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O plus E誌 2020年7・8月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『リトル・ジョー』:オーストリアの気鋭の女性監督ジェシカ・ハウスナーの5作目で,英国,ドイツとの共同製作となり,初めての英語作品となっている。人を幸せにする目的で開発した花「リトル・ジョー」が,自己繁殖のため,人間の脳を侵し,自分に味方するという行動を取らせるというスリラー映画だ。植物遺伝学を取材してのシナリオで,植物ウイルスが人間に感染するウイルスに変異するという仮説を立てている。種々の花も,部屋の壁や椅子も,かなり鮮やかな極彩色だ。音楽は,日本人作曲家・故伊藤貞司が前衛映画用に作った過去曲を流用している。太鼓,笛,笙,篳篥を使った雅楽がベースで,奇妙な印象を与えるのには成功しているが,無機質でカラフルな研究所とはミスマッチに思えた。結末が楽しみな映画で,ハリウッド作品ならこういうラストにはならない。時節柄,新型コロナウイルスは武漢の研究所から町に流れた説を信じたくなった。
 『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』:スウェーデン製のヒューマンコメディで,「63歳主婦,エプロンを外し,自分の人生を探す旅に出る。」がキャッチコピーだ。結婚後40年間専業主婦であったブリット=マリーは,夫の不倫発覚を機に,スーツケース1つで家を出て,田舎町のボーリにやって来る。そこで見つけた仕事は,ユースセンター(学童保育施設)の管理人兼児童サッカーチームのコーチだった。サッカーの知識皆無の彼女が子供たち相手に奮闘する様は,微笑ましく,暖かみがある。地域住民と次第に打ち解けて行く展開も,少し幸せな気分にさせてくれる。主演は,『スター・ウォーズ エピソード1 & 2』でアナキン・スカイウォーカーの母(ということは,ルークやレイアの祖母?)を演じていたペルニラ・アウグストで,監督は若手女性監督のツヴァ・ノヴォトニー。主人公のこの「独り立ち」を「幸せ」と感じるのは,今風の女性中心視点での描き方だからなのか?
 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』:キリスト教聖職者による児童への性的虐待を描いた映画で,監督は『2重螺旋の恋人』(17)のフランソワ・オゾン。エドワード・ノートンのデビュー作『真実の行方』(96)で話題になり,オスカー受賞作『スポットライト 世紀のスクープ』(15)で世界中に教会内の醜態が晒されたはずなのに,またこのテーマなのかという思いだ。フランスでは2014年まで告発がなく,法廷で争われることがなかったというのにも驚いた。ローマ教皇の頭を悩ませた問題だったのに,まだ横行していて,加害者の神父をロクに罰していない。本作は,新聞社での報道姿勢がテーマではなく,被害者の立場からの告発映画だ。被害者の会を作り,社会にアピールすることの難しさ,個々の家族の問題を克明に描いている。信仰をめぐっても,被害者間で意見が対立する。社会派映画としては成功しているが,控訴審結果を知って愕然とした。
 『悪人伝』:連続殺人事件を描いた韓国映画で,主演は『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で売り出したマ・ドンソク。彼のど迫力の悪人面はヤクザの親分にピッタリだが,彼が犯人ではなく,むしろめった刺しにされる被害者だ。警察の指揮系統に従わず,連続殺人犯を追うハミ出し刑事役のキム・ムヨル,途中で姿を見せる殺人鬼役のキム・ソンギュもそれらしい風貌で,分かりやすい。刑事ものであり,ヤクザものという,欲張りな設定だが,その両方の面白さを充たしている。ヤクザ社会のシノギと縄張り争い,警察組織内の成果争い,アクションとチェイス……,と盛り沢山でサービス精神満載だ。ヤクザと警察のどちらが成果を得るのか,先が読めない。結末は痛快,なるほどこの手があったのか。脚本の勝利だ。とにかくエンタメとして面白い。「悪人伝」という陳腐な題名ではもったいない。
 『海底47m 古代マヤの死の迷宮』:前作の『海底47m』(17)はB級パニック映画ながら,結構面白かった。鉄製の檻に入って楽しむ海中観光が,不慮の事故で水深47mの海底まで落ちてしまい,姉妹がサメに襲われる恐怖体験を描いていた。本作は,監督始め製作陣は同じだが,物語も登場人物も全く別ものだ。舞台がメキシコの海,人喰いサメの恐怖は踏襲しているが,原題が『47 Meters Down: Uncaged』であるように,今回は檻なしのダイビングである。水深47mでもない。登場人物は両親が再婚した義理の姉妹と友人2人の4人に増えているので,その内の何人が生き残るかが焦点となる。続編ゆえ,古代マヤの遺跡(勿論,本物ではない)を水中で回遊して観光するというサービス精神が発揮されているが,正直なところ,緊迫感に欠けていた。それでも,ラスト近くのサメとの攻防は少し見応えがあり,ずっと水中で演技した女優陣をねぎらっておきたい。
 『グランド・ジャーニー』:鳥たちと共に空を飛び,世界中の渡り鳥の生態を鳥の視点から描いたドキュメンタリー映画『WATARIDORI』(01)は大ヒットした。同作の制作にも参加した鳥類研究家クリスチャン・ムレクが本作の主人公のモデルで,彼も脚本に参加し,自ら開発した超軽量飛行機(ULM)で息子と共にノルウェーからフランスへの飛行経験を描いている。もう1人の主人公は,14歳の少年トマで,母やその恋人と暮していたが,夏休み5週間を実父のクリスチャンと暮すことになり,その間に渡り鳥の雛を育てることに熱中してしまう。自然史博物館に務める父の「絶滅危惧種の渡り鳥を救う計画」が挫折しようとした時,トマが無謀にも急遽鳥たちを連れ,ULMで空に飛び立つ…。物語は単純な冒険映画だが,やはり鳥たちと並んで空を飛ぶシーンが感動ものだ。実際に鳥たちを育て,訓練することなしに撮り得なかった映像ゆえに感動も倍加する。
 『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』:ウィーン生まれ,ドイツ在住の作家による文学作品の映画化だ。小説名は「キオスク」,映画の原題は「タバコ店」だが,分かりやすい邦題がついている。17歳の青年フランツ(ジーモン・モルツェ)の恋愛を,著名な心理学者のジークムント・フロイトが指南し,2人は年齢を超えた友情を育むという設定だ。フロイトを演じるのはこれが遺作となった名優ブルーノ・ガンツで,彼の言葉に含蓄があり,文学的な描写が続く。フランツとタバコ店主オットーとの会話,母との手紙のやりとりにも文学的香りが漂う。彼の爽やかな恋愛体験記かと思いきや,次第に政治的情勢の描写,時代に翻弄されるオーストリア国民の悲しさが描かれる。真剣に観てしまうが,楽しくはない。恋愛映画のときめきが感じられないのは,フランツを翻弄する女性アネシュカがさほど魅力的でないためか。夢のシーンでは,VFXが駆使されている。
 『LETO -レト-』:時代は1980年代前半,即ち,ソ連時代の末期のレニングラードでの若者の音楽活動を描いた青春映画だ。ロシア,フランスの合作扱いだが,会話はすべてロシア語,監督も俳優もロシア人で,実在したバンド「ズーパーク」「キノ」の活動を脚色して描いている。ズーパークのリーダーのマイク・ナウメンコを演じるのは,現在のバンド「ズベリ」のヴォーカリスト,ローマン・ビールィクだ。彼の妻のナタリアがキノの創設者ヴィクトルに恋してしまう奇妙な三角関係が描かれている。西側の音楽に憧れての作曲活動,アルバム収録,コンサート風景に,当時のソ連の息が詰まる世相が重なる。映像はほぼ全編モノクロで,当時のソ連映画かと感じさせる。何度かパートカラーや奇妙なグラフィックが添加され,レコード・ジャケット風でフルカラー画像も登場する。「ロックンロールに恋した若者たちのひと夏の輝き」が,本作を見事に要約している。
 『海辺の映画館―キネマの玉手箱』:晩年の大林宣彦監督が映画人としての矜持を投影した遺作であり,奇しくも,当初の公開予定日(4月10日)に逝去されたという,劇的な因縁つきの映画だ。監督の故郷の尾道が舞台で,海辺にある映画館「瀬戸内キネマ」の閉館に際し,最後の深夜興行「日本の戦争映画大特集」が上映される。それを観ていた3人の若者が映画内にタイムスリップして,劇中で近代日本が遭遇した戦争を体験し,原爆投下の惨事に遭遇する,といった物語である。サイレント,トーキー,アクション,ミュージカル,アニメ,CGといった映画表現を縦横に駆使し,蘊蓄とともにこの映画を縦横に操る。なるほど映画愛に溢れているが,外連が多すぎる。戦争の悲惨さを訴え,平和へのメッセージが数々込められているが,饒舌過ぎる。遺作であるので,賛辞とともに締めくくりたかったのだが,筆者には,このタッチの長尺3時間は苦痛であった。
 『ぐらんぶる』:スキューバダイビングを題材にした青春コミックの映画化で,題名は劇中に登場するダイビングショップ「Grand Blue」に因んでいる。人気若手俳優の竜星涼と犬飼貴丈のW主演で,彼らの全裸姿がウリと言うから,青春満載の悪ノリ,オフザケ映画を想像したのだが,その通りだった。筆者の世代が観るべき映画でないと思いつつも,若者の価値観や生態を学ぶ社会勉強と割り切ってマスコミ試写会に足を運んだ。観客の平均年齢は若めだったが,ほとんど笑いは聞こえなかった。なるほど,これが若者たちのサークル活動での会話であり,きっと楽しいことだろう。映画全編が悪ノリなのも,ここまで徹底すれば立派なものだ。出演の女性陣は皆美形で,男優たちもそこそこのイケメンである。それでも,もう少し演技力はあった方がいい。美しいスキューバダイビングのシーンを期待したのだが,殆ど登場しなかった。製作費をケチり過ぎだ。
 『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』:勿論,ディック・ロングは劇中の登場人物だが,彼は主人公ではなく,救急病院の前に放置された彼が死亡したところから映画は始まる。ある平凡な田舎町で起こった不思議な死亡事件を描いたブラックコメディで,題名通り,彼の死亡原因とその背景そのものが本作のテーマである。当然,それを証す訳には行かないが,彼は自殺ではなく,最後にドンデン返しがあるサプライズ映画でもないとだけ言っておこう。ディックと売れないバンドを組んでいたジークとアールは真相を知っているが,警察の捜査が進む中で,事件の痕跡を消し去ろうとする。とにかく,驚くべき死因である。それを楽しみながら想像するもよし,真相を知った後,自分が当事者ならどうする,家族なら,警察ならどうするかを考えながら観るのも一興だ。婦人警官と女性署長の掛け合いが面白かった。
 『ハニーボーイ』:映画界で活躍する子役俳優とそのギャラで生活するダメ親父との葛藤がテーマのヒューマンドラマだ。スピルバーグの秘蔵っ子と言われたシャイア・ラブーフがもう父親役かと感慨新ただが,彼自身が禁酒療法の一環で書いた父子の物語を映画化し,自分の父親を演じている。言わば,彼の自伝そのもので,演技も真に迫っている。父との関係に悩む12歳の少年に『ワンダー 君は太陽』(17)のノア・ジュプ,10年後の22歳の青年にルーカス・ヘッジズが配されている。どちらも好演だが,前者が圧倒的に素晴らしい。これぞ天才子役で,シャイア以上の俳優に成長することだろう。振り回される父親に反発しながら彼を見捨てられない父子関係は,『MOTHER マザー』(20年Web専用#3)の母子関係と相似形に思えた。いずれも辛い物語だが,本作の方が結末に救いがある。製作・監督は若手女性監督のアルマ・ハレルで,音楽もこちらが断然良かった。
 『ディヴァイン・フューリー/使者』:韓国製のオカルト映画で,それも悪魔祓いがテーマだという。注目したのは,幅広いジャンルで秀作を生み出す韓国映画で,このジャンルでも成功するのかだった。主演のパク・ソジュンが演じるのは,警察官の父を亡くし,神への信仰を失った格闘技のチャンピオンで,右手にできた不思議な傷から,悪と対峙する正義の力を得る。彼自身は聖職者ではないが,バチカンから派遣されたエクソシストのアン神父と,悪霊を操る「闇の司教」のジシン神父の2人が物語の鍵を握る。キリスト教の普及率は日本より圧倒的に高い韓国だから不思議はないはずだが,教会の正規の儀式にアジア系の顔は似合わない気がした。その一方,CGや特殊メイクをウリにしていたが,こちらはまずまずの出来映えで,ビジュアル的には『トロン:レガシー』(11年1月号)を意識しているなと感じた。ラストバトルの盛り上げは十分合格点だ。
 『ジェクシー! スマホを変えただけなのに』:この副題は便乗商法なのだろうが,邦画のヒット作『スマホを落としただけなのに』(18)とは何の関係もない。主人公のオタク青年が,スマホ内に出現した女性AIエージェントのジェクシーに翻弄されるSFコメディだ。 彼女の存在以外は未来でも何でもなく,現代社会を風刺した下品なオバカ映画である。実在の人物や企業名が,実名で多数登場する。それなりに面白いが,何しろ下品過ぎる。メイン欄の『アップロード ~デジタルなあの世へようこそ』との最大の違いは主人公の容姿で,コメディアンのアダム・ディヴァイン演じる本作のフィルは,どう見ても女性にモテそうにないスマホ依存症の男子だ。それでも,物語の進行とともに感情移入し応援したくなるのが普通だが,本作はそうはならない。米国製ポップコーンムービーはこんなものだろうが,もう少しジェクシーにAIとしての高級感,画面の工夫が欲しかった。
 『ファヒム パリが見た奇跡』:チェスのチャンピオンを目指して,母国バングラデシュを離れ,父と共にパリに移り住んだ天才少年ファヒム・モハンマドの物語である。実話ベースであり,実際に同国から移住したばかりの少年を主人公に起用している(我々にはインド人と見分けがつかないが)。フランスで著名なチェスの指導者シルヴァンの指導を受けて,めきめき実力を発揮する師弟のサクセスストーリーと,政治亡命の認定を受けられず,滞在許可証が得られない難民父子のハートフルドラマを巧みに織り交ぜている。名優ジェラール・ドパルデュー演じるシルヴァンと彼が想いを寄せる女性マチルド(イザベル・ナンティ)の関係が微笑ましい。ファヒムとチェス教室の少年少女との交流を「いいね!」と思う半面,難民問題をかかえるEUの現状描写にもなるほどと感じる。それでも,人権問題に真面目に取り組むフランス政府と国民性には頭が下がる。
 『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』:映画から歴史や社会や国際政治情勢を学べるという,好例の実話ドラマだ。時代はナチス・ドイツが誕生した1933年,その脅威に対抗し得るのは繁栄を誇るスターリン体制のソ連しかないと思われていた。主人公は,英国首相の政治顧問の新聞記者のガレス・ジョーンズで,その繁栄に疑問を抱いた彼は単身モスクワに乗り込み,そしてウクライナの飢餓状態を目の当たりにする……。ベルリンの壁崩壊,ソ連邦の解体から約30年が経ち,若い世代は東西冷戦時代を想像もできない今,誰かが社会主義国家の圧制と失敗を伝えねばという想いからの映画化だろう。監督はポーランド人のアグニェシュカ・ホランドで,ドイツ,ソ連の両国に蹂躙された国の悲哀を熟知している。当時のロンドンやモスクワの描写が素晴らしく,主演のJ・ノートン,助演のV・カービー,P・サースガードの繊細かつ緻密な演技を引き出している。
 『この世の果て 数多の終焉』:同じく,映画で初めて知った時代背景だが,こちらは第2次世界大戦末期から終戦直後の1945~46年のフランス領インドシナ(現在のベトナム,ラオス,カンボジア)が舞台となっている。同地に進駐していた日本軍が突如クーデターを起こし,フランス軍を敵として攻撃し始めたことが契機となっている(知らなかった!)。部隊の中で唯一生き延びた若きフランス兵士ロベール(ギャスパー・ウリエル)が,兄を殺害したベトナム解放軍の将校ヴォー・ビン・イェンへの復讐だけを生き甲斐として,ジャングルでのゲリラ戦を戦う物語である。戦地の悲惨さを描いた映画は数多いが,この映画の重傷者や死体の描写の生々しさは群を抜いている。他では,ベトナム人娼婦マイ(ラン=ケー・トラン)の描き方がユニークだった。監督・脚本は,仏人中堅監督のギョーム・ニクルー。結末は判然とせず,意図的に解釈を観客に委ねている。
 『グッバイ,リチャード!』:当欄では久々のジョニー・デップが主演作だが,2018年製作の作品だ。これまで種々の奇妙な役柄を演じて来ただけに,今更どんな主人公を演じるのかと思ったら,突然余命6ヶ月の宣告を受けた大学教授役だった。残された時間を自由に生き,生きてきた証しを見出そうとするテーマは平凡だが,ジョニデの個性を活かした前半の奔放振りが楽しかった。同業の大学教授としては,2つの点が羨ましい。いくら先のことを気にしなくていいとはいえ,凡庸でやる気のない学生を排除し,残った学生だけにやりたい放題の授業をやってのける。もう1つは,一介の大学教授が豪邸であれだけリッチな生活ができるとは,欧米と日本の待遇格差がこうも違うのかと感じた。楽しませるだけ楽しませて,この物語をどうやって締め括るか,注目は学生や友人たちに向けてのメッセージだった。少しクサいものの,さすが英文学の教授らしい演説だ。
 『事故物件 恐い間取り』:新感覚のホラー映画だ。原作は事故物件を渡り歩いた芸人・松原タニシの実体験記で,監督はJホラーの旗手・中田秀夫である。洋画のホラーは全く怖く感じないが,中田監督なら新しい恐怖を見せてくれると期待した。主演は,売れない芸人・山野ヤマメ役の亀梨和也で,お笑いの世界やバラエティ番組制作の舞台裏が楽しく描かれている。全員が活き活きとしているから,意図的な演出ではなく,実態に近いのだろう。彼と霊感のある女性・梓(奈緒)のラブロマンスも微笑ましい。「事故物件住みます芸人」をウリにするため,ヤマメが曰く付きの事故物件の4軒に住むが,1軒毎にどんどん怖くなり,最後は何を見せてくれるか,恐怖心を掻き立てられた(実際には,そう怖くなかったが)。さすが,中田監督だ。大阪の不動産屋のオバちゃん(江口のりこ)の応対が絶品だった。そう感じたところに,ラストのオチはさらに絶品だった。
 『シチリアーノ 裏切りの美学』:イタリア映画巨匠マルコ・ベロッキオによるマフィア映画で,1980年代の組織間の抗争とその後の法廷闘争の模様を克明に描いている。関係者はすべて実名で,殺害や裁判の日付も正確な実録ものだ。抗争から逃れ,ブラジルに逃げたパレルモ派のブシェッタが,コルレオーネ派に家族や仲間を殺害されたことから,マフィア撲滅をめざすファルコーネ判事に捜査協力し,366人もの検挙者を生み出すという大裁判へと発展する。マフィア映画の原点『ゴッドファーザー』(72)の影響を感じたのは,淡々とした進展の中で組織の恐ろしさを感じさせる描写,豪華で格調高い映像,それにマッチした美しい音楽だ。ニーノ・ロータ亡き後,後継者ニコラ・ビオヴァーニが見事にそのテイストを引き継いでいる。裁判シーンで,多数の被告人を出廷させるのに大きな檻が用意されているのに驚いた。この法廷シーンが長過ぎ,退屈だった。
 『パヴァロッティ 太陽のテノール』:こちらもイタリア関連で,同国が生んだ世界的オペラ歌手ルチアーノ・パヴァロッティの生涯を描いたドキュメンタリーである。とにかく楽しく,当欄の音楽関連伝記映画の中でも,出色の出来映えだ。これは,オスカー監督の名匠ロン・ハワードの腕とパヴァロッティ自身の人間的魅力の賜物だろう。オペラ界で「神の声」をもつと言われた若き日の姿は瑞々しく,左手の白いハンカチの経緯,「三大テノール」結成後の盛んなコンサート活動とその舞台裏等々,どのエピソードも興味深い。親しく交流したダイアナ妃の,彼の舞台を見つめる表情が何と美しいことか。生前の本人の声の他に,新たに撮影した23人のインタビューが素晴らしい。前妻,娘達,愛人,最後の妻の語りから,本人の魅力が溢れ出ている。U2のボノが語るパヴァロッティは,世界中を楽しませた偉大な歌手への最高の追悼の辞だと感じた。
 『水上のフライト』:公開延期になったまま,新しい公開日はまだ発表されないが,時間の問題と思われるので紹介しておこう。女子走り高跳びの五輪候補選手が交通事故で下半身不随になり,カヌーに転じてパラリンピックを目指すという青春スポーツ映画だ。今年の初夏公開で,東京五輪,パラリンピックを盛り上げる予定だったのだろうが,五輪も映画も延期になってしまい,すっかり白けてしまった。主演は,モデル出身のハーフの中条あやみ。『3D彼女 リアルガール』(18)『雪の華』(19)と3作続きで難病役だ。演技はお世辞にもうまくないが,少し気になる女優である。物語が選考会1戦目で終わるのが,少し物足りない。骨太感がなく,ラブもない。パラリンピックが題材だと,こうも気配りして,ご清潔に描かなければならないのかと不満だ。パラ選手達に失礼だろう。山中湖から見る富士山が頗る美しい。この富士の姿だけで,カヌー人口が増えても不思議はない。
 
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