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O plus E誌 2021年5・6月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『やすらぎの森』:舞台はカナダ・ケベック州の広大な森林の中で,女流作家ジョスリーヌ・ソシエの小説を,同州生まれのルイーズ・アルシャンボー監督が脚色し,映画化した作品だ。人里離れた湖畔の小屋に,世捨て人の老人男性3人が愛犬たちと気ままに暮らしていた。最高齢のテッドが天寿を全うした後,思いがけない来訪者が加わる。不当な隔離措置で60年以上を精神科施設に収容されていた80歳の老女ジェルトルードで,彼女を気遣うチャーリーとの間に恋が芽生える。安らぎの地の得たかと思えば,大麻栽培の露見,大規模な山火事が迫る危機に直面し,物語は急旋回する……。森や湖の景観が美しい上に,絵画,写真,歌等の彩りも豊かで,まさに詩情溢れる女性監督らしいタッチである。何よりも見事なのは,名女優アンドレ・ラシャペルの気品ある演技だった。本作を遺作と決め,87歳で主人公を演じた後,静かに息を引き取ったという。見事な人生の幕引きだ 。
 『いのちの停車場』:ここから邦画が4本続く。まずはほぼ3年おきに製作されている東映配給の吉永小百合主演作で,製作総指揮の岡田裕介氏の遺作となった。原作は現役医師・南杏子の同名小説で,成島出監督とは『ふしぎな岬の物語』(14)以来の再タッグである。既に実年齢は後期高齢者のはずだが,62歳の女性医師役に全く違和感を感じない。いや50代後半でも通用し,同年齢の田中泯とは父と娘に見えるのだから,ある種の化け物だ。東京の大病院の救急医から,故郷金沢の小さな診療所に転じて在宅医療に携わる物語で,末期ガン患者が多く,終末期医療や安楽死もテーマとなる。主な共演者は西田敏行,松坂桃李,広瀬すずで,患者にも豪華出演陣が配されている。7つのエピソードはヒューマニズムのオンパレードで,少し鼻についたが,終盤の重いテーマで一気に引き締まった。少し音量が大きめの音楽は,邦画としてはかなり出来が良いと感じた。
 『地獄の花園』:次は一転して,OLたちの派閥争いを描いた抱腹絶倒のアクションコメディだ。主演が永野芽郁と広瀬アリスということ以外の予備知識なしで観たのが良かった。ヤンキー女子のバトルロワイヤルだとしても,大企業の職場でこんなことは有り得ないと驚き,笑える。最強OLが次々と入れ替わるのが面白い。広瀬アリスは結構似合っている。永野芽郁を映画で観るのは初めてで,こんなに可愛かったのかと再認識した。誘拐された彼女の変身シーンが殊更痛快だ。「地上最強のOL」役は,最近は演技派がウリの小池栄子。配偶者の職業を考えたら,妥当な起用とも言える。対立組織トムソンの女性4人組は男優が女装して演じているとすぐ分かるが,それが誰なのか当てる楽しみもある。主人公が「漫画みたいな」を連呼するので,コミックが原作ではないらしいと分かったが,脚本・バカリズムのオリジナルストーリーだった。いや,面白い。
 『茜色に焼かれる』:冒頭,トヨタ車に乗った元高級官僚の高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違え,横断歩道の自転車を撥ねる死亡事故を起こす。ただし,死んだのは夫で,残されたのが母子だった。当欄が注目する石井裕也監督ゆえ,安っぽいパロディ映画ではなく,単純な告発調の社会派映画でもない。事故の7年後の現代のシーンでは皆マスクをしていて,コロナ禍の混迷の時代である描写も再三登場する。保険金の受け取りを拒否し,貧困の中,「強くて,脆くて,苦しくて,愛おしい」母・良子を尾野真千子が堂々と演じる。息子・純平役は子役出身の和田庵で,風俗嬢仲間ケイ役の片山友希の演技が光っていた。店長役の永瀬正敏は存在感のある渋い役だが,すぐに死んでしまう夫役のオダギリジョーはほぼ写真だけでの登場だった。その笑顔と人々の会話から,この人物の生前の振る舞いが想像できてしまう。見事な石井流マジックの演出だ。
 『明日の食卓』:こちらも尾野真千子演じる母と息子の物語で,息子の名前は「石橋ユウ」。ところが本作では,菅野美穂と高畑充希も同格の主演で,いずれも息子は10歳の「石橋ユウ」だ。3人の母は,失業中の夫を支えるフリーライター,シングルマザー,平凡な主婦で,家庭環境も居住地も異なるが,それぞれ家庭生活が破綻し,息子との関係も険悪になる…。映画の冒頭で母親が息子を追い詰めて殺害するシーンがあり,「誰がユウを殺したか」との問いかけがある。意図的に三者三様に描き分けているが,女性作家の作らしく,登場する男たちは全員見事なまでに「ダメ男」だ。息子の母への反抗心もハンパでなく,不愉快になる。題名に「明日の」があるので,平和な結末を想像しつつも,本気でどの母が殺害者か考えながら観てしまう。ネタバレになるので正解は書けないが,こんな手があったのかと驚いた。完全に瀬々敬久監督の演出に嵌まってしまった訳だ。
 『ローズメイカー 奇跡のバラ』:題名通り,新種のバラを生み出すことがテーマのフランス映画だ。実績はピカ一だが,経営能力に難がある育種家女性(カトリーヌ・フロ)が,職業紹介所派遣の男女3人を雇い入れ,素人同然の彼らを指導しながら,画期的な新種を生むことに賭ける物語である。園芸は英国が本場だと思ったが,バラの創作はフランスの得意分野だそうだ。本作のバラの監修者も一流揃いで,大手ブランドの実在のバラ園で撮影したという。貴重な種を盗みに入るシーンにワクワクし,品種交配のシーンは勉強になる。雇った助手の1人(メラン・オメルタ)が並外れた嗅覚の持ち主だったというのは,『パリの調香師 しあわせの香りを探して』(20年Web専用#6)を思い出す。監督・脚本は,これが長編2作目のピエール・ピノー。全編コメディ・タッチで,音楽もバラエティに富んでいた。エンドロール冒頭に登場する様々なバラは,どれも美しい。
 『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』:「ソウルの女王」と呼ばれたアレサ・フランクリンが1972年1月にLAのバプティスト教会で行った2日間の伝説のライブの記録映像である。当初から実録映画として公開するつもりで撮影したが,音と映像の同期がとれずにオクラ入りした。それが最新のデジタル技術で編集され,本人の逝去後にようやく陽の目を見た訳である。晩年の堂々たる体躯とは別人のように,まだ20代のアレサは可憐でチャーミングだった。教会を主宰するJ・クリーブランド牧師の司会,聖歌隊の合唱をバックに,アレサの迫力あるゴスペルが教会中に響き渡る。感極まって,多数の聴衆が踊り出す。いきなり振られてマイクをもったアレサの父・クラレンス牧師のトークが見事だった。さすが説教者としても一流だけのことはある。ピアノの弾き語りで熱唱するアレサの汗を父がそっと拭いてやる光景は,記録映像ならではの宝物だ。
 『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』:ロバート・デ・ニーロ,トミー・リー・ジョーンズ,モーガン・フリーマンのオスカー男優3人の競演作で,「!!」からコメディだと分かる。文字通りハリウッドが舞台で,時代設定は1970年代だ。映画マニアのギャングのレジー,彼に大きな借金があるB級プロデューサーのマックス,自殺願望のある往年の西部劇スターのデューク,この3人に誰を配したのか予想するだけでも楽しい。マックスが施設にいたデュークを主役に起用し,危険なスタント映画で死亡事故を起こして,その保険金で一気に借金返済をと計画する……。デュークがしぶとく,目論見がことごとく外れるドタバタ騒動が愉快だ。多数の映画名が登場し,当時の映画ポスター,西部劇セットも楽しめる。老優の名前デュークはジョン・ウェインの愛称だ。監督・脚本はジョージ・ギャロで,黒人映画や女性監督に関する皮肉もたっぷり盛り込まれている。
 『幸せの答え合わせ』:舞台は英国南部の海辺の町シーフォードで,熟年夫婦の離婚話がテーマだ。結婚生活29年の夫婦を演じるのはオスカー女優のアネット・ベニングと英国の名優ビル・ナイで,夫婦間の板挟みになる息子を新鋭ジョシュ・オコナーが演じている。長年我慢してきたが,配偶者の精神的圧迫に堪え兼ねて,片方が家を出る……。従来なら妻が夫を見限るのが普通だが,本作はその逆で,強い気丈な妻に離婚を切り出すのは気弱な夫だ。理由を聞かされ,逆上して怒り狂う妻の激しい言葉に圧倒される。2人とも知識人ゆえに,飛び出す言葉や譬え話が面白い。海辺の美しい景観や音楽は定番だが,夫婦と息子の3人が想いを込めたナレーションを被せる演出が少し新しい。原題の「Hope Gap」は現地の入江の名前だが,潤いある粋な邦題がついている。ただし,これがもつれた関係を解きほぐす「答え合わせ」だったのか,少し疑問に感じた。
 『るろうに剣心 最終章 The Beginning』:最終章の2編は同時制作ながら,先に「Final」を公開し,後で前日譚の「Beginning」を見せてシリーズの1作目に繋げるという手口だ。ウリのアクションは「Final」より控えめだが,時代劇セットも衣装も,多額の製作費をかけただけのことはある。剣心の十字傷の秘密,巴の日記の中身,剣心が巴を斬った経緯等々が盛り込まれ,しっかりピースが埋まる。その点での完結度は高いのだが,その半面,10年前に22歳でこの役を演じた佐藤健に,1作目の10数年前を演じさせるのは無理がある。巴役に有村架純は似合わず,もっと暗い表情の演技派を起用すべきだと感じた。シリーズの熱烈ファンは,こんな暗い前日譚を137分もかけて観たくもない。Finalに15分程度の回想シーンを挿入すれば十分だったと思う。罪滅ぼしに,原作になくてもいいから,年齢を重ねた剣心が活躍する後日譚を作り続けるべきだと要望しておこう。
 『トゥルーノース』:異色のフルCG長編アニメで,1960年代から始まった「在日朝鮮人の帰還事業」で北朝鮮に渡った家族が体験した「真実の姿」を,平壌に住むパク一家の物語として描いている。監督は在日コリアン4世の清水ハン栄治で,収容所体験をもつ脱北者へのインタビューから,10年の歳月をかけて作り上げた労作である。北朝鮮国内,とりわけ悪名高き政治犯強制収容所を実写映像で撮影する訳には行かないから,CGに頼らざるを得ないのは納得できる。屋外の自然風景,収容所,炭坑等の描写はかなりリアルで,人物は意図的に粗いポリゴンで表現している。主人公ヨハンたちの子供時代から成人後の顔立ちへの変化,抑圧の中で生きてきた老人の描写も見事だった。残念なのは,セリフが全編で英語だったことだ。日本からの移住者の会話は当然日本語と朝鮮語であったはずで,言葉の不自由さの中で生きたことも描いて欲しかったところだ。
 『逃げた女』:韓国映画で,題名から犯罪映画やサスペンス・ホラーを想像すると,全く肩透かしに終わる。オムニバス形式ではないが,3話構成で,夫の出張中に,女性主人公のガミ(キム・ミニ)が3人の女性の友人(ヨンスン,スヨン,ウジン)を訪問して会話を交わす。ただそれだけ映画だ。いずれも長回し映像で,せいぜいカメラが寄るだけである。3人との会話のセリフ量が多く,「会話内容+そこに訪ねて来る人物」が意味をもつらしい。監督がかけた謎なのか,主人公は何から「逃げた」のか,観終ってからも判然としなかった。人気監督ホン・サンスの映画だと分かっていたはずなのに,観賞中は女性監督の作品だと思い込んでいた。これはずっと黒いセーター姿,ショートヘアで登場するキム・ミニが,(写真でよく見かける)西川美和監督にそっくりだったからか,それともホン・サンス監督が現代女性の心理や対人関係を喝破して描いていたからだろうか。
 『走れロム』:こちらはベトナム映画の話題作で,孤児の14歳の少年ロムがサイゴンの裏町を走り回る。「デー」と呼ばれる「闇くじ」を巡る物語で,貧民層の生活ぶりの描写が生々しい。日本からの観光コースではまず目にできない世界である。アパートの立ち退き問題を絡めて,スピーディでスリリングに物語は進行する。これが長編デビュー作となったチャン・タン・フイ監督は,「ブラック・コメディ風のドキュメンタリー形式で描きたかった」と語る。前半の鮮やかな映像と,終盤の暗い,やるせない世界を描いた映像の対比が強烈だった。回想シーン中の少年が現代のロムに酷似していて,一体どうやって見つけたのか不思議だった。後で,演じていたのは監督の実弟であり,8年前の同テーマでの短編映画の映像を流用したのだと知り,疑問は氷解した。好きにはなれないし,感動もしないが,アジアを知ると言う意味で,強く印象に残る映画だった。
 >■『名も無い日』:名古屋市熱田区を舞台とした邦画で,前述の『茜色に焼かれる』で助演だった永瀬正敏とオダギリジョーが,主人公3兄弟の長男,次男として登場する。末弟には,金子ノブアキが配されている。次男の死の報に,NY在住の写真家の長男が帰国し,兄弟や家族の過去を振り返り,故人を偲ぶ物語となっている。長男は日比遊一監督そのもので,自由奔放に生きた長男が弟に負担をかけたという贖罪意識からの映画化のようだ。あらゆるシーンとセリフに思い入れが込められていて,主人公の混乱・困惑・無力感が伝わってくる。それを演じ切った永瀬正敏は,好い俳優になったなと実感できる。本作でも最初から死人のオダギリジョーの出番が少ないのは止むを得ないが,少し残念だった。墓地を空から俯瞰してカメラを引く構図,熱田神宮の尚武祭の提灯の昼夜の対比等,随所に写真家ならではの絵作りが見られるのは,鎮魂歌の一部だと感じた。
 『ベル・エポックでもう一度』:監督・脚本・音楽は,フランス人男優&脚本家で,これが監督2作目となるニコラ・ブドス。映画通向きで,フランス映画好きには,たまらない魅力の逸品だ。テーマは「時の旅人社」が提供する「タイムトラベルサービス」で,望みの時と場所と設定を言えば,過去のある一時を過ごさせてくれるが,タイムマシンでもVR体験でもない。映画セットを使い,多数の俳優を登場させる高額の擬似体験である。マイケル・ダグラスの主演の『ゲーム』(97)を思い出すが,本人が知らないサプライズではなく,利用者が指定する過去の出来事の追体験で,こんなサービスが実在したいいなと思わせる。主人公が選んだのは1974 年 5 月 16 日のリヨンのカフェで,映画セットの舞台裏描写が楽しい。音楽も,劇中で登場する絵画やイラストも小物も洒脱だ。それを破綻寸前の2組の夫婦の物語に絡めて,上質のエンタメに仕上げている。
 『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』前作は最高点評価を与えたサスペンススリラーの逸品だったゆえに,公開延期となったこの続編は待ち遠しかった。夫と次男を亡くしたが,音に反応する魔物を退治したエヴリン(エミリー・ブラント)は,長女,長男と産後間もない乳児を連れて自宅を後にする。屋外中心のロードムービー仕立てだが,「音を立てたら,超即死」の恐怖は続いている。同種の敵,同じ撃退法なので,新味は少なかったが,同じ枠組みで最後まで飽きさせない脚本,演出力は絶妙だ。とりわけ,終盤の3地点の映像切り替え,2地点での危機の同時進行が巧みだ。母よりも,聾者の長女リーガン(ミリセント・シモンズ)の存在感が増している。最大の不満は,前作でモンスターの外観も弱点も判明しているのに,そのCG画像の公開が一切ないことだ。シリーズ化は歓迎だが,更なる続編を作るなら,大きなスケールアップが必須だと思う。
 『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』:こちらも前作を絶賛し,待ち望んだ2作目だ。『るろうに剣心』シリーズの佐藤健は原作コミックから抜け出してきたようなハマり役だったが,本シリーズのファブルを演じる岡田准一は原作の茫洋とした主人公を凌いでいる。新鮮さは減るので1作目を超えられないのは,主人公の無敵ぶりがウリの『96時間』『イコライザー』両シリーズと同様だが,本作の2作目としての劣化度は最小で,かなり頑張っている。ギャグが減ったのは残念だが,人物関係や物語展開は原作にかなり忠実だ。上司役の佐藤浩市の出番も減ったが,敵役の堤真一の存在感が補っている。中盤の改修中の高層マンションの足場を使ったアクションは秀逸で,終盤の地雷の爆発シーンも上々だ。いずれもVFXの産物である。原作コミックの第2部の連載開始が遅れているが,「るろ剣」同様,原作がなくても,オリジナル脚本でシリーズを続けて欲しい。
 『RUN/ラン』:『search/サーチ』(18)のアニーシュ・チャガンティ監督の2作目で,同じ製作スタッフと共に作ったサスペンス映画である。PC上でドラマが展開するという1作目の奇抜な手法は「この手口は2度も使えない」と感じたが,見事にそれを封じ,今度は主人公が一切ネット機能を使えない状況を設定している。狂気の母親に追いつめられる娘の危機は,スリラーとしては平凡な設定だが,主人公の少女が車椅子生活であることがポイントだ。『クワイエット・プレイス』シリーズの少女リーガン役に実際の聾者を起用したのと同様,本作の主人公クロエ役の新人女優キーラ・アレンも実生活では車椅子常用者だという。よって,車椅子操作はごく自然で,驚くほど素早い。母親ダイアン役はホラー常連のサラ・ポールソンで,母と娘の攻防での2人の女優の演技合戦が見ものだ。ラストシーンのひねりにもニヤリとさせられる。良くできたスリラーだ。
 『王の願い -ハングルの始まり-』:韓国映画の史劇で,主人公は李氏朝鮮第4代国王で名君の誉れ高い世宗だ。時代は15世紀,彼が作らせたというハングル文字(訓民正音)の誕生過程が描かれている。主演は名優ソン・ガンホで,共演の仏教徒のシンミ和尚役にパク・ヘイル,王妃・昭憲王后役にチョン・ミソンが配されている。朝鮮の歴史に詳しくないので,時代考証も付帯エピソードもピンと来ないが,ハングル文字創製なるテーマに興味をそそられた。儒者の官僚との対立の中,仏僧の力を借りて朝鮮語独自の表音文字を完成させる物語で,大半はフィクションのようだ。原理をサンスクリット文字に学び,若き僧たちが筆で音素をデザインする描写が格別だった。劇中で登場する日本人仏教僧は正しい日本語を話している。日本を蔑み,中国におもねる国に対して,「文明国なら先代の約束を守るべし」と主張する姿は,約700年後の今日の日韓関係とほぼ同じだ。
 『峠 最後のサムライ』:原作は司馬遼太郎の長編時代小説「峠」で,幕末動乱期の長岡藩家老・河井継之助の名を一躍世に知らしめた名作である。同じく司馬小説を映画化した『関ヶ原』(17年9月号)『燃えよ剣』(20年5・6月号)は,原田眞人監督の豪快なタッチの大作だが,展開が急過ぎると感じた。本作は『雨あがる』(00)『蜩ノ記』(14)の小泉堯史監督が,ゆったりとした流れで,戊辰戦争の1コマを描いている。石田三成,土方歳三を共に岡田准一が派手に演じたのに対して,本作のやや地味な主人公に役所広司を起用したのは妥当な選択だ。次世代を見据えた壮大な構想の持ち主の英傑だが,時代の趨勢の中で官軍と戦わざるを得なかった人物像を見事に演じている。妻・おすが役の松たか子の他,豪華キャストが脇を固めている。風格のある歴史ドラマで,衣装,小道具,合戦の描写も遺漏なく,加古隆の音楽,石川さゆりの主題歌まで,心配りも完璧だ。
 『アジアの天使』:紙幅があるので,もう1本石井裕也監督作品を紹介しておこう。撮影は韓国人スタッフ&キャストとともにオール韓国ロケで撮った意欲作で,上記『茜色に…』より先に撮り終えていたようだ。本作でもオダギリジョーが起用され,本号で彼は3度目の登場だが,本作での出番が最も多い。ソウルに住む日本人役で,妻を亡くした弟(池松壮亮)が息子を連れ,彼を頼って韓国に来るところから物語が始まる。日本人出演者はこの3人だけで,いい加減な兄貴と生真面目な弟の組合せは,両男優のイメージ通り役柄だ。韓国社会で必死に生きる女性歌手(チェ・ヒソ)の家族と知り合い,少し風変わりなロードムービーが始まる。テーマは「どん底に落ちた日本と韓国の2つの家族が共に運命を歩む」で,石井監督は自らの新境地の開拓と位置づけているようだ。残念ながらまだ実験作のレベルで,『茜色に…』に比べるとコクがなく,完成度は高くない。
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