O plus E VFX映画時評 2024年3月号掲載

その他の作品の短評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『伯爵』(配信中)
 アカデミー賞ノミネート作の紹介記事積み残し分である。既に昨年9月15日からNetflixで独占配信中だが,撮影賞部門のノミネート作で,有力候補とされている。例によって,題名からどんな映画なのか予想しようとしたが,流石にこのシンプルな表題だけでは想像がつかなかった。そこで,少しずつヒントを得ながら,テーマと展開を推測することにした。ネット配信であるから,小説のように一時停止や戻ることもできるので,このやり方で楽しめた。本作の場合,読者諸兄にも本稿を小出しで読みながら,次なる展開を想像して観賞することをお勧めしたい。
 最初に得た情報は,スペインの名匠パブロ・ラライン監督によるダークコメディとのことだった。近年の『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(17年4月号)や『スペンサー ダイアナの決意』(22年9・10月号)では,実在の大統領夫人や皇太子妃の知られざる一面を描いていたので,本作も著名な「伯爵」をダークな視点から描き,実像に迫ろうとしていると予想した。
 物語の早々から,マリー・アントワネットのギロチン刑のシーンが登場する。となると,18世紀の「伯爵」の物語なのか。次に得た情報は,主人公は孤児院出身のクラウド・ピノチェトなる吸血鬼で,実在の人物に深く関係しているとのことだった。となると,誰もが知っている「ドラキャラ伯爵」のことなのか? 彼は実在の人物でなく,場所も東欧のトランシルヴァニアのはずだ。ピノチェトは聞いたことがある姓で,南米チリの大統領だが,1970年代から20年弱,チリを強権で支配した独裁者だ。名前もアウグストで,場所も時代も合わない。
【驚くべき展開1】処刑を傍観していたクラウドは,墓を掘り返してアントワネットの血をする。彼は吸血鬼らしく不老不死で250年間生き,名前を変えて南米チリに現れ,兵士となった。クーデターを起こして大統領になり,チリに繁栄をもたらした。自らも大富豪になり,「伯爵」と呼ばれた。大統領が吸血鬼に噛まれて吸血鬼になったのでも,タイプワープしたのでもなかった。政権から降りてからも「偽装死」して,現代も隠遁生活を送っていた。
【驚くべき展開2】彼は生きることに疲れ,「永遠の命」を手放す決意をしたが,普通人として育った5人の子供たちは,引退を認めず,もう一働きさせようとした。膨大な財産の整理に会計士のカルメンを雇ったが,彼女はローマ教会から派遣された悪魔祓いのエクソシストだった。美しいカルメンに恋をしたアウグストは,彼女に噛みついて生き血を吸い,カルメンを吸血鬼にしてしまう。この辺りが最大の見せ場だった。
【驚くべき展開3】突然,アウグストの母親の吸血鬼が登場する。この人物こそ,超有名な政治家だった。驚いた。ここでは彼女の名前は伏せておくので,誰なのか想像を楽しんで頂きたい。そして,2人で反革命を貫いて生き続けることになる。物語は荒唐無稽,支離滅裂だった。いやはや困った映画で,面白いが,精神的に疲れた。ヴェネティア映画祭では最優秀脚本賞を受賞しているので,フランス人たちはこういう物語が大好きらしい。
 監督はチリの政治家一族の出身ゆえに(今もチリ国籍),たっぷり風刺を利かせているようだが,チリの政治事情はよく分からなかった。コメディタッチでありながら,欧州や南米の政治や社会情勢についての深い知識がないと楽しめない。ただのパロディ映画ではない。ただし,一番美味なのは深みのあるイギリス人の血だが,ピノチェトは止むを得ず,酸味のある犬の匂いがする南米の労働者の血を吸ったと言い訳している。
 映像的には,99%モノクロ映像だった。凛々しく美しい映像であるかと思えば,ダークで陰鬱なムードの映像も登場する。遠近法を強調したアングルもあれば,模型やマット画を多用した特撮もしばしば登場する。さすがオスカー・ノミネート作だ。吸血鬼ドラキュラが蝙蝠のように飛ぶことは知っていたが,本作の吸血鬼は,まるで「ス−パーマン」のように大空高く長い距離を飛行する。VFX担当として数社の名前があったが,よく知らないスペインのスタジオばかりだった。

■『ARGYLLE/アーガイル』(3月1日公開)
 この題名から誰もが思い出すのは,菱形と細い線の組み合わせが並ぶ伝統的なデザイン模様で,セーターや靴下でよく使われている。本作では,英国の女流作家エリー・コンウェイ作の人気スパイ小説「アーガイル」シリーズの主人公の秘密諜報員の名前であり,DCEUで「スーパーマン」を演じたヘンリー・カヴィルが配されている。この主人公がアーガイル柄のセーターを着ている訳ではない(靴下までは見なかった)。監督は『キングスマン』シリーズのマシュー・ヴォーンで,本作は新たな3部作の第1作とのことだ。かつてH・カヴィルが007の有力候補であったことからも分かるように,過去のスパイ映画のパロディシーンをたっぷりと盛り込んだ贅沢なアクションコメディである。
 アーガイルを誘惑する美貌のスパイ,ルグランジェ(デュア・リパ)との激しいチェイスシーンから映画は始まる。その後,ロンドンを起点に,夜景が美しい香港,フランスの葡萄園での敵との攻防が見もので,終盤の大型タンカー内でのオイル上でのスケートシーンまで目が離せない。ヴィランは,悪の組織「ディヴィジョン」を率いるリッター長官(ブライアン・クランストン)と「秘密の番人」サバ・アル=バドル(ソフィア・ブテラ)で,彼らが狙う機密データの確保に元CIA副長官のアルフレッド・ソロモン(サミュエル・L・ジャクソン)と敏腕スパイのエイダン(サム・ロックウェル)が立ちはだかる……。かなり豪華なキャスティングである。
 という風に書くと,いかにもありそうなスパイ映画で,M・ヴォーンらしい一捻りがあると予想するのが普通だ。この監督の捻り技は,そんなに単純ではなかった。そもそも,原作小説が実在する訳ではなく,ブライス・ダラス・ハワードが演じる小説家エリーが本作の主役で,アーガイルが活躍するスパイ小説が劇中劇,即ち「架空の世界」なのである。ところが,第3巻まで発行された「アーガイル」シリーズの内容が余りにもリアル過ぎて,エリーは本物の悪人集団「ディヴィジョン」に命を狙われ,そこに助けに入ったのがエイダンだという設定である。即ち,エリーとエイダンの冒険活劇が映画中での「現実世界」での出来事であり,この危機が最後まで続く。
 そのように「現実」と「架空」を切り分けられれば楽だったのだが,随所でこの両者が交錯し,中盤以降,エリーは驚くべき「現実」の前に晒される。いやはや手の込んだ脚本だ。景観や衣装やパロディで楽しませながら,ストーリーで観客を幻惑するエンタメ映画なのである。
 随所でCG/VFXが使われていて,物語を盛り上げている。エリーの飼い猫アルフィーは本物とCGの両方だろう。大型タンカーは勿論CG だ。その中でのオイルスケートのシーンはどうやって撮ったのか分からなかった。プロのスケーターの起用だろうが,かなり太めのB・D・ハワードに体形がそっくりのスケーターがいるとは思えず,どんなVFX加工で実現したのか見当がつかない。
 音楽も特筆に値した。劇中で3度同じ曲が流れる。ポール・マッカートニーが本作用に書き下ろした新曲かと思ったら,ジョン・レノンが遺したテープをデジタル加工して生まれたビートルズの最終曲“Now And Then”だった。昨年聴いた時は凡曲だと感じたのだが,この映画には見事にフィットしていた。オリジナル曲では,Ariana DeBoseが歌うエンドソング“Get Up And Start Again”が素晴らしい。誰もが007映画の主題歌と思う曲調で,ここまでのパロディは見事の一言に尽きる。

■『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』(3月1日公開)
 Little Richardの名前を聞いて,すぐ答えられる日本人はそう多くない。ロック好きの音楽ファンなら名前は知っていても,彼のヒット曲名まではすぐに出て来ない。Chuck Berryと並ぶ「ロックンロールの創始者」の両巨頭であることは,『リバイバル69 伝説のロックフェス』(23年10月号)でも触れた通りだ。音楽好きとして早熟だった筆者は小学生の頃から聴いてして,ヒット曲名をスラスラ言えるが,レコード盤は1枚も持っていなかった。当時はラジオで聴いて覚えるのが普通で,レコードを買える年齢になっても,行きつけのレコード店に置いていなかったので,Elvis Presleyばかりを買っていた(後年,CDで購入)。この伝記ドキュメンタリーで語られる彼の人生は今回初めて知った。そんな個人情報は伝わって来なかったし,歌さえ聴ければ十分だった。歌はChuck Berryよりも数段上手かった。
 1933年2月米国ジョージア州メイコン生まれなので,Elvisより2歳,John Lennonより7歳年長である。南部の黒人家庭の12人兄弟であれば,貧困や差別は当たり前の時代だったが,1950年代後半からヒット曲を連発し,頭角を表わす。2020年5月に87歳で鬼籍に入るまでの自由人としての生涯が編年体で分かりやすく綴られ,本人や多数の関係者の証言,グラミー賞受賞,ロックの殿堂入りまで,フルコースの優れた伝記映画だ。中でも驚いたのは,早くからゲイであることを公言し,女装して舞台で歌っていたという事実だ。初めて顔写真を見た時は既に口髭を生やしていたので,全く知らなかった。親しいDJの1人も知らなかったというので,当時は殊更取り上げることはなく,この伝記映画でそれが明らかにされるのも,時代の変化なのだろう。危険人物されないよう女装したという発言や,「ゲイは止めた」と言い出して,ゲイ仲間を驚かせるエピソードも興味深い。
「ディランもビートルズもストーンズも。ツェッペリンもボウイもプリンスも!JBもジミヘンも,そしてプレスリーまでもが…」なるキャッチコピーで彼の功績が讃えられているが,最も影響を受けたのはポール・マッカートニーとミック・ジャガーだと思う。そのことは,サントラ盤ガイドのページで詳しく語ることにしよう。

■『52ヘルツのクジラたち』(3月1日公開)
 一体何だろうと思わせる魅力的な題名だ。原作が本屋大賞受賞作となると,過去の例から「外れ」はまずない(後述)。主演がお気に入りの若手演技派女優・杉咲花なら,昨年暮れの『市子』(23年12月号)に勝るとも劣らない演技を期待してしまう。加えて,監督が『孤高のメス』(10年6月号)『八日目の蝉』(11年5月号)『銀河鉄道の父』(23年5月号)の成島出監督となると,見事なヒューマンドラマであることが確約されたようなものだ。「52ヘルツのクジラ」とは,高音過ぎて他のクジラに聴こえない鳴き声を発する特異なクジラで,誰にも言えない悩みを抱える主人公たちになぞらえている。「声なき声を届け,観る者の心に寄り添う映画」だというので,結末に涙する感度作に違いないと思われた。試写を観る前から,来年の日本アカデミー賞の最有力候補で,複数部門で受賞するのではと,勝手に想像してしまったほどだ。
 結論を先に言うと,堪え難いほどの不快感を感じた映画で,予想に反して全く感動しなかった。期待が大き過ぎたため落差が激しく,それを割り引いても,高い評価は与えられない。変則であるが,素直な紹介記事ではなく,なぜ受け容れ難いのか自己分析することにした。原作にほぼ忠実な物語展開であり,既に原作小説の解説や感想はネット上で多数見られるので,以下ではネタバレも含んで,登場人物の位置づけと特長のみを記す。
 主人公は,亡き祖母が暮した港町に引っ越してきた若い女性・三島貴湖(杉咲花)とこの町で出会った少年(桑名桃李)で,心に傷をもつ2人が心を通わせる。3年前,貴湖は母親(真飛聖)から再婚相手(即ち義父)の介護を押し付けられ,全ての自由を奪われた毎日だった。それを救ってくれたのが親友の牧岡美晴 (小野花梨)と同僚の塾講師・岡田安吾(志尊淳)だった。安吾は献身的に貴湖の身を案じてくれるが,友達以上の関係にならず,貴湖は恋人・新名主悦(宮沢氷魚)を作って同棲する。功利的でDV男の主悦は逆玉の縁談に乗って,貴湖には愛人関係を強要した上に,安吾の素行調査をして「トランスジェンダー男性」であることを暴く。絶望した安吾は遺書を残して自殺する…。一方の少年は,母親・琴美(西野七瀬)から「ムシ」と呼ばれ,凄惨な虐待を受けていた。琴美は他人に「自分には子供はいない」と言い放つ非情な女で,筆者がこれまでに観た何千本の映画の中で,「最も嫌な女」「救い難い人間」であった。  原作小説の感想の投稿は多数読んだが,概ね「何度読んでも泣けた」「コロナ禍の中で心が救われた」等の肯定的な意見だった(そういう人が投稿するのだが)。その一方で,「スラスラ読めるが,文体が軽過ぎる。登場人物の描き方が乱雑」「複雑な人間関係を詰め込みすぎ。表層的で深みがない」との評価も見られた。この映画の他誌の評価や感想は(意図的に)まだ読んでいないが,筆者が不快感を強く感じた理由が2つあると自己分析した。
 1つは,嫌な人間を登場させ過ぎで,それが強烈な印象で迫って来る。小説だと読者が自己流に想像できる余地があるが,映画だと表情あり,激しい口調で押し付けられるので,逃げ場がない。DVや幼児虐待は多数の報道で知っていても,これだけの分量となると,感動の結末に至る前にノックアウトされる。入場料を払って,こんな嫌なものを観たい観客がいるのかという気になった。
 もう1つは,トランス男性の描き方だ。メイン欄の『ニモーナ』と同様,LGBTQを登場させるのは流行とも言える現状だが,原作からそうであるから,こちらは監督に逃げ場がない。安吾は単に心優しい男性として描いてもいいはずで,貴湖と結ばれない理由づけが要るなら,余命僅かの難病か生殖能力なしで済んだのに,トランス男性にしたことでリアリティが減じている。映画化に際して,本物のトランス男性俳優を見つけられなかったので,細身の男優を起用したのだろうが,長身過ぎて不自然だった。男勝りに感じる女優を配した方がベターだったと思う。この点でも,本作は原作小説を映画化する難しさを克服できていなかったと感じた。
[注]「本屋大賞」は発足後,昨年で20回になるが,本作の受賞時までの18年分で,大賞受賞作の映画化は14件あり,内11件を当欄で紹介している。第1回の『博士の愛した数式』(06年3月号)から第18回の『流浪の月』(22年Web専用#3)の10本の評価は,が5本で,が2本であった。いかに本作にも期待したかが,分かって頂けるだろうか。

■『愛のゆくえ』(3月1日公開)
 北海道の大自然をバックに孤独な少年と少女の心の喪失,成長,再生までを描いたヒューマンドラマだ。こちらも,かなり個性的で,奇人変人も登場するが,上記『52ヘルツ…』を観た後だったので,さほど不快感は感じず,2人の再出発を素直に祝いたい気分になった。こちらの2人には年齢差はなく,同年齢の幼馴染みである。
 物語は宗介(窪塚愛流)と愛(長澤樹)の2人の14歳から始まる。元々,母親同士が大の仲良しの親友であった。6歳の時,宗介の父が交通事故死し,母・夏美(林田麻里)は心を病んで,宗介を突き放してしまう。止むを得ず,愛の母・由美(田中麗奈)が宗介を引き取り,ずっと独りで子供2人を育ててきた。親友とはいえ,そこまでするのかと思うが,そういう人間関係が前提の映画なのだと理解した。親切だが,少しお節介な由美は何かと宗介を構うが,反抗期の宗介と喧嘩になり,宗介は家を出てしまう。心配して彼を探しに出た由美は,深い雪の中で倒れ,帰らぬ人となってしまう。自分の責任だと感じた宗介は,大きな喪失感に苦しむ。
 母を失った愛は東京の父の家に住むことになるが,この父も変わり者で,自宅はゴミ屋敷であった。由美は不良少年の徹(兵藤功海)と知り合い,彼の庇護の下,必死で学生生活を送る。思わず,この徹もトランス男性ではないかと疑ってしまったが,流石にそれはなかった(笑)。愛人宅に移るという父と別れた由美はホームレスとなり,浮浪者たちと共同生活を送る。そこから先は,想像もつかなかったファンタジーの世界となる。不思議な郵便配達人が登場し,亡き母からの手紙を届ける。雪の中を渡し舟で進み,目が覚めると北海道だった。実家に戻ると,母親の姿をした宗介が待っていた……。
 監督・脚本は北海道出身の宮嶋風花で,これが商業映画のデビュー作である。芸術学部美術学科の卒業制作の『親知らず』が,若手映像作家発掘のコンペでグランプリを受賞し,本作に至ったという経歴である。自分の半自伝的映画として脚本を書いたというが,どこまでが実際の経歴なのだろう? 由美は母親の実名だから,若い頃に母を亡くしたことは事実のようだ。ここまで壮絶な半生だったのか,ホームレスも実体験なのか? 宗介なる存在は全くのフィクションなのかが気になった。
 美術学科出身らしく,手書きの絵やアニメが何度も登場する。蛙とおたまじゃくしがそのモチーフとなっていて,メルヘン的な香りと深い雪が印象的だった。芸術映画の域には達していないが,娯楽映画ではない。映画人を育てる練習問題の感じがしたが,鋭い感性と表現力があると人材と思われ,今後が楽しみだ。若手俳優2人の演技も瑞々しく,こちらも将来性を感じた。

■『DOGMAN ドッグマン』(3月8日公開)
「ドッグマン」とは何のことなのかと思った。仏映画だから「戌年生まれの男」の訳はなく,犬の飼育係なのか,ペット犬の取引業者なのか…。メイン画像を見ると上目使いの人相の悪い男が主人公で,公式サイトには女装した男に犬の顔が半分被さっている。これはホラーか,サイコパスやLGBTQ映画か,それとも犬がゲイ男性に変身する怪奇ファンタジーなのか,どう考えても愛犬家のための心温まる犬映画ではなさそうだ。スキップしようかと迷った挙句,監督名を見たら,仏映画の巨匠リュック・ベッソン監督ではないか。それじゃ観ない訳に行かない。『トランスポーター』『96時間』の両シリーズ等のプロデューサー業に熱心だが,調べてみると,近年の3作は『ANNA/アナ』(20年Web専用#3)『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』(18年3・4月号)『LUCY/ルーシー』(14年9月号)の順で,いずれも当欄で取り上げていた。どれもしっかりエンタメ映画である。キャッチコピーは「規格外のダークヒーロー爆誕」で,この巨匠の娯楽映画に外れはないと信じて,じっくり観ることにした。
 深夜に警察の検問に止められたトラックには,運転席に負傷した女装の男性が,荷台には多数の犬が乗っていた。夜中に拘置所に呼び出された精神科医に対して,自ら「ドッグマン」と名乗る男(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)が自分の半生を語り始める。
 彼の本名はダグラスで,闘犬で生計を立てる暴力的な父と嫌みな兄に虐待を受け,数年間犬小屋暮しを強いられていた。母が逃げ出したことに逆上した父親がダグラスに発砲する。彼は指1本を失い,跳ね返った銃弾で脊髄を損傷し,下半身不随の身となってしまう。逮捕された父と兄が死んだ後,養護施設を経て大人になったダグラスは車椅子生活を送りながらドッグシェルターで働く。このシェルタ―が廃止されたため,犬全部を引き取って廃校で暮すが,犬たちを食べさせるため,犬を操って富豪の家から金品を盗ませる。被害者が雇った保険会社員に盗みがバレてしまい,ダグラスは窮地に陥る……。
 途中でダグラスが女優志望の年上の劇団員に恋をしたり,女装してキャバレーで歌って収入を得る等のエピソソードがあり,さらにはギャングから死刑執行人を仕向けられるという盛り沢山だ。ワクワクする展開で,エンタメ映画の巨匠ならではのストーリーテリングだった。主演のC・L・ジョーンズは,準主役の『アウトポスト』(21年Web専用#1)の特技兵役が絶妙で,しっかり記憶に残っている。過去の主演作『アンチヴァイラル』(12)『ニトラム/NITRAM』(21)はいずれも未見だが,両方ともクライムムービーのようで,その種の映画が似合うのだろう。彼以上に印象に残ったのは,10数匹の犬たちの見事な演技だ。VFX担当にMPCの名前があったので,ごく一部だけCGなのかも知れない。

■『アバウト・ライフ 幸せの選択肢』(3月8日公開)
 メイン画像には,男女計6人の顔写真が並んでいる。この副題なら複数のカップルが織りなす恋愛群像劇であり,すぐに『ラブ・アクチュアリー』(03)『バレンタインデー』(10)『ニューイヤーズ・イブ』(12年1月号)等のラブコメディが思い浮かぶ。邦画の若者映画にも多数ありそうだが,最近では仙台が舞台の『アイネクライネナハトムジーク』(19年Web専用#4)がそうだった。本作の6人にはすぐに分かる著名俳優がいるが,もうかなりの年配だ。それなら,『60歳のラブレター』(09年5月号)のような熟年組のハートフルドラマもあったなと思い出した。待てよ,本作の中段の男女はまだ若く,この2人は別格だ。それでも3組のカップルであることは間違いなく,予備知識なしに試写を観た。
 最初に登場するカップルは,サム(ウィリアム・H・メイシー)とグレース(ダイアン・キートン)で,映画館で知り合い,終了後早速モーテルにしけこむが,スナックを食べながら一晩中話し込んで,コトには及ばない。俳優2人の実年齢は73歳と78歳である。2組目は,ハワード(リチャード・ギア)とモニカ(スーザン・サランドン)のホテルでの密会シーンだ。不倫関係は長そうだが,既に男が逃げ腰で,関係ギクシャクし始めている。こちらは,74歳と77歳である。3組目は,アレン(ルーク・ブレイシー, 34歳) とミシェル(エマ・ロバーツ,33歳)で,恋人関係が長いものの,女性の結婚願望に対して男が煮え切らない。ミシェルの苛立ちを見かねた両親が,アレンの両親を招いて両家で顔合わせをすることになった。ところが何と,アレンの両親はサムとモニカ,ミシェルの両親はハワードとグレースであった! 即ち,若い2人の親たちはクロスW不倫していた訳である(片方は未遂だが)。この6人が顔合わせしたら,一体どういう騒動になるのか……???
 とここまでは,観客を喜ばせる抱腹絶倒のコメディに思えたのだが,結婚談義の小難しい会話が多く,余り楽しめなかった。色々な落とし処が考えられ,それを予想する愉しみもあるので,2組の親達のその後は対称形ではないとだけ言っておこう。もっと違う演出,異なる結末があったはずで,名優を揃えながら,少し惜しい。NYの街が昼も夜も美しかったのが,せめてもの救いだ。ミシェル役はジュリア・ロバーツの姪で,かなりの美形である。今まで脇役ばかりだったのが信じられない。

(3月後半の公開作品は Part 2に掲載しています)

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