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O plus E 2022年Webページ専用記事#3
 
 
ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C)Marvel Studios 2022
 
  オフィシャルサイト [日本語]    
  [5月4日より全国映画館で公開中]   2022年5月6日 109シネマズ港北
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  ポスト・アベンジャーズ路線の中心的存在か?  
  早いもので,VFX映画史に輝かしい足跡を残したMCU (Marvel Cinematic Universe)もこれが28作目だ。大きな節目であった『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年Web専用#2)が22作目であったから,その後,既に6作目である。個々のスーパーヒーローの単独主演作に戻った半面,新たなヒーローも登場させて, MCUの宇宙はどんどん膨張しているが,そろそろ「ポスト・アベンジャーズ」の柱となる存在が見えてきてもいい頃だ。
 元は天才外科医で,交通事故に遭った後,魔術師に転身したドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が本作の主人公だが,単独主演作はまだ2作目である。第1作『ドクター・ストレンジ』(17年2月号)からは,もう5年半近くも経っている。そんなに空いた感じがしないのは,この間に多数のMCU作品に登場していたからだろう。『マイティ・ソー バトルロイヤル』(17)で魔術の威力を披露した後,アベンジャーズ・チームに加わり,『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18年Web専用#2)『同/エンドゲーム』でも存在感を示した。記憶に新しいのは,MCU27作『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』(22年Web専用#1)では準主役であり,物語を左右する大きな役割を果たしていたからだ。
 もう少し具体的に言うなら,アイアンマン=トニー・スターク社長に代わって,スパイダーマン=ピーター・パーカーの保護者的な役目で登場した。そして,魔術で人々からピーターの記憶を消そうとして失敗し,マルチバースの扉を開いてしまった。題名から分かるように,本作はそのマルチバースを前面に押し出している。即ち,このMCU-27とMCU-28はほぼ同時に製作された一対の作品であり,Dr. ストレンジに「ポスト・アベンジャーズ」の中心的役割を担わせようとしている気配も感じられる。
 本作が28作目というのは劇場公開映画分だけであり,昨年以来,Disney+経由で数シリーズが製作・配信されている。そして,MCUの大成功とともに,米国内は元より,日本でもコミック原本の人気も急上昇し,旧巻の復刻もなされている。ビデオゲームやグッズ販売も好調なようだ。こうなると,マニアックなファンが増えるのも当然であり,多数のマーベル・ヒーローたちの登場や,彼らが交錯する作品群を望む声が多くなる。映画製作側もそれに応えるべく,どんどん登場人物を増やしている。各映画のミッドクレジットやポストクレジットで,次回作の登場人物を予告して関心を引く手口はご存知の通りだ。
 MCU新作のキャストの発表や予告編の公開時には,ネット上では内容の予想記事が現われる。完成披露イベントや映画公開後には,トリビアやネタバレに関する投稿もかなりの数になっている。当映画評は,そんなマニアックなレベルで張り合うつもりはないので,詳細な内容紹介や分析はそうしたサイトに任せる。ここでは,当欄での紹介を当てにされている愛読者のために,最低限の事前情報提供とVFX視点からの論評に留める。このため,以下では物語途中に登場する人物に言及する等,若干のネタバレがあることを断っておきたい。
 
  多元宇宙を前面に打ち出して, ホラー映画風の味付けに  
  B・カンバーバッチをはじめ,前作の主要登場人物はそのまま同じ俳優が演じている。ところが,監督がスコット・デリクソンからサム・ライミに替わった。しばらくこの監督の名前を聞かなかったが,最近は製作側に回ったり,TVシリーズが中心だったようで,劇場用長編映画のメガホンは『オズ はじまりの戦い』(13)以来である。とはいえ,トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』3部作 (02, 04, 07)の監督であったから,マーベル・ヒーローとの縁は深い(ただし,当時はまだMCU扱いはされていなかった)。何やら,マルチバースの扉が開き,ピーター・パーカー役の俳優だけでなく,監督までやって来た感じだ(笑)。

【マルチバースとその位置づけ】
「マルチバース (Multiverse)」とは,“Multiple Universes”の略であり,理論物理学でも用いられる概念・用語で,マーベル・コミック内でもしばしば使われてきた。従来は「多元宇宙」と呼ばれていて,第1作の字幕でもそうなっていたのに,ここに来て急にカタカナ表記されるようになったに過ぎない。SF作品では「異次元空間」「パラレルワールド」とほぼ同じ意味で使われる。本来の物語が展開する世界とは別に,酷似したほぼ同等の世界(宇宙)が存在すると考えるのだから,SFにとっては極めて好都合な概念だ。異空間からの到来者で物語展開を面白くするのにも,一旦死んだヒーローを蘇らせるのにも使える。同じ主人公で別シリーズを始める場合にも,別の時間軸だ,別世界での出来事だという言い訳もまかり通っている。
 MCU-27『…ノー・ウェイ・ホーム』では,3つの『スパイダーマン』シリーズを別宇宙と考え,かつての主演俳優を登場させるという楽しいサプライズがあった。本シリーズはまだ2作目だからそれはなく,同じB・カンバーバッチが演じるDr.ストレンジが,別の価値観をもつ他の宇宙にも存在しているという設定だ。彼らを区別するために「ディフェンダー・ストレンジ」「スプリーム・ストレンジ」「シニスター・ストレンジ」と呼ばれていて,観客が見分けられるよう衣服や髪型を少し変えて登場させている。
 用語に関しても触れておくと,魔術の禁断の書「ダークホールド」の力により,別宇宙の自分の身体に乗り移ることを「ドリームウォーク」と呼んでいる。本作では,この言葉が頻出している。

【監督交替とその影響】
 副題の「マルチバース・オブ・マッドネス」から,どんな「狂気 (madness)」が描かれるのか,少なくとも明るく楽しい物語ではないと予想できた。実際は,狂気というより,むしろホラー風の味付けであった。「ファンタジー・ホラー」と評している記事もある。思い起こせば,サム・ライミ監督の長編デビュー作は『死霊のはらわた』(81)であり,ホラー分野で名をなした監督である。
 本作は,既に企画が進行している段階で監督交替があったようだから,初期のホラー経験が買われてのことだろう。既にあった脚本に,監督得意のホラー映画風の描写を追加したことも大いに有り得る。さりとて,MCUの基本はスーパーヒーロー映画であり,恐怖心を煽る本格的なホラー映画ではない。暗く荒廃した世界や死人やゾンビが登場するシーンが登場するだけである。
 個人的には,この大作を余り好きになれなかった。誰が何の目的でマルチバース間を移動しているのか,把握するのに精一杯で,物語を楽しめない。いや,物語自体が面白くなく,ワクワクもしない。MCU全体のレベルが高いゆえ,相対評価で評点は低めにした。

【登場人物と必要な予備知識】
 MCU過去作や関連のDisney+配信作とも密接な関係にあり,それらを熟知しているほど楽しめるようになっているが,根っからのファンである必要はない。『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(22年Web専用#3)ほど不親切ではないので,あまり予習・復習せずに観ても,物語の展開は理解できる。それでも,当欄をざっと読んでから映画館に出かけようという読者のために,最小限の予備知識を記しておこう。
 Dr. ストレンジの他は,3人だけ意識しておいてもらいたい。まずは,魔物とのバトル時にいきなり登場するウォン(ベネディクト・ウォン)だ(写真1)。盟友であることはすぐに分かるが,ストレンジが修行を積んだカマー・タージ寺院の書庫の管理者であり,第1作目から登場していたアジア系の魔術師であることは知っておいた方が良い。ネパールのカトマンズにある修行場カマー・タージ自体も物語の途中や最後に登場する(写真2)。兄弟子でお目付け役であったモルド(キウェテル・イジョフォー)も顔を見せるが,覚えていなくて差し支えない。熱心なファンは,写真1の右端にいる牛の姿の修行僧にも気付くだろうが,この辺りがマニア向けの小細工である。
 
 
 
 
写真1 Dr. ストレンジと盟友のウォン 
 
 
 
 
 
写真2 修行場のカマー・タージが襲われる
 
 
  意識する2人目は,Dr.ストレンジの夢に登場し,続いて市中でタコのような魔物に襲われる少女だ(写真3)。多元宇宙間を自由に移動できる特殊能力を持ったアメリカ・チャベスなる少女で,名前通りに星条旗を模したデニムのジャケットを着ている。これが初登場だから,予備知識は不要で,素直に観ていればよい。演じているのは子役出身の若手女優ソーチー・ゴメスで,まだ16歳(出演時は14〜15歳)だ。本作で注目され,今後様々な作品に起用されることだろう。
 
 
 
 
写真3 新登場の少女アメリカ・チャベス 
 
 
  さて,最も注目し,事前知識が必要なのは,アベンジャーズの一員で,最大級の破壊能力をもつワンダ(エリザベス・オルセン)だ。『…ノー・ウェイ・ホーム』のミッドクレジットで本作への登場が予告されていた通り,物語を左右する大きな存在である(写真4)。困ったことに,Disney+配信の『ワンダヴィジョン』(21年3・4月号)を観ていないと,彼女の行動の意味が理解できない。最低限,当映画評の解説記事を読んで,同シリーズの大半は彼女が創り出した仮想都市ヘックス内での出来事であり,最後にヘックスを消滅させたため,最愛の夫ヴィジョンも双子の息子トミーとビリーも失ってしまったことを知っておきたい。そうでないと,別宇宙で息子たちと暮らすことを切望する理由が不明のはずだ。この機会にDisney+への入会を勧めるための方策だとしたら,かなりの高等戦術だ。
 
 
 
 
 
 
 

写真4 本作では脅威の存在となるワンダ(上:麻原彰晃顔負けの空中浮揚)

 
 
 その他では,クリスティーン(レイチェル・マクアダムス)がDr.ストレンジの元恋人であったことは,すぐに分かる。一方,コミック原本に再三登場するヒーロー達の秘密結社「イルミナティ」がMCUでは初登場となるが,詳しくは語られていない。内4人のメンバーは,名前も分からない内に,ワンダに簡単に倒されてしまう。今後の作品のための顔見せであり,また別宇宙で復活させればいいと考えているのだろう。
 そうそう,この秘密結社の長老として,『X-MEN』シリーズの重要人物が登場する。『LOGAN/ローガン』(17年6月号)を最後に引退と報じられていたから,嬉しいサプライズだ。これも別宇宙ゆえに,辻褄合わせもなしに再登場させることができる訳だ。

【魔術パワーとCG/VFX】
 もはやMCUとしては定番で,驚くに値しないが,かなりの量のCG/VFXシーンが登場する。さほど斬新な使い方はなかったが,それでも「ファンタビ」シリーズよりは,魔術・魔法のバラエティに富んでいる。目ぼしいシーンを拾ってみよう。
 ■ オープニングシーケンスで躍動感のあるCG/VFXを見せて観客の心を掴むのが最近の傾向だが,本作は少し違った。物語の始まりは『…ノー・ウェイ・ホーム』の数ヶ月後で,Dr.ストレンジが悩まされる悪夢から始める。これは夢ではなく,別世界の出来事であることは後で分かるが,本作の暗さを予告するVFXシーンだ。続いて,クリスティーンの結婚式中に,市中ではアメリカ・チャベスがタコ足の魔物に襲われるシーンが展開する。ストレンジとウォンが魔物を倒すバトルシーン(写真5)はなかなかの見もので,これが冒頭シーケンスの埋め合わせだろう。とりわけ,ストレンジが赤いマントを脱ぎ,空飛ぶ絨毯のように使ってチャベスを救うシーンは,スーパーヒーローものの面目躍如たるVFX演出だ。
 
 
 
 
 
 
 

写真5 上:市中で暴れるタコの巨大怪獣,下:得意のエルドリッチ・ライトで対抗

 
  ■ これまでのMCUの正史が描かれていた基本世界(地球)は「アース616」と呼ばれている。本作で登場する主たる別世界は「アース838」だそうだ。しっかり観ていないと,どちらの世界での出来事か混乱する。ワンダがカマー・タージを襲うのはアース616であり,イルミナティのメンバーを殺害するのはアース838のようだ。勿論,いずれでもCG/VFXはふんだんに登場する。さらに,シニスター・ストレンジが支配する別世界(名前は不明)があり,いかにも荒廃したホラー世界だ(写真6)。ビルの倒壊シーンなど,今や珍しくもないが,出来は悪くない。ただし,第1作に登場した都市空間が折り畳まれる“Mirror Dimension”ほど斬新なシーンではない。
 
 
 
 
 
 
 

写真6 シニスター・ストレンジが支配する別世界

 
 
  ■ 基本世界に戻ったDr.ストレンジが強大なワンダのパワーに対抗するために採る手段に,思わず笑ってしまう。何と,別世界からやってきたディフェンダー・ストレンジの死体に憑依して戦う。ある種のゾンビで,顔は朽ち果てたミイラのようだ。特殊メイクではなく,B・カンバーバッチの頭部CGモデルに彼の表情演技をFacial Captureしたデータを重ねている。本作のCG/VFXの最大の見どころだ(そのスチル画像がないのが残念!)。『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(01年7月号)では,Displace Mappingで描いたCG製のミイラに感激したものだが,今昔の感がある。このゾンビ・ストレンジは悪霊を操って戦う(写真7)。その彼が阿修羅か千手観音のような姿になるのはご愛嬌だ(写真8)
 
 
 
 
 
写真7 死体に憑依して悪霊たちを操る 
 
 
 
 
 
写真8 ゾンビ化した上に,これじゃまるで千手観音
(C)Marvel Studios 2022
 
 
  ■ ちょっと嬉しいことに,本作は全国の多数の映画館で「IMAX 3D」「IMAXレーザー3D」「MX4D・3D」等の方式で上映されている。米国ならMCUクラスの大作は3D上映が当り前なのに,この数年間,日本では3D上映がほぼ姿を消していた。3D映像データがあるのに3D上映をしないのは,その分,入場料が高くなり,観客数が減ると日本の映画興行界が短絡的に考えていたからだと思われる。そこにようやく風穴が開いた思いだ。今回,ディズニー配給網が3D上映の再開に踏み切ったのは,年末公開の『アバター2』に向けて,予行演習と地慣らしをしておこうという計算からかもしれない。
 残念ながら,3D上映があるシネコンまで行く時間がなかったため,筆者は2Dで済まさざるを得なかった。それでも,3Dなら見応えがあるはずだと感じたシーンが随所にあった。写真5のタコ怪獣が暴れるシーン,写真7の悪霊を操るシーンはその典型である。
 本作のCG/VFXの主担当はSony Pictures Imageworksだが,Weta Digital, Luma Pictures, ILM, Framestore, Digital Domainからもそれに近い数のCGアーティスト,VFX技術者が参加し,さらにTRIXTER, Spin VFX, Capital T, Clear Angle Studios, Crafty Apes等も名を連ねている。VFXシーンの質及び量がトップレベルであることは言うまでもない。

 
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