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O plus E誌 2018年1月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『オリエント急行殺人事件』:言うまでもなく,アガサ・クリスティの名作の再映画化だ。アルバート・フィニーが名探偵ポワロを演じた1974年版は今でも鮮明に覚えている。乗客全員が容疑者というので,必然的にオールスター・キャストとなるが,本作は監督兼ポワロ役がケネス・ブラナーで,殺される富豪がジョニー・デップだ。乗客にもジュデイ・デンチ,ミシェル・ファイファー,ペネロぺ・クルスらの名が並ぶ。ミステリーファンなら誰もが知っている結末なので,謎解きの妙味はなく,今度はどういう描き方をするかを愉しむ映画だ。とにかく贅沢な作りで,寝台列車の外観も内装も豪華,雪崩までリアルだ。列車も駅舎も丸ごと作ったという。イスタンブール中央駅の出発風景はタイタニック号の出航シーンを思い出す。謎解きの解説シーンの着席は「最後の晩餐」のパロディで,ポワロが次なる事件でエジプトに向かうという下りでニヤリとさせられる。
 『カンフー・ヨガ』:ジャッキー・チェン主演の最新作で,例によって,半分おふざけのお気楽映画だ。とはいえ,低予算映画ではなく,邦画では有り得ないスケールで楽しませてくれる。冒頭は昔の天竺と唐の戦いで,まるでゲームムービーだ。それから1400年後の現代が本編の舞台で,ジャッキーは中国一の考古学者の役で登場する。氷の洞穴,水中シーン,ドバイでのカーチェイス,インドの寺院での攻防等々,イーサン・ハントかジェームズ・ボンドばりの活躍だ。インド人女優の美しさに感激する。若手俳優の売り込みにも余念がない。CG/VFXも多用されているはずだが,ジャッキーと共演するライオンは本物だという。本当か? 多数登場するハイエナは,実写かCGかまるで識別できない。勿論アクションシーンはいずれもしっかりデザインされている。エンタメとしてのサービス精神に溢れているが,恒例のNGシーン集が付されていなかったのが残念だ。
 『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』:本号ではファッション関係のドキュメンタリー映画を2作紹介する。まずその1本目が本作で,世界中の女性を魅了するシューズ・デザイナーだそうだ。筆者はこの人物を知らなかったし,ましてや,なんでトカゲに靴なのか理解できなかった。スペイン出身で,パリで写真家になることを夢見て修業し,やがて靴のデザイナーに転じて名をなし,今は英国のブランドとなっている。TVシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』で一挙にこのブランドが知れ渡り,今や若い女性で彼の名を知らない者はいないという。そんなものか…。映画の前半は関係者のインタビューばかりだった。本人も再三登場するが,さほど面白くなかった。後半,工房内やショーの模様が登場し,終盤でカラフルな靴がやっと前面に出て来る。なるほどファッショナブルだ。1足20万円位するらしい。男には縁のない世界だが,眼福にはなった。
 『リベンジgirl』:全部排除しているのもまずいので,少しはキラキラ映画も見るべきと,義務感だけから本作を選んだ。理由はただ1つ,主演が『ヒロイン失格』(15)の桐谷美玲だったからだ(男優はどうでもいい)。同作がとびきり明るく,格別にバカバカしかったので,本作にもそれを期待した。女子高生ではなく,役柄はOLだが,内容的はむしろ有村架純主演の『映画 ビリギャル』(15)の続編の印象だ。東大首席卒業で自信過剰の美女が,政治家一家の御曹司にフラれたことから,リベンジとして総理大臣を目指すという。慶大合格なら受験勉強で達成できるが,世間知らずの小娘が女性総理を志向するとは,荒唐無稽さも一級品だ。まず,手始めの選挙で当選することが目標で,ドタバタの選挙戦に挑戦する。結末はラブコメディらしい予定調和だが,屈託のない明るさは買える。ただし,政治や選挙が,若者には笑いの対象としか扱われていないことが少し気になった。
 『嘘八百』:『百円の恋』(14)の武正晴監督と脚本家の足立紳が再タッグでコメディに挑戦というので,食指が動いた。商人の街・堺を舞台に,古物商,鑑定士,陶芸家たちが騙し,騙される痛快なコン・ゲーム映画である。『スティング』(73)や『オーシャンズ11』(01)を思い出す。本作では,陶器,書,紙,木箱の贋作のプロがチームを組むという設定だ。中井貴一と佐々木蔵之介がダブル主演だが,関西が舞台だと少しスマート過ぎると感じる。芦屋小雁と近藤正臣のコンビが最高だ。坂田利夫,木下ほうか,宇野祥平のタイガース・ファンの3人組もいい。中井貴一以外は全員関西出身なので,関西弁も違和感がなく,その点は完璧だ。徹底して堺市でロケを敢行した姿勢も好感がもてる。本編のテンポはよく,終盤の畳みかけるような演出や編集も巧みだ。その半面,エンドロールでの後日談がしつこいと感じだ。そのお蔭で,クレジットをじっくり見ていられなかった。
 『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』:もう1本のファッション・デザイナーのドキュメンタリーだが,日本での知名度は上述のM・ブラニクに比べて低いようだ。本作は,いきなり過去のショーの映像から始まる。極めて個性的なデザインだ。色,生地,形,すべてで,センスの良さ,豊かな才能を感じる。ベルギー人で,勿論今はパリ在住である。女性用だけでなく,男性ファッションも結構手がけている。どれもこれもファッショナブルだが,男が一体こんな服をどこに着て行くのだろう? 本人は「ファッション」という言葉を嫌う。一過性に聴こえるからで,「新鮮だ」の方が嬉しいみたいだ。密着取材の映像は淡々と進行するが,生い立ちや私生活はあまり描かない。この業界人らしくゲイであることと,自宅の庭と犬程度だ。本人の服はいたって地味だ。そんなものか。とにかくデザイナーは才能第一だと感じた映画だった。
 『伊藤くん A to E』:原作は柚木麻子の連作短篇小説で,直木賞候補にもなった。映画は,5人の女性を振り回す「痛男(いたお)」役の岡田将生,スランプに悩む脚本家で「E毒女」役の木村文乃のW主演だ。「A 都合のいい女」「B 自己防衛女」「C 愛されたい女」「D ヘビー級処女」を,佐々木希,志田未来,池田エライザ,夏帆が演じている。『告白』(10)『悪人』(10)でヒールを演じた岡田将生が,軽薄で無神経なモテ男を演じるというので注目したが,ハマり役だった。先に全8話構成でTVドラマ化されているが,上記の6人も総監督の廣木隆一も,そっくり本作と同じだ。最初から映画化を前提にした企画のようだ。そのためか,クライマックス10分間の長回しシーンは見事に決まっていた。それでいて,A~Dの4人のエピソードにはリアリティが感じられない。上映時間は長めの2時間5分だったが,尺が足りず,掘り下げ方が浅かったためだろう。少し惜しい。
 『5パーセントの奇跡 ~嘘から始まる素敵な人生~』:ドイツ映画といえばナチスものか,お堅い芸術系映画ばかりと思っていたが,こんなチャーミングな映画もあったとは嬉しい誤算だ。配給会社に,よくぞ見つけてきたと拍手したい。主人公は先天性の視覚障碍をもつ青年で,視力が一般人の5%しかない。その状態でギムナジウムを卒業し,5つ星レストランのホテルマンを目指すという。それも障碍があることを隠してだ。どう考えても無茶な話だが,周りの助けで見事に研修生生活を切り抜ける物語だ。転ぶんじゃないか,失敗するんじゃないかとハラハラして観入ってしまう。脚本が秀逸だ。よくぞこんな物語を考えたと感心するが,これが実話だと知って,再度驚く。多分,最後はハッピーエンドだろうと予想はつくが,展開も人間関係も楽しめる。一流ホテルの研修内容(厨房での手伝い,レストランでの接客,客室の清掃,フロント業務等々)も興味深い。
 『ルイの9番目の人生』:まず,題名で一体何だろうと思わせる。続いて「9年間で9度死にかけた少年の運命」と聞き,さらに興味が増す。原作はリズ・ジェンセンのベストセラー小説で,故アンソニー・ミンゲラ監督が映画化を切望し,遺志を継いだ息子のマックスが製作・脚本を担当した作品だ。9歳の少年が海辺の崖から転落し,一命は取り留めたが意識不明となるところから物語は始まる。事故でなく,事件として警察が捜査を始め,ミステリー・タッチになり,サイコ・サスペンス,さらにはホラー的展開となる。主演は,担当の小児精神科医と少年の母だが,美男美女でW不倫関係に陥るのも本作のキーポイントだ。目の肥えたミステリーファンなら真実は予想できるが,そこに至る過程の描き方が見どころだ。演出は悪くない。米国映画定番の父と息子の心の会話で締めているのはいいが,最後に母親に起きた思いがけない出来事は余計だったと思う。
 『消された女』:最近ぐっと公開作品が減った韓国映画だが,実在の事件に基づくクライム・サスペンスだというので食指が動いた。日中,大都会の真ん中で突然拉致され,精神科病院に監禁された女性が綴った日記を手掛かりに,人気報道番組のTVプロデューサーが裏に隠された真実を暴こうとする社会派映画である。おまけに,現在,彼女は父親の警察署長殺しの犯人として収監中だという。どこまでが実話なのか怪しく感じたが,「実在の拉致監禁事件をモチーフにした」というだけで,大半はフィクションのようだ。そうであっても,描写がリアルで,エンタメとして面白ければそれでいい。「ネタバレとなるので結末は詳しく書けない」と言うと,むしろ期待する観客も少なくない。ここでは,大スクープ番組を生み出すまでの描写が物足りないが,『真実の行方』(96)や『ユージュアル・サスペクツ』(95)が好きな観客には満足度が高いはずだ,とだけ言っておこう。
 『ベロニカとの記憶』:原作は英国のブッカー賞受賞作「The Sense of an Ending(終わりの感覚)」で,本作の原題も小説と同じだ。ところが,邦題に女性の名前を入れただけで,文学的香りが強くなり,何か訳ありの恋愛ドラマだと想像できる。主人公は還暦を過ぎたバツイチの男性で,小さな中古カメラ店を営みながら,シングルマザーの娘の出産準備を見守っている。そこに突然,40年前の恋人ベロニカの母親が遺品を残したという連絡が届く。彼は学生時代の恋愛の記憶を辿りつつ,ベロニカに逢い,自殺した親友の秘密を探ろうとする……。監督は『めぐり逢わせのお弁当』(13)で注目を集めたリテーシュ・バトラ。若者のキラキラ映画とは対極にある作品と思って観たのだが,激情,嫉妬,誘惑……いつの時代も男と女の物語の根は同じだなと感じた。違っていたのは,名優たちの演技力と,人生経験豊かな人間だけが味わえる希望に満ちたエンディングだった。
 
 
     
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