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O plus E誌 2021年11・12月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
   『リトル・ガール』:本号の当欄では,4本のドキュメンタリー映画を紹介する。トップバッターは,LGBTQ映画で,世界各地の映画祭で2桁の映画賞を受賞した話題作だ。トランスジェンダーの少女に対する社会的な扱われ方と子供の幸せを願う母親の戦いが描かれている。フランス北部のエーヌ県で生まれたサシャの生物的な性別は男性だが,見た目は女の子で,仕草も話し方も本人の意識もすべて女の子だ。サシャ自身が2歳半で女の子になりたいと言い出し,撮影時に7歳から8歳になっている。監督は,ジェンダー問題を扱う作品を撮り続けてきたフランス人監督のセバスチャン・リフシッツで,本作でもジェンダー規範に対する疑問を投げかけている。この映画を観て,一般観客はどう感じるのだろう? 筆者は母親にシンパシーを感じ,同情はするものの,その一方で,自分が学校関係者であれば,この児童はどう扱うべきか悩むに違いない。
 『茲山魚譜 チャサンオボ』:韓国製の史劇で,有名な海洋生物学書「茲山魚譜」の成り立ちを描いた物語である。時代は19世紀初頭で,国王の逝去に伴う政争から,熱心なキリスト教徒の丁若銓(ソル・ギョング)は最果ての島・黒山島に流刑になる。この天才学者が,島の若き漁夫・張昌大(ピョン・ヨハン)との師弟愛を育みながら,彼のもつ魚・海藻・怪鳥に関する知識を整理して,後世に残る魚類図鑑を描き上げる。前半はコメディタッチで,少し滑稽で,ほのぼのとした味を出していた。後半は,野心をもつ昌大が島を出て,本土での立身出世を目指す物語となっている。「水墨画のような」モノクロ映像は見事で,魚を描く主人公の墨と筆にマッチしていた。一方,字幕に登場する「両班」「性理学」等の用語は難解で,すぐに理解できる観客は少ないだろう。「茲山魚譜」の存在自体は史実でも,物語はかなり脚色されていて,船や流人の衣装にもリアリテイが感じられなかった。
 『モスル ~あるSWAT部隊の戦い~』:観ているのが辛い映画だった。舞台となるのはイラク北部の第二の都市のモスルで,全編ずっと市中の戦闘映画である。一体何がしたいのか,早く終わってくれ,95%そう感じていたのだが,残り5%に大きな感動が待ち受けていた。アメリカ映画だが,出演者はイラク人もしくはイラク関連の人物だけで,米兵は登場しない。冒頭はドローンで撮影したモスルの実光景で,あまりの殺伐さに息を呑む。新米警察官カーワ(アダム・ベッサ)は重装備のISIS(イスラム過激派組織)に襲われたところを,ジャーセム少佐率いる地元のSWAT部隊に助けられ,そのままこの部隊に参加する。10数名の元警察官の隊員と3台の戦闘車輌を有するSWAT部隊は,市中でISISとの戦闘を繰り返し,本部からの命令無視の行動を続ける。途中で,隊長が子供を救う行為に優しさを感じたが,最後にすべての行動の意味が明かされる。見事な構成だ。
 『ディア・エヴァン・ハンセン』:トニー賞,エミー賞,グラミー賞等を多数受賞したブロードウェイのミュージカルの映画化作品だ。主要登場人物は高校生というので,勝手に明るい学園ものを期待してしまった。内容はもっとシリアスで,心を病んだ男子高校生2人とその家族の物語である。その内1人が自殺し,もう1人がついた善意の嘘がネット上で評判になり,大騒動になる。心を病む若者が多い現代の病巣と,SNSでの社会的反響の問題が描かれていて,最近のブロードウェイはこうしたテーマを扱うのかと感慨深かった。会話部分が多く,映画よりも舞台劇の方が効果的だと感じた。それぞれの母親がジュリアン・ムーアとエイミー・アダムスというのが,ハリウッド映画化したゆえの贅沢だろう。舞台から引き続き主人公エヴァン・ハンセンを演じるベン・プラットの歌唱力はさすがで,校友アラナを演じるアマンドラ・ステンバーグが魅力的だった。
 『ダーク・アンド・ウィケッド』:こちらも自殺がからむ映画だが,若者ではなく,老父の最期を看取るために帰郷した姉弟を残して,先に母親が自殺する。その前のシーンも,その後の数々のシーンも驚愕の連続だった。「観るものに深い絶望と背筋も凍る恐怖を与えるホラー映画の傑作」との触れ込みだが,正に題名通り,陰鬱で邪悪の極致のような映画だと保証する。少々のホラーにはびくともしない筆者でも,目を背けたくなるシーンが続々と登場した。製作者のメッセージは,「老いた両親を孤独にするな。労りの心をもって接しろ」ということらしいが,単に恐怖映画を作りたかっただけかとも思う。映画館で他人と一緒ならいいが,今後,ネット配信やDVDを入手できても,夜一人では観ない方がいい。よくぞここまでの邪悪さに徹したものだと,敬意を覚えるほどだ。ゲテモノ好きの映画ファン,怖いもの観たさを誇りたい方にはオススメの1作だ。
 『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』:2本目のドキュメンタリーは,レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の傑作とされる絵画「サルバトール・ムンディ」を巡る出来事が描かれている。キリストを描いたとされる絵画で,「男性版モナ・リザ」とも言われている。米国ニューオーリンズにあった絵を2005年に美術商が約13万円で購入し,その後,英国のロンドン・ナショナル・ギャラリーに展示され,2017年のオークションで史上最高の510億円で落札されたという代物だ。美術商,学芸員,研究者,仲介人等の関係者は,すべて本人がインタビューに応じている。再現映像と当時の実録とが混じり,かなり演出過多だが,ドキュメンタリーというより,まるでミステリー映画だ。真贋論争には決着がついていない上に,現在どこにあるのかも定かではない。それが史上最高額で取引されたことは事実で,美術業界の実態をあからさまに描いていることに驚愕する。いや,面白い。
 『CHAIN/チェイン』:こういう題だと当然洋画を想像するが,れっきとした邦画で,しかも時代劇だ。公式サイトには,福岡芳穂監督の「どうして『CHAIN』なのか」の解説がある。京都芸術大学主宰の映画プロジェクトの作品で,卒業生や現役学生が多数参加している。中心となる事件は新撰組の「油小路の変」だが,主演は会津藩脱藩の浪士・山川桜七郎(上川周作)で,激動の時代に生きた無名の人物たちの群像劇となっている。映画冒頭やクライマックス・シーンで,現在の京都の当該場所が登場する構成がユニークだ。映画全体の位置づけは,芹澤鴨暗殺事件を描いた『輪違屋糸里 京女たちの幕末』(18年Web専用#6)と好一対で,同作をかなり意識している。登場人物は多過ぎるくらい多く,まるで大河ドラマだ。これじゃ覚え切れない。京都への拘り,映画作りへの情熱は感じられたが,魅力的な登場人物がいなかったのは,多数の人物を詰め込み過ぎたためだろう。
 『ナチス・バスターズ』:メイン欄の『ベロゴリア戦記』と同時に輸入したと思われるロシア映画だが,内容は1941年のドイツ軍対ソ連軍の戦争を描いている。やはり画面は明るく,銃撃されたシーンでの鮮血が印象的だ。ドイツ語,ロシア語がきちんと使い分けられていて,言葉が通じない場面も正確に描かれている。ロシア側から描いたナチス・ドイツ軍の描写が興味深い。仲間とはぐれながら生き残った5人のソ連兵を中心に物語は展開するが,彼らとは別にどこからともなく現れる「赤い亡霊」なる狙撃手の存在がこの映画を引き立てている。ドイツ兵が死神のように怖れる神出鬼没の一匹狼で,狙った獲物は一発必中で仕留める腕の持ち主だ。では,破天荒なヒーロー映画かと思えば,真面目な戦争映画であり,看護師で妊婦のベラの出産シーンも登場する。歴史的な大戦争の裏話的なエピソードで,ロシア人の若者はこういう話が好きなのだろう。
 『スティール・レイン』:韓国製の軍事エンターテインメント映画で,監督・脚本は『弁護人』(16年11月号)のヤン・ウソク。監督デビューとなった同作で,リアルな法的劇を描いただけあって,本作も南北朝鮮を取り巻く国際政治情勢を的確に把握した上で,緊迫感溢れるサスペンス・アクション映画に仕立てている。米・朝・韓の首脳会談の最中に,北朝鮮の高官パク総局長が軍事クーデターを起こし,3首脳は原子力潜水艦・白頭号の艦内に監禁される。さらに,パク総局長が日本を弾道ミサイルで核攻撃しようとすることから,一気に戦争寸前の危機が生じる。終盤は,自衛隊の対潜哨戒機による機雷投下,潜水艦同士の魚雷攻撃が出現する。VFXによる水中での戦いの描写が秀逸だ。米国大統領をトランプ以上の下品な人物として描いているのに対して,韓国大統領(チョン・ウソン)は若くて知的でイケメンだ。これは監督の皮肉なのか,それとも韓国国民の願望なのだろうか。
 『パーフェクト・ケア』:ボンドガ―ルのロザムンド・パイク主演のクライム・サスペンスで,ブラック・コメディだとも言える。今春のGG賞で主演女優賞を得ていたので注目していたが,『ゴーン・ガール』(14年12月号)の悪妻よりも数段凄まじい役だった。介護の必要性を理由に老人を食い物にする法定後見人マーラで,その手口は合法的オレオレ詐偽のようなもので,実話からヒントを得たという。彼女の巧妙な企みで施設に入れられてしまう老女役は,オスカー女優のダイアン・ウィースト。ところが,ただの孤独な老女ではなく,背後にロシアンマフィアの影がチラつくしたたかな存在で,印象はさしずめ女アンソニー・ホプキンスだった。さて,どちらの女性を応援しようかと思っていたが,窮地のマーラに意外な誘いかけが待っていた……。彼女の老人搾取に同情の余地はないが,映画としては痛快そのもので,介護ビジネスに対する警鐘映画にもなっている。
 『グロリア 永遠の青春』:こちらも女性の生き方を描いた映画だ。チリのセバスティアン・レリオ監督の『グロリアの青春』(14年3月号)のリメイク作だが,同監督自身が舞台を米国のLAに移し,再度メガホンをとっている。邦題は少し変わったが,テーマは同じで,子育てを終えた女性の「大人の青春」である。国や場所や人種は違えど,テーマには普遍性があるという主張だ。バツイチ同士で激しい恋に落ちるのは,グロリア(ジュリアン・ムーア)とアーノルド(ジョン・タトゥーロ)だが,ほぼ全カットでグロリアの姿が登場する。意外な人間関係でもなく,驚くほどの事件が起る訳でもないので,映画としては演技力と演出力が決め手だ。女性観客にとっては,新しい恋の行方だけでなく,LAのグロリアの職場環境,日常生活,ファション等も興味の的だろう。男性観客は,役柄はアラフィフで,実年齢60歳のJ・ム―アの裸体の美しさに目を輝かせることだろう。前作の時は「老人たちの赤裸々なベッドシーンなど,見たくもない」と書いたのだが,今回はむしろまだ見たくなった。ラストの名曲「グロリア」が流れるシーンは,少し違う感慨を覚えた。
 『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』>:原題は『The Song of Names』と平凡だが,この邦題と「なぜ彼は忽然と姿を消したのか? その旋律に触れた時,物語は転調する」という惹句で,気品ある音楽映画だと分かる。監督は『レッド・バイオリン』(98)の名匠フランソワ・ジラール,主人公の英国人・マーティン役が『海の上のピアニスト』(98)のティム・ロスとなれば,一段と音楽ミステリーとしての興味も増す。1951年のロンドンから始まり,天才ヴァイオリニストのユダヤ人青年・ドヴィドルはコンサート・デビューの会場に現れず,姿を消してしまった。9歳の時から親友として接してきたマーティンはずっとドヴィドルを探し続け,35年後にようやくワルシャワで彼を見つける……。ドヴィドル(クライヴ・オーウェン)の口から逃避の理由が語られるが,ユダヤ人事情を考慮しても,筆者には納得が行かない物語だった。マーティンも同じ思いだったことだろう。
 『GUNDA/グンダ』:3本目のドキュメンタリーはノルウェー映画で,農場で暮らす豚や牛などの動物の深遠な世界を描いている。よくある動物映画のようなナレーションは付いていない。人工的な音楽もなく,泣き声や物音などのリアルな音だけが収録されている。他にあるのは,カメラワークと編集だけという異色の実録映画である。GUNDAは大きな母豚で,生まれたての多数の仔豚がGUNDAにまとわりつくところから映画は始まる。他に牛や鶏やカラスなども登場し,仔豚がドンドン大きくなるのを愉しみに観てしまう。牛や豚にここまで迫って撮影し,危険はなかったのかが気になった。ラストは10数分間の1テイクで母豚の挙動を追うが,GUNDAの表情や態度が胸を打つ。監督・脚本・編集・撮影はヴィクトル・コサコフスキーで,コントラストの強いモノクロ映像が印象的に残った。各国の映画祭で,批評家たちが絶賛したのも当然と思えた。
 『ローラとふたりの兄』:フランス映画のヒューマンコメディで,本号で取り上げた作品の中で,最も心穏やかに,安心して観ていられる映画だった。主人公は30代半ばで独身の弁護士・ローラ(リュディヴィーヌ・サニエ)で,神経質な眼鏡士のブノワと善人だが不器用な解体業者のピエールの2人の兄がいる。舞台となるのは,フランス西部の小都市のアングレーム。即ち,特別富裕でも貧困でもなく,普通の人々の日常生活が描かれている。長兄は3度目の結婚をしたが,妊娠した妻との間で喧嘩が絶えず,次兄は失業したことを周りに言えず,ローラが母親的な役割で彼らを見守る。かくいうローラは,顧客で離婚調停を成立させたばかりのゾエ―ルと恋に落ちるが,ある日,医師から重大な宣告を受ける…。明るく,繊細で,ハートフルな物語の中で,最もきめ細やかで存在感があったのは長兄のブノワで,ジャン=ポール・ルーヴ監督が自ら演じていた。
 『軍艦少年』:柳内大樹作の同名コミックの映画化作品である。青少年が読むヤンキー漫画に興味はなかったが,『地獄の花園』(21年5・6月号)と『東京リベンジャーズ』(21年Web専用#3)で,すっかりハマってしまった。両親が育った長崎・軍艦島(端島)を,島が見える対岸から絵を描く男子高生・海星(佐藤寛太)が主人公だ。最愛の母を亡くしたことから喧嘩に明け暮れ,父・玄海ともいがみ合っていた。この父子の「喪失と再生」を描いたヒューマンドラマとヤンキーバトルを組み合わせた作品だ。監督は『古都』(16年12月号)のYuki Saito。ハリウッド仕込みだけあって,オープニングシーケンスが素晴らしく,ワクワクする展開を期待した。原作コミックと顔立ちが近い俳優を起用しているのも嬉しい。アクションシーンは原作を超えていないが,ワルのテツ役に一ノ瀬ワタルを起用したのが大正解だ。主人公やヒロインは美術部所属であり,随所で絵画が何度も登場する。この映画の鍵となるスケッチブックが終盤登場するが,その中のスケッチが絶品だった。おそらく,原作者・柳内大樹が描いたものだろう。そして,世界遺産の軍艦島の空撮,荒廃した島の様子を描いた現地ロケが素晴らしく,それだけでもこの映画を観る価値がある。
 『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』:題名通りの汚染された水が引き起こす公害問題で,大企業を告発する社会派映画である。勿論,実話だ。てっきり約半世紀前の事件なのかと思ったのは,日本で公害が問題視され,環境庁が発足したのはその頃だったからである。「水俣病」「イタイイタイ病」「四日市ぜんそく」の名称を今でも覚えている。本作が扱う環境汚染は,米国のオハイオ州,ウェストバージニア州で起きた出来事である。発覚は1998年,問題の原因の特定が2001年,科学的分析でそれが証明されたのはようやく2010年代で,損害賠償訴訟は2015年に始まったので,比較的最近のことだ。汚染水の元凶はデュポン社で,当社は40年前から危険性を知っていたという。大企業相手に10数年に及ぶ戦いを続けたロブ・ビロット弁護士の活動は称賛に値するが,損害賠償金は支払われたものの,当の化学物質はまだ使用規制されていないという。
 『世界で一番美しい少年』:ずっとこの題名のように呼ばれてきたのは,ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(71)で主人公を演じたビョルン・アンドレセンで,彼の栄光とその後の苦悩を描いたドキュメンタリーである。スチル写真ではミラ・ジョヴォヴィ ッチの若い頃に似ているが,れっきとした男性だ。どのアングルからの映像を見ても,なるほど美しい。50年以上前のヴィスコンティが美しい少年を探し求める映像や映画の撮影現場の様子が観られるのは嬉しくなる。一躍時代の寵児になったものの,同性愛者のヴィスコンティに性的搾取を受けた挙げ句,見放されてからの彼の人生の落差が痛々しい。ただし,映画撮影後,10年,20年経っても,その美しさは変わらない。本作は,人間不信に陥った彼を説き伏せ,約5年かけて撮ったという。現在,ゴミだらけの部屋に住み,作曲をする姿に心を打たれる。自ら詩的なメッセージで人生を振り返る彼からは,苦悩の跡よりも,ある種の威厳すら感じられた。
 『ボス・ベイビー ファミリー・ミッション』:「見た目は赤ちゃん,中身はおっさん!?」で,実は赤ん坊を供給するベイビー社が送り込んだ幹部だったという『ボス・ベイビー』(18年3・4月号)は,脚本が秀逸で,抜群に面白いCGアニメだった。その続編では,25年の歳月が流れ,兄ティムもボス・ベイビーことテッドも大人になっていた。テッドはエリート・ビジネスマン,ティムは専業主夫で妻キャロルは黒人女性らしい。いかにも現代風の設定だ。それじゃボス・ベイビーにならないじゃないかと思ったら,ティムの次女ティナは再びベイビー社から送り込まれた「ボス・レディ」であった。世界制覇を目論むアームストロング博士の企みを阻止するため,彼女はスーパーミルクを使ってテッドとティムを25年前の姿に戻してしまう。DWAらしいブラックユーモアたっぷりのギャグ,ハイテンポのスラップスティックが炸裂するが,セリフが多く,それを追うのに少し疲れた。
 『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』:デンマーク製のヒューマンドラマで,マルー・ライマン監督の実体験に基づいている。時代は1990年代,主人公はサッカー好きの11歳の少女エマで,2人姉妹の妹だ。父親が突然,離婚して自分は女になると言い出す。そりゃ,誰でも驚くだろう。トランスジェンダーの父親は性別適合手術を受けて女性になる。姉カロリーネはその姿を受入れたが,多感なエマは戸惑いを隠せず,思い悩む…。父親役は普通の男優で,彼の女装は最初は気味が悪いが,徐々に女性っぽく見えてくる。題名はPerfect Normalだが,やはり普通ではない環境,体験だ。ただし,姉妹の立場は普通の観客にも理解できる。同情を求める映画でも,LGBTQ擁護の映画でもない。1人の女性の境遇と成長を描いた映画であり,その中身が少し特殊であったに過ぎない。姉妹も母親も美形だが,この映画の価値は少女エマの可憐さに尽きる。
 『レイジング・ファイア』:香港製のポリスアクション映画で,原題は『怒火』だ。2020年に58歳で急逝した香港映画界の名匠ベニー・チャン監督の遺作で,極上の逸品である。主演は『イップマン』シリーズのドニー・イェンで,正義感の強いチェン警部を演じる。競演は『孫文の義士団』(09)でも共演したニコラス・ツェー。過剰な逮捕活動で犯人を殺害して投獄された元警官のンゴウ役で,彼の狂気の復讐計画が炸裂する。基本骨格は,敏腕刑事と犯人グループの攻防が続き,最後は2人の直接対決という定番パターンだが,監督と主演陣がいいとこうも引き締まるのかという典型例だ。劇伴音楽がテンポの良さを引き立てている。市中での銃撃戦が秀逸で,カーチェイスや取調室での駆け引きも見ものだ。勿論,ラストバトルはしっかりデザインされていて,ドニー・イェンの魅力を満喫できる。後継監督を起用し,シリーズとして定着させて欲しいものだ。
 『ただ悪より救いたまえ』:次は韓国製のノワールアクションだ。主人公は凄腕の暗殺者のインナム(ファン・ジョンミン)で,引退前の最後の仕事として日本人ヤクザのコレエダを殺害したところ,義弟で冷徹な殺し屋のレイ(イ・ジョンジェ)が復讐のため,どこまでもインナムをつけ狙う。一息ついたインナムに,タイで暮していた元恋人が殺害され,誘拐された娘ユミンが彼の実子らしいという報が届く。すぐにタイに向かったインナムの後をレイが追う。この誘拐には悪徳不動産屋,臓器売買の犯罪組織が絡み,まさに裏世界の救い難い連中が次々と登場する。韓国以上に汚い社会だ。壮絶な攻防の中で,ひたすら娘の無事を願うインナムの姿とそれを助けるニューハーフのユイの存在が,一服の清涼剤となっている。監督・脚本は,ヒット作『チェイサー』(08)の脚本家のホン・ウォンチャン。終盤の物語展開とアクション演出は,さすがと言える出来映えだった。
 『ヴォイス・オブ・ラブ』:マイクを持ったステージ上のポーズも,物語も,誰が見てもセリーヌ・ディオンの伝記映画なのだが,そうではないらしい。彼女の人生を基にしたフィクションと断っているから,準伝記映画と言うべきか。名前もよく似たアリーヌ・デューになっている。父母,兄姉,夫の名前も変えているが,12歳から歌手の道を歩み,結婚,成功,出産,夫との死別等,ほぼ完全にセリーヌの半生をなぞっている。前半はコメディタッチで進行する。早婚とは聞いていたが,こんな恋愛だとは知らなかった。監督・脚本・主演は,セリーヌを敬愛するフランス人女優のヴァレリー・ルメルシェ。マルチタレントで,かなりの才能の持ち主らしい。全編を1人で演じたのは凄いが,いくら何でも12歳を演じるのは無理で,不気味に感じた。歌は本人でもなく,セリーヌでもなく,プロ歌手のヴィクトリア・シオが吹替えているが,大した歌唱力で,まるでセリーヌだ。
 『99.9 刑事専門弁護士 THE MOVIE』:2016年と2018年に放映された人気TVシリーズの映画化作品である。人物設定はTV時代からのファンには言わずもがなだが,以下は(筆者同様)この映画を初めて観る読者への案内としよう。日本の刑事事件裁判では99.9%が有罪なので,残る0.1%の逆転可能性に賭けて,冤罪事件を扱う弁護士達の物語である。真実に拘る個性派弁護士・深山大翔(松本潤)の事件解決能力がウリで,変形の探偵ものの範疇に入る。最後にあっと言わせる快感エンディングがお決まりのパターンのようだ。室長から所長に昇格した敏腕弁護士・佐田篤弘(香川照之)も引き続き登場し,新米弁護士・穂乃果役で杉咲花が新規参加している。深山と佐田の駄洒落の応酬,おふざけの決めポーズも再三登場するが,筆者にはわざとらしく感じた。本作の事件は15年前に起きた「毒物ワイン事件」で,その真実の種明かしは結構見応えがあった。
 『君といた108日』:音楽映画であり,若い男女の純愛物語だ。実家を離れて大学生活を始めたジェレミー(KJ・アパ)はライブイベントでメリッサ(ブリット・ロバートソン)と出会い,運命の恋に落ちる。幸せな日々を送っていた2人だったが,メリッサには卵巣腫瘍があり,癌治療を続けていたことが判明する…。ここまで書くと,邦題から彼女が早逝してしまうことが分かってしまう。よくある作り話の悲恋物語に思えるが,実話であり,主人公は実在のシンガーソングライターのジェレミー・キャンプだった。上記の『ヴォイス・オブ・ラブ』とは異なり,関係者はすべて実名で登場し,劇中歌は主演のKJ・アパが自ら歌い,演奏している。作詞作曲のシーン,ライブステージ場面のリアリティが高いのは実話ゆえのことだろう。傷心から立ち直ったジェレミーが音楽と生きて行く道を選ぶことは,結果からして明らかだが,共感しながらその過程を見守る映画である。
 
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  (上記の何本かは,O plus E誌掲載分に少し加筆しています)  
   
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