head
titlehome略歴表彰学協会等委員会歴主要編著書論文・解説コンピュータイメージフロンティア
| INDEX | 年間ベスト5 | DVD特典映像ガイド | SFXビデオ観賞室 | SFX/VFX映画時評 |
title
 
O plus E誌 1999年11月号掲載
 
 
『ターザン』
(ウォルト・ディズニー映画)
 
(c)Burroughs and Disney TARZAN TM Edgar Rice Burroughs,Inc
       
      (1999/9/22 イマジカ試写室)  
         
     
  動きもサウンドも野心的  
   コワーイ『シックス・センス』を観た後に,こういうキレイで爽やかなディズニー・アニメもいいものである。「最新技術はすごいが,物語はつまらない」という評があったが,そんなことはない。ディズニー・アニメの観客層を考えれば,十分楽しくダイナミックで,水準以上の野心作である。
 最新のディジタル技術といっても,『トイ・ストーリー』『バグズ・ライフ』といったフルCGの作品系列ではなく,『美女と野獣』『アラジン』『ライオン・キング』『ヘラクレス』『ノートルダムの鐘』『ムーラン』と続く伝統的セル・アニメ系列の最新作である。
 何といっても,「ディープ・キャンバス」と呼ばれる手法で描かれたジャングルが素晴らしい(写真)。見事な絵画タッチで描かれた背景の中をカメラが縦横に動き回るのである。海の波やシダの葉の動きも,3Dモデルをベースに描かれていることがよく分かる。『ライオン・キング』あたりからPIXAR1)をパートナーとして3D-CG技術をセル・アニメ調の画風とミックスさせてきたディズニーは,キャラクタだけでなく,背景描写 にも本格的に3Dモデルを用いだした。それがこれだけのクオリティで実現されたことは,やはりアニメ史に残る出来事である。
 
     
 
写真 見事な森林の描写 だけでも観る価値あり
(c)Burroughs and Disney TARZAN TM Edgar Rice Burroughs,Inc
 
     
   この芸術的ジャングルの中を所狭しと動き回るターザンの躍動感も実にいい。ディズニー・アニメにありがちなクネクネした動きでなく,白土三平の『サスケ』や『ワタリ』に出てくる忍者の猿飛の術を思い出した。カムイの「飯綱落とし」2)もこのタッチで描いたら,さぞかしすごいだろうなと。
 このテンポの良さをさらに高めているのは,フィル・コリンズの主題歌だ。ディズニー・アニメといえば,ミュージカル調のノッペラ,ベタッとしたテーマソングと相場が決まっていたのに,グラミー賞常連のこのスーパー・アーティストのノリの良いリズムとパワフルなヴォーカルを使ったというのも野心的である。今年度の有力なオスカー候補だろう。早速オリジナル・サントラ盤CDを買って来て,それを聴きながらこの評を書いている次第である。
 
 
  ファイン・アーティストの活躍の場  
   「ディープ・キャンバス」というのは,3D形状モデルベースの背景に,アーティストがキャラクタや背景のペインティングを実行できるツールである。実写映画のカメラワークの感覚で,背景中のキャラクタを追えるのだという。
 Non-photorealistic renderingというのは,写実性は追及せず,絵画調に仕上げるCGのレンダリング手法である。『奇蹟の輝き』の花園のシーンは,実写をベースにこの種の手法で絵の具の感じを出していた。「ディープ・キャンバス」も類似した手法で採用し,予め撮影された実写のシーケンスを絵画化しているのかと思ったら,背景画専門のアーティスト達が3Dモデルの上に絵を描いているのだという。彼らにコンピュータ操作を覚えさせ,スタイラスペンとタブレットを用いて絵筆のストロークを模擬できるシステムを開発したのである。頑なにモーションキャプチャを採用せず,長い経験を持つアニメータのつけるアニメーションを残そうとするディズニーらしいやり方である。
 「ディープ・キャンバス」では,描かれた背景画は画素群として記憶されるのでなく,絵筆の動きがデータとして記憶され,視点を変えた別のフレームでは,同じシーケンスでペインティングが再実行される。つまり,熟練ペインタ達がもう一度描き直すのをコンピュータが代行するのである。まさに新しいディジタル・ツールである。伝統的アニメータ達に続いて,今度はファインアート系のマット・ペインタ達が大いに活躍できる場が与えられたのである。このツールを美大の学生達に与えて,実際に使わせてみたいものである。
 このシステムで描かれたシーンは,上映時間88分中,約10分である。アーティストの身になって開発されたとはいえ,よくぞここまで芸術的で豊潤な密林に仕上げたものだ。この他にもCGによるエフェクトが随所に使われている。250以上のエレメントから成る滝の描写 は,凄みを感じさせるほどに見事である。
 この映画が示した絵作りの新境地は,他の映画やビデオゲームにも大きな影響を与えることだろう。この種の情感あふれる背景の前に登場するのは,セル・アニメ調のキャラクタだけに限るのはもったいない。『トイ・ストーリー』調のCGキャラクタでも構わないし,実写ベースのリアリスティックなディジタル俳優でも構わない。背景の画風も,映画毎やシーン毎に自由に変えられるのは言うまでもない。回想シーンや夢のシーンなど,使い分けるのもたやすい。
 同じような手法をビデオゲームでも使い出すに違いない。テクスチャ・マッピングを多用し,どんどん写実性を高めているとはいえ,ビデオゲームの背景画は,どぎつく,センスのないものが大半である。このディズニー・アニメの背景のような芸術的なタッチで3D-CGゲームを演出してみたいと感じるクリエータ達は少なくないはずである。
 
     
  ディジタル・ターザン騒動  
   この『ターザン』には,もう1つディジタル技術にまつわる話題があった。アメリカではフィルムを使わないディジタル上映が行われた。G・ルーカスが推進するディジタル・プロジェクタによる上映は,試験的に『スターウォーズ エピソード1』を2都市,4つの映画館で行われ,続いて『ターザン』も対象となったのである。
 丁度SIGGRAPH 99の開催中に,LA郊外のバーバンク市で見られるというので,日本人参加者の中では秘かに話題になっていた。筆者は残念ながら機会を逸したが,夜遅くタクシーを飛ばして最終回に駆けつけた愛好家も少なくなかった。ところが,当の映画館の場所が分かりにくかった上に,表に「ディジタル上映中」と書いてあるのに実際は別 の映画館でやっていたとか。一旦払った入場料を返す返さないで,皆さんだいぶ混乱したらしい。
 感想は,一様に「画質が素晴らしい。これほど鮮やかな色は見たことがない」と言う。プロジェクタには2方式あるらしいが,ここでやっていたのは,TIが開発したDLP(Digital Light Processing)システムである。解像度1280×1024というから,通常の映画フィルムよりだいぶ落ちるはずだが,何しろ明るくて,色再現が素晴らしかったようだ。反復使用のフィルム上映だと避けられないキズが全く無いことも,画質が良いという印象与えるのだろう。
 一度フィルムで撮影した映画より,フル・ディジタル生成される作品向きだし,この『ターザン』のようなアニメにはさらに適している。試写室で観たアナログ・ターザンのジャングルですら,あれだけ素晴らしかったのだから,ディジタル上映はさぞかし感動的だったことだろう。
 さて,余談であるが,最近のディズニー・アニメはキャラクタの顔が良くないとの評判もある。ターザンといえば,ジョニー・ワイズミュラーをまず思い起こすのだろうが,このターザンは,シルベスター・スタローンにもアントニオ猪木にも似ていた。
 ヒロインのジェーンはというと,実写映画のように肉感的でも白痴美でもなかった。西洋人らしくもなく,しょうゆ顔の3枚目風のキャラクタだった。「うる星やつら」のラムちゃんにも少し似ている。いささか古くて恐縮だが,筆者は,顔立ちはピンクレディのケイちゃん,表情は「スチュワーデス物語」の堀ちえみ,ハスキーボイスは「欽ドン」の中原理恵を思い出してしまった。 
 
  (Dr. SPIDER)  
     
  用語解説  
 
  1. PIXAR:ILMのCG部門が独立したCGプロダクションで,アップル・コンピュータのスティーブ・ジョブズが所有している。最近はディズニー・アニメの制作パートナーとしての活躍が目立つ。
  2. 飯綱落とし:白土三平作『カムイ伝』『カムイ外伝』で主人公の忍者カムイが得意とする技。木の上での戦いで,敵を背後から抱え込み,地上へ落下して首の骨を折る。
 
   
  Page Top  
  sen  
 
back index next
 
     
<>br