O plus E VFX映画時評 2024年8月号

『フォールガイ』

(ユニバーサル映画/東宝東和配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[8月16日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS


2024年7月9日 東宝試写室(大阪)
2024年7月30日 東宝東和試写室(東京)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


本格スタントと最新VFXの見事な融合, 監督の映画愛が炸裂する

 文句なく楽しく,見応えある娯楽大作だ。当欄にとってのこの夏の一推し映画である。各作品はある期間での相対評価ではなく,それぞれの長所を判断しての絶対評価というのが当映画評の基本方針である。ところが,今夏は本作を超えるものはない,頭1つ抜けていると感じてしまったので,ついつい他作品は☆半分程度低くしてしまったというのが偽らざる心境だ。
 まず題名の「フォールガイ」(Fall Guy)から入ろう。「スタントマン」とほぼ同義語のようにも受け取られているが,厳密にはそうではない。狭義にはスタント業界の中で,高所からのジャンプや墜落シーンを専門とする代役俳優のことである。ついでに言っておくと,「スタントマン」(Stunt Man)自体に「代役」という意味はない。「Stunt」は「離れ業, 妙技, 曲芸」を意味しているので,怪我されては困る主役,準主役級の代わりに危険なアクションを担当する裏方俳優である。事実上「代役」には違いないが,音痴の俳優に代わって歌唱部分だけの「身代わり歌手」や楽器の代理演奏者は「スタントマン」とは言わない。勿論,主演女優の替わりに裸体を見せる身代わりは「スタントウーマン」ではない。何でも自分で演じてしまうトム・クルーズやジャッキー・チェンの場合は,彼自身が「スタントマン」である。「Stunt Guy」は同義語であり,代役の場合は「Stunt Double」とも言う。そこから,最近増えつつあるCGで描いた本人そっくりの代役は「Digital Double」と呼ばれている。
 本作の主人公はスタントマンであるが,落下専門という訳ではない。ではなぜ『The Stunt Guy』でなく,原題が『The Fall Guy』となってしまったかと言えば,1980年代前半のTVシリーズ『俺たち賞金稼ぎ!! フォール・ガイ』(81〜86)の映画化作品という位置づけであるから,そのまま題名も引き継いだのである。米国では1981年秋から5シーズン放映され,日本国内では日本テレビ系列で2シーズン分だけ放映されていたそうだ。筆者は毎週観ていた訳ではなく,一度だけチャンネルを間違えてつけてしまい,途中から最後まで観てしまった番組がこれだったと思う。原題はシンプルな『The Fall Guy』であったのに,邦題に長々とした前置句があるのは,内容に誤解がないようにとの配慮だったと思われる。主人公の本業はハリウッドのスタントマンであるが,そのスタント特技と身体能力を利用し,甥と助手との3人組で賞金がかかった犯罪者や逃亡犯を捕まえるのが副業なのである。この副業主体の活劇であったので,それを断っておく長い題名にしたのだろう。
 本作には,その副業の賞金稼ぎは全く登場しない。真当にハリウッド映画界のスタントマンの物語である。ただし,主人公の名前はそっくり踏襲し,ヒロインの姓は変えて,「ジョディ」のみ引き継いでいる。なぜ40年以上も前のTVシリーズの題名を持ち出しているかと言えば,監督のデヴィッド・リーチがスタントマン出身であるため,このTVシリーズに格別の思い入れがあるためだろう。本作はハリウッドメジャーの堂々たるブロックバスター映画であるため,現在ならデジタル技術で置き換えてしまう危険なスタントシーンもそのままリアルに演じている。では,CG/VFXは殆どないのかと言えば,そんなことはない。しっかり伝統的な身体を張ったスタント演技とVFXを見事に使い分けたり,融合させたりしている。その意味で,当欄にとってはこれまでにない特別な映画なのである。

【本作の概要】
 高度なスタント演技を得意とするコルト・シーバース(ライアン・ゴズリング)は,長らく人気アクションスターのトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)のスタントダブルを務めていた。ところが,12階吹き抜けのアトリウムからの落下シーンに失敗して,背中に重傷を負ってしまう。退院後も業界からは距離を置き,恋人であった撮影助手の恋人ジョディ・モレノ(エミリー・ブラント)にも連絡を取らず,2人の関係は途絶えていた。
 事故から1年半後,レストランの駐車係をしていたコルトに映画プロデューサーのゲイル・メイヤー(ハンナ・ワディンガム)から連絡が入る。豪州で撮影中のトムの主演作『メタルストーム』に,スタントダブルとして参加して欲しいとの要請だった。もはや危険な仕事は御免と断ったものの,この映画が元カノのジョディの監督デビュー作であり,彼女の窮地を助けて欲しいと聞き,急ぎ撮影中のシドニーへと飛ぶ。現地に着くと,トムは失踪中で行方不明であり,彼に与えられたミッションは,トムの身代わりとして撮影を進めることとトムの行方を探すことであった。
 撮影は順調に進行し,ジョディともヨリが戻ったので,コルトは薬物ルートからトムの行方を追い,彼のホテルの部屋の忍び込んだところ,バスタブには別のスタントマンの死体が氷漬けにされていた。トムのアシスタントのアルマ(ステファニー・スー)からトムの残したスマホを受け取ると,そこには殺人犯の映像が記録されていた。ところが,犯人の顔をコルトにすり替えたフェイク映像が世の中に出回り,コルトは殺人犯として指名手配されてしまう。悪党たちの魔の手によって捕えられたが,機転によって,からくも脱出する。シドニー港近くの河口で壮絶なボートチェイスを繰り広げた結果,コルトのボートは燃料船に激突し,大炎上してしまう……。
 まあ,ざっとこんな展開である。この後,クライマックスでのヴィランとの対決があるが,ネタバレになるので避けておこう。随所に派手なスタントシーンがあるが,そのために作った映画であるから当然だ。先にスタントシーンを考えてから,通しの脚本を書いたとさえ思える。それでいて,勧善懲悪の物語もラブストーリーもしっかり完結しているから,スタントに興味はなくても,入場料分は十分楽しませてくれる。
 映画のスタントがテーマであるから,映画撮影の現場が頻出し,スタント用語が連発され,スタント用機材や様々なカメラリグ等が登場する。これは嬉しい。他作品の題名,俳優名,役柄名もセリフ中で続々と登場する。『マイアミ・バイス』や『逃亡者』,ダニエル・デイ・ルイス,ザ・ロック,トム・クルーズ,ジェイソン・モモア,007,ジェイソン・ボーン等々である。当然,それらの作品へのオマージュやパロディと思しきシーンが鏤められている。劇中劇となっている撮影中の映画『メタルフレーム』の映像も見せてくれる。
 ハリウッド映画へのオマージュ,監督の映画愛が随所で感じられる映画はこれまでにも多々あったが,本作の特長はそれがスタント分野に特化されていることである。自らが関わった古き良き時代のスタント業界関係者への,リーチ監督からのラブレターであることが公言されている。

【監督,キャスティング,スタントスタッフ】
 そのスタントマン出身のデヴィット・リーチの監督デビュー作は,『ジョン・ウィック』(14)の共同監督であったが,監督としてはチャド・スタエルスキだけがクレジットされ,彼の名前は製作陣の1人としてしか入っていない。単独の監督デビュー作は,シャーリーズ・セロン主演のスパイ映画『アトミック・ブロンド』(17年11月号)であり,その後『デッドプール2』(18年Web専用#3)『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(19年Web専用#4)が続いた。ブラッド・ピット主演の『ブレット・トレイン』(22)と本作では,監督・製作を務めている。ブラッド・ピットとは,過去に5作品で彼のスタントダブルを演じた関係である。
 単館系作品を経ずに,メジャー系の大作だけで5本目というのは珍しく,余程の幸運なのかとも思うが,それまでの経歴が凄い。スタントマンとしての参加は1997年から2015年までで60本以上もあり,『マトリックス』シリーズ『ボーン』シリーズ等,アクション大作の名前が並ぶ。第2班監督は17本,軽い役での俳優としての出演は15本にクレジットされているので,まさに数々のハリウッド大作を裏方として支えてきた人物なのである。そのため,いきなりメジャー系の監督も難なくできるのだろう。小難しい映画は1本もなく,すべて娯楽映画に徹している。
 一方,ライアン・ゴズリングは既にトップスターの1人だが,この映画の主演というのは,少し違和感があった。そこそこアクションもこなせるようだが,アクション男優の印象が全くなかったからである。出世作の『きみに読む物語』(04) 『ラースと,その彼女』(08年12月号)『ブルーバレンタイン』(10)の役柄のせいか,寡黙で知的,もしくは内省的な人間という印象が強い。あるいは,話題作『ラ・ラ・ランド』(17年3月号)『バービー』(23年8月号)では,主演女優の引き立て役であった。まさに大勢いる「ケン」の1人なのである。リメイク作品『ブレードランナー 2049』(17年11月号)では,前作の主役ハリソン・フォードの再登場ばかりが気になって,新人ブレードランナーKがR・ゴズリングであったことは殆ど忘れていた。強いて言えば,『グレイマン』(22年Web専用#5)がアクション映画であった。彼が演じる主人公はCIAの秘密暗殺工作員だったが,題名通り無彩色の目立たない存在であり,W主演のクリス・エヴァンスやヒロインのアナ・デ・アルマスの方が鮮烈だった。何で,キャップテン・アメリカやボンドガールがここにいるんだという興味が,主演男優の存在感よりも勝っていたのである。
 かく左様に,R・ゴズリングという男優は,中性的とまでは言わないが,無彩色で没個性の主役を演じることが多い。筋骨隆々たる体躯でも派手な顔立ちでもない。ハリウッド男優としては中肉中背で特徴のない顔だ。その方がスタントマンに適していると考えて選ばれたのかも知れない。後で気付いたのだが,本作の事実用の主役は監督であり,R・ゴズリングはその代役に過ぎないとも言える。
 ヒロインのジョディ役のエミリー・ブラントもトップ女優であるが,彼女は逆に個性的な役柄ばかりを演じてきた印象がある。『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(10年1月号)『メリー・ポピンズ リターンズ』(19年1・2月号)で女王や魔法使いを演じたかと思えば,『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14年7月号)では,トム・クルーズと共闘して,全く引けをとらない戦闘能力抜群の女戦士を演じ,堂々たるアクションを披露していた。最近の『クアイエット・プレイス』シリーズでは,凶暴なエイリアンと戦うしっかり者の母親役であった。
 その彼女が本作で演じるのは,余りにも平凡で没個性の女性である。メイクのせいなのか,若くて可愛くなったように感じた(写真1)。役柄は映画監督であるが,自己主張の強い個性丸出しの女性ではない。この役は,彼女には役不足と感じたほどである。一昔前の健気な,男が望む女性であり,これがリーチ監督の好みの女性像なのかも知れない。


写真1 エミリー・ブラントが, 若く, 可愛くなったように感じた

 人気俳優トム・ライダー役のアーロン・テイラー=ジョンソンは,『キック・アス』シリーズは主役扱いであったが,存在感ではクロエ・グレース・モレッツが演じる「ヒットガール」に負けていた。大作での出演数も多いが,基本は助演俳優であり,殺し屋からプレイボーイまで器用にこなす。ルックス的には,R・レイノルズと同様,彼も没個性の特徴のない顔立ちだ。素顔に近いと2人の区別はすぐつくが,同じ髪形,髭で,同じコスチュームだと簡単に見分けられない(写真2)。背格好は近いので,R・レイノルズから逆算して,トム・ライダー役に選ばれたのかと思う。


写真2 (上)この画像だと2人の見分けがつく(右がR・レイノルズ)
(下)この格好になると,もう見分けられない。

 ゲイル役のハンナ・ワディンガムは英国人女優だが,活躍の場はTV業界中心のようで,これまでに見たことがない。ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画『レ・ミゼラブル』(13年1月号)に出演していたようだが,役名は「工場労働者」とあるだけで,名前すらない役だ。本作の映画プロデューサー役は,上記の3人とは打って変わって,かなり個性的な中年女性として描かれている。映画業界には昔から,こういう遣り手で非情な女性プロデューサーがいたのだなと思わせてくれる。
 トムのアシスタントのアルマ役のステーシー・フーは,オスカー受賞作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(23年3月号)で,主演のミシェル・ヨーの娘役を演じていた中国系(母親が台湾出身)の女優だ。マルチバースでの脅威となる敵役で存在感が抜群だったせいか,この役で助演女優賞にノミネートされていた。本作では多少の格闘シーンはあるが,平凡なアシスタントである。まるで,映画業界でのアジア人はこの程度の役が普通,と言っているように感じる。同様に,スタントコーディネーターのダンを演じるウィンストン・デュークは,どこにでもいそうな黒人男優だ。主人公コルトの親友で,中盤から終盤まで随所で彼を助けるのも,いかにもありそうな黒人俳優の役柄である。
 以上,主要なキャスティン全体を見ると,性別も人種もかなりステレオタイプの人選である。まるで多数のスタントマンを起用したかつてのハリウッド映画はこうだったと皮肉っているように思える。トムの愛犬のジャン・クロードも随所に登場して活躍するが,これも映画のアクセントで,よく訓練された犬を登場させることも多かったと印象づけているかのようだ。
 本作のスタント全般は「87ノース・プロダクションズ」が請負い,製作会社に名を連ねている。リーチ監督と配偶者のケリー・マコーミックが設立したアクション映画専門の制作会社である。平凡な一市民が派手なアクションを見せる『Mr.ノーバディ』(21年Web専用#3)を皮切りに,サンタクロースが強盗相手に大暴れする『バイオレント・ナイト』(23年2月号)や上述の『ブレット・トレイン』も,同社がアクション部分を担当していた。後述の個々のスタントのプロたちの大半は,同社の専属のようだ。本作『フォールガイ』は同社にとっての記念碑的な作品であり,リーチ監督と本作との関係は,VFX出身で白組所属の山崎貴監督と『ゴジラ−1.0』(23年11月号)との関係を彷彿とさせる。
 余談だが,ミッドエンド(エンドロールの途中の映像)で登場する俳優にも触れておこう。悪役の2人はヘリの墜落とともに死んだのではなく,まだ生きていて,駆けつけた警官2人に逮捕される。この老警官の男女は,『俺たち賞金稼ぎ!!…』でコルトとジョディ役を演じていた男優と女優のカメオ出演だというから,徹底したジョークで締めて括っている訳である。

【主要なスタントシーンの整理】
 この映画は,2度マスコミ試写を見せてもらった。しっかり予告編を点検して出かけたのだが,とても1回だけではスタントシーンの詳細はメモし切れず,VFXとの関係も解読できなかった。以下は1回目の試写を見て,プレスシートをざっと読んだ時点での主要スタントシーンの整理結果と疑問点である(メイキング映像は後で観た)。

 ①大怪我をするアトリウム12階からの落下シーン
 ワイヤーなしの落下スタントシーンで,失敗して重傷を負うという想定である。予告編を見直すと1階の床にエアバッグが見えるが,そこに安全に着地できなかったという設定だ。R・ゴズリング自身が演じているように見える(写真3)。普通の映画なら,スタジオ内で彼をブルーバックで撮影した映像か,CGで描いたスタントダブルを実写アトリウムに合成するところだが,本作がそうであるはずはない。さりとて,R・ゴズリングに背面フォールさせるからには,当然命綱は必要だが,それ以上の撮影テクニックを使ったかは,全く分からなかった。


写真3 大怪我をした12階からの背面落下シーン

 ②ビーチでの8回転半キャノンロール
 クルマやバイクを横転させ,何回転もさせるカースタントを「キャノンロール」と呼ぶ。車内に設置したキャノン砲を発射して,その反動で対象車を横転させるため,この名前がある。映画撮影のシーンという想定だから,走行する車両を前後や横から追う撮影車両も映ったシーケンスとなっている(写真4)。それ自体を撮るカメラが別途あるだけで,特にトリックなしの本番撮影に見えた。最後は車体が半壊する凄まじいロールだった。何回転したかは分からなかったが,実際は8回転半で,これはギネス記録とのことである。従来の世界記録は『007/カジノ・ロワイヤル』(07年1月号)の7回転だったので,最初から綿密な計算の上,ギネス記録更新を狙っていたようだ。平らなビーチで潮の干満も考慮し,スタッフは絶え間なく砂を圧縮して硬くした上で,時速80マイル(約130km)でキャノン砲を発射したという。


写真4 (上)いよいよキャノンロールのスタート, (中)映画撮影の想定なので,
多数の撮影伴走車もシーンの一部, (下)最後に車体はほぼ半壊状態に

 勿論,R・ゴズリング自身が運転していた訳ではない。彼は運転席でシートベルトを締めるところまでで,キャノンロール運転のプロ,ローガン・ホラディがスタントダブルとしてすり替わっている。メイキング映像を観ると,停止後にスタッフが駆け寄って「ローガンは無事だ!」と叫んでいる。彼の名前もギネスブックに記載されるようだ。

 ③スペースカウボーイのファイヤーバーン
 映画『メタルフレーム』の主人公スペースカウボーイの着衣に火がつくシーンの撮影風景が登場する。短時間身体に火をつける「ファイヤーバーン」のスタント撮影の解説的なシークエンスであるから,スタッフが火をつけ,その後,消火器で消し止める場面までが描かれている(写真5)。このシーンでは,ベン・ジェンキンがスタントダブルを演じている。プロとはいえ,当然,耐火性のある衣装を採用し,安全措置を講じた上での撮影であろうから,これもすべて本物だろうと思ったのだが,そうではなかった。その種明かしは後述する。


写真5 (上)スタッフが慎重にスタントダブルに火をつける
(下)劇中の完成映像。クレーンやワイヤーがあるのは,これが映画撮影のシーンのため。

 ④アルマとコルトのチェイス・シークエンス
 プレスシートでこの見出しだったので,そのまま使ったが,アルマとコルトが繰り広げるカーチェイスではない。悪党に攫われたアルマを乗せたゴミ収集車にコルトが乗り移り,敵と戦ってアルマを救出する中盤のスタントシーンである(写真6)。シドニー随一の名所,ハーバーブリッジから始まり,市内中心部へと移動するので「ブリッジファイト」とも呼ばれている。橋の向こうにユニークな形状のオペラハウスが見える大きな見せ場であり,早朝のある時間帯,この橋の通行を封鎖して撮影したという。


写真6 (上)シドニー名所のハーバーブリッジからチェイスが始まる
(中)火花をあげて走行するゴミ収集車。橋の向こうにオペラハウスが見える
(下)このシーンはスタントダブルでなく, R・ゴズリングが演じたという

 表題欄にあるメイン画像としても使われているので,R・ゴズリングがこのスタント撮影に参加していたことは確実である。かなり複雑なカット割りの長いシークエンスであり,相当手の込んだシーンと見て取れた。多数のカメラで撮影した上にVFXも駆使していて,どこでスタントダブルと入れ替わったかは簡単には分からなかった。内容分析は後述する。

 ⑤225フィートのカージャンプ
 ②と並ぶ本作の限界挑戦スタントシーンである。劇中では250フィートと語られていたが,それは映画『メタルフレーム』内のセリフであり,本作のスタントチームが挑戦した実際の距離は225フィート(約70m)の空中ジャンブである。通常なら,CGで描くところを,本作ゆえに実車でカースタントのプロが挑戦したに違いない。『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE 』(23年7月号)でトム・クルーズ自身が演じたバイクシャンプも凄まじかったが,同作のバイクはそのまま落下させ,イーサン・ハントはパラシュートで降下するという設定であった。本作は,225フィート先の向こう岸に着地するというカージャンプであるから,設定も難易度もかなり違う。
 成否のほどやギネス記録への言及はない。最初からギネス更新の意図はなく,無事着地できたのだと思うが,少しVFXのアシストを得たのか,何か細工があったのかは,全く分からなかった。

 ⑥シドニー港でのボートジャンプ
 ④と双璧のチェイスシーンで,こちらは敵の手から逃れたコルトが傍にあったモーターボートに飛び乗り,夜のシドニー港近くの河口部でボートチェイスを繰り広げる。コルトは両手を縛られたままだったので,操縦席から後に向き,後手で背面操作しながらボートを操り,何度かジャンプも試みる。大半のショットで,スタントドライバーが隠れて操縦していたようだ。念のため,R・ゴズリングは豪州でのボート免許を取得したという。④に負けず劣らず複雑で,手の込んだシークエンスであるので,VFX関与の分析は後述する。

 ⑦ヘリコプターからの150フィートのハイフォール
 最終盤では,カースタントの後,ヘリを縦横に駆使したスタントが炸裂する。本作のクライマックスに相応しい充実したアクションシーンである。高所から落下の「ハイフォール」専門のトロイ・ブラウンは父の代からのスタントマンで,本作で自己最高の150フィート(約45m)落下に成功したことが強調されている。この他,コルトが当のヘリに飛び移るシーンや自ら落下を選択するシーンにもVFXが関与しているので,これも後述する。
 上記を達成するためには,様々な器材,特殊カメラ,安全装置等が用意されている。写真7は,ヘリの機体(本物のヘリではなく,機体のみ)を吊り下げる数十m級のクレーンと地上着地時にクッションとなるエアバッグである。カースタント用にはカメラクレーンや車体取り付けアーム等が用意されている(写真8)


写真7 (上)クレーンでヘリの機体を吊り下げ, ここから飛び降りる
(下)落下者を待ち受けるクッションのエアバッグ。この上に正確に落ちるのもプロの技。

写真8 車体取り付けアーム。このシーンではコルトがジョディを誘っている。

【フィジカルスタントとCG/VFXの併せ技の数々】
 上記を整理し,2度目のマスコミ試写を待っている内に,VFX担当のRising Sun Pictures, Cinesiteの両社からYouTubeにBreakdown映像が公開された。解説なしで,ただVFXのBefore/Afterが切り替わるだけだったので,何とかVFX利用部分が分かるだけで,意図や注目ポイントは不明で,スタント演技との関係はさっぱり分からなかった。予告編や特報映像も少し増えたので,それらを頼りに,2度目の試写を観て,自己流分析を加えたのが以下である。
 ■ ①に関しては,写真9の画像が公開されていた。基本的には,リハーサルも本番撮影もワイヤー吊りで実施し,後でワイヤーを消しただけのようだ。R・ゴズリング自身が演じているように見える。ワイヤーがあるとはいえ,高速度で12階から1階まで落下するなら,かなりの恐怖だと思うが,このシーンは短く,全部を見せていた訳ではない。途中からスタントダブルと差替えることも可能だが,ワイヤーをゆっくり降ろし,上階からの落下当初の部分だけを撮影したのかも知れない。よく考えれば,さほど危険なスタントシーンでもなかった。


写真9 実際には, ワイヤー吊りを採用し, テストを重ねて本番に臨む

 ■ ③のファイヤーバーンのシーンは意外だった。後半は,コルトが火まみれのまま倒れ込んだところを,すぐにスタッフが消火器を吹きかけて火を消し,コルトが立ち上がって顔を見せるシーンである。耐火性のある服で,しかもすぐに消火するならR・ゴズリング自身が演じていても平気だと思ったのだが,主演男優の安全を期して,この部分はCG製の炎を描き加えていたようだ(写真10)。消火器をかけている間にスタントダブルから本人に入れ替わる方がずっと簡単だと思うのだが…。


写真10 ここも本物の炎と思ったのだが, CG製の炎を描き加えていた

 ■ ④の「ブリッジファイト」は,スキップローダータイプのゴミ収集車が,火花を発しながら橋の上を走行している。鉄板の上に乗り,シャベルを引っかけて捕まっていたのはR・ゴズリングであるが,橋の上で既に彼は空のゴミ箱部分に乗り移り,黄色い服の悪漢とのバトルが始まる。この移動部分で彼の顔は見えないので,既にスタントダブルと入れ替わっていた可能性が高い。橋を通り抜けて市街地に入るが,クルマは角をうまく回り切れず,牽引されているゴミ箱部分は横転してしまう(写真11)。この間も2人のバトルは続いているが,R・ゴズリングであるか,スタントダブルであるかの区別できなかった。カット割が多いので,一部だけR・ゴズリングであっても不思議はない。市街地部分はゆっくり撮っても差し支えないし,ブルーバックでのスタジオ撮影+現地映像のVFX合成の利用も考えられる。犬が運転席に入ってアルマを助けようとし,アルマが運転手と格闘するシーンがあるが,こんなことを走行中にできる訳はないからだ。写真12にも注目したい。スキップローダー本体の後部には大きなカメラリグが搭載されていて,後からの映像を撮る後続車のカメラも映っている。こんな装備はどの走行シーンにもなかった。即ち,こうした撮影機材を積んだまま橋や市中を走行し,後で消去しているのだと思われる。その姿を撮影する伴走車も同様に消し去る必要がある。封鎖した橋上の車両はすべてこの映画が手配した車であり,このシークエンスのために約50人のスタントドライバーが投入されたという。市街地の撮影も含め,かなり綿密で複雑な撮影計画が立てられていたと考えられる。また,写真12ではゴミ箱は少し浮いていて,火花も出ていない。となると,他のシーンでの火花も,すべてCG製の火花であると考えるのが自然だ。画面中で橋を走行する車両の大半も,CGで描き加えた可能性が高い。


写真11 市街地の左折時にゴミ箱部分は横転するが, バトルは続く

写真12 現実の走行車両の装備と後続車両のカメラ

 ■ ⑤の225フィートのカージャンプの成功を疑う根拠は全くなかった(写真13)。驚異の距離を飛べる特別仕様車を用意し,車両性能を試すためのテストジャンプ用に全く同じセットをもう1つ作ったそうだ。スタントドライバーは②と同じローガン・ホラディで,本番ジャンプの中の時速は72マイル(約116km/h),高さの最高は80フィート(約25m)に達したという。どう考えてもCGで描いた方が簡単なのだが,本物のスタントを見せたいという矜持(意地?)に過ぎない。この映画に限っては,それでいいじゃないかと思う。


写真13 225フィートの大ジャンプ。踏切り台の傾斜も急。

 ■ ⑥のシドニー港でのボートチェイスも長いシークエンスだ。勿論,2台のボートを実際に水上走行させた上に,コルトのボート走行はすべてCGでも描いていたという(写真14)。必要に応じて,一部をCGで置き換えていたのだろうが,それがどこだか見抜けなかった。確実なのは,最後の燃料船への激突から爆発,大炎上で,ボート,爆発,破片,煙等々のすべてがCGで描かれている。逃走中のボートをジャンプさせるためには傾斜路を設けて,本当に80フィート(約24m)のジャンプをさせたという(写真15)。この部分ではボート後部の炎はないので,完成映像にはCG製の炎が描き加えてられていたと考えられる。このチェイスシーンに先立つ口からの火炎放射シーンが楽しかった。捕まったコルトが手を縛られてガソリンをかけられ,火をつけられようとした瞬間,口からガソリンを吹き出して引火させ,敵に火炎放射する場面である(写真16)。勿論,主演俳優が口にしたのはただの水であり,火炎はCG製である。


写真14 (上)逃走するコルトのボート, (中上)最後は燃料船に激突し大炎上
(中下)&(下)すべてCGで描いたバージョンも用意されていた

写真15 実物のボートをジャンプさせる(後からと横からの撮影)

写真16 口に含んだガソリンを吹きつけ, 敵に火炎放射する

 ■ ⑦のヘリを使ったスタントシーンは,物語は詳しく語らず,要点だけに留めておこう。悪事を語った録音データを奪い,ヘリで逃げようとする悪役2人を追い,コルトが大ジャンプするシーンは,人物もヘリも実写映像へのCGの重畳描画である(写真17)。ところが,ヘリに捕まろうとする寸前からは,スタントダブルとヘリ機体も実写に切り替わる(写真18)。飛行できる本物のヘリのホバリングでは風も強く,ぶら下がるのも大変なので,ローターなしの機体を作り,クレーンで吊って撮影に使っている。完成映像ではクレーンを消し,紅色の爆発を描き加えている。敵に拳銃をつきつけられたコルトが,自ら後に倒れて機内から脱出するのは,よくあるお決まりのシーンだ(写真19)。さすがにこのシーンは本物のスタントでなく,定番のブルーバック合成である。さて,残るはお待ちかねの150フィートのハイフォールだ。映像を観る限り,CGか本物の落下かの区別がつかないが,プロのトロイ・ブラウンが自己最高記録更新というからには,本物なのだろう(写真20)。その場合,クレーンは消し,ヘリ上部にはローターが描き加えられていることは言うまでもない。地上への着地に関しては,完成した映画では,写真7のような地味なエアバッグではなく,もっとカラフルな物を利用していた。R・ゴズリング自身をかなり低い高度から落下させたか,顔だけすげかえたかは分からなかった。


写真17 コルトがヘリに飛び移るジャンプはCGで表現

写真18 (上)スタントダブルがヘリに飛びつく, (中)クレーンを消し, 爆発を加えた完成映像
(下)このヘリにはローターがなく, 空は飛べないので, クレーンで吊り下げている

写真19 さすがにこのシーンの背景は, ブルーバックでの合成


写真20 150フィートのハイフォール。ローターはCGで描き加えられている。

 ■ その他,ナイトクラブ等での格闘シーンには,格闘技専門のスタントマンが多数使われている。R・ゴズリングの代役は武術家のジャスティン・イートンだ。そもそも,スタントマンの利用とCG/VFXの進歩とは,かなり複雑な関係にある。デジタル処理で容易にワイヤーが消せるようになったことから,ワイヤーアクションの利用が増えたことは間違いない。その後のCGの進歩により,デジタルダブルの利用が増え,スタントマンは失業したかと言えば,案外そうでもない。表情合成も進歩したため,顔だけすげ替えることも容易になったので,またまたスタントダブルの出番も増えたのである。本作では,意図的にギネス級のフィジカルスタントの出番を作っているが,筆者も見抜けないところで,かなりVFXも使っていたようだ。Cinesite社だけでVFXは350シーンというから,全体ではその数倍あったに違いない。エンドロールには,撮影現場でのメイキング映像が流れ,ここもそうだったのかと気付かされた。同じスペースカウボーイ姿で,3人,5人が並ぶ記念撮影があったが,写真21は5人が並んだ記念写真である。てっきり,左から2人目がR・ゴズリングかと思ったのだが,それはA・T=ジョンソンだった。スタントマン3人の内,1人だけ少し背が低いので代役には適さないように思えるが,彼がカースタント専門のL・ホラディであり,車から降りることはないので,身長は気にならないのである。


写真21 左から順にRyan Gosling, Aaron Taylor-Johnson, Ben Jenkin,
Logan Holladay, Justin Eatonで, 一番右はデヴィッド・リーチ監督

 ■ 動物の登場場面のVFXにも触れておこう。ジャン・クロードはトムの愛犬という位置づけだが,すぐにR・ゴズリングに懐いたようだ。この犬の登場場面は何度もあったが,すべて犬が演技しやすいよう環境を整えている。写真22は典型的なブルースクリーンの利用だが,シートベルトを着けても大人しく座っている。近くで爆発や格闘があるシーンでは,それを抜いて犬の演技を収録し,後で爆発のスモークを描き加えている。一方,コルトがトムのホテルを訪れるシーンでは,フロントでコルトの後を白いユニコーン(一角獣)が横切る。てっきり,普通の白馬に角だけ描き加えたのかと思ったが,丸ごとCGで描いていたようだ(写真23)。いやはや,スタントシーンだけでなく,CG描画にも潤沢な製作費を使ったようだ。


写真22 何度も活躍するジャン・クロードの都合に合わせた撮影方法を選択

写真23 角1本だけ加えれば十分なのに, 丸ごとCGで描いている

 ■ 劇中映画の『メタルフレーム』についても触れておく。名作西部劇『真昼の決闘』(52)のSF版という位置づけで,宇宙人の襲来を迎え討つのが主人公のスペースカウボーイなのである。エイリアン,宇宙船,戦闘と爆発シーンがたっぷり登場するので,CG/VFXのオンパレードで,ここでも贅沢に製作費を使っている(写真24)。衣装代だけでも,かなりの経費がかかるはずだ。いくら題材とはいえ,こんなチープな映画がヒットする訳がないと思わせる。ちなみにこの題名は,1983年にユニバーサル映画が公開したSF映画の題名で,大コケし,歴史に残る失敗作だそうだ。それを踏襲するのは,安直なB級SF映画に対するリーチ監督の痛烈な皮肉のように思える。この映画が完成したという想定で,本作の最後に,「サンディエゴ・コミコン」でその予告編が特別上映されるシーンが流れる。劇中でコルトとジョディの会話に何度か登場したジェイソン・モモアがその案内役を務めていたのに笑ってしまった。本作のCG/VFXの主担当は,Rising Sun Pictures, Framestore, Cinesiteの3社で,他にCrafty Apes, OPSIS, Track VFX, Day For Niteも参加していた。


写真24 1980年代の失敗作の題名を踏襲したSF映画『メタルクローム』
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 ■ 音楽に関して語るのを忘れていた。本作のテイストに合ったポップな曲が多数流れる。プレイリストには14曲が挙がっていた。全部知っていた訳ではないが,ロックではKISSの“I Was Made For Lovin’ You”,バラードではTaylor Swiftの“All Too Well (Taylor’s Version)”は,見事にこの映画にフィットしていると感じた(長過ぎるので,ごく一部しか流れないが)。もう1曲,意外だったのは,劇中でジョディ役のエミリー・ブラントがカラオケバーで歌う“Against All Odds (Take A Look At Me Now)”である。④のチェイスシーンのバックにこの歌唱が流れていた。抜群の歌唱力ではないが,切々と歌う表現力に痺れた。1984年にリリースされたPhil Collins最大のヒット曲であるから,本作がイメージした1980年代前半のカラーにも符合している。後年,Mariah Careyのカバーでもヒットしたから,E・ブラントはそちらをイメージして歌っていたのかも知れない。

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