O plus E VFX映画時評 2024年8月号
(注:本映画時評の評点は,上から,,,の順で,その中間にをつけています)
本作の欧州,豪州,南米での公開は7月11日,北米での公開は7月19日で,後者と同日に大阪でマスコミ試写を観た。少し思うところがあって,既に結果が出ている海外での評価と興行成績を調べた。予想したのは,観客の評価は中の上程度で,興行成績も公開週は3〜4位,批評家は低評価に違いない,だった。ところが,北米Box Officeは公開週No.1で,金額も大きい。次週も第2位と健闘していて,これはかなりのヒットである。Totten Tomatoesの評価は,Tomatometerが75%,Audience Scoreは92%もあるではないか。この種の災害映画は大好きなので,スマッシュヒットとなったのは素直に嬉しい。日頃,災害映画には酷評しかしない批評家たちの評点が,「中の上」であることが全くの予想外であった。
本作は,『ツイスター』(96)の続編もしくはリメイク作と報じられている。主人公が女性研究者で,巨大竜巻を追うチェイサーたちを描いているのは同じだが,ストーリーはかなり違う。製作会社&配給ルートが同じなので,28年ぶりの続編と言えなくもないが,物語的な継続性はない。題名も『Twister 2』ではなく,なぜか複数形の『Twisters』である。前作を参考にした同系列作品というのが妥当な表現かと思う。
災害映画はCG/VFXの活躍の場であるので,当欄ではずっと注目して来た。前作がVFX映画史に影響を与えたことは確実なので,本作を機に,竜巻を含む災害映画の歴史と系譜を整理した上で,本作を評価することにした。本稿のアップロードが遅くなったのは,同日公開の『インサイド・ヘッド2』を優先したのと,竜巻関連の旧作を克明に見直し,比較していたためである。
【災害映画の系譜と前作の位置づけ】
1970年代前半に「パニック映画」の一大ブームがあった。『ポセイドン・アドベンチャー』(72)のヒットが契機となり,迫り来る危機を楽しむ災害映画の大作が相次いだ。『日本沈没』(73)『サブウェイ・パニック』(74)『大地震』(74)等が続き,極め付きは『タワーリング・インフェルノ』(74)であった。ワイドスクリーンで重低音を響かせ,クライマックスの緊迫感を観客と共有することをウリにして,日比谷の映画館外は連日長蛇の列をなしていた。英語では「Disaster Film」と呼ばれていた。地震,台風/ハリケーン,洪水,隕石等の自然災害,大型船の沈没,高層ビルの火災等の人災による大惨事がテーマだが,広義には地球外生命の侵略による地球の危機も含まれていた。「パニック映画」というのは,国内映画業界の造語である。サメ,昆虫等の恐怖や,単なる銃乱射,交通事故による混乱まで含め,邦題に「パニック」を入れる安直な便乗商法で,駄作が続き,数年間のブームで終わった。
その後,ハリウッド映画界自体もあまり災害映画を作らなくなった。『スター・ウォーズ』(77)に始まるSF冒険劇,『エイリアン』(79)に始まるSFホラー映画向かったためかも知れない。90年代半ばに竜巻映画の『ツイスター』が登場したのは,『ターミネーター2』(91) 『ジュラシック・パーク』(93)で自信を得たILMが,CGで竜巻を描くことを可能にしたからである。それまで本格的な竜巻映画は存在しなかった。ほぼ同時期に,『デイライト』(96)『インデペンデンス・ディ』(96) 『ボルケーノ』(97)『タイタニック』(98年2月号)『ディープインパクト』(98)『アルマゲドン』(98)等々,災害映画が息を吹き返したのは,映像技術の進歩による回帰現象であったと思われる。
当映画評欄の連載を始めて以降,上記定義の災害映画は,『パーフェクト ストーム』(00年8月号)『デイ・アフター・トゥモロー』(04年7月号)『宇宙戦争』(05年8月号)『日本沈没』(06年7月)『地球が静止する日』(08年12月号)『2012』(09年12月号)『スカイライン-征服-』(11年6月号)『カリフォルニア・ダウン』(15年9月号)『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』(16年8月号)等々を紹介した。いずれもCG/VFX技術の進歩を反映していた。竜巻関連の作品は,改めて別項で詳述する。
【本作の概要】
主人公のケイト・カーター(デイジー・エドガー=ジョーンズは,竜巻の多発地の米国オクラホマ州で,気象学を研究する大学院生であった。自らのアイデアによる竜巻の強さを弱める新開発の素材の効果を確認し,大規模研究予算を獲得するため,竜巻の発生場所を追う「ストームチェイサー」のチームに参加する。功名心から,少し無茶な実験を繰り返していたところ,予測を誤り,巨大竜巻に遭遇する。急ぎ,橋の下に退避したが,恋人のジェブと仲間のアディ,プラビーンは落命し,ケイトとハビだけが生き残った。
5年後,この悲劇をトラウマと感じつつも,ケイトはNYにあるNOAA(米国海洋大気局)のオフィスに勤務していた。NOAAは,日本の気象庁に相当する。国内や近海の気象・気候データを観測・分析し,予報や警報を発したり,気象衛星の運用を行う組織である。ある日,旧友のハビ(アンソニー・ラモス)の訪問を受ける。彼は竜巻観測装置PARの開発会社ストームパー社を経営していた。ケイトは1週間だけ故郷のオクラホマに戻って,新しい携帯型竜巻追跡システムのテストに参加して欲しいと要請される。一旦は固辞したケイトだが,巨大竜巻で故郷の町が破壊される危機を知り,要請を承諾してオクラホマに戻る。
ケイトはハビ自身のストームパー・チームに参加するが,名うての竜巻チェイサーでYouTubeのインフルエンサーでもあるタイラー・オーウェンズ(グレン・パウエル)のチームも,別動隊としてこの計画に参加していた。竜巻との戦いの中で,ケイトとタイラーの接近機会が増え,2人がラブロマンスが展開するのが,この災害映画のサイドスト-リーとなっている。
竜巻の強さは,「強化藤田スケール」(Exhanced Fujita Scale)と呼ばれる格付けで表現される。1971年にシガゴ大学の藤田哲也教授が提唱したスケールの改良版で,EF0〜EF5の6段階である。本作では,EF1〜EF5に相当する計6つの竜巻が登場するが,冒頭とクライマックスの2つがEF5である。後者は,石油精製所を直撃し,エル・リノの町を襲って,映画館に退避した人々を震撼させたが,そんな中,単身で自らの実験継続に向かったケイトは,無事目的を達成できるのか……。
【監督と主要登場人物のキャスティング】
監督は,韓国系移民2世のリー・アイザック・チョン。母国を捨て,米国南部に移住した半自伝映画『ミナリ』(21年3・4月号)が,GG賞外国語映画賞を受賞し,アカデミー賞では作品賞,監督賞を含む6部門にノミネートされ,老母役のユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞した。彼が育ち,『ミナリ』の舞台となったアーカンソー州とオクラホマ州は隣接しているので,竜巻にも慣れているのだろうが,こうしたCG/VFX満載の災害映画のメガホンを取るとは意外だった。脚本は『レヴェナント 蘇えりし者』(16年4月号)のマーク・L・スミスが担当している。
本作の原案は,CG分野出身のジョセフ・コシンスキーで,『トロン:レガシー』(11年1月号)『オブリビオン』(13年6月号)『トップガン マーヴェリック』(22年5・6月号)では監督を務めている。彼が新しいストームチャイサーの物語を書き,スティーブン・スピルバーグのアンブリン・エンターテインメント社に持ち込んだのが発端とされている。なぜ,自分で監督や脚本を担当しなかったのかは不明である。
出演者の中で,まず驚いたのは,主演のD・E=ジョーンズの大学院生時代の可憐さ,美しさである。『ザリガニの鳴くところ』(22)での役柄は,ノースカロライナ州の湿地帯に住み,他の住民から蔑まれる孤児で,風変わりな女性である。美形ではあるが,癖のある顔立ちだった。ところが,今回のケイト役では,正統派の魅力的な美人である。前作の顔は,屈折した暗い性格を強調するため,特殊メイクしてあったのかも知れない。ところが,5年後のNYのオフィスでは厚化粧のキャリアウーマン風で,余り良い感じはしなかった。それが故郷にオクラホマに戻ると,再び魅力的に見える(写真1)。つぐづく,女優は化粧1つで如何様にも化けられるのだと再認識した。
気象学の女性研究者でストームチェイサーという役は,明らかに前作『ツイスター』でヘレン・ハントが演じたジョー・ハーディングを踏襲している。最初のエピソードで白のタンクトップ姿なのもジョーと同じで,前作へのオマージュというべき出で立ちだった。ただし,全編を通じての印象は,H・ハントほどリケジョという感じはしない。ちなみに,本作の宣伝文句では,彼女を「気象学の天才」と称している。こんな言葉は,英語版の解説を見ても存在しない。そもそも,気象学は幅広い知識と経験を積み上げて専門性を高めるものである。数学・デザイン力・作曲能力のように「天才」と呼ぶような才能に基づくものではない。配給会社の担当者の言語能力の低さのせいだが,この浅薄なコピー文句をそのまま使っている紹介記事が多いのには呆れた。
相手役のタイラー役のG・パウエルは,『ガーンジー島の読書会の秘密』(19年7・8月号)『トップガン マーヴェリック』で準主役級の男優だったが,『恋するプリテンダー』(23)では本作同様,主役女性の恋のお相手役,来月紹介する『ヒットマン』では,自ら製作・脚本も担当した堂々たる主役で,いま旬の男優とのことだ。もっとも,本作では,カウボーイ姿は似合うが,少しチャラ男で,どんな男優でも務まる役に思えた。
ハビ役A・ラモスは,プエルトリコ系の米国人で,どこかで見た記憶があったが,調べると当欄では過去7作に登場している。典型的な有色人種の脇役である。ケイトに恋心を抱いているが,結局はタイラーに譲る。有色人種は,こういう役柄しか与えられないのかと,少し同情してしまう。演技力はありそうだが,さほど名演技と言うほどではなかった。一方,来たるDCUの期待作『スーパーマン』(25)に抜擢されたデヴィッド・コレンスウェットが出演しているというので,どんな役かと期待したが,パビのビジネスパートナーのスコットだった。被災者を助ける名目で,土地を格安で買い上げる悪徳地上げ屋だったので,少し幻滅した。これは役柄であり,堂々たる体躯のスーツ姿はクラーク・ケントには似合いそうだが,青と赤のスーパーマンの出で立ちなら,どんな勇姿になるのか楽しみにしたい。
【前作&関連作品との比較】
●映画『ツイスター』(96)の概要
前作は公開当時に映画館で観て,米国の竜巻はこんなに凄いのかと驚いた覚えがある。それをCGで表現したゆえ映画化できたことも話題であり,日本でもかなりヒットした。改めて感心したのは,この映画を基にしたユニバーサル・スタジオ・フロリダのアトラクション「Twister...Ride it Out」であった。映画中の屋内シーンを模した場所で,映像,音響,様々なギミックを駆使した上に,強風まで起こして,観客に竜巻の真っ只中にいるような恐怖体験をさせるものであった。筆者は,21世紀早々に2度体験したが,2015年に終了したようだ。
さて映画本編であるが,監督は『スピード』(92)のヤン・デ・ボンで,脚本はSF作家のマイケル・クライトンに依頼したことが注目されていた。「アンドロメダ病原体」が代表作で,映画『ジュラシック・パーク』の原作も彼の小説である。オクラホマ大学の研究所に実在したストームチェイサー班が竜巻発生と移動のメカニズムを研究していることを題材とした脚本を書き,科学的根拠のある災害映画というのが大きなセールスポイントであった。
主人公は上述のヘレン・ハント演じる気象学研究者で,竜巻観測用のセンサ「ドロシーIV」の実用化を目指した活動を描いている。サイドストーリーとして,別居中の夫ビル(ビル・パクストン)との離婚話が進行するが,巨大竜巻の恐怖体験と実験の成功から,2人が復縁する物語が描かれていた。
●前作におけるCG/VFXの見どころ
今回は,改めてBlu-ray Discで前作を見直し,その特典映像もすべて眺めた。当時オクラホマ大学の研究所の監修を受け,竜巻発生過程とその移動パターンに関して調査した上で撮影に臨んだことも語られていた。CG表現に関しては後述するが,既に写真2のような竜巻を描いている。当時はまだ改良前の「藤田スケール」で,強度表記はF0〜F5であった。クライマックスの巨大竜巻は,勿論F5であった。
クルマや木造の家が空中に舞い上がるシーンは何度もあるが,笑いを誘ったのは農家の納屋にいた牛が飛んで来て,主人公の運転車両の目の前を横切るシーンであった(写真3)。勿論,この牛はCG製である。また,吹き飛ばされ転がって来た家を避けられず,ビルが運転するクルマが家を突き抜けるシーンがある。このシーンでは,家の回転移動まではCGで,張りぼての家に実物の自動車が突入するのを実写撮影している(写真4)。メイキング映像ではかなりペラペラの家であったから,完成映像では家をVFX加工して立派に見せていたようだ。CG/VFX担当はILMで,まさに当時のVFX技術を牽引していた。
その後気がついたのだが,上記の特典映像に近い内容のメイキング映像が,「TWISTER | A Milestone for VFX」と題して,YouTubeで数週間前に公開されていた。本作『Twisters』の公開を機に,原点が96年度版であることをアピールしているようだ。
●関連作品のラッシュと用語「ツイスター」
この記念すべき竜巻映画の登場により,便乗商法で「ツイスター」を冠する映画がいくつも作られている。ちょっと調べただけでも,『ツイスター2008』(08) 『ツイスター2010』(09) 『ツイスター 地球史上最大の怪物』(23) 『ツイスター スーパー・ストーム』(23)が見つかった。少し驚いたのは,この中で日本国内で劇場公開された映画は1本もなく,すべてビデオスルーかネット配信であることだ。さらに,上記4本の原題を調べると順に『Storm Cell』『Tornado Valley』『Firenado』『Supercell』であって,どれにも「Twister」なる単語は入っていない。
ちなみに,上記『ツイスター』の本編中では,登場人物が「Twisterは俗語であり,正式にはTornadoと言うべきだ」とセリフとして語っている。本作『ツイスターズ』のセリフでも「Tornado」しか登場しないし,劇中の気象ニュースでも「Tornado」と書かれている(写真5)。即ち,日本の映像業界は,劇場公開しない凡作に,米国人も滅多に使わない「ツイスター」を冠している。これは,96年版の続編と勘違いさせるためとしか思えない。その意味では,本作は堂々と『ツイスターズ』を名乗る権利があると言える。
そんな中で,その後の最も真っ当な竜巻映画は,当欄でかつて紹介した『イントゥ・ザ・ストーム』(14年8月号)である。災害映画としての出来映えも上々で,高評価を与えた。また,『ジオストーム』(18年2月号)は,近年の世界的な異常気象を鎮めるために開発された気象制御衛星の暴走により,地球上の各地に巨大災害が頻発するというSFパニック映画であった。落雷,熱波,雹被害,大洪水等も描かれて,まるで巨大災害のデパートであり,竜巻は一部に過ぎないが,インドのムンバイを襲う巨大竜巻シーン自体は優れていた。面白いことに,この2作は共にワーナー・ブラザース作品であり,『ツイスター』『ツイスターズ』の製作・配給にもワーナーが関与している。厳密には,『ツイスター』の米国内配給はワーナー,その他はユニバーサル配給で,本作はその逆という役割分担である。いずれにせよ,ワーナー・ブラザースは竜巻映画が大好きなようだ。
以下では,『ツイスター』(96)は前作もしくは96年版,『イントゥ・ザ・ストーム』(14)は14年版と称して,本作と比較する。
●96年版,14年版と本作との比較
14年版の概要や竜巻映像は,14年8月号の紹介記事を参照して頂きたい。この14年版にもストームチェイサー・チームと観測機材を搭載した特別仕様の車が登場する。既に大学の研究目的だけでなく,竜巻情報の提供や発生予測は商用化され,多数のチェイサー達がいるようだ。日本でも気象予報士が職業となっているように,米国では竜巻チェイサーのプロがいても不思議はない。14年版は装置の実験目的でなく,巨大竜巻を至近距離で撮影することを目的としたチェイサーが登場する。また主役ではないが,気象学者は女性であり,96年版に近いリケジョである。男女にラブロマンスは高校生の息子と彼女とのデート程度であり,息子を救出に向かう父親の行動がメインテーマとなっている。
96年版は28年前の映画であるが,今回観ても古さを感じなかった(Blu-ray映像が綺麗だったせいもある)。96年版から14年版までは18年の差があるから,その間のCG/VFXの進歩は歴然であり,明らかに竜巻の描写は14年版の方が上であった。恐怖を感じさせるシーンの演出も優れていた。竜巻発生メカニズムの解明や移動の予測も,気象学的に進歩していて,その成果を盛り込んでいたと思われる。
それなら,14年版から10年経った本作の竜巻表現はもっと進化していて良いはずなのに,あまりそうは感じなかった。被害地の描写に関しても大差はなく,14年版の約4倍の製作費をかけた本作は遥かにスケールが大きくても当然なのに,大差はない。本作で最も残念だったのは,3作の中で最も竜巻の恐怖を感じず,緊迫感の演出も今イチだったことだ。3作の中では,CG表現と緊迫感のバランスや費用対効果も14年版が最も優れている。
本作の終盤では,実験よりも人命救助が大事だとして,チェイサーチームはそちらに向かう。ところが,掛け声の割に,この人命救助が小規模過ぎる。せいぜい人々を映画館に避難させた程度だ。14年版は高校の在校生丸ごとの避難や街中の逃げ遅れた人々の救済を描いていて,危機感の演出が上手い。それに比べて,本作は全くの演出下手であり,大作としてのスケール感が出せていない。
強いて本作の長所を挙げるなら,長期間大規模ロケを敢行しただけあって,3作すべてが舞台とする竜巻多発地帯のオクラホマ州がどういう場所であるかの映像を見せてくれたことだ(写真6)。実際に遭遇した雷光もカメラに収めている(写真7)。竜巻になりそうな雲を見て,野球をしていた少年たちが逃げるシーンには説得力があった(写真8)。CGで生成した雲や竜巻に頼るのではなく,EF1程度の竜巻は本物の映像を使ったり,多少加工して登場させているのかも知れない。空の気象状況を捉えるカメラも本格的だった(写真9)。
本作がヒットしたことは喜ばしいが,総合的には,災害映画としての恐怖感演出が貧弱過ぎる。素材は悪くないのに,カットの長さ配分や映像と音響の整合が拙い。監督やスタッフにこの分野の経験が少ないのが原因と思われる。それでいてヒットしたのは,前作から年数が経ち,世代代わりした観客や批評家も本格的災害映画を余り観たことがなく,この程度で満足したのだろう。96年版と同じ3社体制で大型予算を投じたブロックバスター映画なら,もっと災害映画史に残る快作であった欲しかったというのが,当欄の評価である。
【CG/VFXの見どころ:竜巻表現,危機,残骸等】
■ 本作の竜巻の代表的スチル画像として,チラシやポスター等では写真10が使われている。単に静止画で観るだけでは,96年版の写真2と何が違うのか,本物の竜巻を観たことがない観客には分からない。動画で観ると,14年版や本作の竜巻は,微妙に形を変えながら移動する様子が克明に描かれている,96年版の竜巻描写で使われたのは,当時は先端技術であった「パーティクル」と飛ばれるCGレンダリング手法で,水,炎,雲,霧,波,砂塵等の不定形の対象を描く手法として開発されたものである。粒子の素材や密度を選択し,調整することで,それらしき雲や炎を描いていた。竜巻の形状は,見様見真似で,実際の竜巻映像を眺めて,適当な形状を定義していたに過ぎない。それでも,十分素人目には迫力ある竜巻に見えることに成功していた。ILMは,96年版の竜巻表現の成功が,『パーフェクト ストーム』の大波表現に繋がったという。ただし,その時には既に流体力学の計算に基いて大波の形状変化を描いている。21世紀に入り,コンピュータの計算能力も増したので,剛体の破壊も非剛体の形状変化も物理シミュレーションでCG描画することが当たり前になった。この間に竜巻の発生や移動の研究も進んだので,14年版や本作の竜巻表現が可能になったと言える。
■ 漏斗雲,双子竜巻(写真11),火柱竜巻の描写は,既に14年版で登場している。本作の美点は,その発生過程や合体過程を映画の演出として見せてくれることだ。空高く盛り上がる入道雲が漏斗雲に変化し,それが竜巻になる(写真12)。CGなら何でもないことだが,それを雲の上からの視点で見せてくれるのは,新しい試みだと言える。石油精製所で生じた小さな火種が竜巻の風で大きな火災となり,竜巻に吸い込まれて火柱竜巻となる過程は見応えがあった(写真13)。ただし,いずれも短時間過ぎて,竜巻の恐怖を十分に感じる前に終わってしまう。
■ 家やクルマが竜巻で舞い上がるシーン(写真14)は,もはや当たり前だ。既に96年版から登場していたのに,それを超える表現が見られない。この点でも,大型トレーラーがジャンボジェットが宙を舞う姿を見せた14年版の方に軍配が上がる。少し楽しく観られたのは,市中の路面電車が風で動き出し,倒れるシーンだ。本物の車両を移動させ,倒しているが,主人公達の後から迫って来るシーンは,勿論VFX合成である(写真15)。
■ 地味だが,しっかり描かれていると感心したシーンもあった。エル・リノ市の中心部を竜巻が通り過ぎるのを俯瞰視点から描いた映像である(写真16)。先に暴風で倒れた給水塔がしっかり描き込まれている。静止画で観ると何でもないが,各ビルが破壊されている様子が動画として描かれている。しかも,カメラが移動しているので,まるで竜巻被害の空中からのライブ中継となっている。町を丸ごとCG表現したのか,ドローンで空撮した実写映像をVFX加工したかは不明だが,かなり手間をかけたシーンであることは間違いない。感心はするが,報道を見ている感覚であり,恐怖心には繋がっていない。
■ 本作では,被災した地域の残骸,瓦礫の表現にはかなり時間とエネルギーをかけたという(写真17)。今や竜巻の被災はTVニュースやYouYubeでも簡単に見られるので,単なる瓦礫ではなく,リアリティを損なわないよう,地元解体業者と契約して生の残骸を調達し,残骸量も綿密に計算したそうだ。瓦礫のシーンは96年版や14年版にもあったが,本作の苦心の結果はあまり大きな違いとして感じられなかった。
■ IT機器は日進月歩なので,じゃんけん後出しの本作では,それがどのように描かれていたかにも触れておこう。ハビの会社が開発している竜巻の3D動的表示は,「フェーズドアレイレーダー」を使った多地点からの観測データの合成結果とのことだ(写真18)。なるほど,96年版や14年版のグラフィック表示よりも進化している。この種の映像を映画用に作ることは何でもないが,本当にこの表示が実用化されているのかは不明だ。PC上だけでなく,スマホ,タブレット,車載モニターでも見られる前提というのは理にかなっている。竜巻観測にドローンを飛ばすというのも,現実に有り得る話だ(写真19)。よく見かける4箇もしくは6箇のローターを上部に配した市販のドローンでなく,翼のあるグライダーのような形をしているので,このタイプが実際に用いられているのかも知れない。通常の市販のドローンは,竜巻に近づいただけで吹き飛ばされることは必定だ。
■ 96年版のジョーと本作のケイトが目指した竜巻対象の実験では,意義が全く違う。ドラム缶に蓋をしただけの円筒型の容器に球形のデバイスを入れておき,それを竜巻に吸い上げさせる方式は同じである(写真20)。ジョーのデバイス(写真21)は基本的にセンサーだけであり,竜巻の位置と渦を巻く様子の観測用であるのに対して,ケイトのデバイスには「ポリアクリル酸ナトリウム」を含む球体であり,それが竜巻のパワーを減じることを目的としている。既に大学等では実験中であるのか,まだ原理だけの絵空事であるのかは不明だが,後者であっても科学的根拠の詳しい説明くらいは欲しかったところだ。その点で,SF作家マイケル・クライトンの書いた96年版の脚本が優れていると言える。装置名はジョーの「Dorothy IV」に対して,ケイトの容器には「Dorothy V」と書かれていた。ここでしっかり継続性を持たせたつもりなのだろうが,28年もかかって一世代しか進化していないのかと感じた。本作のCG/VFXの担当は96年版と同様ILMだが,PreVisを同社から独立したThird Floorに任せている以外は,完全に1社態勢で実施している。最近のVFX業界事情からすれば,かなり特異なことである。
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