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O plus E VFX映画時評 2023年2月号

『ジェイコブと海の怪物』

(Netflix)




オフィシャルサイト[日本語]
[2022年7月8日よりNetflixにて独占配信中]

(C)2022 Netflix


2023年2月1日 Netflix映像配信を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


ノミネートまで知らなかったが, 思いがけない大秀作

 昨年の7月8日から独占配信されているNetflix作品であるが,1月25日(日本時間)に今年のアカデミー賞候補作が発表されるまで,このフルCGアニメの存在を知らなかった。GG賞の同部門の候補にもなっていなかった。アカデミー賞の長編アニメ部門には,欧州系のユニークな作品の名前が挙がることが少なくないが,大抵はノミネート止まりで,記念出場的な存在である。本作もその類いかと思ったが,Netflix配信作というのが意外だった。同部門には同じNeflix独占配信でCC賞受賞の『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(22年Web専用#7)なる大本命があるだから,さらにもう1本を事前運動でアピールする必要はないと思えたからだ。
 Netflixオリジナル映画は年間100本以上も製作・配信開始されているので,とても点検し切れない。アニメ作品は年5本と決まっているようだが,玉石混淆なので,全部は吟味できない。11月下旬から師走にかけ,Amazon Prime Videoでの配信作と併せて良作を探すのだが,どうしても秋以降の映画賞狙い作品を中心に選んでしまう。自分にそういう言い訳をしながら,2月に入って本作を眺めてみたのだが,予想外の傑作,大秀作で,全編をワクワクしながら観てしまった。敢えてアカデミー賞の候補作に投票した選考委員たちの炯眼に,(いつものように)座布団2枚を進呈したいと言いたいところだ(笑)。まあ,アカデミー会員は座布団など使わないだろうが,評価能力は大したものだ。そもそも,ノミネート対象となるからには,いきなりのネット配信ではなく,先に映画館で公開しておく必要があるはずだ。調べてみると,米国とカナダでは6月24日からいくつかの映画館で先行上映されていた。それだけ,製作陣に自信があったということだ。
 典型的なファミリー向きのCGアニメであるが,絵本やコミックが原作ではなく,原案はクリス・ウィリアムズ監督のオリジナル作品で,脚本は同監督と女性脚本家のニール・ベンジャミンが共同執筆している。原題は『The Sea Beast』だが,『海の怪物』だけでは物足りないので,例によって座りがいいように,邦題には主人公名を入れたのかと思ったら,原題も元は『Jacob and the Sea Beast』だったという。それだけ,C・ウィリアムズ監督に思い入れのある海の勇者の主人公のようだ。
 この海洋アドベンチャーは,前半と後半でかなり印象が異なる。孤児であったジェイコブ・ホランドは,狩猟船「イネビタブル号」のジェームズ・クロウ船長に拾われ,勇敢で逞しい怪物ハンターとして育てられる。彼らはスリー・ブリッジズ王国の国王夫妻の財政的支援を受けていて,伝説の怪物「レッド・ブラスター」を討伐することを求められていた。この怪物のためにクロウ船長は片目をなくしたので,40年間追い続けてきた宿敵である。船長はジェイコブを後継者とするつもりであり,実の父子のような絆で結ばれていた。よって,ジェイコブがいかにしてレッド・ブラスターを倒すかが,この物語の最終目的かと思われた。
 中盤に,孤児院を抜け出した少女メイジーが積み荷に紛れてイネビタブル号に乗り込んできたことから,物語の様相が一変する。当初はメイジーも怪物退治に参加するのだが,ジェームズとメイジーだけが船とはぐれ,共に無人島に漂着する。その後,メイジーは怪物レッドと心を通わせるようになり,実は心優しい動物であることに気付く。国王や王妃が民衆を騙して偽の伝説を作り上げ,人間たちが彼らを邪悪な存在にしてしまったことが発覚する……。
 少年少女と動物との精神的交流を描いた童話や映画は数多いが,最も近いのは名作『ヒックとドラゴン』(10年8月号)だろう。空と海の違いはあるが,人間にとっての脅威であった怪物が,次第に素直で可愛い存在に見えてくる。傲慢な人間の心を正してくれるのも,この怪物であることも共通している。こう書くと,どこにでもある典型的な寓話なのだが,それが秀作だと思えるのは,脚本の良さ,ストーリーテリングの巧みさゆえである。クロウ船長とジェイコブ,ジェイコブとメイジーの擬似父子/擬似父娘関係の描写もくどすぎず,嫌みもなく,これも秀逸な脚本力の賜物である。一見しておく価値は十二分にある。
 以下,当欄のCG/VFXの視点からの論評である。
 ■ クロウ船長,ジェイコブ,メイジーら,CGキャラとしての人間の描写は,まあこんなものだろう(写真1)。特に写実性は求められないし,親しみやすいか,頼りになる人物か程度の描き分けだ。一方,ある意味の主役であるレッド・ドラゴンは,驚くほどシンプルだ。当初は,かなり憎々しげな表情に描いている(写真2)。むしろ,他の怪物のほうが少しデザイン的には力が入っている。無人島で遭遇したペット怪物のブルーは完全な癒し系で,グッズ市場で人気が出ることを狙ったデザインだ(写真3)


写真1 上:船上のクロウ船長とジェイコブ,下:漂流中のジェイコブとメイジー

写真2 形状はシンプル,表情は憎々しげ

写真3 メイジーが見つけて,ブルーと名付けた

 ■ 海洋アドベンチャーらしく,赤い帆船のイネビタブル号は好いデザイン(写真4)だし,ライバルのホーナゴールド提督の最新式狩猟船もきちんと描かれていた(写真5)。何と言っても,最も素晴らしかったのは,前半の海の怪物と戦う船上や海上のアクションシーンだ(写真6)。カメラがジェイコブら狩猟者を縦横に追い,躍動感溢れるシーンの連続であった。CGゆえにカメラワークもバーチャルであるが,よく計算された構図と動きである。


写真4 赤い帆船「イネビタブル号」の勇姿

写真5 ホーナゴールド提督の最新式狩猟船

写真6 海の怪物を仕留める狩猟シーンは圧巻

 ■ 背景として描かれる無人島の植物もしっかり描かれていた(写真7)。現在の水準からすれば,特筆するほどのものでもないが,改めて静止画で見ると,かなりのデザイン力,描画力の産物だ。同様に,スリー・ブリッジズ王国に向かうイネビタブル号の姿(写真8),王国の宮殿なども見事なCG描写だと言える(写真9)。写実性を高め過ぎず,それでいてCGアニメ全体のクオリティの高さを感じさせる。見事なバランスだ。このCGの制作を担当したのは,Sony Pictures Imageworks社。VFXでも一線級の実力を有しているが,フルCGアニメでも過去に『くもりときどきミートボール』シリーズ『モンスター・ホテル』シリーズ等を成功させるだけの腕を有している。親会社のソニーピクチャーズ(コロンビア映画)が,CGアニメ製作にあまり熱心でないため,国際的流通ルートも弱い。Netflixとの提携でその腕が生きるなら,喜ばしいことだ。


写真7 漂着した無人島の草木の描写は,かなり見事

写真8 王国に向うイネビタブル号のシーンも見事

写真9 スリー・ブリッジズ王国の宮殿で待ち受ける国王と王妃
(C)2022 Netflix

 ■ DreamWorks Animation製の『ヒックとドラゴン』に似ていることは既に述べたが,ファミリー映画としての味付けはディズニーやピクサーと近い。海や島の描写は,『モアナと伝説の海』(17年3月号)を思い出してしまった。それもそのはず,C・ウィリアムズ監督は数々のディズニーアニメを制作してきたアニメーターであり,『ボルト』(09年7月号)『ベイマックス』(15年1月号)では監督を,当の『モアナと…』も共同監督を務めたという経歴だ。『ヒックとドラゴン』の紹介記事では「ピクサーよりもピクサー的」と評していたくらいだから,CGアニメを観る側にファミリー映画の価値観が形成されてしまっているのかも知れない。その核心を突いて,直球勝負してくるというのは,やはり相当な実力だ。


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