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O plus E誌 2017年11月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』:当欄好みのドキュメンタリーで,なかなかの逸品だ。被写体であり,本作の監督でもあるのは,フランスを代表する報道写真家レイモン・ドゥパルドン。アルジェリア,ベトナム,ベルリン,南アフリカ等,世界を取材して回り,激動の時代,歴史の変遷を記録した映像集はまさに彼の「人生の旅」だ。その一方で,長年フランスの市井の人々や風景を粛々と撮り続けている。共同監督としてこの写真家の姿を撮影しているのは,妻であるクローディーヌ・ヌーガレだ。スチールカメラマンとしては,フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールの映画撮影現場に立ち会っている。当のゴダールやアラン・ドロン,ミレーユ・ダルクらが一瞬登場するのが嬉しかった。過去と現在が交互に登場する構成が巧みで,緊張と緩和を繰り返す。背後に流れるフレンチ・ポップスやシャンソンが心地よい。
 『アトミック・ブロンド』:実にスタイリッシュで,クール! そうとしか形容のしようがないスパイ映画だ。時代は1989年ベルリンの壁崩壊の時,主人公は英国MI6のエージェント,主演はシャーリーズ・セロン。女性エージェントやスーパーヒロインものは,これまでロクな映画がなかった。先々月の『ワンダーウーマン』がその壁を壊したが,本作も負けてはいない。主人公がブロンド髪というので,もっとお軽い映画かと思ったら,全く逆で,汚れ役,敵役もできる主演女優ならではの逸品だった。物語は二転三転し,だれが敵か味方か全く読めなかった。最後の15分が怒濤の展開となる。『キングスマン』(15)の義足の女殺し屋を演じたソフィア・ブテラの起用が嬉しい。敵かと思ったら,2人のレズ・シーンが見られる。白のコート,黒のパンツ・スーツ,赤のコート等,主人公のファッションも見ものだ。80年代のヒット曲中心の音楽の選曲も素晴らしい。
 『女神の見えざる手』:凄い映画,凄い物語だ。いや,最も感心するのは,主人公の女性ロビイストの辣腕ぶりだ。戦略を練り,目的のためにはあらゆる手段を講じて,政治の世界を裏で動かすロビイストの仕事ぶりに感心する。有能,非情かつ完璧な主人公エリザベス・スローンは,キャリアウーマンなど当たり前の米国社会でも,これほどの女性がいるのかと……。監督は『恋におちたシェイクスピア』(98)のジョン・マッデンで,主演は『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)のジェシカ・チャステイン。多彩な役柄をこなす売れっ子女優だが,まさにハマリ役だ。彼女の請け負った案件は銃規制法案の成立で,いかにも米国的なテーマである。クライマックスの舞台は上院聴聞会で,当然,見事な弁舌と戦術が炸裂することを期待する。物語は実話ではなく,全くのフィクションだが,この結末だけは是非実現して欲しい。
 『バリー・シール/アメリカをはめた男』:前作の『ザ・マミー』(17)が駄作だったので,主演のトム・クルーズには,スカッとしたヒーローを期待した。ところが,麻薬密輸,武器の横流しの大犯罪人の実話だという。大丈夫かなと思ったが,実にユニークな犯罪者だった。ドキュメンタリータッチだが,脚本・演出の妙で,大犯罪がまるでシリアスに感じない。3種の画面サイズ(アスペクト比)の使い分けが,新感覚を強調する。前例がない訳ではないが,頻度高く入れ替えて,犯罪のエスカレート,時間経過と上手く同期させている。すべてトム自身が操縦したという軽飛行機の離着陸の描写が素晴らしい。札束がゴロゴロ登場するのには呆れた。この札束が,この映画の軽いタッチを引き立てている。同じ題材でも,S・ソダーバーグ監督,M・マコノヒー主演なら,激しい主人公になっただろう。その意味で,トム・クルーズの軽さが,この映画の成功要因だと思う。
 『婚約者の友人』:こちらは画面サイズは一定だが,モノクロ映像が主体で,随所でカラー映像に切り替わる。時は第1次世界大戦後の1919年,ドイツを舞台にしたミステリー・タッチのヒューマンドラマだ。セリフはドイツ語がベースで,フランス語も入り交じる。若いドイツ人女性アンナは,婚約者のフランツを戦争で亡くしたが,その後も彼の両親と住んでいた。ある日,フランツの墓前でフランス人が泣いていた。彼の名はアドリアンで,パリでフランツと知り合った友人だと言う。やがて2人に友情以上の感情が芽生えるが,アドリアンは「もうこれ以上,無理だ!」と叫んで,帰国してしまう……。監督は『8人の女たち』(02)のフランソワ・オゾン。戦争が生んだ心の傷跡を繊細なタッチで描いた佳作である。アドリアン役のフランス人男優は『戦場のピアニスト』(02)のエイドリアン・ブロディに,アンナ役のドイツ人女優は沢口靖子に似ていた。
 『斉木楠雄のΨ難』:「週刊少年ジャンプ」に連載中の同名のギャグ漫画の実写映画化作品だ。主人公は生まれつきの超能力者だである。両親も周りも普通の人間だというのに,彼だけが透視,テレパシー,テレキネシス,千里眼,幽体離脱等々の超能力をもっている。16歳の高校生という設定だが,内容は中学生レベルの馬鹿馬鹿しい話ばかりだ。ピンクの頭髪に2本のアンテナ(過激過ぎる超能力の制御装置)が着いている。この異形の主人公を演じるのは,イケメン男優の山崎賢人。この役がなかなか似合っている。ヒロインの照橋心美は完璧な美少女だが,男子生徒を思い通りに動かしたい腹黒い性格も持ち主という設定だ。この心美役は文字通りの美少女の橋本環奈だが,軽薄で剽軽なこの役は少し可哀想に感じた。ギャグ漫画の映画化は結構難しいが,導入部の舞台設定や主人公の紹介部分は快調だった。導入が不親切そのものだった『亜人』(17年10月号)とは大違いである。超能力者ゆえ,クルマを持ち上げて移動させたり,東京を壊したり,CGも色々登場するが,どれも他愛もないレベルだった。これはこれで,原作やこの映画のレベルと合っている。評点は低いが,馬鹿馬鹿しくて面白いと評しておこう。
 『ゲット・アウト』:低予算のホラー・サスペンスだが,米国では初登場No.1のスマッシュ・ヒット作だ。それ以外に何の予備知識もなく,あらすじも読まずに試写を観たが,なかなかの傑作だった。冒頭から,音楽がホラー,スリラーの印象を与え続ける。黒人の主人公の恋人は白人の美女。彼女の両親が,黒人の彼氏を全く問題なく受入れる。そこに黒人の奇妙な召使いが2人。それでいて,パーティの招待客は白人ばかり。もうこれだけで,何か変だ,主人公には罠が待ち受けていると分かる。そう予想できながら,その罠も結末も全く予測できなかった。ネタバレになるので書けないが,見事なプロットだ。監督・脚本は,お笑い芸人のジョーダン・ピール。クライマックスからエンディングも上手いまとめ方で,満足度が高い。この種の映画は,3種類くらい結末を用意しておいて,覆面テストで最も満足度が高いものを選んだのではないかと思われる。
 『彼女がその名を知らない鳥たち』:ここからは邦画が続くが,コクのある大人の映画だった。題名に惹かれたが,その意味は最後でやっと判る。情緒不安定で身勝手な女(蒼井優)と彼女に執着する下品な中年男(阿部サダヲ)が主人公で,キャッチコピーは「共感度0%, 不快度100%」だ。そんな2人がなぜ一緒に暮らしているのか不思議だったが,次第にミステリー調の展開となる。いくつか伏線があるので,ミステリーファンなら真相は読める。読めない人にも,彼らの出会いから現在までの回想シーンがあるので,すべてが氷解する。それでもラストは予想できなかった。監督は『凶悪』(13)の白石和彌。深い愛,重いテーマだが,この結末はやるせない。阿部サダヲは実に上手い。蒼井優も熱演だが,演技力は数段劣る。ここまで濡れ場を演じるのなら,思い切って脱がなくっちゃ嘘だろう。徹底指導しただけあって,2人の関西弁には違和感がなかった。
 『先生! 、、、好きになってもいいですか?』:邦画が続くが,上記に比べてぐっと幼稚だ。少女コミックが原作で,主人公の女子高生が無愛想な教師に恋をする学園もの。そんな映画を敢えて観たのには言い訳がある。理由はただ1つ,広瀬すず主演だということ。原作の少女よりずっと可憐で,不器用で,この高校教師ならずとも,思わず見守りたくなる。もっと難役もこなせるのに,こんな単純な役では不満だが,これだけのオーラを発する若手女優は滅多にいない。どこかで大きく脱皮し,末はどんな大女優に育って行くのか楽しみだ。物語は先月の『ナラタージュ』よりも数段お気楽で,単純そのものだった。高校2年生から卒業までといえば,選挙権が得られる年齢であり,北朝鮮の脅威や少子高齢化が進む日本の未来を考えてもいいのに,こんな平和ボケでいいのか? そういえば,大学受験の話題すらなく,日々恋愛ごっこのことしか考えていないようだ。
 『ポンチョに夜明けの風はらませて』:同じく高校生が主人公で,こちらも映画としては,あらゆる面で幼く,稚拙だ。こちらは,卒業間際の男子高校生3人組のロードムービーである。大学合格発表の祝いをするはずが,予想に反して不合格となり,ふとしたことから父親の愛車を傷つけてしまう。そのまま帰るに帰れず,そのまま高校生最後の旅に出ようと思い立つ。前半は真面目に観る気がしなくなるハチャメチャだが,中盤以降はこれも青春の1コマだと,少し共感できる。同工異曲の青春映画は何本かあった気がするが,思い出せない。むしろ,『ハング・オーバー』シリーズの高校生版という感じだ。卒業式を乗っ取る計画だが,結末がちょっと弱い。原作小説を大きく逸脱してでも,もっとしっかりした脚本が欲しかった。最悪なのは佐津川愛美演じるグラビアアイドルで,不愉快になってくる。こんな下らない人物を描く必要があったのか,演じる女優も可哀想だ。最も感情移入したくなるのは,ジャンボの父親だ。愛車をあんなボロボロにされ,心底から同情したくなる。その後どうなったのか,エンドロールの後の1カットでいいから描いて欲しかったところだ。
 『おじいちゃん,死んじゃったって。』:表題のセリフから始まる物語で,主人公(岸井ゆきの)は死者の次男の長女であり,熊本県人吉市が舞台となっている。葬儀がテーマの映画と言えば,伊丹十三監督の『お葬式』(84)が金字塔で,マキノ雅彦監督の『寝ずの番』(06)も印象的だった。本作も,葬儀に集う家族内のいざこざを描いた秀作として記憶に残るだろう。前半は,ここまで家族は崩壊しているかと嘆息する。中盤以降,徐々に人間ドラマの厚みが増してくるが,ベタなヒューマンドラマ,単純な人生賛歌にしなかったのが好ましい。女性監督ではないが,男性たちがだらしなく,女性たちの方がたくましく描かれているのは,脚本家が女性のためだろうか。これが初主演の岸井ゆきのにも,これが長編デビュー作の森ガキ侑大監督にも,将来性を感じた。疑問に感じたのは,喫煙シーンが多過ぎることだ。煙草会社がスポンサーでもないのに,度を越した出現頻度だと思う。
 『Ryuichi Sakamoto: CODA』:ドキュメンタリー映画で,まず東日本大震災の被災地を歩き,原発再稼働反対運動に参加する作曲家・坂本龍一の姿から映画は始まる。彼のその活動は知っていたが,音楽家としての彼を知りたいと感じた。そこに彼のピアノとオーケストラが奏でる「戦場のメリークリスマス」の美しい響きが流れ,映画の印象は一変する。後は,彼の最近の作曲風景,かつての名曲と当時の映像が折り重なり,完全に坂本ワールドに惹き込まれる。環境問題への危機意識が筋金入りであることも確認できる。2012年からの5年間の密着取材の産物だが,途中で中咽頭ガンに冒されていることが判明する。監督は,スティーブン・ノムラ・シブル。東京生まれ,18歳からNYで暮らすハーフだが,編集が見事だ。監督が坂本龍一の思想に完全に共感しているのかは不明だが,1人の人物を紹介することに徹している。これが初監督作品とは思えぬ実力だ。
 『ザ・サークル』:エマ・ワトソンとトム・ハンクスの初共演が見どころで,テーマは巨大SNS企業が支配する未来社会への警鐘だ。女優としての幅を拡げつつあるエマだが,さすがに定職のない冴えない女性役は似合わなかった。それでもサークル社入社後,とりわけ事件で傷ついた後の意外な行動は,知的なイメージの彼女ゆえに物語展開上は効果大だった。一方,創業者でカリスマ経営者を演じるトム・ハンクスが悪役(極悪人ではないが)というのも珍しい。誰が見ても,サークル社はGoogleであり,トゥルユー・サービスはYouTubeだ。筆者は同社嫌いで,その管理下に入りたくなく,日頃から最低限しか同社のアプリを使わない。スノーデン告発がなくても,CIAやNSCが何をやっているかは容易に想像できる。管理社会の危険性に警鐘をならす社会派映画は1パターン過ぎる。娯楽作品ならば,もっと思い切った筋立てや描写が欲しかった。
 『MASTER/マスター』:韓国映画が2本続く。3大スターが集うクライムアクション大作との触れ込みだが,なるほどエンターテインメント作品として力が入っている。「イ・ビョンホン 極悪に染まる」のキャッチ・コピー通り,イケメン国際俳優が本作ではネットワークビジネスで大金を稼ぐカリスマ詐欺師を演じる。絡むのは,切れ者の知能犯罪捜査官役のカン・ドンウォンと天才ハッカー役のキム・ウビンという配役だ。監督・脚本は,『監視者たち』(13)のチョ・ウィソク。主演の3人とも好きになれないのは,監督の演出の腕だろう。ハッキングシーンはなかなかのもので,銃撃戦,チェイス・シーンもしっかり登場する。フィリピン・ロケも豪華だ。韓国映画特有の貧民描写,小汚さはない。それでいて,観終わってからの爽快感がないのは,筆者が期待したエンディングでなかったからだろうか。やっぱり,エンタメ大作は満足感第一でないと困るよ。
 『密偵』:こちらも韓国映画のヒット作で,アカデミー賞外国語映画部門の韓国代表作である。ワーナー・ブラザース製作の韓国映画第1作だというが,それだけのことはある大作だ。1920年代の日本帝国統治下の朝鮮の武装独立運動団体「義烈団」と,彼らの破壊活動を監視する日本警察を描いている。主演は名優ソン・ガンホで,日本警察に所属する朝鮮人警務官を演じ,義烈団のリーダーを『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)の主役だったコン・ユが演じている。この時代の日本軍や日本警察の行状は日本人として観たくないが,二重スパイものの緊迫感溢れる,堂々たる映画だ。1920年代を再現したセット,衣装等が立派で,音楽も素晴らしい。列車は外観も車内も見事に再現され,その中で展開するドラマは手に汗握る。上海や京城の街,朝鮮総督府もVFXでしっかり描かれている。
 『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』:今度は伝記映画が2本続く。日系英国人カズオ・イシグロのノーベル文学賞が話題だが,本作の主人公も同賞受賞者である。チリの国民的英雄であるパブロ・ネルーダは,詩人にして共産主義者の政治家であった。こういう人物を知ることができるのは,映画の大きな愉しみだ。時代は第2次世界大戦後の1948年,当時のチリの情景描写が興味深い。共産党は非合法とされ,大統領から弾劾されたネルーダは,国外脱出を計画する。共産主義者というので,もっと痩身のストイックな人物を想像したが,肥満体の中年男で,裸身の女性達と戯れる光景の多さは意外だった。執拗な刑事に追われ,アンデス山脈を越えての国外逃亡はサスペンスの極みなのに,流れる音楽は頗る美しい。彼の生涯の物語ではなく,描かれているのはパリ到着までだ。監督は,チリ生まれ,チリ育ちのパブロ・ラライン。最後は思い切り詩的に締めくくっている。
 『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』:次なるは,世界で最も高名な彫刻家オーギュスト・ロダンの伝記ドラマだ。今年が没後100年に当たり,ロダン美術館全面協力の下に製作された映画である。当欄で取り上げる伝記映画で,彫刻家は初めてだ。制作工房が克明に描かれているのが嬉しい。映画の前半は,愛弟子カミーユ・クローデルとの愛憎劇が中心で,糟糠時代からの愛人ローズとの間で揺れ動く心を描いている。後半では,カミーユと別れて以降の,次々とモデルたちとの情交に溺れる生活が描かれる。代表作品や同時代の著名人が登場する。モネ,セザンヌと交流があり,ピサロ,リルケ等の画家や作家,政治家の名前も聞かれる。そうした美術史に残る履歴書的な描写を増やせば良かったのに,女性の裸体シーンが多いのに辟易した。最後は日本の彫刻の森美術館の屋外展示で,彼の現代彫刻家としての業績を讃えるシーンで終わるのが,せめてもの救いだ。
 『南瓜とマヨネーズ』:女性コミックが原作で,2人の男性の間で揺れる女心を描いているとくると,またかと思うが,高校生の幼稚な恋愛劇ではない。売れないミュージシャンのせいいち(太賀)と同棲しているツチダ(臼田あさ美)は,キャバクラで働き,やがて客(光石研)との援助交際に発展するから,だいぶ大人の世界だ。その後,風俗業界から足を洗った彼女の前に,元カレのハギオ(オダギリジョー)が現れ,彼との関係にのめり込む……。冨永昌敬監督が原作そっくりの女優を探して選んだというだけあって,臼田あさ美は見事にハマっている。2人のダメ男の内,女たらしのハギオ役にオダギリジョーを起用するとは,これ以上ない配役だ。原作のファンも絶賛しているようだ。原作者は魚喃キリコだが,男性監督だけあって,せいいちのバンド仲間の描写が上手い。筆者には主人公の心情は理解できないが,ま,こういうのも有りかなと勉強になった。
 『不都合な真実2:放置された地球』:地球温暖化問題に警鐘を鳴らすアル・ゴア元米国副大統領の啓蒙活動を描いた前作はアカデミー賞を2部門で受賞し,その後,同氏はノーベル平和賞を受賞した。それから10年,世界各国での異常気象は深刻化し,彼の講演も一段と熱を帯びている。ただし,基本的な主張は同じなので,この続編の前半は新味に欠けていた。見どころは後半である。主たる環境会議にすべて出席し,各国政府や民衆を動かそうとする彼の姿が印象的だ。インドのモディ首相の強弁には再生エネルギーの利用を勧め,COP21では世界の首脳の調停役を務めて,難産の末「パリ協定」の締結に尽力する。この輝かしい成果を無視し,簡単に「協定からの脱退」を宣言する現米国大統領の姿が憎々しい。こんな愚物を大統領に選んだ国民は恥じないのだろうか? 願わくば,史上最悪の大統領の言動と行動が,個々人の危機意識を高めることに繋がって欲しい。
 『泥棒役者』:主人公が泥棒に入った豪邸を舞台にしたドタバタ劇は典型的なワンシチュエーション・ドラマで,元は舞台劇だとすぐ分かる。すっかり映画一辺倒になった筆者は,久々に笑える演劇を観た思いだ。登場人物たちが,別室,押し入れ,トイレ等に出たり,入ったりのすれ違いで繰り広げる「勘違いの連鎖」は舞台劇でよくあるパターンだが,見事に映画のテンポに翻案している。自ら戯曲も脚本も書ける監督の腕だ。これが長編2作目となる西田征史監督は,前作『小野寺の弟・小野寺の姉』(14)でも注目していた。前作では片桐はいりの強烈な個性を前面に押し出していたが,本作では助演の市村正親の濃い演技と存在感が最大の武器で,ユースケ・サンタマリアのツッコミもいい。主演は関ジャニ∞の丸山隆平だが,卒のない演技で,とぼけた味を出している。3人とも歌えるのだから,いっそミュージカル仕立てにした方が,もっと面白かったと思う。
 『猫が教えてくれたこと』:今月の当欄で4本目のドキュメンタリーだ。カメラの標的は,写真家でも音楽家でもないどころか,人間でもなく,トルコの首都イスタンブールに住む野良猫たちだ。生まれも育ちも性格も異なる7匹(雄4匹,雌3匹)が,市井の人々に愛されながら暮らしている様を活写している。同時に,猫の目線で人々の生活模様も描かれている。東西の掛け橋となって栄えてきた古都には躍動感があり,頗る魅力的だ。10cmの至近距離から撮影しても,猫たちは動じない。もはや野良猫と言うより,街全体が飼っていると言うべきだろう。日本でも猫好きは増加しているが,都会の真ん中でこんな光景は見られない。いや,NY,ロンドン,パリ,北京でも見られない。監督は,トルコ生まれで,米国育ちのジェイダ・トルン。勿論,子供の頃から猫と育った無類の猫好きである。「動物を愛せない人間は人も愛せない」という言葉が印象的だった。
 
 
  (上記の内,『斉木楠雄のΨ難』『ポンチョに夜明けの風はらませて』は,O plus E誌には非掲載です)  
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