O plus E VFX映画時評 2023年12月号

『ワンス・アポン・ア・スタジオ ―100年の思い出― 』

(ウォルト・ディズニー映画)



オフィシャルサイト[日本語]
[10月16日よりDisney+にて配信中]

(C)2023 Disney


2023年11月15日 Disney+の映像配信を視聴


『ウィッシュ』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[12月15日より全国ロードショー公開中]

(C)2023 Netflix


2023年11月10日 大手広告試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


ディズニー100周年記念の素晴らしい集合写真撮影

 当欄では,類似作品を2本まとめて同一ページで語ることはしばしばあるが,この1本目は長編映画ではない。ディズニー創立100周年を記念して製作された短編アニメで,映画館では後述の『ウィッシュ』と同時上映される,言わばオマケ映像である。最近では『マイ・エレメント』(23年8月号)内で短編の『カールじいさんのデート』を紹介し,それ以前も『ファインディング・ドリー』(16年7月号)では,短編『ひな鳥の冒険』(原題:『Piper』)に触れる記事を書いた。ピクサー作品には昔から同時上映の短編が付いていることが殆どだが,本家WDAスタジオ(Walt Disney Animation Studios)も最近は2本に1本程度はこのスタイルを採っている。例えば,『モアナと伝説の海』(17年3月号)『ラーヤと龍の王国』(21年Web専用#1) 『ミラベルと魔法だらけの家』(21年11・12月号)には,それぞれ『インナー・ワーキング』『あの頃をもう一度』『ツリーから離れて』なる短編が付されていた。DVDやBlu-rayソフトの特典映像には,この他に短編アニメが複数追加されることもある。本編よりも評価が高く,アカデミー賞短編アニメ部門でオスカーを得ることもしばしばである。
 歴史的な経過から語っておこう。若い世代は想像できないだろうが,TVが普及する1960年頃までの映画館では,長編映画の前に,ニュース映像,短編漫画映画が上映されるのが標準スタイルであった。言わば,短編アニメ製作は本編の前座としての役割が主たる業態であった。「ミッキーマウス」「ドナルドダック」やワーナーの「トムとジェリー」も,この形でデビューしたのである。
「ディズニー創立100周年」というのは,1923年10月16日にウォルトが兄のロイ・O・ディズニーと共に,加州LA近郊のバーバンク市に「Disney Brothers Cartoon Studio」を設立したことに基づいている(その前の1921年にウォルトは「ラフォグラム・フィルム」を創設したが,約2年で破産した)。長編の『白雪姫』(37)が登場するまで,短編映画をせっせと作り,ハリウッドメジャーに配給していたのである。そうした経緯があるので,100周年目に記念すべき短編アニメを製作することになったのは当然の成り行きと言える。
 今回,長編の『ウィッシュ』と別に語ることにしたのは,2つ理由がある。1つは,『ウィッシュ』のマスコミ試写時にこの短編が付されていなかったことだ。調べてみると,Disney+で字幕版は丁度100年目の10月16日から配信されていたので,早速これを視聴した。下記のように素晴らしい内容であり,IMDb等の映画サイトも高評価を与えている。世界中のディズニーファンが,過去100年の業績に賛辞を送っているようだ。2つ目は,それに反して,長編の『ウィッシュ』の内容が芳しくなく,とても三つ星評価はできない。それを補うべく,せめて短編を独立させて絶賛しておこうと考えた次第である。

【記念すべき短編の内容】
 冒頭は実写映像で,退勤時の「ロイ・E・アニメーション・ビル」の玄関から始まる。伝説的人物と思しき高齢の男性とアーティストらしき若い女性の2人が談笑しながら玄関まで歩いてきて,女性が「今日で100年目ね」,老人が「この壁が話せたら…」と口にする(写真1)。壁一面に,懐かしい職場風景の写真や過去作品の代表カットが飾られている。静止画の中のミッキーとミニーが動き出し,ティンカー・ベルを呼び出して「みんな帰ったのなら,始めよう」と言い,記念写真撮影のため,ロビーへの集合を呼びかける。後は,続々と絵の中からお馴染みのキャラ達が飛び出して来る。


写真1 ビルの玄関で, 今日が丁度100年目だと語る(実写映像)

 集合前に,ビル内を走り回ったり,宙を舞ったり,カフェでコーヒーを飲んだりしている連中もいる(写真2)。続々と登場するので,お気に入りキャラを探したくなるだろう(写真3)。少しじんと来るのは,ミッキーが今は亡きウォルト・ディズニーの肖像写真の前に立ち止まり,しばし無言で見上げた後,「ありがとう…」と口にするシーンだ(写真4)。かくして数百体のキャラが続々とロビーに降りてきて(写真5),玄関前での集合写真撮影へと移る。


写真2 絵から飛び出した2Dキャラ達がカフェで一休み。左のモアナは3Dキャラ。

写真3 おそらく人気No.1のエルサとアナ。右は誰だか知らない。

写真4 上:創業&創造者の肖像写真, 下:感慨深げに見上げるミッキー

写真5 螺旋階段を続々と降りてくる。大半が2Dキャラだ。

 ところが,カメラマン役のグーフィーが脚立から落ちてカメラを壊してしまい,白けてしまう(写真6)。「100年後にまた会おう」とぞろぞろ引き揚げて行く中で,誰とはなしに名曲“星に願いを(When You Wish Upon A Star)”の演奏を始め,皆で心を合わせて歌い(写真7),撮影再開へと漕ぎつける。揃ってポーズを取ったところで,ティンカー・ベルが魔法の杖でシャッターを切って,記念写真(写真8)の出来上がりという訳だ。


写真6 脚立から落ちて, カメラを壊してしまったグーフィー(背景は実写映像)

写真7 手を繋いで「星に願いを」を歌う(3人娘は, 左からアーシャ, 白雪姫, ムーラン)

写真8 100周年記念の集合写真(全部で543体もある)

【8分弱の映像の見どころ】
 Disney+での公式の上映時間は14分39秒だが,上記の記念写真撮影終了までは8分弱しかない。後は各国語の音声吹替や字幕作成へのエンドクレジットが続く。日本語で視聴するのに,Disney+には現在は字幕版しかないが,映画館での公開には日本語吹替版が用意されるという。後に『ウィッシュ』の上映が控えているので,さすがに延々とクレジットを続けず,9分以内に収めていることだろう。
 この8分弱は,あれも知っている,これも知っていると,楽しんで登場キャラを数えている内に写真撮影が終わり,ただそれだけの映像である。特に大きなドラマはない。ただし,よく考えてみれば,もの凄い労力と時間をかけて完成した極上のアニメなのである。白雪姫もオーロラ姫も,ピーター・パンもダンボも,ラプンツェルもモアナも,皆,映画公開時のそのままの姿で登場する。3D-CGのキャラは幾何モデルデータが残っているから再現は容易だが,昔のセル調の2Dキャラを今回のシナリオ通りに動かし,全く違和感を感じさせないのは大変なことだ。WDAのアニメーターなら簡単に描けるのだろうが,数体や数十体ではない。写真6には543体ものキャラクターが写っている。それらを昔のフィルム映像から選び出し,当時と変わらない動きを与えるだけでも気が遠くなる作業である。
 各映画からキャラを探し出しても,その大きさを調整するのが一苦労と思われる(写真9)。2D同士,3D同士の合成なら難しくないが,2Dキャラと3Dキャラを動画中で混在させるのは,そう簡単ではない。写真1の全体や写真6の背景は実写映像だろう。一方,ビル内部のシーンの大半は,室内を3Dモデリングし直し,テクスチャを貼り付けて本物らしく見せていると思われる。即ち,この3D-CG空間内で2Dキャラと3Dキャラを混在させるとなると,2Dキャラの位置や姿勢をカメラワークに合わせて描く必要がある(写真10)。かなりうまく処理していると感じたが,それでも質感・存在感は圧倒的に3Dキャラが上なので,この差は如何ともし難い(写真11)


写真9 動物たちも, これだけ大きさが違うと, 正しく配置調整するのが大変

写真10 カメラ移動する3D空間内に2Dキャラを配置するのは一苦労

写真11 こうやって比べると, 質感は3Dキャラの方が圧倒的に上

 そして最終の集合写真の撮影だが,543体の配置となると,一体何人が何日かけて,この煩雑な作業をやり終えたのかと想像もできない。現実世界で543人を撮影するのも大変だが,こちらは2Dキャラと3Dキャラの混在配置である。静止画上で並べるのではなく,カメラを引いて行く間にも,まだ何体かは動いていた。驚くべき集合写真である。
 画像だけではなく,音声(セリフ)にも触れておこう。ロビーに集合する間に,登場キャラ達は会話を交わしている。言葉を話すキャラクターは80体以上もあり,その声の出演者は,基本的には元のアニメ映画での吹替え俳優を起用したそうだ。既に鬼籍に入っている俳優・声優の場合は,ライブラリ音声を使ったという。その場合は,元の映画と同じセリフで済ませたのか,ライブラリ音声で学習させ,音声生成AIで新しいセリフを話させたのかは定かではない。
 この音入れ作業は英語音声だけでは済まない。既にDisney+配信版では,音声は19カ国語,字幕は24カ国語に及んでいる。世界中に配信する新作映画の場合は当り前のことだが,この短編アニメの場合は,昔の俳優・声優を各国毎に集めて来て,本作の僅かなセリフを吹き込んで貰う訳だ。日本語吹替版の場合は声優が多いが,それでも藤原竜也・尾上松也・石丸幹二・松たか子・上戸彩・森公美子等の,名のある現役俳優が参加し,山田康雄・大塚周夫・八代駿らの伝説的な声優はライブラリ音声を利用している。
 少し驚いたのは,『白雪姫』の1980年再公開時に白雪姫の吹替を務めた「小鳩くるみ」(現在75歳)が,本作にも出演していることだ。山寺宏一・石丸幹二・生田絵梨花らとコーラスで,白雪姫として“星に願いを”を歌っている。筆者の小学生時代(1950年代)に,少女雑誌の表紙を毎号飾っていた天才子役・童謡歌手である。松島トモ子(現在78歳)と双璧の存在だった。その後,NHK教育テレビの番組で「うたのおねえさん」として見かけた記憶があるが(1960年代後半〜70年代前半?),またこの名前を目にするとは,思いもよらなかった。

【まとめ】
 来年のアカデミー賞の短編アニメーション部門の受賞作は,圧倒的大差で本作だと予想しておこう。この短編の監督は,ダン・エイブラハムとトレント・コーリーである。これまで名前を知らなかったが,当然WDAスタジオの職員であり,過去のアニメ作品のアニメーターや短編の監督を務めたようだ。これだけディズニー愛に満ちた短編を生み出すには,このスタジオに勤務する前から,ディズニーアニメの熱狂的ファンであったに違いない。
 ディズニーアニメの歴史・業績や振り返るには, 12月12日(火)19:57〜20:42にNHK総合テレビで放映された『星に願いを~ディズニー 夢と魔法の100年~』が,この短編を補完する役割を果たしていた。『ウィッシュ』の主人公アーシャの声や歌を演じる生田絵梨花が,アーシャそっくりの服装で,ディズニー本社ビルやこの短編の舞台となった「ロイ・E・アニメーション・ビル」を訪れ,WDAスタジオの制作現場をルポしていた。写真7の集合写真は,既にこのビル内に飾られていた。日本の公共放送が米国の映画会社の新作の広報役になった形だが,こちらもディズニー愛に溢れていた。


ディズニーらしさ満開のミュージカルアニメなのだが…

 さて,本来の100周年記念の長編映画『ウィッシュ』である。WDAスタジオの長編アニメの62作目で,勿論こちらはフルCG映画だ。数ヶ月以上前から,映画雑誌やネット上の映画サイトには,この映画のことが触れられていて,キービジュアル1点が公開されていた(写真12)。この画像からは,どんな物語が想像できるだろう? 筆者は,次のように受け取った。


写真12 この画像から, どんな物語が想像できるでしょうか

 舞台は海辺にある町か島で,森の木の上から長い髪の美しい少女が,丘の上の高い城を眺めている。勿論,彼女が主人公で,新しいディズニープリンセスとなる存在に違いない。穏やかで,少し微笑み気味の表情なので,メリダが登場したような「おそろしの森」ではなさそうだ。父親が城に幽閉されている訳でも,亡き母を偲んでいる風でもないように見える。かつてなら,お城に住む王子様に思いをはせていると言いたいところだが,最近はそのパターンはない。ロマンスが生まれるなら,恋のお相手は森に住む幼馴染みの青年か,彼女の危機に現われて敵を倒す屈強な男性だろう。肌の色は褐色のように見え,白人でも黒人でもなさそうだ。実写版『リトル・マーメイド』(23年6月号)での騒動に懲りて,実写化した時に主演女優の選択に幅を持たせたと思われる。傍に小動物がいるが,犬や猫ではなさそうだ。木に登れるとしたら,何なのだろう? 空には多数の星が見えるが,明るく輝いているのは月にしては小さい。題名からすると,彼女にとっての「願い星」で,前の短編と同様,ここで“星に願いを”のメロディが流れるのかも知れない。100周年記念となると,過去のディズニーアニメの最大公約数を押さえていて,決して物議を醸すようなシーンは盛り込まず,そして未来に繋がる夢のあるエンディングにするに違いない。という風に,いかにもいかにものディズニーアニメを想像した。
 そうこうする内に,予告編がアップされた。舞台は「魔法の王国」で,ハンサムと自称するのは国王で,どうやら彼が悪役らしい。「願い星」は予想通りだった。ミュージカル仕立てで,動物も多数出て来る典型的なディズニー流ファンタジーアニメであることは間違いないように思えた。
 マスコミ試写で観たのは2D字幕版だった。期待が大き過ぎたのか,第一印象は「今イチ」だった。大きな欠点はないのだが,ワクワクするものがなかった。試写会仲間からも感動したという声はなく,女性陣が「スターが可愛かった」と声にしただけだった。普通に採点すれば80点かも知れないが,100周年記念の集大成だと考えると,せいぜい70〜75点である。ちなみに,筆者の評価では,WDA第50作目の『塔の上のラプンツェル』(11年3月号)は98点,53作目『アナと雪の女王』(14年3月号)は120点である。最近のピクサー作品『マイ・エレメント』(23年8月号)も悠々90点以上をつけることができる。数年前まで,ディズニー配給網からの公開作品にはことごとく高評価を与えていた。それがこの2年ほどは,期待を裏切るものが半数以上あり,苦言ばかり呈している。昨年の第61作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』(22年Web専用#7)には,「伝統あるディズニーアニメらしさの欠如」と書いてしまった。本作は酷評しないまでも,期待外れであったことは述べざるを得ないと考えた。
 ところが,海外での興行成績や評価を見て驚いた。米国では11月22日(水)に公開されたが,それに続く感謝祭週末のBox Office順位は何と第3位だった。前週公開の『ハンガー・ゲーム0』(別項)や同週公開の『ナポレオン』(別項)の後塵を拝している。その後も成績は伸びない。もっと驚きは,しばらく落ち着いた12月上旬での評価は,IMDb 5.9,Totten Tomatoes 49%という低さであった。当欄なら,に相当する低評価である。メディアには「とても製作費2億ドルは回収できない」「世界中でのディズニー離れ」と言ったネガティブな記事が相次いだ。水に落ちた犬を打つかのような便乗の論調は毎度のことだが,そこまで叩くほどの駄作ではない。アニメ史に記念碑的な名作になると大きな期待をしたので,その分,少し期待外れだったに過ぎない。こうなると幾分擁護し,応援したくなる。そこで,まずオーソドックスな概要紹介から始め,何が「期待外れ」と感じたのかを自己分析することにした。

【物語の概要】
 舞台となるのは,イベリア半島の沖合にある地中海の島で,「魔法の王国ロサス」は世界中の魔法を学んだマグニフィコ王が治めていた。魔法で願いを叶えてくれる王は国民から尊敬されていて,18歳になると人々は王に願いを捧げる(ただし,何を願ったのかは忘れてしまう)(写真13)


写真13 ロサス王国では, 18歳になると叶えて欲しい「願い」を国王(左)に届け出る

 主人公は17歳になる女の子のアーシャで,12歳の時に哲学者の父が他界し,現在は母サーシャ,百歳になる祖父サビーノと暮らしている。愛する祖父の「マンドリン奏者になりたい」という願いを叶えるため,偉大なる王の弟子になること志願し,城に出仕することになる。最初は順調に指導を受けていたが(写真14),次第にマグニフィコ王の隠された真実の顔と野望に気づく。王は自分と王国に都合のよい「願い」だけを叶えていて,他はすべて黙殺していたのだった。それを王に訴えたアーシャは反感を買い,人々の願いは永遠に王が独占して管理すると宣言され,弟子になることも拒否される。


写真14 アーシャは城に出仕して, 魔法を使う国王の弟子になろうとする

 打ちのめされたアーシャが,人々の願いが叶うよう空の「願い星」に祈ったところ,彼女のひたむきな心に応えて,星から妖精の「スター」が舞い降りてきた(写真15)。悪戯好きで,好奇心が強いスターには,魔法の力があり,植物に生命を与えたり,動物たちが言葉を話せるようにしてしまう(写真16)。スターが自分よりも強い魔法をもつことを知ったマグニフィコ王は,禁断の魔法の書に手を出して,恐ろしい力を得てしまう(写真17)。人々がそれに気づかない中,アーシャは独りで行動を起こし,王に立ち向かおうとするが……。


写真15 空から降ってきた願い星の「スター」

写真16 スターの魔法で動物たちは言葉を話せるようになる

写真17 マグニフィコ王は, 禁断の恐ろしい魔法をマスターしてしまう

 さすがに,王の返り討ちにあって,アーシャが落命するようなことはない。そこそこのハッピーエンドが約束されていることは自明だろう。全く意外だったのは,アマヤ王妃の扱いだ(写真18)。ここで書く訳には行かないので,観てのお愉しみとしておこう。マリー・アントワネットのように,国王の処刑に連座して,ギロチンにかけられることはないとだけ言っておく。
 本作の監督は,クリス・バックとファウン・ヴィーラスンソーンである。前者は『ターザン』(99年11月号)や『アナと雪の女王』シリーズ等の監督で,後者は『ズートピア』(16年5月号)等,過去数作品のストーリーボード・アーティストであったが,今回共同監督に抜擢されている。


写真18 聰明で心優しいアマヤ王妃(右)

【登場人物とキャスティング】
 アーシャは予想通り,しっかり褐色の顔で,そこそこの美人に描かれていた。可愛過ぎないのも計算の上だろう。声の出演は,『ウエスト・サイド・ストーリー』(22年1・2月号)のアリアナ・デボーズ。同作ではプエルト系のベルナルドの妹アニータ役を演じ,アカデミー賞助演女優賞を受賞した女優&歌手だ。演技も歌もできるので,アーシャ役には向いている。彼女自身は父親がプエルトリコ人,母親がアフリカ系とイタリア系の血を引くというので,アニータ役に抜擢されたのだろうが,本作を将来実写化した場合も,そのままアーシャ役で通用する(さすがに,17歳には見えないが)。
 肌の色は『リトル・マーメイド』に懲りたからかと想像したが,それは違っていた。本作は何年も前からの企画であり,今年6月15日のアヌシー国際アニメーション映画祭で20分の映像が上映されたそうだから,5月下旬以降の「リトル・マーメイド騒動」を知ってからでは間に合わない。アリアナ・デボーズの起用は,2022年9月に発表されていた。一方,日本語吹替は,「乃木坂46」の元メンバーの生田絵梨花で,オーディションの上,起用された。歌もうまくTVドラマ・映画・舞台への出演経験も豊富である。2人とも,上述の『ワンス・アポン…』にアーシャの声で出演している。
 マグニフィコ王は自らハンサムと自任するだけあって,英語版はリブート版『スター・トレック』シリーズのクリス・パイン,日本語吹替版は福山雅治というイケメン男優が起用されている。クリス・パインは,CGアニメ『スパイダーマン:スパイダーバース(19年Web専用#1)でも,ピーター・パーカーの声で出演していた。声だけならイケメンである必要はないが,イメージ優先なのか,ことらも実写化した時にそのまま通用するようにとの配慮なのだろうか。2人とも悪役のイメージがないが,それこそ声だけなら,悪人らしく演じることはできる。
 アーシャの相棒は子ヤギで,名前は「バレンティノ」だった(ヤギは木に登れるのか?)(写真19)。スターの光の粉を浴びたことで言葉を話せるようになり,その声はアラン・テュディックが担当している。元は普通の俳優だったが,声優が得意で,『アイス・エイジ』シリーズでは様々なペンギンの声,『アイ,ロボット』(04年9月号)『ATOM』(09年11月号)では各種ロボットの声を担当した。ディズニーアニメでは,第52作『シュガー・ラッシュ』(13年4月号)のキャンディ大王の声で,アニー賞最優秀声優賞に輝いた。それ以来,WDAの長編全作品に登場している実力者だ。日本語吹替も負けてはいない。日本声優界のスーパースター,山寺宏一がこの声に配された。ディズニー作品での出演は,実写,アニメを問わず,数え切れないほどだ。勿論,2人とも『ワンス・アポン…』に出演しているが,A・テュディックが1役なのに対して,山寺宏一はドナルドダック,ビースト,ジーニー等,5役もこなしている。


写真19 アーシャの相棒は子ヤギのバレンティノ

 スターの光の粉で,他の動物も話せるようになり,その上,アーシャと一緒に動物たちも挿入歌“誰もがスター!(I'm A Star)”を歌っている(写真20)。この声の出演者として,日本語吹替版には37名もの名前があった(英語版は不明)。多数の動物が声を揃えて歌うシーンなら,誰でもよくて,ぜいぜい10数名で十分と思うのだが,ここでも尾上松也・石丸幹二・小鳩くるみ・松たか子・上戸彩らの名前があった。『ワンス・アポン…』での僅かなセリフのために出演してもらった俳優たちに,ついでにこちらの動物の声や歌も吹き込んで行ってもらったのだと思われる。


写真20 蝶や動物たちも“誰もがスター!”を歌って踊る

 ここまで読んで,不思議に思われた読者も多いことだろう。本作には,定番の王子様が出て来ないだけでなく,アーシャの恋のお相手役が全く登場しない。即ち,ラブストーリーが全くない,珍しいディズニーアニメなのである。これは,監督の方針なのかと思ったが,どうやら脚本担当のジェニファー・リーの方針のようだ(このことは,後述する)。

【何が,期待外れだったのか?】
 酷評するほどではなく,第一印象が少し期待外れだっただけと書いたが,なぜそう感じたのかを考えた。
 ■ 公開が近づくに連れ,予告編,特報映像が増える。日本語版も含めて,それらをせっせと観たが,面白そうじゃないか,注意力散漫だったのか,うっかり大事なシーンを見逃してしまったのかと思ってしまった。そんなことはない。どの映画でも,予告編はパンチの効いた,見せ場の連続である。映画全体として今イチと感じたのは,すばり言えば,「盛り上がりに欠けていた」に尽きる。「期待外れ」は,100周年記念作ゆえに,「なるほど,これぞ100周年記念!」と言えるアイコン的なものを期待していたからだと思う。振り返れば,『ラプンツェル』は長い髪のCG描写と終盤のラブシーンが頗る美しかった。『アナ雪』は,エルサの雪の宮殿が絶品で,何でも瞬時に凍らせるパワーに痺れた。音楽も極上だった。『マイ・エレメント』は,4つの世界の描き分けがビジュアル的にも優れていたし,<火>と<水>という相容れない男女のラブストーリーを見事に成就させていた。それぞれテーマは違えど,見どころをきちんと定めて,完成度を高めていたと思う。本作でそれを感じなかったのは,脚本が今イチだったことになる。それはテーマなのか,ストーリー展開なのか,考えよう。
 ■ 「魔法の力」がテーマだが,その魔法が魅力的でなかった。映画ならでは,CGならではのパワフルな魔法の登場を期待するのに,それがない。「願いを叶えてくれる」では曖昧で,漠然としている。「願い」や「望み」は,国王に頼んで魔法で実現してもらうものなのか? マンドリン奏者になりたければ,自分で努力して切り開くべきであり,祖父のために孫娘が国王に依頼すべきことではない。子ヤギに言葉を話させる奇跡は,宇宙から来た妖精星にでも任せておけば済むことであり,これも国王の守備範囲ではないだろう。即ち,テーマ設定自体に難がある。
 ■ そもそも国王はそんなに悪なのか? 国民全員の無責任な希望をすべて叶えることなど,いかに有能な為政者とて出来る訳がない。一元管理して,王国でできることだけ選択するのは当然ではないか。大人なら誰でも分かることなのに,それを叶えてくれないとして打倒するのは,逆恨みではないか。脚本家は,アーシャを国会で首相に詰問する野党の女性代議士のように描きたかったのか? 帝国主義の国王を追放する革命など,20世紀の初め,19世紀のことだ。それとも,15世紀のジャンヌ・ダルクのように描きたかったのだろうか? この国王を悪者に仕立てて,どんどん追い込んだ上に閉じ込めてしまう展開には,感心しなかった。それじゃ,盛り上がりのある物語にならない。国王に願いごとを叶えてもらうというテーマ自体が,筋違いであり,ファンタジーアニメに向いていなかったように思う。
 ■ 歌と踊りで盛り上がるのはミュージカルの定番だが,迫力あるアクションも欲しかった。ロマンスがないのは何よりも淋しい。博愛精神と自立心のある女性は,恋をしないのか? 国王に刃向かう王妃を描くのが,新しい女性像なのか? 女性の描き方では散々物議を醸したディズニー映画であるが,その世評を気にして,どう描いて好いのか迷っているように感じる。安易にアーシャを流行の同性愛者として描かなかったので,まだ救いはあるが。
 ■ アーシャには,男女合わせて7人の友達「ティーンズ」がいるが,この数は白雪姫を囲む7人の小人を暗示しているようだ。一方,「空を飛ぶ」ことでマッチングされた男女の名前は,ピーターとウェンディだった。これはもう言わずもがなのパロディだろう。かく左様に,過去作のパロディやオマージュに相当する小ネタが随所に鏤められているという。100年分のレガシーに配慮するあまり,脚本の基本骨格を固めることが疎かになったのではないかと感じた。
 ■ これは後で知ったことだが,もう1つ不満がある。アーシャは,「ディズニー・ヒロイン」と表記されていて,「ディズニープリンセス」ではないそうだ。現在の公式見解では,「ディズニープリンセス」は,白雪姫,シンデレラから,メリダ,ラーヤまでの13名で,今後もアーシャを入れるつもりはないらしい。それでいながら,『ワンス・アポン…』では,白雪姫はアーシャを招き寄せ,手を繋いで一緒に歌っている(写真7参照)。一時期入っていたエルサとアナもいつの間にか外れている。どう見ても,過去のプリンセスのような存在なのに,アーシャは平民だからダメなのか? 王族と血縁関係にないから認定できないのかと思ったら,シンデレラやベルは,王子に見初められ,姻族となったから構わないらしい。随分とご都合主義の認定基準だ。それなら,「実は,アマヤ王妃の遠縁の娘だった」とか,「アマヤ王妃に気に入られ,養女となることになりました」と脚本を少し書き換えれば良いではないか。スターから魔法の杖を受け取って,魔女として生きる道を選んだというのは,ファンを無視した脚本家の独善である。それこそ,人々の「願い」を封殺する行為だ。
 ■ 本作の音楽は悪くはないが,これも「今イチ」と感じるレベルであった。これは,「サントラ盤ガイド」のページで語ることにする。本作には,音楽でも脚本でも『アナ雪』レベルのクオリティを期待したのだが,同作の共同監督で脚本担当であったジェニファー・リーが本作の脚本担当でもあるようだ。#MeToo問題で,数々の名作を生んだジョン・ラセター氏が退職を余儀なくされた後,彼女がWDAスタジオのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)の職にあるという。『シュガー・ラッシュ』と『アナ雪』の成功のご褒美での昇進人事だったようだ。トップの1人である彼女が自ら脚本を担当するのは,これが100周年作品ゆえの現場復帰なのかと想像する。ところが,残念ながら,それが裏目に出ていると感じた。筆者には,彼女は『アナ雪』でのエルサの成功により,女性の描き方で大きな勘違いをしているように思える。それがロマンスを描かなかったり,アーシャをプリンセス扱いしないことに表れている。エルサはキャリア志向の女性の理想像であるかも知れないが,アナという平凡で可愛い妹がいるから成り立つ物語であったはずだ。そのアナをなしにして,アーシャをエルサ化させたのでは,一部の女性向きの映画に過ぎず,世界中のディズニーファンが満足する物語にはならない。人々がディズニー映画に求めるのは,綺麗ごとや正論でのリベラリズムでも,家族を持つことを拒む女性の社会進出でもない。そんなものは,低予算の単館系映画に任せておけば好い。伝統あるディズニーアニメに求めるのは,映画ならではの恋物語,夢物語だと思う。次の100年を見誤らないためには,ここから3年間が大事だ。興行成績が振るわなかったことは,方針を見直す良い機会である。さすがディズニーと思わせる復活を遂げて欲しい。

【いくつかの見どころ】
 映画全体での盛り上がりの欠如やテーマ設定の欠点を述べたが,個々のシーンでは見るべきものはあったので,それを列挙しておこう。
 ■ 歌って踊るミュージカルシーンはしっかり入っていた。写真21はその典型だ。インド映画も顔負けというか,ボリウッド作品のパロディなのかとも思う。もっと印象的だったのは,Chicken Danceだ。バレンティノが指揮をして,多数のニワトリたちを踊らせるシーンである(写真22)。写真20の“誰もがスター!”のシーンも動物やキノコが歌って踊るが,それぞれが短いのと歌詞に気を取られてしまう。茶目っ気のあって楽しい分,Chicken Danceの勝ちだ。同じくミュージカル仕立ての『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(別項)のダンスシーンも心が和んだが,CGの威力を見せた分,やはり本作のChicken Danceに軍配が上がる。


写真21 インド映画も顔負けのシーン

写真22 バレンティノの指揮で一斉に踊るChicken Dance

 ■ キャラクター造形では,バレンティノはヤギに見えなかったのだが,親しみやすいキャラなので,縫いぐるみは人気商品になるだろう。グッズ市場を考えれば,もう1, 2種類増やし,トリオで登場させても良かったかと思う。キャラ的に圧倒的な成功は「スター」に確定だ。ティンカー・ベルの地位を脅かす存在で,今後も色々な作品にカメオ出演すると思われる。形がシンプルなので,幼児でも描きやすく,お絵描きで「光の粉」つきで描くのがトレンドになりそうだ。
 ■ 小道具類のデザインでは,マグニフィコ王のラボの実験器具が印象に残った(写真23)『アイアンマン』シリーズのスターク社長の工房は徹底したハイテク指向,『アントマン』シリーズのピム博士の量子研究所は大掛かりな実験設備がウリだが,こちらは中世の錬金術かと思わせるクラシックさとシンプルさが魅力である。アンティークなデザインでは,『ウォンカと…』のお菓子製造道具箱(同作の写真6参照)と甲乙つけ難い。


写真23 錬金術師を思わせるマグニフィコ王の実験器具類

 ■ 試写会直後の自分用メモでは,「CGは画質的に見るべきものなし。絵が少しチープ」と書いている。「願い」を透明球で表現したのは,可もなく不可もなくといったところだろうか。全編これに頼り過ぎで,もう少し工夫が欲しかった。CG全体の画法としては,3D-CGのレンダリングだけでなく,線画や水彩画を盛り込んだことをセールスポイントにしている。筆者は,WDAが力説するほどのものに思えなかった。背景を水彩画調にするのは,和製の2Dアニメが日常的にやっていることだ。3D-CGでモデリングし,トゥーンシェーディングを調整すれば,絵画的な味付けは加減できる。よく見れば,写真12や写真24の木や橋は,線画タッチを導入した画法となっている。木や石のリアルな質感を出すレンダリングと比べた時,観客の好みは分れると思う。森の中のシーンでは,写真25はライティングが秀逸だと感じた。2Dでは有り得ない表現で,3D-CGを熟知した上に,映画照明にも詳しい上級スタジオでしか実現できない技である。カラフルなシーンの写真26も,光の使い方が上手い。


写真24 線画や水彩画の技法を加味した森のシーン

写真25 このライティングは惚れ惚れする。これは上級コース。

写真26 この幻想的なシーンも, 光の使い方が見事だ
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付記:『魔法使いの弟子』について

 上記を書き終えた後,公式サイトやプレスシートにも,他の紹介/解説記事でも触れられていないことに気がついたので,書き留めておきたい。

【ミッキーマウスの最高傑作】
 アーシャが魔法を取得するためにマグニフィコ王の弟子になるという設定は,ミッキーマウスが登場する映画の最高傑作とされる『魔法使いの弟子』から来ていると思われる。『白雪姫』(37)『ピノキオ』(40)に続く長編第3作『ファンタジア』(40)に収録されている9分17秒の短編アニメである。同作は,クラシック音楽の名曲とディズニーアニメを組み合わせた8編の短編から成るオムニバス映画(117分)で,極めて芸熟性が高く,アニメ史に残る名作とされている。映画史の中では,初めてステレオ録音を使った映画として名を残している。日本国内には他の洋画と同様,しばらく輸入できず,戦後の1955年にようやく公開された。
 ウォルト・ディズニーの夢を叶えた一作で,毎年ニューバージョンを作りたかったそうだが,続く長編『ダンボ』(41)『バンビ』(42)が進行していて,製作費を捻出できなかったとのことである。その遺志を継いだ甥のロイ・E・ディズニーが製作総指揮として陣頭に立ち,60年振りに『ファンタジア2000』(00年2月号)が実現した。最新の音響技術とデジタル映像技術を駆使した逸品で,IMAX上映することを前提としていた。当時のDVDでは,その品質は保証できないとまで言われていた。筆者はこの映画を観た至福の時間を,感激を込めて紹介記事を書いている。全8編のオムニバス形式は同じであったが,前作で絶賛された『魔法使いの弟子』だけが再収録された。ただし,映像は同じで,音楽は新たな演奏に差替えられた。音質の違いは,Disney+で両作品を聞き比べれば歴然としている。
 この短編に物語はあるが,音楽だけでセリフはないパントマイムである。師匠の留守中に,ミッキーは自分の水汲み作業をさぼるため,箒に魔法をかけて作業を代行させる。ところが,魔法を解く呪文が分からず,部屋中が水浸しになるという失敗談である。この「魔法使いの弟子」(Sorcerer's Apprentice)の筋書きはオリジナルでなく,元は1797年にドイツの文豪ゲーテが書いた詩である。1897年にその仏語訳にフランスの作曲家ポール・デュカスが曲をつけたものが管弦楽曲「交響詩・魔法使いの弟子」として知られている。この短編は,その曲の演奏に合わせて,ミッキーが魔法を使うという由緒正しき一作なのである。ミッキーのアニメが有名になったため,デュカスの曲も注目されるようになったという。
 このアニメの中で,ミッキーは青いとんがり帽子を被って魔法を使っている(写真27)。師匠の留守中に借用したものだが,これが魔法パワーの源泉である。そう,写真8の集合写真で,ビルの玄関の上にある大きな青い帽子だ。既にディズニーアニメのシンボル的存在となっていることが分かる。ちなみに,この魔法使いの師匠の名前はイェン・シッド(Yen Sid)という。「Disney」のスペルの逆順という洒落なのである。


写真27 この青い帽子が魔法パワーの源泉
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 こういう謂れがあるだけに,主人公のアーシャを「魔法使いの弟子」にしたかったことは理解できる。一旦それを目指した以上は,先々も魔法使いとして生きることにしたかったのだろう。それゆえに,恋のお相手もなく,「ディズニープリンセス」扱いしないことになったのでは,魅力は半減で,本末転倒ではないかと思う。

【私なら『ファンタジア2023』を作る】
『ファンタジア2000』で少し残念だったのは,大半が2DアニメでCGは極めて少なかったことと,修復されてはいたものの60年前の『魔法使いの弟子』の画質が悪く,IMAX上映に耐え得る品質ではなかったことだ。世界初のフルCG長編アニメ『トイ・ストーリー』の公開は1995年であったから,9年かけて製作した『ファンタジア2000』の企画にはフルCG化は念頭になかったと思われる。ピクサー作品はディズニーブランドで配給していたものの,まだ傘下に収めてはいなかった。WDA(当時は,Disney Feature Animation)には,まだフルCG長編映画を作る力はなかった。
 今回の100周年記念に,『魔法使いの弟子』をフルCG化する企画(即ち,ミッキーもCGで描画)があっても良かったと思う。いや,もし筆者がWDAのCCOであったなら,『ファンタジア2023』を提案し,自ら陣頭指揮して,その中にフルCG版『魔法使いの弟子』を入れているだろう。他も基本はフルCGにして,1本くらいは線画/イラスト調の短編があってもいい。音楽はクラシックには限定せず,ジャズやヒップホップを入れるのも一案だ。短編ばかりでなく,ドラマ性の高い中編映画を1〜2本入れ,セリフはすべて歌(即ち,『シェルブールの雨傘』(64)スタイル)にする。そんな計画は,如何だろうか。
 少なくとも,今回の『ウィッシュ』には,83年前の『ファンタジア』や28年前の『トイ・ストーリー』のような挑戦的マインドは感じられない。酷評するほどではないが,やはり70点程度の凡庸なアニメ映画だ。これを継続せざるを得ないなら,CCO権限でJ・リーの結末は却下する。国王の追放までは認めるが,7人のティーンズの1人は爽やかな私心のない好青年で,彼は王妃が再婚する前に市井に残してきた息子であり,アーシャと結ばれて2人で城に入ることにする。彼は魔法が使えないので,配偶者のアーシャが善意の魔法使いとしてサポートする……。という取って付けたようなエンディングに変更するだろう。これなら,魔法も続けられるし,プリンセスである資格もできる。少し安直過ぎるが,さて?

【もう1つの『魔法使いの弟子』】
 別途,ディズニー映画に長編の『魔法使いの弟子』があったことを思い出した。『ナショナル・トレジャー』シリーズの延長線上にある実写(+VFX)の『魔法使いの弟子』(10年9月号)で,監督のジョン・タートルトープ,主演のニコラス・ケイジのコンビはずっと同じだった。魔法を使う師匠はN・ケイジで,若い気弱な青年の弟子がいるという設定だが,ゲーテ原作の上記短編とはストーリー的な共通点はない。この題名を使いたかっただけで,実写リメイクという訳ではない。ディズニー流のファミリー映画らしく,セックスもドラッグも激しい暴力シーンもなく,健康的なエンタメ作品である。ただし,CG/VFXをふんだんに使った魔法合戦は見応えがあった,と当時の紹介記事に書いている。
 この映画をDisney+でざっと飛ばし見していて驚いた。『ウィッシュ』に頻出する「願い」を込めた「透明球」が,こちらにも出て来るではないか(写真28)。これは「プラズマボルト」なる武器であり,高圧電流を球形のプラズマ状態で閉じ込めてあり,敵に投げつけると爆発する。偶然にしては似過ぎている。『ウィッシュ』では武器ではなく,平和利用なので安心できるが,過去の代表的なアニメ作品から選んだアイテムではなく,あまり知られていない実写映画から,軽い気持ちでちょいと借用したようだ。短編の『魔法使いの弟子』は最初から頭にあったが,箒をアーシャに使わせたのではミエミエ過ぎるのでそれは避け,同名の実写映画に辿り着いたところ,アイテムとして使えそうな透明球を見つけて,これを使う気になったのだろうと推測する。


写真28 高圧電流を蓄えたプラズマボルト
(C)2009 Disney Enterprises, Inc. and Jerry Bruckheimer, Inc.

 1980年後半から1990年代前半の数々のヒット作を生み出し,ディズニーアニメの第二期黄金時代を築いたジェフェリー・カッツエンバーグはM・アイズナー社長と喧嘩別れして,社を去った(その後,S・スピルバーグと組んでDreamworks SKGを創業し,競合相手に)。ピクサーの創造的リーダーのジョン・ラセターは2009年以降,WDAのCCOを兼務し,3D-CG化を成功させて第三期黄金期を創出したが,セクハラ問題で詰め腹を切らされ,2018年末で退職に追い込まれた(被害者はピクサー側だけだったのだが…)。この2人のいずれかが在職のまま100周年を迎えていたら,あるいはロイ・E・ディズニーが長寿で存命であれば,この100周年記念作品はもっと夢のある創造的なものであったという気がする。


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