O plus E VFX映画時評 2026年1月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(1月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』(1月16日公開)
 1月は金曜日が5回あった。16日は31日間のまさに中間日である。この日公開の映画はPart 1とPart 2のどちらに入れるべきかと迷った結果,2つに分けることにした。そんな些細な逡巡の結果,後半のトップバッターにしたのは,予想外に充実していた本作である。「ロックの父」たるチャック・ベリーの生誕100周年記念公開のドキュメンタリーだという。また伝記映画なのか。1950年半ばからの彼の功績は熟知していて,そのネタで講義ができるほどだ。他の記事中でも再三話題にしたし,特に『リバイバル69 伝説のロックフェス』(23年10月号)の「サントラ盤ガイド」では,チャックのヒット曲について詳しく語った。それでも,同作の後,ライバルのLittle Richardの伝記映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』(24年3月号)を紹介した以上,2人は公平に扱おうと思い,本作のオンライン試写を申し込んだ。
 公式サイトや入手したプレス資料には,映画中で歌われる全13曲のリストが載っていた。これなら全て知っているし,手元のベスト盤にも全曲入っている。これじゃ,筆者にとって全く新味はないなと,さして関心が湧かなかった。ところが,試写を見始めて,最初の曲“Carol”でぶっ飛んだ。なんという素晴らしいロックンロールだ。これは私が知る昔のChuck Berryとはまるで違う。曲自体は1958年に彼が書いたナンバーだが,映像は音楽ドキュメンタリー『ヘイル・ヘイル・ロックンロール』(87)からのクリップで,1985年61歳の時の歌唱である。こんなに歌が上手かったのかと驚いた。いや,1960年前後は下手糞で,他の歌手のカバーの方が優れていた。Elvis PresleyやBeatlesの方が圧倒的に上だった。このライブ演奏に感動したのは,昔ラジオで聴いた歌や当時のドーナツ盤のモノラル録音とは,音質的に段違いだったことも一因である。何しろ,名うてのギタリストKeith RichardsとRobert Crayを従えて,還暦を過ぎたチャックが熱唱しているのだから,感涙ものだ。
 こんなことなら,もっと音の良いスクリーン試写で観るのだと後悔した。本作は幼少期からの伝記映画ではなく,ロックンロール登場以降に彼が果たした役割を,他の歌手たちが賞賛する映画であった。『ヘイル…』以外に,1972年の『Sounds for Saturday: Chuck Berry in Concert』からの映像も使われている。他の歌手が彼のヒット曲を歌うシーンも多数収録されていた。1964年のRolling Stonesの映像では,“Around And Around”を歌うMick Jaggerが実に若々しい。同年の米国公演でBeatlesが歌う“Roll Over Beethoven”はモノクロ映像だが,メインヴォーカルはGeorge Harrisonだった。1970年のステージで,“Johnny B. Goode”を歌うJimi Hendrixが右利き用のエレキギターを左利きで弾いているのがよく分かる。殿堂入りの記念公演で,同曲をチャックとBruce Springsteenが合奏する様子に,大群衆の会場のノリは最高潮に達していた。
 筆者が選んだこの映画でのBest 1は,上記2人にチャックが加わったギター伴奏で,Linda Ronstadtが歌う“Back In The USA”だ。映画としての最大のウリは,終盤にPaul McCartneyが歌う“Brown Eyed Handsome Man”である。彼のアルバムに未収録の曲であるので,本作の副題にして観客の興味を惹こうとしている。そして,2017年に90歳で生涯を閉じたチャックへの追悼のナレーションに続き,名曲“Memphis, Tennessee”で幕を閉じる。ロックファンなら,この秀逸な音楽映画を観ない手はない。全国順次公開が予定されている。

■『サリー』(1月16日公開)
 Chuck Berryの熱唱を聴いた後にこの題名だと,ロックンロールの定番曲“のっぽのサリー(Long Tall Sally)”を思い出す人もいるだろう。残念ながら,それは彼が作った曲ではなく,ライバルのLittle Richardの楽曲である。余談だが,現在では名バイプレーヤーの岸辺一徳は,1960年代,グループサウンズ「ザ・タイガース」のリーダー時代の愛称が,この「サリー」であった。彼がメンバー随一の長身であったからだ。沢田研二の「ジュリー」と同様,本来は欧米の女性の名前である。では,本作は洋画かといえば,そうではなく,台湾映画で原題は「莎莉」である。しかも,女性主人公の本名ではなく,劇中で出会い系サイトに用いるハンドルネームという設定となっていた。
 主人公のリン・フイジュン(エスター・リウ)は,台湾の中南部の山村で養鶏場を営む38歳の独身女性である。両親を早く亡くし,兄は上海に行ってしまった。止むなく,弟のウェイホン(リン・ボーホン)の面倒を見ながら暮らしてきたため,婚期を逸してしまった。弟が先に恋人を作り,結婚式が近づいたため,叔母からは何度も40歳までに結婚しろと迫られ,うんざりしていた。そんな時に,上海からやって来た姪(兄の娘)のシンルー(タン・ヨンシュイ)が,フイジュンを心配して,勝手にマッチングアプリに彼女を登録してしまった。それも28歳と偽り,ハンドルネームは「サリー」である。しぶしぶ台湾語を英語に翻訳しながらチャットを始めたフイジュンは,すっかりこのアプリにハマってしまった。
 見つけたお相手はパリで画廊を経営する画家マーティンで,写真ではなかなかのイケメンである。やがて,彼から求愛され,一緒にパリで暮そうと言われて,フイジュンは舞い上がってしまう。そして,新居のアパート買うので,手付金を送ってくれと要求される。誰もが国際ロマンス詐欺だと警告する中,彼を「運命の人」と思い込んだフイジュンは,真実の愛を確かめるべく,銀行から大金を引き出し,単身パリへと向かった……。
 山間部での養鶏の描写,拾って来た犬「サツマイモ」と戯れる様子は,ほのぼのとしていて好感が持てた。後半,サリーとしてパリの街を彷徨う姿とのコントラストも秀逸だった。監督・脚本はリエン・ジエンホンで,これが長編デビュー作である。ロマンス詐欺の報道から興味をもち,被害者に取材して脚本を書いたというから,その手口の描写にはリアリティがあった。観客は,叔母や弟の視点でフイジュンを見守るに違いない。どんな結末で終わらせるのかが楽しみな一作であった。
 主演のE・リウ(劉品言)は,これまで全く知らなかった。化粧っ気のないハイミスを演じているが,地顔はなかなかの美人で,若い頃はかなり美しかったことだろうと想像できる。10代の頃からアイドルデュオとして歌手デビューし,俳優・司会者としても人気を博したらしい。一時期パリ留学し,英語・フランス語・日本語が堪能で,芸能事務所を創業した企業家の才女である。次は,凛としたキャリアウーマン役の姿を見てみたい。

■『パンダプラン』(1月23日公開)
 まもなく日本の動物園からパンダがいなくなる。その喪失感を埋めるためか,パンダ映画が複数公開される。筆者の場合は,和歌山県のアドベンチャーワールドに7頭いた頃,所用で何度か行ったので,格別の喪失感はない。来月,中国製の本格的な飼育映画『パンダのすごい世界』が公開されるので,それは紹介することにした。それで十分だと思ったら,その前にもう1本あった。予告編を見ると,ジャッキー・チェン主演のおふざけB級カンフー映画で,どれだけ「パンダ愛」があるのか怪しい。これが日本国内公開の彼の出演作100作目だという。香港出身なのに,最近の中国政府べったりの姿勢に批判もある。それでも映画がヒットすれば,日本へのパンダ貸与の交渉役をしてくれるかも知れないと考えて(まあ,あり得ないが),せいぜい映画を褒めることにした。
 役柄はジャッキー・チェンそのものであった。即ち,人気俳優の彼が生まれたばかりの少し珍しいパンダの里親になるという設定である。ところが,ある大富豪がこのパンダを入手するために派遣した傭兵軍団が強奪にやって来た。1億ドルという報酬目当ての間抜けな軍団とのカンフーバトルが繰り広げられるという展開である。ジャッキーは俳優役であるから,いつものようなカンフーの達人ではない。美人飼育係のスー(シー・ツェ)からは,O脚で鼻デカのアイスクリーム大好き小父さんと扱われる愛すべき存在である。それでも,何とか映画での演技もどきのカンフーアクションで,敵のボスのチャ・クン(ハン・イェンボー)と渡り合う……。
 予告編通り,全編がコメディタッチのお気楽映画であった。危険なアクションからの卒業宣言以降も,しっかりどの映画でもカンフーシーンがあった。本作も分量的にはかなりの比率であったが,全編でゆるゆるである。それでも,終盤では大富豪の入手意図が判明し,ジャッキー流のヒューマニズム映画としてのハッピーエンドを迎える。相対評価の映画評としては高得点はつけられないが,楽しいコメディであった。パンダ目当てのお子様映画としては十分合格点である。
 当の赤ちゃんパンダはと言えば,登場場面は多く,しっかり演技していた。そもそも,目の周りの黒縁の大きさが左右でかなり違う珍種という設定である。そんな珍しいパンダを映画用に貸し出す訳はない。普通のパンダで,片方を黒く塗って面積を増やすことも許されるはずがない。映画が始まってからしばらくは,右側から撮影し,片目しか見えていなかった。続いては,木の枝で隠して左目が見えないようにしていた。そこまでは本物のパンダだったのだろう。残りは顔をしっかり見せるシーンだったが,すべてCGの産物のようだ。抱きかかえていて動きのないシーンは縫いぐるみだったかも知れない。多数のVFXスタジオが参加しているだけあって,CG製の赤ちゃんパンダも犀の親子もよくできていた。無心で観る子供たちには本物に見えても不思議はない。

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