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O plus E VFX映画時評 2023年4月号

『ピーター・パン
&ウェンディ』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[4月28日よりDisney+で独占配信中]

(C)2023 Disney Enterprises, Inc.


2023年4月28日 Disney+の映像配信を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


人気アニメの実写映画化は, 全くの期待外れの失敗作

 この映画をWebサイトで「掲載予定」と予告してしまったことを,つくづく後悔した。紙媒体の「O plus E」誌は昨年11・12月号を最後に休刊となったが,当映画評は電子媒体で続けることになったので,今年からはCG/VFX多用作のメイン記事は掲載予定作品を予告し,短評ともども各記事の長さを大幅に増量した。紙媒体の雑誌では入稿&校了日が厳密に決められていて,紙幅の制約もあったため,入稿間際まで掲載作品の選択やレイアウトに迷っていた。Web掲載記事の場合は自由度が増したため,紹介しようと思う映画は予め決めれば,公開延期にならない限り,ほぼ予定通りに掲載できる。それゆえ,どんな記事のなるのか楽しみにして下さる愛読者に掲載予定を知らせることができるし,暗黙の内に全く紹介する気のない映画も宣言していることになる。
 そう考えて「掲載予定」を書くことにしたのだが,本作は全くの誤算だった。天下のディズニー作品が,ここまで駄作で,紹介に値しない出来映えだとは予想できなかった。それでも,予告した以上は評価を待っておられる読者もおられるだろうから,しぶしぶながら書くことにした。CG/VFXの観点からは,いかに語るに値しない映画であったかを記録することになる。
 題材は,誰もが知っている永遠の少年「ピーター・パン」の物語で,原典は英国人の劇作家ジェームス・マシュー・バリーが1904年に発表した戯曲「ピーター・パン:大人にならない少年」である。世界中で何度も舞台劇化され,多数の絵本や児童書が出版されている。ただし,映画化は意外と少なく,20年後にサイレント映画『ピーター・パン』(24)が製作され,その約30年後に大人気を博したディズニーアニメの『ピーター・パン』(53)が登場した。余りにもこのアニメが有名になったため,これが原作だと思っている人も少なくない。その後,スティーヴン・スピルバーグ監督が敵役のフック船長を主人公にした『フック』(91)を撮っているが,これは完全にオリジナルの後日譚であり,原典の再映画化ではなかった。
 原作戯曲の上演100周年前後に3本の劇場用映画が製作され,当欄では全て紹介している。『ピーター・パン2/ネバーランドの秘密』(03年1月号)は,53年版と同じ2Dセル調アニメの続編で,ウェンディの子供2人が主人公であった。一方,『ピーター・パン』(04年4月号)は2003年製作の実写映画で,ピーター,ウェンディ,フック船長の関係が少し変えられているものの,ネバーランドを舞台に繰り広げられる物語設定はほぼ原典と同じであった。CG/VFXの利用は,約1200カットと充実していた。3作目の『ネバーランド』(05年1月号)はジョニー・デップ主演の実写映画で,原作者バリーが未亡人と恋に落ち,その三男のピーターのために語った物語から後世に残る戯曲が生まれる舞台裏を描いていた。その後登場する『PAN~ネバーランド,夢のはじまり~』(15年11月号)は,『フック』や『ピーター・パン2…』とは逆の前日譚であり,CG/VFXもたっぷり使われていた。
 さて,表題に少女ウェンディの名前も入れた本作だが,53年版の名作アニメを生み出したウォルト・ディズニー社による実写リメイク映画であり,人物設定も物語の骨格もアニメ版をほぼ踏襲した作品である。知名度と影響力抜群のディズニーが自社アニメを実写化する以上,2003年版の『ピーター・パン』を遥かに上回る出来映えを期待するのが当然だろう。同社の実写リメイクは極めて活発で,この10年以内だけでも,『シンデレラ』(15年5月号)『ジャングル・ブック』(16年8月号)『美女と野獣』(17年5月号)『ダンボ』(19年Web専用#2)『アラジン』(19年5・6月号)『ライオン・キング』(19年Web専用#4)『ムーラン』(20年9・10月号)と,かなり量産されている。もはや企業戦略の大きな柱というべきレベルだ。当然,CG/VFXの利用も活発で, 2Dアニメの知名度に相応しい意欲作にすべく,いずれも実写ならではの質感,スケール感を加えたスペクタル大作に仕上げていた。
 上記の7本の内,他は劇場公開映画であったのに,『ムーラン』だけは,いきなりDisney+での配信作品であった。これは,コロナ禍で本格的な映画館公開ができず,止むなくネット配信となったものの,通常の月額定額料金以外にかなり高額のプレミア料金(日本では,2,980円+消費税)が必要であった。この課金方式が不評であったため,その後,特別料金の課金はなくなり,月額料金だけで『ソウルフル・ワールド』(20年Web専用#6)『あの夏のルカ』(21年Web専用#3)『私ときどきレッサーパンダ』(22年3・4月号)等の優れたフルCGアニメを立て続けにDisney+で観ることができた。それに安心して,本作も同じように考えていたのだが,実写リメイク作『ピノキオ』(22)なる駄作もDisney+配信であったことを忘れていた。『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(22年Web専用#7)の記事中で触れたように,同作は話題にもならず,筆者は配信開始に気づかなかった。いざ全編を眺めてみても,改めて紹介する気にもならない凡作であった。本作も,それとほぼ同レベルで,あえて失敗作と言っていいだろう。ディズニーが力を入れているはずの実写リメイク作を,最初からDisney+配信にするというのは,やはりこの程度のレベルなのかと思わざるを得ない。


キャストに魅力なく, 物語もVFXも見どころなし

 では,何がそんなに失敗作なのかを考えてみよう。映画の冒頭からのシーケンスは,ダーリング家の寝室から始まり,53年版アニメと酷似している。他の実写リメイク作と同様,昔何度も観た2Dアニメの世界を思い出させる手口であるから,それに異論はない。題名に名前が入ったように,ウェンディの出番が増えている。単にピーター・パンに憧れたり,ネバーランドで母性に目覚める女性ではなく,少し現代女性風の自己主張のある女性として描かれている。ピーターとフック船長の過去の関係が付け加わる等の変更もあるが,大筋は53年版アニメの枠組の中での展開である。リメイクなのでそれは許せるが,ワクワクするものがなく,ファンタジーアドベンチャーとしての盛り上がりにも欠けていた。クライマックスであるはずのピーターとフック船長の対決も平凡すぎで,何も印象に残らない。
 監督・脚本は,『さらば愛しきアウトロー』(18)のデヴィッド・ロウリー。当欄では,彼の『ピートと秘密の友達』(16)と『グリーン・ナイト』(22年11・12月号)を紹介している。前者もファミリー向けディズニー映画のリメイク作であり,後者では監督のストーリーテリング力を褒めている。そんな経験豊かな監督が,なぜ本作の演出でこんなに冴えなかったのだろう? 本作は,2016年に企画が発表され,2020年に撮影開始の予定が,コロナ禍で何度も撮影が延期され,その間,脚本を修正し過ぎて,焦点が定まらなくなったのかも知れない。
 最大の原因はキャスティングの失敗だと思う。ピーター・パン役のアレクサンダー・モロニーは,撮影時13歳の小柄な少年だが,過去に声の出演作が1本あるだけの全く無名の俳優だ。ルックスもただのイタズラ好きの悪ガキにしか見えない(写真1)。2003年版のジェレミー・サンプターがかなりの美少年であったから,かなり見劣りする。一方のウェンディ役のエヴァー・アンダーソンは撮影時12歳の少女だが,父親ポール・W・S・アンダーソンの監督作『バイオハザード:ザ・ファイナル』(17年1月号)で子役デビューを果たし,母ミラ・ジョヴォヴィッチが演じたアリシア・マーカスの少女時代という役柄であった。続く『ブラック・ウィドウ』(21年7・8月号)では,スカーレット・ヨハンソンの子供時代を演じていて,存在感のある少女だった。容姿や演技力は,普通の女優として通用するレベルだが,輝くような美少女ではない(写真2)。容姿を気にするのか,飛び抜けた美少年や美少女の必要があるのかと問われれば,夢を与えるディズニー映画のリメイク作であれば,そうであるべきだと答えたい。


写真1 これが本作のピーター・パン。ただの悪ガキ。

写真2 母親譲りの存在感だが,輝くような美少女ではない

 妖精のティンカー・ベル役は,同じく子役出身のヤラ・シャヒディ。こちらは父親がイラン系,母親がアフリカ系と先住民チョクトー族の混血という複雑な家系だ。魅力的な女性であるが,なぜ妖精役を有色人種にする必要があるのか,理解に苦しむ(写真3)。人種差別云々の問題ではなく,必然性のないところにこういうキャスティングをすることに,「いやらしさ」を感じる。残る主要人物,敵役のフック船長役は,何と美男俳優のジュード・ロウだった(写真4)。年齢を重ね,色々な役を演じ,本作でも卒なく存在感のある敵役をこなしていたが,やはり似合わない。原典では美男との設定のようだが,アニメ版で見慣れたフック船長役に似合う英国人男優なら,ダニエル・デイ=ルイスかベネディクト・カンバーバッチあたりだろう。レイフ・ファインズやジェレミー・アイアンズでも様になったはずだ。鉤形の義手もアニメ版の左手から原典の戯曲の右手に移しているが,これも無用な変更に思える。アニメ版を踏襲する方がリメイク版としては自然だったと思う。


写真3 愛らしい女優だが,有色人種を起用する必然性はない

写真4 フック船長はもっと人相の悪い俳優であるべき

 CG/VFXも観るべきものがないのだが,一応点検しておこう。
 ■ まずは,妖精のティンカー・ベルからだ。2003年版実写映画もCGと実写の合成でかなりの工夫がなされていたが,本作の方が妖精の粉も背中の羽の羽ばたきも自然である。アニメ版より遥かに小さく描いているのが,妖精らしくて好ましい(写真5)。この20年間のCG/VFX技術の進歩は目覚ましいので,これくらいは当然と言える。


写真5 小さく描いたティンカー・ベルは好い出来

 ■ 妖精の粉を振りかけられて,ウェンディたちが空を舞うシーンが前半の見どころだ。アニメ版(写真6)のイメージを踏襲し,夜のロンドンからネバーランドに向かうシーンは卒なく再現されている(写真7)。ただし,「卒なく」のレベルに留まり,それ以上のワクワク感がない。空からの着地に関しては,2003年版と同様,ワイヤーアクションの出来映えが冴えなかった。


写真6 アニメ版の飛翔シーンはこんな感じ

写真7 まずまず許せるレベルの飛翔シーン

 ■ ネバーランドでの出来事,タイガー・リリーやロストボーイたちとの出会いでのVFX利用がもっとあるかと思ったのだが,期待外れだった。唯一合格点なのは,空に舞い上がる海賊船の描写だけだった(写真8)。ウェンディたちをロンドンの家まで送り届け,夜の空を航行するお約束シーンまでしっかり登場する(写真9)。一応,実物大の船体が作られていて,船内アクションシーンの撮影に使われている(写真10)。空に飛翔するシーンは当然フルCGだ。ただし,船内アクションなら『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで何度も経験済みのはずだし,空を飛ぶ海賊船は上述の『PAN…』の方が優れていた。


写真8 空に舞い上がる海賊船は,当然フルCG描写

写真9 お約束通り,夜のロンドンの空にも登場する

写真10 こちらは実物大の海賊船
(C)2023 Disney Enterprises, Inc.

 ■ CG/VFXの担当は,Framestore, Cinesite, DNEGだった。これだけの一流スタジオを揃えておきながら,本作にはワニも人魚も登場しない。誰もがリアルなCG製のワニがフック船長を襲うシーンを期待したはずなのに,一体どういう了見なのだろう? 何事も控えめな実写化なのなら,そんな映画は作る必要がない。来たる6月には『リトル・マーメイド』が,来年には『Snow White(白雪姫)』の実写版が公開されるが,両作とも劇場公開予定というので,本作よりは期待できるだろう。


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