O plus E VFX映画時評 2024年2月号掲載

その他の作品の短評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『ダム・マネー ウォール街を狙え!』(2月2日公開)
 久々の株ブームで,経済誌だけでなく,一般週刊誌でも株投資の特集記事が目につく。今年からの新型NISA制度の導入,国際相場に比べて日本株の割安感が原因のようだが,この数週間に日経平均株価は30年以上前のバブル崩壊以降の最高値を何度も更新している。そんな好機を見越したかのような本作の公開だが,コロナ禍の2020〜21年に米国で起きた「ゲームストップ株騒動」の映画化であるので,ただちに国内投資家の参考になるかは疑わしい。筆者の場合は,SNS時代を象徴するような金融マーケットの実態を描いた作品として興味をもった。完全に実話ベースで,主要登場人物やSNSサイトは実名で登場する。監督は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(18年3・4月号)『クルエラ』(21年Web専用#3)のクレイグ・ギレスピーで,ドキュメンタリー・タッチでこの事件を描いている。
 主人公のキース・ギル(ポール・ダノ)の本職は保険会社の金融アナリストだが,ネット掲示板内の「Wall Street Bets (WSB)」に「ローリング・キティ」名義で株式投資指南の動画を投稿していた。指標分析から,コンピュータゲームの店頭小売チェーンGameStopの株価が安過ぎると感じた彼は,全財産5万3千ドルをこの株に投じ,ネット上でも過小評価されていると語りかける。彼の主帳に共感した個人投資家たちがGameStopを買い始め,それまで株を買ったことがない若者たちまでが参加して,株価は連日高騰する。大量の「空売り」で株価下落を仕掛けていた大手投資家が大損害を被ったことを,メディアが「ウォール街の富豪への一般市民の反旗」と報じたことから,この出来事は社会現象となった。騒動はこれだけで収まらず,WSBはアクセスを遮断し,投資アプリはGameStop株購入をできなくしたため,株価は暴落する。事態を重く見た議会の下院緊急委員会は関係者を喚問する公聴会を開くこと決定し,キースもオンライン公聴会に召喚されてしまう……。
 表題の「ダム・マネー」とは「愚かな金」の意で,一獲千金を狙って株に群がる「あぶく銭」のことだ。株価の推移,SNS上でのやり取りも克明に描写され,証人喚問もオンラインというのが,いかにもSNS時代を感じる映画だ。主演のポール・ダノは,『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(15年8月号)ではブライアン・ウィルソンの若き日を演じ,『THE BATMAN―ザ・バットマン―』(22年3・4月号)ではバットマンになぞなぞを問い掛けるヴィランを演じた中堅男優であるが,本作では,赤い鉢巻きに猫柄のTシャツ姿でネット動画に登場する。このいかにもオタクっぽいルックスと表情が,見事にこの映画の主人公にフィットしていた。。

■『オリオンと暗闇』(2月2日配信開始)
 当初の紹介予定になかったNetflix独占配信のフルCGアニメである。偶然Netflixに接続したところ配信開始当日でトップ画面に出て来て,そのクオリティの高さから思わず最後まで観てしまい,これは書いておかなければとなった次第だ。背景画面の写実性を競った時代は終わり,最近は少し手抜きを感じるフルCG作品が少なくないが,本作は背景シーンや多数のオブジェクトをしっかり描き,その数も多く,カット割りもカメラワークも優れている。おまけにストーリーまで創造性に富んだ作品で,メイン欄で語りたかったぐらいだが,そうすると時間がかかるので短評欄で済ますことにした。
 ネット配信でこんなハイレベルな3D-CG作品を供給できる製作スタジオはどこかと思ったら,何と伝統あるDreamWorks Animation (DWA)であった。ピクサーのライバルであるDWAの歴史は,当欄ではもはや語る必要はないだろう。配給ルートが固定せず,興行的には苦戦したが,最近はユニサーサル系列に入り,国内では東宝東和とギャガの共同で『ヒックとドラゴン』シリーズ『ボス・ベイビー』シリーズ等を安定配給している。では,本作は劇場公開を断念してのNetflix配信かと言えば,そうではなく,最初からNetflix配信前提で企画された作品のようだ。実質のアニメ-ション制作はフランスのMikros Animationが担当しているが,DWAブランドに恥ないクオリティに到達している。
 原作は英国の童話作家エマ・ヤーレット作の同名の児童文学「Orion and the Dark」である。題名の「主人公名+怪物 or 冒険場所」のパターンは,ディズニーの『アナと雪の女王』(14年3月号)や『ラーヤと龍の王国』(21年Web専用#1),ピクサーの『メリダとおそろしの森』(12年8月号),Netflix配信では昨年アカデミー賞ノミネートされた『ジェイコブと海の怪物』(23年2月号)等々を思い出す。宮崎アニメの『君たちはいかに生きるか』(24年1月号)は英題を『The Boy and the Heron』(少年と鷺)にしたことが海外でのヒット要因の1つだと述べたが,殆ど広報宣伝を行っていない本作もこの王道パターンゆえ,視聴者は余り躊躇せずに「再生」ボタンを押してしまうのだろう。
 主人公のオリオン少年は内気な小学生で,怪獣,蜂,犬,散髪,海,いじめっ子,等々に恐怖を感じているが,最も苦手なのは夜の暗闇だった。ある夜,彼の部屋に真っ黒な怪人「暗闇」が登場し,オリオンが恐怖心をなくすよう,夜の美しさを満喫できる旅に連れ出す。さらに,夜を形成する要素「睡眠 (Sleep)」「静寂 (Quiet)」「眠れず (Insomnia)」「不思議な雑音 (Unexplained Noises)」「甘い夢 (Sweet Dreams)」が登場し,あの手この手で昼と夜の役割分担を実感させて,オリオン少年が恐怖心を克服するという物語である。悪役と戦う設定はない。
 素晴らしいのは,「暗闇」と巡る夜間飛行で,夜の海や森,大都市の夜景や花火,宇宙から見た地球が頗る美しい。擬人化された5大要素はユニークな形状で,5色に塗り分けられているのは,ピクサー作品『インサイド・ヘッド』(15年7月号)の「ヨロコビ」「カナシミ」「イカリ」「ムカムカ」「ビビリ」を思い出す。本作は「暗闇」もいるので6色だ。同作と同様,人生哲学や精神医学に関わる会話が登場する。個々のシーンは難解ではないが,制作者が描きたかった真意は小中学生には理解できないと思える。途中から,大人になったオリオンと娘のヒュパティアが現れ,彼女を未来送り返すタイムマシンまで登場する。劇中劇の入れ子構造まで盛り込まれているので,欲張り過ぎで,童話としてはかなり複雑だ。とはいえ,やはり最近のCGアニメ業界には,才能豊かなクリエーターたちが集まっていると実感した作品である。

■『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』(2月2日公開)
 音楽映画は好んで取り上げる当短評欄だが,最近公開が相次ぐ4K復刻版で「伝説のライブステージ」が蘇るのは大歓迎である。若い音楽ファンには,生まれる前に活躍していたミュージシャンの公演記録を大画面で観られるのは思いがけない機会だろう。筆者の場合は,当時は多忙と好みの変化からコンサートも映画も観なかったバンドの音楽を復刻映画として観賞できるのが,頗る嬉しい体験なのである。
 本作は,1980年代の音楽シーンで注目を集めたロックグループTalking Headsが1983年12月にハリウッド・パンテージ・シアターで行った3回のライブコンサートの模様をドキュメンタリー映画と編集した作品で,米国での一般公開は1984年10月19日,日本での公開は翌85年8月3日と記録されている。監督はジョナサン・デミで,後に『羊たちの沈黙』(92)が作品賞,監督賞を含む5部門でオスカーを得ている。Talking Headsは,1974年にパンクロック・バンドとして結成され,1991年に解散したグループである。本作のステージはまさにその絶頂期のライブ公演であり,ミュージック・ビデオやコンサートのビジュアル化が急速に普及した80年代の華々しい時期でもあった。特に,ヴォーカルのデヴィッド・バーンが個性的なダボダボの衣服「ビッグ・スーツ」でステージ狭しと動き回るパフォーマンスが,大きなセールスポイントとなっていた。
 監督のJ・デミも撮影監督のジョーダン・クローネンウェスも既に故人なので,4Kレストアは最近多数の映画の修復を担当しているジェームス・モコスキーが監修し,J・クローネンウェスの息子ジェスの助力を得たという。サウンドは,オリジナル・メンバーでキーボード担当のジェリー・ハリスンが手掛けた完全リマスターである。上映時間89分の本作のセットリストは18曲だが,80年代のロックに疎い筆者は,ただただステージでのパフォーマンスの方に幻惑されていた。マスコミ試写は通常の小さな試写室での上映だったが,IMAX上映を意識したレストアであり,今回は半数以上の映画館でそれが可能なので,是非IMAXでの視聴を勧めたい。映像以上に音質の差の方が大きいはずだ。

■『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』(2月9日公開)
 同じような復刻版の音楽映画をもう1本紹介する。といっても共通しているのは,ライブステージの記録映像が中心のドキュメンタリー作品のリバイバル上映というだけで,上記とは音楽ジャンルも映画から受ける印象もかなり違う。本作は,1979年7月にジャマイカで開催された第2回レゲエ・サンスプラッシュ・フェスティバルの記録映像に加えて,レゲエ音楽の発祥やその精神,(当時の)ジャマイカの国情なども交えた総合的なドキュメンタリーである。勿論,題名通り,レゲエ音楽の発展の象徴的存在であったBob Marley & the Wailersのライブステージを堪能できる。Bob Marleyは1945年生まれで,1981年に36歳の若さで他界しているので,母国での最後の演奏となった79年夏のこのステージは,絶頂期であり,貴重な映像記録でもある。
 レゲエ(Reggae)は,ジャマイカ特有の音楽のスカやロックステディの発展形として1960年代後半の生まれた音楽ジャンルで,1970年代に大ヒットし,他ジャンルのミュージシャンにも大きな影響を与えたとされている。元はソウルであり,さらなるルーツは住民たちの故郷であるアフリカの音楽にあると,この映画の中で強く主帳されている。ジャマイカは中米のカリブ海の島の1つで,バハマ,ハイチ,ドミニカ等と同様,国民の多くは,欧州諸国がアフリカから奴隷として連れてきた大量の黒人を祖先としている。それゆえ,レゲエ音楽の歌詞には,抑圧に対する反抗,虐げられた黒人の文化からの解放が込められていて,生まれた当時は「最下層の音楽」「ならず者の音楽」とされていたそうだ。
 個人的な体験から言えば,筆者はビートルズの解散後のロックには興味が持てず,別ジャンルの音楽を渇望していた。そんな中での「レゲエ」は,個性的なリズムと打楽器の音が心地がよい南国の音楽であり,「反抗の音楽」あることを知ったのは,10年以上も経ってからであった。本作の中では,島の美しい景観や料理を紹介するとともに,ハーブや大麻を育てて生計を立てている貧困ぶりも語られる。さらに1920年代に登場した指導者,国民的英雄マーカス・ガ-ヴェイに端を発する「ラスタファリ運動」への言及があり,その運動の旗手としてBob Marleyのレゲエがあったことが強調されている。
 中盤にその解説があって以降,赤・黄・緑のラスタカラーの服を身に纏って熱唱するBob Marleyの姿,Wailersの面々の演奏,バックコーラスの女性達,他のレゲエ歌手たちを見る目が少し変わってしまった。音楽を楽しむ以上に,ジャマイカとレゲエの歴史の社会科勉強をした気分になってしまう映画であった。

■『瞳をとじて』(2月9日公開)
 『ミツバチのささやき』(73)『エル・スール』(82)で知られるスペインの名匠ビクトル・エリセの最新作で,『マルメロの陽光』(92)以来,31年ぶりの長編映画だという。四半世紀以上続く当欄で取り上げるのは初めてだが,実はこの監督の名前を知らなかった。『ミツバチの…』の日本公開は1985年で,後年TVの名画劇場で見た気もするが,当時は監督名を意識していなかった。過去の長編劇映画は上記3作だけというので,ご存知ない読者も多いと思う。
 本作のプレス資料には,2ページに渡る監督のメッセージが綴られていた。2人の男が登場する物語で,テーマは「アイデンティティと記憶」である。1人はかつて俳優だった男で,記憶喪失となり,自分が誰かも分からない。もう1人は監督だった男で,過去を忘れようと決めたという。フィルムに関する思い入れも語られているので,当然,本作もフィルム撮影だ。「詩的な芸術性」を重視しつつ,幻想と現実に関わる映画の2つのスタイルを交錯させたというので,少し難解であることを覚悟しつつ,現在83歳の名匠の技を楽しむことにした。
映画は,1947年秋,パリ郊外の「悲しみの王」なる古い屋敷から始まり,長年会っていない娘を探して連れて来て欲しいという富豪の依頼を,ある男が引き受ける長いシーンから始まる。続いて,1990年,映画『別れの眼差し』の撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが失踪したという語りが入り,物語はその22年後の2012年秋のマドリードへと移る。元映画監督のミゲルは,人気俳優だったフリオの失踪事件の謎を追うTV番組への出演依頼を受け,親友だったフリオとの青春時代を追想する。番組終了後,フリオが記憶喪失状態で修道院に保護されていることが判明する。フリオは監督に会っても娘に会っても記憶を取り戻さないので,ミゲルは窮余の策として,未完の『別れの眼差し』のフィルムを取り寄せ,撮り終えていたラストシーンをフリオに見せる……。
1947年と2012年では,どう考えても年齢が合わないので,冒頭の「悲しみの王」でのシーンは劇中劇で,フリオの出演作だと観客も気付くはずだ。昔のフィルムを管理している老人も登場し,劇中で映画の効用や色々人生訓めいた会話が出て来るのも予想通りだった。フリオの娘アナ役を演じたアナ・トレントは,5歳で『ミツバチのささやき』に主演した女優で,50年ぶりの同名の役だという。この監督の思い入れを考えるなら,誰もが奇蹟が起き,映画の力でフリオの記憶が戻る感動の結末を予想してしまうが,そうはならないとだけ言っておこう。単純なハッピーエンドでなく,少し凝ったエンドロールであるのは好いとしても,上映時間169分は長過ぎる。せいぜい2時間強で語れる映画だと感じた。

■『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』(2月9日公開)
 ホラー映画の巨匠と言えば,かつてのジョージ・A・ロメロ,ジョン・カーペンター,近年はジェームズ・ワン,ジョーダン・ピール,Jホラーなら清水崇,中田秀夫らの監督名を,原作者はスティーヴン・キングをすぐに思い出す。彼らの生み出したシリーズなら,ほぼ当たり外れはないと安心できた。最近,そうした品質保証の地位を確立しつつあるのが,ブラムハウス・プロダクションズである。ジェイソン・ブラムが創設した制作会社であるが,彼自身がメガホンをとることはなく製作者と経営者に徹している。本作は,同名の人気ビデオゲームの映画化作品で,脚本にはゲーム原作者のスコット・カーソンと監督のエマ・タミも参加している。主演には,『テラビシアにかける橋』(08年1月号)や『ハンガー・ゲーム』シリーズ(J・ローレンスの相棒役)のジョシュ・ハッチャーソンが起用されている。
 主人公のマイクは,両親を亡くし,弟が失踪した後,10歳の妹アビーの親代わりとなって働いている青年だ。毎夜悪夢にうなされるため,昼間の勤務にも支障をきたし,解雇続きの後,ようやく得たのがレストラン「フレディ・ファズベアーズ・ピザ」の夜間警備員だった。既に営業は停止し,廃虚と化していた建物だったが,施設に思い入れのある所有者がそのままにしているらしい。ただのピザレストランではなく,子供向きに機械仕掛けで動く多数のマスコット人形が残っていた。マイクが夜間勤務を続ける内,侵入者に対して人形たちが牙を剥いて,彼らを殺害するという事件が起こる。途中から止むを得ず職場に連れて来た妹アビーや現地担当の婦人警官ヴァネッサを巻き込んだホラー展開となり,題名通り,その5日間を描いたサバイバル映画となっている。
 本作のウリは,人間の背丈よりも大きい人形たちを,定評あるジム・ヘンソン・クリーチャーショップがデザイン&制作していることである。CGではなく,元のゲームの設定と同様のアニマトロニクスで実現していて,ユニークな「怖可愛い」人形たちが多数登場する。筆者は,この恐怖を新感覚のホラーとして楽しんだ。意外だったのは,北米の興行収入が2週連続1位で,楽々1億ドルを超えるスマッシュヒットなのに,観客の評価が高くなかったことだ。海外サイトの記事を調べたところ,評価が両極端に分かれ,低評価を下したのは元のゲームの熱心なファンだったらしい。ゲーム自体は,電力システムに気を配りながら,ライト・監視カメラ・扉を駆使して機械人形の襲撃を交わし,5日間生き延びる技を競うものである。なるほど,自らがプレイして技を磨くことができず,一方的に物語が展開する映画に彼らは満足できなかったのだろう。妹の描いた絵や婦人警官の過去は映画で付け加えた脚本のようだ。考えてみると,営業中でないなら警備員は夜だけでなく昼間も必要なはずだが,それでは題名と異なってしまう。その点だけを気にしなければ,ゲーマーでない観客にとって,十二分に楽しめるホラーサスペンス映画である。

■『Firebird ファイアーバード』(2月9日公開)
 当欄ではあまり取り上げたことのないエストニア製の映画だ。バルト3国の1つで,一番北にある国である。古くから独自の文化をもつ文明国だが,スウェーデン,ロシア,ソ連に支配/併合/占領され,悲惨な歴史を経験した。ソ連邦崩壊後は,ラトビア,リトアニアとともに独立を回復し,NATO,EUにも加入し,西欧諸国との関係を深めている。個人的にも同国から亡命したカナダ人と交流があり,歴史も少し勉強したので,同国発の映画となれば,1つも2もなく観るところなのだが,本作にはかなり躊躇した。キービジュアルは若い男性2人が裸で抱き合っている写真であり,LGBTQ映画であることを真正面から謳っている映画であったからだ。正しく評価できる自信がなく,迂闊なことは書けないと思う半面,少し魅かれるものがあり,内容によっては記事を書かないと自己弁護しながら,試写を観た。
 時代は1977年というから,まだソ連占領下であり,その空軍基地での出来事から始まる実話である。主人公のセルゲイ二等兵(トム・プライヤー)は,役者を志す青年で,まもなく兵役を終える時期であったが,パイロット将校のロマン(オルグ・ザゴロドニイ)が配属され,2人は急速に惹かれあって,恋に落ちる。当時は法的に同性愛が禁じられていて,男性中心の軍内部では厳しい監視の目が光っていた。発覚すると厳しい処罰を受けるため,女性将校のルイーザ(ダイアナ・ボザルスカヤ)もロマンに恋心を抱いていることを利用して,ロマンは3人で親しく交流するように偽装し,セルゲイとの逢瀬を隠していた。除隊後,演劇への道を歩み始めたセルゲイはロマンとルイーザが結婚すると知らされ,ショックを受けるが,2人を祝福して身を引く。4年後,セルゲイを諦め切れないロマンは妻子を残してのモスクワ留学時に彼と再会し,2人は同棲生活を始める。それを知ったルイーザは激怒して,離婚すると言い出すが……。
 物語としては,同性愛者に有りがちな三角関係のもつれである。筆者は『マエストロ:その音楽と愛と』(24年1月号)でキャリー・マリガン演じるフェリシア夫人に感情移入したのと同様,本作ではルイーザの視点でこの映画を観て,彼女に同情した。その一方,L・バーンスタインは軽蔑に値する愚物としか思えなかったのに対して,本作ではセルゲイとロマンの心情を理解でき,非難する気にはなれなかった。その要因の1つとしては,脚本も劇中の景観も素晴らしく,それに比例した美しいラブストーリーとして受け容れられたからだと思う。脚本はエストニア出身のペーテル・レバネ監督が中心だが,原作者のセルゲイ・フェティソフ自身やセルゲイ役のT・プライヤーも共同脚本家として参加している。実在のセルゲイは勿論,3人ともがゲイらしい。即ち,2人の主人公の心情を描くのに,これ以上ない布陣で臨んだゆえ,脚本のクオリティが極めて高かった訳である。

■『梟―フクロウ―』(2月9日公開)
 題名からは全く見当がつかなかったが,韓国映画の歴史ドラマである。中国であれば,当時の国名やどんな事件があったかもそこそこ分かるが,朝鮮半島の歴史は殆ど知らない。過去に当欄で取り上げた史劇は,ちょっと思い出しただけでも,『王の男』(06年12月号)『王になった男』(13年2月号)『王の涙-イ・サンの決断』(15年1月号)と,政権争いや王の逆鱗に触れたりが大半で,「王」がつかない『観相師-かんそうし‐』(14年7月号)『茲山魚譜 チャサンオボ』(21年11・12月号)もその類いだった。対立はあったが,文化的であったのは『王の願い -ハングルの始まり-』(同5・6月号)くらいものだ。本作もまさに覇権争い,それも暗殺ものであり,1645年6月27日に起きたソヒョン世子の怪死事件を描いている。
 主人公のギョンス(リュ・ジュンヨル)は盲目の鍼医だったが,その天才的な技量が認められ,宮廷で世子の病の治療を命じられる。病は快方に向かっていたが,ある夜,世子が毒殺されるのを目撃してしまう。ギョンスは明るい所では何も見えないが,暗闇の中では微かな視力があったためだ。彼の目撃証言は信用されず,国王の側室や御典医らと,死亡原因を怪しむ世子嬪や領相との権力争いに巻き込まれる。世子を失い半狂乱になった国王・仁祖(ユ・ヘジン)は,ギョンスを息子の命を奪った犯人扱いし,処刑を命じる…。
 韓国映画界のベテラン俳優たちが勢揃いし,いずれも名演技だった。とりわけ,国王役のユ・ヘジンは,『コンフィデンシャル/共助』シリーズのコミカルな刑事役とは打って変わった演技で,悪役にも魅了される。欠点は,その他の名前が覚えられない上に,時代劇では大半が同じような帽子を被り,髭面であるため,見分けがつきにくいことだ。それでも,ギョンスの敵か味方かは識別できるので,権謀術数が蠢く王朝の権力闘争,二転三転のサスペンスフルな展開に見入ってしまう。宮廷や内医院の美術セットが見事で,小物,薬物の類い,鍼治療の描写も秀逸であった。物語の大半はフィクションだろうが,単純な勧善懲悪で終わらせず,一捻りして「仁祖実録」に記された史実に合わせていることに感心した。監督・脚本は,これが長編デビュー作のアン・テジン。先月から監督デビューのラッシュだが,盲目の鍼医が毒殺を目撃するという着想に,大いなる才能を感じた。

■『レディ加賀』(2月9日公開)
 題名からすぐ分かるように,典型的な地域振興映画だ。「伝統ある温泉街をタップダンスで盛り上げる!?」という奇抜なアイデアに基づく,楽しいハートフルドラマである。勿論,今年元旦の「能登半島地震」で急遽企画されたものではない。来たる3月16日の北陸新幹線の延伸(金沢駅〜敦賀駅間)に合わせた福井県のプロモーションは『おしょりん』(23年11月号)に含まれていたが,石川県内の「小松駅」「加賀温泉駅」もこの延伸の対象である。それに合わせての映画化だったのだろう。
 劇中で,過去2度の地震とコロナ禍の計3度,旅館街は大きな影響を受けたという会話がある。今回の大地震で,家屋や道路の損壊は北の「能登」の方が大きかったが,南の「加賀」の観光事業も相当な痛手を蒙っていると思われ,どうしたら応援できるかを考えながら映画を観てしまった。10年前から加賀温泉郷(山代温泉,山中温泉,片山津温泉)の旅館の女将たちによるプロモーションチーム「レディー・カガ」があったという。本作は,それを新米女将たちの青春映画に発展させたものだ。
 主人公は,老舗旅館「ひぐち」の一人娘・樋口由香(小芝風花)で,タップダンサーを目指して上京したが,夢破れて故郷に戻る。幼馴染の旅館の娘たちと「女将ゼミナール」に通い,女将修行に励むが,何をやっても中途半端な由香は,母親の春美(壇れい)から厳しい叱責を受ける。加賀市職員の松村(青木瞭)から,地域振興の協力を持ちかけられる。ある日,酔っぱらった由香が仲間の前でタップダンスを踊ったところ,「これだ!」ということになり,チーム「レディKAGA」が結成された。スポンサーからの協賛金も集まり,お披露目イベントが近づく中,観光プランナーの花澤(森崎ウィン)が資金を持ち逃げしてしまう。必要機材や衣装を調達できず,当日もトラブル続きで,チームは窮地に陥るが……。
 劇中で再三登場する正方形の建物は,山代温泉のシンボルの共同浴場「古総湯」のようだ。その目の前の旅館に宿泊し,利用したことがあるので,殊更親しみを感じてしまった。女将教育を通して和式旅館の良さを再確認できるし,レディKAGAに元キャバ嬢や日本文化を学ぶ外国人(演じているのはハーフ)が含まれる多彩さも好ましい。素人チームが本格的ショーを目指すのは名作『フラガール』』(06)のタップダンス版と言えるが,本作の小芝風花は,指導員役の松雪泰子とメインヒロインの蒼井優の両方を演じている感じだ。浴場清掃用ブラシをもって和服姿で踊る姿は凛々しく,発案者には座布団2枚だ。見事にシンクロしたチームでのタップも見事だが,ラストの由香のソロ演技は圧巻だった。こんな可愛い若女将は実在しないだろうが,もしいたらどうしよう…と思わせてくれる(笑)。監督は『チェスト!』(08)『カノン』(17)の雑賀俊朗。題名&チーム名はLady Gaga, 主題歌「バケモン」はヒットアルバム“The Monster”のもじりだと誰でも分かるが,ダンス時に流れる曲は器楽曲ばかりだった。どうせなら,1曲はLady Gagaの歌声をバックにタップダンスを踊って欲しかったところだ。

(2月後半の公開作品は Part 2に掲載しています)

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