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O plus E誌 2015年7月号掲載
 
 
映画 ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム〜』
(アードマン&スタジオ カナル
/東北新社配給 )
      (C) 2014 Aardman Animations Limited and Studiocanal S.A.
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [7月4日より新宿ピカデリー他全国ロードショー公開予定]   2015年5月20日 GAGA試写室(大阪)
       
   
 
(字幕版)
(日本語吹替版)
インサイド・ヘッド』

(ウォルト・ディズニー映画)

      (C) 2015 Disney / Pixar
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [7月18日よりTOHOシネマズ日本橋他全国ロードショー公開予定]   2015年6月2日 GAGA試写室(大阪)
2015年7月3日 GAGA試写室(大阪)
 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  老舗スタジオ渾身のアニメ最新作2作品が上陸  
  今夏は,CG/VFXの大作,それもVFX史を飾った著名シリーズが続々と公開されるが,アニメ分野にとっても楽しみな作品が公開される。邦画のセル調アニメでは,細田守監督の『バケモノの子』が待ち遠しいが,海の向こうからは,ジャンルの違う老舗スタジオのアニメがやって来る。片や,英国の誇るストップモーション(コマ撮り)アニメの雄,アードマンの10年ぶりの長編劇場用映画だ。もう一方は,フルCGアニメの今日を築いたお馴染みピクサーの最新作で,こちらは2年ぶりの登場である。3作いずれも夏休み前の公開で,早めにファミリー層にアピールし,リピーターも期待してのことだろう。当欄で比較しながら紹介するからには,下記2作は,大人の映画ファンにも観て頂きたい作品だ。  
 
  スピンオフ・キャラのショーン君が都会で大活躍  
  1972年創設のアードマン・アニメーションズと言えば,何といっても『ウォレスとグルミット』シリーズである。各約30分の中編3作品は映画史に燦然と輝く名作揃いで,世界各国で絶賛され,アカデミー賞短編アニメ賞も2度受賞している。そのアードマン初の長編劇場用作品(85分)には,当然この人気キャラ・コンビが主演だと思ったのだが,意外にも鶏たちが主人公の『チキンラン』(01年4月号)だった。英国では大ヒットし,当欄でも☆☆☆の高評価を与えたのだが,知名度のせいか,本邦での興行成績はふるわなかった。
 その5年後の長編2作目にはウォレスとグルミットが登場するというので大いに期待したところに,同スタジオの倉庫で火災が発生し,彼らの小道具類は焼失したというニュースが伝わって来た。幸いにも大半を撮り終えていた『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』(06年4月号)は無事公開され,長編アニメ賞部門でもオスカーを得るところとなった。
 火災のためか,その後,グルミット達は全く登場しなくなり,アードマン・アニメの主役は「ひつじのショーン」となっている。『ウォレスとグルミット,危機一髪!』(95)に登場し,羊を盗んだ疑いで捕まったグルミットを助け出した可愛い子羊である。彼が主役のスピンオフ作品は,2007年以降,1話7分の短編TVシリーズとして製作され続けていて,英国ではBBCで,本邦ではNHK Eテレで,第4シリーズまで(計130話)が放映されていた。現在も毎週土曜日朝9時から3話ずつ再放送中だが,全話DVDで入手できる。
 前置きが長くなったが,10年ぶりのアードマン長編3作目は,当然このショーン君とその仲間たちが主役で,未年に相応しい。尺は前2作と同様85分で,TVシリーズの監督リチャード・スターザックと『…野菜畑で大ピンチ!』の脚本を担当したマーク・バートンが共同監督・脚本を務めている。もうそれだけで安心だが,お得意のドタバタ喜劇は健在で,抱腹絶倒,上質の笑いを堪能できる。ずばり,過去2作よりもずっと面白い!
 ショーン以外にも多数の羊たちが登場するが,ショーンを見分けるのは簡単で,頭部にも羊毛がついているのが,主役のショーン君である(写真1)。他の脇役羊たちも性格付けがはっきりとしている。TVシリーズにも登場する牧場主はウォレスを,牧羊犬ビッツァーはグルミットを彷彿とさせる(写真2)。単純なデザインのクレイ人形だけに,似てくるのは当然とも言えるし,意図的に性格や挙動まで似せているとも感じられる。羊たちの悪戯から,牧場主は眠ったまま田舎の牧場から都会へと運ばれ,記憶喪失となってしまう。彼を追ってビッツァーが,さらにはショーンと仲間たちも大都会へと向かう……。
 
 
 
 
 
写真1 シンプルな造形だが,頭部にも毛があるのがショーン君
 
 
 
 
 
写真2 これが牧場主と牧羊犬ビッツァー
 
 
  都市名は明示されていないが,写真3のパロディ場面からも,ロンドンを模していると分かる。その他にも,他作品のパロディやオマージュと思しきシーンがかなりあるが,敬意と遊び心の表われだろう。長編映画に相応しく,大都会の市中やレストラン(写真4),ブティック等の店内のセットが凝っている。TVシリーズより格段に精巧で,質感も高く,ミニチュアであることを忘れるほどだ。フルCGアニメに負けまい,というアードマン魂が感じられる。前作長編は結構CG/VFXで表現力を強化していたが,本作では遠景の一部をデジタル描画しているだけで,CGの出番はほとんどない。
 
 
 
 
 
写真3 大都会に出て,お馴染みアビー・ロードの横断風景
 
 
 
 
 
写真4 市街地や室内の造形は精巧で質感も高い
(C) 2014 Aardman Animations Limited and Studiocanal S.A.
 
 
  もう1つ特筆すべきは,明るく軽快な音楽だ。挿入曲もイラン・エシュケリ作曲のオリジナルスコアも素晴らしい。末尾のサントラ盤紹介欄に取り上げたので,そちらも読んで頂きたい。
 
 
  長編CGアニメ20周年を記念する意欲作だが…  
   一方のピクサーは,言うまでもなく,フルCGアニメの元祖的存在だ。1995年の『トイ・ストーリー』以降,長編は14作品を生み出してきたが,今年が20周年に当たる。2006年の『カーズ』以降,確実に毎年1作のペースであったが,昨年遂にそれが途絶えてしまった。予定していた『The Good Dinosaur』の完成が大幅に遅れてしまったためである(『カーズ』から派生した『プレーンズ』シリーズはピクサー製ではなく,Disney Toon作品だ)。遅れた同作品は,米国では今年11月に,日本では来年3月に公開の予定となっている。
 さて,この20周年記念作品は,安易なシリーズ作品ではなく,オリジナル脚本で登場した。広報宣伝にも気合いが入っている。市中のポスターもプレスシートを飾るキービジュアルも,カラフルでハイセンスだ。CGアニメの場合,映画のクオリティが素直に反映されていることが多いので,大いに期待が持てた。
 監督は,『モンスターズ・インク』(02年2月号)『カールじいさんの空飛ぶ家』(09年12月号)のピート・ドクター。ラセター門下生の秘蔵っ子も,3作目で既に中堅どころだ。本作の骨格は,11歳の少女の頭の中を支配している5つの感情を擬人化して描くというアイディアである。彼自身の娘が11歳になった頃から急に不機嫌になったので,「何が彼女の頭の中で起こっているのだろう?」と考えたことが発端になっている。
 善悪2人の自分が相克する物語は多いが,5つもの人格が登場することは珍しい。と思ったのだが,直前に同工異曲の邦画が公開されていた。東宝配給5月9日公開の『脳内ポイズンベリー』である。原作は水城せとな作のレディースコミックだが,これがピクサーに影響を与えた訳ではなく,人格数は単なる偶然の一致だろう。
『脳内…』の人格は「理性」「ポジティブ」「ネガティブ」「衝動」「記憶」だが,本作のライリーの5つの感情は「ヨロコビ(Joy)」「カナシミ(Sadness)」「イカリ(Anger)」「ムカムカ(Disgust)」「ビビリ(Fear)」である。各々に燈,青,赤,緑,紫が固有の色として配されている(写真5)。この5色は,昔のiMac(98年版シェルモデル)を思い出す(写真6)。S・ジョブズがピクサーのオーナーであったから,それに配慮した訳ではあるまいが。
 
 
 
 
 
写真5 性格に応じた5色の色分けで,分かりやすい
 
 
 
 
 
写真6 好きなカラーが選べて大ヒットしたiMac
 
 
  物語は,ふとしたことから,ヨロコビとカナシミが司令部の外に放り出され,2つの感情を失ったライリーが危機的状況に陥ってしまう……という設定だ。各感情キャラは,当然3D-CGで描かれているので,アードマンの羊たちよりも豊かな表情で登場させることができる。いずれもグッズ・ビジネスを意識した造形だが,中でもカナシミが可愛く,最も秀れたデザインだと思う(写真7)
 
 
                  
 
 
写真7 既にキャラクター・グッズが販売されている
 
 
   カラフルな頭の中のテーマパークとも言える物語(写真8)を堪能するつもりでいたのだが,残念ながら,少々退屈な作品だった。各感情のセリフが多く,しかも小難しく,何やら心理学の教科書を学んでいるかのようだ。これでは,子供たちが容易に理解できるとは思えない。
 
 
 
 
 
写真8 映像はカラフルでわくわくしたのだが…
 
 
  止むなくCGの出来だけを気にして観たが,特筆すべきは毛糸の質感表現だった。手編み風のカナシミのセーター,各キャラの頭髪は太い毛糸状であり,他のニットウェアの微妙な質感も秀逸だ。目立たないが,ライリー一家の頭髪の光沢,衣服のヒラヒラ感,屋内の陰影表現もかなりハイレベルのCG描写である(写真9)
 
 
 
 
 
写真9 頭髪,衣服,室内の陰影表現はハイレベル
(C) 2015 Disney / Pixar. All Rights Reserved.
 
 
   ファミリー映画としては評価を下げざるを得なかったが,海外での驚くべき高評価を見て,少し不思議だった。批評家だけでなく,観客満足度も極めて高い。そこで,これは日本語字幕を難しく訳し過ぎたためではないかと思い至った。であれば,日本語吹替版を観て,再評価してみたいと思う。本号締切には間に合わないので,後日Webページに付記する予定である。  
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◆付記:『インサイド・ヘッド』日本語吹替版の感想
 
 
  まるで別作品かと思うほどの違い。大竹しのぶが絶妙。  
  7月号の締切には間に合わなかったが,その後,予告通り,改めて『インサイド・ヘッド』の日本語吹替版を観た。予想通り,こちらの方が字幕版より分かりやすく,圧倒的にデキが良かった。
 まず,5つの脳内人格が出揃ったところで,5人が猛烈な勢いでしゃべり出す。何人もが我先に割り込んで話すので,声が重なっている。日本語だと何とか聴き分けられるが,この部分の字幕版は,どうなっていたのだろう? 筆者のヒアリング力では,早口の複数人の同時会話は聴き取れないから,字幕に頼り切っていたはずだ。その字幕で,複数人のセリフを複数行で同時表示していた記憶はないから,文字数を減らし,矢継ぎ早に1人ずつ字幕を出し続けていたのか,何人かのセリフは飛ばしていたのだろうか。
 少し前に観たはずの字幕版を,全く思い出せない。いずれにせよ,元のセリフに忠実で正確な字幕であったはずはない。それでは感情表現の微妙なニュアンスや物語展開の絶妙なテンポを表現できない。さらに,かなり小難しい単語が並んでいたためか,退屈な映画で,睡魔を覚えたという観客も少なくなかった。吹替版のセリフには,この難解さはなく,素直に物語について行けたし,しっかり感情移入もできた。字幕版と吹替版で,ここまで印象が異なる映画も珍しい。
 ヨロコビとカナシミが,司令部を外れ,道に迷ってからは尚更だ。竹内結子演じるヨロコビが口数多くしゃべりまくり,大竹しのぶ演じるカナシミが手短に受けて返す。このコンビが絶妙だ。とりわけ,大竹しのぶの声の演技は,好演という域を遥かに超えていた。英語版での声優とまるで印象が違い,カナシミというキャラクターが全くの別人格に思えてしまった。表情までが違って見える。より正確に言えば,彼女の演技が見事過ぎて,英語版の声優も,最初に感じたカナシミの印象も全く思い出せない。かくして,退屈どころか,完全に物語にハマってしまい,ロードムービー風の展開を,固唾を飲んで見守った次第である。
 日本の洋画ファンは,字幕版信奉者が圧倒的だ。彼らは,俳優自身の声が絶対必要だと言う。字幕版の場合,我々は演技者のセリフのトーンや抑揚を,字幕の上に重ね,脳内で仮想日本語音声を生成し,表情と同期させて観ているのだろう。であれば,原演技者の抑揚を上手く真似た吹替声優の声でも,表情とのリンクは十分取れるのではないか。情報量的には,圧倒的に吹替版の方が有利なはずだ。
 百歩譲って,唇の動きと日本語にセリフが合わないことを嫌う観客の言い分も分からなくはない。ただし,それは実写映画の生身の俳優の場合だけであり,いかにパフォーマンス・キャプチャ技術が進んでも,デジタルダブルの表情は無機的であり,純然たるCGキャラとなると,もはやリップシンクはほぼ失われている。
 そう考えれば,フルCGアニメは,原語での音声,日本語字幕の組み合わせに拘る理由は何もない。英語版のキャストが,日本語版キャストよりも優れている保証もない。字幕に気を取られる分だけ感情移入しにくいし,字数制限のハンデまで考えれば,セリフの多い映画では,マイナス要因ばかりだ。本作は,その影響がまともに出てしまった作品と言えよう。
 ともあれ,本作を観るなら,絶対に日本語吹替版だと断言しておこう。 
 
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  (画像は,O plus E誌掲載分に追加しています)  
   
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