O plus E VFX映画時評 2024年1月号

『VESPER/ヴェスパー』

(クロックワークス配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[1月19日より新宿バルト9ほか全国ロードショー公開中]


(C)2022 Vesper - Natrix Natrix, Rumble Fish Productions, 10.80 Films, EV.L Prod


2024年1月14日 オンライン試写を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


お馴染みのディストピアだが, 新しい才能を感じる造形と演出

 当映画評のメイン記事の大半は,ハリウッド・メジャーのブロックバスター映画であり,この10数年は圧倒的にスーパーヒーロー映画が多かった。他には,フルCGアニメが多く,時折,意図的にコマ撮りアニメも取り上げていた。邦画では,山崎貴監督の孤軍奮闘であった。たまには,低予算のインディペンデント映画でいいから,新しい視点や若い才能でキラリと光る映画が欲しいと思っていたところに,まさにうってつけの本作が見つかった。欧州製のSFダークファンタジーである。
 予告編だけですっかり魅せられて,本編を見ない内にメイン欄で語ろうと決めてしまった。セリフは英語だが,映画国籍は,フランス,リトアニア,ベルギーとなっている。資金調達の都合で,3ヶ国に渡っているのだろう。監督・脚本は,リトアニア人のクリスティーナ・ブオジーテとフランス人のブルーノ・サンペルで,初めて聞く名前だ。大半をリトアニアの森で撮影したというから,女性監督のクリスティーナが主導権をとった制作で,彼女の長編3作目にあたる。欧米では2022年の夏から秋にかけて公開されているが,こうした映画を見つけてきて国内で公開してくれる配給会社に敬意と感謝の意を表しておきたい。
 既に世界三大映ファンタスティック映画祭の1つ,ブリュッセル国際映画祭の最高賞 (金鴉賞)を受賞しているというから,観る目をもったSFファンが支持している訳である。唯一残念だったのは,SF映画の定番のディストピアものであったことだ。何を嫌っているかは,『ザ・クリエイター/創造者』(23年10月号)の折に,歴史的経過を含めて「ディストピア映画への苦言」として詳しく述べたので,そちらを参照して頂きたい。本作もその設定であるなら,それを認め,同じ土俵の上で評価することにした。

【物語設定と展開】
 近未来の地球は新暗黒時代に入っていた。生態系の破壊を阻止しようとして,遺伝子工学に多額の研究資金が投じられたが失敗に終わり,遺伝子組換えウイルスが外部流出してしまった。食用植物や動物は絶滅し,生存している人類も激減した。富裕層(オリガルヒ)のみが城塞都市「シタデル」に住み,外の人々は森の中で極貧生活を送っている。唯一の食料は,シタデルから提供される食物のタネを栽培して食べることだったが,一代しか収穫が得られないよう遺伝子操作が施されていた。
 主人公は13歳(英語サイトでは14歳)の少女ヴェスパー(ラフィエラ・チャップマン)で,重病で寝たきりの父親ダリウス(リチャード・ブレイク)との2人暮らしをしていた。母親は1年前に家を出たまま戻らない。シタデルと通じている権力者ヨナス(エディ・マーサン)は,囲っている孤児たちの血を抜いてシタデルに売り渡し,人造人間ジャグを奴隷として使っていた。人々は,ヨナスから分け与えられるタネのために,彼の支配下にあり,かろうじて生き延びていた。
 生物学の素養があるヴェスパーは,日々自宅で実験を行い,新種の植物を育てていた。ある日,森に墜落した飛行艇から若い女性カメリア(ロージー・マキューアン)を救出する。彼女は,自らをシダデルの権力者の娘だと名乗り,同乗していた父エリアスを見つけて助けて欲しいとヴェスパーに懇願する。既に父親はヨナスに殺されていたが,一緒に暮す内にカメリアはヴェスパーのバイオ実験に協力し,画期的なタネを開発する。ところが,ヨナスがカメリアの存在をシタデルに通報したことから,刺客が送り込まれ,2人は窮地に陥る。果たして,ヴェスパーはこの窮地を逃れ,世界を変えることができるのか……。
 主演のR・チャップマンは英国人で,父親も俳優であったことから,子役時代から映画に出ていて,『博士と彼女のセオリー』(15年3月号)ではホーキング博士の娘役を演じていた。T・バートン監督の『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(17年2月号)では,後頭部に大きな口がある奇妙な少女を演じている。ネット配信の前作『インフィニット 無限の記憶』(21)はSFアクション映画なので,SF映画続きである。現在16歳だが,初主演の本作出演時には14歳であったようだ。若い頃のユマ・サーマンに似た容貌だが,知的な少女役を見事にこなしている。

【不思議なことの種明かしと新規性】
 いつもと少し違うスタイルで解説する。映画の前半で筆者が不思議に感じたことを列挙し,中盤までに納得できたいくつかを素直に書く。最後まで説明がなく,意味不明のことも多々あるのだが,この映画はまずビジュアルで意表を突き,会話の中で小出しに種明かしして行く手順が巧みだったからだ。以下,途中までの軽いネタバレを含んでいるが,決定的なネタバレは記していない。
 ■ まず一体何だろうと思わせるのが,常にヴェスパーの近くに浮遊している球形物体だった(写真1)。潜水服の頭部のような形状だが,球形の窓は2つあり,漫画の顔が描かれているので,それが正面らしい。声を出してヴェスパーに語りかけるので頭部だけのロボットかと思ったが,違っていた。寝たきりの父ダリウスの意識と繋がっていて,彼の意志を言語にして伝えている。自律行動のロボットではなく,言わば遠隔操作できるアバターなのである。こういうアバターの使い方や形状は珍しく,もうこれだけで新規性を感じた。劇中ではドローンと呼ばれているが,実際に市販のドローンを改造して浮揚&移動させている。ただし,かなりの騒音が生じるので,俳優のセリフがあるシーンでは,CGを使ったという。途中で故障してヴェスパーが修理するが,内部は機械式でなく,有機物質であるかのような描写だった。


写真1 球体は父ダリウスの意識と繋がっているドローン。下の男性が支配者のヨナス。

 ■ 父ダリウスの病床の近くにある物は生命維持装置のように見えたが,ほぼそれで間違いないようだ。ただし,通常の医療器具ではなく,不思議な形状をしている。怪我の治療用の部材や薬品類も同様で,小物に至るまで徹底してユニークなビジュアルで見せようとしている。その半面,衣装に関しては,あまり個性的でなかった。製作費の制約もあったのだろうが,監督コンビの関心はそこにはなかったと思われる。
 ■ ヴェスパーと支配者ヨナスの関係も微妙に見えた。反発しているが,頼る素振りもあり,父親の治療の相談もしていた。彼が「叔父」だというので,少し納得が行った。ただし,父ダリウスが弟だというので,それなら「伯父」と書くべきだが,プレス資料や公式サイトは「叔父」になっていた。
 ■ 動物は絶滅したというので,それじゃ森の中にいて墜落したカメリアを襲っていたのは何なのかと思ったが,攻撃性のある植物ということらしい(写真2)。この造形もユニークで,遺伝子変異で生じた奇妙な世界という印象を強く与える。当然CGなのかと思ったが,低予算のため極力CG/VFXは避け,大半は手作りだという。なるほど,質感も高く,本作を斬新に見せている源泉である。


写真2 森の中の奇妙な生物。すべて植物のようだ。

 ■ ヨナスが労働力と使っている「ジョグ」は彼の奴隷の固有名詞ではなく,人造人間の一般名詞のようだ。前半に登場して殺されるジョグは色白で,変わった顔立ちの人間に見えた。これこそCGで,普通の人間でない宇宙人のような身体に描けばいいのに思ったが,そうしなかったのは製作費の都合と,後半の物語の都合だと分かった。個性的過ぎる険しい顔立ちだったのは,外胚葉異形成症という遺伝的疾患をもつメラニー・ゲイドスなる女性モデルを起用していたからだった。そうして人物を見せ物のような役柄で起用することは問題ではないかと思ったが,『弟は僕のヒーロー』(24年1月号)で述べたのと同様,個性を活かした就業機会を与える配慮だと解釈した。
 ■ 13, 4歳の少女が,学校に行っている訳でもないのに合成生物学に通じているのは不思議だったが,その事への言及はなかった。ヴェスパーの実験室の造形は素晴らしく,手作り感に溢れていた(写真3)。勿論,現実の遺伝子関連の研究機材とは程遠いが,このビジュアルへの拘りが本作の真骨頂である。ヴェスパーの実験は一種のバイオハッキングであり,それに協力するカメリアには大きな秘密が隠されているが,それは観てのお愉しみとしておこう。


写真3 ヴェスパーのバイオ実験室は手作り感に溢れている。上右の女性が, カメリア。

 ■ 一貫して機械式の無機質な未来描写を避け,有機物質,植物,バイオ技術に徹していることに好感がもてた。安易にAIも導入していない。その点で,従来のディストピアSFにはない魅力を感じた。

【CG/VFXの見どころ】
 極力CG/VFXの利用は避けたと言いながら,動きのある物質の描写には積極的に利用している。VFX大手のMPCからメイキング映像が公開されているので,それを参考にして,以下に見どころを述べる。
 ■ 最も単純なのは,シタデルから飛んで来たと思しき攻撃的なドローンだ(写真4)。これはさすがにCGだろう。続いては,床面や卓上に広がる液状物質だ(写真5)。卓上から床に流れ落ち,煙のように気化する過程はCGなら簡単に描写できるので,これにCGを使うのも妥当な選択だ。


写真4 空飛ぶドローンは, CG描画の産物

写真5 ネバネバした液状物質もCG描画に適した対象

 ■ 地面からニョキニョキと顔を出し,クネクネと動く生物も,動物ではなく,植物という設定なのだろう。CGメイキング映像を見ると,人間の足を逆さにしたような形状を使っている(写真6)。下肢のモーションデータを使うのが楽だったのかもしれない。一方,ヴェスパーが培養している植物は美しかったが,これは実物かCGか分からなかった(写真7)。CGで描いた方が易しいと思うが,電球と弾力性のある物質を使って,手作りで実現できなくもない。


写真6 (上)人間の足を逆さにしたようなモデリング,
(中)レンダリング結果。左上の金属球は画質調整用。(下)完成映像

写真7 ヴェスパーが温室で栽培している新種の植物

 ■ 少し凝った使い方だと感心したのは,吸血植物に襲われたカメリアから,コンセントを抜くかのように触手を排除するシーンだ(写真8)。カメリアの顔やヴェスパーの手は実写で,コードのような触手と抜き去った跡の血痕だけがCGである。さほど高級な技術ではないが,使うべきところに使っていると感じる。最も感心したのは,ヴェスパーがバイオハッキングのために遺伝子解析実験を行うタブレット状の表示装置だ。鍵盤のような突起にタッチしてリズムをとると,表示されている絵が動く(写真9)。カメリアが楽器(写真10)で奏でるメロディに合わせて動くことも発見され,これがバイオハッキングの成功に繋がる。勿論これはCGで,技術的は他愛もない使い方だが,描かれていた模様が少しアート的で,これがDNA操作というのが意外だった。全編でのビジュアルセンスと一致していたので,すっかり気に入ってしまった。


写真8 (上)完成映像1(カメリア発見), (中上)CGと実写の位置合わせ用
(中下)完成映像2(細長い触手を引き抜く瞬間), (下)完成映像3(排除に成功)

写真9 タブレット端末で対話型遺伝子解析。音楽に合わせてDNAの塩基らしきものが動く。

写真10 ヴェスパー宅にあった楽器で, カメリアが音楽を奏でる

 ■ 最後まで曖昧だったのが,巨大な建物の廃虚のような姿だ(写真11)。予告編の冒頭から登場し,ポスターにも使われているキービジュアルなのだが,映画の中でこのアングルのシーンを見かけなかった(見逃したのだろうか?)。終盤ヴェスパーが向かった先で,足か根の(ように見える)部分だけが見えていただけで,最後までまともな説明はなかった。恐らく,これが荒廃した地球の象徴的な姿で,広島の原爆ドームのような存在なのだろう。写真12は予告編で一瞬見られる映像だが,これがシダデルの外観なのだろうか? そもそもシタデル内部の描写が全くなく,どんな生活をしているのかも分からない。安易に超常現象を描く映画には,もっともらしい科学的説明(言い訳)を付すことを要求しているが,本作に関しては,何だろうと思わせておいて,説明なしで済ませていることが,なぜか許せてしまった。続編に期待させる技だとしたら,相当な高等テクニックである。「壮大なスケールと圧巻のVFXで描かれる壊れた地球」なる宣伝文句はありがちな誇大広告で,壮大や圧巻と言うほどではなかった。写真11だけでそう思わせたなら,これも見事な宣伝戦術だ。


写真11 キービジュアルに使われている廃虚のような光景

写真12 左上に見えるのが, 富裕層のシダデルなのだろうか?
(C)2022 Vesper - Natrix Natrix, Rumble Fish Productions, 10.80 Films, EV.L Prod

 ■ 本作のCG/VFX担当には,Mathematic Studio,MPC, Mac Guff,Light VFXの4社の名前がこの順でクレジットされていた。MPC以外は馴染みがないが,その3社はいずれもフランスのVFXスタジオのようだ。大手のMPCも,本作を担当したのはMPC Liègeなるベルギーの支社で,すべてEU内で処理されている。ロンドンのSOHO地区で,DNEGやFramestoreと同時期に設立されたMPC(当時の名前はMoving Picture Company)もすっかり大手になり,現在は世界中に展開して,ロンドン,パリ,リエージュ,LA,モントリオール,トロント,ムンバイ,バンガロール,アデレードの9都市にある。リスク分散,コストダウン,映画製作陣とのコミュニケーション等々を考えてのことだろうが,欧州,北米,アジア&豪州で3都市ずつ分散させていることに感心した。ほぼ英語圏で,少しだけ仏語地域があるが,この中に日本がないのが淋しい。

【総合評価】
 全体として,ほぼ予想通りの出来映えで満足の行くものであった。低予算映画であることは最初から分かっていたので,作りの粗さは我慢できる。むしろ,それが暗黒社会の貧困ぶりを描くのにフィットしていた(させていた)とも言える。ただし,ストーリーも粗削りであったので,最高点評価はしなかった。
 CG/VFXは抑えつつ,使うべきところで,コストのかからない描画法で実現していることが好ましい。ビジュアル面で妥協していないことも感じられる。Rotten Tomatoesの91%というスコアからも,インディペンデント映画を応援する批評家の期待が伺える。この監督コンビには,もっと多額の予算でVFX大作を撮らせてみたい。続編か斬新な新作でそれが実現することを期待している。


()


Page Top