O plus E VFX映画時評 2023年12月号

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』

(ワーナー・ブラザース映画)



オフィシャルサイト[日本語][英語]
[12月8日より丸の内ピカデリー他全国ロードショー公開中]

(C)2023 Warner Bros. Ent.


2023年11月15日 大手広告試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


明るく楽しいミュージカル映画は, あの名作童話の前日譚

 すばり,家族で楽しめるミュージカル映画だ。誰もが題名だけで,大ヒット作『チャーリーとチョコレート工場』(05年9月号)の続編だなと想像がつく。本作のメイン画像(表題欄)の主人公の姿を見て,前作のジョニー・デップの出で立ちとそっくりだったので,彼の弟を主人公にした映画なのかと思ってしまった。これはトンデモナイない思い違いだったが,この恥ずかしいミスの原因から語ることにする。それが,前作と本作の本質的な違いに関わっているからである。
 本作の原題は単なる『Wonka』なのに,「チョコレート工場」を入れた邦題にしたのは,ティム・バートン監督の前作を思い起こさせるためと思われる。前作の原題は『Charlie and the Chocolate Factory』で,邦題はその直訳である。英国人作家ロアルド・ダールが1964年に著した同名の児童文学書が原作だったが,その邦訳本の題名は「チョコレート工場の秘密」であり,それは今も変わらない。即ち,前作の邦題は邦訳本に従わず,原題通りに「チャーリー」を入れていた訳である。ここで「チャーリー」とは,前作に登場する主人公の少年Charlie Bucketのことであり,少年たちを工場に招待する経営者Willy WonkaをJ・デップが演じていた。
 そこまでは覚えていたが,本作でティモシー・シャラメが演じる若々しい「ウォンカ」は同姓の別人物で,弟なのかと勘違いしたのである。 若いのも当然で,この続編は後日譚ではなく,「はじまり」が入っているように前日譚なのである。なまじっか,前作時に邦訳本を2種類しっかり読んで,童話としての続編があることを知っていたので,それをベースにした続編なのかと誤解したのである。調べてみると,その続編は「ガラスのエレベーター 宇宙に飛び出す (Charlie and the Great Glass Elevator)」で,再度チャーリー少年が主人公であった。
 原作者のR・ダールは両作ともチャーリー少年を主人公にしていたが,T・バートン監督はチョコレート工場を創設したWilly Wonkaに重きを置いて映画化し,J・デップを実質的な主演に据えていた。本作はこのヒット映画に味をしめて,Willy Wonkaの若き日を描いた前日譚を描こうとしている。ということは,R・ダールの原作から離れた独自のオリジナル脚本であり,『パディントン』シリーズのポール・キングが,監督・脚本を担当している。以上を踏まえた上で,本作を紹介する。

【前作とのスタンスの違い,本作の概要】
 前作は,チャーリー少年の視点で語られる童話という基本は守りつつも,Willy Wonkaをかなり風変わりな人物として描くことを強調し,かなりの皮肉屋で少年少女に難題をふっかける等,T・バートン監督らしいブラックユーモア満載の映画であった。これがJ・デップのイメージにも合っていた。前々年に公開された『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(03年9月号)のジャック・スパロウ船長が,そのキャラのまま登場したのかと感じたほどだ。それでいて,原作には登場しない父親との和解を果たし,最後は工場の継承者としてチャーリーを選んでいる。であれば,チョコレート工場を引き継いだチャーリーのその後の姿を描く続編でも良かったはずだ。そうせずにWilly Wonkaの若き日を描いた前日譚にしたのは,製作者や監督が彼を単独で描くに足る魅力的な人物と考えていたからだろう。
 では,本作のWilly Wonkaはと言えば,意地の悪い中年男ではなく,爽やかで穢れを知らぬ純朴な好青年である。風変わりと言えば,人々を幸せにする「魔法のチョコレート」を生み出すことだけを考えている。本作では,原作にはない母親が登場する。父親は登場せず,全く触れられていない。母親からは「夢を見ることからすべてが始まる」と教えられ,「いつか世界一のチョコレートを作る」と約束して,ウィリー青年が一流のチョコレート職人が集まる町(グルメガレリア)にやって来るところから物語は始まる。
 時代や場所は特定されていないが,前作の数十年前,町の人々の服装や工場の様子からは,19世紀末から20世紀初めの英国かと思われる。子供の頃から魔術師になりたかったというウィリー青年は,既に人々を魅了するチョコレートを作る力を身に付けていた。一粒口にするだけで,美味しさのあまり宙に舞ったり,風船のように膨らんだり,髪の毛がフサフサになったりする(なぜ,それができるのかの説明はない)。町では一躍人気者になるが,チョコレート店を開店するのは簡単ではなかった。宿の女主人に騙されて多額の借金を背負い,地下のランドリー工場で働かされる。警察署長からは「ここは夢見ることを禁じられた町」と宣言される。ウィリーのチョコレートに脅威を感じた業界組合の3人組からは,あらゆる手段で卑劣な妨害を受ける。ランドリーで知り合った孤児の少女ヌードルや宿の住人4人組の協力を得て,町を追い出されたウィリーは夢の実現に向けて反撃を開始する……。
 基本は童話であるから,ウィリーの夢が叶う物語であるが,産業スパイ,カルテル,関係機関の買収等の資本主義社会の弊害とも言うべき事柄を織り交ぜている。その点では,風刺やダークファンタジーを得意としたR・ダールの世界を反映させようとしているとも言える。その一方で,ブラックになり過ぎるのを和らげるため,悪人達のセリフもどこか滑稽で,いかにも作り話と感じさせる口調になっていて,まるで人形劇か紙芝居風だ。さらに,全体をミュージカル仕立てで描くことが夢を追う物語と感じさせてくれる(写真1)


写真1 大勢で歌って踊る本格的なミュージカル

 実は,T・バートン版の前作の前に,原作の7年後の1971年に『夢のチョコレート工場』(原題は『Willy Wonka & the Chocolate Factory』)が製作されていた。米国でも興行的には振るわず,日本では劇場未公開だったが,その後,VHSやDVDで映像作品として発売されたようだ(筆者は未見)。これがミュージカル映画であり,その主題歌“Pure Imagination”を,本作でも主題歌扱いで再利用し,オープニングタイトルと劇中で2度使っている。本作のサントラ盤については別項で紹介するが,童話とミュージカルのバランスが良く,この前日譚をミュージカル仕様で描いたのは大成功だと感じた。
 81年版があるものの,以下でも「前作」と述べているのはT・バートン版であることに留意されたい。

【登場人物とキャスティング】
 主人公のウィリーと小人族のウンパルンパを除いて,前作の登場人物は全く登場しない(ウンパルンパについては,後述する)。前日譚であるから当然と言えるが,本作でチョコレート工場を成功させたウィリー・ウォンカが,その後,ショコラティエとして名声を得て,世界中で大人気のチョコレート工場長となっているという繋がりである。
 若き日のウィリー役に配されたのは,目下「プリンス・オブ・ハリウッド」と呼ばれる期待の美男俳優のティモシー・シャラメだ。子役からスタートしているので,これが映画出演20作目である。C・ノーラン監督の『インターステラー』(14年12月号)ではケイシー・アフレック演じるトム・クーパーの少年期を演じていたそうだが,全く覚えていない。『レディ・バード』(18年5・6月号)『ドント・ルック・アップ』(22年Web専用#1)の出演者欄にも名前はあるが,記憶に残っていない。一方,『DUNE/デューン 砂の惑星』(21年9・10月号)では,主役扱いで,こちらも母子の物語であったが,映像が大迫力で,多彩な登場人物であったため,T・シャラメの演技力を確認する余裕はなかった。来春公開の続編『デューン 砂の惑星 PART2』(24年3月号掲載予定)では,出番も増えそうなので,この大作での彼の存在感を確認したい。
 何と言っても,注目を集めたのは『君の名前で僕を呼んで』(18年3・4月号)である。17歳の高校生が24歳の大学院生に恋をするという物語であったゆえ,彼の美少年ぶりをアピールする演出であった。続く『ビューティフル・ボーイ』(18)は,正にそのものズバリの題名で,薬物依存症の青年役であった。こうした微妙な役柄に比べて,本作のウィリー役は天真爛漫で全く屈託がない。筆者にとって少し意外だったのは,堂々と歌って踊れることだった(写真2)。これじゃ,さらにスター性が増すことは確実だ。日本でも一気に知名度が上がり,ファンも急増することだろう。


写真2 若手イケメン男優T・シャラメは, 歌って踊れる。

 相手役に妙齢の美女は登場しない。孤児のヌードル役は黒人の少女のケイラ・レーンで,ラブストーリーに発展するような関係ではない。愛らしい少女なので悪人たちを懲らしめる童話での相棒役にはぴったりだ。他の助演陣は豪華かつ多彩な英国人俳優が次々と登場する。少ししか登場しないウィリーの母役は『シェイプ・オブ・ウォーター』(18年3・4月号)のサリー・ホーキンス,意地悪でがめつい宿屋の女主人役は『女王陛下のお気に入り』(19年1・2月号)のオリビア・コールマンだった。ともにオスカー女優で,贅沢なキャスティングだ。チョコレート中毒の剽軽な神父役は『Mr.ビーン』シリーズのローワン・アトキンスで,いつものように登場するだけで笑えてくる。
 そして何よりも驚いたのは,ウンパルンパ役だった。前作では従業員を全員解雇したウォンカ工場長が,苦し紛れに労働者として小人族20人を傭っていたが,今回は1人しか登場しない。ウィリーのチョコを盗む泥棒を捕まえたら,それがオレンジ色の小さな紳士のウンパルンパだったという登場の仕方である。顔を見て驚いた。何と,『ノッティング・ヒルの恋人』(99) 『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズのヒュー・グラントではないか!(写真3)。かつてラブコメで名をはせた好感度の高いモテ男が,最近は『パディントン2』(18年2月号)『オペレーション・フォーチュン』(23年10月号)等で憎めない敵役を演じていたものの,この恰好には参った。


写真3 (上)チョコ泥棒は緑の髪の小さな紳士, (下)あのヒュー・グラントがオレンジ色の顔で登場

 その他,チョコレート組合の悪役3人組も芸達者の英国人舞台俳優やコメディアンたちで,この楽しいミュージカルファンタジーを盛り上げてくれる。

【チョコの魔法とCG/VFX】
 今やどんな魔法も怪奇現象も描けるCG/VFXゆえ,画期的な新技術は使われていないが,物語を楽しくするために随所でしっかりとVFXシーンが登場する。以下,それを解説するには,少しネタバレを含まざるを得ないので,容赦されたい。
 ■ まず何と言っても,CGの出番はウィリーが作る「魔法のチョコ」だ。彼が作った緑色のチョコ(ホバーチョコ)は,取り出しただけで宙を舞い始め,空中で列をなして曲線を描く(写真4)。魔術師というより,まるで大道芸人の曲芸師である。続いて,このチョコを食べたお客たちも徐々に身体が浮き上がり,高く舞い上がる(写真5)。従来なら,ぎこちなく浮き上がる部分はワイヤーアクション,その先はCGで描いたデジタル人間だろうが,今なら最初からCG描画かも知れない。


写真4 緑色のチョコが宙を舞い, 列をなして曲線を描く

写真5 チョコの効果で高く舞い上がるシーンはVFXの見せ場

 ■ CGではないが,チョコ作りの道具類も見ものだった。ウィリーが持ち歩いている箱を開けると,お菓子の製造道具1式が収まっていて,それを使って作ったお菓子をヌードルにプレゼントする(写真6)。食べると光がさすので「ひとすじの光」というチョコらしい。この製造道具箱内部のデザインが素晴らしい。もう少し大掛かりな製造設備としては,前半で犬を働かせている旧式の設備を見せ,終盤でカラフルな最新工場を見せる(写真7)。最新と言っても,前作の工場ほどモダンではなく,カラフルであっても,設備的には前世紀の工場という感じだ。こちらも美術班が作り上げた傑作であると思う。


写真6 開閉式の箱を開くと, お菓子製造道具が登場する。素晴らしいデザインだ。

写真7 旧式の製造工場とカラフルな最新工場

 ■ 移動販売から始め,ようやくウィリーが開いたチョコレート店の店内は,チョコレートの木があり,お菓子の花が咲き乱れている(写真8)。店は街の中心部にある大きな建物の中だが,この建物のデザインが素晴らしい。フルCGかと思ったが,基本構造はオープンセットとして建造されていて,内部装飾をVFX加工したり,ガラスの天井をCGで描き加えているようだ。ウィリーとヌードルが風船で空に舞い上がり,このガラス屋根の上を遊覧する夜のシーンは,うっとりするほど美しい(写真9)。この建物前の広場に噴水がある。終盤,組合が教会の地下に隠していたチョコを上水道に流したところ,この噴水から吹き出し,町の人々は狂喜する(写真10)。まさに,最近人気の「チョコレートファウンテン」ではないか。思わず,マシュマロを浸して食べたくなる。前作の工場内に登場した「チョコレートの川」は,チョコレート色の水を流していたのだが,本作ではCGで描いたチョコレートを噴出させている。


写真8 店内には花が咲き乱れ, 店は大繁盛

写真9 風船で空に舞い上がる夜の遊覧飛行は, 頗る美しい

写真10 (上)街の中心部の撮影風景, (下)噴水が大型のチョコレートファウンテンと化す

 ■ ウンパルンパも勿論CG製だ(写真11)。顔の部分もCGで,ヒュー・グラントの演技をFacial Capturingして,彼の顔の3Dモデルにマッピングしていると思われる。ウィリーのチョコを盗み,後半は彼を助ける側に回るのはたった1人のウンパルンパだが,故郷のルンパ島には多数のウンパルンパが住んでいる(写真12)。ほんの短い時間しか登場しないが,これを見ただけで安心し,嬉しくなってしまった。この一族が将来チョコレート工場で働く訳だ。


写真11 ウンパルンパは, 折り畳み式の翼を開いて飛ぶことができる。

写真12 故郷のルンパ島には多数の仲間がいた。この一族が将来工場で働く。

 ■ 動物についても触れておこう。ミルクを切らしたウィリーとヌードルは動物園に忍び込んで,キリンのアビゲイルとヌードルは動物園に忍び込んで,キリンのアビゲイル(写真13)にチョコを食べさせて,乳を搾らせてもらう。キリンにとってもチョコは大好物らしい。この動物園にいたフラミンゴは羽ばたくことで,自由を得ることを覚え,街に出没することになる(写真14)。いかにも童話らしいメッセージだ。いずれもCG製なのは言うまでもないが,前作でクルミを割るのに工場で使われていたリスは,本物のリスを調教して使っていた。まだ2005年当時はCG製のリスをリアルに描くのは容易ではなかったためである。今昔の感があるが,さすがにフラミンゴは調教できないから,これはCGで描くしかない。本作のCG/VFX担当はFramestoreで,他に Goldcrest VFX, Host VFX, Outpost VF, Clear Angle Studio等が参加している。


写真13 チョコに誘導されて教会で神父を追うキリンのアビゲイル

写真14 自由を得て街中に飛び出したフラミンゴたち。さすがに, これは調教できない。
(C)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

【余談】
 様々な美味しそうなチョコレートが登場するので,観ている間から無性に食べたくなる。試写が終わるや否や,階下にあったコンビニで安いチョコを買ったが,味は今イチだった。とろける感じが欲しくて,大阪駅前の成城石井に入って,Lindz社のミルクチョコとホワイトチョコを買い直してしまった。それで一息はついたが,丸形のチョコが欲しくなり,後日カラフルな包装の「リンドール」を同社の直営店まで買いに出かけてしまった。
 前作の公開時には,ネスレ社が類似商品を発売していたようだが,今回は種類も多いので,どこかがタイアップして商品化してくれないのだろうか。宙を舞わなくてもいいから,その気分だけでも味わいたい。


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