O plus E VFX映画時評 2023年12月号

『ナポレオン』

(Apple Original Films &
コロンビア映画/SPE配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[12月1日より全国ロードショー公開中]



2023年12月1日 109シネマズ港北

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


大規模な戦闘シーンは印象的だが,退屈な伝記映画

 世界中で誰もが名前を知る著名人物の伝記映画で,VFXもたっぷり使った歴史超大作だ。戦闘シーンの迫力を確認するため,マスコミ試写でなく,「映画の日」である公開日に,シネコンの大きなスクリーンで観ることにした。ナポレオン・ボナパルトは,言わずとしれた稀代の軍司令官&政治家で,フランス皇帝にまで登り詰めた人物である。それ以上どこまで知っているかと言えば,平均的日本人は,社会科の教科書で習ったこと+α程度だろう。単に「ナポレオン」と聞けば,酒飲みなら,最高級のブランデーと答えるかも知れない。
 映画で最も多く取り上げられた人物だという。その印象はない。洋画をむさぼり観た学生時代まで戻っても,彼が主人公の映画を観た記憶はない。本作を含めての177本はギネス記録であり,代表作がWikipediaに載っているという。眺めると,日本語版には19本,英語版には37本の題名があった。多くは1970年代までに作られた映画であり,当映画評で紹介したのは,『ナイト ミュージアム2』(09年8月号)と『ミニオンズ』(15年8月号)の2本だけだった。前者では,魔法の石版のパワーでスミソニアン博物館の展示品が動き出すという登場の仕方で,カスター将軍,アル・カポネ,ダース・ベーダー並みの扱いだ。後者では,人類登場以前から棲息していたミニオンたちが,各時代の最強最悪のボスに仕え続けてきて,その1人が暴君ナポレオンという登場の仕方だった。何だ,そんなものまで含めてのギネス記録なのか。さすがに,TVシリーズの『0011ナポレオン・ソロ』やその映画化作品『コードネームU.N.C.L.E.』(15年11月号)までは入っていなかった(当たり前だ!)。
 本作は正真正銘の実写の伝記映画で,監督は巨匠リドリー・スコット,主演は『ジョーカー』(19年9・10月号)でオスカー男優となったホアキン・フェニックスである。この2人は,歴史大作『グラディエーター』(00年7月号)以来,23年ぶりのタッグである。もっとも,同作の主役マキシマスを演じたのはラッセル・クロウで,J・フェニックスは皇帝の息子でマキシマスの宿敵コモドゥス役であった。アカデミー賞6部門受賞の同作は,両男優にとって一躍注目を集める出世作となった。当時のR・スコット監督は,『エイリアン』(79)『ブレードランナー』(82)で映画史に名前は留めていたものの,「過去の人」扱いで低迷していて,ヒット作『トップガン』(86)『クリムゾン・タイド』(95)で名を上げた弟のトニー・スコット(2012年没)の方が売れっ子であった。同作は監督にとっても大きな転機となった作品で,21世紀に入って以降,監督作品が急増する。以下,その監督作を概観しながら,この大作の意義を語る。

【監督と登場人物のキャスティング】
 英国人監督で,既に「Sir」の称号を得ているリドリー・スコットは,現在86歳である。クリント・イーストウッドの93歳,ウディ・アレンの88歳より若いが,マーティン・スコセッシの81歳よりも上だ。4人とも創作意欲は全く衰えていない。本作は,スコット監督の長編28作目に当たる。『グラディエーター』から前作の『ハウス・オブ・グッチ』(22年Web専用#1)までは17作品で,その内の16作を当欄で紹介している(まだ短評欄のない頃,VFX多用作でない『マッチスティック・メン』(03)だけを取り上げていない)。
 歴史大作としては,『キングダム・オブ・ヘブン』(05年6月号)『エクソダス:神と王』(15年2月号)が続いたが,お得意のSF映画では『プロメテウス』(12年9月号)『オデッセイ』(16年2月号)『エイリアン:コヴェナント』(17年9月号)を生み出している。戦争映画の『ブラックホーク・ダウン』(02年3月号),犯罪映画の『アメリカン・ギャングスター』(08年2月号),誘拐事件を描いた『ゲティ家の身代金』(18年5・6月号)の評価も高く,まさにオールラウンダーである。ただし,『ロビン・フッド』(10年11月号)は酷評され,『悪の法則』(13年12月号)は賛否両論であった。当欄での16作品の評価の分布は, 6本, 5本, 5本である。全体の分布よりも,最高点評価☆☆☆の比率がかなり高い。そうでありながら,注目作の本作の評価は,表題欄から分かるように過去最低となってしまった。個人的な印象によるところも大きいが,その理由を順次説明する。
主役は,フランス皇帝の貫録からすれば,監督が5作品で重用したR・クロウでも良かったと思うが,大柄なのと,ナポレオンの没年齢の51歳より上の59歳であることから避けたのかも知れない。小男のナポレオンには,公称173cmで,撮影時47〜48歳であったJ・フェニックスの方が適していると考えたのだろう。繊細な心理的描写の演技力では,むしろ勝っていると判断されたと思われる。
 ナポレオンが溺愛した女性で,皇后にもなるジェセフィーヌ役には,ヴァネッサ・カービーが配された(写真1)『ミッション・インポッシブル』シリーズのホワイト・ウィドウ役の印象が強いが,美貌と気品の点では一応合格点だ。単なる相手役ではなく,物語を左右する重い役で,出番も多い。V・カービーは撮影時34歳で少し若いので,ナポレオンよりも6歳年上の女性ということを考えれば,若く見せることもできる年長のフランス人美人女優(例えば,ソフィー・マルソー,マリオン・コティヤール,エヴァ・グリーン等)を起用した方が良かったかと思う。


写真1 ヴァネッサ・カービーが演じるジョセフィーヌ。気品はあるが, もう少し年増でも良かった。

 その他の助演陣は,上官のポール・バラス役にタハール・ラヒム,忠実な副官ジュノー役にマーク・ボナー,有能な部下の軍人タヴー役にユセフ・カーコア等が起用されているが,余りにナポレオンとジェセフィーヌの出番が多く,他は印象に残らなかった。

【描かれている歴史的案件】
 1789年にフランス革命が起こり(写真2),1893年のマリー・アントワネットのギロチン刑の模様を警護役のナポレオンが眺めているところから物語は始まる(史実には,その場にいなかった)。1821年セントヘレナ島で51歳の生涯を閉じるまでが描かれているから,歴史に名を残した全期間を扱っている。NHK大河ドラマなら1年間かけて放送するところだが,それでも描き切れない大人物であるので,2時間39分の本作では駆け足気味にならざるを得ない。


写真2 映画の冒頭は,1879年のフランス革命を再現

 大別して,代表的な戦闘シーンとジョセフィーヌとの愛欲生活の描写が大部分を占める。生涯で61回の戦闘を経験し,約300万人の兵士の命を失ったというが,その内,本作では以下が登場する。
①トゥーロンの戦い(1793年)
 英国とスペインに港を奪われていたが,天才的な作戦指揮で砦を取り戻す。ナポレオンの名を広めた最初の華々しい戦果である。
②エジプト遠征(1798年)
 英国から植民地インドへの経由地を抑えるため,エジプトのアレキサンドリアに遠征し,エジプト軍に圧勝する。ジョセフィーヌの浮気が発覚し,ナポレオンはフランスに舞い戻る。
③アウステルリッツの戦い(1805年)
 2004年に「人民の皇帝」になり,ロシア&オーストリア連合軍との戦いに挑む。極寒時期に凍った湖上に誘い込み,大砲を撃ち込んで敵を水中に沈めた。ナポレオン絶頂期の画期的な戦果である。
④ボロジノの戦い(1812年)
 ロシアに侵攻し,モスクワ近郊での戦いに勝ったが,兵站を断たれ,寒波と飢えで大敗する。60万人が出兵し,4万人しか帰還できなかった。その責任を問われ,退位に追い込まれて,エルバ島に流刑となる。
⑤ワーテルローの戦い(1815年)
 1年弱で皇帝に返り咲いたナポレオンは12万人の軍を率いて,イギリス&プロイセン連合軍25万人との戦いに挑むが,戦力差は大きく惨敗する。その結果,百日天下は終わり,セントヘレナ島に流され,その地で果てる。

 離婚経験があり,2人の子持ちであったジョセフィーヌとの結婚は15年に及んだが,2人の間に皇帝継承者の子供が出来なかったため,離婚を余儀なくされる。その間は,愛欲生活やナポレオンの溺愛ぶりが延々と続く。④の冬将軍相手の大敗,⑤の最後の激戦は知っていたが, 戦場から妻にラブレターを書き続けるような人物とは知らなかった(そりゃそうだ。そんなことは授業では教えない)。
 1804年にノートルダム大聖堂で行われた戴冠式のシーンは見応えがあった。ただし,当のノートルダム寺院は2019年に火災で大きな被害を受け,再建中であるので,英国のリンカン大聖堂で撮影したようだ。ナポレオンが皇妃のジョセフィーヌに王冠をかぶせるのは史実である(写真3)。まだ写真などない時代で,2人の正確な顔立ちや服装は分からないが,膨大な数の絵画が残されている。上記の戴冠式を含め,本作では著名な絵画を模したアングルのシーンが再三登場する。それを見つけるのも愉しみの1つである。


写真3 (上)皇妃ジョセフィーヌに王冠を被せるナポレオン
(下)ジャック=ルイ・ダヴィッド作「ナポレオン一世の戴冠式」(ルーブル美術館所蔵)

【CG描写とその見どころ】
 ■ 多数の戦闘シーンがある以上,通常それらはVFXの活躍の場だ。ところが,本作の場合,8,000人のエキストラを動員し,11台のカメラで周囲から戦場を同時撮影したことをセールスポイントにしている。そのため,戦闘シーンのすべてが実写だと思っている紹介記事も映像投稿もあるが,そんなことはない。R・スコット監督は,マルタ島で撮影した①はすべて実写であるが,他はVFXを活用していると認めている。それだけの数があれば,写真4のように,多数の兵士が整列するシーンは撮りやすい。写真5のような突撃するシーンは実写ならではの迫力があるが,それとて数万の大軍を描くには足りない。遠景の兵士はCG/VFXに頼らざるを得ないし,撮影後に思わぬ空白部分が見つかった場合は,CG製の兵士で埋めることになる


写真4 (上)整列させた兵士はすべてエキストラ, (下)左奥の列の端は果たして本物か?

写真5 (上)アウステルリッツの戦い, (下)ボロジノの戦い

 ■ メイキング映像を見ると,砲撃シーンで大砲の筒かから白煙や火炎が出ている実写シーンがあるから,撮影現場を盛り上げるため,発煙筒や火炎放射器は使っていたようだ。最終的には白煙も火炎もCGで補強していたと思われる(写真6)。本当に射撃したら危険極まりないから,砲弾は当然CG製のはずだ。戦場の撮影にはかなり広い草原や雪原を用意したようだが,それでも写真7のような戦場での戦いを描く場合,遠景の丘や多数の兵士を描くのにCG/VFXは不可欠だ。正直な感想としては,8,000人ものエキストラを集める価値があったと思えない。CG/VFXのレベルは格段に向上しているので,実写とCGの違いは殆ど見分けられない。観客からすれば,どちらであっても構わない。戦略的な見どころは,⑤のプロイセン軍の方陣をナポレオン軍が攻めるシーン(写真8)だが,この内の何割が実在の演技者であっても,観る側には関係ない。


写真6 実物の砲弾は発射できないので,白煙や火炎は描き加えていると思われる

写真7 これだけ広い戦場の遠景や軍隊もCG/VFX加工の産物だろう

写真8 プロイセン軍の方陣をナポレオン軍が攻める

 ■ 砂漠のシーンはモロッコで撮影したというから,撮影隊はエジプトには行っていない。エキストラも集めず,モロッコの光景を背景にエジプト軍と戦う兵士はCG製だろう(写真9)。絵画を模したスフィンクス前のナポレオン(写真10)や,いわんやピラビッドを砲撃で破壊するシーン(写真11)はCG/VFXの産物に違いない。


写真9 エジプト遠征のシーンはモロッコで撮影

写真10 (上)ジャン=レオン・ジェローム作「スフィンクスの前のボナパルト」
(下)本作の1シーンで,CG製のスフィンクスは結構似せている

写真11 砲撃でピラミッド上部を破壊。どうせ野蛮なことをするなら,もっと派手に壊せばいいのに…。

 ■ 18世紀末から19世紀初頭を描くのに,欧州であるなら,現在もそのまま通用する建物がいくつも残っている。フランスは使わず,大半は英国内の建物を利用し,これをVFX加工して当時の風景に見えるようにしたようだ。ギロチンを行ったパリの革命広場(写真12)やロンドン市内の光景(写真13)はその類いだ。船舶は,ほぼ全てCGの産物だろう(写真14)。もはや,このレベルのCG/VFXは敢えて語るほどでもない。CG/VFXの主担当はMPC, 副担当はILMで, その他BlueBolt, Outpost VFX, One of Us, Light VFX, Ghost VFX, Imaginarium Studios, Argon, CheapShot, Freefolk, PFX等が参加していた。総勢はかなりの人数なので,VFXシーン数も千数百カットあると思われる。


写真12 (上)ギロチン台を設置し,クレーンで撮影。
(下)建物は加工し,群衆はCGで描いて当時の革命広場を再現。

写真13 ロンドン市内の光景も19世紀初頭風に

写真14 (上)エルバ島に到着したナポレオン。
(下)夜陰に乗じてイギリス&スペイン連合軍の船を撃破。いずれも船や海はCGで描写。

 ■ 写真15からは,確かに多数のクレーンカメラが用意されていたことが分かる。戦場以外の屋外シーンでもクレーンカメラを活用したようだ(例えば,Fig.11の上)。戦場の撮影では,クレーンとハンディカメラを使い分けている(写真16)。さらには,ドローンカメラも随所に登場する(写真17)写真18は,③の湖上シーンの撮影風景である。本物の凍った湖面での撮影でなく,地面に穴を掘り,そこに水を入れて湖面下であるように見せている。ニール・コーボルト率いるSFXチームが,その周りに人工的な氷を配置して湖面に見せているだけである。下が地面ゆえ,重いクレーン車を置いても,その部分が沈んでしまうことはない。


写真15 11台のクレーンカメラを準備

写真16 クレーンカメラ(上)と肩に担いだハンディカメラ(下)の使い分け

写真17 ドローン搭載カメラでの撮影は,今や当たり前。砲弾攻撃はCGで描き加えた。

写真18 アウステルリッツの戦いの撮影シーン。穴を掘って水を入れ,人工的な氷を配置している。

 ■ こうした多彩な撮影技法を駆使した戦闘シーンであったが,まるで面白くなかった。いくつか印象的なシーンはあったが,淡々と戦闘が進行するだけで,物語としてワクワクしないのである。11台で同時撮影するということは,多人数で戦闘させ,とりあえず撮っておこう,編集段階でどの映像を使うかを決めればいいと考えるだけで,事前にきちんとした撮影計画を立てていないと想像する。プレビズ重視で,構図やカメラワークでの映像演出を綿密に決めておけば,こうはならない。『ロード・オブ・ザ・リングス』シリーズ『アベンジャーズ』シリーズの戦闘シーンで,映画ならではの迫力に痺れ,それまで見たこともないバトルに魅せられたのは,斬新なCGであったからではなく,演出が優れていたからだと思う。CG/VFXは,その演出を効果的に表現する方法であったに過ぎない。

【総合評価】
 これまで一目置いていた巨匠の渾身の大作でありながら,残念な評価を下さざるを得なかった。その最大の原因は,ナポレオンとジョセフィーヌの関係に尺を使い過ぎたからだと思う。ナポレオンが稀代の英雄として民衆に受け容れられる過程が楽しく描けていない。「太閤記」であれば,晩年の秀吉の愚行(朝鮮出兵や秀頼の溺愛)には辟易しても,木下藤吉郎が信長に認められ,山崎の戦いに勝って天下人となるまでの物語には惹かれる。本作は,その英雄譚が欠落していて,描かれていたのはジョセフィーヌ一筋で,およそ英雄らしからぬ偏執狂男の哀れさばかりだった。R・スコット級の巨匠となると,通り一遍の英雄伝記を語るつもりはなく,主人公の知られざる一面に焦点を当てたかったのかと想像する。それは単館系映画の視点であり,世界中の観客に向けた大作映画にはならない。
 高校生の頃,夏休みの課題で読んだトルストイの「戦争と平和」を思い出した。生涯の中で,最も退屈で苦痛な読書であった。戦争部分は読み飛ばしたくなり,その他の人間ドラマがまだしも堪えられた。本作は,その真逆であった。ナポレオンとジョセフィーヌの愛欲生活が退屈極まりない。2度目の妻のマリ・ルイーズはわずかしか登場しないし,彼女が生んだ「ナポレオン2世」は姿すら見せない。
 では,戦闘シーンが見応えがあったかと言えば,上述のように,単に戦っているシーンが延々と続くだけで,記憶に残らない(強いて言えば,①だけが例外で,ナポレオンの手腕に拍手したくなる)。本作は,8千人のエキストラ,11台のカメラという撮影時の物量作戦に溺れ,道を誤ったのではないかと思う。かつて,CGに批判的な監督や批評家からは,「映画の本質は脚本だ」という,当たり前の発言があった。その流儀で言うなら,「アクションシーンの魅力は実写かCGであるかではなく,映像としての演出である」と言いたい。『グラディエーター』以来,CG/VFXの価値を熟知していたはずの巨匠が,本作に限っては,実写に拘り過ぎて,演出を疎かにしたと感じた。


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