O plus E VFX映画時評 2026年1月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(1月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』(1月16日公開)
 1月は金曜日が5回あった。16日は31日間のまさに中間日である。この日公開の映画はPart 1とPart 2のどちらに入れるべきかと迷った結果,2つに分けることにした。そんな些細な逡巡の結果,後半のトップバッターにしたのは,予想外に充実していた本作である。「ロックの父」たるチャック・ベリーの生誕100周年記念公開のドキュメンタリーだという。また伝記映画なのか。1950年半ばからの彼の功績は熟知していて,そのネタで講義ができるほどだ。他の記事中でも再三話題にしたし,特に『リバイバル69 伝説のロックフェス』(23年10月号)の「サントラ盤ガイド」では,チャックのヒット曲について詳しく語った。それでも,同作の後,ライバルのLittle Richardの伝記映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』(24年3月号)を紹介した以上,2人は公平に扱おうと思い,本作のオンライン試写を申し込んだ。
 公式サイトや入手したプレス資料には,映画中で歌われる全13曲のリストが載っていた。これなら全て知っているし,手元のベスト盤には全曲入っている。これでは全く新味はないなと,さして関心が湧かなかった。ところが,試写を見始めて,最初の曲“Carol”でぶっ飛んだ。なんという素晴らしいロックンロールだ。これは私が知る昔のChuck Berryとはまるで違う。曲自体は1958年に彼が書いたナンバーだが,映像は音楽ドキュメンタリー『ヘイル・ヘイル・ロックンロール』(87)からのクリップで,1985年61歳の時の歌唱である。こんなに歌が上手かったのかと驚いた。いや,1960年前後は下手糞で,他の歌手のカバーの方が優れていた。Elvis PresleyやBeatlesの方が圧倒的に上だった。このライブ演奏に感動したのは,昔ラジオで聴いた歌や当時のドーナツ盤のモノラル録音とは,音質的に段違いだったことも一因である。何しろ,名うてのギタリストKeith RichardsとRobert Crayを従えて,還暦を過ぎたチャックが熱唱しているのだから,感涙ものだ。
 こんなことなら,もっと音の良いスクリーン試写で観るのだったと後悔した。本作は幼少期からの伝記映画ではなく,ロックンロール登場以降に彼が果たした役割を,他の歌手たちが賞賛する映画であった。『ヘイル…』以外に,1972年の『Sounds for Saturday: Chuck Berry in Concert』からの映像も使われている。他の歌手が彼のヒット曲を歌うシーンも多数収録されていた。1964年のRolling Stonesの映像では,“Around And Around”を歌うMick Jaggerが実に若々しい。同年の米国公演でBeatlesが歌う“Roll Over Beethoven”はモノクロ映像で,メインヴォーカルはGeorge Harrisonである。1970年のステージで,“Johnny B. Goode”を歌うJimi Hendrixが右利き用のエレキギターを左利きで弾いているのがよく分かる。殿堂入りの記念公演で,同曲をチャックとBruce Springsteenが合奏する様子に,大群衆の会場のノリは最高潮に達していた。
 筆者が選んだこの映画でのBest 1は,上記2人にチャックが加わったギター伴奏で,Linda Ronstadtが歌う“Back In The USA”だ。映画としての最大のウリは,終盤にPaul McCartneyが歌う“Brown Eyed Handsome Man”である。彼のアルバムに未収録の曲であるので,本作の副題にして観客の興味を惹こうとしている。そして,2017年に90歳で生涯を閉じたチャックへの追悼のナレーション(俳優のダニー・グローヴァーが担当)に続き,名曲“Memphis, Tennessee”で幕を閉じる。ロックファンなら,この秀逸な音楽映画を観ない手はない。全国順次公開が予定されている。

■『サリー』(1月16日公開)
 Chuck Berryの熱唱を聴いた後にこの題名だと,ロックンロールの定番曲“のっぽのサリー(Long Tall Sally)”を思い出す人もいるだろう。残念ながら,それは彼が作った曲ではなく,ライバルのLittle Richardの楽曲である。余談だが,現在では名バイプレーヤーの岸辺一徳は,1960年代,グループサウンズ「ザ・タイガース」のリーダー時代の愛称が,この「サリー」であった。彼がメンバー随一の長身であったからだ。沢田研二の「ジュリー」と同様,本来は欧米の女性の名前である。ところが,本作は洋画ではなく台湾映画で,原題は「莎莉」であった。しかも,女性主人公の本名ではなく,劇中で出会い系サイトに用いるハンドルネームという設定となっていた。
 主人公のリン・フイジュン(エスター・リウ)は,台湾の中南部の山村で養鶏場を営む38歳の独身女性である。両親を早く亡くし,兄一家は上海に行ってしまった。止むなく,弟のウェイホン(リン・ボーホン)の面倒を見ながら暮らしてきたため,婚期を逸してしまった。弟が先に恋人を作り,結婚式が近づいたため,叔母からは何度も40歳までに結婚しろと迫られ,うんざりしていた。そんな時に,上海からやって来た姪のシンルー(タン・ヨンシュイ)が,フイジュンを心配して,勝手にマッチングアプリに彼女を登録してしまった。それも28歳と偽り,ハンドルネームは「サリー」である。しぶしぶ台湾語を英語に翻訳しながらチャットを始めたフイジュンは,すっかりこのアプリにハマってしまった。
 見つけたお相手はパリで画廊を経営する画家マーティンで,写真ではなかなかのイケメンである。やがて,彼から求愛され,一緒にパリで暮そうと言われて,フイジュンは舞い上がってしまう。そして,新居のアパート買うので,手付金を送ってくれと要求される。誰もが国際ロマンス詐欺だと警告する中,彼を「運命の人」と思い込んだフイジュンは,真実の愛を確かめるべく,貯めていた大金を引き出し,単身パリへと向かった……。
 山間部での養鶏の描写,拾って来た犬「サツマイモ」と戯れる様子は,ほのぼのとしていて好感が持てた。後半,サリーとしてパリの街を彷徨う姿とのコントラストも秀逸だった。監督・脚本はリエン・ジエンホンで,これが長編デビュー作である。ロマンス詐欺の報道から興味をもち,被害者に取材して脚本を書いたというから,その手口の描写にはリアリティがあった。観客は,叔母や弟の視点でフイジュンを見守るに違いない。どんな結末で終わらせるのかが楽しみな一作であった。
 主演のE・リウ(劉品言)は,これまで全く知らなかった。化粧っ気のないハイミスを演じているが,地顔はなかなかの美人で,若い頃はかなり美しかったことだろうと想像できる。10代の頃からアイドルデュオとして歌手デビューし,俳優・司会者としても人気を博したらしい。一時期パリ留学し,英語・フランス語・日本語が堪能で,芸能事務所を創業した企業家の才女である。次は,凛としたキャリアウーマン役の姿を見てみたい。

■『パンダプラン』(1月23日公開)
 まもなく日本の動物園からパンダがいなくなる。その喪失感を埋めるためか,パンダ映画が複数公開される。筆者の場合は,和歌山県のアドベンチャーワールドに7頭いた頃,所用で何度か行ったので,格別の喪失感はない。来月,中国製の本格的な飼育映画『パンダのすごい世界』が公開されるので,それは紹介することにした。それで十分だと思ったら,その前にもう1本あった。予告編を見ると,ジャッキー・チェン主演のおふざけB級カンフー映画で,どれだけ「パンダ愛」があるのか怪しい。これが日本国内公開の彼の出演作100作目だという。香港出身なのに,最近の中国政府べったりの姿勢に批判もある。それでも映画がヒットすれば,日本へのパンダ貸与の交渉役をしてくれるかも知れないと考えて(まあ,あり得ないが),せいぜい映画を褒めることにした。
 役柄はジャッキー・チェンそのものであった。即ち,人気俳優の彼が生まれたばかりの少し珍しいパンダの里親になるという設定である。ところが,ある大富豪がこのパンダを入手するために派遣した傭兵軍団が強奪にやって来た。1億ドルという報酬目当ての間抜けな軍団とのカンフーバトルが繰り広げられるという展開である。ジャッキーは俳優役であるから,いつものようなカンフーの達人ではない。美人飼育係のスー(シー・ツェ)からは,O脚で鼻デカのアイスクリーム大好き小父さんと扱われる愛すべき存在である。それでも,何とか映画での演技もどきのカンフーアクションで,敵のボスのチャ・クン(ハン・イェンボー)と渡り合う……。
 予告編通り,全編がコメディタッチのお気楽映画であった。危険なアクションからの卒業宣言以降も,しっかりどの映画でもカンフーシーンがあった。本作も分量的にはかなりの比率であったが,全編でゆるゆるである。それでも,終盤では大富豪の入手意図が判明し,ジャッキー流のヒューマニズム映画としてのハッピーエンドを迎える。相対評価の映画評としては高得点はつけられないが,楽しいコメディであった。パンダ目当てのお子様映画としては十分合格点である。
 当の赤ちゃんパンダはと言えば,登場場面は多く,しっかり演技していた。そもそも,目の周りの黒縁の大きさが左右でかなり違う珍種という設定である。そんな珍しいパンダを映画用に貸し出す訳はない。普通のパンダで,片方を黒く塗って面積を増やすことも許されるはずがない。映画が始まってからしばらくは,右側から撮影し,片目しか見えていなかった。続いては,木の枝で隠して左目が見えないようにしていた。そこまでは本物のパンダだったのだろう。残りは顔をしっかり見せるシーンだったが,すべてCGの産物のようだ。抱きかかえていて動きのないシーンは縫いぐるみだったかも知れない。多数のVFXスタジオが参加しているだけあって,CG製の赤ちゃんパンダも犀の親子もよくできていた。無心で観る子供たちには本物に見えても不思議はない。

■『終点のあの子』(1月23日公開)
 同じ公開日で他に2本の邦画有力作があったのだが,全部は無理なので,2つの理由からこの映画を選んだ。1つは,原作が人気作家・柚木麻子の同名の連作短編集であるということ。映画化はこれが4作目だが,過去作『伊藤くん A to E 』(18年1月号)『私にふさわしいホテル』(24年12月号)『早乙女カナコの場合は』(25年3月号)はすべて当欄で紹介した。さすが女優作家,女性の描き方が独特で,それが複数の場合,描き分けが秀逸だった。おそらく自己体験がベースなのだろうと想像してしまう。本作は私立女子高校を舞台に,揺らぎやすい少女たちの複雑な心情をリアルかつ残酷に描いているというので大いに期待した。原作者も中高一貫女子校の卒業生である。
 もう1つは,若手有望株の當真あみと中島セナのW主演という点だった。中島セナは『ブルーピリオド』(24年8月号)で少し見ただけで,あまり印象に残っていない。お目当ては當真あみだった。昨年の4作『おいしくて泣くとき』(25年4月号)『雪風 YUKIKAZE』(同8月号)『ストロベリームーン 余命半年の恋』(同10月号)『映画ラストマン -FIRST LOVE-』(同12月号)をすべて観て,その可憐さにすっかり魅せられてしまった。本作はどんな役柄なのかに注目した。
 高校入学日の朝,制服姿の女子高生3人が小田急・下北沢駅に向かう途中,青いドレス姿の見知らぬ少女(中島セナ)に声をかけられた。大人びた態度の少女だった。学校に着くと,彼女は同じクラスで,高校からの入学生の奥沢朱里という。海外生活が長く,父親は有名な写真家である。自由奔放な朱里は別格的存在だったが,内部進学生は羨望の目で見ていた。目立たない少女の希代子(當真あみ)もその1人で,次第に朱里と仲良くなる。朱里は時々学校を抜け出し,江ノ島海岸に遊びに行っていた。ある日,朱里は強引に希代子の手を引き,各駅停車に乗らず,片瀬江ノ島行き急行に飛び乗った。高校を通り越して慌てた希代子は次の急行停車駅で降りてしまった。朱里から「意気地なし」と罵られ,深く傷ついた。
 夏休み,朱里の自宅に招かれた希代子は,偶然,朱里が机上に置いていた青いノートを目にする。中には,担任教師や希代子を含む級友たちを中傷する文章が書かれていた。衝撃を受けた希代子は無断でその日記帳を持ち帰ってしまった。朱里への復讐心に燃える希代子は,日記の内容を口外し始める。さらに,文化祭の演劇のテーマに,希代子が朱里のアイデアを盗用する。日記帳を盗んだ犯人が希代子と知った朱里の失望と憎悪は凄まじく,次第に学校に出て来なくなり,孤立して行く……。
 エピソードは他にもあり,朱里に憧れた希代子はそれまでの親友・奈津子(平澤宏々路)をないがしろにすること,朱里が優等生・恭子(南琴奈)の彼氏を奪おうしているとの噂が流れる等々,女性同士の確執は凄いなと呆れ,これは原作者の実体験に違いないと推測してしまう。てっきり女性監督のメガホンかと思ったが,監督は『愛の病』(18)等で国際的評価が高い吉田浩太であった。そう言えば,過去3作もすべて男性監督である。自分では知らない「女同士の世界」の心理描写を描きたくなるのだろうか。
 知らずに観たのだが,原作は短編集の最初の「フォーゲットミー,ノットブルー」で,作家としてのデビュー作であり,オール讀物新人賞受賞作であるという。この短編の題名も,短編集の題名も手の込んだ仕掛けがなされていた。「Forget-Me-Not」は「忘れな草」だが,「Forget-Me-Not- Blue」となると,その花の青い色の「色名」である。即ち,朱里の来ていた服,ノートの色だ。それを,短編小説の題名のように読点を入れ「Forget Me, Not Blue」とすると意味が変わって来る。朱里が希代子に「私を忘れて。もう青い服の私じゃない」と叫んでいるように感じる。
「終点のあの子」もしかりだ。公式には「誰よりも早く電車に飛び乗り,終点には一番に辿り着くが,気がつけば誰もいない終点駅に取り残されていること」とされている。果たしてそれだけか? 「片瀬江ノ島」駅は,小田急本線から相模大野駅で枝別れする「江ノ島線」の終着駅である。目的地が江ノ島であればいいが,「小田原」や「本厚木」に行きたいのに,新宿でそれに気付かず間違って乗ってしまったり,あるいは途中で切り離されて,後半分が「大和」や「藤沢」が着く頃に慌てる乗客は少なくない。見事に原作やこの映画のテーマ,「朱里の当惑と後悔」に合致している。毎日小田急線で通学した原作者ゆえの着想である。
 W主演の2人に移ろう。同級生役の大半は,実年齢19歳である。朱里役の中島セナだけが大人びているが,これはそういう人物設定だ。他の俳優は十分高校生に見えるし,當真あみに至っては,そのまま高校1年生の15歳で通用する。演技力に関しては,(本作に限っては)中島セナが断然上だった。當真あみは,全くこの希代子役に似合わない。演技力以前にキャスティング自体が間違っている。本人も所属事務所も,芸域を拡げるため,途中から悪女に変わる希代子役を希望したのだろうが,その考えが不適切だ。そもそも,そんな二面性を表現できる10代の女優がいるのだろうか? 大人びた朱里役の演技の方が実は簡単だ。現在の當真あみほど,純真で健気に見える美少女はそうそういない。それが続くのも,あと数年間だけのことだ。年齢と作品数を重ねれば,自然に大人の演技もできる。それまでは,無垢な美少女役を続けることを切に要望しておく。

■『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ2』(1月23日公開)
 約2年前に公開された『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』(24年2月号)の続編である。元は同名の人気ビデオゲームだが,前作はブラムハウスの制作のユニークなホラー映画に仕上がっていた。本作に食指を延ばす観客の大半は,それを観ているはずだが,念のため前作をおさらいしておこう。
 舞台は,かつて人気を博したが,既に廃虚化したピザレストランで,オーナーが店も客寄せ用の機械仕掛けの人形たちも解体せず,そのままにしていた。主人公は10歳の妹アビー(パイパー・ルビオ)と暮す夜間警備員のマイク(ジョシュ・ハッチャーソン)で,地元の婦人警官のヴァネッサ(エリザベス・レイル)も時折,内部点検に来る。ある日,侵入者を見つけた人形が覚醒して動き出し,彼らを殺害した。マイクはかつてこの店内で殺害された子供たちに霊が人形に憑依していることに気付く。マイクとヴァネッサは事件の解決に当たるが,その過程で,店のオーナーのウィリアム・アフトン(マシュー・リラード)が連続殺人犯で,ヴァネッサの父親であったことが判明する。題名通り,丁度5日目の夜で物語は終了した。可愛いが恐ろしい人形は,すべてアニマトロニクスで,CGを使っていないことが大きな特徴であった。
 エマ・タミ監督も上記の主要キャストも継続起用されている。映画は1982年から始まり,少女シャーロット・エミリーは,W・アフトンが「フレディ・ファズベアズ・ピザ」の旗艦店に少年を連れ込んで殺害するのを目撃し,自らもアフトンに刺されて絶命した。既にこの段階でいきなり刺される恐怖心を感じ,これが前作で話題になった連続殺人事件だなと分かる。舞台は,それから20年後の2002年に移り,前作から1年半後の設定となっていた。父親に刺されて重傷を負ったヴァネッサの外傷は癒えていたが,心に傷を負っていた。マイクとの仲は友達以上,恋人以下である。前作でも人形たちに話しかけたアビーは,ますます魅了されてマイクに人形修理を依頼する。前作の事件は町中の話題になり,「ファズフェスト」なるイベントが開催されるようになっていた。
 新登場は,超常現象ハンターのリサ,アレックス,ロブの3人組と新しい警備員のマイケルである。彼らは1982年の事件現場を訪れ,シャーロットの霊が憑依した人形を目覚めさせる。さらに何体も起動したが,店内に留まらず,町にも出て行き,騒動を引き起こす……。
 詳しいことは観てのお愉しみとしておくが,とにかく騒々しい映画であった。前作同様,楽しそうで怖い映画路線は継承しているが,既に元のゲームとは無縁の続編である。恐怖の連続であるが,ワンパターンで退屈する。もう少しシンプルなストーリーにして,盛り上げ場所を絞った方が楽しめたと思う。例によって,次に繋がるような伏線が付されているので,まだ続編を作るつもりなのだろう。3作目を製作するなら,名誉挽回作にして欲しい。

■『MERCY/マーシー AI裁判』(1月23日公開)
 予告編を見ただけで,これは当欄でしっかり分析し,語らねばならないと感じた映画だった。原題は『Mercy』で,例によって主人公の名前かと思ったが,少し違っていて,別の固有名詞であった。このハリウッド流はそっけなさ過ぎると,国内公開時の邦題が最低限の補足を加えるのも定番である。キャッチコピーは「人類は,近未来AIに裁かれる」だ。現在の裁判員だけでなく,最終判決を下す裁判官(判事)までAIに委ね,生身の被告人を正式の裁判で裁いて有罪にしてしまう近未来社会の恐怖を描いたSF映画だと想像できた。感情のない機械に自分の一生を判断されてたまうかと思うのが普通で,それを前提にした社会派映画だろう。ただし,考えようによっては,そうした客観的評価の方が,社会的風潮に阿る下級審の裁判長より信頼に足ると思う人もいる気もする。描き方によっては,十分斬新な娯楽映画になる。予告編もそれを予感させた。
 ポイントは2つである。1つめは,AI裁判官と人間の被告とのやりとりが,現時点での最先端生成AIを外挿して描いた「近未来のAI」の描き方が不自然ではないかである。映画としての多少の誇張はあるだろうが,荒唐無稽すぎては駄作で終わる。筆者は,世間一般でいえば,「広義のAI研究者」(現役ではないが,一応「人工知能学会・元理事)である。その経験から,我慢できる範囲のリアリティを有した脚本かを見定めることを役目とした。2つめは,上記に相応しいヴィジュアルであるかだ。予告編はそれを予感させる出来映えであったので,当映画評のメイン記事として扱うことを前提とした。
 舞台は凶悪犯罪が横行する2029年のLAで,主人公クリス・レイヴン(クリス・プラット)はLA市警の敏腕刑事である。同僚刑事レイ・ベールが凶悪犯に殺されて殉職したが,陪審員裁判で犯人が無罪放免となった苦い過去をもつ。彼の提案が採用され,AIによる厳格な裁判を実施する「マーシー裁判所」が設立された。ある日,クリスが目を覚ますと,彼は逮捕され,無機質な拘置所の椅子に座らされ,両手・両足を拘束されていた。容疑は「妻ニコールの殺害」で,クリスの衣服には妻の血痕が付着し,監視映像には殺害直前に彼が自宅のいたことが確認され,不利な証拠が揃っていた。
 対面するスクリーンに登場したマドックスAI裁判官(レベッカ・ファーガソン)はクリスに,無実を主張するなら90分以内に証拠を示す必要があり,さもなくば即刻死刑が執行されると宣告した。ただし,全世界のデータベースにアクセスする権利が与えられていた。彼の有罪確率は97.5%で,これを92%以下に下げないと有罪が確定する。直ちにクリスはマーシーの機能をフル活用して,妻ニコール(アナベル・ウォーリス)が別の男性パトリック・バークと交際していて,アルコール依存症のクリスに相談できないことを打ち明け,離婚を考え始めていたことを知る。さらに,娘ブリットのSNS投稿から,見知らぬ人物が地下室に隠れていたことを突き止めるが……。
 監督はカザフスタン出身のティムール・ベクマンベトフ。あまり名前に言及しなかったが,当欄では『ウォンテッド』(08年9月号)『デイ・ウォッチ』(08年3月号)『リンカーン/秘密の書』(12年11月号)を紹介している。テーマ的にはむしろ,製作を担当した『search/サーチ』(18年Web専用#5)『エジソンズ・ゲーム』(20年3・4月号)の方が近いかと思う。
 AIを司法に導入するなら,複数のAI判事の合議制での判決は不自然であり,AI裁判官は1人が合理的だった。AI裁判官(判事)として登場する(レベッカ・ファーガソン)は,『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(23年7月号)のヒロイン役と『DUNE/デューン 砂の惑星』シリーズの主人公の母役での印象が強い。本作もほぼ準主演であり,感情を抑えたAIエージェント役で存在感を発揮している。一方,主演のクリス・プラットは『GotG』『ジュラシック・ワールド』の両シリーズで押しも押されぬ大スターとなったので,今更紹介の必要もないだろう。彼が主演であり,時間制限があるというだけで,クライマックスはノンストップアクションとなることは目に見えていた。
 AI裁判官と被告人の刑事とのやりとりは楽しかった。社会派映画よりも,娯楽作品の色合いが強いと分かる。では,AI裁判官の出来映えはと言えば,近未来ならこれくらいの応答はするだろうと思わせるレベルであった。最近の生成AIが恰も人間との会話と思えるから,荒唐無稽な脚本にはなっていない。ただし,もはやクリスは絶体絶命と思ったところで,マドックスが何度も助け船を出す。最後に主人公の無実が証明されることは明らかだが,それを途中で露骨に介入するのは興ざめだった。有料のAIツールなら,どんどん親切で手の込んだサポートしてくれるが,AI裁判官が被告の味方になっては公平性に欠ける。ここは,AI裁判官以外にAI弁護士を登場させておいた方が,辻褄は合い,説得力は増したと思う。これはAI機能の問題ではなく,脚本の問題である。
 さて,2つめのポイント,ビジュアル面でCG/VFXの活用度である。予告編を観ただけで,SF映画としては空飛ぶバイクがあり,大量のデータベース検索の結果表示にも見どころは多かった。LEDスクリーンの本格的利用と思われるシーンも多々あった。技術的な新規性は感じなかったが,SF映画としてのビジュアルでは合格点である。ところが,残念なことに,それを解説したしかるべきメイキング映像が見つからない。1月末まで待ったが,画像入りのメイン記事にするだけの目処が立たなかったので,止むを得ず,一旦は文字だけの論評欄に降格移動させることにした。機会を見て,メイン記事に復活させたい。

■『HELP/復讐島』(1月30日公開)
 文句なしに楽しい映画であった。「今年観た中で,最もよくできたエンタメ映画」と言っても嘘ではないが,新年からまだ1ヶ月であるから説得力もない。「予想外に楽しかった」というと,逆に嘘になってしまう。何しろ,この映画について何の情報もなかったので,「予想」の立てようがなかった。原題は『Send Help』だったが,そこに副題に「復讐島」がつくだけでは,題名から常識的な予想と期待を述べる当欄も,「想像力」を発揮できない。
 世界ほぼ同時公開である。映画祭シーズンで,オスカー候補作についても前評判が乱れ飛ぶ中で,本作は時期的に選考対象外であるから,噂すら聞いたことがなかった。当日の試写会場で手渡されたプレス資料中には,登場人物(+俳優名)とキャストが各4名書かれているだけで,Production Notesは全くない。1枚ものチラシには,「パワハラ“クソ上司”と無人島で二人きり!?」「『死霊のはらわた』『スパイダーマン』のサム・ライミ監督が仕掛ける予測不能なノンストップ《復讐エンターテイメント》開幕」とあるだけだった。
 せめてサム・ライミ監督の経歴を少し詳しく紹介しておこう。低予算の監督デビュー作『死霊のはらわた』(84)が大成功を収め,今なお「史上最高のホラー映画の1つ」とされている。その後,約40年間でたった15本しか映画を撮っていない。じゃ,何をしていたかと言えば,製作担当が約30本あり,『死霊の…』と同系列や亜流と言えるホラーばかりだ。即ち,彼はカルト的人気を誇るホラー界の寵児である。その監督&製作履歴の中で,『スパイダーマン』3部作(02〜07)は全くの異色作であった。
 本作は,別の意味での異色作『オズ はじまりの戦い』(13)以来,久々の監督作品かと思ったのだが,MCU28作目『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』(22年Web専用#3)の監督が彼だったのを忘れていた。どうやら急な監督降板があり,「マッドネス」を表現するため,緊急登板を要請されたようだ。
 本作は上記のいずれとも異なるジャンルで,強いて言えば「サバイバルコメディ」である。主人公のリンダ・リトル(レイチェル・マクアダムス)はコンサル会社の戦略企画部で働く有能な女子社員だった。女性らしい優雅さは全くないが,上昇志向満々で,創業者社長からは次期副社長への昇進を約束されていた。ところが,彼が急逝すると,2代目社長になった息子のブラッドリー・プレストン(ディラン・オブライエン)は彼女の粗野な態度を嫌い,昇進約束を反故にした。ある日,重要案件のため,バンコク出張への同行を求められ,会社幹部らとリンダの5名が社用機でタイに向かう。ところが,エンジントラブルで飛行機は墜落し,無人島に漂着する。生き残ったのは,リンダとブラッドリーの2人だけだった。「パワハラ“クソ上司”」からはもっと年長の中間管理職を想像してしまったが,クソではあるが,すべての権力を握る会社のトップであった。
 サバイバル番組好きだったリンダは,ロビンソン・クルーソー並みの無人島生活に抜群の適応力を発揮する。飲料水や食料の調達から仮設住居の建設まで,驚くべき手際良さは一見に値した。足を怪我して歩けないブラッドリーは,相変わらず傲慢な上から目線でリンダに接する。やがて立場が逆転していることを自覚し,彼はリンダに擦り寄る。ここぞとばかり,復讐計画を立てたリンダに,果してどういう結末が待ち受けているのか…。
 この監督のストーリーテリング力は抜群で,コメディセンスもある。ホラーであれ,ミステリーであれ,大抵の映画で,数パターンの結末を想像できるが,本作は全く予測不能だった。R・マクアダムスと言えば,SF恋愛劇『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』(14年10月号)での愛らしい笑顔を今でも覚えている。さすがに容色は衰えたなと思ったが,それは前半だけだった。無人島での活躍辺りから俄然美しくなり,実年齢47歳には見えない。そこでブラッドリーと恋愛関係になって玉の輿に乗るのでは,復讐劇にならない。かと言って,アカデミー賞助演女優賞ノミネートされた『スポットライト 世紀のスクープ』(16年4月号)の女性記者のような凛々しく正義感の強い女性では,コメディにならない。
 という訳で,この監督が選んだ意外性があり,かつ鮮やかな落し所を楽しんでもらいたい。映画賞とは無縁だが,誰もが愉しめる純然たるエンタメである。余談であるが,スーパーヒーロー映画数本を手掛けただけあって,サム・ライミ監督はCG/VFXの使い所も熟知している。社用プライベート・ジェット機の墜落シーンや,島で遭遇するイノシシのCG描写のレベルは高かった。

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