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O plus E 2021年Webページ専用記事#3
 
 
あの夏のルカ』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C)2021 Disney/Pixar
 
  オフィシャルサイト [日本語]    
  [6月18日よりディズニープラスで独占配信中]   2021年6月28日 大手広告試写室(大阪) 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  少年たちの夏の冒険映画+ピクサー流のファンタジー  
  ピクサー制作の長編アニメの24作目である。一時期の続編一辺倒から脱し,オリジナル路線に戻ってきた。昨年公開された2本,22作目『2分の1の魔法』(20年3・4月号)と23作目『ソウルフル・ワールド』(20年Web専用#6)は,いずれもピクサーらしいオリジナル・ファンタジーだった。とりわけ,後者は当欄で「さすがピクサー!」と絶賛した秀作で,予想通り,ゴールデングローブ賞,アカデミー賞を長編アニメ部門で受賞し,アニー賞も作品賞を含む7部門で制している。
 そのわずか半年後公開の24作目となると,当然,同時進行で制作されていたはずで,少し軽めの作品だと想像した。ここで「軽め」というのは,テーマは『ソウルフル…』ほど重厚ではなく,キャスティングや音楽にも凝らず,製作費や広告宣伝費は少し抑え気味であることを意味していた。親しみやすく,素直に物語に入ることができる気軽な作品というつもりで,決して,手抜き作,粗悪品という意味ではない。果たせるかな,良い意味での「軽め」,即ち「軽快」な物語展開で,残虐さやシリアスさは皆無のわくわくする冒険物語だった。
 舞台となるのは,1950年代の北イタリアの港町ポルトロッソで,2人の少年ルカとアルベルトが体験する一夏の出来事が描かれている。原題は,いつものピクサーらしく1単語の『Luca』だ。ところが,邦題の『あの夏のルカ』となると,少女のような印象を受けるが,新約聖書の「ルカ伝」(ルカによる福音書)の「ルカ」であり,れっきとした男性名である。という訳で,主人公はルカ・パグーロなる13歳の少年で,彼と冒険を共にするのが少し年長のアルベルト・スコルファノである。
 登場人物全員にいかにもイタリア人らしい名前がついているが,ルカもアルベルトも普通の少年ではない。何と,海の中に住む「シー・モンスター」なる種族なのである。「怪獣」という呼称は全く似合わない愛らしいルックス(写真1)で,海の中をすいすい泳ぐ姿が軽快だ。ところが,陸の上の人間たちは彼らを魔物のように恐れ,海の世界に住むシー・モンスターたちも人間を恐れるという,分断された2つの世界が形成されていた。
 
 
 
 
 
写真1 シー・モンスター姿のルカ(右)とアルベルト(左)
 
 
  海の底に落ちてくる「人間のモノ」に興味津々で,好奇心旺盛なルカは,陸の上に出て過ごすことに憧れる。既に人間の世界を知るアルベルトと知り合い,夏のある日,2人は海の掟を破ってポルトロッソの町に足を踏み入れる……。
 この物語がユニークなのは,シー・モンスターは陸上に出て身体が乾くと人間の姿(写真2)になり,少しでも水に触れると元の姿に戻ってしまうという「秘密」の存在である。これによって,一気に本作のファンタジー性が増している。海中生物が人間世界に憧れる逸話は「人魚姫」が有名であり,引いてはその原点とされる「水の精・ウンディーネ」神話にも繋がっていることになる。ただし,本作は怪奇性・神秘性はなく,むしろ転校生の少年たちが転校先の少年少女と交わる青春映画の範疇に入る。ピクサー社にとっては,初の夏をテーマにした作品であり,海と関わる物語としては,『ファインディング・ニモ』(03年12月号)『ファインディング・ドリー』(16年7月号)と同系統の作品である。この両作に近い楽しさに溢れている。
 
 
 
 
 
写真2 陸上に出て身体が乾くと,人間の姿に
 
 
  監督は,ピクサーの短編アニメ『月と少年』(11)の監督・脚本を担当したエンリコ・カサローザだ。この短編は『メリダとおそろしの森』(12年8月号)と併映され,同作のDVDにも収録されている。本作では脚本は担当していないが,監督自身が北イタリアの出身であり,子供の頃の想い出を詰め込んだ物語にしたという。実質的な企画・立案者であり,ピクサー社にしては珍しい南欧情緒豊かな作品になっている。
 ポルトロッソの町に来た2人は,イタリア製のスクーター「ベスパ」に憧れる。その購入資金を得るため,人間の少女ジュリアと協力して,毎年夏に開催されるトライアスロン競技の「ポルトロッソカップ」 での優勝をめざす,という物語が展開する。
 以下,当欄の視点からのCGや音楽に関する論評である。
 ■ もはやCG技術そのものの大きな進歩はなく,最近数年の作品同様,見どころはいかに作品を楽しく見せるかの工夫だけである。その点では,人間とシー・モンスターの切り替えが絶妙だった。人間の姿でいる時,雨であれ,水飛沫であれ,少しでも水に触れると,その部分だけがシー・モンスター姿に戻ってしまう。正体がバレたらどうしようとハラハラさせる展開も,画像の瞬時の切り替えによるドタバタ劇の演出も見事だった。CG/VFXを駆使すれば,実写映画でもこの切り替えは可能だが,CGアニメの方が極端に描けて違和感がない分,この演出はフルCGに向いていると感じられた。
 ■ 登場キャラのルックスに全く写実性はなく,かなりデフォルメした漫画映画風にするのが定番だが,本作は人形劇の人形風にデザインされていた。ぱっと見には,『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』シリーズでお馴染みのアードマン社の人形のイメージだ。ルカも家族も,シー・モンスターと人間の姿の両方があるので,その対比も楽しい。映画の冒頭で,海中でのルカの家族の紹介があるが,両親や祖母の海の中での姿が微笑ましく,この冒頭シーケンスだけで惹き込まれてしまう。
 ■ 一方,背景映像を実写と区別がつかないほどのリアリティで描くのも定番であったが,本作ではその路線を少し崩している。むしろ味のある絵画の趣きがある。強いて言えば,新印象派に近い色遣いだと言えようか。そのタッチで描いたポルトロッソの町は美しく,夜の景観での光の使い方も秀逸だった(写真3)。夏映画らしい明るい空,真っ白な雲,夏草の緑も鮮やかだ(写真4)。島ののどかな風景,海面に反射する陽光の美しさは,思わずうっとりとして眺めていた(写真5)
 
 
 
 
 
 
 

写真3 ポルトロッソの町は昼も夜も美しい

 
 
 
 
 
写真4 明るい空,白い雲はいかにも真夏の光景 
 
 
 
 
 
写真5 のどかな村の昼下がりの光景が美しい
 
  ■ ジュリアの父親の漁師マッシモが料理上手という設定で,彼が料理の腕をふるうシーンが何度か登場する。このイタリア料理がことさら美味そうに見える(写真6)。『レミーのおいしいレストラン』(07年8月号)では一流レストランでのフランス料理が描かれていたが,本作はイタリアの家庭料理を中心に描いていた。
 
 
 
 
 
写真6 ジュリアの家で食べるパスタが美味しそう
(C)2021 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
 
  ■ 音楽についても触れておこう。当初は,イタリア映画の象徴とも言える巨匠エンニオ・モリコーネが音楽担当の予定だったが,2020年7月の逝去により,急遽ダン・ローマーがオリジナル・スコアを担当することになった。劇伴曲を聴いていて,モリコーネ調の哀愁を帯びた曲とはだいぶ違うなと感じたのだが,数曲はモリコーネ節に近い曲があり,嬉しくなった。サントラ盤には収録されていないが,劇中ではミーナやジャンニ・モランディが歌うイタリア語の軽快なヒット曲が挿入されていた。最後に驚いたのは,日本語吹替版でのエンドソングである。映画は英語音声+日本語字幕で観ていたら,エンドソングはオリジナル曲ではなく,ミーナがイタリア語で歌う“Citta Vuota”だった。1965年のヒット曲とのことだ。じゃあ,日本語吹替版のエンドソングはどうなるのだ? 誰かがこの曲を日本語で歌っているのかと思ったら,何と採用されていたのは井上陽水の「少年時代」で,ロックバンド「ヨルシカ」のヴォーカルのsuisが歌っていた。なるほど,この映画の夏空やテーマは,映画『少年時代』(90)の夏模様そのものだ。誰がこの曲をディズニー&ピクサーに推薦したのか,選曲センスの良さに感心した。
 
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