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O plus E 2020年Webページ専用記事#6
 
 
ソウルフル・ワールド』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C) 2020 Disney/Pixar
 
  オフィシャルサイト[日本語]    
  [12月25日よりディズニープラスにて独占配信中]   2020年12月28日 Disney+の映像配信を視聴
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  さすがピクサー,人生哲学とジャズとの見事なアンサンブル  
  「さすがピクサー!」としか言い様がないほどの見事な出来映えだ。公開延期の挙句に『ムーラン』(20年9・10月号)と同様,Disney+でのネット配信しかしないディズニーの営業方針には腹立たしく感じながらも,映画自体には罪はなく,その中身の濃さには感服せざるを得ない。別項の『ワンダーウーマン 1984』の劇場公開も嬉しかったが,ネット配信であっても,これだけの逸品が年内に見られたことは善しとしよう。今回は『ムーラン』のような映画館入場料よりも高額のプレミア料金が要る訳ではなく,通常の会員料金(月額700円+消費税)だけで視聴できる。配信開始前にマスコミ試写を見せてくれず,記事を書くのが遅くなるのが難だが,試写会場への電車賃よりも安く観られるのだから,何とか許せる範囲だ。
 本作は,フルCGアニメの元祖ピクサーの長編23作目に当たる。今年は既に22作目『2分の1の魔法』(20年3・4月号)があったので,年間複数本公開である。原題は例によってシンプルな『Soul』だが,邦題の方が内容を的確に表わしている。人間として生まれる前の「ソウル(魂)」たちの世界を舞台に描くファンタジーアドベンチャーという触れ込みだ。主人公はジャズ・ミュージシャンを夢見る音楽教師だという。いわゆるR&B系のソウル・ミュージックではないようだが,ジャズの中にも「ソウルフル」な演奏を重んじるジャンルはあるので,音楽的にどう描いているのかも楽しみだった。
 結論を先に言えば,人生哲学そのものの映画だった。テーマは「人生のきらめき」だ。そこにジャズの魂が加わるとなると,お子様を含めたファミリー向きの映画にはならないと思うのが普通だろう。まさにその通りで,可愛いキャラを登場させて,一見親しみ易くはしているが,子供が到底理解できない深い人生哲学が含まれている。
 主人公のジョー・ガードナーはNY在住の黒人男性で,中学校で音楽の授業を受け持つ非常勤講師である。プロのジャズ・ピアニストになることを夢見て,定職に就けないでいる。ある日,有名なサックス奏者のドロシア・ウィリアムズに認められ,一流クラブのステージに立つチャンスを得るが,はしゃぎ過ぎた余り,誤ってマンホールに落ちてしまう。目覚めたジョーがいたのは生死の境で,天界に向うエスカレーターの上だった。さらにそこから「ソウル」たちが暮らす別世界に紛れ込んでしまう……。こちらはよくある死後の世界ではなく,人間として生まれる前の魂がいる世界というのがユニークだ。そのソウルの世界で,何百年間も人間として生まれることを拒んでいるひねくれ者の魂番号「22番」がいて,ジョーはその指南役のメンターになる。現実世界のNYに赴いて22番に「人生のきらめき」を感じさせようとする物語である。
 監督は,ピクサー社の重鎮のピート・ドクター。多数のヒット作の原案や脚本を担当して来たが,ジョン・ラセターがセクハラ問題で退社して以来,今やCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)の要職にある。長編の監督は『モンスターズ・インク』(02年2月号)『カールじいさんの空飛ぶ家』(09年12月号)『インサイド・ヘッド』(15年7月号)に続き,これが4作目である。なるほどそうか,印象としては『インサイド・ヘッド』に最も近く,哲学的なテーマをCGアニメの中で展開している。
 英語版の声の出演は,主演のジョーの声を『Ray/レイ』(04) 『ジャンゴ 繋がれざる者』(13年3月号)のジェイミー・フォックスが演じ,22番の声にはティナ・フェイが配されている。言うまでもなく,J・フォックスは黒人トップスターの1人だ。一方のT・フェイは既に何本も主演作があるベテラン女優だが,いずれも日本未公開作品だったので,我が国での知名度は低い。2人ともアニメ作品での声優経験が何度もある。日本語版では,それぞれをミュージシャンの浜野謙太と元AKB48の川栄李奈が演じている。英語版とはかなり性格が違ったキャスティングだ。
 ジョーと22番が語り合う頃から,急激にセリフ量が増す。『インサイド・ヘッド』ほど多くはないが,それでも文字数の限られた字幕だけでは把握しにくい。『インサイド・ヘッド』の追加記事では,字幕版でなく吹替版で観ることを勧めたが,本作も吹替版の方が分かりやすい。ネット配信だから,音声を直ぐに切り替えられるのが利点だと言える。
 以下,当欄の視点からの感想とコメントである。
 ■ CG描画技術自体に関しては,もはや特筆すべきものはない。老舗らしく,洒落た題材の映像がウリで,画法の使い分けが見事だと感じる。まずは,ジョーが暮らす「ニューヨークの秋」のシーンに痺れる(写真1)。何というハイセンスな映像だ。ジャズの演奏シーンにも,それらしい夜のクラブの雰囲気が漂っている(写真2)。これはどう観ても大人の映画であり,ファミリー映画とは思えない。
 
 
 
 
 
 
 
写真1 秋のニューヨークの洗練された雰囲気を見事に描き出している
 
 
 
 
 
写真2 サックスとピアノのジャズシーンの描写も絶品
 
 
  ■ それが一転,マンホールに落ちて,「ソウルの世界」に入り込んでからは,画調が一変する。まさにファンタジーの世界,メルヘンの世界だ。ソウルもメンターもシンプルな可愛いキャラであり,半透明のカウンセラーたちはまるでピカソの絵のような前衛タッチで描かれている(写真3)。余談だが,22番の過去のメンターは,リンカーン,マザー・テレサ,コペルニクス,モハメド・アリ,マリー・アントワネット等々であったという。この組み合わせが面白い。現実世界とソウルの世界,この2つの画調の使い分けは全編を通じて貫かれている。
 
 
 
 
 
写真3 こちらがシンプルでメルヘン的なソウルの世界
 
 
  ■ 現実世界の描写では,理髪店のシーンが逸品だった(写真4)。店内の描写も会話も見事な職人技である。地下鉄のホームでうらぶれたミュージシャンが歌う曲は心に響いた(写真5)。彼の表情と歌詞の組み合わせが絶妙だった。ジョーの母が晴れステージ用に渡してくれた父親の青いスーツの質感も素晴らしい。
 
 
 
 
 
写真4 理髪店内の様子がきめ細かく描かれている 
 
 
 
 
 
写真5 「Parting Ways(愛に満ちた世界)」が歌われるシーン 
 
 
  ■ 一方のソウル達の可愛い姿は,キャラクターグッズ・ビジネスを意識してのものだろう(写真6)。CG描画としては入門編レベルの代物だが,この素朴さが,高邁な人生哲学を,観衆に易しく,分かりやすく感じさせるテクニックなのだろう。ジョーと22番の魂が入るべき肉体の入れ替わりも,物語の分かりやすさに貢献している(面白さだけなら,短評欄の『ザ・スイッチ』の方が上だが)。人生哲学とジャズの魅力を組み合わせた原案も中々の着想だが,それをフルCGアニメの形で具現化してみせる力量もたいしたものだ。「人生のきらめき」を文字だけの文学で語ったのでは小難しくなるだけだし,生身の俳優が演じたのでは,リアル過ぎてメッセージが伝わるか怪しい。リアルにもメルヘンにもできるフルCGアニメという表現方法を熟知し,見事に使いこなした佳作である。さすが,ピクサーのCCOだ。  
 
 
 
 
 
 
写真6 ジョーのトレードマークは帽子とメガネ。キノコ体形がソウルの22番。
(C) 2020 Disney/Pixar
 
 
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