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O plus E誌 2018年3・4月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『素敵なダイナマイトスキャンダル』:すごい人生だ。伝説の雑誌編集長として知られる末井昭の自伝エッセイを,冨永昌敬監督が脚色し,映画化した作品というからには,その波乱万丈の半生は実話のはずだが,俄かには信じられなかった。母親が不倫相手とダイナマイトで心中したなんてことが,本当にあったのか? その現場の遺体処理の生々しさに,まず驚く。上京し,苦難の末のエロ雑誌の編集長となり,写真家・荒木経惟とのコンビで大成功を収める。この業界の実態やキャバレー内の顧客サービスの描写が実にリアルだ。物語は1980年代末まで続くが,前半の60年代~70年代前半が格別に面白い。牛乳瓶,古い扇風機,マッチ,コタツ等々,映画全盛時代の美術班の生き残りが,嬉々として本作の小道具を用意したことが想像できる。主演は,若手演技派の柄本佑。愛人・笛子(三浦透子)との愛憎劇,雑誌の検閲官(松重豊)との掛け合いが見どころだ。
 『大英博物館プレゼンツ 北斎』:日本人なら誰もがその名を知る浮世絵師・葛飾北斎だが,近年益々その評価が高まっている。高齢での旺盛な創作活動,貧困と奇行,娘お栄(葛飾応為)との父娘物語等々,ドラマ化のネタにも事欠かない。本作は英国製のドキュメンタリーで,2017年に大英博物館で開催された企画展示「Hokusai: Beyond the Great Wave」の舞台裏を追い,北斎絵画の芸術性に迫る。ナレーターがMoCap俳優のアンディ・サーキスという人選も興味深い。ゴッホやモネ等の印象派画家にも大きな影響を与えたことは有名だが,こうして欧米の芸術家たちに詳細な解説をされると,改めて姿勢を正して受講している気分になる。筆者の場合,名前の由来から「北辰妙見菩薩信仰」にまで言及している点,原画を忠実に再現する彫師の技までを映像化して見せてくれることに感心した。現在の日本でこの職人技が伝承されていることも初めて知った。
 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』:監督はスティーブン・スピルバーグ,名優メリル・ストリープとトム・ハンクスが初共演と聞いただけで,格調高さと大作感が漂う。原題がシンプルな『The Post』なのに,こういう邦題がつくと尚更だ。ベトナム戦争報告の機密文書を暴く報道と大統領府の差し止め令との戦いを描く社会派映画だ。NYタイムズのスクープを追うワシントン・ポスト紙の社主と編集主幹の決断と法廷闘争を真正面から描いている。生真面目過ぎて前半退屈だが,後半ぐっと盛り上がる。さすがスピルバーグだ。「報道の自由」を訴える映画は,『ニュースの真相』(15)『スポットライト 世紀のスクープ』(15)等,同じ語り口になりがちだが,原点は『大統領の陰謀』(76)に遡る。この姿勢が意図的であることが,ラストで分かる。作品全体がオマージュになっている。3代の大統領が隠蔽してきた文書なのに,ニクソンだけを殊更悪者に描いているのは,現トランプ政権への批判も込められていると感じた。
 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』:主人公は第2次世界大戦時の英国首相だが,今の若い世代向きには,こういう邦題になるのだろう。彼の伝記映画ではない。原題は『Darkest Hour』で,首相就任から歴史に残る議会での大演説までの苦渋の決断時期だけを描いている。この間にダンケルク撤退を成功させているから,昨秋の『ダンケルク』(17年9月号)の時期を海峡の逆側から描いていることになる。監督は『つぐない』(07)のジョー・ライトだから,よくよくダンケルク海岸とは縁がある。あの個性的な顔立ちの首相を誰が演じるのだろうと思ったら,英国の名優ゲイリー・オールドマンだった。体形も顔立ちもまるで違うが,特殊メイクで全く別人に化けている。顔面はさほど似ていないが,風格ある演技は,ナチス・ドイツへの徹底抗戦を宣言した大首相の威厳を再現している。この映画は,彼の名演,ただそれに尽きる。
 『トレイン・ミッション』:『96時間』シリーズでブレイクし,一躍アクション俳優に転じたリーアム・ニーソンが,もうその種の役は演じないという。元来シリアスなドラマが得意の性格俳優だったから,止むを得ないか,これが最後かと思いながら本作を楽しむことにした。今回の役どころは,保険会社からリストラ通告された初老の男性で,通勤列車内である人物を探し出し,鞄の中身を奪う企みに巻き込まれる。超人的な戦闘能力はないが,元NY市警の警官だけあって,かつての同僚と連絡を取り合いながら,姿の見えない犯人と対峙する…。車内だけの1シチュエーションドラマだが,クライムミステリーと列車事故パニックを絡めた面白い企画で,エンタメとして上々の出来だ。車内アクションや列車事故のVFXも充実している。過去数作でタッグを組んだジャウマ・コレット=セラ監督との相性も抜群だから,やっぱり惜しい! もっと観たい!
 『ワンダーストラック』:ブライアン・セルズニックの小説の映画化作品で,監督は『キャロル』(15)のトッド・ヘインズ。1927年と1977年,半世紀を隔てて進行する2つの物語がどう繋がるかが興味の的だ。ミステリータッチで描かれるが,犯罪とは無関係で,爽やかなヒューマンドラマである。1977年,母を失って叔父の家に引き取られた少年ベンは,落雷で聴力を失う。まだ見ぬ父を探すため,家出してNYの書店を目指し,町で出会った少年に導かれ,自然史博物館へ。一方,1927年,先天的聾唖者の少女ローズは,厳しい父から逃れ,ある女優に憧れてNYを目指し,そして兄のいる自然史博物館へ。1927年はモノクロ画面,サイレント映画風に描かれている。アメリカ自然史博物館は『ナイト ミュージアム』(07年3月号)の舞台にもなった科学博物館だが, 見ものの1つである米国の大自然を描いた精巧なジオラマが,この物語のキーとなっている。
 『ダンガル きっと,つよくなる』:映画大国インドのNo.1ヒット作で,その勢いを感じさせる熱血映画だ。ディズニー印度の作品で,製作・主演は同国一の人気男優アーミル・カーンというだけでも興味が湧く。誰よりもレスリングを愛する父親が,国際大会で金メダルの夢を託し,娘2人を女子レスリング選手に鍛え上げる。典型的なスポーツ感動もので,無理のない素直なストーリー展開,終盤の盛り上げは流石だ。これぞ映画作りの原点で,映画祭の賞狙いの難解な映画など笑止の沙汰だと感じる。父と娘たちの家族の物語には,ハリウッド映画のような押しつけがましさはない。国内大会から国際大会の準決勝,決勝へ…。結果は分かっていながら,完全に父親に感情移入して観てしまう。観客席で身をよじらせ,思わず「気合いだ!気合いだ!」と叫びたくなる(笑)。彼女らの経歴や成績は実話だが,改めて日本の女子レスリングのレベルの高さに感心する。
 『ベルリン・シンドローム』:欧州旅行中のオーストラリア人の女性バックパッカーが,ベルリンで現地人男性に長期間監禁される物語である。似たような事件は数々あるが,特定の事件を映画化した訳ではないようだ。監禁ものには『ミザリー』(90)『ルーム』(15)等の名作があるが,本作も少し記憶に残る一作となるだろう。監督は『さよなら,アドルフ』(12)のケイト・ショートランドで,主演は『ライト/オフ』(16)のテリーサ・パーマー。本作はホラーではなく,サスペンス・スリラーであるが,恐怖心や緊迫感のある役柄には似合っている。誘拐・監禁事件では被害者が犯人に好意を寄せる「ストックホルム症候群」がよく知られているので,本作で何か新しい心理現象が生まれるのかと期待したが,それはなかった。一方,実行犯の女性を口説いてから監禁に至るまでの手口,逃げられないための仕掛けが巧妙だ。脱出のためのアイディアとその描写も悪くない。
 『きみへの距離,1万キロ』:少しの異色の爽やかなラブストーリーだ。今やSNSで出会い,恋愛に発展する男女は珍しくないが,本作の草食系米国人男子が恋する相手は,何と1万km先の砂漠に住むアラブ人の美少女(リナ・エル=アラビ)だった。彼女を見つめ,ストーカーまがいに追跡するのは,6本足のクモ型ロボットを介している。主人公のゴードン(ジョー・コール)はデトロイトの警備会社に勤務し,北アフリカの石油パイプラインを監視するため,複数のロボットを遠隔操縦している。砂漠や岩場も平気で走行するこのロボットの挙動が可愛い。ビデオカメラだけでなく,赤外センサ・距離センサから武器まで備えていて,英語-アラビア語間の自動翻訳や音声発話機能も有している。製作・監督・脚本は,カナダ人のキム・グエン。ゴードンが少女の国外脱出を助けようとする計画に思わず感情移入してしまうから,現代風遠距離恋愛劇としては十分合格点だ。
 『さよなら,僕のマンハッタン』:監督は『(500)日のサマー』(09)で若者たちの心を掴んだマーク・ウェブ。本作では,大都会NYのハイソサエティの家庭に育ちながら,自分を見出せない青年トーマス(カラム・ターナー)の恋愛と成長をきめ細かに描いている。特徴ある嗄れ声で,本編のナレーターも兼ねるのは,トーマスの隣人であり,意気投合する不思議な老人役のジェフ・ブリッジスだ。この隣人の助言や,父親の愛人の存在を知り,彼女と肉体関係をもってしまうことから,トーマスの人生は急旋回する。原題は『The Only Living Boy in New York』。サイモン&ガーファンクルの名曲の題名(邦題は「ニューヨークの少年」)であり,同曲が劇中で何度も流れる。さらに,ある小説家の新作小説の題名ともなっていることが,終盤大きな意味をもつ。監督が拘った劇中歌の選曲,最新モードの衣装,劇中に登場するNYの光景も十分楽しめる。
 『君の名前で僕を呼んで』:時代は1983年,北イタリアの避暑地が舞台で,大学教授の父をもつ17歳の多感な美少年(ティモシー・シャラメ)とインターンである24歳の大学院生(アーミー・ハマー)の織りなすラブストーリーだ。男性同士が惹かれ合う一夏の体験は,流行のLGBTものだが,2人とも女性と関係するから,単なるゲイではなく,バイセクシャルと言うべきか。美しい景色,美味しそうな料理,飛び交う多国語,イタリア好きの女性には堪らない魅力だろう。音楽の選曲センスもいい。そんな中で,中盤以降延々と続く2人の愛の交歓シーンは,早く終わって欲しいと感じた。いかに原作小説が優れていて,洗練された脚本であっても,主人公に全く感情移入できなかった。多数の映画祭で激賞され,各誌で絶賛されているが,その審査員,評者らは,本当に感動し,没入できたのだろうか,女性観客はこの映画に何を感じるのかが知りたくなった。
 『ザ・スクエア 思いやりの聖域』:表題は本作のリューベン・オストルンド監督が企画した現代アートのプロジェクト名でもあり,2015年スウェーデンのベーナムーの町に設置されたインスタレーション作品だという。正方形のプレスシートもお洒落だった。モダンアート好きの筆者としては大きな期待で,本作を待った。その一方,昨年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作で,各国の映画祭をも席捲中というので,少し嫌な予感がした。長年の読者ならご存知のように,筆者の映画嗜好とカンヌ受賞作との相性は絶悪だからだ。主人公は成功を収めた美術館のキュレーターで,携帯電話と財布を盗んだ犯人に対して,一時の衝動から彼がとった愚かな行動が引き起こすトラブルを描いている。痛烈でシニカルな笑いを込め,欺瞞や無関心,階層間の断絶等の現代社会の病根を浮き彫りにする。本作を高く評価する批評家が少なくないことは理解できる。観客の理解力を試すような描き方を,個人的に好きになれないだけだ。
 『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』:米国の女子フィギュアスケート選手トーニャ・ハーディングの伝記映画だ。1994年のリレハンメル五輪前,ライバルのナンシー・ケリガン襲撃事件に関わった疑惑で一躍世界にその名が轟きわたった。五輪演技中の出来事も含め,稀代のお騒がせ女だったが,なるほど子供時代から厄介な環境で育っている。本編中に主要出演者のインタビューが何度も入る。実在の人物への取材を再現したユニークな構成で,映画全体にユーモアセンスが溢れている。主役のトーニャを演じるのは『スーサイド・スクワッド』(16)のマーゴット・ロビー。本人とは似ていないが,この役にはぴったりの好演だ。それ以上に個性的で強烈なのは,アリソン・ジャネイ演じる鬼母ラヴォナだった。『セッション』(14)の鬼教師役のJ・K・シモンズを思い出す。これは助演女優賞ものだと感じたが,正に2匹目の泥鰌がいて,見事オスカーを獲得した。
 『名もなき野良犬の輪舞《ロンド》』:犯罪映画フィルム・ノワールの伝統は,米国からフランス,香港へと受け継がれ,今や韓国でしっかり根付いている。その韓流ノワールの代表作と言えるハードボイルド,クライムアクション映画の登場だ。犯罪組織のNo.1のジェホ(ソル・ギョング)と彼を慕う弟分(実は,潜入捜査官)のヒョンス(イム・シワン)の固く結ばれる絆や,やがて裏切りから悲しみや憎しみに変わっている過程を描いている。英題は『The Merciless』で,正に慈悲の欠けらもない男達の過酷な世界だ。何しろ,銃声や殴打の音が凄まじく、目を覆いたくなる拷問シーンも登場する。それが絶え間なく延々と続き,回想シーンも含め,同じような光景が繰り返される。ヒョンスの上司,冷徹なチョン主任を除いて女性は登場しないし,一服の清涼剤となるラブロマンスもない。緊迫感が続き,結末は読めない。全編ここまで無慈悲に徹するのは見事だ。  
 
   
     
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