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O plus E誌 2014年10月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『ゲッタウェイ スーパースネーク』:副題は,名車の名が高い「シェルビー・マスタングGT500スーパースネーク」の2008年モデルで,本作のほとんどの部分で登場する,堂々たる主役だ。2台のスーパースネークを含む9台のマスタングを利用し,その爆走を追う130台のクルマ(パトカー,バイク,大型トラック等々)との激しいチェイス,実際の激突を,最大70台のカメラで捉えている。物語の舞台はブルガリアの首都ソフィアだが,実際に極寒のブルガリアの地で,深夜に撮影したという。クルマと撮影の話題ばかりが目立ち,妻を誘拐された元レーサーが,謎の誘拐犯からの脅迫電話で,その指示通りに町中を猛スピードで疾走するという物語は付け足しだ。主演はマスタング・ファンを自認するイーサン・ホークだが,存在感は薄い。なるほど,カーアクションは凄いが,ただそれだけの映画だ。
 『ジャージー・ボーイズ』:ブロードウェイ・ミュージカルの映画化作品で,1960年代に活躍したニュージャージー州出身の男性コーラス・グループ「ザ・フォー・シーズンズ」の栄光と挫折を描く。ザ・シュープリームスをモデルにした『ドリームガールズ』(06)の男性版とも言えるが,こちらは実話ベースで,各メンバーも実名で登場する。リード・ヴォーカルのフランキー・ヴァリ役に舞台版と同じジャン・ロイド・ヤングを起用したのは,彼のファルセット・ボイスに匹敵する俳優を見つけられなかったからだろう。出演者も物語も,『ドリーム…』ほどパワフルではないが,そこは音楽好きの監督の演出力がしっかりと補っている。同時代を生きた筆者には,「シェリー」からのNo.1ヒット三連発や名曲「君の瞳に恋してる」での復活の下りは,感涙ものだった。半世紀前の若き日の姿でカメオ出演する監督の遊び心も楽しめた。その監督とは……,何とあのクリント・イーストウッド! そう聞いただけで,ミュージカル嫌いの映画ファンも本作を観たくなるはずだ。
 『アルゲリッチ 私こそ,音楽!』:クラシック音楽苦手の筆者は,この被写体が超有名な世界的な名ピアニストとは知らず,「アルゲリッチ」の名は音楽祭の名称として聞いたことがある程度だった。それでも,日常生活での挙動を撮っただけのドキュメンタリー映像から,デブで白髪のこの老女が放つオーラは凄く,只者ではないことが,すぐ感じ取れた。観賞後に調べてみたら,若い頃の彼女は,なるほど雰囲気のある美人で,常に黒ずくめの衣装での演奏姿は,別のオーラに満ちていた。3人の男性と恋をし,それぞれと女児をもうけたという来歴も理解できるような気がした。本作は,その三姉妹の末娘の監督デビュー作で,実の娘ゆえに撮れたマルタ・アルゲリッチの生身の姿は,彼女をよく知る旧来ファンからは,別の意味で衝撃だったらしい。ホームビデオに毛の生えた程度の代物だが,書物では語れない,サウンド付きの映像のもつ威力を十二分に感じる作品だ。
 『世界一美しいボルドーの秘密』:こちらもドキュメンタリー作品で,フランスで最も有名なワイン産地であるボルドー,その中でも第一級と格付けされた五つのシャトーに焦点を当てている。この表題から,美しいワイナリーの風景の中で,世界最高級のワイン作りの伝統や秘法が語られることを期待するなら,それは見事に外される。近年の稀なるヴィンテージ年の連続で高騰した価格,その市場性に目をつけたワインビジネスに群がる人々,投機対象となり,窮地に立つワイナリーの現実等々……。そこに中国人成金たちの存在があることに驚き,ビジネス特番としての構成の見事さにも感心する。ワイナリー経営者のワーウィック・ロスが脚本家デヴィッド・ローチを誘って共同監督し,ナレーションにはラッセル・クロウを起用している。中国人富豪に対する視点はシニカルであるが,世界経済の表舞台に既に日本人の姿はないことに一抹の淋しさを感じる。
 『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』:キュートで心温まる魅力的な映画だ。愛らしいレイチェル・マクアダムスの笑い顔のポスター(CDジャケットも同じ)だけで魅せられてしまう。ただのラブ・ストーリーかと思いきや,何と,主人公ティム(ドーナル・グリーソン)の一族男子には,過去にタイムスリップできるという特殊能力が備わっていた。前半,自信のない平凡な草食系男子が,恋人を求めてタイムトラベルを繰り返すというパターンは,異色のラブコメSFだ。よって,タイムパラドックス上の矛盾に関しては,固いこと言いっこなしである。後半,家族,友人と人生を彩る愛や時間を考える「ちょっといい話」が主テーマだが,重要な役割を果たしているのが,名優ビル・ナイ演じる父親だ。それにも増して印象的なのが,極上の挿入歌群である。ベン・フォールズの「The Luckiest」も主題歌の「How Long Will I Love You」も素晴らしく,筆者は今,この映画のサントラ盤にハマっている。
 『記憶探偵と鍵のかかった少女』:原題は一語の『Mindscape』だが,何とも魅力的な邦題をつけたものだ。「記憶探偵」とは,他人の記憶に入り込み,事件の真相を究明する特殊能力者とのことだ。本作では,複雑な過去をもつ拒食症の不思議な少女と関わって,難事件に巻き込まれるという設定である。監督は,これがデビュー作となるスペイン生まれのホルヘ・ドラド。ペドロ・アルモドバルやギレルモ・デル・トロに師事しただけあって,このゴシック・ホラー調のサイコ・サスペンスを見事に料理している。初主演となるマーク・ストロングも,16歳の美少女役のタイッサ・ファーミガも,なかなかいい。本格派だけあって,随所に伏線が張られているが,その分,ミステリー映画通には結末が見えてしまうのが,少し残念だ。それでも,ラストの小粋なシーンが,心の安らぎを与えてくれる。
 『悪童日記』:第2次世界大戦下,ハンガリーの小さな田舎町で疎開生活を送った双子少年の日記を映像化し,激動の時代を描いている。「アンネの日記」の少年版かと言えば,この原作は1986年に同国出身のアゴタ・クリストフが仏語で出版した同名小説(全3部作)で,作者は当時51歳の女性である。日記体を用いたフィクションとはいえ,激化する戦いの中で生き抜こうとする少年たちの姿は,実話以上に生々しい。2人は,盗み,強請,自殺幇助までするのに,さして「悪童」と感じないのは,彼らと過酷な生活を共有し,同化し,共鳴するからか。それとも,類い稀なる美少年だからだろうか。村人たちから「魔女」と呼ばれている祖母を演じるピロシュカ・モルナールの存在感が圧倒的で,今でも脳裏に焼き付いている。監督は,ハンガリー人のヤーノシュ・サースで,登場人物は,ドイツ軍兵士以外は,すべてハンガリー語を話す。
 『ミリオンダラー・アーム』:12億の人口へのビジネスを当てにして,野球未開の地・インドから運動能力に優れた若者をスカウトし,インド人初のメジャーリーガーに育て上げようというプロジェクトがテーマである。表題は,そのコンペティション番組名だ。スポーツものサクセスストーリーにエージェントビジネスを絡ませた物語は『マネーボール』(11)を思い出すが,本作の方がずっと面白い。急速に発展するインド社会の活気を伝える描写に,映画企画として優れているなと感心した。物語は二転三転,ハートフルな人間関係,ラブロマンスも盛り込み,エンタメはこう作るのだと言わんばかりの見事な脚本だ。最後になって,冒頭に大事な一文があったことを思い出した。「Based on a True Story」。そうだこれはフィクションではなく,実話だったのだ。それならそれで,主人公の着想力にも,魅力的な映画に仕立てた脚色の力にも,感心するだけだ。
 『レッド・ファミリー』:昨年の東京国際映画祭の観客賞受賞作だ。各国映画祭で,大賞にはしばしば評論家好みの難解で奇抜な作品が選ばれ,審査員特別賞には政治的(?)配慮での贈賞と思しきこともある。その点,観客賞受賞作には,素直に面白いか,感動ものが選ばれていると感じる。本作は韓国映画で,ソウルに住む一見理想の家族が,実は北朝鮮工作員4人組で,隣のダメ家族の4人が本当の韓国人家庭という設定だ。抱腹絶倒のコメディかと思いきや,北朝鮮の非人間性,管理社会を告発する政治的プロパガンダになっている。それだけかと思えば,次第にしっかり家族の絆の大切さを描く味のあるヒューマンドラマと化す。ただし,結末はハリウッド流のお気楽な帳尻合わせではなく,北朝鮮の工作員である以上,甘ったれた運命が待っていないことを思い知らされる。それでも,少し希望を感じさせる納得の行くエンディングで,満足度は高い。強いて欠点を探せば,女優陣が美人過ぎることだろうか。
 『ぶどうのなみだ』:北海道・空知でのワイン作りをテーマとしたヒューマンドラマだ。アメコミもののバトルや激しいカーアクション映画ばかりが続くと,この種のほのぼのとした癒し系の映画もいいなと感じる。丁度,焼肉食べ放題の店で野菜も注文したくなるのと同じだ。それもただの野菜ではなく,作り手の思い入れがたっぷりの有機栽培の野菜だ。ただし,そればかりがずっと続くと,さすがに辟易する。もっとハイテンポの肉食系の映画が恋しくなる。この117分はつらかった。途中で二度も睡魔を覚えた。大泉洋,染谷将太という実力派俳優を配しておきながら,その素材を活かしていない。登場人物や物語の背景にもリアリティがない。文化芸術振興の基金を得て,地域振興に役立てるという大義名分以外に,ほとんど価値を見出せなかった。
 『まほろ駅前狂騒曲』:3年前に絶賛した『まほろ駅前多田便利軒』(11年5月号)の続編だ。途中,TVシリーズ『まほろ駅前番外地』(全12回)があったので,原作の3冊目の映画化版が本作だ。便利屋の多田啓介(瑛太)と居候の行天春彦(松田龍平)のコンビは鉄壁で,とりわけ松田龍平が好い味を出している。少し難を言えば,人生の重いテーマを2人が軽妙なやり取りでさばくのがウリなのに,本作は重いテーマをシリアスなままで扱い過ぎたきらいがある。中身も盛り沢山過ぎる。それでも,クライマックスのバスジャック騒動は笑えるし,後日談のラストでファンは胸をなで下ろす。平均的観客は,この映画を2人のどちらに感情移入して観るのだろうか? どちらもあり得るし,途中で反転させても通用するのが,本シリーズの脚本と演出が優れている証拠だろう。本作から配給会社が変わったが,まだまだ続けて欲しいシリーズだ。応援したい。
 『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』:ハリウッド女優のグレース・ケリーが,モナコ大公レーニエ3世と結婚して公妃となったのは1956年のこと。本作の舞台は1961年から62年にかけてで,仏大統領シャルル・ド・ゴールとの政治的摩擦による国家的危機を,彼女の一大演説が救うというのが筋書きだ。どこまで実話か定かではないが,当時のモナコの様子と気品ある公妃の姿をリアリティ高く描けるかどうかが鍵だろう。筆者は2度モナコに滞在した経験があるが,地中海に面したこの美しい小国を,当時の映画のような画質で見事に再現していると思う。一方,G・ケリーの現役女優時代は知らないが,公妃を演じるニコール・キッドマンの美しさ,ノーブルさをもってしても,やはり演じ切れていないと感じた。どうせ映画なら,危機的状況も演説も,もっと大げさに描いた方が良かったかと思う。
 
   
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