで機会がなかったため,前2作『犯罪都市』(17)『同 THE ROUNDUP』(22)をネット配信で観た。なるほど抜群に面白く,完全にハマってしまう。
 前作公開からは1年強しか経っていないが,劇中では7年後の設定で,マ・ソクト刑事はソウル衿川警察署から,広域捜査隊勤務に異動していた。前作では管轄外のベトナムで凶悪犯一斉検挙に関わったが,今回は堂々と日本のヤクザ組織と渡り合える立場である。新種の合成麻薬取引に絡む日本の一条組が,麻薬を盗んだ組織員を始末するため,極悪非道な殺し屋・リキをソウルに送り込む,という物語設定だ。組長役の國村隼は少ししか登場しないが,リキ役の青木崇高が日本刀で怪物刑事の強烈パンチと戦うというから,嬉しくなるではないか。そこに汚職刑事チュ・ソンチョル(イ・ジュニョク)も加わって,三つ巴のバトルが展開する……。
 Wヴィランにしたため,アクションシーンはパワーアップしているが,痛快さは前2作の方が上だった。同じような悪人とチンピラだらけで,敵の構図が少し分かりにくい。シリーズ強化で少し欲張ったためだろう。とはいえ,マ刑事の必殺「ワンパンチ」見たさに,このシリーズはずっと追いかけることになりそうだ。韓国版MCUというらしいが,マーベルコミックとは無関係で,マ・ドンソクのMだそうだ。本家MCUはもたついているが,こちらのMCUは絶好調で,既に4作目を撮り終え,5作目が撮影中だという。楽しみだ。

■『コヴェナント/約束の救出』(2月23日公開)
 時代は2018年,舞台はアフガニスタンで,タリバンの武器や弾薬の隠し場所を探す米軍部隊の苦闘を描いたアクションサスペンス映画である。同系統の作品としては,『ローン・サバイバー』(14年4月号)『ホース・ソルジャー』(18年Web専用#2)『アウトポスト』(21年Web専用#1)を取り上げ,をつけている。かつては,米軍兵士の志気を高める意義もあったようだが,既に米軍がアフガニスタンから撤退した以上,その役割はなく,かつての戦争体験を素材としたヒューマンドラマとして描かれている。ただし,本作は上記3作のような明らかな実話ではなく,ドキュメンタリー映画から着想を得て,いくつかのエピソードを繋ぎ合わせた物語のようだ。監督は『シャーロック・ホームズ』シリーズのガイ・リッチーで,共同脚本・製作も担当している。
 主人公は部隊を率いるジョン・キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)で,優秀だが他人の指図を受けないアフガン人の通訳アーメッド(ダール・サリム)を雇い入れた。ある日,タリバンの爆発物製造工場を突き止めたが,大量のタリバン兵の逆襲に遭い,キンリーとアーメッド以外は全滅してしまう。岩山を駆け降りて逃げる途中で重傷を負ったキンリーを,アーメッドはソリや手押し車を使って山の中を辿り,100km以上移動して空軍地区まで送り届ける。ここまでが前半だ。
 傷が癒えたキンリーはLAの自宅に戻るが,彼を助けたために,アーメッドがタリバンから命を狙われ,家族と共に姿を消したと知らされる。通訳には報償として米国移住ビザが約束されていたが,これを果たさない政府や軍に見切りをつけたキンリーは,アーメッド救出のために単身で危険なタリバンの支配地域へと向かう…。  アフガンでのロケはできないから,スペインの山間部で撮影したという。元軍人の指導を得たという部隊の行動や銃撃戦の迫力は上々で,緊迫感や感動度も過去作に引けを取らない。「Covenant」とは,「絆,誓い,約束」を意味している。副題と重複している以上,それが達成されないことはないと誰でも予想できるだろう。

■『ネクスト・ゴール・ウィンズ』(2月23日公開)
 明るい日差しの下で展開する楽しい映画だった。世界最弱のサッカーチームを敏腕コーチが強化する物語で,ネタ的には典型的なスポ根もの,よくあるテーマだ。実話ベースなので,結末を変える訳には行かない。題名からも,ハッピーエンドに決まっている。要点はいかに楽しく見せて,満足感を与えてくれるかだけだ。監督・脚本は『ジョジョ・ラビット』(19年Web専用#6)だというので,どんな描き方をするのか期待した。
 2001年のW杯予選で「0対31」の歴史的大敗を喫した「米領サモア」のチームである。このスコアは本当かと驚くが,実話というから信じるしかない。サモアは知っていたが,米領とは知らなかった。それもそのはず,「サモア独立国」は所謂「西サモア」で,その東南にある地域らしい。人口約4.5万人なのにサッカーチームがあり,W杯予選出場資格があるということ自体が驚きだ。その後もゴールを決めたことがなく,立て直しを期して有能なコーチを米国から招聘する。派遣されてきたのは,型破りの性格と言動で米国を追われた鬼コーチのトーマス・ロンゲン(マイケル・ファスベンダ-)だった…。
 何しろ超個性的なメンバーで,練習段階からハチャメチャ,ドタバタでの連続で,しかもデブ揃いだ。脚色もあるのだろうが,本当にこの体形なら,45分×2 はもたないだろうと思える。サッカー協会会長兼カメラマンのタビタ(オスカー・ナイトリー)やアシスタントコーチのエース(デヴェッド・フェイン)も似たような体形の個性派揃いだが,1つのゴールを目指しての特訓が始まる。最も印象的だったのは,エースストライカーのジャイヤ(カイマナ)で,現地語でいう「ファファフィネ」なる存在である。男性と女性の2つが共存する流動的な性別で,「バイセクシャル」とも違うようだ。W杯予選では,公式に世界初のトランスジェンダー女性のサッカー選手として登録されたそうだ。
 目標の1ゴールを達成して終わるのかと思ったが,そうではなかった。といっても,予選を突破して本戦まで進んだ訳ではないので,観てのお愉しみとしておこう。ゴールや勝利を目指すだけでなく,「自分らしく生きる,幸せのかたち」を描き,ユーモアと優しさを両立したハートフルドラマとなっている。個人的な不満を言えば,この優等生な演出が強過ぎて,後半はコメディ度が少なめだったことだ。主演のM・ファスベンダ-が紳士的なルックスのイケメン過ぎることも影響している。ジャック・ブラックかウィル・ファレルのような,見ただけで強烈な個性の俳優か,せめてスティーヴ・カレル級のコメディアンを起用して,丁々発止のやりとりを強調した方が本作には似合っていたかと思う。

■『マッチング』(2月23日公開)
 この題名は,最近若者の利用が急増している「婚活用アプリ」を指している。本作は邦画で,主演は土屋太鳳だが,最近紹介した『きっと,それは愛じゃない』(23年12月号)と比べてみたくなる。同作は米国在住のパキスタン人医師と主人公のロマンスに発展したが,前半で米国の婚活事情が詳しく語られていたからだ。彼我のマッチングアプリの実態と効用の違いを比較するのに丁度良い。本作の概要を読むと,このアプリで結ばれたカップルが次々と殺害されて行くホラー系作品のようだ。監督・脚本は,多作の内田英治。前作の『サイレントラブ』(24年1月号)は,プロットは面白かったのに,企画倒れの感があったので,本作での巻き返しに期待した。恒例の邦画の若者映画を選んだ理由を述べるなら,①マッチアプリの実態への興味,②連続殺人事件への発展の興味,③内田監督のリターンマッチへの期待,の3点である。
 主人公は,ウェディングプランナーとして働く29歳の唯島輪花(土屋太鳳)で,仕事一筋の恋愛音痴のため,職場の同僚に勧められ,マッチングアプリ「Will Will」に登録する。紹介された年下の男・永山吐夢(佐久間大介)と出会うと,写真とは大違いのネクラな男だった。その後も膨大な数のメッセージを送り,輪花につきまとう。彼のストーカー行為に困った輪花は,アプリ運営会社のプログラマー影山剛に相談する。輪花に想いを寄せる影山は彼女を必死で守ろうとし,2人の距離は急速に縮まる。その一方で,「アプリ婚」で結ばれ,輪花の勤務先の結婚式場で式を挙げたカップルが次々と惨殺される連続殺人事件が発生する。さらに,輪花の父が遺した秘密が判明し,驚愕すべき事態へと発展する……。
 土屋太鳳は特に気に入った女優ではなかったが,数えてみると,出演作はこれが13本目,主演作は4本目と,結構取り上げている。年齢とともにますます綺麗になっている。『哀愁しんでれら』(21年1・2月号)もホラー・タッチであったが,本作の方が本格的で,ストーカーに脅える様は,かなり演技力もついたと感じた。一方,アイドル系の佐久間大介にこの役は少し意外な感がしたが,まずまず無難にこなしていた。期待したマッチングアプリは,物語のきっかけに使っているだけだった。シリアルキラーの正体は中盤ですぐ分かってしまうが,謎解きものではないから,これでもいいかと思う。問題は,意外な展開,驚くべき結末だと思わせようとする脚本で,少しやり過ぎで,矛盾だらけだ。爽快感もやられた感もない。自らの脚本に酔いしれているのか,この監督はミステリーにもホラーにも向かないと思う。

■『アメリカン・フィクション』(2月27日配信開始)
 アカデミー賞には,作品賞を含む5部門でノミネートされている。黒人を描いた小説・映画での侮辱的な表現や白人社会の偽善を痛烈に批判した風刺コメディだという。原作は米国人作家パーシヴァル・エヴェレットが2001年に著した「Erasure」で,TV分野の脚本家であったコード・ジェファーソンが映画化し,これが長編映画の監督デビュー作である。昨年9月のトロント国際映画祭で観客賞を受賞し,米国では12月15日に劇場公開されたが,本邦ではAmazon Prime Videoでの独占配信だというので,それを待たざるを得なかった。
 主人公は,LA在住の大学教授で純文学作家のセレニアス・エリソン(愛称:モンク)で,黒人男優のジェフリー・ライトが演じている。彼の作家としての評価は高いが,小説の売上げは芳しくなく,「黒人らしさが足りない」と手厳しい評価を受けていた。ベストセラーを連発する黒人女流作家の通俗小説を読み,スタッグ・R・リー名義でステレオタイプな黒人小説を書いたところ,出版社から高額の手付け金がオファーされる。冗談で「××××」なる卑猥な題名を条件にすると,そのまま出版されて大人気作となり,映画化の話が持ち上がる。さらには自らが審査員を務める文学賞まで受賞してしまう…。
 冗談のような物語展開だが,抱腹絶倒のコメディではなかった。前半は,久々に戻った実家で,死んだ父親の不倫,姉の急死,認知症の母親が引き起こす騒動,経済的困窮ぶりが描かれ,シリアスな社会派ドラマのように思えた。平行して,実家の向かいに住む女性弁護士とのロマンスも進行する。出版業界,文学賞,映画業界を皮肉った発言が再三登場するが,終盤は一転して全くのコメディと化す。風刺しながらも,家庭内の確執,貧困,ラブロマンス,不倫,離婚,同性愛等々,最近のヒット映画に必要な要素を巧みに盛り込んであり,この映画全体がある種のパロディとなっている。
 原作者自身も黒人で,南カリフォルニア大学の教授である。原作小説は「メタストーリー」なる複雑な入れ子構造をしている上に,文体の使い分けも含んでいるらしい。単純には映画化できないが,巧みだったのは,物静かで知的な文学者モンクと覆面作家で指名手配中の逃亡犯のリーを,声色の違いで笑わせてくれる上に,文体が異なる原作の最終章を,あっと驚くラストで締め括っている。少し残念だったのは,黒人社会特有のスラングが会話中で頻出するが,日本語字幕ではそれを表現し切れていなかった。2度登場するタイラー・ペリーなる人物名も,誰だか知らなかった。黒人女性層に絶大な人気を誇る俳優・監督・劇作家で,しばしば女装して登場し,黒人文化や黒人社会問題をネタにしている人物のようだ。その半面,ジャズ中心の音楽が洒落ていて,監督のセンスの良さが感じられた。なるほど,デビュー作でオスカー5部門の候補となるだけのことはある実力者だ。

■『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』(配信中)
 原題は単なる『American Symphony』だったので,ノミネート作品発表後しばらくは,上記の『American Fiction』としばしば混同した。主題歌賞部門だけノミネートの本作は,Netflixで昨年11月29日から配信中で,邦題には主人公名が冠されていたので,ようやく識別できた。音楽映画で,癌と闘う夫人の見守りつつ,交響曲を作るミュージシャンの映画だというので,それ以外の予備知識なしで観ることにした。難病ものの映画なら,この曲で癒された夫人が奇蹟的に完治するか,あるいは闘病の甲斐なく他界し,美しい曲が流れる感動作になるのかと,勝手に想像していた。
 主人公は,ニューオーリンズ出身の人気シンガーソングライターで,父からジャズの手ほどきを受け,母親の勧めで名門のジュリアード音楽院を卒業し,多くの仲間と曲作りに励んでいる。妻はベストセラー作家のスレイカ・ジャワドで,白人でかなりの美人である。2人はNY在住で,いかにもセレブ同士のカップルだ。スレイカは22歳で白血病を発症し,一旦は完治したように思えたが,10年後に再発し,再び闘病生活に入る。夫が妻の髪を剃る様子や,病院内の様子もきめ細かく描写され,随所で夫婦の絆の強さが感じられる。
 妻をいたわりながら,ジョンは病室でも作曲している。彼は,黒人タレントや知識人に対する認識を苦々しく思い,壁を超えたいと言う。上記の『アメリカン・フィクション』とテーマは近いが,真摯に音楽家としての高みを目指している。グラミー賞を11部門で受賞するシーンは圧巻だった。そして,出来上がった交響曲はカーネギーホールで発表する。その演奏が10数分続く……。
 最後に少しだけ2人で並んで草地を歩くシーンが登場するが,物語性に乏しく,感動度も低かった。全く勘違いしていたことに気付いた。本作は劇映画ではなく,伝記ドキュメンタリーで,1年間に渡る,彼らの生活の映像記録であった。見事なピアノ演奏シーンは,どう見ても本人が弾いているとしか思えず,この黒人男優は誰なのかと不思議だったが,謎は氷解した。改めて観直したが,曲作りや白血病の闘病生活が極めてリアルだった。

■『フレーミングホット!チートス物語』(配信中)
 次も黒人が主人公の映画で,同じくアカデミー賞主題歌賞部門のノミネート作だ。Disney+で昨年6月19日から配信されている。工場の清掃員だった男が大企業の副社長にまで上り詰めるという,いかにも黒人映画のサクセスストーリーだが,こちらはしっかり劇映画であることを先に確認した。ただし,完全な実話であり,会社名も登場人物名も実名である。「チートス」とは,米国の菓子会社フリトレー(ペプシコの子会社)が発売するチーズ味の細長いスナック菓子の商品名だ。
 物語は1966年から始まり,舞台はLA東部のグアスティだ。主人公はリチャード・モンタフェス(ジェシー・ガルシア)で,労働者階級の8人兄弟姉妹の1人である。小学校でリチャード少年はメキシコ人というだけで激しい「いじめ」に遭うが,母親が作ったブリトーを売って早くも商才を発揮する。続く70年代もメキシコ人は差別され続け,いわれのない暴行を受けていた。その貧困生活や盗みに走る描写がリアルだ。幼なじみの妻ジョディに正業に就くよう諭され,いくつもの会社を回った結果,履歴を誤魔化して,フリトレー社の清掃員に雇用される。機械技術者のクラレンス(デニス・ヘイスバート)を質問攻めにして信頼を得るが,工場での従業員の身分格差は大きく,10年経っても清掃員のままだった。この工場内の生産管理の描写もリアルだった。
 1984年,レーガン政権の発足とともに「小さな政府」政策が実行され,各種補助金がカットされて,貧者に厳しい時代となる。会社の売り上げも激減し,ラインの停止や従業員の解雇が始まる。エンリコ社長が社員に危機を訴えるビデオを見たリチャードは,直接電話をかけて,チートスを激辛味にするアイディアを訴え,試作品を送り付ける。そこからの紆余曲折,商品発売に漕ぎ着けたものの,一向に売れない事態に直面しての奮闘ぶりは,これまた実話ゆえのリアリティで,大笑いしながら感動する。脚本だけ見れば,余りにも典型的な成功譚だが「努力して工夫すれば報われる」という実話は,勇気を与えてくれる。白けのZ世代に見せたい映画だ。
 思えば,バブル崩壊後の30数年間,日本の大半の大企業には縮小均衡と安全志向の経営者ばかりだった。日本経済の復権にも,リチャードのくじけない挑戦心と「先見の明に投資する」エンリコ社長の経営哲学は,分かりやすい教科書になると感じた。主題歌はラテン系の人気歌手Becky Gが歌う“The Fire Inside”で,ミュージックビデオにはリチャード・モンタフェス本人も登場し,チートスには「燃える心が詰まっていると」と語っている。監督は,メキシコ人の両親をもつ女優のエヴァ・ロンゴリアで,これが監督デビュー作である。

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