O plus E VFX映画時評 2023年8月号

『マイ・エレメント』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[8月4日より全国ロードショー公開中]

(C)2023 Disney/Pixar


2023年6月27日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]


『ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー』

(Netflix)




オフィシャルサイト[日本語][仏語]
[7月28日よりNetflixにて配信中]

(C)2023 Netflix


2023年7月28日 Netflix 映像配信を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


今月は, 当欄定番のフルCGアニメを2本

 先月号で,今年はアニメ作品が多く,これで10本だと書いたが,今月も2本を取り上げる。これで12本だ。先月は,オランダ製のコマ撮り人形アニメ1本と少し異色のフランス製2Dセル調アニメ1本であったが,今月はいずれも当欄の定番のフルCGアニメである。
 1本目は,老舗ピクサーの最新作『マイ・エレメント』だ。最近は2年に3本の制作能力があるが,今年は1本だけの年であるから,これは外せない。となると,ペアにして語る相手は,いつもならユニバーサル傘下のイルミネーションかドリームワークス・アニメーション(DMA)の最新作のはずだが,今夏はその公開作品が見当たらない。前者は,4月に『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(23年4月号)をGW公開して大ヒットしたばかりだ。DMA作品は,6月30日米国公開の『ルビー・ギルマン,ティーンエイジ・クラーケン』があったので,これがライバルだと思っていた。国内配給会社の東宝東和としては,同じ東宝系の宮崎アニメに配慮して,今夏の公開を避けた(敵前逃亡した?)のだろうか? DMA作品は,今秋11月の『Trolls Band Together』,来春3月の『Kung Fu Panda 4』(いずれも米国公開予定)が控えているので,交通渋滞を起こしてしまいそうだ。日本国内公開がスルーされてしまうのではと危惧したのだが,そんな当欄の心配は無用だった。国内12月1日公開で『Trolls…』に追い越させ,『ルビー・ギルマン…』は2024年3月7日公開となったようだ。
 無理に『マイ・エレメント』のペアを探す必要はなかったのだが,Netflix配信映画の中に恰好のフルCGアニメ『ミラキュラス… 』があった。既に7月最終週に配信が始まっているが,8月号扱いでまとめて語ることにした。


バランスの良い, 優れた脚本のラブストーリー

 フルCGアニメの元祖ピクサー社の27作目に当たる。前作『バズ・ライトイヤー』(22年Web専用#4)は,『トイ・ストーリー』シリーズのスピンオフ作品であったが,本作はオリジナルストーリーである。一時期,過去のヒット作の続編が続いたが,第22作から第25作までは4作連続でオリジナル企画であり,とりわけ第23作『ソウルフル・ワールド』(20年Web専用#6)と第25作『私ときどきレッサーパンダ』(22年3・4月号)が絶品だった。その順から言えば,本作も大いに期待でき,予告編を観ただけで,当たり外れはないと確信できた。
 加えて嬉しいことに,久々にピクサーのピクサーたる所以の短編が付されていた。本編を論じる前に,まずこの短編から語ろう。

【短編『カールじいさんのデート』の概要】
 こちらはオリジナルでなく,あの名作『カールじいさんの空飛ぶ家』(09年12月号)の主人公の再登場である。前作で既に最愛の妻に先立たれた78歳の老人という設定であったが,それから10数年後で90歳超という訳ではなく,あまり見かけは変わらない。友人の勧めで,似合いの女性とデートすることになったが,彼は何をどう準備して良いか分からない。そこで,首輪に犬語翻訳機を着けた愛犬ダグに,デートの助言を得るという物語である(写真1)。こういうウィットに富んだ短編の併映が再開されるのは,ピクサーに余裕が出てきた証拠である。喜ばしい。


写真1 愛犬ダグの手ほどきを受け,カールじいさんはデートの練習と準備をするが…

【本編のテーマ設定】
 原題は『Elemental』だ。舞台となるのは,美しい都市「エレメント・シティ」で,火・水・土・風のエレメント(元素)たちが暮らしている。情熱的な<火>,自由で肝要な<水>,どっしり構えた<土>,ふわふわ寄り添う<風>の4種類の個性豊かな住民たちが,この街で繰り広げる物語である。火(Fire),水(Water),土(Earth),風(Wind)[または空気(Air)]というのは,古代ギリシャ・ローマの時代から西洋に伝わる「四元素説」で,これが万物の根源だという考え方である。一方,中国を中心とした東洋の「五行説」の要素は木・火・土・金・水で,1つ多い。ファンク音楽バンドの「Earth, Wind & Fire」には,3要素しかないが,なぜそうなったかは知らない。
 CGアニメに,こうした古代哲学や暦学の基本思想まで取り入れたのは,その方がキャラクターデザインが容易であり,観客にも分かりやすいと考えたのだろう。これを機に「四元素説」を勉強するようにと,青少年への教育的配慮なのかも知れない。このテーマでまず思い出したのは,同じピクサーの『インサイド・ヘッド』(15年7月号)だった。少女の頭の中を支配する5つの感情,「ヨロコビ(Joy)」「カナシミ(Sadness)」「イカリ(Anger)」「ムカムカ(Disgust)」「ビビリ(Fear)」を擬人化して,物語を展開させていた。意欲作であったが,会話が多く,少し理屈っぽく,娯楽性に欠けていた。本作も同じように,コンセプト先にありきで,面白さに欠けるのではと懸念したが,これも心配無用だった。心温まる物語であり,ラブストーリーであり,主人公の少女の成長の物語として描いている。
 では,4つの種族が仲良く暮らす共存社会かと言えば,少し違っていた。各エレメントの居住地区は独立していて,「違うエレメントとは関わらない」という暗黙のルールも存在している。都市を支配する富裕層は<水>であり,<土>は実直,<風>は存在感の薄い中間層で,すぐに発火する激しい<火>は危険視され,蔑まれている。言わば,マイノリティの貧困層である。何やら,多民族社会の米国の社会問題を象徴しているかのようだ。それゆえ,擬人化されたエレメント達の物語にリアリティがあり,無理なく真剣に観てしまう。

【登場人物とストーリー展開】
 主人公は,<火>の女の子のエンバーだ。彼女はこの町で生まれたが,両親はこのシティに移り住んで来て,町の外れに「ファイアプレイス」なる雑貨店を開いた(写真2)。やがて,同じエレメント仲間が集まり,この店を中心に「ファイアタウン」が形成された。即ち,彼女は移民2世の象徴的存在である。父が苦労して成功させた店を守り,後を継ぐことが,エンバーの人生の目標となっている(写真3)


写真2 父母が苦労して町外れに開いた雑貨店

写真3 移民2世のエンバーは,偉大な父の店を継ぐことだけが目標

 店は繁盛していたが,エンバーが起こした水漏れ事故により,<水>の青年のウェイドが流されてくる。市役所の検査官の彼から,店は違法建築であることが指摘され,雑貨店は取り壊しの危機に遭遇する。何とかそれを阻止しようと,エンバーがウェイドに相談する内に,心優しいウェイドによって,ファイアタウン内しか知らなかった彼女は外の世界に触れるようになる。逢瀬を重ねる内に,2人は心を通わせ,恋に落ちる(写真4)。ところが,ウェイドは裕福な家庭の御曹司であり,両親の期待を裏切れないエンバーは,この身分違いの恋を諦めようとするが……。


写真4 水と火では,簡単に触れ合うこともできない2人

 <火>と<水>という相容れない2つのエレメントゆえに,物理的障害もあり,それぞれの得意技で解決する様が楽しい。物語はこの2つのエレメント中心で,<土>と<風>は四元素の辻褄合わせに過ぎず,出番は少なかった。それでも,ウェイドの女性上司の<風>のゲイル(写真5),中間管理職の<土>のファーン(写真6)は,なかなか個性的なキャラクターに描かれていた。ただし,市役所のような公的機関ゆえに,雇用機会も均等であり,差別も少ないのかと感じてしまった。


写真5 ふわしたふわしたピンクの上司に招かれ,クラウドボウル競技の観戦に

写真6 実直そのもので,融通の利かない市役所の中間管理職

【CG描写とその見どころ】
 ■ 最近のフルCGアニメと同様,技術的に大きな新規性はなく,ビジュアルデザインに精力が注がれている。本作の最大の見どころは,エレメント・シティのデザインだ(写真7)。『ズートピア』(16年5月号)『リメンバー・ミー』(18年3・4月号)の都市も壮大であったが,それに負けずにモダンだが,未来的過ぎではない。屋内描写では,雑貨店の内部が秀逸だった。最近観た中で比肩し得るのは,『雄獅少年/ライオン少年』(23年5月号)で獅子舞競技の指導者チアンが営む魚屋店頭の商品展示だった。複雑さとデザインセンスで,この両者が双璧と言える。劇場公開のCGアニメとなれば,同業他社をあっと言わせるシーンを1つは盛り込みたくなるのだろう。残念なのは,この店内のスチル画像が公開されていないことだ。


写真7 外の世界を知らなかったエンバーには,夢のような街

 ■ 各エレメントの属性を活かしたキャラクターデザインは,CGアーティストにとっては楽しかったことだろう。少し凝っているのは,エンバーや両親をはじめ,<火>の一族は常にゆらゆらと炎がゆらいでいる。エンバーは情熱的であり,かつ可愛く,いいデザインだ。涙もろく,心優しいウェイドは,彼女に近づくと沸騰しそうになるが,液体の特性を活かしたデザインで,こちらも好感がもてる。今や水のリアルなCG表現は当たり前だが,本作の洪水はリアル過ぎず,かつ迫力ある描写を達成していた。
 ■ <土>と<風>の出番は少ないと言ったが,改めて探してみると,それなりには登場している(写真8)。固形物の<土>が描きやすいのに比べて,<風>は描きにくかったことだろう。得意技として旋風を巻き起こすのは描きやすいが,キャラクターとしては,雲のようなフワフワした形で擬人化している。まさにつかみ所のない存在だ。CGアニメにとって「四元素説」を選んでしまった難点は,この<風>の扱いだ。


写真8 シティの中心部や車中では,それなりに<風>や<土>も描かれていた

 ■ エンバーとウェイドのデートシーンも楽しい(写真9)。主に,<火>のエンバーの特性を活かした得意技が登場している。エンバーは手先が器用で,ガラス細工が得意という設定だが,そのシーンもCG映画ならではの産物だと感心した。色分けで識別させようとした『インサイド・ヘッド』よりも,四元素の属性と形態で対処できる本作の方がデザインの自由度が高く,創造性を発揮しやすい。映画全体のビジュアルデザインにもその差が出ている。後述の『ミラキュラス…』とは,さらに圧倒的な差がある。


写真9 2人のデートシーン。上:エンバーの火力で上昇気流に,下:映画館では明る過ぎて驚かれる。
(C)2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

【総合評価】
 本作の監督は,『アーロと少年』(16年3月号)のピーター・ソーンだ。これが長編2作目だが,前作がピクサー史上最も酷評された作品であったので,本作も危惧する声があった。彼を擁護するなら,同作は紆余曲折があって計画が遅れ,途中から代役の監督に祭り上げられたので,自由度はなかったという。自らの企画を実現できた本作は,面目躍如たる思いだろう。彼の両親は韓国から米国への移民で,本作の着想はそれに基づいているそうだ。
 身分違いの男女の恋愛劇は,昔からどこにでもあるテーマだが,奇をてらうことなく,この定番のネタを正面突破で物語っている。対立する家系や種族間での恋愛という意味で,「ロミオとジュリエット」や『ウエスト・サイド物語』を挙げる向きもあるが,こうしたファミリー映画が,そんな悲劇で終わる訳がない。彼らの恋が成就することは,誰でも予想できるだろう。
 最終的にエンバーが自ら歩むべき道を見つけて父親離れをすることも,自立した女性像を盛り込むという最近の映画の方程式通りだ。この描き方も,わざとらしくなく,嫌味はない。その点でも,定番メニューをきちんと盛り込み,かつCGの長所を活かしたバランス良いアニメ映画だと評価できる。


フランス製の人気TVアニメの長編映画化作品

 現在もTV放映中のフランス製のキッズ向きCGアニメが元で,その初めての劇場用長編映画化作品である。原案はフランスのアニメーター,トーマス・アストリュックで,自ら監督を務めたシーズン1が2015年にスタートしている。毎年26話が製作され,昨年秋からがシーズン5である。同氏の呼びかけで,韓国,日本が共同製作に参加し,日本では東映アニメーションが担当している。TV放送としては,主にディズニーチャンネルで放映され,世界110カ国以上で視聴されているそうだ。現在は,Disney+でシリーズ1〜4を観ることができる。少年少女のスーパーヒーロー/ヒロインが活躍するアニメで,超能力を発揮で楽しませてくれるとともに,学園ものの要素も盛り込まれている。純然たるキッズ向きというより,対象年齢層はもう少し上のようだ。
 長い邦題だが,この映画版のフランスでの原題が『Miraculous - Le film』で,国際的な英題は『Ladybug & Cat Noir: The Movie』となっている。即ち,シリーズ全体の愛称が「ミラキュラス」であり,主役のヒロインが「レディバク」で,共演の少年ヒーローが「シャノワール」という訳だ。この長編映画版は,フランスや近隣の欧州諸国では7月5日から劇場公開され,日本を含むその他の国ではNetflixで7月28日からネット配信されている。人気シリーズとはいえ,定常的なTV放映の視聴者数にそれだけ差があるということだろう。
 本作は「The Movie」として映画化しただけあって,この1本でこれまでのシリーズのエッセンスが分かるという決定版のようだ。監督は,原作者のT・アストリュックではなく,制作会社「ザグトゥーン」のオーナーで,TVシリーズの音楽担当のジェレミー・ザグが本作の監督&脚本を担当している。そのせいもあってか,ミュージカル映画の性格を強く打ち出している。

【物語の設定とスーパーヒーローへの道】
 ワン・フーなる中国人の老人が登場し,まず「ミラキュラス」の意味を説明してくれる。本作では,超能力を与えてくれる「魔法の宝石」を指すようだ。暗黒の蝶の力で生まれたモンスターを阻止するには,2つのミラキュラスで2人のヒーローに究極の力をもたせる必要があるのだと言う。
 舞台は一貫して,現代のフランスの首都パリだ。いきなりエッフェル塔とクロワッサンが登場して,パリ気分になる。こちらも主人公は少女だが,家業は雑貨屋でなくパン屋だ。少女マリエッタは,明るいが少しドジな高校生である。ある日ワン・フーを助けたことから,てんとう虫のミラキュラスを得て超能力者の「レディバグ」に変身できるようになる(写真10)。一方,「シャノワール (Cat Noir)」とはフランス語の「黒猫」の意味だ。同じ高校に通うアドリアンが,猫のミラキュラスを得てスーパーヒーローの「シャノワール」に変身する(写真11)。この2人がスーパーヒーローのコンビとして活躍する他に,学園もの青春映画として彼らのラブストーリーが展開する。


写真10 普通の女の子マリエッタが,てんとう虫のパワーで「レディバグ」に

写真11 アドリアンは黒猫のミラキュラスを得て「シャノワール」に

【スーパーヒーローものとして】
 2人が初めて超能力を得て,遊園地の観覧車の危機から民衆や子供たち助けるシーンは,スーパーヒーローものお約束事のような描写だ。2人の超能力がどのほどのものかは明らかでないが,空は飛べないものの,高速移動でき,大きな跳躍力はありそうだ。レディバグは,スパイダーマン風の糸を使って空中スウィングしている。MCやDCにも様々なヒーローがいて,中にはカップルもあったが,常に2人揃って行動するというのは珍しい(写真12)


写真12 いつも2人揃ってというのが,いかにも青春映画

「レディバグ」はスーパーヒロインであるが,『キャットウーマン』(04年11月号)のような大人の女性ではないし,『ワンダーウーマン』(17年9月号)や『ブラック・ウィドウ』(21年7・8月号)のような高い戦闘能力も持っていない。強いて言えば,イメージ的には,『インクレディブル・ファミリー』(18年7・8月号)のママの若い頃か,『キック・アス』シリーズの「ヒット・ガール」が少し大きくなった姿という感じだ。もっとも,そう感じるのは,顔面のマスクがこの2人に似ているだけなのかも知れないが。
 本作のヴィランは,蝶のミラキュラスを有する「ホークモス」(写真13)だが,その正体は,アドリアンの父親のガブリエルである。これは,「スパイダーマン」の宿敵「グリーン・ゴブリン」が,ピーター・パーカーの親友ハリー・オズボーンの父ノーマンであることの変形版に違いない。中盤の遊園地でのバトルに登場する敵役は,まるでジョーカーとマシュマロマンのようだった。かく左様に,有名なアメコミ・ヒーロー映画のエッセンスを繋ぎ合わせたような演出で,既視感に訴えている。


写真13 ヴィランの「ホットモス」(あまり悪には見えないが…)

【学園ものとしての出来事とラブロマンス】
 TVシリーズの各話は,25分弱の短編で一話完結方式のため,毎回学園内や市中で何かの出来事や事件があり,それを変身した2人のヒーローが解決する。当然登場人物数はどんどん増えているが,映画版はそのエッセンスだけのため,マリエッタやアドリアンの友人も限られているが,意地悪な級友が登場する等,女性コミックの学園もののスタンダードは満たしている。
 ラブロマンスは四角関係だという。何のことかと思ったら,互いの正体を知らないヒーロー2人と男女高校生の2人が,クロスして片思いだという。即ち,シャノワールは助手のレディバグに恋をし(写真14),マリエッタは仮面姿のシャノワールでなく,素顔のアドリアンに恋をしているということだ(写真15)。大人が見れば,他愛もない恋愛ごっこだが,このクロス関係がこのシリーズの魅力らしい。もっとも,いつまでも互いの正体と想いに気付かないことに苛立つファンもいるようなので,決定版の本作では,それが何とかなるとだけ言っておこう。


写真14 こんな壁ドンのシーンも登場

写真15 マリエッタはアドリアンにアプローチするが,一蹴される

 よくできていたのは,ミュージカル映画としての出来映えで,ラブロマンスの要所要所で,かなり好い曲が歌われている。ただし,いずれもディズニーアニメ風の挿入歌である。何も知らずにこの映画を見たら,本家のディズニーアニメだと思うことだろう。

【CG描写とその見どころ】
 ■ 本作はNetflixでの配信開始を待って観たのだが,一瞥して,その3D-CGレベルに高さに驚いた。実は,事前にDisney+でTVシリーズを少し予習していた。シリーズ4はシリーズ1に比べてCGのレベルは上がっていたが,それでもやはりTVシリーズは所詮こんなものだと思うクオリティだった。劇場用長編となるとかなり品質向上させていると思ったが,それが想像以上であった訳だ。ピクサー,イルミネーション,DMAに匹敵するとまでは言わないが,それに近いレベルには達している。3D-CGの担当はON Animation Studiosで,カナダのモントリオールにあるCGスタジオだ。なるほどフランス語圏であり,腕のいいCGアーティストは,トロントや米国から集められるし,ツールと予算と時間があれば,今やこのレベルのCGアニメは一流スタジオでなくても制作することはできる。
 ■ 登場人物のルックスやスタイルは特に個性的ではなく,ごく平均的なデザインだ。主人公のマリエッタは,ディズニープリンセスの「ラプンツェル」や「アナ」のイメージをそのまま女子高生風にしただけである(写真16)。特にパリジェンヌ風でもない。アドリアンもごく普通の美少年であり,マリエッタの両親もさほど個性的ではなく,バリエーションの範囲内だ(写真17)。要するに,世界中で放映/配信するため,冒険をせずに平均的で平凡な3D-CGルックスを採用している。2Dアニメの世界は,かつてのシンデレラやオーロラ姫のようなディズニー流でなく,日本のアニメの主人公風ルックスが国際標準になりつつあるのと似ている。改めて,『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズは,斬新でハイレベルだと感じた。


写真16 ルックス的は平凡で,ディズニー風

写真17 フランス人の父と中国人の母(チャイナドレスでないと中国人に見えないが)

 ■ 斬新でも挑戦的でもないが,素直に嬉しくなったのは,パリ市中に光景だ。エッフェル塔はTVシリーズの冒頭に登場するシンボルだが,凱旋門,ノートルダム寺院,オペラ座等々も登場し,セーヌ河畔の光景もしっかりしたCGで描かれている。夜景は特に美しい(写真18)。基本のモデルデータはTVシリーズで貯めておいて,映画化で高精細にすれば済むだけの話だが,やはり魅力的な市中シーンが何度も登場するのは嬉しい。


写真18 パリの夜景が美しく,うっとりする
(C)2023 Netflix

 ■ 以上まとめると,人気TVシリーズの決定版としては,バランスよくエッセンスを1本の映画に集約している。実写版スーパーヒーロー映画のパロディとしても,笑えて,楽しめる。本作の続編が何本か作られても不思議はない。フランスを中心とした固定ファンは喜ぶことだろう。では,日本でも劇場公開されて,当欄の読者が脚を運ぶ価値があるかと言えば,明らかに答えは否だ。目が肥えた映画ファンのための映画ではない。今回は比較のためにネット配信の本作を取り上げたが,改めて歴代のピクサー作品は段違いに優れているなと再認識した。


()


Page Top