head
titlehome略歴表彰学協会等委員会歴主要編著書論文・解説コンピュータイメージフロンティア
| TOP | アカデミー賞の予想 | サントラ盤ガイド | 年間ベスト5&10 |
   
title
 
O plus E 2021年Webページ専用記事#1
 
 
ラーヤと龍の王国』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C)2021 Disney. All Rights Reserved. (C)2021 Disney and its related entities
 
  オフィシャルサイト[日本語]    
  [3月5日より全国映画館&Disney+プレミアアクセスで同時公開中]   2021年3月5日 Disney+の映像配信を視聴
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  アジアが舞台の最新作は完成度が高く,新ヒロインも魅力的  
  『白雪姫』(37)以来,80余年の歴史をもつ長編ディズニーアニメの第59作目である。当欄での紹介は,第37作『ターザン』(99年11月号)から始めたが, 2D時代は何作かスキップしたので,これが17本目である。米国では,毎年11月下旬の感謝シーズンに新作アニメが公開されるのが慣例だったが,コロナ禍で6月の予定だったピクサー作品『ソウルフル・ワールド』(20年Web専用#6)の公開が後倒しになり,公開枠を譲ることになった。同作の公開はさらに遅れて,劇場上映は断念し,クリスマスにDisney+でのネット配信を開始するがやっとだった。
 玉突き現象で同作の公開は越年して3月になったが,従来,日本公開は春休みまで待機するのが常態だったので,元の形に戻ったとも言える。ただし,米国でも日本でも,本作の上映劇場数は限定され,Disney+でのプレミアアクセスとの併用となった。即ち,Disney+で観る場合は,『ソウルフル・ワールド』のように月額料金だけでは見られず,実写版『ムーラン』(20年9・10月号)と同様に追加料金(税込 3,278円)が必要となる。映画館との両立を考え,業界の盟主ディズニーも試行錯誤しているのだろうが,やはりこの追加料金は高いと感じる。
 本作の広報宣伝では,『モアナと伝説の海』(17年3月号)以来のオリジナル・ストーリーであることが強調されている。この間に『シュガー・ラッシュ:オンライン』(18年Web専用#6)『アナと雪の女王2』(19年11・12月号)とヒット作の続編が2本続いたためであるが,ヒロイン名「ラーヤ」を前面に出し,「モアナ」に続く新しいディズニープリンセスの誕生もアピールしたいようだ。本作の原題は『Raya and the Last Dragon』で,ヒロイン名が入っている。『塔の上のラプンツェル』(11年3月号)の原題は『Tangled』,『アナと雪の女王』(2014年3月号)は『Frozen』であったから,原題からこの扱いは,相当自信のあるヒロインで,その売り出しにも熱心なのだと想像できる。彼女のルックスについては後述するが,ただ美しい「お姫さま」ではなく,しっかりとした意志と自立心をもった女性である。ファミリー映画の枠組みを超え,現代風女性映画の主人公に仕上げている。
 その半面,時代設定は現代ではなく,舞台となるのは古代アジアで,人間と龍がともに暮していた時代だという。国は特定されていないが,タイ,ベトナム,カンボジア,ミャンマー,マレーシア等のASEAN諸国の文化を基に「クマンドラ」なる架空の幻想の国を設定している。これは好い選択だ。実写版『ムーラン』では,主演女優の発言やエンドロールでの中国政府への謝辞を巡って政治的波紋が生じたが,中国抜きのアジアが舞台なら,その種のトラブルは避けられる。それでいて,西洋流のプリンセスものに飽きた聴衆にも異国情緒を感じさせる。
 監督は,『ベイマックス』(15年1月号)のドン・ホールと『ブラインドスポッティング』(18)のカルロス・ロペス・エストラーダ。D・ホールはディズニーアニメ一筋に過去16作に関わってきたベテランだが,メキシコ人のC・L・エストラーダは『アナと雪の女王2』に少し関わったに過ぎない。まだ32歳の新鋭だから,これからに期待するところが大きいのだろう。特筆すべきは,ベトナム出身のクイ・グエンとマレーシア人のアデル・リムが脚本を担当していることである。
 主要人物の声の出演は,主人公のラーヤはベトナム系のケリー・マリー・トラン,父親のベンジャは韓国出身のダニエル・デイ・キム,ラーヤに敵対するナマーリと龍のシスーは中国系のジェンマ・チェンとオークワフィナ,少年ブーンはタイ系のアイザック・ワン,大男のトングは両親が香港出身のベネディクト・ウォンと,徹底してアジア系俳優を起用している。米国育ちであれば英語はネイティブ並みだと思うのだが,どこかアジア訛りがあるのだろうか,それとも本人たちのアジア文化への思い入れに期待したのだろうか。
 映画は主人公がクマンドラと龍の歴史を語るところから始まり,人間同士の争いから5つの国へと分裂してしまう出来事へと続く。再び現れた邪悪な魔物ドルーンから世界を守るため,最後の龍シスーが残した「龍の石」を復活させ,シスーの力で元のクマンドラ王国を再興するために,主人公ラーヤが旅に出る冒険物語である。後述のように,西欧のドラゴンとアジアの龍は結構違うが,ファンタジー・アドベンチャー映画としては,龍の存在は恰好の題材である。テーマは「信じあう心」なので,この種の映画なら,人々が信じ合うことで魔物を倒し,最後はクマンドラが1つになる結末はほぼ自明だろう。問題は,ライバルが多いフルCGアニメの中で,老舗ディズニーがどこまで横綱相撲を見せられるか,新しいヒロイン像で打ち出せているかである。その点に注目して,この59作目を熟視することにした。
 結論として言えば,かなり完成度の高い作品で,さすが本家ディズニーの自信作と言える出来映えだった。(少しネタバレになるのを怖れずに述べるなら)ラーヤはある種のプリンセスであるが,もはや王子様は登場しない。過去数作のように,そうかと思わせて,それを裏切る仕掛けすらない。水龍のシスーは女性だが,シスーとラーヤの関係,ラーヤとナマーリの関係が本作の鍵であり,女性同士の物語である。男は添え物の助演に過ぎない。
 以下,当欄に視点でのデザインやCG描写に関する論評である。
 ■ まず主人公ラーヤのルックスから入ろう。2Dセル調アニメ時代のプリンセス達は,白雪姫に始まり,『シンデレラ』(50),『眠れる森の美女』(59)のオーロラ姫を経て,『リトル・マーメイド』(89)のアリエル,『美女と野獣』(91)のベルまで,見事なまでのワンパターンだった。衣装なしで,単独で顔だけ見たら,殆ど区別がつかない。さすがに『アラジン』(92)のジャスミンはアラブ系,『ポカホンタス』(95)は先住民風,『ムーラン』(98)は中国系の顔立ちになっていた。それはそれで,正統派プリンセスは白人系に限るのか,しかも男性社会に従属する存在としてしか描かれていないとの批判を受けてきた。3D-CG化されて以降は,ラプンツェルはCGでの幾何モデルを意識したデザインの少女顔になり,アナもその同系統だ。過去の記事では「立体上映向きにデザインされたルックスで,筋肉モデルで表情を付けやすく,そのまま人形グッズ化しやすくなっている」と書いている。他のディズニーの短編アニメの主人公も同様で,ずばり言えば,ゲームキャラ風だ。本作での12歳のラーヤは,このラプンツェル,アナの系列でありながら,より聡明に見え,少しだけ東洋的な感じがする(写真1)。その6年後の旅するラーヤは,いきなり大人になって険しい表情(写真2)で登場するが,その後のシーンではかなりの美形であり,さほど東洋的でもない。髪形と肌の色を少し変えるだけで,様々なヒロインにでき,今後のディズニープリンセスのプロトタイプになるのではと感じた。一方のナマーリはいかにも中国系のルックスで,敵役にも遣り手のキャリアウーマンにも使える顔立ちである。
 
 
 
 
 
写真1 ハート国の首長ベンジャと12歳の娘ラーヤ 
 
 
 
 
 
写真2 18歳になり,シスーを探す旅に出たラーヤ
 
 
  ■ 顔はさておき,旅するラーヤの衣装もかなり恰好いい。赤いケープは,「夕陽のガンマン」のポンチョ,「怪傑ゾロ」の黒いマントと並んで,今後シンボルのように扱われるだろう。アジア風の笠,剣も含めると,「木枯らし紋次郎」の三度笠,長脇差,道中合羽の3点セットに匹敵する。既にトイ市場で商品化されているが,アジアではハロウィーン・グッズとして定番化する可能性十分だ。
 ■ もう一方の主役,水龍のシスーはおしゃべりで剽軽な女性として描かれている(写真3)。途中で人間に変身し,まるでお笑い芸人だ。日本語吹替はベテラン声優の高乃麗が担当しているが,吉本興業の女性タレントが関西弁で吹替えた方が似合っていたと思う。「龍=ドラゴン」の描写に関しては,西欧風のドラゴンと中国や日本を含む東アジアの龍では,元々かなり容貌が違っている。前者には大きな翼があり,火を噴く蜥蜴型の怪獣が標準的だが,後者には翼はなく,長いヒゲがあり,体形は少しスリムで大蛇風の怪物である。体表面は鱗に覆われ,鋭い爪を持ち,天高く飛翔することは共通している。本作の龍は,翼はないので西欧風ドラゴンではないが,ライオン風のたてがみがあり,一角獣のような角がある。あまり東洋的な龍の感じがしない。顔が剽軽で心優しいのはいいとして,体躯が貧弱過ぎる。もっと威厳のあるルックスにして欲しかったところだ。デザイン面ではこれだけが残念だった。
 
 
 
 
写真3 これが最後の龍のシスー。人間にも変身できる。
 
 
  ■ 他のキャラでは,まずラーヤの相棒トゥクトゥクに触れるべきだろう。団子虫らしく,身体を丸める仕草が特長だ。12歳のラーヤの前では小さかったのが,6年後には巨大化している(写真4)。硬い甲羅に覆われ,ラーヤを乗せて砂漠を疾走する。球体で移動する様は,『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)から登場したBB-8を思い出す(BB-8には,頭部が別にあったが)。タロン国にいた2歳の女児ノイや不思議な生物オンギ3匹も,かなり可愛いデザインだ。これもグッズ市場を意識してのデザインだろうが,映画本編中での出番はさほどなかった。ブーン少年やトゥクトゥクと共に,今後,児童向けの短編で頻繁に登場させるつもりなのかも知れない。
 
 
 
 
 
 
 

写真4 最初は小さかったのに(上),巨大化して再登場(下)
(C)22021 Disney. All Rights Reserved.
(C)2021 Disney and its related entities

 
 
  ■ リアルなCGとしては,シスーが水龍だけあって,水の表現力が一段と進化していた。中盤の水路や湖は,周りの樹木も含めて実写と区別がつかない。終盤の渦や滝の表現を見て,すべてCGなのだなと分かる。ラーヤと父の(中華風の)衣服の刺繍,龍のペンダントの質感も素晴らしかった。父ベンジャがラーヤに教えるスープの描写も絶品だ。テイル国やタロン国の景観描写も見応えがある。とりわけ,夜のシーンは惚れ惚れする出来映えだ。美術スタッフが充実していないと描けない代物である。
 ■ ジェームズ・ニュートン・ハワード担当の音楽も上質で,冒頭から本作全体の質の高さを象徴していた。その半面,不満なのは歌唱曲がエンドソング1曲しかなかったことだ。ミュージカル仕立てでなくても,定評あるディズニー映画の音楽としては,歌唱曲が数曲は欲しかったところだ。全体的に完成度は高いが,『アナと雪の女王』の初見時ほど高評価を与えられないのは,龍のデザインと優れた歌唱曲がなかった減点分である。
 
 
  ()
 
 
Page Top
sen  
back index next